【187】落下物注意
冒険者の若者、なんかやたら魔力保有量が多い。
らしい。
魔力無しの私にはよく分からんが、そのお陰で対処がますます面倒臭い。
もし万が一、ベスティアの王族とか高位貴族の血を引いてたりしたら、あとあとトラブルになりそうだし、客室に勾留してとりあえずお問い合わせしよっか。そういう展開。
アルバンは慎重だし私は臆病なので、とりあえず冒険者三名を我が家にドナドナ。
牢屋にだって入れられない。
だってなんか、やたら反抗的だし、人が多く住んでいる村で高威力の火魔法を広範囲で使うような人、牢屋に入れたところで看守をぶっちぎって逃げそうだし。もしそれで看守の方やら警備にあたった騎士や兵士に何かあったら取り返しが付かない。
「あの冒険者、魔力保有量は国王陛下並みだね。扱いに困るよ。僕ら白銀ほどじゃないけど、完全に抑え込める人材がフリートホーフにほぼ居ない」
「そんなに強いんですか」
「うん。まあ、体術武術そこまでじゃないし、単純に勝負して勝つとか、殺すとかならハインリヒなら余裕。近接戦ならニーナでも勝てるだろうね。ただ、他人の魔力は奪えないから、捕縛した所で高威力の火魔法を使われたら僕以外に対処出来る人間がここに居ない。それもあって、僕の近くに勾留しておくしかない」
「火は延焼しますから、厄介ですよね」
「火属性魔法が当たりの属性って俗に言われるのはそこだよね。生活や生存に必要な火を簡単に点けられる、扱えるってことに加えて、火種は魔法でも、燃焼する物質に発火させればあとは魔力を費やさなくても勝手に燃える。勿論、炎を自由自在に操ろうとしたら魔力消費も激しいし、魔力操作も難しいけど、場を混乱させるための放火なんかだと、圧倒的に有利なんだよね」
戦術のセオリーとして、騎士であっても火属性魔法の使い手は実戦で有利とされる。
まず、魔法は便利だが高威力の魔法は高い集中力を必要とするため、規模が大きくなればなるほど練度が必要だし、練度があっとしても気が散れば失敗する。
故に、敵に大規模魔法を使われる前に潰すという手段を取る訳で、現時点ではその答えとしては、馬という機動力を手にした近接戦闘のプロ、即ち騎士である。
大規模魔法を使う敵を騎士によって倒すというのは当たり前の戦術。
しかし、それが当たり前となると、次にまた新たな問題が発生する。
その馬に乗った武装した騎士をどう倒すのかということで、アンサーとしては「魔法も使えて同時に近接戦闘もこなせる騎士を育ててぶつける」である。
ハインリヒさんやニーナはまさにそれ。
現代における騎士の戦闘スタイルは剣術槍術など武術と乗馬スキルに加えて、戦況や相手に応じて適宜魔法を使って撹乱や足止めをしつつ勝利を目指すというもの。
故に、ハインリヒさんは火竜を相手にした時などは氷魔法で足止めをしつつ馬で掛けて注意を逸らさせたりしていたし、ニーナに関しては水魔法で敵の口と鼻を塞いで息をさせない、集中力を削ぐという手段を用いている。これは優秀な騎士の具体例。
騎士ではないものの、土属性に関してのお手本はオラシオさん。冒険者らしく狭い洞窟内で魔獣を相手にするのに適した短槍を武器として、土魔法を駆使して自分専用の足場を作って死角から攻めようとしたり、敵の足場を崩して隙を作ろうとしたり。
風属性の例としてはイシドロおじさん。自分の手足や武器をピンポイントで風魔法で補佐してスピードアップ。打撃や斬撃の威力というのは重さとスピードの掛け算なので、単純にスピードが上がれば威力も上がる。こないだ来た冒険者のお二人もこれは優秀な戦闘職の具体例である。
水、土、風と、それぞれ素晴らしい腕前である。が、やっぱり当然ながら、これらは血の滲むような努力と研鑽がないと不可能な芸当である。そして、逆に言うと、残念ながらこのくらいまで出来なくては強者の称号は貰えないというのが事実。しょっぱいぜ。
が、唯一、火属性はちょっと有利。
人間は布の服を着ているし、極端な話、全裸だったとしても体毛がある。極論言ってしまえば人は燃える。物理的に。
小規模な魔法は短時間の軽い集中と少しの魔力消費のみで行使可能。
となれば、対人戦闘となると火属性魔法は圧倒的に有利なのである。
相手の服に火をつけてしまえば、すぐに相手の集中力を削ぐことが出来る。それは即ち近接戦闘の際に相手の行動パターンを絞り込めるということであり、圧倒的な有利を誇る。
燃える服を人は無視できない。燃え広がってしむえば消火は不可能。無視して攻撃を続けたとしてもそれは数秒間だけに留まるだろう。恐らく長く見積もって三十秒。その三十秒の間に火をつけられた側は時間制限の中での戦闘を強いられる。燃えているうちは集中力が削がれるため魔法も鈍る。消火の手段をどうするのか。次にまた火を使われた場合の対策。消火するにあたって数歩後退すべきか否か。全てそれは火属性魔法なら簡単に出来てしまう。蝋燭の先に灯る程度の火を起こすだけで達成可能なのだから。
加えて、火を消火できる水属性魔法は練度を上げるのが特に難しいとされている。一般的な対策としては、服の燃えているところをピンポイントで消火するのは難しいため、自分の頭上に水球を作り、頭からぶっかけて服を濡れた状態にしつつ戦闘を続行する、というものである。
まあ、先述した猛者四人に関しては、そうではない手段でも対応可能なものと思う。
特にハインリヒさんに関しては――本人のフィジカルが強いので、大抵の相手は魔法なんぞ使われる前に倒すし、なんなら大抵の人はハインリヒさんと切り結ぶところまで到達出来ないのでまた別な問題かも知れない。うぅん、ハインリヒさんの強さ、やっぱ冷静に考えるとおかしいんだよなぁ……?
「せめて他の属性だったらまだどうにかなったかも知れないし、放置してても人死にとかは出なさそうだけど……火属性であの魔力保有量は無視できない。正直、殺しちゃった方が圧倒的に楽なんだけど、ベスティア国籍の冒険者って……面倒臭すぎる」
「アルバン様が白銀でなかったら、野放しにするしかない案件ですね」
「それは本当にそう。僕が白銀じゃなかったら、一応糾弾はするし領地から出て行けって言いはするけど、他の所を燃やされたら堪ったもんじゃないし、さっさと他所に行くように放置するしかなかっただろうね」
「逆に言うと、対応可能だったのでアルバン様は大変ですよね……。」
「ツェツィーリア」
「はい」
「今の言葉が深く心に突き刺さってダメージを受けたから、今日の夜、寝る前に膝枕」
「あっ、ハイ。すみません。誠意を込めて撫でさせて頂きます」
「キスも付けてね?」
「分かりました」
帰宅して、疲れたし一旦お茶飲もうかということで、おやつ食べながら雑談していたら、私の口からまろび出た現実という名の棘がアルバンを傷付けてしまった。ごめんね。でも苦労性だけど真面目で律儀で働き者のアルバンが好きなので、今夜の甘やかしタイムで許されたい。
「とりあえず使用人に通達はさせたから、扱いは罪人として。女二人はどうだか分からないけど、男の方は危険そうだし、まず身の安全を考慮して、接触は控えるようにしよう。特に、ツェツィーリアは僕の弱点だからね。人質にされるかも知れない。あの三人の処分が決まるまで、常にニーナを連れ歩くように」
「分かりました。では、ニーナには一時的に私たちの寝室の隣の、控えの間に移って貰うということですね?」
「そうだね。まあ、壁薄いけど……僕たちはまだ禁欲期間中だし、隣にニーナが居ても問題ないだろう」
「えぇ……? 聞かれると考えると恥ずかしいのですが、どうしても今夜、膝枕でイチャイチャしないと駄目ですか?」
「君に甘やかされるぐらいのご褒美がないとやってらんないんだよこっちは」
「アルバン様……そろそろ限界なんですね? 分かりました。頑張って甘やかします。ですが、やっぱり恥ずかしいので、防音魔法など使って頂けますと」
「勿論だよ」
余りの忙しさと追加の仕事と、家に気に入らない人間を勾留して、仕事と同時進行で警戒しつつ管理しなくちゃならないストレスで、アルバンがもう何もかも嫌だモードに入ってしまった。
可哀想に。
強くて有能なので仕事が集中してしまっている。
実は私も結構、気持ちとしては疲れ気味なのだけれど、今夜はちょっと気合い入れて甘やかしとイチャイチャをやろう。気分転換のためにも。
そんな訳で、その日はいつも通りに一緒にお風呂に入ってのち、かわいい我が子たちの顔を見てまったりしてから寝室に行き、目一杯アルバンを甘やかしてから就寝。
「いきなり大規模な火属性魔法使われたらみんな死ぬから、暫くは浅く眠るようにするね。魔力を感じたら飛び起きるかも知れないから、しばらくは寝る時、あんまりくっつかないで寝よう。僕が慌てて飛び起きて、ツェツィーリアにぶつかったりしたら大変だからね」
「分かりました。ですが、くっついて寝られないのは寂しいので、暫く寝る前に膝枕とか、あとはその、別な形でくっつく時間を設けたいのですが」
「僕とくっつきたいの? ふふっ、かわいい。ツェツィーリア、君ってなんて素敵なんだ。キスしてもいい?」
「はい」
チューッとキスしておやすみ。アルバンの機嫌が上向いたので良かった良かった、ムニャムニャムニャ……。
数日後。
件の冒険者三名は思ったよりも大人しく過ごしているようだった。
アルバンは示威行為として避けたりせず普通に、いつも通りに過ごしてたまに廊下でエンカウントする感じで過ごしているようだが、私に関しては一度も出会わなかった。使用人の皆様と、三人それぞれに付いている監視役の騎士が示し合わせて、私がエンカウントしないように取り計らっていたようだ。過保護。
しかし、確かにこの屋敷における最弱は私だし、人質に取られたらアルバンはひとたまりもないのでこの選択は間違っていない。私の後ろには常にニーナとミトンが張り付いている。
「ツェツィーリアさま」
「どうしました?」
「ギュッってして」
「いいですよ!」
久しぶりに慣れ親しんだお家だし、アルバンが居なくて私だけ別行動の時には自動的に私、ニーナ、ミトンだけの空間が出来上がるため、こっそりニーナとハグするなどしてみる。
既にかなり強いし、スクスク背丈も伸びてはいるし、爵位だって持っているけれど、ニーナもまだまだ子供である。お母さんであるゼルマと離れて暮らしているのだし、寂しいだろう。
私とニーナはお互いが大好きなので、ぴっとりハグ。無言でぎゅう〜! と抱き締め合う。
ついでに、かわいいニーナの頭をヨシヨシしておくと、普段無表情なニーナが一瞬、はにかんだ顔をするので最高に可愛い。
「旅は大変だと思いますが、ニーナ、一緒に来てくれますか?」
「勿論だ。這ってでも行く。ツェツィーリアさまの行く所には、どこにでも行く」
「ありがとうございます。体調管理と荷造り、頑張りましょうね」
「ああ。もしかしたら急なお呼ばれがあるかもしれない。ツェツィーリアさまのドレスやアクセサリーも頑張って選ぶ」
「頼もしいですね。よろしくお願いします」
休憩がてらそんな感じでほっこりしてのち、ニーナと一緒にちょっとお庭に出てみましょうか、とお散歩に。
庭師が頑張ってくれているために、少し遅れて我が家では薔薇の咲き始めである。黒くてデカくて広い、曇天だとおどろおどろしい建物に併せてか、花弁が五枚の赤い薔薇である。アルバン曰く、薔薇の中でも原始的な種類であるらしく、最近の園芸品種とは違うそうだ。これはこれで蝶々が止まったりしていて綺麗。
「ツェツィーリアさま、ブランコに乗ろう」
「ブランコ? そんなのありましたっけ?」
「アルバンが業者呼んで作らせていた。ブランコに乗って遊んだり寛いだりするツェツィーリアさまが見たいからって、わざわざ執務室から見える位置に設置したって」
「あっ、あそこらへんに作ったんですね」
アルバンはかなりロマンチスト。ついでに言うなら、絵画の題材にされそうなものと私のコラボレーションが好き。
シチュエーション、というか、背景と小物と私を組み合わせて、満足して笑顔で「うんうん」と頷いていることが多い。
まったく、アルバンは私のことが好きだなぁ!
好きな人が自分のことを好きだし、なんならもう結婚しているという事実、実感すると気分が良い。
ブランコで遊びたいとかは特に思わないのだけど、気分が良いのでちょっと乗ってみるか。
あれかな? 小道具あった方が良いのか? 薔薇の花とか添えておいた方がアルバンは嬉しいのかな?
「では、ニーナ、私、これから少しブランコで遊びますので、視覚的になんか、なんかこう、良い感じに仕上げて貰えないでしょうか?」
「わかった。庭師に頼んで花束を作って貰う。あと、シェフに言って小さいバスケットと飲み物も用意して貰おう」
そんな感じで、ニーナは慣れた様子で庭師のお爺さん呼び止めて花束作成を依頼し、ついでに庭師見習いを厨房までお使いに行かせて小さいバスケットに入ったほんのちょびっとな量の軽食と、苺の入った見た目にも抜群なアイスティーがやって来た。
「こんな量のサンドイッチとジャムクッキーじゃ全然足りないけど、見た目が綺麗でかわいいから、しばらく置物だと思った方がいい。アルバンが気が付くまで取っておこう」
「そうですね。ですがこのフルーツサンド、小さいですが美味しそうですね……?」
「オレンジとチェリーとアプリコットが入ってるって」
「……ニーナ、後で改めておやつを食べませんか? しょっぱいサンドイッチやスコーンも作って貰って」
「食べる……!」
シェフが見た目に極振りして作ってくれた、普通の淑女用のバスケット、小さい。中に入っているフルーツサンド、二切れ。その横に添えられたジャムクッキー、四枚。私とニーナにとってこの量は全く腹の足しにならない。なんならこの三倍は欲しい。二人で三倍ではなく、一人あたりこの三倍ください。
庭師が作ってくれた小さめの花束、かわいい。
赤い五枚の花弁の蔓薔薇と、似たような感じの、でも少しだけ花が小さい、真っ白な野薔薇の花束であり、赤と白の組み合わせがラブリー。ところどころ細かい葉っぱの枝とかも組み合わせてあってお洒落。
ブランコに座って、横に布敷いてバスケット広げて花束を置けばそれはもうファンシー。これよこれ。系統としてはどっちかっていうとモニカさんの感じ。
ゆっくりユラユラ、大きめの二人掛けブランコ揺らしつつ「いつ気が付くかな〜?」と思って待っていたら、なんか、狙ってない人が先に気付いた。
ドサッ、バキバキッ!
「えっ!?」
アルバンの居る執務室の窓の方ばっかり見ていたら、なんか、それよりもっと上の方から何か質量のあるものが落ちて来て、木に当たった。
遅れて、落ちてきた物体が人っぽかったな……? と思い至って動揺から心臓がバクバク。
なになになに!?
えっ、人、落ち……えっ!?
驚いたのも束の間、なんか、物凄い速さでいきなり目の前に何かがやって来た。信じられないぐらい素早かったので、私の動体視力では追えず、ただただもうビクッとするしかなかった。
「あんた、名前は?」
いきなり、なんか、真っ赤な髪の若者が、ブランコの支柱に手を着いて壁ドンみたいな真似してくるし、なんなら顔が近い。嫌。とても嫌。パーソナルスペースという概念をご存知ない?
咄嗟に反応できず固まってしまった。
し、知らない人に距離詰められるの、怖いよぉ。
心の中でビクビクしていたら、ニーナが無言で若者の腕を後ろに捻じ上げてスピーディーに跪かせていた。
ニーナの放つ殺気がヤバい。
が、赤い髪の若者はめげない。
めげてくれお願いだから。
「あの貴族の奥さんなんだろ? なんであんな男と居るんだよ。こんな屋敷に閉じ込められて……弱味を握られているのか?」
ほんとなに?
えっ、なんで上から落ちてきたの?
わからん。混乱する。
と、思ってたら、お屋敷の上の階のバルコニーから、この若者の監視に付いていたらしい騎士が「ニーナ、そのまま抑えてくれ!」と必死に叫んでいるため、私と接触するためにわざわざ四階から飛び降りたらしい。
「黙れ。暴れるな」
ニーナがブチギレているが、若者はまだ暴れている。関節キメたらニーナの練度だとまず相手は外せないと思うのだけど、無駄な抵抗、やめて欲しい。陰キャでマイルドな私的にはその熱量に引いちゃう。
「俺があんたを自由にしてやる」
「……もういい。このまま外す」
諦めたニーナはスムーズに痛め付けることを選択したようだ。若者の肩を外そうと力を込めようとする。
が、その瞬間、ニーナの目の前に炎が広がった。
何が起きたのか分からなかった。
ニーナが居た筈の場所に、火柱が。
理解して、でも悲鳴は喉から出なかった。私は鈍臭いので、表情とか声とかが咄嗟に出ない。理解した時には既に終わっている。
炎の向こうで、肩にミトンを乗せたニーナの姿が見えた。
無事だ。
咄嗟に後ろに飛び退って躱したらしい。恐らく、ミトンが風魔法を使って炎の軌道を逸らしてもいたのだろう。空気の流れは炎に対して影響する。人間よりも反応が素早いミトンが居てくれて良かった。
上がった火柱を見て、すぐに庭師や他の騎士たちが駆け付けてくる。
事前にアルバンから、この赤い髪の、クレトだかクルトだかいう名前の若者が危険だとは聞いていた。
この屋敷には、彼の魔法を抑え込める人間はアルバンしか居ない。
恐らくこの人は、私がこの屋敷の女主人で、アルバンに次ぐ権力者だから話し掛けてきている。
つまり、私の言動によって何が起きるかが決まる。
私は使用人の全員と、この場に居る騎士の全員を守らなくてはならない。
アルバンが事態に気付いて駆け付けるまでの時間だけどうにか凌げばそれで勝利だ。
「……何を言っているか、よく分かりません。何故、私がアルバン様の妻なのかが分からない、という質問でしょうか?」
「そうだ。なんであんな最悪な男と……!」
最悪なのはお前だ。
ここはアルバンや私や子供たち、使用人の皆さんも暮らす、私たちの家なのに、どうしてこんな迷惑なことするお前がそんな風に。
が、ここで怒ったら生存率が下がるし、私一人が死ぬだけならまだ良いが、他の人たちまで巻き添えになってしまっては目も当てられないためグッと我慢。
「誤解があるようですね。アルバン様は素晴らしい領主です」
「嘘だ!」
「まあ、そう思いますよね……。」
物凄い勢いで否定されてしまったが、確かにあのファーストコンタクトではアルバンのことが嫌いになって当然だし、どうにもこの人は自分のしたことを理解できないようなので、そこを突き崩すのは無理だな。
「やっぱりそうなんだな……あんな奴の所に居てどうするんだ。あいつはあんたの事を飼い殺しにしている。自分の足で立って歩いてみたくないのか?」
「うーん、ええと、つまり……あなたは私に対して、ここから逃げ出して一緒に来るようにと説得している訳ですね?」
「そうだ! 俺ならあんたに幸せを教えてやれる!」
あっ、コレあれか。
オラシオさんほど直球じゃないから分からなかったけど、つまり私は口説かれているのか。
もしかしてモテ期とやらか?
いや違うな。思い上がってはいけない。私のことをベタ褒めしてくれるのはこれまでの人生でアルバン様だけ。オラシオさんも褒めてはくれたけど、多分女の人はみんな素晴らしい理念の人だから信じてはいけない。私は不人気色。
恐らく、西の国の男性というのはこういうものなのであろう。恋人が欲しければ兎に角手当たり次第にガンガンいって条件の合う人を探すぜスタイルなのかも知れない。
ノーセンキュー。
口からまろび出そうになる、我が家のメイドさん達の断り文句。
が、しかし、私にはこういう局面に於いて最強のカードがある!
「夫も居ますし、子供も三人居るので無理です」
既婚者です。
子持ちです。
この二つは合わさると断り文句としては角が立たずにやり過ごせる素晴らしい免罪符。
愛する夫と可愛い我が子が居ますし、既に幸せなので、他の誰かにそういう形で幸せにして貰う必要がありません。
オラシオさんの時も既婚者で子持ちだって分かったらすぐ退いてくれたので、これなら完璧でしょう!
「さっ…………!? そ、そっ、そんなの関係ない!」
今、なんか、物凄く逡巡と躊躇があったな?
なんなら子供が三人という事実にちょっと引いてませんでしたか?
素直に引き下がれば良いものを。
引っ込みが付かなくなったからって、正直こんな黒髪で落ちこぼれで人妻で三人ものコブ付きな女、どう考えても自由を謳歌する若者は嫌でしょう。
私を引き受けてくれるのはアルバンだけ。
「私はここが好きです。なので、連れ出される必要性を感じません」
告げるのとほぼ同時に、火柱が消滅した。
「ツェツィーリアから離れろこの慮外者……!」
「アルバン様」
何を思ってか、若者、私を背に庇うような動きを見せている。
どういうことなの。
「離れろと言っているのが聞こえないのか……!」
アルバン、当然の如くブチギレ。
ははは。こいつァやべぇ。
怒り狂ったアルバンが勢いだけでこの若者を勝手に始末しちゃいそうだぞぉ。
まだ問い合わせのお返事来てないのにお手討ちにしちゃったら、ベスティアの王宮とベスティアの冒険者ギルドから後々何言われるか分からないし、こっちに不利な条件をここぞとばかりに満載にされそう。そうそれは国際問題。ある意味では魔獣よりずっと恐ろしい悪魔のようなトラブルである。
阻止しなきゃ。
こめかみに欠陥浮き上がらせて血走った目で、大きくて重たい体でズンズン前進する姿、凄く……怖いです。視覚的にというか、客観的に見て。もうね、グリズリーなんて目じゃない迫力。
アルバン、あなた体が大き過ぎるのよ。
いや大きいことは良いことですし、今となってはそれもアルバンのチャームポイントとしか思っていないが、敵対する人にとっては死ぬほど怖いだろう。
「アルバン様、殺してはいけません。国際問題になります」
一応事実を簡潔に伝えてはおいたのだが、ほぼノータイムでアルバンが若者の頭部をぶん殴って気絶させていた。
おぉ、偉い。
ちゃんと手加減してぶん殴っている。
若者が気絶すると同時に騎士が何人か駆け寄って素早く簀巻き。よく見るとドサクサに紛れてニーナが強めの蹴りを入れていた。
「ツェツィーリア、怪我は……!?」
「無事です」
私の生存を確認して、アルバンはもう、怒りから打って変わって顔面蒼白。死にそうな顔をしてる。
ん。腕を広げて伸ばして、小さい子供みたいに抱っこを要求。すぐさま腕の上に抱き上げて貰って、ほ〜ら無事ですよとアピール。
「何されたの? 怖かったよね? 遅くなってごめんね……!」
私よりもむしろ、アルバンが泣きそうな目をしている。これは可哀想。
賢くて有能でお金持ちで強いのに、アルバンは私みたいな弱々生物のことが一番好きなばっかりに、何かあったらと考えるだけで強いストレスになるのだろう。
なんなら私自身よりダメージを受けている。難儀。しかし、これも一瞬表情や声に出てしまうだけだし、いざとなったら私の気持ちや体調のケアを迷わず優先してくれる所が、人間が出来ているなぁと思う。
甘やかされるのは大好きだけど、でも、それはアルバンの精神をすり減らしてまで貪るものではないし、今の私はそこまでダメージを受けていないので、ズルせず平気ですよアピールをしていこう。
過去のアレコレを暴露したお陰で「強がってない? 本当に大丈夫なの?」とやや疑われている空気があるので。
「怖かった、というのはそうですが、むしろ、この方の発言や思考が分からなくて引いていました」
「どういうこと?」
「ええと、まず、誤解があるようでして、それが前提なのですが……。」
とりあえず起きた物事と、覚えている範囲であの若者の発言をアルバンに報告。
うん、うん、と丁寧に相槌打ちながら聞いてくれる。好き。
「つまり、コイツは君が、嫌々僕と結婚して、束縛された上でペットのように飼われていると勘違いしたのか。なるほどね。それは……まあ、僕と君の組み合わせだと、普通に考えたらそうなるよね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。ツェツィーリアには申し訳ないけど、こんな顔半分が爛れている醜い大男なんて、財産があったってモテないからね。まあ、完全に金目当てで演技して媚び売って結婚を企む女はたまに寄ってきたりすることもあったけどさ……君は見た目からしてそういうタイプじゃないし」
「ええ……? 私は完全にアルバン様の財産目当てで結婚を決めた女なのですが」
「君はいいの。確かに財産目当てではあっただろうけど、目的が違うからね。自分で贅沢をしたいとかじゃなくて、実家のご両親と領民たちを助けるためでしょ? それは人道的な観点から行われる戦略だし、我欲じゃないから……何より、君はやっぱり、気質としても育ちとしても、大切に育てられたおっとりしたご令嬢、って感じだからさ。誰も誤解しないと思うよ?」
「それならアルバン様もだと思うのですが……あっ、でも、確かに……アルバン様が優しいのって、家族に対してですし、赤の他人には……。」
「そう。僕は性格が悪い。そしてそれを隠す必要性もない身分と武力を持っているからやりたい放題で生きているからね。顔も性格も悪くて大きな体と強い魔力を持ってる大金持ちが、性格の良い君みたいな美女と結婚しているとなったら、まあ……推論がそうなるのは自然ではある」
意外にもアルバン自身が鎮痛な面持ちであの若者の飛躍した思考を肯定してしまった。
私たちは……こんなに仲良し夫婦なのに。
いやでも、私がお金目当てで結婚したという事実は消えないし、アルバンがお金をどしどし積んで「今すぐ嫁いできて!」をかました事実も揺るぎないので、私たち、これ年取って隠居するまでずっと知らん人からそういう誤解をされ続けるんだろうな。
「だが、だからといって、人の妻を堂々と連れ出して駆け落ちの誘いをするのは別問題だ。しかも、平民の分際で辺境伯夫人をというのは、厚かましいにも程がある」
「なんで私を連れて行きたいのか全く分からなくて……パーティーメンバーに入れようとしていたようなのですが、でも、私には冒険者稼業で有用なスキルが全くないですし」
「ふふふっ、ツェツィーリア、念の為に聞くけど、冒険者になりたいとかある?」
「ないです。私は……家の中とか、家の周りをほんのりウロウロするぐらいが好きです。何より、自室のステンドグラスと木蓮ランプ発注して、アルコープベッドの工事も今度入る予定ですから、ここに留まる理由しかないといいますか……。」
寝室はアルバンと一緒だけど、辺境伯夫人の部屋、私好みの部屋に魔改造中なので、色々デザイナーさん呼んで諸々発注したり工事の手配したりとやっている。
窓ガラスをステンドグラスにして、部屋には木蓮の木の形をしたランプを置いて、あと、ダラダラ本読んだりするために、壁と一体化した形のソファベッドを作るの。割と派手派手ではあるけど、そういうコンセプトの部屋を作って、寝そべりながらお菓子食べたり、アルバンと一緒にボードゲームとかで遊んだりするお部屋にするの。
私は引き篭もり気質なので……お金に糸目を付けず全部自分の好き勝手にして良い部屋があるのならそこが一番好き。快適な家と美味しいご飯があれば最高。わざわざ冒険になんて行きたくない。
いやその、アルバンが行きたいと言うなら、楽しそうにしているアルバンを眺めるために、頑張るのだけれども。
今の家と生活を捨てて、アルバンや子供たちが居ないところに行くなんて考えられない。
逆に聞きたい。
どうしてそのカードで私を連れ出せると思ったの? って。
「僕、ああいう奴、嫌いなんだよね。生まれつきの強い魔力と、生まれつきの整った顔で全部押し切れると勘違いしてる奴」
「あの、初めて聞きましたが、アルバン様、お顔の整った男性、嫌いなんですか?」
「大嫌いだね。端的に言うと妬ましい。あと、顔の良い奴らって、自分が優遇されたり優先されるのが当然って態度が出てたりするし。傲慢で、それが許されて当たり前って感じの、調子乗った奴が一番嫌いだよ。死ねば良いと思ってる」
「ゆ、歪みが激しい……! えっ、すみません。完全に興味だけで聞くんですけど、アレクサンダー殿下やコンラートさんは良いんですか?」
「うん。まあ、アレクは馬鹿だしアロイスは碌でなしだけど、白銀が三人居たお陰で、魔力に関しては一番じゃないってどっちも分かってるから。まあ、あいつらは兄弟みたいなもんだし。それ以外の顔の良い男、大体嫌いなんだけどさ……まあ、コンラートは例外かな。美形だけど、それを全く鼻に掛けてないから。物凄い努力家だし。寧ろ、コンラートは多分……自分の容姿が気に入っていないみたいだからね。僕も触れないよ。ツェツィーリアも、コンラートに関しては容姿を褒めることは避けてあげてね?」
「分かりました」
確かにコンラートさん、騎士マニアだったり、アルバンの体格が羨ましいと言ったり、筋肉に対する憧れが強いようなので、本当はムキムキマッチョになりたかったのだろうな。
努力家のコンラートさんが筋トレしない訳がないだろうから、あそこまで細身となると、本気で筋肉も脂肪も付かない体質なのだろう。ままならない。人は己の体質を選べない。人それぞれ、己の肉体に不満があるのであろう。
「話を戻すけど……ツェツィーリアは首切りと絞首刑だったらどっちが良いと思う?」
「アルバン様、まだベスティアと冒険者ギルドからお返事が来ていませんよ」
「そうだけど、今から決めておこうかなって……既に二人も交際相手をキープしている癖に、それで飽き足らずツェツィーリアまで欲しがるような恥知らず、ひと思いに殺した方が世界が良くなると思うんだよね」
「うーん、こりゃダメだ! アルバン様、ひとまずお昼寝しませんか? 私は疲れました。心的負担により休息と甘やかしを求めています。なので、添い寝して下さいませんか?」
「いいよ〜!」
こういう時はメンタルリセットだ。
オラっ、私はさっきハラハラして心臓バクバクだったんだ。頭が疲れたから眠いし、この間はアルバンを甘やかしたから、今度は私が甘やかされたい。
……アルバンは、家族の面倒を見るのが好きなタイプなので、私の世話をすることで気持ちが切り替えられるといいなぁ。
あわよくばアルバンも少し寝かせたい。
ここのところ、件の冒険者の若者を警戒して眠りも浅くに留めていたようだし……あの若者が気絶している間だけでも休んで欲しい。
睡眠不足、良くない。
イライラするし気持ちがどんよりするし、そこはかとなく怠い感じが続くので。
そんな感じで駄々っ子のような強引さで添い寝を強要し、アルバンのぶっとい腕を抱き枕にしてお昼寝。アルバンは「困ったなぁ、まだ仕事あるんだけど」なんて言っていたが満更でもなさそうなので、そのまま二人で二時間ほど寝た。




