【175】ダンスパーティー
昼餐が終わったらすぐ退場。
王族の方々並びに、諸外国からの高貴なる来賓の方々も王宮にご宿泊となるため、帰宅に関しては私たちがトップバッターである。身分が高くて助かった……!
これは滅多に見られないパターン。大抵は身分が高いと手間暇が多いためにめんどくさいなぁとなる場面が多いのだが、例外もまたあるもの。ここでその数少ないメリットの恩恵に預かれるとは思わなかったが。
「ツェツィーリア、大丈夫……っ!?」
「寝て良いですか?」
「勿論だよっ! 寝て! 休んで! 体力回復して! お昼もあんまり食べてないよね? 水分取った? 何なら食べれそう? 少し食べてから眠ろうねっ」
「食欲がないです」
「食欲がない? 食欲がない!?」
馬車に乗り込んだ途端にアルバンが慌てふためいている。昼餐の席では敵が味方かもよう分からんコルミニョ公爵夫人の前だったから頑張って社交モードやっていたのであろう。
内心ではずっと私のことが心配だったと見える。
食事量チェックしてるくらいだし。
「重症だ……! ツェツィーリア、朝みたいなスープなら食べられそうかな? 帰ったらすぐ作らせるからね。とりあえず、時間は僕やニーナが気にしておくから、遠慮なく眠って。場合によっては寝ている間に着替えさせたりすると思うけど、それでも良いかな?」
「もう全部お任せします……。」
なんならもう怠すぎて目を閉じている。本気でやる気がない。というか、眠い。限界。もうクタクタ。
椅子から転げ落ちそうで不安だからと、アルバンがお膝の上に横向きにホールドしてくれたので、そのままスッと入眠。一秒も掛からなかった。
朝五時から午後三時まで。準備含めて十時間ほぼノンストップ。式典行事は引き篭もり陰キャの元子爵令嬢には荷が重い。
貧血と体力切れでぐぅぐぅスヤスヤ。
アルバンだったら私のことを絶対に大事に扱ってくれると分かっているので物理的にも心理的にも身を委ねまくって惰眠を貪ったところ……起きたら風呂の中だった。
「ぁ、え!? わ、ぁ、あ?」
「あっ、おはようツェツィーリア。ごめんね。起こしちゃった? そっと洗うつもりだったんだけど、強く掴んじゃったかな? ごめんね」
眠りの中に居つつも、感覚的に「これお湯の中じゃん」と思って覚醒。驚きに間抜けな声が出た。
うっ、起きる瞬間に足をビクッとさせたせいで、足が攣った。
「ぉ、はよ、ございます。すみ、足、足攣りました」
「右? 左?」
「右です」
「マッサージするね〜」
「ありがとうございます」
アルバン、やたらご機嫌でルンルンに私の足をモニモニ優しくマッサージ。なんで機嫌良いんだこの人。
寝ぼけていたので認識するのが遅れたが、二人して同じバスタブに浸かっている。割とスタンダードに泡風呂。浴槽内の石鹸溶かしたお湯で丸洗いしてシャワーで濯ぐという最高効率を選択したらしい。さすが合理主義者。
アルバンが自分の膝の上に私を乗せる形で洗ってくれようとしたところだったらしいが、気になることがある。
「あっ、や、血、血がっ……! よご、汚れます! お湯が、お湯にっ……!」
「洗い流せば大丈夫だよ。体が冷えると良くないし、今から洗うから肩まで浸かろうね」
慌てて猫足バスタブから脱出しようとしたが、アルバンの手に優しく引き留められてしまった。
「じっとして。頭洗うよ。油で固めてあるから、最初に少しお湯をかけて解すね。痛かったら言ってね?」
「血、ちょっとはお湯に散ってしまう、かも」
「ああ、平気平気。血は加熱で固まるからね。騎士の奴らとかと訓練中とかには一緒くたに入ることあるけど、怪我してる奴が居るとたまに固まった血がお湯の中に舞ってたりはしたし。まあ確かに衛生的に良いとは言えないけど、不特定多数じゃなくてこの場合はツェツィーリアだけだし。ちゃんと洗浄すれば大丈夫だよ」
「でも」
「ツェツィーリア、僕は君の手術をした男だし、日頃から魔獣の解剖をしているんだよ? 血とか慣れてるし」
「あっ、えぇ、でも……うぅん、血液、どの場合に於いてもバイオハザードなので、アルバン様にはあんまり接触して欲しくないですね」
「解剖学的には入浴中には出血しないよ。構造的に、水中だと水圧で閉じるから物理的に出ないんだし」
「二日目だと、浴槽から出入りする時にはちょっと危険ですよ?」
「なら、僕が先に上がってその後にツェツィーリアが出たら問題はないね。確かに戦場や医療現場では血液は最優先で処理するものと考えられているし、それは事実ではあるけど……あくまでも複数の人間、不特定多数間の感染症対策が主だから、僕も君も何の病気にも罹患していないのは明確だし、リスクは低いよ。あとは、お湯が不衛生かどうかの外的要因だろうけど、間違いなくこれも清潔だからね。さ、髪を洗うよ。頭が終わったら、かわいい顔もかわいいおっぱいもかわいい背中も、順番に全部洗うからね〜」
「えっ、と……ひょっとして、湯船に入る前に、血の処理、して下さいました?」
「したよ。あんなに血を出して……可哀想に。君はこんなに体が小さくてか弱いのに……いつも思うんだけど、僕が代わってあげられたら良かったのに」
わしゃわしゃ。優しいソフトタッチで洗ってくれる。心からそう思っているらしいのだが、やっぱりこの人、変わってるな?
女性の身にしか起きない出来事だし、なんというか、出血してる身でこんなこと言うのも難だが、血がダラダラ出てる状態、目撃しても引いたりしないのか。正直、私は初経が来てから一年ぐらいはずっと、自分で自分の体が気持ち悪くて、来るたびに「うぇ」とか思っていたのだが……。
「ええと、血を流すの、見た目としてもこう、ギョッとする有り様だと思うのですが、その、アルバン様は、汚いとか気持ち悪いとか思わないんですか?」
「別に? 人間も魔獣の一種だし。生態を知ってたら知識のひとつでしかないよ。生きるのも死ぬのも、寝るのも食べるのも、生殖機能が稼働するのも普通のこと。命って突き詰めれば、単なる現象でしかないんだし。もしかして、ツェツィーリアは月経そのものに、気持ちの面で嫌悪感がある?」
「ありますね。単純に体験として不快ですし、それだけではなくて、何というか……余りにも生々しい出来事なので、好きになれそうにないです。怪我が要因ではない出血で、しかも、部位が部位なので嫌悪感があります。なので、その……アルバン様に見られて、嫌われないかなとか、気持ち悪いとか、穢らわしいとか思われないかなと思うと、すごく不安になるんです」
今、なんか、アルバンがサラッと人類のことを魔獣と断言したけど、本題じゃないので一旦傍に置いておこう。
「気持ちの問題なら難しいね。でも、じゃあ……質問なんだけど、ツェツィーリアは、僕のこの傷跡、気持ち悪いと思う?」
「思いません」
「それと同じことだよ」
澱みなく返されて、首を捻るしかない。
月経中は頭の回転率が落ちるんだ。思考がとろいぜ。
「ツェツィーリアはいつも、傷跡に香油を塗ったり、薬を塗ったりしてくれるよね? 様子を見ながら、僕の体にそれが必要だからメンテナンスをしてくれている。それって、君が僕のことを大切に思って、痛かったり痒かったりしないようにしてくれているってことだよね? 僕も同じだよ。君が痛かったり苦しかったりするなら、それに対して必要な対処をするだけ」
「でも」
「それに、ツェツィーリアは僕が鼻血を出しても、ハンカチですぐ抑えてくれるし……そもそも、結婚したその日の夜、君の胸の上に鼻血を大量にぶちまけた僕に対して、お風呂のお湯に血が舞うかもとか気にする必要ないからね?」
「うぅん、流石に説得力しかない! わかりました! もう気にしないことにします!」
そういやそうだった。
男性は見て不快になるだろうな、なんてなんとなくのイメージだけで考えていたが、この人、新婚初夜に私のネグリジェとか下着に鼻血を染み込ませまくったりしてたな?
人体に血をダイレクトにぶち撒けるというのはなかなかないものと思うが、確かにアルバンはやらかしているし、それに比べたら私の入浴中の経血など微量であろう。
実際、お湯に浸かっている間はほぼ出ないし。
詳しいことはよく分からんが、解剖学とかにも明るいアルバンが言うなら人体の構造としてそうなっているのであろう。
「とにかく、僕は君の体に必要な対処や処置をしていくよ。僕たち、お互いにお互いを大切にしていけたらいいね」
「す、好きぃっ……!」
余りにも優しい姿勢と提案。ニコニコ笑顔。尊い。やはりこのアルバン・フリートホーフという人、魅力が凄すぎる。ひとたまりもない。メロメロにならざるを得ない。
よく懐いたミトンのような感じでピトッと密着するも、ゆるい感じで「洗うよ〜」と言われてそっと丁寧に洗浄される。
くっ、ここで安易にイチャイチャではなくお世話に移行するあたり……本当に……好きしかないこの絶妙な匙加減。緩急つけて多彩な甘やかしを提供してくれるあたりもう虜。沼でしかない。
体があったまったものもあってか、腹痛がどっか行った。
テキパキ体拭かれて保湿されて髪乾かされて、スカートが広がるタイプのシルクのドレス着せられて、腰回りのモサモサを隠蔽。
「寒いだろうから、到着するまで上着羽織って、着いたらストール使おうか」
ヘアメイク担当はニーナ。ニーナのアシスタントやつまてくれてるメイドさん。それに履く予定の靴とかアクセサリーの最終チェックをしてくれているメイドさんなど、五人がかりで準備をして貰っている。
ヘアメイクして貰いつつ、私は腹拵え。モグモグムシャムシャ。一口大に作ったキマイラ肉のチーズ入りハンバーグとか食べている。腹痛が緩和されて食欲が戻ってきたので、先にタンパク質と鉄分を補給。スープも飲む。ほうれん草のポタージュ。
「そういえば、時間、大丈夫なんですか? もう陽が落ちてしまいそうですが」
「ああ、それなら領地でカルキノスが出たんだよ」
「カルキノス、巨大な蟹の魔獣ですよね? えっ、それは……河に出たんですか? 被害状況は……?」
「軽微だよ。帰ってきたらハインリヒからの報告書が届いててさ。出てすぐに討伐したみたいで、被害は軽傷者八名。いずれも命に別状はなし。漁船が二隻と、他にも漁業のための網が結構やられたらしいけど、港にも損害はなし。今回はこれを口実に出来るから、僕たちは遅れて夜会に行っても許される。もう先に王宮には報告したから、ダンスの終盤で行って、晩餐会に参加して帰ってくればOK!」
「た、助かった……!」
いけない。
つい本音が飛び出してしまった。
被害に遭われて怪我をした方々や、怪我をしないまでも船が壊れたり網が駄目になったりして損害を被った方々が居るというのに、私ときたら……夜会で頑張りたくないがために不適切な発言をしてしまった。反省。
「ね。カルキノスが出てくれて良かったよ。美味しい魔獣だから、市場で競りが盛り上がるし、経済効果が見込める。カルキノスのパスタは美味しいから、ツェツィーリアにも食べて欲しいな。とりあえず、一番美味しい爪の部分はうちで確保して、ハインリヒに冷凍して貰っているらしいから、帰ったら食べようね」
「うぅん、先に失言したのは私ですが、領主としてその捉え方はあまり良くないと思います!」
「いや、でも……カルキノス出現の報告を受けて騎士団が到着した時には、地元の漁師たちが銛を持ってカルキノスに次から次へと襲い掛かってるところだったらしいし……壊れた二隻の漁船も漁師達がカルキノスにぶち当てて壊したらしいから」
「あ、荒々しい……!」
試される大地、フリートホーフ辺境伯領の気合の入った領民たちを舐めていた。
騎士団は魔獣討伐のプロなので当然、到着したらスムーズに「どうぞどうぞ」とお任せするが、いつ騎士団が到着するか分からない場合には自ら討伐に向かうのがフリートホーフ辺境伯領の領民たち。よくよく考えてみれば、そこら辺に居る地元の猟師がグリズリー仕留めたりしているくらいなのだ。漁師が河に出たカルキノスぐらい殺ってやらぁ! となるのは当然といえば当然だろう。
でもそれ、どうやったのかな?
気になるから一応確認しておこう。
「えっ、すみません、漁師たちはどうやってカルキノスを倒そうとしていたんですか?」
「まず挟み撃ちするように両側から漁船をぶつけて怯ませてから、両方の船から漁師達が次々に銛を手にカルキノスに躍り掛かって……。」
「あっ、ハイ。大体分かりました。つまり、カルキノスは美味しくて経済効果が見込めるので、出来れば騎士団が到着する前に自分たちで仕留めて臨時収入にするのを狙っていたんですね?」
「うん。多分そうだと思う。ただ、うちのほら、アーヴァンクの時の別荘あるでしょ? あそこの近くだったみたいで、ハインリヒがすぐ到着したから、漁師達による討伐がギリギリ間に合わなかったみたいだね」
「ああ……ハインリヒさんの機動力はどうかしていますもんね……。」
「漁師達だけでかなりカルキノスを追い詰めてたみたいだから、それもあって、カルキノスの殆どの部位は漁師達に所有権を譲ったみたいだね」
本来なら現場の戦況保持をした領民は、騎士の討伐と同時に防衛や討伐作業を即時交代して、討伐個体の素材も騎士団所有になる。
が、ハインリヒさんが所有権を譲ると判断したということはつまり……漁師たち、かなりいいところまで健闘していたんだな?
恐ろしいぜ。
「って訳だから、あんまり被害を心配しなくても良いかなって」
「それは確かにそうですね」
ありがとう、カルキノス。
ありがとう、勇敢で強い領民の皆さん。
お陰で私は一番億劫なダンスをサボることが出来ます。
今夜の夜会、内容としてはダンスパーティー。
貴族のダンスパーティーにも形式は色々あって、フォーマルなものからラフなものまで幅広い。
今回に関しては完全にフォーマル。何しろ王室主催のダンスパーティーなので、まず夕方から始まって、文字通りのダンス。基本的に夫婦や婚約者で参加。そうでなければ親同伴。何曲も流して流れで色んな人と踊る。
普通の貴族のダンスパーティーなら曲の内容や曲の数はその時の雰囲気に合わせて決めたりするが、今回は事前にプログラムが決まっていて、参加者には共有されている。全部で六曲。踊るも踊らぬも任意だが、夫婦ならばまず夫婦で一曲は踊るのがセオリー。だけれども、身分が高いと六曲フルで、相手変えながら踊らなくちゃいけなかったりする。断ってずっと夫婦二人で踊ってても良いが、まあ疲れる。間違いなく疲れる。一曲踊ってあとは休みます、というパターンもそれはそれで面倒臭い。踊らない人同士でご歓談となるのだが、アルバンはドラゴンスレイヤーなので、次から次へとここぞとばかりに「火竜の素材売ってください」という人々が寄って来るし囲まれるのは確定。
踊るか喋るかの選択肢しかないため、ダンスパーティーは私たち夫婦にとっては鬼門である。
私は体力がないし踊るのも下手だし、今の立場では壁の花を決め込むのはもはや不可能であるため大変面倒臭い。一方アルバンはかなり上手に踊れるが、女性が苦手なので私以外とは踊りたくないし、社交が大嫌いなので喋るのも嫌。故に、夜会が荘厳な晩餐会ではなく、ダンスパーティーと知って二人でしょぼくれていた程である。
ラフな貴族のダンスパーティーなら、別室に軽食とお酒を用意しているので各自ご自由にどうぞという感じだが、流石に王室主催なので時間が区切られている。ダンスが終わってから食堂に移動して晩餐、のち解散という予定である。
確かにフォーマルなダンスパーティーではあるものの、王室の、それも王太子殿下のご成婚記念パーティーとしてはこれでもかなりラフな形である。
本来ならもっときっちりした晩餐会が普通というか妥当ではあるのだが、王太子殿下自らがダンスパーティーを希望したらしい。
正式な晩餐会となるとお金がかかる。
参加者全員にコース料理をそつなくスムーズに何品も、贅を凝らしたものを提供となるのだが、このコース料理というのがホスト側としては癖者なのである。暖かいものは暖かいうちに、冷たいものは冷たいうちに。当たり前のような気がしてしまうが、数百名のゲストに対してそれを一斉にやるとなると一気に高難易度。マンパワーが必要になるし、品数が多いフルコースになるともう地獄。圧倒的予算とマンパワーでしか解決できない。
対して、ダンスパーティーとなったら、メインがダンスで、晩餐はそのおまけですよという名目が立つため、提供する品数を少し減らせる。
まだ王太子殿下も王太子妃殿下も若いから、若者らしくダンスパーティーにしてみました、ということだが……まあ普通に節約ですよねこれは。
人手とお金を両方節約。宮廷楽師をここぞとばかりにフル活用。何しろ急なことだったので、一度に投入出来る額にも限界があるし、なんなら、お金があっても準備する側がキャパシティ・オーバーギリギリだったんだろうな。昼餐をフォーマルにしたのはきっとそのため。一般的に、晩餐よりも昼餐はラフになるものなので。フルにロイヤルな晩餐会やるよりも、夜会の枠をダンスパーティーにした方が良いと判断したのであろう。英断。しかし私たち夫婦には辛い。
しかし、ここで現るカルキノス!
雑な感じで討伐されてはいるものの、カルキノスは全長18メートルはある巨大な蟹。人も捕食する特定危険種であるし、体が硬い殻に覆われているため討伐が大変とされる怖い魔獣。普通なら「カルキノス出ちゃったので領地に帰ります」となるため、これはハインリヒさんと漁師の皆さんがおかしい。屈強過ぎる。
なので、王太子殿下主催のダンスパーティーに遅れて行っても「領地でカルキノス出たので遅れました」で全部許される。
漁師の方々が屈強で良かった……!
心置きなく遅刻の言い訳に使わせていただきます。本当にありがとう。
「ゆっくり準備して、ダンスが終わる頃に到着するようにしようね。ツェツィーリア、少しは休めたかな? 体調はどう?」
「はい。寝たら少し良くなりました」
「痛みは軽減したみたいだけど、貧血はどう?」
「まだ少し不安ですが、昼よりは良いです。二日目も終盤なので、辛さのピークは過ぎたのだと思います」
「そっか。でも、無理だと思ったらすぐに言ってね?」
「はい」
軽く補給を済ませたら、歯を磨いてお化粧してアクセサリー付けてさあ出発。
出血も、昼間にだばだば出たせいか、量がだいぶ減ってきた気配。これならいけそう。眠いけど。
痛み止めもバッチリ飲んで、さあ出発。
夜会なので今回はシルクのドレス。首からデコルテまで出した形。袖は肘までふんわり。黒一色のシンプルデザインだけれど、シルエットで勝負するタイプの服。首飾りはピンクの淡水パールをベースにした新作。主にピンク色がメインだけど、ところどころに小粒にラベンダー色のものとか白い混じってるもの。春らしいデザインでフラットに。レースの手袋もガーベラ模様。髪飾りもピンクの淡水パールを花の枝に見立てたもの。シニョンの周りをぐるっと囲う形のものである。
私にしては全体的に可愛い系のアクセサリーだが、メイクは結構バリっと。口紅はピンク寄りの赤だけど艶のないマットなもの。文字通り薔薇色。血色が良く見えるようにアイシャドウも赤。
そして、顔色良く見せるために、チーク!
驚くぐらいラベンダー色のチークにはちょっとビビったが、ニーナに任せてたらなんか、良い感じになった。
「ツェツィーリアさまは淡い紫を塗ると全部ピンク色になるから、これくらい紫でいい」
「すみませんニーナ。説明して貰っても、私には何が何だか分からないです」
「とりあえずチークはこの色で大丈夫」
「理解しました。ありがとうございます」
とりあえずそれだけは分かった。頬にこの色塗っときゃいい。私の理解力というか、センスの限界値をニーナが理解し始めている。優秀。
「ツェツィーリア、イヤリングもあるよ〜!」
「いつの間に」
知らないうちにイヤリングまで作っていたらしい。まるで当たり前のようにビロード張りの箱をスッと出してきたな?
首飾りと髪飾りとセットのデザイン。
装着。
普段着けないから無くしそうで怖い。気を付けよう。
馬車に乗り込み、うとうとムニャムニャしつつ出発。すぐ到着。
アルバンがしっかりエスコートしてくれてダンスホール入り。
「フリートホーフ辺境伯ご夫妻、ご到着です!」
入るなり、係のお兄さんが拡声魔法使って私たちの到着をアナウンス。
ダンスパーティーでは身分が高いと一際大きい声でアナウンスされてしまう。下位貴族だともうちょっとボリューム控えめなんだけど、これ、居心地が悪過ぎる。
「……なんだ、まだ終わってないじゃないか」
ボソッと、半眼になったアルバンがボヤいた。
聞こえてきた音楽からして、全部で六曲あるうちの五曲目が終わったところだった。
アルバンも私も人前で踊りたくないためにタイミングを見計らいまくり張り切って遅刻したのだが……思ったよりも会場の進行が遅れていたらしい。
「おお、アルバン! ラストダンスには間に合ったようだな!」
「不本意ながらね。ツェツィーリア、踊れる?」
「ええ。一曲だけなら、頑張ります」
到着早々、曲が始まってしまった。スタンダードに誰でも知っているワルツ。これから晩餐だから置きに来たんだな。
踊る順番は身分が高い人から。アレクサンダー殿下とシャルロッテ殿下がトップバッター。次いで、アロイス殿下とディートリンデさん。
で、次。私たち。
身分が高いと踊る時間が長いんだなこれが。
私はもう諦めの心境で、足運びもリードしてくれるアルバンに全部お任せ。煮るなり焼くなり好きにしてください。気分はまな板の上の鯉。
ダンス中は他のペアとも雑談OKなので、くるくる回りながらアルバンとアレクサンダー殿下が遠慮のないお喋り。ダンス音楽で内緒話が出来るのがこの社交の特徴。
「なんで進行遅れてるんだよ」
「遅らせれば、お前が間に合うかと思ってな。流石に一曲も踊らんのは印象が良くない。ドラゴンスレイヤーが居た方が盛り上がるし、ハクが付く」
「わざとだよ。ツェツィーリアの体調が良くないんだ。アロイスから聞いてない?」
「言っとくけど、僕は兄さんに伝えたからね?」
「すまん。バタバタしていて忘れていた。シャルロッテも直前まで体調が優れなくてな」
なるほど、時期的にもシャルロッテさんは悪阻で苦しむ頃合いであろうから、それも頷ける。それは心配だし、大変だろう。
「体調不良者続出じゃん。なんで六曲も組んだんだよ」
「高位貴族から、出来るだけ長くダンスの時間を取れと要望が殺到した。どこかの誰かが竜殺しなんぞしなければこんなことにはならなかったんだがな」
「……まあ、それもそうか。ごめんね、シャルロッテ、体調が悪いのに」
「いいえ、私は大丈夫。こちらこそ、急なことでごめんなさい。ツェツィーリアさんも……体の都合があるでしょうに」
「いえ、シャルロッテ殿下ほどではありません」
「いいのよ。私的な場ではシャルロッテと呼んで」
なんとか喋りはするが、体力も肺活量もクソザコの私はすぐにゼーハーしてしまう。
ダンス、運動量が多い。つらい。
靴が脱げないように足の裏に糊仕込んでくっつけてはきたけど、それでも足つらい。また攣りそう。
他の参加者が加わってきたので、ロイヤルな身内の会話は終了。かわりに、義妹のガブリエラさんが近寄ってきてくれる。
「お疲れ様です、お兄さま、お義姉さま」
「ガブリエラさん」
ガブリエラさんと踊っているのは知らない男性。恐らくは婚約者であろう。アッヘンバッハ公爵家の分家筋から婿入りが内定しているとは聞いていたが、なかなか善良そうな人である。
「お義姉さま、体調のほどは」
「ええ、昼間よりは」
「ガブリエラ、昼間はツェツィーリアのフォローをしてくれてありがとう」
「とんでもございません。お兄さまこそ、留学の援助、ありがとうございます」
「気にしないで。ガブリエラ、今度改めて、うちに遊びに来てよ」
「ええ。近々、お義姉さまがご快復されましたら伺いますわ」
ガブリエラさんは優しいなぁ。
その優しさと心配性なところにアルバンとの血の繋がりを感じる。ほっこり。
肩で息しつつ、なんとかダンスを完了。疲れた。もう座りたい。
でも、あとは晩餐だけだし、飯食ってさっさと帰ろう!




