【169】奇跡のマッチング
給料も良く、福利厚生が充実した素晴らしい職場であるフリートホーフ辺境伯邸で、使用人たちは大変幸せに暮らしていた。
……いたのだが、人の悩みは尽きぬもの。
一部女たちは悩んでいた。
「オリヴィア」
「オリヴィアさん」
元はダンスホールであった巨大な図書館に、家主でもある辺境伯夫妻はニコニコしながらやってきた。
若き女性司書であるオリヴィアは何の要件だろうと思って、すぐに席から立って応対したのだが、開口一番、単刀直入に放たれた言葉はこうだった。
「出世したくない?」
「したいです」
雇い主であるアルバンからそう問われて、オリヴィアはノータイムで返答した。
その返答に満足そうに頷いて、ツェツィーリアもこう続けた。
「いずれ開校する女子校の校長先生のポストはいかがでしょう?」
「国立学校だし、地位と名誉つき。初めての試みだから反発もあるだろうし大変だとは思うけど、上手くいくと歴史に名を残せるよ。上司でもある理事長はツェツィーリア」
「ぜひお受けしたいです」
交渉成立。ここまではスムーズだった。
なにしろ、これは千載一遇のチャンス。みすみす逃す手はない。
オリヴィアはそれなりに野心家だった。出世がしたかったし、社会的に認められるある程度の地位としっかりした収入が欲しかった。司書資格は国家の認定が必要な難関。故に王立図書館に就職した当時のオリヴィアは燃えに燃えていた。圧倒的に男性が多い職場。というか、オリヴィア以前に女性司書は一人も居ない。当然、陰口叩かれたり地味に虐められたりしていたが……全て跳ね除けて仕事に邁進していた。
文学少女というものは……腕力武力を持たないだけで、気質としてはこの世で最も過激でオフェンシブな人種でもあるので。
おしとやかな眼鏡の金髪美女という容姿であるし、平和主義者でもあるが、自分の意見は曲げず主張はキッパリする気の強さと頑固さがオリヴィアにはあった。なので圧倒的な男社会の中でもバリバリ働いて来れたのだ。
しかし、父親と婚約者の件で揉めに揉めて勘当されて、父親の一存で勝手に職場に退職届を出されてしまい、困り果てた。
が、捨てる父あれば拾う貴族あり。変わり者だが大変インテリジェンスな合理主義者、アルバン・フリートホーフがたまたま通りかかった。
まさしく王立図書館のカウンターで、父親によって勝手に退職届を出されて「なんでそれが受理されるんですか」と揉めに揉めまくるも「お前クビです」と言われて無職になって、その五分後にはフリートホーフ辺境伯邸の専属司書として採用されていたのである。まさにミラクル。まさに奇跡。
五分間の無職期間の後に、仕事の出来る辺境伯は「お宅のお嬢さん、勘当されたということですがウチで司書として雇います。一応連絡しますね」とお手紙まで出しており、各種福利厚生とお給料についてなど、かなり良い条件を揃えて立板に水の滑らかさでつらつらつら。王都に住んでいるのをわざわざ地方であるフリートホーフ領に転勤になるし、元王立図書館勤務の司書だし、身分が貴族だし……と、アルバンは妥当な条件を揃えた。
並の貴族なら、男でなく女だし、とケチ心を出してやや割安にする所だろうが、アルバンは大金持ちだし、そんなしみったれたケチな男ではなかったので、男性であってもこれが妥当、というラインの雇用条件を自分から提示したのである。
正直、物凄く怪しかった。
オリヴィアは自分がそれなりに美人だし、モテるのも分かっていたので、これは実際には愛人契約ではないかと疑っていた。
が、アルバンは顔の傷が凄いものの身分が高いし、所有する書籍のラインナップと蔵書量が圧巻だった。
オリヴィアは本マニアでもあったので、涎を垂らしそうになりながら「そんな本が揃っているなら愛人でもいいかも」とか思って飛び込んで転職を果たしたのだが……アルバンは物凄く健全な雇い主だったので、文字通り指一本触れられなかったし、蔵書は事前情報よりも素晴らしかった。圧倒的な財力によって集められた本の中には、この世にもう二冊しか存在していませんというものもあったし、値段が貴族の邸宅と同じくらいです、という本までシレッと置いてあったので、指を組んで歓喜の涙を流し、この幸運を神に感謝した程である。
アルバンには収集癖があって、金に糸目を付けず本を買い漁っていた。
なので、珍しいが物凄く高価な古書が市場に出るという噂が回ったら、オリヴィアは「どうしますか?」と一応確認するが、仕事に追われつつもアルバンは「絶対に競り落とせ。真贋だけ確認しろ」と力強く返答するのみ。オリヴィアにとってこの職場は天国だった。一人が平気なたちなのもあって、仕事の量は多いものの気楽だったので。
……余談になるが、アルバンは頻繁にツェツィーリアに対して「君はもっとお金を使いなさい」と言うが、実際、気の遠くなるような額を本の蒐集に費やしているので、総額を聞けばツェツィーリアが気絶する程なのである。オリヴィアは本マニアなので「金持ちの雇い主は最高だぜヒャッハー!」で終わっていたが。
オリヴィアの人生は順風満帆。
結婚にも興味がなかったので、女一人でも充分に食べていけて貯金も出来るこの職場を気に入っていたが……一方で、ステップアップしたい気持ちもあった。今はフリートホーフ辺境伯家の当主がアルバンなので安心だが、当主が代替わりしたらどうなるか分からない。この家の長男であるアルビレオは天才だし、よっぽどのことがなければ解雇はされないと思うが、終身雇用してくれる保証はないため、もう少し出世しておきたかったのである。
オリヴィアは現在、フリートホーフ辺境伯邸の、上級使用人のための一人部屋に暮らしているのだが、そこは言ってしまえば手狭なワンルーム。本棚を入れるにも限度があるし、オリヴィアは自分の給料で、自分の本を買い漁りたかった。
故に、目標としては老後のためにも、通勤可能な範囲の場所に家を買うこと。
自分の家があれば本棚は入れ放題。場所が確保出来るし、老いて働けなくなっても住むところがあれば安心である。
目標としては、このまま貯金をして、辺境伯邸に高い街の中の、手頃な広さの中古物件を、と考えていたのだが……フリートホーフ辺境伯邸のある街の土地代はそれなりに高い。地方都市ではあるが発展していて利便性が高いし、治安が良いので人気物件。良さそうなところがあってもすぐ売れてしまうし、もし買えたとしても、女一人の暮らしとなったら、留守を守る人が必要となる。オリヴィアほど稼ぐ人間が一人だけで人も雇わず暮らすのはほぼ不可能。完全に人がいない時間があるとなったら泥棒が入る心配もあるし、この屋敷を出て居を構えるとなりと、当然ながら炊事洗濯掃除を自己負担しなくてはならない。オリヴィアは朝から晩までバリバリ働いているため、朝夕の食事は外食で済ませるにしても、家の掃除や洗濯は自前でどうにかしなくてはならなくなるのだ。
そうなると、末端とはいえ貴族令嬢として育ったオリヴィアが慣れない掃除や洗濯をこなしつつ、これまで通りにバリバリ働くのは難しい。あちらを立てればこちらが立たず。さりとて人をずっと雇い続けるのは老後の資金を考えるとちょっと心許ない収入だし、そもそもよほどしっかりした人を雇わなくては心配だし……諸々の点をカバーするためにも、もう少し出世して、もう少し良いお給料を得てお金で解決するのが理想だと考えていた。
なので、辺境伯夫妻から「国内初の女子校の校長にならない?」という話に一も二もなく頷いた。
まだ学校の建設予定地は決まっていないものの、オリヴィアとしては勤務地に徒歩通勤出来る場所に家が買えるならそれでいい。国立学校、しかも国王陛下肝入りの学校の校長となれば、給料だって良いだろう。これで資金の心配は必要なくなった。
「オリヴィアさんは国家資格である司書資格を持つ、教養のある女性です。王都出身の子爵令嬢ですし、初代校長としては適任です。他に、オリヴィアさんほどの教養ある女性が現状、国内では居ないので」
「男性なら他に何人も居るんだけど、教師に関しても出来るだけ女性を採用したいと思っているんだ。貴族令嬢を預かることになるし、保護者としても教師陣の大半が女性である方が、受け入れはスムーズだろうし」
「ありがとうございます! そのつもりで準備を進めてまいります!」
るんたった。
オリヴィアは浮かれていた。
出世、出世、出世が出来る♪
鼻歌歌って仕事に打ち込み、ルンルンでアルビレオの教材を探しつつ、同時進行で書架の整理と管理、ダメージがある古書の修復と、修復が困難な書籍の写本の作成、新しく出来るという学校のための教材のピックアップなどをバリバリこなした。
が、ここでオリヴィアは気が付いた。
ーーこれ、公私に渡ってサポートしてくれる人が居ないと、校長とか無理かも。
元々が仕事大好き人間であるオリヴィアだったが、流石に仕事が多すぎた。楽しくゴリゴリに仕事をこなしていたが、それだって、洗濯物は全部ランドリーバスケットに入れて出せば洗って畳んで返してくれるランドリーメイドが居るからだし、食事はいつ行っても美味しいものを何かしら既に完成した状態で作ってくれているシェフが居るからだし、掃除だって、司書の仕事をしている間にやってくれているメイド達が居るからだ。なんなら、優しく気の利く辺境伯邸のメイドたちは、貴族出身のインテリなバリバリのキャリア・ウーマンであるオリヴィアに対して非常に気を遣ったので、いつもさりげなく一輪挿しに花まで活けて日々に潤いを与えてくれるのである。
いかな仕事人間といえども、快適に整ったプライベート空間が毎日ご用意されていなくば、万全のパフォーマンスは不可能。
気がついて、オリヴィアは青くなった。
この生活水準に慣れた状態で、マイホーム買って引っ越しして新生活して、新しい仕事をこなすの、無理かもしれない。
どうしよう。
気が付いたので、オリヴィアは数年後の話なんですが、という前提を元に、オールマイティに働いてくれるメイドを探すことになった。
オリヴィア自身で人を雇うというのはやったことがなく、実情を知るために子供部屋の優秀なる番人、ナースメイドのゾフィーとジャンヌに聞いてみた。
「過去の雇用実績がない家主が辺境伯邸に居るレベルのメイドを雇うのは難しいと思います」
「私たちは既に雇われたことのある人から紹介されて、それから面接になるんです。みんなコネ就職ですね。ただ、その紹介も、見込みがないと思われたら来ないですし……。」
「オリヴィアさんのお話だと、ハウスメイド、家事全般を担当する人をというお話ですが、炊事洗濯掃除を全て任せるとなると、ある程度家計を任せることになると思いますが、そこまでオールワークで信頼できる人となると、高くつくと思います」
「雇われる側としても、ハウスメイドは仕事が多岐に渡って大変なので、出来るだけ避けたいんですよね。面倒臭いですし」
「なのに、敢えて面倒なハウスメイド志望、しかもオリヴィアさんの一人暮らしに応募してくる人となると……ちょっと、心配ですよね……。」
この話を聞いて、やっとオリヴィアもことのヤバさに気が付いた。
フリートホーフ辺境伯領はアルバンという優秀な領主のお陰で安定している。無茶な税率設定で領民が疲弊している訳でもないため、労働力は売り手市場。使用人は紹介によるコネ就職が大半だが、雇う側も雇われる側も信頼できるからという理由で話が纏まるのが大半。しかも条件が良くないとマッチングしないのである。
「ゾフィー、ジャンヌ、あの、だ、誰か、誰か紹介してくれませんかっ……!?」
「紹介するだけなら」
「オールワークのハウスメイドには多分誰も来ませんけど、話をするだけなら」
ゾフィーもジャンヌも苦笑い。まあ無理でしょうけど話だけはしてみましょうか、ぐらいの感じであって、オリヴィアは軽く絶望した。
ここで、悩める女がもう一人居た。
乳母のローザである。
ローザは帰る実家がない。両親が亡くなり、叔母の嫁ぎ先である小麦農家で育ったのだが、そこでは肩身が狭かった。従兄弟たちも既に結婚しているし、いつまでもローザが家に留まるのもよろしくないということで、お見合いの後にすぐ結婚。
その嫁ぎ先では姑に虐められ、夫に殴られ罵倒され……稼いでこいと冷たく突き放されてこのフリートホーフ辺境伯邸の乳母に志願した。
が、恐ろしい方だと評判の辺境伯アルバンが、思ったよりもずっと親切だったので、あらこれいけるのでは? と思い、咄嗟に「離婚させてください!」とお願いしたところ、その場で即離婚が成立。自由になれた。
おまけに、安くはない乳母のお給料はローザが総取り。
衣食住が保障された安全な環境で息子を育てつつ、貯金をすることが出来たので、なんとか再起のためのチャンスを掴んだのだが……ひとつだけ問題があった。
ここからどうしようかしら?
乳母の仕事は給料も待遇も良いが、ずっとは続けられない。母乳が出なくなったり、辺境伯夫妻の子供たちが卒乳したら仕事そのものが終わってしまう。
辺境伯邸に来てからは、子供達が眠っている間の手仕事としてある程度の縫製をやるようにもなったが、ローザはお針子が出来るほどの腕前ではない。
女性が一人で、或いはシングルマザーとして生計を立てるのであれば代表的な職業としてはお針子がある。在宅で出来て、かつ女性が個人で稼げる代表格ではあるが、しかし、それが成立するのは「腕の良いお針子」だけ。
お針子というのは職人なので、当然、腕が良くなくては食っていけない。子供を見ながら一人で女性が稼ぐにはそういったスキルが必要だが、ローザは農村育ちでそれがなかった。
やるとしたら、どこかの農家に雇って貰って住み込みでの労働になるが、農家の下働きは大抵、待遇が良くない。そもそもが農家の仕事はハードな肉体労働。男も女も体力勝負である。仕事に費やすための時間も長く、子供が幼いうちは雇われで農作業というのはハードルが高い。給料も安い。息子が幼いうちにローザが体を壊しでもしたら、その時点で詰んでしまう。
理想としては、このまま辺境伯邸でメイドとして雇われることだったが……メイドとしてのローザの経験はゼロ。
「雇っても良いけど、その場合はデイリーメイドになるかな。うちの屋敷で使う乳製品のための、乳牛の世話と管理が担当。ただし、牛舎は離れたところにあるから、住む場所は牛舎の近くに建つ小屋になるね」
アルバンは雇い主としては慈悲深いが、同時に合理主義者でもあるため、度を越して情に流されたりもしない。
屋敷内で働くメイドたちはエリート中のエリート。軽い読み書き計算ができる娘たち、そういった教養が得られる環境で育った、いわば庶民の中でも中流と言えるお育ちの良い人間。更にそれを前提として、気が利くとか頭の回転が速いとかいう個人の要素を加味されて紹介されてきた、選ばれ者たちである。
その水準にローザは達していなかった。
乳をやるための乳母としては素行も良いし問題にならないが、メイドとなると気が利かなくてはならないのである。
なので、アルバンの判断としては、ローザの経歴だと乳牛の世話をし、毎日早朝に新鮮なミルクやクリームを本邸のキッチンまで届けるデイリーメイドが妥当となる。これなら、礼儀作法が分かっていなくても、農家の経験があるなら最低限分かってはいるだろうし、ということではあるのだが……乳牛の世話と管理はやはりハードな仕事。お給料も乳母より少なくなる。
が、しかし、この雇い主とこの職場なら、セクハラされたりなんだりしないのは確実だし、一番堅実な道かも……でも、本邸の使用人部屋は環境が良いし、出来たら、何らか奇跡が起きてランドリーメイドあたりに空きができないだろうか……。
と、ローザは祈っていた。
何しろ女で一つで幼い息子を養い育て守っていかねばならぬので、どうしたって慎重にならざるを得ない。
仲良くなった元乳母仲間のペトラが「うちも小麦農家だし、こっちに来なよ」と誘ってくれてはいたが、いつまでも厄介になる訳にもいかないし、再婚するにしても、前の夫のことがある。もしも連れ子だからと我が子が疎まれでもしたら、なんて考えると、到底結婚する気にもなれなかった。
ーーと、悩めるローザであったが、目の前でメイドが見つからないことに絶望するオリヴィアを見て、すっくと立ち上がった。
「オ、オリヴィアさん……!」
夫に家庭内暴力を受けて、判断力が低下している状態でも飛び出せる行動力があるのがローザ。
そして、頭脳明晰で頑固で仕事人間で、決断力があるのがオリヴィア。
そんな二人が、なんと奇跡のマッチング。
オリヴィアとローザは既に顔見知り。
天才すぎるフリートホーフ家の嫡男、アルビレオのために選書をしては児童書や絵本を持ち込むオリヴィアと乳母のローザは一部仕事仲間でもある。人となりはわかっているし、仕事をする上で問題のない人柄であることも既に知ってはいるが、オリヴィアとローザはこれまで、互いの境遇や立場を知らなかった。
ローザの希望としては、息子連れでも良いのなら、オリヴィアにオールワークのメイドとしてぜひ雇って貰いたい、というもの。
オリヴィアとしても願ったり叶ったり。ローザは主婦の経験があるため、家事全般がこなせるし、家の管理を任せられるなら、自分はバリバリ働ける。ローザが優先するのは高い給料よりも、息子と自分の安全が保障される環境だという希望。
ここで、オリヴィアはふと、思い付いてしまった。
「私とローザが結婚したら良いのではないでしょうか?」
その発言の余りのぶっ飛び方にローザは固まったが、しかし、妙案であった。
結婚には責任が伴う。世帯を同一にして、お互いに運命共同体として家庭を運用するのだ。
それならオリヴィアは仕事に専念しつつ家を任せられるし、資産を持ち逃げされる心配は皆無。おまけに、メイドを雇うよりも安上がりで済む。
ローザはローザでメリットは大きい。
オリヴィアは女性だし、ヒステリックでもない。息子や自分が虐められる心配はないし、息子が成人するまでの生活と環境が保障される。何より、オリヴィアにはローザにはない経済力がある。国立学校の校長に内定しているのだ。将来性がある。オリヴィアには教養だってある。息子に良い教育を与えてくれるだろう。
しかし、女同士である。
逆に言うと、女同士であればこそ安心だ、というのが前提のマッチングである。
普通なら「男女だったらねぇ」で終わるだろうが、オリヴィアとローザはそこらの女性とはひと味違った。
具体的に言うのであれば、この二人はアルバン・フリートホーフという人間の人となりをしっかりバッチリ把握していたのである。
「閣下、わたしからひとつ、お願いと提案がございます。しばしお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
雇い主であり、上司でもあり、辺境伯閣下でもあるアルバンの元を訪れて、オリヴィアは渾身のプレゼンを始めた。
「ってことだったから、思い切ってオリヴィアとローザを結婚させちゃった」
軽い感じで事後報告。
楽しい楽しい、仕事の合間の午後のお茶タイムの時の雑談ついでに飛び出した話題である。
色々ツッコミたいが、まずはこれ。
「結婚できたんですか!?」
女同士で結婚、できんのか。
場所が場所、修羅場を迎えたボロボロの私たち夫婦と文官の戦場、執務室だったので、何名か文官の方々が「ぶっ!」とお茶を吹いていた。
皆様、慌てて書類を拭いている。己の服よりまず書類。流石です。
「いやぁ、ビックリだよねぇ。僕もダメ元だったんだけどさ。神に祈ったらなんか……受理された」
「受理!? えっ、すみません、神様からの結婚の祝福ってそういう事務的な感じなんですか?」
凡人かつ魔力なしの神に愛されてない黒髪黒目、神様のことなにもわからない。
生まれながらにして神の子とか言われるし、生まれた瞬間から無条件で司祭の資格を持つとされる白銀は違うぜ。
アルバンの話によると、白銀というのはダイレクトにどこでも神様と連絡取れるらしい。
「うん。神様ってさ、なんていうか……凄くシステマチックなんだよね。こっちの祈りが通るかどうかとか、基準がよく分からないし、言語でコミュケーションが取れる訳じゃないんだけど……結婚の祈りについては可否が非言語のこう、感覚としてレスポンスが来る感じなんだ。あっ、通ったなって分かるっていうか。逆にダメな時には、あっ、弾かれたな、って感覚が来る」
「えっ、えっ、えっ? あの、神様って言葉を使ってないんですか?」
「使ってないね。言語パターンじゃない。僕たち人間に受け取れない手段で情報処理してるんだと思う。だから、こう、感覚として返事が来るんじゃないかな?」
「こ、高次元存在〜〜!」
知らなかった世界の真実。
聖職者は誰でもなれるが、高位の司祭、それこそ結婚とか離婚とかその他にも式典なんかをやれる人はかなり限られるし才能に左右されるとは聞いていたが、そういう感じなのか。努力とか修行とかで司祭としてのランクはある程度上げられるとも聞いていたが、もしかすると、神様からのお返事を受け取れる人とそうでない人の何らかポテンシャルの話であるのかも知れない。
「やってみないと分からないっていうか、うん……僕の主観でしかないけど、神様って、こっちから物事の可否を申請しないと何も分からないっていうか。これ許可して下さいって申請書を出す感覚に近いね。で、可否だけ返ってくるし、場合によっては神様の怒りに触れて神罰が降ってその瞬間に死んだりするから、普通の司祭は過去に前例があることしか願ったり祈ったりしない」
「待ってください。そんなリスキーなことに人知れずチャレンジしてたんですか?」
やめてくれ。
私は未亡人になりたくない。
「僕たち白銀には裏技があってね。大神官でも神様へ直接質問するのは一日三回が限界だし、しばらくは消耗して動けなくなるんだけど、僕らは何回でもいけるんだ。殆ど疲れないしね。だから、正式に許可下さいってお祈りする前に“これこれこうしたいんですがいけますか?”って質問するんだよ。それにも大体返事があるから、駄目そうだなとかいけそうだなとか確かめた上でやるんだ。僕とツェツィーリアの結婚の前にも確認したよ」
「白銀って本当に神様に贔屓されているんですね」
「贔屓とはまた違うかな? なんていうか、受信機として優秀って感じかもね」
「ああ、システマチックって、そういう」
「そうそう。人間とは思考のプロセスも感覚も全く違うし、意思はあるけど、生き物じゃなくてシステム? なんか、無機質な感じ? うーん、上手く表現できないや」
アルバンでも説明が困難というのはつまり、人類が神の本質を掴むことは無理ということであろう。
少なくとも私のような凡人には生まれ変わっても体験することが出来ないものなので、ここはスルーしておこう。
「同性での結婚はこれまで事例がないし、いけるかどうかは分からなかったけど……聖典には男女の結婚と子孫繁栄について書かれているし、女は男に従うものって記述があるから、誰も試していなかった。だけど、今ある聖典そのものが古代言語で書かれたものとは違うから、編纂・翻訳される途中で解釈が加えられたんだろうね。運用しやすいように。ただ、聖典の内容が記されているとされる石碑や、最も古いとされる粘土板は破損や欠落が激しいけど、結婚に関しては“二者の繋がりを神に問う”って記述しかないんだ。オリヴィアは博識だし、それを知っていたから賭けてみようと思ったんだってさ」
「ち、知的……! かっこいい……!」
しかし、考えてみると、確かに神様のルール、謎が多すぎる。
なんだかよくわからないけど、身分の高い人、ことに白銀だと結婚とか婚約の際に、何故だかその縁組が神様に拒否られることが多いらしい。かと思えば、アルバンやアレクサンダー殿下やアロイス殿下は婚約のお問い合わせも一発OK。ムラがある。基準はなに? わからん。神様わからん。
白銀じゃなくても、なんでか高位貴族の結婚とかは神様に拒否られがち。目立つ理由がなく、血縁として遠くてもダメなことがままあるそうだ。
あと、平民とかでもごくごく稀に、結婚出来ないことはあるけれど……身分が低いのに結婚出来ない、なんでだろという時は、血が近すぎるとかそういうのが後から判明したりなどするのだが、しかし……結婚出来ないというだけで、メラニーのような悲惨な事件は起きてしまっているため、神様の力の及ぶ範囲も謎が多い。
「結婚出来なかった相手とでも子供は作れるけど、ただ……歴史を振り返ってみると、名前を残せた人の中に私生児は一人も居ない」
「不思議ですよね」
「神様とこの世のシステムの問題なのかも。だから平民でも私生児は出世できないって言われるし、後ろ暗いところがないならみんな結婚はするんだよね」
不思議なことに、どんな些細で地味な活躍であっても、歴史の記録に名前を残せる人はみんな、出生時に父親と母親が正式に結婚していた人だけなのである。生まれた時の両親の状態のみが問題であるらしく、生まれた後に両親が離婚した人が偉業を成したりも稀にしているため、本当に、婚外子のみが出世出来ない、という感じなのである。
それがあるから、縁起が悪い、神に見放される、子供が不憫、という理由から、平民の間での出来ちゃった結婚はそれなりにある。
「それでしたら、今後は同性間での結婚も増えるのでしょうか?」
「いや、一般に普及するのは避けたいかな」
「どうしてですか?」
「まあ、今回はオリヴィアだし、仕事に打ち込めるならってことで許可したけど……同性間での結婚が可能になったら、女性同士での結婚が増える。間違いない。男が余るんだよ」
「ですが、男性同士で結婚したい人も同じくらい居るのでは?」
「ふふ。見て。ツェツィーリア。この優秀な文官たち。財力も地位も権力もそれなりにあるのに、誰一人として結婚していないんだよ?」
説得力があり過ぎるが、本人たちを前になんてこと言うんだアルバン。
でも確かに、文官の皆様、こんなに素敵なのにどうして独身なのだろう? 不思議だ。不思議すぎる。
「その通りです奥様。同性間での結婚が普及した場合、今後は女性同士での結婚が増えるものと思います。女子専門の教育機関が完成したなら尚更です」「これまで女性が結婚するというのが一般的かつ常識とされたのは、男性に養われなくば生きて行けないから故かと〜。経済力を得た女性が男性を選ぶ理由がないからして、男余りが進むのは自然の流れかと愚考する次第です」
「いや、それは早計では? 女性は男性より身体的に脆く弱い。経済力として男性を上回るのは困難だろう」
「僕もブルンネンさん寄りの意見ですね。でも、どちらにせよ同性間という選択肢が男女共に増えるのであれば、出生率は低下するでしょう」
「孤児の受け入れ先として養子を取る動きが活性化したり、農村部の口減しが減らせるというメリットはあるんじゃないですか? ただ、閣下の統治は豊作続きですし、孤児の数が少ない。出生率の低下は見込まれるでしょう」
「いやはやしかし、しかしですぞ? 現在フリートホーフは人余りの状態。社会情勢の安定がゆえベビーラッシュですし同性間結婚を許可してある程度調整弁にしても良いのでは〜?」
ああっ、素敵。この空間素敵。頭の良い、知性の光を宿した人しか居ない。うっとり。
「僕もトリュンマーの意見が一番近いかな。もちろん、前提として農民は人口数を維持して欲しい。ただし、第三次産業、頭脳労働やサービス業の人口はある程度に留めておきたい。だから、同性婚に関しては僕の判断で行う形に持ち込む。領地に対してメリットのある縁組と判断したら行うようにしたい。可能だと判明したところで、教会がこれまでの意見を翻して全面的に同性間結婚を認めるまではかなりかかると思うから、あと数十年は実質、僕だけが同性間結婚の儀式をすることになるだろうね。アロイス……はわからないけど、アレクサンダー、あいつは人口なんて増えれば増えるほど良いと考えるタイプだし、同性間結婚には反対の姿勢を取るだろうからね」
辺境伯という身分には権力があるので、そういう反則技が使える。
平等? なにそれ美味しいの?
私たちは権力のある貴族なので、こっちのメリットになる結婚なら同性だろうか異性だろうが許可します。というか、欲を言うなら性別とか諸々関係なく、領地のメリットになる結婚のみ許可したい。
でも古代から異性間結婚はみんな勝手にやってるし、今更いちいち制限掛けられないし精査するのも面倒だし、今の形でなんか社会が成立してるからとりあえず放置。
ただし、申し訳ないけど、同性間結婚に関しては新しい取り組みだし、今ならこっちで許可とか諸々精査も含めてやれる範囲内だから独占させて貰うね。ごめんね。恨んでいいよ。許可した人たちは頑張って領地の発展に貢献してね! ということである。
「トリュンマー、お前は良いのか? 誰か候補が居るなら僕が司祭として祝福するが」
「ああ、いえいえ! 我輩は生涯独身を覚悟していますので、ご心配なく〜!」
鉱山資源担当のトリュンマーさん、どうやら男性が好きなタイプの男性だったらしい。
軽い感じでパタパタ手を振って遠慮しているが、なるほど、同性が好きでも独身でいたいパターンもありますもんね。
オリヴィアさんとローザさんは同性が恋愛対象という訳でもなく、単に利害が一致したから結婚したいパターンだったが……うーむ、世の中色々なドラマがあるな?




