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【014】パワーディナー

 

 屋敷に帰り着き、一旦休んでおいで、と優しく放牧され、とりあえずお風呂に入り、ネグリジェに着替え……私はものの見事に寝落ちした。

 目覚めた時にはもう夜で、夕食の準備が出来ましたよと家令に呼ばれて飛び起きた。

 微妙に寝癖が付いていたし、せめてまともな服に着替えなくてはと思って慌てふためいていたのだが、すかさずドアの向こうから「アルバン様は実験室からそのままの格好でおいでです」と追加情報が来たので、お言葉に甘えてネグリジェのまま食堂へと向かった。

「お疲れ様、ツェツィーリア。体調はどうかな?」

「すみません。寝坊しました。こんな格好のままで、申し訳ありません」

 相変わらず、結婚して一ヶ月が経過しても、食堂に入るたびにアルバンは毎回、席から腰を上げて私を出迎える。

 紳士だが、しかし、格好が問題だった。

 麻のシャツとズボンに、上から実験用の白衣を着ているのだが、白衣のボタンはひとつ取れているし、裾に洗っても落ちなかったのであろう茶色や紫の染みが付いているのだ。

 これは魔獣の解剖をはじめ、数々の実験や分析を行う時のアルバンのスタイルで、辺境伯ではなく丸っきり研究者でしかないのだが、元々本人の気質としては政治家だとか貴族だとか軍人だとか以前に、学者としての面が強い。アルバン自身もこの服装が一番落ち着くらしく、外に出ず屋敷の中で過ごす日はずっとこれだ。

 主人たるアルバンが日頃からこのような格好なので、私も心置きなく、実家で着ていたようなブラウスとスカートという組み合わせでいることが多い。

 また、アルバンが良いと言っているのを免罪符に、ほぼ男装に等しい乗馬服を着用するまでに至ったのだが……あれに関しては超合理主義者のアルバンによる「山に行って狩りをするのにドレス? なんで? 引っ掛かって不便だろうし、僕の方で動きやすい服を手配するよ」というゴリ押しの一手で貰ったものなので、私に責任はないだろう。

 しかし、流石に寝巻きで食堂に来るのは初めてではあったが。

「構わないよ。もし体調が悪くなったりしたら言ってね。疲労感はあるかな? 酷いようなら、医師を手配するけど」

「元気です。まだ少し眠いですが」

「大変だったよね。付き合ってくれて、本当にありがとう。お陰で、被害が最小限のうちに討伐することが出来たよ」

「ワイバーンの胃の内容物、もう調べ終わったのですか?」

「さっきね。とりあえず、人骨は出てこなかった。あそこは奥地だし、村からも離れているから、まだ人里に降りて来る前だったんだろうね。ただ、あの辺りの獣の大半が狩り尽くされていたから、領民に被害が出るのは時間の問題だったと思う」

「本当に、ギリギリだったんですね……。」

 アルバン始め、全員が精鋭中の精鋭だったのであっさりと討伐されたように感じるが、本来ならバリスタを領内の各地に配備して迎撃しなくてはならないのがワイバーンだ。

 幾らアルバンやハインリヒさんが強くて、ほぼ一人でワイバーンを討伐可能だとしても、彼らの体は一つしかないのだ。

 行動範囲の広いワイバーンがどこを襲撃するかは誰にも分からないのだから、今回の件は本当に、運が良かったと言える。

「まあ、でも、うちはいつもこんなもんだよ。流石にワイバーンは六年ぶりとかだけど。去年はケルピーが出たし、そうじゃなくても、魔獣に追われてグリズリーが人里近くまで来るのは毎年のことだからね」

「辺境伯領は、常に魔獣との戦闘を迫られているんですね。やっと実感として理解しました」

「ありがとう。それを理解しているのといないのとでは、対策に臨む時の姿勢がまるで変わってくるからね。今回のことは貴重な機会だし、明日、もし君の体調が悪くなければ、王宮に送る特定危険種の発見と討伐の報告書を一緒に作ろう。申し訳ないんだけど、スタンピードが起きた年には書類の作成が追いつかないこともあるから、手伝って欲しいんだ」

「わかりました。辺境伯夫人が送るとすれば文面が多少なりとも変わると思うのですが、そちらの形式も教えて頂けますか?」

「大して変わらないよ。僕の場合は挨拶とか前置きとか無しに報告だけで送るし、君が普通に書いた方がよっぽど心証が良いんじゃないかな?」

 アルバンは嘘を吐かないので、本当に最低限の事務的な報告書だけ送っている可能性があるが、流石に王宮宛なら軽くでも、一応は一筆添えたりなどもしているのだろうか?

 わからない。本気の本気で何も前置きなく物だけ送っている可能性がかなり高い、ような気がする。

「ええと……程度に関しては見ないとわかりませんが、報告書そのものは難しいのでしょうか?」

「面倒な部分もあるけど、覚えちゃえばそんなに難しくないよ。テンプレートを作ってあるし、特殊なケースじゃなければ魔獣の名称部分と出没地域の名前を差し替えて丸写しすれば良いやつだから」

「こ、効率の鬼……!」

「勿論。削れる手間はどんどん削るよ! あと、特殊なケースに当たっちゃったとしても、過去の討伐記録が執務室にファイリングしてあるんだ。それを参考に文面を考えれば良いから、あんまり難しく考えなくても大丈夫だよ。まずは何件か、僕と一緒に作って練習してみようね」

「はい。ですが……アルバン様のことですから、いっそ報告書をシート記入形式にしよう、と思って、実行しているのではと思っていましたが、やはり王宮へ提出するとなると、手書きでなくてはならないんですか?」

「それはね、僕もやろうとしたんだよ。したんだけど……魔獣ってさ、生き物だから。奴らは移動するんだよ。強い魔獣ほど移動範囲が広くて素早いから、例えばこの場所で尻尾を切り落としたけど、途中で逃げられて、また別なあっちで致命傷を与えたけど逃げられて、最終的に姿が見えなくなったけど、状況と与えた傷の深さから考えて、多分討伐出来たんじゃないかな……? みたいな状況になると、シート記入だと無理なんだよね……。」

「あっ、ああ〜、なるほど」

「おまけにさ、姿が見えなくなったし、多分討伐出来たんじゃないかなって思って王宮に報告書を提出して、その後、何ヶ月かして死体が領地内から発見されちゃって、更にそれが報告書内で挙げた場所と全く違う場所だったら、修正報告が死ぬほど面倒くさい。もし王宮の文官にミスじゃないかって思われでもしたら、わざわざその説明のために王都に行かなくちゃならないんだよ……絶対に行きたくない」

「実情を知らない人には、分からないですもんね、こういうの……。」

 なるほど、通常の手書きによるレポート形式であれば、追加報告があろうともう一通書いてその旨を伝えれば良い訳だから、修正が効きやすいのか。

「そう。で、そこは頑張れば工夫でいけるかも知れないけど、もう一つ理由があって」

 ハァ〜。深いため息を吐いて、アルバンが目を閉じる。

 まだ何か問題があるのか。

「魔獣はさ、魔獣と殺し合うことがあるんだよ。以前、ユニコーンとバイコーンが同時に出現してカチ合って……暴れ狂う馬鹿でかい馬が二頭、あちこちの人里でドッタンバッタン……ユニコーンは保護種だから手を出せないし、バイコーンは討伐対象だけど誤射が怖くて遠距離から魔法撃てないし。武器で仕留めるしかないんだけど、結構な確率でユニコーンは乙女を、バイコーンは悪人をそれぞれ乗せてたりするし。人命保護が第一優先ではあるんだけど、そんなほぼ人質状態の領民を巻き込んだまま二頭で延々と殺し合いを」

「ヒィ」

「あの時は本当に地獄みたいで……バイコーンとバイコーンに乗せられている悪人を諸共討伐しちゃえば良いんじゃないかなって話も出たんだけど、その都度、今乗せられている奴は明確に法で裁けて、かつ死罪に相当する罪状なのか、個人の特定から必要になるし」

 ユニコーンは一角獣。巨大な白馬に似た姿で、その角は水を清める力を持っている。のみならず、角を削って粉にすれば万能薬となるため、国が指定する保護種とされている。学術的な分類としてはユニコーンは魔獣なのだが、清らかな乙女が近寄り礼を尽くせば、ほんの僅かではあるものの角を削らせてくれるため、その性質から幻獣とも呼ばれている。あくまでも清らかな乙女にしか心を許さないため、それ以外の人間に対しては極めて攻撃的で、踏み殺したり噛み殺したりする上、気に入った乙女が居ると、背に乗せてなかなか降ろさないという困った性質を持っている。

 世間の令嬢は「素敵な幻獣さんですわね」などと言っているようだが、私は「いやこいつ間違いなく魔獣だろ」と思っているクチである。

 だが、我が国の三代目の国王が病に倒れた時、娘である王女がユニコーンから角の一部を削らせて貰い、王が一命を取り留めたお陰で、国家滅亡の危機を免れた、という歴史があるため、ユニコーンは今もって乙女の象徴、国家の繁栄において象徴的な位置に置かれている。なんとも厄介、いやデリケートなポジションの幻獣である。

 対して、バイコーン。こちらは二本の角を持つ巨大な黒馬である。角は大小二本あり、前後に額の中央に並んでいる。清らかな人間を嫌い、ふしだらで悪辣な人間を好む。不思議なことに取る行動はユニコーンと酷似しており、好んだ人間を勝手に背に乗せなかなか降ろさず、清らかな人々を積極的に踏み殺したり噛み殺したりする。角に関してはあらゆるものを毒に染めて穢すという、どこからも非の打ち所がない害獣である。唯一弁護するとしたら、角が強い毒性を持つため、魔獣狩りのための武器として使用されることもある、という程度なのだが、うっかりすると使用者が死ぬこともある上、水に触れさせるとその水が腐るため、そのリスクを承知で尚も使おうという猛者はほぼ居ない。

 ここで問題となるのが、バイコーンの性質である。

 悪人を好むのは確かだが、その一方でふしだらな人間も好むため、連続快楽殺人犯だろうが、浮気性の人間だろうが気に入れば乗せるのである。

 前者に関しては悩む余地もなく、王国の法に照らし合わせれば死刑なのだが、後者に関しては無罪となる。無論、浮気というふしだらさが婦女暴行などにかかってくればこれも死刑ではあるのだが、まず個人を特定し、罪状を詳らかにしなくては、死刑に相当するのか否かがわからない。

 まさしく悪夢のような状況だろう。

「それは……最終的にどうなったんですか?」

 実際に対処したアルバンは地獄だったのだろうが、正直、聞くだけの私としてはワクワクしてしまう。どのような落ちが待っているのだろうか。

「うん。まず、対処としては、重罪を犯した犯罪者に鉄の首輪を付けさせた上で、鎖に繋いで領地の西側にある廃村に集めて放置した。その逆に、清らかな乙女たちには東側にある湖のほとりに集まって貰った。反対方向にバイコーンとユニコーンを集めて、バイコーンを討伐した」

「ふんふん」

「で、バイコーンを討伐したら、バイコーンが暴れ回って使い物にならなくなった貯水池や井戸を浄化するために、乙女たちに頼んでユニコーンを誘導しながらバイコーンのせいで汚染された場所を巡って貰って、最後に、騎士と僕が頑張って、キレるユニコーンから乙女を救出して放した」

「えっ、それは……若い娘さんには大変だったのでは……?」

 なにしろ、貴族平民問わず結婚適齢期は十六歳から十八歳。

 そのくらいの年で結婚するのが普通なので、既婚女性は清らかな乙女……有り体に言ってしまえば処女ではない。

 そうなると、処女とはつまり、大体が十五歳以下である。

 中には羊飼いの少女や行商人の娘など、普段から長距離を歩くことを生業としている子も居るには居るが、広大な辺境伯領を横断するとなると、体力的に無理だろう。

「うん。すっごく大変だった。だからユニコーンとバイコーンが出たから清らかな乙女の皆さんにご協力を、とか方々の村で頼んで、御触れも出して。乙女たちには交代制でやって貰って、騎士団もちょっと離れたところからバックアップして、なんとか……途中で、集めた乙女がユニコーンの怒りを買って明るみに出てはいけなかった事実が明るみに出て修羅場が生まれたり、交代しなきゃいけないのにユニコーンが意地でも気に入った乙女を降ろそうとしなかったり、離れたところでサポートしていた騎士団員に対して協力してくれた乙女が恋をしたせいでユニコーンが騎士団を襲ってきたり……。」

「うわぁ」

 地獄だ。

 しかし、こういう話を聞くと、やっぱりユニコーン、あの生き物、弁護のしようがない程に魔獣だし、有害すぎる。いや利点もあるのだが。無視できないレベルなのだが、なんにしろ厄介過ぎる。

 アルバンは人間嫌いの気があるので、数多くの人と関わる必要が出てきてしまうユニコーン・バイコーンの案件は鬼門なのだろう。

「大変だったんですね……。」

「ふふ。しかもさ、必要だったとはいえ、清らかな乙女の協力求む、なんて御触れを出したせいで、周辺の領地には処女を集めて次々と食い散らかしている変態辺境伯って噂が立ったんだ。流石に嫌過ぎたから弁明したんだけど、そしたら夜な夜な処女を集めて文字通りの意味で血肉を啜っている怪物辺境伯って噂が出回って……そこで、なんかもう、いいかなって思って面倒臭くなって、放置しちゃった」

「か、かわいそうすぎる……!」

 なんで。どうして。

 アルバンは真面目に領地を守ろうと頑張っただけだというのに。気の毒過ぎる。

 不謹慎にもワクワクしてオチを聞こうとしてしまったが、こんなに哀しい結末が欲しい訳ではなかった。

「ごめん。余計なことまで話しちゃったね……で、この一連の出来事を報告しようと思うと、書くことがあまりにも多い上に、シート記入形式だと、全く同じ内容を二通提出しなくてはならなくなるんだ」

「なるほど……!」

 だとしたら、項目がびっちり定められるシート記入形式よりも、手書きのレポート形式の方が効率的だ。

 相手は生き物。イレギュラーが発生するのは当たり前なのだ。確かにこの方が順序立てて伝えやすいだろう。

 目の前に運ばれてきたワイバーン肉とクルミのテリーヌに一瞬目と意識を奪われつつも、今はまだ仕事の話だなと、なんとか暴れ出しそうになる食欲を理性で繋ぎ止める。

「他にも、特定危険種が出たけど、たまたまその年にやたら凶暴で強いグリズリーが居たせいで、発見されたその危険種がグリズリーに食べられてしまったりとかもたまにあるし」

「グリズリーってそんなに強いんですか!?」

 特定危険種とされる魔獣は強い魔法耐性を持っていたり、強い魔法を使えたりするからこそ国が定めている筈であり、今回のワイバーン案件のように、魔法が使えない動物は魔獣によって一方的に捕食されるのが常なのだが、まさか例外があるとは思わなかった。

 ナイフとフォークを手に、アルバンが手を付けるのをソワソワ待ちつつ驚いてしまう。

「グリズリーは強いよ。僕はグリズリーって、魔力がないから動物に分類さているだけの魔獣なんじゃないかなって思ってる。いや勿論、身体的な構造とかは動物で間違いないし、疑いようもないんだけど……強過ぎるから。逆になんでグリズリーに魔力がないんだろうって感じだよ」

 言って、アルバンがテリーヌを切って口に入れてくれたので、私も切って食べる作業に入らせて頂く。

 きょ、今日も美味しい。

 いやこれは……シェフ、もしや、腕を上げたのか……!?

 元から素晴らしい腕前だというのに、この上更に? ワイバーン肉の持つ独特の芳香を活かしつつ、ギュッとした赤身肉はミンチと細切り両方を組み合わせ、クルミを入れることでアクセントにしつつ、コクを加えている。おまけに、スパイスが使われているが、あくまでも主役はワイバーン肉とするために、これも絶妙な加減で混ぜ込んでいる……!

「ん、ぉいひ……グリズリー、他の魔獣と比べたらどのくらいなんですか?」

「オルトロスくらいならグリズリーが勝ったりするよ。あと、僕は、個人的には……コカトリス狩りよりもグリズリー狩りの方が圧倒的に嫌、かな……?」

「そんなに……?」

 どこから突っ込めば良いのかわからない。

 オルトロスは双頭犬。土魔法を使う魔獣で、獲物の足場を泥沼に変えてから固めて動きを止め、生きたまま食らうという凶暴な魔獣だ。

 コカトリスは雄鶏の体と蛇の尾を持った魔獣で、生き物の体を石に変えてしまう毒がある。この毒は土属性魔法に分類されるもので、蛇の尾の牙に噛まれると即座に死が確定するほど恐ろしいものだ。

「まあ、普通の人は、苦渋の決断でグリズリーを選ぶんだろうけど、僕は魔力耐性が高いから、コカトリスに噛まれてもぜんぜん平気なんだよね」

「噛まれたことがあるんですか!?」

「あるよ。まず、仕留めたコカトリスの牙から採取した毒液を試してみたけど何の影響もなかったから、また別な時にコカトリスに噛まれてみて実験したんだけど、噛まれたら普通に痛いなってだけで、特に影響はなかったから。毒がないなら単なる大きいニワトリみたいなものだし、近寄っていってガッと捕まえてそのまま首折って終わりだから……。」

「待ってください。コカトリスって牛ぐらい大きかったですよね?」

 今なんかサラッと首を折るとかなんとか言ってたような気がするのだが、聞き間違いだろうか?

「合っているよ。ツェツィーリア、よく知っているね!」

「はい。最近は少し、図鑑を見たりして軽く。え、あの、もしかしてアルバン様、素手でいけるんですか?」

「いけるけど……あっ、でも、僕だけじゃないよ! ハインリヒも蛇のところ切り落とした後にやってたし!」

 アルバン、あなた、慌てて弁明しておりますが、堂々とハインリヒさんのことを「あれはグリズリーだから」ってやれやれ感出して呆れたみたいに言っておきながら……あなた自身もグリズリーなんじゃないですか。

 というか、アルバンは見たこともないくらい大柄で筋肉質だから、視覚的にも「まあ、なくはないか」と納得できるのだけど、身長も体格も平均的な騎士の域を出ないハインリヒさん、あの人がなんで出来るのかがわからない。

 そして、アルバンはハインリヒさんを引き合いに出して「僕は普通だよ!」と頑張って訴えて怖くないよアピールをしている訳だが、そもそもそのハインリヒさんを引き合いに出さねばならない時点で破綻している。

 なんというか、アルバンがこうまでありのままに反則級の強さを隠さずに生きているの、ハインリヒさんという規格外が近くにいるから「あそこまではギリギリ大丈夫」と思ってしまっているからなのでは……?

「ごめん……野蛮な話題だったね。食事時にするべきじゃなかった……。」

 分かりやすくアルバンがどんよりしてしまった。

 この人、落ち込んでどんよりすると一気に怪物度が上がるな。いや私は慣れたから怖くないのだが、傷はもちろん、元々の顔立ちが角度によっては怖く見えやすいから、損なタイプだな、と思う。

「いえ。楽しい話題だったので大丈夫ですよ。興味深いお話でした。ですが、比較対象にハインリヒさんを出すのは……あの方はアルバン様とはまた別方面での例外だと思うので」

「うん……あぁ、そうか。ハインリヒを引き合いに出したら、それは駄目だよね……。」

 分かって貰えたようだ。

 しかし、今度はあのハインリヒさんと自分を無自覚に同じカテゴリに入れてしまっていたと自覚したことで、ややショックを受けているらしい。

 アルバンの食事のペースが著しく落ちているが、私の方が食べるのが遅いので、美味しいワイバーンテリーヌを幸せにもぐもぐさせていただく。

 二人ともテリーヌを食べ終えたら、今度は薄ベージュ色のポタージュが出てきた。

 おっ、なんだなんだ。初めて見るスープだぞ?

 今日のシェフは挑戦的だな。何か心境の変化でもあったのか?

 こ、これは……! ゴボウのポタージュ!

 なるほど。私が百合根のポタージュを気に入っていたので、根菜類で攻めてみることにしたのか。ゴボウは東側の土地で少量しか栽培されておらず、大半が輸入品。紛れもない高級お野菜。わざわざ取り寄せたのか……シェフ、やる気に満ち溢れているな? 良い意味で土の香りがするし、優しい味わいである。素晴らしい出来だが、好みの話をすると私はやはり、百合根のポタージュの方が好みではある。そのうち、高貴な方々がやるという「シェフを呼べ!」をやってみても良いかも知れない。

「えっと、ツェツィーリア、話は変わるんだけど、その……君さえ良ければ……今夜、二人で少し、話したいことがあって……。」

「は、」

「きっ、君が、嫌ではなければ……なんだけど……。」

 アルバンは自分のスープ皿に視線を向けたまま、手にしたスプーンで無意味にゴボウのポタージュをぐるぐる掻き回しており、その目元はほんのりピンク色になっている。

 私は余りのことに持っていた自分のスプーンを手から落としてしまい、一枚幾らするのだろうという見るからに高級な皿にぶつけ、景気良くカラーン! と音を立ててしまった。

 これはつまり、そういうことだ。

「いっ、いや、じゃ、ない。です」

「じゃっ、じゃあ、後で、僕の部屋に来て……くれるかな?」

「は、はぃ……ぅ、うかがいま、す」

 そこからは、無言で夕食を食べた。

 シェフが折角、やる気を出して作ってくれたというのに、途中から味もろくろくわからなくなってしまった。


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