【013】夫がかわいい
「ん、んがっ!?」
小鳥の囀る声で目を覚ました。
眠り呆けている場合ではなかった。
慌てて飛び起きようとして、豚がフゴフゴいう時みたいな、淑女どころか女性としてもかなりヤバい声を出してしまった。
「は? ゃ、え、ど、どこ……?」
目をショボショボさせつつも辺りを見回してみると、見知らぬ部屋の中だった。
床も壁も天井も、のっぺりとした土の塊である。
私が居たのは壁に繋がるような形で設られた広い台のようなベッドの上で、そのベッドもまた土で作られている。毛布や毛皮を敷いてあり、昨晩と装備品は変わっていないが、場所が違う。
どこなのだろう?
私が寝ている間に、何が起きたのだろう?
出口らしき場所にはドアがなかった。かわりに、上から布を一枚垂らしてあって、そこを捲れば出入り出来るようではあるのだが、これは勝手に出て良いものだろうか?
急激に不安になっていると、出口と思しき場所から、アルバンが顔を出した。
「おはよう、ツェツィーリア。目が覚めたんだね」
「ぉ、はよう、ございます。こ、ここは?」
「場所は昨日と同じだよ。ただ、ツェツィーリアが眠りにくそうだったから、僕が土魔法を使って小屋を作ったんだ。どう? 少しは休めたかな……?」
「ぇ、はい。よく眠れましたが……あの、小屋ってそんな簡単に作れるものなんですか?」
土魔法は一般的に、戦闘においては防壁を作ったり、塹壕を作ったりなどに使われる。前者は人一人が身を守れる遮蔽物程度のものであるのが普通だが、塹壕に関しては土魔法適性が高く、かつ魔力の強い人でなくては出来ない。
過去には、凄腕の土魔法使いであれば、戦場で敵軍の足元を砂地に変え、腰まで沈めて一網打尽にした、という記録も残ってはいるが、小屋を作った、などというのは歴史書でも見たことがない。
「アルバン様、もしかしなくても、やっぱり物凄く器用ですよね!?」
「そうかも?」
過去に存在した白銀の人々は、とにかく魔法が凄かった、こんな大規模な魔法が使えた、出力も高かった、という伝承が多いが、実は魔力制御も上手いとか、あったりするのだろうか?
アルバンと同じ白銀であらせられる王太子殿下と第二王子殿下のことを知らないので結論は出せないが、アルバンは魔力制御が特に上手い、のかも知れない。
いやきっとそうだ。
これ、小さいけどちゃんと家になってるし。
「お腹はすいてる? 昨日の夜と被っちゃうけど、ワイバーンのスープがあるよ」
「あっ、はい。空腹です。食べに行っても良いですか?」
「今はちょっと待って。野郎どもが着替えてるから。僕がとってくるよ」
「よろしくお願いします」
うーん、ワイバーンが残りもう一体居る筈なのに、存外、のんびり進行のようだ。
しっかり宿泊用の小屋まで作って、しかも騎士の皆さんが帰り支度のためとはいえお着替えまでしているとは。
しかし、これはきっと、帰るためには装備をきちんと整えてご飯を食べなくてはいけないからやっている、ということだろう。途中で不備が見付かったり、誰かが著しく体調を崩したりしたら、元も子もないからだ。
とは思うが、しかし、私が余りにもヘロヘロだった為に、一旦休ませなくちゃいけないから、全員休憩取ろうか、という流れでした、というパターンも充分にあり得る。
足手纏いを存分に発揮してしまっている気がするが、やってしまったものは仕方がない。
時間は元には戻らない。
なので、素直に「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」と謝ろう。そうしよう。
謝れば許される筈だ。
何故なら私は辺境伯夫人で、騎士団の貴婦人だから!
騎士道の穴。それ即ち、淑女無罪の法則。
女は男に従うもの。それが社会の大前提ではあるものの、こと騎士道という謎美学が介入するとなると話が変わってくる。騎士たるもの女性や子供を守らねばならぬ、丁重に扱わねばならぬ、というルールが厳格に存在するため、女性が何かをやらかして、それがかなりヤバめの案件だったとしても、騎士は苦しかろうが辛かろうが、グッと我慢して「心配ありませんよレディ」と微笑まねばならないもの……らしい。
怖い業界である。
それもあって、騎士道全盛の時代には、レディの名誉を守るための事象記録改竄が頻発したというのもあって、軍制への移行が実施されたのだが……実際のところ、レディの名誉のため、と言っておけば何を改竄しようが深く突っ込まれないため、横領や着服がその名目で横行したのだろうなぁ、というのが私の考えだ。
軍制への移行は真っ当な騎士と真っ当ではないダメな騎士、両方から猛反発を受けたが故に、法が適用されるまでに十年もの時間を要した。
その間も、尚も騎士になりたいと志願する人が絶えなかった訳だが、その一方で、騎士道なんてこれからは流行らないぜ、という考えから、女性に対して粗雑な扱いをする貴族の子息が激増した。らしい。
私は昔を知らないので分からないのだが、お母さまやそれと同世代のご婦人の話を聞くに、そうであるらしい。
お陰で、私は昔からパーティーに行くたびにどっかの子爵家の三男坊とか、どっかの伯爵家の次男坊やらに虐められまくって、見事に社交が嫌いになった。
いけない、話が逸れた。
そんな時代背景がある訳だが、恐らく同世代と思われるハインリヒさん始め、騎士団を自認する方々はきっと淑女無罪の法則も守っているのだろうから、アルバンを大っぴらに侮辱するとか、見えているキメラの尾を踏むような真似をしなければ大丈夫……だと思う。
そうであってほしい。
「ツェツィーリア、お待たせ。簡単なものだけど、パンもあるよ」
「ありがとうございますっ……!」
ニコォ、と笑顔でアルバンがご飯を運んできてくれた。
何度見ても不気味な迫力のある笑顔だが、もう見慣れてきたので、機嫌が良さそうだな、くらいしか感想はない。
どんどろりんと暗いオーラがどうしても溢れ出るアルバンだが、それが私には丁度良い。もし寝覚めにハインリヒさんとかが現れたら失明する気がする。
二人で並んで仲良くワイバーン煮込みとパンを食べる。
食材が尽きたためか、スープの中身は主に肉。少々の山菜が彩り程度に入っているくらいで、塩味のシンプルなスープだが、大きめに切った肉がよく煮込まれて柔らかく、美味しい。なんというか、ワイバーン肉は肉そのものが良い香りなので、お屋敷のシェフに調理して貰えばそのポテンシャルを遺憾なく発揮出来るのだろうな、と確信させる力がある。
パンはというと、こちらは小麦を水で練って細長く伸ばし、削った枝に巻きつけて焼いたものだ。
こちらも、火で炙ったためか、ところどころ焼きムラが目立つものの、不味くない。白い小麦を使っているため、噛むと微かに甘いのだ。
「ごめんね、あんまり美味しくなかったよね?」
「出先でこれは、充分美味しいと思いますよ?」
「まあ、そうだけど……君は嫌じゃないかなって」
「たっぷり寝ましたし、大丈夫です。これから更にまた何日か進むとなれば辞退したいところですが、今回は帰還するんですよね?」
昨日の夜は疲れて半分死んでいたため流してしまったが、確かアルバンとハインリヒさんが、バリスタを持ってくるとか、防衛線を作るとかの話をしていた筈だ。
バリスタ。大型の弓形射出兵器。
それこそ今回のようにワイバーンの出現がなければ表に出てこない兵器だ。
見たい。凄く見たい。
伝記に出てきたあのデッカイ弓。挿絵で見たことはあるけれど、実物は見たことがないあの兵器。
近くで見たい。
可能なら、ワイバーン討伐の時に同行できなくても、どのくらい飛距離があるのか見てみたい。
アルバンにお願いしたら、試運転を見せて貰えたりしないかな?
「それなんだけどね、もう終わったよ」
「……え?」
ワクワクしていたら、衝撃的な事実が飛び出してきた。
「もう一頭、ワイバーンが居るということだったのでは?」
「うん。居たね」
「過去形」
「現在進行形でもあるね。そこに居るから」
アルバンが私のお皿を指差した。
肉。
ワイバーンの、肉。
「ツェツィーリアが眠って、ちょっとしてから現れたから、倒しちゃった」
「倒しちゃった?」
「長引かせると煩くて、眠れないかなって思って。疲れていたみたいだから、君を起こさないように、素早く静かに仕留めたよ!」
なんだこのきょう、凶悪? 凶暴? なのにやたらかわいい生き物は?
褒めてとばかりにフンスフンスとやる気のある顔をしている大男が、仕留めた獲物を見せにくる猫ちゃんに……いや見えないな。猫とかそんな可愛いものじゃない。もっと大きくて猛獣的な何かだ。
上手い喩えが見つからないが「ツェツィーリアのためにワイバーン、仕留めたよ!」という報告をしてくるアルバンがかわいい、という話である。
末期じゃん。
これはもう完全に落ちています。
駄目です。好きが過ぎる。
「えっ、それで、夜のうちに討伐したから、二頭目のワイバーンがこのスープに……?」
「そう。安全になったから、一晩しっかり休んでから出発しようかなって。だから、ゆっくり食べてくれて、大丈夫だよ」
「えっ、ゃ、あ、すっ、好き……!」
「ほ、本当? ぼ、僕も、好き、だよ……!」
お互いにカーッと赤くなって見詰め合って、固まることしか出来なくなってしまう。
あっ、これは、もう引き返せないかも。
お互いがお互いに、好き同士であることがバレてしまった。理解してしまった、ともいうが。
アルバンは私に触りたいらしく、大きな手と太い腕をオロオロと動かしている。
しかし私がスープと、それからパンの付いた枝を持っているため、触れたら溢して服を汚してしまうかも、と思って触れられないでいるのだ。
「さ、冷めちゃうから、食べようか……?」
「そっ、そうですねっ!」
アルバンはもう完食しているが、私がモタモタしていて、まだスープが残っているのを見てか、落ち着かない様子だった手を下ろして、膝の上で指を組んだ。
食べ終わるのを待ってくれる。
私がとろくさかろうが気にしない。
優しい……!
モソモソと朝食を照れ隠しに完食し、ドギマギしながら一旦アルバンには外に出て頂いて身支度を整え、土魔法で作った小屋を元の土に戻して均し、出発。
来る時には長い道のりな上に、警戒しつつ進んでいたが、帰りはその心配もないためゆったりしたものである。
そもそも、昨日は午前から午後の時間をたっぷりとかけての狩猟が主な目的で、そこで大半の時間を使っていたのだ。
休みなく馬を走らせれば半日もせず帰還出来る距離だが、今日は昨日と違い余裕があり、かつ、私が貧弱なことを考慮して、定期的な休憩を取りながら進むことになった。
勿論、往路と同じく、アルバンの馬に乗せて貰っていたのだが、朝にあんな会話があったために、殆ど無言のまま過ごしてしまった。
アルバンの方もどうしていいかわからないらしく、たまに私に対して「大丈夫?」と体調の確認をしてくれるものの、その後の会話をどう続ければ良いのかわからなくなってしまうらしく、何か言いたげにするが黙り込んでしまうというのを繰り返していた。
休憩の際にも「水、飲む?」とアルバンが言って、私が「あ、飲みます」とだけ返して終わってしまい、二人で並んで座って、ボーッと空を眺めていたりなどした。
途中、私たちの様子を訝しんだハインリヒさんが、目が全く笑っていない笑顔でスッと横に来て「えっ、まさか、喧嘩してます?」などと謎の緊迫感を演出しながら聞いてきたので、慌てて釈明するという一幕もあった。
そんなこんなで、帰路は順調であったが、私たちの会話は滞っていた。




