第九十三話 帝国旧領回復運動・三国殲滅
帝国は千年以上の歴史を持つ。別名が“千年帝国”であるくらいには諸国の中でも随一の歴史の長さを誇る。だが誇れるものが年季しかない——それで充分という主張もあるが——くらいには没落した国だった。
しかし、皇帝陛下のご友人たちで構成された帝国のための義勇軍が、異種族連合による帝都包囲を解き、そのまま異種族連合の占領していた小国家群をそのまま帝国領として再占領。その一、二年後には再占領された地で構成された南奧州の属領軍が五大強国の一角、ドラクル公国と公主を破った。
現在の帝国は数年前では考えられない広大な領土を支配している!それに素直に言う事を聞く有用かつ精強な軍を持つ!
これが帝国貴族、宮廷の重臣たちの大まかな認識であった。
廷臣たちは考える。
今ならかつて先祖が持っていた帝国領、現在は他国によって支配されている地を取り戻すことができるのではないか?
帝都、宮廷。
「シマヅ男爵、そなたとその属領軍を西方諸州鎮定軍の先陣に任ずる」
皇帝の御前で跪く惟義に向かって、大広間の両側に並び立つ廷臣の内の一人が口を開く。
「西方諸州とは現在スルガ王国、イロワチア国、フェルビア連邦の小国共が、不当に占拠している我ら帝国の支配地のことだ。そなたらにはその三か国を屈服する先鋒となってもらうのだ」
この発言は一派閥の廷臣たちが裏で集まって“何も知らない無垢なコレヨシ殿に教えておこう”と決めたことによって生まれた発言だった。
惟義という男がどんな人物であるか?おおよそ野心や私心は無く、武勇の誉れ高きにして欲の少ない男。この間の対ドラクル公国戦の後に開かれた論功行賞の場において、勲一等は間違いないのに、己の武勲を主張せず、最終的な褒賞の金封でさえも“南奧州への褒美なら頂きます”と云っていたような男……
そんな便利で無垢な男に知識を授けてやろうという親切心一割程度の思いやりだった。
「後に帝国本軍も続く。ことごとく打ち破ってくれたまえ」
惟義は昨夜の内にメモしてまで用意していた返事をする。
「御意!われわれは皇帝陛下直参、カイトーランマに敵を粉砕いたします」
惟義、雨雪、魁世の三頭体制である南奧州。三人だけの話し合いは度々行われている。
魁世は惟義に言っていた。
「僕らが帝国から粛清、追放されない方法の一つは全力で宮廷の連中の飼い犬を演じることだ」
雨雪は頷く。
「そうね、現に実際そうなっているし、南奧州全体としてはこのままでも問題でしょう。ただ嶋津さんにはより一層宮廷で性に合わないことをさせるわ」
性に合わないことをする惟義は、心配ご無用といった風にしていった。
「うむ、そういうのもおれの役割だろう。しっかり務める」
……
…
属領軍管区司令官である惟義によって武官である森明可、本多直、乃神武瑠、那須興壱、文官武官二足草鞋の新納魁世が招集を受けた。
会議が始まり、惟義より事前に作戦立案を任されていた参謀本部の参謀長、透はむっくりと椅子から立ち上がり、目を擦りながら喋り出す。
「よーし。作戦を発表、する」
早い、もう思いついているのか。参謀本部の二人以外の全員が内心驚く。
透が間延びして作戦の説明を始めた。
「…あう、やっぱり面倒くさい。魁世やって」
透は立ち上がりよりも何倍も早く座って、魁世に説明を放り投げた。
「あ、わかりました参謀長」
事前に透と話し合っていたことを、魁世が代わりに噛み砕いて作戦の説明を始めた。
透の独特な表現の説明を理解できり者は群蒼会といえども極めて少ない。魁世はかろうじて理解できる人物であるため、当初の主任参謀として求められた役割とは違うが、魁世は透の動作や単語を上手く翻訳して、惟義たちに説明する。
……
…
今回の征服対象の三か国はフェルビア国、イロワチア王国、スルガ王国の順番に北から南に存在し、東にかつてのドラクル公国、西に海、北に聖櫃帝国や白百合王国という強大国、南そして南東に南奧州と帝国本領があった。
西方諸州鎮定軍。惟義の紫電戦闘団、直の青菱戦闘団、明可の百足戦闘団
総勢一五〇〇〇は三か国の真ん中にあるイロワチア王国に侵入する。
まずここでイロワチア王国側で誤算が生じていた。この三ヵ国は帝国から攻められる可能性を感じてはいたために中堅国同士、連帯していこうという動きはあった。だからこそ地理的に挟撃の恐れのある真ん中の国に進軍してきたことは不可解であり、イロワチア王国宮廷は少なくとも他二ヵ国が攻め滅ぼされた後だと高を括っていたために防衛の準備が完了していなかった。
「イロワチアの全軍二〇〇〇〇が王城で集結しつつあります。また隣国のフェルビアも一〇〇〇〇の兵をこちらに向かわせているとのことです」
斥候、偵察隊からの情報が届けられる。
「透の云った通りだぞ。敵勢力は戦力を纏めて一気にこちらにぶつけるつもりだ」
惟義はまだ眠たげな目をしている透に声をかける。
「うん」
それは透にとって当然の事だったようで、透は曖昧に相槌を打ってまた眠りに入った。
自陣にいる明可は報告を聞いて頷く。
「防衛の準備も完了していない、敵帝国軍の兵数が自分たちよりも少ないとあっては戦わざるをえない。急ぎ援軍を隣国に要請し、要請された側は各個撃破の恐怖と時間は無いとあっては兵を出さざるをえない」
今回も短期決戦の方針である。惟義に明可、直は持久戦ないし冗長な戦い方は好まない。戦場では拙速、速攻が妙だと体で分かっているからこうしているのだった。
スルガ、イロワチア、フェルビアの三つの国を南北に貫通するように流れる比較的大きな川が存在する。その名もネレトワ川。
惟義たちは一五〇〇〇の軍をネレトワ川から東岸に沿って同じく川から見て東側にあるイロワチアの王都を目指す。フェルビアの王都は川を跨いで西側にあった。
「我らも東岸からそのまま南下して数の差で圧倒してくれる!」
二国の軍首脳部の持つ戦力は三〇〇〇〇で、透たちの約二倍の兵力だった。




