第八十六話 黄金髪の妖狐と農園の地母神
能代榛名も宴会に顔だけ出そうと思っていた。もっていく料理もつくって準備もしていたのだが、ある来訪者によって阻まれる。
「こんな夜中にどうしたんです。ハイドリヒさん」
「白々しいデスね。来ると分かっていたデスヨネ?ハルナ」
農園の地母神と白金の妖狐は対峙する。
…
はじめに口火を切ったのはハイドリヒ華子の方だった。
「能力に代償がある、あんな嘘よく吐きましたね。ハルナ」
「私は一度も代償があるなんて言ったことないですよ?能力使用後の発熱といったことを素直に報告したら雨雪がそう判断した。それだけですよ」
榛名は何の気負いもなく話す。だがハイドリヒは追及を止めなかった。
「面白いデス、否定しなかったらそれは肯定と同じ、ふふっ、もしかして魁世がお見舞いに来てくれるから吐いた嘘だったのデスカー?」
ハイドリヒは榛名の反応を見るが表情に変化は無い。
「冗談でもなさそうな冗談はさておき、本当の目的は“自分が能力を使用することを悟らせないため。そして魁世たちから再び能力使用をお願いされないようにするため”、違いますカ」
榛名はおもむろに牛蒡茶の淹れられた湯呑みを手に取る。
「はあー、想像力の披露も一定を越えたら犯罪行為だと思えてきました」
白色金髪の美がろうそくの明かりで際立つ。
「動揺しているならそうおっしゃればいいのに、見苦しいデース。
自分の能力が怖くなった、違いますカ?また同時にその力に驕り自分のためだけに秘匿しようと思った。理由としてはこんなものでしょう、そうデスヨね」
白金の妖狐は口角を上げていきながら続ける。
「嘘はまだまだありますヨー。ワタシ達がこの世界に来て間もなく、帝都でカイセが異種族連合の包囲を解いた直後ですが、ハルナが自分の能力をカイセとイジューインに伝えたことがありました。
その時にワタシも能力を開示したのですが、あの時にハルナは“記憶を見れる人と見れない人がいて、魁世と雨雪さんは見えなかった”と云いましたよね、あれも嘘ですよネー
イジューインはどうでもいいですがあの時にカイセーの重大はヒミツか過去を知ってしまって、知っているとバレないようにするための苦しい嘘だったのではないですか?」
ハイドリヒの碧眼にうつる榛名の口角が僅かに震えていた。
「まったくヒドイデース。みんなで困難を乗り越えようって時に自己保身と欲の為に行動するなんて、農園の地母神の名が泣きマース」
漆が塗られたようにつややかな黒髪を持つ地母神は口を開く。
「おわった?」
榛名は丁寧に、丁寧に湯呑みを置く。
「ハイドリヒさん。あなたはそう思い立ってどうするんですか?愛する魁世くんに報告しますか?次の群蒼会の会議で糾弾しますか?どうやっても構いません。ただどうやっても最終的には“よくわからない”で済む話ですよ。だって証拠も無い、否定する証拠も無いですけどね。けれど魁世くんは、群蒼会はやさしいです。疑いだけで罰することはありません」
平素の小川のせせらぎの様な声音で続ける。
「それにハイドリヒさん。もし私が本当は覚醒能力を代償もなしに行使できたとしたら、ハイドリヒさんの考えとか…過去、とか知ることができますね」
この世界は夜空が大小よく瞬き、大河のように群れる幾億の星々は蠱惑的に彗星を投げかけてくる。
華子はその彗星が榛名の脳天に命中するのを想像した。
「ハイドリヒ天城華子。その名前は偽名、魁世くん達に言っている出自も何もかも偽り。しかもそれは自主的ではなく強制されたもの」
反吐が出マース。黙って野菜つくっていればいいのに
「どうやら嘘をついていたのはハイドリヒさんだったようですね」
——そうでしょう?某国終身大統領の隠し子さん
「さて、随分と夜も更けてきたので今日のところはこれで終わりにしますか」
榛名は陽だまりのような笑顔をハイドリヒに見せつける。
烈火を灯らせた碧眼で農園の地母神を射抜いた白色金髪だったが、一息して一言残して去る。
「フーン。今はワタシの中で留めておきます。カイセにも言わないであげマース」
ハイドリヒはここで榛名の明確な弱みを握り隷属化させるつもりだった。
その目論見は外れたことになる。とはいえ本当に興味があるのは榛名の覚醒能力と才覚である。榛名は元の世界で得た農業知識と経験を用いた大規模農園事業は確かに成果を上げており、対ドラクル公戦で南奧州軍が長期間行動できたのは榛名が備蓄された食糧等を無駄なく、とめどなく送り続けてくれたからでもあった。
魁世とのたった二人の同盟のためハイドリヒは行動する。
それは己の欲望達成のためであり、群蒼会などお構いなしであったが。
……
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