第八十四話 祝い
魁世はてっきり武瑠が家まで帰してくれるものかとぼんやりと思っていた。
そんなことは無かったのだが。
興壱は魁世に穴の開いた器を持たせる。
「今から酒入れるから、穴あいてるから手を離したりたり、ちびちび飲んでたら零れちゃうから、そういうことだから」
キリシマ屋印の酒樽から半透明の液体が注がれる。
魁世は溢すわけにはいかないと半分休眠中の意識のまま穴あき器を呷る。
群蒼会一の健脚、吉川ナルも魁世の前に現れる。
「流石よい飲みっぷりだ。ほら私のも飲め」
野郎ばかりの場所に一凛の花が咲いている。か細い茎に咲くのではなく、大木を茎にもつ類の花であったが。
「吉川のやつ飲ませ過ぎではないか?魁世の五臓六腑が消し飛ぶ勢いだぞ」
明可の言は直からすれば失笑でしかない。
「ふっ、なら止めてくればいいではないか」
明可は眉を八の字にして腕を広げ困惑のポーズをとる。
「それは無理だ。俺が標的になっては敵わん」
こうした時に場を鎮める資格と力を持つのは惟義である。
「うむ!魁世!飲みたくないなら言うのだ。尤も皆が許してくれるかは分からんがな!」
惟義はジョッキを揺らして満足げだった。魁世たちの元いた世界ではアルコールを用いたコミュニケーションやそれらを同僚や上司と愉しむことを仕事の一部とする風潮は時代の遺物となりつつあった。だがこの世界で酒は公私常用である。惟義や周囲はこの世界に染まったつもりは無く、誰も意に介さずに楽しんでいた。
その後、明可は師匠である吸血姫エルジェベートの元を訪れた。吸血姫エルジェベートは上位存在であるにも拘わらず百足隊の駐屯地の隣に造られた小さな家に住んでいる。
「師匠のお陰で勝つことができた。ただもっと強くなってみせる。俺には守るものが沢山できたからな」
明可の脳裏に浮かぶのは群蒼会メンバー、百足戦闘団の部隊長らに兵たち、そして——
「ふふん、お主が余を洞窟から出してからまだ一年も経っていないが、お前はよく成長した。これからもビシバシいくぞ」
明可ははっきりと返事する。
「ああ、これからもよろしく頼む。いつか師匠に勝てるまでになってみせる」
吸血姫は思わず明可の快活な顔つきを見つめてしまった。だがすぐに声を出して誤魔化す。
「傲慢なヤツめ!百年早いわ!」
……
…
群蒼会の魔法使い、高坂寧乃は戦勝の祝賀に参加していない。
寧乃がいわゆる飲み会が好かないという理由もあったが、一番は今の自分の魔法技術の未熟さから更なる上達を望んでいるからだった。
ドラクル公は魔法にも長けていた。寧乃はこの世界に召喚されてこのかた魔法しかやってこなかった。それこそ魁世から魔法通信の中継ハブの役割を頼まれた時以外は。
だがドラクル公は一国の主にして為政者、軍の総指揮官でありながら、魔法を扱いきっていた。しかも“一定範囲内の他人の魔法を無効化”するという妙技をやってのけた。
寧乃は、帝都にいた魔術師たちから瞬く間に魔法を習得し、彼ら彼女ら旧来からの魔術師たちを驚愕させてきた。自分こそ、この世界の魔法技術を全て吸収し、魔法でもって一大革命を起こせる者だと考えていた。
天狗になっていた。自分ひとりでは限界があるかもしれない
寧乃は自分と同じく魔法使いを集めようと思い立った。集まった人たちと互いに学び合って研究しよう。ついでに魔法の適正が低くても私のつくった魔法機構を用いれば、魁世から魔法通信なんかで戦場に駆り出されなくて済むかもしれない、と。
ネイノ・コウサカが後世に残した魔法技術の中で、“魔法使いそのものを中継演算装置として魔法非適正者同士の魔法通信を可能にする”技術が存在する。
魔法適正がある者にも寧乃のようにまだまだ可能性のある者から、かろうじて一対一の魔法通信ができる程度の適正しかない者まで、いわばランクが存在した。寧乃はそうした低度の魔法適正者を自身のつくった魔法術式に組み込むことで、いわば通信ハブやケーブルその他もろもろを兼任する存在をつくることができた。しかも組み込まれた人が多ければ多いほど同時使用者を増やすことができるという、行政や軍組織で使うにはもってこいのものだった。
後日、寧乃からの提案を受けた惟義、魁世、雨雪の三者は、寧乃を中心とする魔法研究と魔術師の育成を目的とした機関“魔導高等専門学校、通称・魔導高専”の設立と、魔法通信本部の設置にとりかかることとなった。




