第六十七話 開戦工作Ⅱ
「開戦工作は単純に自領民殺害の報復戦という形でいこうと思う」
天幕の中には魁世、明可、直、昌斗と武瑠の五人がいた。
魁世は詳細を伝える。
「へえーおもしろそうじゃん」
武瑠は無邪気に、屈託なく笑った。
「奸計に富んだ貴様らしい策だな。俺なら可能だが明可は大丈夫か?」
直が戦意揚々とした口ぶりで明可に試すような目線を送る。
明可からすれば、そうした心配をされても噴飯ものでしかないと意気込んだ。
「なんだ、俺を心配か?これでも数回は戦を経験している。今更怖気づくことも無い」
それを謂われるのは昌斗の方じゃないのか?
明可は昌斗の方を向く。
「……諸君らは八月の会議で覚悟を決めているだろう。私もそれに則って全力でやる」
昌斗の言葉に直はほんの一瞬眉をひそめた。
他人行儀な風もそうだが、自分や明可をまるで試しているような一段階上から俯瞰されているような気がしたからだ
直は鼻を鳴らす。
「はっ、御託を並べる暇は無い。すぐに始めるぞ」
直たちのいた世界には外国の話だが子供同士の喧嘩が最後には国同士の戦いになったという故事が存在する。養蚕に使う桑の葉を巡って子が争い、我が子を想う親が争い、大人同士の争いがやがて集落規模となり、最後は国と国が争う戦争となる。
「そんなエピソードはどうでもいい。ドラクル公国と帝国の国境付近の村をドラクル公国の軍に扮して襲い、ドラクル公国の脅威を煽る。これだけだ」
「自作自演も甚だしい。それにこの事は惟義は了解しているのか?」
明可の疑義に、めずらしく直が魁世の肩を持つ。
「魁世に任せたのは惟義だ。問題ないだろうよ」
ドラクル公領内の村へ、襲撃をかける。
明可はその際に攻めるならなるべく大声や大きな音を出して、ドラクル公国に扮する自分たちの存在を村に知らせて逃がす機会をつくり、物的破壊は村が自力で再建できる程度に留めることを直に提案し了承させた。
欺瞞であると分かってはいたが、殺生まではと明可の心情がそれを許せなかった。
「これは大きな勝利のための小さな犠牲だ。うん、そうだ。そうでなくてはならない」
「まるで言い聞かせているようだな。俺も自分に自分の正当性を言い聞かせることにしよう」
直は襲われた村を眺めつつ自分の胸に手を置いて殊勝に目を閉じた。明可からみて、本心から殊勝を気取っているかは甚だ疑問だったが。
直と明可の会話をよそに、襲われた村はドラクル公国内の近辺の村に報復に向うという魁世としてはかなり都合の良いことになっている。
今回ドラクル公国側の村を最初に襲わなかったのは、ドラクル公はこの程度の工作は対策されている可能性を魁世が予想していたからだった。下手に出て返り討ちに遭うよりも帝国を騙す方が比較的簡単だと判断したからでもあった。
そうして帝国側の村人たちは、武装して自力救済という名の報復を行う。
ドラクル公国の一つの小さな村は被害を受ける。
さてドラクル公はどう出るか?素直に軍を率いて来てくれたら色々と楽なのだが
そんなある種の楽観的なことを考えていた直と明可たちに激震が走る。
帝国側の村がドラクル公国の軍に再報復として襲われた。思っていたより早かったとかそんなことで驚いたのでは無く、もっと直接的な出来事が理由だった。
「これは……これが、八月に昌斗の言いたかった事か」
村の至る所に丸太の様に太いものから槍程度の杭が刺さっている。その上部分には虫がたかっており、明可は最初何が何なのか分からなかった。
明可はそれが人間を上から突き刺したものであると分かったと同時に自身の業の深さを理解する。
串刺しにされているのは当然この村の人間で先日明可たちに嵌められてドラクル公側の村に襲撃を仕掛けた者達だった。村の中央にはドラクル公の紋章の描かれた旗がはためいている。それがこの状況の実行者が何者であり誰の命令を受けたものであるかを如実に表していた。
直の部下たちは直に命じられてすでに撤去作業を始めている。
「群蒼会を第一としてどこまでも行動するという事は、他の物事を、何の罪もない人々を群蒼会のために犠牲にすることを許容する事だ。
なるほど昌斗は八月のあの夜に言っていたな、覚悟を問いたかったと。あれは単なる決意表明を求めただけじゃない、俺たちへの踏み絵でもあったわけだな」
秘密結社の構成員としての、他の如何なる犠牲を払っても事を為す決意を
「全く魁世といい昌斗も全て見透かしている気でいるようで腹が立つ。あの傲慢な二人は高校の時からつるんでいるが、類が友を呼ぶとはアレのことだ」
後の歴史書でドラクル公は二つ名で串刺し公と呼ばれることになる。だがその二つ名の根拠となる実例は少なく、言ってしまえばたった一回の所業で後の世まで語り継がれることとなった。
明可は思う。単なる村同士のいざこざの再報復では無く、ドラクル公は群蒼会が戦いたがっていることを理解した上で開戦工作をしている群蒼会への警告を発したのではなかろうか?
俺たちが戦おうとしているのは個々人としても勢力としても敵わない存在なのか?
「これはドラクル公の失点だな。恐怖のドラクル公ってことでドラクル公国脅威論を楽に進ませることができる。武瑠、僕は本部へ戻るよ」
「魁世マジえげつない。けどその自信ってあのオッサンを戦いに引っ張り出して勝てるのが前提だよね」
元少年兵、乃神武瑠の指摘はごもっともだった。
「当たり前だ。透が今いくつもの戦況を想定して勝てる作戦をいくつも立てている。多分」
「はいっ、はいテキトー。いいのかな?かぁいせぇー」
武瑠はいつまでも、どこまでも楽しそうだった。




