間話 率いる者
働き始めてから初めての休暇中、フィーリアは魁世を探していた。
軍務局に保安隊と様々に仕事の多い魁世の部下といえども一応は休暇が存在し、それは補佐官のフィーリアにも享受する権利がある。
それなのにフィーリアは休暇中にも関わらず魁世を探していた。どうしてかと云われれば、フィーリアにも答えに窮する。敢えて答えるとすれば会いたくなった、あの上司がまた何か困った事態に直面していないか心配だった。
魁世はフィーリアが初めて見る人物だった。行政官として何やら新技術で産業を興し、量産体制の構築と職人から技術者への転換を急ぎ、兵站の整備から自分の兵の育成も滞りなく行っている。実際は試行錯誤と摩擦の連続だったが、それでも無茶苦茶に推し進めていた。円環の瞳でにへらへらと笑い、剛腕でありながら口調はいつも温和、どんな職種や属性の人とも溶け込んで、否、自分の色に溶け込ませていく様は、まだ短いが側にいるフィーリアとしては驚くほかない。
ただし書類はフィーリアが溜息をつくほど手を抜き、幅をもたせるための行動とはいえ余りに無法だった。ひとり勝手に紙面を触らせていたら「いま僕の言っていることが最新の指示だ。各々で頭で咀嚼して記憶してくれ」と言い出しかねない。フィーリアが補佐官になるまではどうしていたのかと言えば各部署の管理職が一々魁世の話を全て記録し、それを根拠に仕事をしていたという有様だった。
もし自分がこの上司に戦災で家族を失う前に会っていたら。農村の読み書きが多少は得意な小娘のときに会っていたら、上司カイセはどうにかしてくれたかもしれない。しかしフィーリアその考えを頭から消し飛ばす。暗い過去を考えても仕方がない、今はあの放っておいては何をするかわからない上司に命一杯に仕えているのだから。
フィーリアは工業部や軍務局の面々から魁世の目撃情報をあつめ、休暇中の魁世はどうやら南方の森林に入って行くという情報を掴んだ。
吸血姫と友誼を結んだことで安全になった南方地域には鬱蒼とした森林と山岳地帯が広がる。吉川ナル調査部長によって材木や鉱石資源が採掘可能とも判明し、てっきり上司カイセは一人でその採掘場所の選定をしているのかと想像していた。
しかしフィーリアが森林の獣道を歩き枝葉を押しのけて進んだ先にあったのは、上裸に汗だくになって岩を持ち上げる魁世の姿だった。
「……なにをしているんですか、局長」
木の生えていないほんの小さな野原と、木漏れ日に照らされ近くを流れる清流が眩しい。そこに歯を食いしばって岩を担ぎ屈伸する魁世が唐突に現れる。周囲には無造作に木製の机や椅子が置いてあり、書類や羽ペンが無造作に広げてあった。
「おっフィーリアか。せっかく休みの日なのに何してるん——あががっ重い重いっやばいフィーリア助けてくれ!」
フィーリアの方を向き口を開いたことでバランスが崩れ、魁世が苦悶の表情を浮かべる。すかさずフィーリアが駆け寄って魁世の身体を支えた。
「なにをしているんですか⁈自身の分は弁えて下さい!」
ゆっくりと岩を下ろし、ようやく魁世は肩で息をできた。
手拭いで汗を拭う魁世は、まだ自分の腹筋部を触っているフィーリアを不思議に思う。
「フィーリア、手を離してもいいよ」
「あっ、失礼しました……」
慌ててホールドしていた腕を離したフィーリアは、しきりに自身の服装を整え、すました顔をして魁世の背中に投げかけた。
「ところで、何をしていたのですか」
「色々」
そっけなく魁世は襟シャツを羽織り、今度は無造作に置かれた机とそのまた上に雑多に広げられた書類に向き合う。
「ひとりで訓練。局長が保安隊のために練兵場をつくっていましたが、あれは使わないのですか?」
すると魁世は背後のフィーリアに向き直り、両手を鷹のように広げた。
「なに言ってんだい、普段は身体を動かしていない上官がいざという時に颯爽と戦闘で魅せるのが恰好良いんだろ」
「はあ、そうですか」
上司の言い分にフィーリアは怪訝な顔を隠さない。
「いつもお一人で?」「たまに昌斗と琥太郎も来る」
補佐官をはじめたフィーリアから見て、どことなく魁世と距離の近い人物筆頭にあたる二人だった。
「監察官と警備部長とで何か職務の重要な話があるのですか」
「うーん、そういう話は無いな。休日にまで会うヤツと仕事の話はあんまりしないよ」
そう言いながら、さっそく仕事の話を始める。
「そうだ丁度いい。保安隊の旗のデザインを考えてみたんだが、どうだ」
魁世は雑多な書類の中から迷うことなく一枚の何かが描かれた紙を抜き取り、手渡した。
「軍旗の意匠ですか。拝見します」
紙の上に八つの羽をもつ猛禽類が線対称に翼を広げていた。優雅よりも力強さが勝り、とくに写実的でも無いのに何故かフィーリアは息を吞んだ。
「八枚の翼をもつ鷹。四対八翼の大鷹と名付けた。いずれは数万規模の軍で掲げられるシンボルだ」
どこか畏れを感じてしまったことは口にせず、他の感想を述べる。
「これまでに無い意匠ですし、これなら判別もしやすいと思います。これなら保安隊の兵たちも喜ぶのではないでしょうか」
「自然の中で体を動かしていると結構良い案が浮かんでくるんだよね。フィーリアが賛同してくれたし、これを採用だな」
もともと魁世が此処を個人作業の場につかってきたのは、蔦の絡まる古屋敷に仕事を持ち込まないようにするためだった。鶴夏や美美に暗い話をしたくは無かったし、藍は舌打ちしてきそうで憚られた。仕事の話になれば自然と愚痴っぽくなってしまう、ならば別の場所で済ませてしまえばいいというのが魁世の解決策だった。
「まあけど、もう直ぐこんな時間も無くなる」
「それは更に職務が増えるということでしょうか」
フィーリアはどこか意気込んでいる。魁世は彼女を補佐官に迎えられて良かったと改めて思った。
「うん、僕らを抹殺しようとする勢力が沢山出て来る。彼等を斃す必要がある。僕らはこれまでの世界に無かった秩序と世界を現行の世界を侵犯して構築するから、当然いまの世界秩序を守る者達がそれを座視することは無い。必ず戦争になる」
それは魁世たちの秘密結社・群蒼会が、いまの人類世界を支配する異世界合同委員会の抹殺行動から生存しようとするからで、けっして自然現象ではない。今から魁世たちが消え去ればそうした事態も消えるかもしれないが、魁世はそこまでお人好しではない。
「貴族の地縁血縁に依る単発的な紛争で収まることはない、属性に依った正義の押し付け合いからの絶対戦争だ。これを決するのは思想の高尚さや道徳的の良し悪しではなく、直接的な暴力の勝利、戦争で決まる。僕らでこれを征するぞ」
それにフィーリアたちを巻き込む。どんなにこの世界に殖産興業や利益を生み出そうと、戦争を前提に行動する。離反されても文句は言えない。
「それとフィーリア、このことは皆には内緒な」
大変な“主君”に仕えてしまったと感じる。ただフィーリアはその狂奔、業に惹かれてもいた。
「当然です。なにがあっても、局長をお支えします」
次の勤務日、四対八翼の大鷹が魁世の管轄する部局と部隊に発表された。魁世個人の自勢力が名実ともに確立したのはこの時をもってからになる。
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