第四十三話 因縁
青菱隊と隊長の本多直は戦争で発生した敵味方兵士の死体の回収や破壊された行政施設の復興を行っていた。
畑に鎧を着た死体があっては農作業ができなくなる。こうした処理は現地住民が自発的にやるものでもあったが、惟義の治める属領南奧州では戦後の兵士たちの仕事であった。これは領民が一刻も早く“日常”に戻って欲しいという領主の惟義なりの配慮だった。
実は農民にとって死体を処理する行為の本命の目的は死体の処理そのものではない。死体から鎧や武器を剥ぎ、売って生活の足しにするのが目的である。
したたかな農民たちにとって直と青菱隊の行為は“ありがた迷惑”だった。
だが直はそんな農民たちの幾人かを呼び出し、先ほど手に入れたスルガ王国軍兵士の武器をその農民たちに与えた。困惑している農民たちに直は言った。
「今回、われわれ属領南奧州軍はスルガ王国の侵攻軍を撃滅した。それは喜ばしいことだが、奴らは村を略奪できた感謝のしるしとして“タダ飯食らい”の捕虜を置き土産にした」
直は地面で平服している農民たちを眺める。
「だが南奧州は戦後復興でタダ飯食らいを養う余裕は無い。そこで奴らを故郷へと解放することにした」
その言葉に黙って聞いていた農民たちは顔を上げる。
「連中の武器や装備は没収した。食糧も持ち合わせていない。だが奴らはここから移動に何日もかかる故郷の地へ帰らなければならない。
そんな奴らが空腹の果てに道中の村で盗みを働くかもしれない。それは大変だ。ただちに“自衛”しなければならない。
そこで、お前たちに捕虜または死体となった敵兵の武器と装備を渡しておく」
農民たちは直の言いたいことが分かってきた。
「捕虜たちは日の出直後に俺の隊の駐屯地から解放する。捕虜の奴らはここの土地勘が無いだろうから帝国街道を通るだろうな。ちなみに捕虜の晩飯と明日の朝食は不幸にも用意できなかったから奴らは飯抜きで弱っている上に腹が減っている。村に帰ったらちゃんと他の村人にも教えておけ。
あぁそれと、行政局の法務部によれば“自衛のための殺人は罪に問われない”そうだ」
直によって集められたのは被害を受けた農民たちの中で特に財産だけでなく心身ともに深い傷を負った者達だった。
捕虜を解放すること自体は惟義と魁世、明可に直、宗方透の話し合いで決まっていた。敵兵の死体と捕虜から剥いだ武器を農民に自衛用で渡すことは禁止されていない。
「自力救済というやつだ。気張れよ」
そう言われた農民たちは各自の村に帰っていった。
「…よろしいのですか、ホンダ隊長」
本多直の副官である女性中尉は口を滑らしたかのように溢した。
「フッ、どうした不満か?何事も溜め込むより発散する方がいい。復讐は何も生まないのかもしれないが、それで心が救われるなら十分だろう」
それに、と直は思い出したかのように続ける。
「ここ周辺の村々には以前、隊の補給状況が劣悪だった時に食糧を恵んでくれた“貸し”がある。ここで返しておくことは重要だ」
魁世が主任参謀と軍務局局長に就任する前、できたばかりの青菱隊は食糧や消耗品、装備が不足し、直の一定のカリスマ性と元傭兵たちの意地でなんとか隊を保っていた。
そこで青菱隊は周辺の村から食糧を恵んでもらった。その際に直はできる限りの謝辞を示し、いずれ必ず返すと明言した。
だが青菱隊は武装した集団であり、スルガ王国とは経緯と結果が異なるが食糧を取った事実に変わりは無い。
直はその時のことを思い出す。食糧を渡し、応対してくれた村長はどんな気持ちだったのだろうか?
直がなんと言おうと徴税の様なものだと割り切っていたのか、盗賊に命と引き換えに差し出した気だったのか、それが自分たち被支配階層の義務と思っていたのか…。
食糧を受け取る最中から考えていることだったが、今も結局結論は出ていない。
ならばせめてこれは自分たちに対する“貸し”と捉えて、それを返せばいい。そう考える事にした。
「借りは返す。不思議な世界だが、せめてそのくらいの行動原理は持ちたいものだ」
独り言のような何かに、直の副官はなんと返すべきか悩んだが、何も返さなかった。
翌日、青菱隊によって解放されたスルガ王国兵士の捕虜はその殆どが道中の農民に暴行、殺害の憂き目にあった。
しかも直は徹底しており、捕虜の中でも隊長格の騎士といった者達を物理的に引き離し、故郷に帰ろうとする捕虜たちが組織立って行動させないようにしていた。
この件は属領南奧州軍の内部で終始し、雨雪の管轄する第一行政局の法務部が“自衛のための殺人は罪に問われない”と明言したという直の嘘が露呈することも、かなり後になってからである。
……
…
「やっと見つけたぞ!コウイチ!」
南奧州をブラブラとしていた興壱の目の前に黒耳長人の女性が現れる。
黒耳長人 ニュー・ティオ・トゥアン。黒耳長人千年に一度の射手と呼ばれ、種族内では権威と権力を有する大神官でもある。
「え、えーと、トゥアンちゃんか」
「そうとも、私はニュー・ティオ・トゥアン。未知を知るためにやってきた!」
トゥアンは彼女を慕う部下たちと共に南奧州から東の海峡を挟んだ場所、黒耳長人領域に交易目的で来ていたキリシマの大型商船に無理を通して乗せてもらい、この南奧州までやって来た。
「へ、へー、けどまずは入国審査じゃないかな?とりあえず第三行政局にでも行ってさ」
今の状況に興壱の脳内で面倒事回避アラームが鳴り響く。そして第三行政局の魁世あたりに押し付けてしまおうという答えに至る。
「ではその“第三ギョウセイキョク”に連れて行ってくれ」
流れは興壱の思い通りにはいかない。
艶やかな黒髪に褐色の肌、背中に特徴的な弓矢を背負い、特徴的な意匠の施された衣服を着るトゥアンを見た魁世は只事では無いと判断し、とりあえず用意できるだけの宿泊所を設け、丁重にもてなすことにした。魁世に“異文化交流”の経験は無かった。
トゥアンは黒耳長人の指導者階級である神官たちから南奧州への親書を持ってきていた。
内容は以下の通りである。
・黒耳長人は南奧州の皆さまと仲良くしていきたい。
・そこで黒耳長人は南奧州と同盟を結びたい。互いが互いの危機を助ける関係を望む。
・実は異種族連合からの離反を目論んでいる。場合によっては貴国に従属してもよい。
・色よい返事を待っている。
「……どうします?雨雪さん」
「なんで敬語なのよ…とりあえず会議、幹部会議の方じゃなくて“全体会議”を開きましょう。まずはそこからよ」
全体会議とは群蒼会の最高意思決定機関であり、南奧州を支配しているのが群蒼会であるため、南奧州の最高意思決定機関でもある。
この全体会議は雨雪が提案し惟義が快諾したことで発足された。原則として群蒼会メンバーは全員参加、基本は一カ月に一回のペースで開かれる。また群蒼会メンバー四名の要求があれば緊急で発議可能であり、雨雪は魁世、惟義、早紀の連名で全体会議の発議とメンバーの招集をかけた。
八月五日、第一行政局の大会議室。二十三個の椅子と長机をいくつか並べただけの場所に二十二名の男女は集まっていた。
司会は魁世、最初の議題は黒耳長人との関係をどうしていくか、である。
後に“八月決定”と呼ばれる会議が始まろうとしていた。
……
…




