第三百二話 カイザー救出作戦
明可と直の二人は、救出部隊に相応しい者に声をかけるべく、未だウォーテルローの草原に立つ方々の幕営に足を運ぶ。
「まっオレは当然参加だよね。遠距離攻撃はオレの弓矢が圧倒的に一番だし」
白鯨戦闘団の副指揮官として、先ほどまで残敵を追いかけては射駆け殺し周っていた興壱は、明可から魁世救出の小隊にきてほしいと打診があった。
「受けてくれるな」
「ああ勿論。はやく救出しないと後がとっても怖い。軍や国の運営もそうだけど、いったい誰が雨雪ちゃんに“魁世が消えました”なんて報告できるんだよ」
興壱の弁に、明可としては微妙な笑みで返すしかなかったが、明可も彼の云った通りのことを危惧していた。
大皇国は今の大皇が崩御ないし退位したとして、後継者を決めるプロセスは定まっていない。大方は魁世の子息になるだろうが、魁世に子供はまだいない。
公的な子供はいないだけ。明可は多くの人に慕われる魁世が、どこかに血縁の子をこさえていてもおかしくは無いなと予想はする。もしいるのなら相当驚くだろうが、あの雨雪がいながら勝手に別腹をこさえる程の男とも思えなかった。
「魁世を助ける。八田、力を貸してくれ」
「……まあ、いいよ」
八田藍の反応に対し、明可は彼女の真意をはかれなかった。
もともと明可と藍に接点は殆どなく、元の世界ふくめて殆ど話したこともない。なにかの役目を終えて大幕営に戻ってきた藍に、明可が駆け足で近寄っただけで、魁世の現状を知って茫然と立ち尽くしていた藍にすぐさま救出部隊への参加を打診した。
「八機関だろ。非常に優秀だと聞いている」
「あー、そうだね」
藍の反応は薄い。救出に際してなにか聞きたいことも無いのか、よく魁世はこんな女と一緒に仕事ができるなと、明可は予想外の場面で魁世の凄みを感じた。
魔術総監の報告の後、矢傷を負った右目を覆う包帯を取り替えてきた直が明可と合流する。
「これで四人、あとは誰を入れるんだ」
救出の精鋭部隊をつくると云ってから、直は自分がそれに入ること前提で話している。
「右目をやられていても戦う気満々なんだな」
「当たり前だろう?俺がいなくては勝てない、そうだろ」
直の自信は十分でどうとも無さそうだったが、この前に自分の副官から相当引き留められていた。
右目に矢を受けるという大負傷。人間は両目があることを前提に身体ができているのに、片方を喪って遠近と立体を認識できなくなってまともに戦える筈がない。副官は直から不興を買おうとも必死で止めていた。
「あの副官殿には止められたんじゃないのか?」
「止められた上に、しかもアイツ泣きやがった」
結果として直は自分で戦いに行くことをやめなかったが、副官には自分は必ず帰ると約束する。それはやや投げやりだったが、どこか熱の籠った言いようで、どこか直は自分の心配よりも自分が大皇救出から戻ってくるまで副官が無事であるよう厳しく言い含めているようでもあった。
しかし明可はそれを知らない上、知る気もそこまで無いので素っ気なく返す。
「お前はひどい奴だな」「フン、俺がいなくとも俺の副官だ。余計な言葉はいらん」
それはその通りで、明可も直を欠いて戦うのなら不安もあった。共に戦場を駆け、登ってきた二人。なにか両者に誓いあったものがあるわけでも無かったが、こうも一緒に戦い続けてくれば生まれてくる思いもある。
「それと琥太郎も参加だ。いまハコの空間超越でこちらに向かってきている」
ハコとは魁世が今日の戦局で投入した宇宙船のことである。千年帝国から譲渡(簒奪)した、魁世が鋼鉄巨人に変形できるよう改造した船だった。
「ほお、となると後方組も此処に来るのか」
「まあ琥太郎は本国防衛、群蒼会の文官連を守るのが仕事だ。琥太郎を動かす以上は防衛対象者にも同じ場所にいてもらう」
琥太郎は大警視という警察で最上級の階級であり、役職は警察長官と魁世から首都防衛司令官を拝命している。
首都防衛司令官とは、首都防衛の為であれば官庁街を含む全ての行政機能に命令する権限を持ち、麾下の戦力として警察組織だけでなく首都に駐屯する大皇国軍も組み込まれていた。
むやみやたらに命令を乱発し、職権を乱用しない琥太郎だから任されている役職であり、これらの権限と戦力はひとえに雨雪たちを守らせる為にある。
大警視・琥太郎はずっと雨雪たちを守り続けなければならない。しかし明可から大皇救出の選抜部隊に呼ばれた。ならば護衛対象も一緒に運び出せばいい、明可はさも簡単かのように琥太郎にそう伝える。
「ほお……いや待て、伊集院に現状を話したのか⁈魁世と通信途絶の上に生死不明、魔法通信で距離があるとはいえよくあの伊集院に話せたものだ。俺なら御免被る」
直の反応はやや小馬鹿にしている感もあったが、冷や汗もかいていた。てっきり直は、明可の腹は雨雪が異常事態に勘づく前に魁世を救出しようとしているものと思っていた。
「いいや、意外だが伊集院でも事実だけを漏らさず述べれば噂の程まで底冷えする怖さはないぞ」
もっとも、俺も話し終えて伊集院の平常な反応を聞くまでは怖くて仕方なかったがな
「加えてうちの師匠と保衛部長のラウレアーナ・ビュワルツェン准将も参戦だ」
両者ともかなりの強者だった。師匠ことエルジェベート・ハーニアは吸血姫という上位存在にして百足の隊で戦闘教官で長らく無敗を誇っている。
「吸血姫エルジェベートはお前の頼みとあって参加できるだろうが、保衛部長はどうやって説き伏せた」
「……聞きたいか?」
「後学の為に、一応な」
明可は誰も聞いていないと周囲を見渡した後、直に耳打ちした。
「実は、この救出作戦が成功すれば保衛部長を魁世の……カイザー・カイセの皇后に推挙すると約束したんだ」
嘘だろ。直は驚嘆の表情でそう言う。
きっと明可は、雨雪に殺される。だが仕方ない、これも一つの必要な犠牲というやつだろう。
「……俺は知らんぞ」
「そう言うな!こうなったら一蓮托生、俺ひとりリスクを背負って、挙句の果てにあの雨雪に殺されるのは堪ったもんじゃない」
骨くらいは拾ってやると直が言ったところで、明可と直のいるウォーテルローの草原に、独特の発現音を響かせながらハコが到着する。
着陸し、中から先頭で伊集院雨雪、朽木早紀と斎藤遥、芹沢伊予と群蒼会文官連が続いて“大博士”の但木翠、最後に琥太郎が警護役として降りてきた。
明可と直は雨雪の表情をみなかった。彼女のご機嫌を伺うのは魁世の仕事であって自分らの仕事ではない。
とりあえず文官連は将軍や将校のひしめく大幕営にいてもらう事になる。現状のウォーテルローではそこが一番安全だろうという明可と直の判断だった。
この場で記された公文書に残された、殴り込む救出部隊の面々は以下の通り。
魔術総監ネイノ・コウサカ
元帥アキヨシ・モリ
元帥ナオ・ホンダ
大警視コタロウ・アシガラ
准将ラウレアーナ・ビュワルツェン
百足師団顧問エルジェベート・ハーニア
八機関室長代理アイ・ハッタ
大佐マサト・ニッタ
大佐タメノブ・ナミオカ
中佐コウイチ・ナス
合計十名
武具や装備の点検、即席の部隊だが一応の命令系統と役割を決め、明可は腕を組んだ。
「それでは行こう。魔王に囚われた我らがカイザーを救出する!」
魁世股肱の臣下たちは漆黒円蓋に向かう明可たちへ一斉に敬礼をする。出来ることは無くとも、主君を救いに向かう者達へ敬意は表せた。
ネイノは漆黒円蓋と同じ防御結界を張りはじめ、中和させて進入口を確保する。それと同時に十名の勇士が漆黒円蓋に生まれた小さな穴へ勢いよく滑り込んだ。
白い光が彼等に降り注ぐが、すぐに慣れて閉じかけた目や遮った手を戻す。目の前に広がる空間は半球状になっていて、おおよそ白の壁とみてとれる。
彼等が周囲を見回すでもなく、真っ白なドームの中央に人の形が立っていた。
ぼろ布のような外套とマントを身に纏い、四肢は引き締まっているというよりも痩せていた。髪には白髪が目立つが、足のあたりまで野放図に伸びていた。口髭からして男だろう。
目を見張るのは首につける二十三のしゃれこうべ。それが頭蓋骨と分かるのに、直は生きている左目をよく凝らした。
腰にあるのは波打つ刀、上等とは思えないがどこかおどろおどろしい腐臭を纏う。
男のふたつの瞳には円を重ねたものが広がって、明可たちをじっと観察している。
「あれは、魁世——⁈」
そう声を裏返して叫んだのが藍だったか。確認する前に明可が、直が声を張った。
「総員抜刀!散開し各々で防御態勢を取れ!復帰できた者から中央の人物へ攻撃を開始ッ!」
「クソが、あれは俺たちの知る魁世ではない……敵だ!!」
魁世でない、魁世と呼ばれた中央の男は、おもむろに右手を上げて前に振り下ろす。
刹那、黒灰の影が伸びてすぐ、明可たちのいる場所が爆発四散した。




