【第30話】『 反撃ノ狼煙 』
64.花束の約束【第1章】- The Twilight World -〈第30話〉『 反撃ノ狼煙 』
彼はドラゴンに向かって走って行った。
お前が一体何を考えているのかは分からない。だが、その背中には託すに値する程の勇気があった。
「姫様、早く奥へ参りましょう。」
俺は姫様にそう言った。
「‥‥‥あ‥‥あぁ‥‥分かった。」
姫の顔は少し晴れた気がした。
しかし、この現状がそれを許さないばかりか、彼女は暗い顔を浮かべていた。
しかし、大したものだよ。
あの男の底知れない自信と、まるで俺たちを魅了するほどの説得力。
俺がこの現状を確認して地下に戻ると、奴は怖い目しながら笑ってやがった。
確かにあのドラゴンにも怖いと思ったよ。けど、地下牢でお前を見た時は、それ以上に、なぜだか心から恐ろしい“何か”を感じたんだ。
それもどんなに強い酒でも酔いが吹っ飛ぶくらいの“何か”を、な。
「‥‥‥姫様、あんな奴と一体どこで知り合いになったんですかね。」
俺はつい口が滑ってしまった。
「‥‥‥え?私は‥‥とは‥‥。」
「!!これは、失礼しました、陛下。さぁ、医務室へ参りましょう。」
ったく、ついついいつもの癖で‥‥‥。
姫様の身の回りは聖騎士達が守護する役目だったし、既存の兵士たちは姫様の顔を見る事さえ指で数えるくらいだ。
公の場でしか見た事ないくらいだしな。
俺は再び姫殿下を優しく王宮の内側へ避難させる。姫様のあり様を見れば、ここで一体どんな地獄を体験したのかがよく分かる。
彼女はもう、見ちゃいけない物を見てしまったんだろう。
目が虚だ。可哀想に。まだ16歳の若さだと言うのに。
もしこの世界に神様がいるとしたら、なんて酷い仕打ちを思いつくもんかと文句を言ってやりたい所だが、今は姫の身の安全が優先だ。
ここへ来る途中、たくさんの死体の山を見た。
俺達兵士は魔法が使えない。それどころか、聖騎士に選ばれる程の才覚は持ち合わせちゃいない。そもそも聖騎士なんてものは王によって選別されるくらい過酷な職業で、俺達一般の兵士には想像もつかないくらいの苦難を乗り越えてきた連中だ。
そんな奴らが、あのドラゴンを相手にしたらただの肉の塊だもんなぁ‥‥‥。
なんて恐ろしい話だろう。
そんな化け物にこんな作戦を思いつき、瞬時に俺たちを焚きつけ、実行させるだけの理由を作り出したアデンも、俺からしたら充分化け物だが。
「‥‥‥おい、新兵。」
「姫様!!傷口に障ります。今は安静になさってください。貴方は軽傷では無いのです。」
「‥‥‥どうして‥‥‥。」
姫は無理やり言葉を続ける。
「‥‥‥一体、なぜ、アデンが‥‥。」
俺は少し悩んだ。
この満身創痍な彼女に俺達が奴と交わしたバカな悪あがきを話すべきか、と。
しかし、だからこそ姫には全てお話しする必要があると感じた。
俺の任務は姫を安全にお守りする事。なら安心して頂く為にも。アデンが俺たちに見せた全てをお伝えする義務があるのでは無いだろうか。
「‥‥‥姫様、俺達は奴の口車に乗せられちまったんです。」
「‥‥‥それは‥‥なんだ。」
「えぇ、お話ししましょう。彼が我々新兵と使いっぱしりに告げた作戦を。我々が彼と交わした約束を——。」
◆
「全員!!ポーションを投げたら後ろへ下がって!!!!!追撃に警戒してください!!!!」
僕は、辺りの瓦礫の中に隠れている兵士達にそう言った。
彼らを瓦礫の中に身を隠すように言ったのは、竜の視線を釘付けにする必要があった。
今頃、奴は生物である以上、どこかも分からず次々と投げ込まれる攻撃に、少なからず恐怖心を抱いているはずだ。
ポーションを投げると同時に砂煙を上げさせ、瓦礫の中を移動させているのは、兵士達が何処にいるのか特定させないだけでなく、彼らへの無差別的な攻撃も少しは緩和されるだろうと踏んだからだ。
「よし!!」
「効いているぞ!!!」
次々に後ろに控えていた兵士達が、僕の持ち込んだポーションを竜の傷口目掛けて投げ込む。先遣隊が、マーフ達が、命を賭して竜と戦ってくれていたおかげで、この作戦は身を結んだと言えるだろう。
「全員、そのまま物陰に隠れたままで居てください!!」
奴は竜と言えど、まるで僕が暮らしていた世界に居たカエルやトカゲような特徴をしている。つまり、今回の賭けは奴に僕の世界で学んだ理論が通用するか否か。
見るからに、両生類や爬虫類の特徴と一致する箇所がいくつか見受けられる。翼なんてまるでコウモリみたいだ。
僕の知っている両生類や爬虫類の特徴は、まずその目。昼行性のトカゲやカメレオンは非常に目が発達している。獲物を捕らえる時に動くものを瞬時に捉える程の優れた動体視力を持っている。
だから真っ先に誰よりも奴の視界に僕が映り込む必要がある。そうすれば奴は僕を捉えた瞬間、僕に狙いを定めるだろう。
高校生の生物の知識じゃ大した役にも立たないだろうが、狙い所は悪くないはずだ。
奴は攻撃を受けて、その痛みのあまりか翼を固くすぼめて体を覆い始める。そんな竜の真横を、僕はすれ違い様に覗き込んだ。
その一瞬の時間は、永遠と言い換えてもいいほどに、鮮明に奴と僕の脳裏に刻み込まれた。
奴の目が僕を捉えると、その目は色を変えて僕の姿を睨みつけ、その鋭い視線で追い始めた。
ここまでは概ね予想通り。僕の計画は、全て順調だ。
後は、マーフがちゃんと避難してくれれば。
グワァァァオ!!!!!
けたたましいほどの遠吠えが地面や周りの建物に響き渡る。そして、それと同時に閉じこもっていた大きな翼を広げて、僕へ威嚇し始める。
見るからにその翼は所々ビニールのように真っ黒な血を吹き出しながら裂けているのが見える。
奴の目的は、やっぱり僕みたいだ。
奴を見た時から、あの時マーフと僕が追われた個体だってすぐに分かった。
あの時の腹いせ‥‥か?
それとも、ただ僕を狙っているのか。
あの渓谷で僕は奴に“時の権能”の力を使った。
その瞬間から、奴の態度は明らかに変わった。まるで人間みたいに目の色を変えて僕を狙っている様に見えた。
だからこそ、僕が囮になる事が有効だと思ったんだ。
「‥‥来いよ。」
奴を通り越して、僕は王都の街を駆け抜ける。
“あの日”から、僕は想像もつかない程のバケモノと対峙する日がいつか来るんじゃ無いかって想像はしていた。
だからこそ、僕はこの作戦を思いついたんだ。
奴の瞳孔は過ぎ去る僕の背中を離さなかった。
ポーションが投げ込まれた傷口からは蒸気のような煙が上がっている。奴は僕を見つけた瞬間から攻撃された痛みより、その視線は僕に釘付けになっていた。
後は、ただ僕が捕まらないように、指定の場所まで走るだけだ。
「‥‥追いかけっこ、かな。それなら慣れっこだよ。」
僕の顔には不思議と笑みが溢れていた。
そうだ。お前は想像もつかないだろう。
僕がこの世界に来る前、お前なんて動きが鈍く見えるくらい足の速い奴が大勢いたんだ。
憧れた人が、教えてくれた先生が、愛してくれた友達が。
そうだ‥‥‥。
僕には、ライバルが居たんだ。
超えたいと思えたライバルが!!!!!
義也に比べたらお前の動きには無駄が多すぎる。
まるで感情に動かされるだけの子供と同じだ。そんなんじゃ僕には追いつかない。
お前に分かるか?
何を理由に、どのようにして、しかし何故かここへやってきた怪物であらせられる護身竜よ。
人をおもちゃみたいに踏み潰したお前に分かるか?
あの日、壊された想いが、噛み砕かれた夢が、僕をここまで連れてきたんだ!!!
お前のように人の思いを踏み躙る奴は大嫌いだ。
命すらも奪い去って。何もかも全部破壊する。
ここには人がいるのに。その上未来まで奪いやがって!!
僕は竜を通り過ぎた先で一度、顔を横にして振り返った。
「‥‥‥さぁ、来いよ。単なる持久走だ。ウォーミングアップにすらならないだろうが、君の相手が誰なのか、このアデン・グラ・ヴェオレンスが教えてやる。」
最後まで読んでいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも、
この作品を完結まで描き続ける所存であります。
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