こぼれ話:水穂君はまだ、井の中の蛙
その日森嶋水穂は森嶋産業の社長である自身の父親に呼ばれていた。
何故か父に話してもいないため知らないはずの、霊能力者チームを組んでいる白峰・風祭・足利も同席するよう指示をされていた。父なのでどこで情報を聞いてきてもおかしくはないが。
「失礼します。お呼びでしょうか、お父様」
「水穂か、そこに座りなさい」
書類を書いていた父はソファーを勧める。
霊能力チームへの依頼だろうか? 水穂には自分のチームが強いと言う絶対的な自信があった。
「はい」
父と向かい合って座ると父の秘書の高宮が入って来た。
「失礼します。お呼びでしょうか」
「うむ」
高宮はアイコンタクトで父親のソファーの横後ろに立つ。
「水穂、お前は最近捜査霊課の津田様の事を調べているそうだな」
正面から見据えられると威圧感が強い。
「はい、先ごろ強い力を得たようでこちらのチームに引き入れようと思っております」
あの力は強いはずだ。引き入れて教育すれば強力な戦力になる。
「それはならん」
強い口調で遮られる。だが、納得がいかない。上手く取り込めば森嶋産業の有力な駒ともなるのに。内心の恐れと不満を表情に出さずに尋ねる。
「何故ですか?」
「捜査霊課から苦情が来ておる。お前たちは虎の尾を踏んだようだが、まだ警告の段階だ。すぐに手を引け」
相手に知られていたか。しかし、津田征也本人がこちらへ来ると言えば文句も言えまい。今はまだ前の仕事のアルバイトを続けているはずだ。森嶋産業の力を使って圧力をかければ容易いはずだ。
だが、それを伝えるとあからさまに失望したとでもいうような溜息をつかれ、
「まず、お前たちには自分の実力を知ってもらおう。高宮」
後ろに控えている高宮に指示を出した。
「はい、皆さまこちらへ」
地下闘技場は誰もおらずガランとしていた。
「まず、ここで貴男方の実力を見せてもらいます。データ上はぎりぎり下の上程度となっておりますので、それに合わせて相手を見繕ってあります」
何だって?
自分達の評価に水穂は唖然とした。いや、水穂だけでなくチームの者も全員不快感をあらわにしている。
「随分バカにしてるじゃねーか」
「馬鹿にしているかどうかは戦ってみればわかると思います」
風祭の威嚇した低い声に高宮はさらりと答える。
「では、勝ち抜きで行きますか」
3人の男が並んでいる。勝負開始である。
だが、その後は勝負にもならなかった。
最初の一人が体術も術式展開の速度も制度も段違いで、あっという間に組み伏せられ、意識を刈り取られた。
気が付いたときにはチームは全員天井を見ていた。
「お分かりいただけましたか? 実力を見誤っていたようですが、それが貴男方の現在の力です」
「ああ、会社が擁する人間に勝てるほどではないと言いたかったのか」
水穂の呟きに高宮はことさら優しげな声で返答する。
「ええ、見習い相手に軽くあしらわれるようでは戦力となりません」
「は? 見習い? 熟練者じゃないんですか?」
足利が驚いた声で確認し、他も驚いた声を上げる。
「広瀬は森嶋産業の術式部の見習いです。正規職員になるにはもう少し時間が必要ですね」
後半は広瀬に向っていった言葉だ。
「はい、術式展開との速さと威力を上げないと今のままでは実践では使えませんからね」
自分達を瞬殺した相手が未熟だなどとは思いたくないが、相手はそれを当然と受け止めて実力向上を目指している。
よく見れば広瀬は水穂とほとんど変わらない年齢だろう。
完全に井の中の蛙だったようだ。
他のメンバーも悔しそうにしている。
「お分かりいただけましたか?
貴男方が敵対しようとした捜査霊課には私どもの正規職員が束になっても敵わない一騎当千の猛者しか所属できません。
下手に接触しようとすれば森嶋産業ごと潰されてしまいます。
水穂様、手をお引き下さい。
水穂様が津田征也様に対して森嶋産業の名前を出すと同時に本社ビルは消滅するでしょう。
そのように捜査霊課から術式がかけられているのです」
高宮は言い含めるように優しく言う。だが、目は鋭い視線を向けている。
それは初耳だった。
「どういうことだ?」
「津田征也様が捜査霊課に所属することになった時、バイト先に働きかけて引き抜こうとするものが想定されました。
ですから、捜査霊課は津田様の周囲に圧力をかけた場合、組織であれば本社が消滅するように、個人であればそのまま自然死するようにと術式をかけられたのです。
貴方が会社の名前を使って個人的に利用するとするならば、本社ビルが消滅してその上で貴方達も亡くなることになるでしょう。
そのように勝手なことをされては困るのです」
水穂は渋々でも手を引くことを了承するしかなかった。
帰りがけ、
「水穂様はこれから経営学の裏の方を厳しく学んでいただきますが、他の方がお望みなら術式部に来ていただいても構いませんよ」
と高宮は地下闘技場から出るときに声をかけた。
「もっと強くなれるって事ですか?」
「それは貴男方の努力次第です」
高宮の声は相変わらず優しい。
優しい声と優しい笑顔、それがこんなに中身の読めない恐ろしいものだとは誰も思っていなかった。
「俺、入る。自分がこんなに弱いとは思わなかった」
白峰がぽつりと言った。
「ああ、俺も」
風祭が同意する。
「僕も入るよ」
足利も入ろうと言う。
「どうして僕だけ駄目なんだ」
「水穂様が今回ご自分を強いと思われたのは、比較対象が素人だけだったからでしょう。
水穂様にはこれから術者の組織やタブーなどをしっかり学んでいただきます。将来的に指揮を執る立場になるのですから、いずれ学ぶ予定だったことが多少早くなっても問題ないでしょう」
そうして鍛えられたのち、津田征也のダンジョンに霊珠を取りに行って同業者と争い酷い目に遭わされるのは、そう先の事ではない。




