その、五十一 神社は開いたけれど
神社を開く神事は滞りなく行われた。
神楽と祝詞を上げて貰い本殿の中にいて様子を聞いているだけだったが、祝詞を受けるのは心地よかったし神楽は綺麗だった。
こっち側は神なのですることはなかったが、神職の方々は色々と忙しそうに動き回っていた。
その数日後、赤井・穴井・松本・坂宮が連れ立ってやってきた。
「津田さーん、お願いがあるんですけど……?」
「何? みんなして、どうしたの?」
きょとんと見返した。征也に心当たりはない。
「喫茶店ってまだ作りかけですよね? 朝から開けるって聞いたので、朝食出してくれないかなーって。
ほら、ダンジョンの2階には雑魚寝できるスペースがあったでしょ? でも近くに朝ご飯を食べられる所がなくって……」
「駅や繁華街の近くに行けばモーニングもありますけど、パンだし」
「そうそう、ご飯でガッツリ食べたいんですよ! 一応牛丼チェーンもありますけど……あそこは、その、ちょっと……」
「コンビニはありますけど座ってゆっくり食べたいんですよ。ご飯と味噌汁辺りだったら食べた時の安心感も違いますし!」
口々に言い募る。そういえば彼らは学校が始まる前にダンジョンに入って修行している。
ダンジョンの家から駅までは徒歩3分と25分ほど、牛丼屋は遠いほうの駅にしかないし普段使っている駅でもないため朝食を食べるためだけに行くのは些か遠い気がする。
この辺りは閑静な住宅街でおしゃれなカフェもレストランも多いが、言われてみれば朝開いている所はほとんどない。ファミレスも24時間営業ではなく10時からだし、他も大体開店はランチの始まる10時か11時くらいからだ。
朝から和食系のご飯が食べたいとなると、神社のカフェに入れ込むのが近くて便利か。
「そこは安倍さんの範疇かなー。
確かにダンジョンでいっぱい戦ってお腹すいていたら、ご飯と具沢山の味噌汁辺り食べたいよね。
でも、今どうなっているか分からないから、俺に言われても……」
「安倍さんに聞いたら津田さんがいいって言ったらOKだって言ってました!」
「そう? 俺はいいよ。夏が終わって少ししたら術者さんたちも戻って来たしね」
お盆前後に帰ってしまった術者さんたちは夏休みが終わると少しずつ戻ってきた。霊珠を取る意味もあるだろうが、現在は修行の場に最適として使用されているようだ。
「やった!」
早速彼らは安倍の元へ行った。
喫茶店は神社の門が開く5時半に一緒に開き、神社が閉まる18時の閉店予定だ。神主さんと巫女さんが唯さんから茶道を習っており、人通りも知名度も低いためバイトが交代で多少入る程度になっている。
すぐに安倍が彼らを率いてやってきた。
「津田様が許可していただけたようなので、ご要望をお聞きします」
「ああダンジョンの中で飢えたら困るとは思ったけど、上での食事は考えてなかったよ」
「近くでガッツリ食事出来る所って10時までは開いてないのよね」
ダンジョンの中には3・4・6階の休息所に米と炊飯器、水とインスタント汁物とポットが置いてある。自分で勝手に作って食べろと言うことだ。
食券販売機は結構高いらしいが食事を入れるならダンジョンで戦っている術者さんたちと揉めた場合、神職・バイトさんでは絶対太刀打ちできないと金銭トラブルを避けるために導入するらしい。
「モーニングも良いですけどお腹いっぱい食べるには物足りないですし」
「うーん、お替り自由にするとめっちゃ食べられそうで無理かもしれないけれど、大盛り無料くらいはお願いしたいかも」
「そうですね、とりあえず10時、できれば11時までは確保して貰って」
「津田様は何か要望がありますか?」
「特には。雰囲気困るから和食であれば何も言わないです。まあ、駅まで行くのは遠いけどそんなにガッツリでなくていいって人もいるだろうから、おにぎり、とかどうだろう?」
「あ! いいですね!」
「和食の朝食、おにぎりですね。他に何かございますか?」
安倍もそこまでは知らないようだ。
「あと、甘味も増やしてほしいなー。季節の和菓子だけって他にも欲しい」
「ああ、女の子は甘いもの好きだからね」
「んー、喫茶店で出す業務用ケーキとかあったような気がする。いくつか食べ比べてみる?」
コーヒー会社には喫茶店用のケーキを販売している所もある。うちの珈琲を仕入れる所はスイーツを売っていないがお菓子だけ頼むのもありだろうか?
「えー、そこは手作り的な奴じゃなくってー?」
赤井が不満を言う。
「んー、あー、そうかな? じゃあ、冷たい寒天とあったかい……きなこもち、とか? お餅だったらお腹にも溜まりそう」
「あっそれいいですね!」
「抹茶のお菓子も1つくらいあった方がいいですかね?」
松本が首をひねる。
「抹茶の寒天、どうだろう? 黒蜜とかかけて」
坂宮も首をひねる。
「うーん、……いつぞや抹茶のパウンドケーキってのを見たような気がする。……抹茶嫌いな人には、ほうじ茶で作る、とか? それか普通のパウンドケーキ」
穴井はあまり甘いものを口にしないため、頭をフル回転させているようだ。
「あ、それもいいかな? でもそんなに種類増えて大丈夫なの?」
征也が指折り数えて不安を口にする。
「最初は少しずつですから大丈夫でしょう。人が来るようになれば追々人手を増やすことも考えましょう」
「はい」
「それと、電力会社との交渉がまとまったそうです。
霊珠を電力源に出来るのは分かっていましたが、ようやく安定供給できるようになったので」
確かに霊珠は今までは産出場所が不明だったし滅多に見つからない貴重品だったから電力源に使ってしまうのは無理だっただろう。松林さんと狐さんたちのおかげだろうか。
「火力や風力発電みたいに霊珠力発電、みたいになったってことですか?」
「ええ、太陽光発電並みにクリーンエネルギーですし、持ち運び可能で小さくてもかなりの発電量になりますから」
「へー」
「ですので、人手を雇う資金も気にしなくて大丈夫です」
征也が関係する事業は建築費(ダンジョンの家は別の依頼料の徴収代わりだし、神社は木材手出しの宮大工さん泣かせたけど)や人件費をかなり使っているが、ダンジョンの入場料や茶会の参加費で総合的な収支は今の所黒字なのだろう。
「では、一つだけいいですか?」
「はい」
「デカフェ? って言うんですかね? カフェインの入っていない飲み物を用意して貰えたら。一応ここは妊娠・安産・子どもの守護を扱っているので、妊婦さんや子どもでも飲みやすいように、と」
「ああ、デカフェですね。分かりました」
差し当ってで用意して、足りなかったら追々メニューを追加していこうと言うことだった。
一応10月に工事と届け出を済ませて11月にオープンのタイムスケジュールが組まれていた。
みんなでメニューを考えた数日後―
神社が開いて毎朝6時の祝詞を聞きに行くようになった征也は、春仁の社の前で熱心に祈っている女性を見つけた。縁結びにしては鬼気迫る勢いだ。
「よしっ!」
彼女は気合を入れて振り返るが、石畳みから少し踏み外してバランスを崩し、転倒。
「大丈夫ですか?!」
今のは痛かったと思う。見ていた方まで足首ぐきって聞こえた。
「大丈夫、です……。いった……」
慌てて駆け寄ると彼女はヨロヨロと動き出すが立ち上がれないようだ。
「ちょtt、そこ、社務所に行きましょう。手当てして貰えますから」
征也が手を貸して社務所に行く。
とりあえずシップを貼って貰って傷に響かないようにとテーピングで固めて貰った。手当てしてくれた巫女さんは高校時代、運動部に所属していたそうだ。
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして」
「あの、ありがとうございました」
巫女さんにお礼を言った後、征也にもお礼を言う。おもいっきり転倒場面を見られて少し恥ずかしそうだった。
「どういたしまして。
随分熱心にお祈りされていましたね」
「ええ、……その、……今日からまた職安通いなので、少しでも良いご縁を、と思いまして……」
彼女は更に恥ずかしそうに視線が下を向く。
「就職活動ですか。ああ、縁の神なので良いご縁があるといいですね」
春仁は参拝者が恋愛だけでなく職場や学校でも良好な人間関係になるようにと頼んである。
「はい。……できれば早く決めたいです」
「そういえば津田様、喫茶店のスタッフが募集をしていましたよね? 喫茶店とか興味ありませんか?」
巫女さんが思い出したように言い出した。
急遽メニュー変更になったので当初よりスタッフの人数を増やすことになったのだ。具体的には厨房とホールを分ける感じで、朝のホールを担当してくれる人を探している。
稲荷の関係と天司君・春仁の加護で随分繁盛するだろうと言われているためだ。
「興味ありますか? 今ならまだ正職員枠が残っていると思いますけど」
バイトの予定がいつの間にかキッチリ働いてもらった方がいいと征也の知らない議論の末に正職員になっていた。
「紹介してください!」
食い気味に返事してくれた彼女は征也が正職員と口にした途端、一気に目が猛禽類のようになった。
「では少々お待ちください。沢口宮司を呼んできます」
現在、神官は沢口親子が務めてくれている。沢口家は代々稲荷神社に仕えており、ウカノミタマ様からの紹介だ。元の神社を父と長男に託して、沢口宮司は三男を連れてこの神社へ来たのだ。少し前まで修行として大きな神社に出仕していたという三男は禰宜の立場で父親を支えている。
「じゃあ、俺はこれで」
征也は宮司に一言挨拶をしてそそくさと霊課の会議室へ戻った。
午後にホール担当の責任者となったと連絡が来た。オープンまではカフェについて勉強しながら神社を手伝うと言う。
「やっとバイトから正職員に昇格したと思ったら倒産とか……。ここに就職出来て良かった」
数日後、境内で清掃していた彼女の言葉である。




