その、五十二 駅とデパートはなかなか大変です
「一応設計図通りに作ったけど実際に見てから変な所があったら教えて貰えるかな?」
見学に行くのは一緒に考えた辻本、デパートを使っていると思われる補佐と見るだけでも楽しそうな赤井、そして外部アドバイザーは不知火に代わって波川が入った。補佐だけはまだ来ていない。
不知火は洞窟エリアで大分安定してきたとはいえまだ苦戦しているので、今以上の場所は難しいと自分より上位の能力者を紹介してくれたのだ。
「はい」
波川は高校生らしい。
「ありがとうございました」
「何のこと?」
波川が唐突に礼を言うが心当たりがない。
「ほら、狐さんを呼ぶ札師を探してって話があったじゃないですか。無事離婚が成立したそうです」
辻本君が横から支援してくれる。
「は? ……ああ、ストーカーしたとかなんとか……」
随分早かったな、と思う。あれから1か月しか経っていないのに。
「波川君はその時のストーカーの被害者です。
ついでに娘さんの方は父親に付いて行くと言い張ったのですが、血縁がなかったことと見下して罵詈雑言浴びせていた録音が提出されまして、結局母方に引き取られることになりました」
「よく離婚認めたね。何か凄く面倒そうなこと言っていたのに」
「……詐欺として刑事告発するとDNA鑑定の結果を出したことが決定打でしたね。子どものためにっていう言い訳が封じられた上に子どもの福祉と言う観点からモノを言った相手弁護士に、血のつながった親戚の子どもに対するストーカー行為の証拠を出してこんな非道を許すのかと言って黙らせましたからね」
「あと、虐待したとかも向こうが言い出しましたが、他でも問題を起こした尻ぬぐいで数千万の支払いをしていたことが認められて、甘やかされすぎと逆に裁判所からもっと厳しくしろと呆れられたくらいです」
札師って大変なんだ。
「お疲れ様です」
「まあ、これで終わったのでありがとうございました。
慰謝料はなしの財産分与で沢山取ろうと思っていたようですが、その尻拭いでほとんど財産がなかったので逆に相手方の方から取ることができました。今まで養ってきた分には到底届きませんが、慰謝料代わりに貰っておくようですよ」
波川君は晴れやかに笑ってくれたが
「それで、結局うちの札師の依頼って引き受けてもらえるの?」
征也にとってはそこが一番肝心である。
「ええ、諸々の手続きが終わったら改めて挨拶に伺うそうです。その時に依頼内容の確認をすると聞いています」
「そうか、受けてくれるか……」
ホッと一息である。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
補佐が合流したところで
「では行きますか」
出発となった。
「一応、洞窟エリアとデパートの入口の境にダンジョンの家に通じる扉を用意しています。ダンジョンの扉のカードキーで第一の1階からかこっちか選べる形にしようかと」
「いいと思うわ」
補佐に許可を取って進める。
「上のデパートの層が1×3㎞、下の地下鉄の層が第一と洞窟エリアの下に入り込んでいるから5×3㎞だね。5階からはいると洞窟エリアの端を伝って、地上1階のエリアに入る。
地上1階は手前が化粧品、奥が婦人用のバックや傘・ショールとか……雑貨だね。真ん中の売り場境目の所に休息所としてカフェ。見て貰ってどうかな?」
赤井は興味津々で見て回っており、補佐は配置や魔物の出現する排気口をチェックしている。
「津田君、このエリアはアイテム機能あるの?」
補佐が尋ねると一斉に目が征也に集まる。
「はい、まだアイテム自体は作っていませんが、ここのエリアはドロップみたいにしたらどうかと思っています。
例えば、1階の化粧品売り場は口紅とかどうでしょう? 売り場の魔物を討伐したら店員さんのマネキンが『アリガトウ』って言ってアイテムを差し出すとか。
口紅で札が書ける、とかなったら面白そうじゃないですか? ほとんど結界札、時々攻撃用札、ごくごく稀に治療用札、とか。治療用は主に怪我用ですかね」
メモ用ノートを開いて話す。
「面白いわね。でも乱発されたら困るから、割合はこっちで決めさせてもらえるかしら?」
特に治療用札は茶会の方にダメージが出る可能性もあるのだ。お任せして慎重に考えて貰った方がいいだろう。
「その辺りはお任せします。あ、それだったら口紅を渡す条件も頼めますか?
ここは5~14ctの魔物が出る予定です。何カラット以上倒したらとか、何体以上倒したらとか、条件があればと思います」
「雑魚でいっぱいドロップしても仕方ありませんしね」
辻本が補足する。
「それもそうね。配置にもよるけど14ctを倒した時でいいと思うのよね、ドロップは目玉の1つだし」
「では14ctを倒した時っと」
改良ノートにメモしておく。
「化粧品売り場はまだ大丈夫そうですが、雑貨売り場は面倒そうですね。売り物の陰に隠れて見えないこともありそうですし」
波川が商品もどきを持ち上げながらつぶやく。
「喫茶店は各階全て同じで、魔物は入れない結界があって普通にちょっとおしゃれな椅子と机だけです。厨房の中は入れますから水と米と炊飯器くらいはありますし、自分で作って食べることは出来ますが金払って料理が出てくるわけじゃないです。
この喫茶店を境にして15ctが出ますが、アイテムは考えていませんね。ただ、上か下の階に行くための階段を目指してください」
「ねえ津田さん、もし下の階に次のエリアのダンジョンがオープンしたら、上に行く人いなくなるかもしれませんよね? その場合はどうするのかって考えてます?」
「あー、それも考えたんだけど、最上階のラウンジで鍵を貰わないと地下2階の次のエリアへの扉が開かないことにしようかと思って」
「鍵って1回使い切りですか?」
「そのつもり。じゃないと上に階を作った意味なくなりそうで」
「せいぜい翻弄されればいいのよ」
赤井ちゃんと征也の話を薄笑いで補佐が締めた。
「では2階行きますね」
床が高速でベルトコンベアーのように運んでくれる。明るく広い階段を登ると
「女性服売り場ですね」
「2階は40歳以上を対象にした女性服、半分から向こうは宝飾品っていうの? 宝石店と時計店だね。ここの魔物は5~16ct、後半は17ctまでを想定しているよ」
「この階のアイテムは何ですか?」
「宝石店からペンダントを考えている。ペンダントについている宝石が1つで1回結界になる感じの。……この案が採用になったら赤井ちゃんにペンダントのデザインとか色とか考えて貰えたら楽しいかな。石は1~5個くらいで使ったら色が変わるやつ」
「それいいですね! やりたいです!」
「補佐?」
意気込む赤井をほほえましく思いながら権限のある補佐に尋ねる。
「いいわ。でも、このドロップ割合もこっちで決めるわよ」
「はい」
「やった!」
辻本と波川は排気口チェックと物品の配置をチェックすることに余念がない。
「では、次行きましょうか。
3階は30代以下の若い女性服と子供服、4階は紳士服です。
ここはドロップなしで普通の階です」
「じゃあどんどん行きましょう」
補佐は次を急かす。
「3階は6~19ct、4階は7~21ct、では5階に行きます」
一同は高速床移動で5階へと着いた。
「5階は色々です。書店が手前側半分、その向こうに右半分が文具店、左半分が呉服店になっています。ああ、文具店の向こうが眼鏡店になっています。7~23ctが出ます」
「この階のドロップアイテムは?」
「分けるか迷ったんですけど、反物と万年筆です。ここに2種類配置したので6階は何もアイテムがありません」
「どんな効果があるの?」
「反物は霊的な攻撃が通らない加工をしたものにしようかと。あ、物理的には手を加えられますよ。魔物の爪とか牙は駄目ですけど。
万年筆は口紅と同じようなものにしようかと。ただ、口紅と違うのは治療札が怪我だけでなく病気用も追加になっている所でしょうか? 病気用はマズいですかね?」
「書ける札がより専門的になるってことね。ここまで来れる術者は当分少ないでしょうし、数を絞れば病気用も追加していいわ」
「はい、では次に行きましょう。いえ、6階はアイテムがないのですよね?」
「うん、6階は寝具・インテリア・キッチン用品の生活用品を扱うようになっているよ。10~25ctかな」
「さっと見るだけでいいわ」
一同はまた高速床移動でざっくり見ただけで7階へと進む。
「7階は宿泊所になっています。シングルとツイン、奥へ行くと和室で4畳半+6畳と6畳+10畳の部屋がありバストイレ付きです。で、ここも自炊ですね。調理場と備蓄庫、スイートの2室にはそれぞれ冷蔵庫とキッチンが付いています」
ここまでかなり大変だっただろうと、ゆったり休めるようにと広めに作ってある。7階を丸々使ったので広々ととっても数は十分に確保できる。
「………ちょっと辻本君と悪ノリして作ったその先の扉の奥の部屋はマンションになっています。マンションはキッチンも各部屋にあります。面積が広すぎたので。
ま、ないかもしれませんが、誰かを匿うとかなったらここに住んでもらうのも面白いかもしれませんね」
術者が少ないのに多数の部屋を作っても仕方ないかもしれないと、奥のスペースを一般人が使ってもいい感じにしてみた。何しろ1×3㎞を丸々使うのだ、術者に対して広すぎだろう。
「成程ね、いい案だわ。報復に怯える情報提供者だっているし、一般人なら入っても来られないものね」
「え、いるんですか? 本当に?」
これは辻本が持ち込んだスパイ映画を見て面白がって入れたのだ。地下鉄がいい具合に迷宮っぽくなっている奴で参考資料にしたのだ。
「日本の警察の中にも見えない部署があるってことね。ここは魔物いないのね?」
補佐は実際に使うつもりなのか、マンション形式の中を見て回った。各部屋に植物の名前が付いており、ワンルームタイプと1LDK・2LDK・3LDK、それに公民館風の造りと迎賓館風の部屋がある。
「はい、7階は完全に魔物が入ってこない造りになっています」
「分かったわ。後は8階ね」
上の階へ上がる。
「ここはレストランですか?」
先日天司君に紹介して貰った高級レストランをイメージして作ってある。フレンチのドレスコードのあるレストランで窓からの景色が見事だった。それには及ばないが、ガラス張りで外(空と海岸線のホログラム)が見えるようにしてある。
「そう、ラウンジみたいになっていてウエイターがいるの。で、席についてベルを鳴らすとウエイターが来るから、鍵が欲しいって言うとスタッフ室に入れてくれる。
28ctの魔物と3連戦するとウエイターが『ありがとうございます。お礼にこの鍵を差し上げます』って言って次エリアへの鍵を貰えるって訳。ちなみに、途中で負けそうになると、『お客様! 大丈夫でございますか!?』ってウエイターがお盆で魔物を撃退してくれるけど、その場合は鍵を貰えない」
「ウエイター強い……」
「本業術者より強いウエイター……」
「向こう側は地上に魔物が出た場合を想定してオフィスと学校になっています。ここだけは入り口付近にある手動式のスイッチで作動します。
一番向こうの端は演劇場、演目を見ればリラックスして病気も怪我も治る感じで。演目をカブキ風にするかタカ○ヅカ風にするか迷っています」
「試験場と地上戦を想定した場所ね。…………演劇場は……いらないかしら? 何を思って作ったのか教えてくれる?」
征也は辻本と顔を見合わせ
「すみません、スパイ映画を見たノリで……」
「手術室に悪い奴らが乗り込んでくる場面を見て……」
映画で護衛対象が手術中に襲われている場面があり、7階で匿うことになった要人が病院に行けるか分からないため、と弁解した。波川は噴き出すのを我慢しているが肩が震えている。
「……まあいいわ。混乱を招いても困るから普段は閉めておいて。こちらから要請したときだけ動かして頂戴」
補佐からは呆れたような許可を貰った。
「それで? ここで鍵を貰たらまた下に降りるの?」
「あ、スタッフ室の奥にエレベーターがあります。鍵が貰えたらそれを差し込むと動くようになっています」
チンッ
エレベーターの開いた場所はスーパーの生鮮食品売り場のようだった。
「ここは地下1階です。そっちの階段が1階から降りてきた所です。
地下1階は食料品売り場のスーパーと、その向こうの地下鉄で構成されています。スーパーは全体の1/4くらいです。
果物の中には時々光っているものがあって、食べれば病気を多少軽減できる効果があります。万年筆の病気用と同じくらいですかねぇ?」
「果物の中ってことは早い者勝ちですか?」
「うん、キツネコに時々補充して貰うように頼もうかと思って」
赤井の質問に答える。
「駅のホームにはアイテムを置いていないんだ。電車が定期的に入ってくるようにして、電車の中に置こうかと思っている。座席の上とか棚の上とか……。
上の方は結界とか防御重視だったから攻撃系でどうかと思うんだよね」
「攻撃系……札ですか?」
「札と、洞窟エリアの短刀の強化バージョンを考えてるけど、もしかしたら水鉄砲とかいいかもしれないね」
補佐と赤井が同じ角度で首を傾げている。
「それはどういう? 水を掛けたら、ということでしょうか?」
「うーん、水鉄砲を空で電車の中に置いておく。それで各階にあるトイレで水道水を入れて、その水で攻撃する、とかどうかなって思うのだけど……。水鉄砲の色が変わったらもう攻撃できません、みたいな?」
赤井はふと思い当たったのか
「上の階で言っていたペンダントみたいな仕組みですか?」
「そう、そんな感じ。
霊力のない友人や恋人にも護身用としてプレゼント出来るよ、みたな?
最初映画見た時は拳銃にしようかって辻本君と盛り上がったけど、よく考えたらそのままだと銃刀法違反になりますよね? 短刀は人間に対する殺傷能力ないし、その場で使い切ってもらうか持ち出しても切れないよって実演して貰えばいいかって」
「へぇ? 面白そうじゃない。波川君はそういうの、どうかしら?」
補佐が面白がって外部からの視点を尋ねる。
「楽しそうですがなじみのない方も多いかもしれませんので、最初にアナウンスは必要かと思います」
「まぁ、そうだよね。じゃあ、そのまま進めてもいいかな?」
征也の質問に
「ええいいわよ」
「大丈夫だと思います」
補佐と波川が同意する。
「地下1階は10~25ct、地下2階は10~30ctの魔物が出る予定です。
水鉄砲以外に特別な目玉はありません。
結構迷いやすいですけど、突っ切って中央階段から降りて貰えば鍵の使える次のエリアへの扉に辿り着きます」
魔物の出口をチェックしながら駅構内の売店や階段を見ている。
「まぁ、迷ったら困るので、受付でブレスレットか何かの『受付に戻れます』って道具を販売してみてもいいかもしれませんね」
「確かに広いですからね」
赤井も体力はある方だがこの中で迷ったら、トイレはあっても食事する場所がないため餓死しないか不安になって来る。
「そういえば、ここは安全地帯はないんですか?」
「ああ、トイレが安全地帯になっているよ。トイレ横の喫煙室に見せかけた給湯室ではお水が出るし」
「あーあれですか」
何とも言い難い表情をされてしまった。
「ちゃんと食べる場所が欲しかったですけどね」
「でも、ブレスレットで受付まで帰れるなら中で食べる所っていらなくない?」
「またここまで来るのが大変じゃないですか」
「そっか」
要改善とノートに記録する。
「それで? この先はどうする予定なの?」
今は鍵を開けても開かない。その先がないからだ。
「次は洋館エリア、の予定です。洋館エリアでは霊薬に使われる薬草を世界中から集めた薬草園とかを作って行こうと思っています。
本当は洋館エリアとデパートエリアは順番逆だったんですけど、デパートとか駅とかそんなに広さ要らないかなって話になったので」
「そう、また出来たら読んで頂戴」
補佐は面白そうに笑って波川を連れて帰って行った。
「がんばろっか……」
「そうですね……」
補佐の後ろ姿を見ながら征也と辻本は頷きあった。




