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次の日。生徒会からの呼び出しを覚悟して登校したというのに、逆に怖くなるくらい何事もなく時間は進み、放課後になっていた。
何事もないならそれに越した事はないけど、やっぱり何事もないっていうのは何かあるより不気味に感じるものだ…。
「朝比奈隊長、見回りの時間です。」
「はぁーい。」
わざわざ教室まで迎えに来る人型ロボット清水を、内心では気味悪がりながらも笑顔で対応する。
朝礼前や放課後、それから昼休みなんかは生徒が暴走して生徒会役員に迷惑を掛けていないか見回りするのも、親衛隊隊長がの仕事の一つだ。正直言って、クソ面倒臭い。
しかも相方が清水だから尚更、どう足掻いても好きにはなれない時間だった。
「…ねぇねぇ、」
「はい。」
「そういえばなんだけどさ?」
涼しい顔をこちらに向けるだけで、綺麗な黒髪がサラリと揺れる。
…こんな好青年が(ロボットだけど)どうして親衛隊なんかに居るのか気になる所だけど、この学校の生徒の多くはそういう性癖の人ばかり。だからそんな野暮な事は聞いたりしない。
俺が今、気になった事は…
「清水君ってさ、どうして同い年なのに僕に対して敬語なのぉ?」
敬語をやめて貰えさえすれば、少しはこのロボット感も消えるかな?っていう淡い期待だった。
清水はその問いに対して、淡々とこう答えた。
「朝比奈隊長は僕の上司に当たる方ですので。」
「あ、あぁ…そう。」
やっぱ無理か…?
「じゃあさ、上司の僕が敬語をやめてって言ったら、清水君はやめてくれるの?」
「それは出来ません。」って返されるだろうって分かっているけど、ダメ元でそう提案してみると清水は突然立ち止まって動かなくなってしまった。
システムエラーでフリーズでもしたのか?俺は固まる清水を見つめる。
「も…」
「わ、喋った。」
「モチロン、ダス。」
「?!」
何が原因かはわからないけど、清水は涼しげな顔のままカタコトの日本語でそう答えた。
ますます清水という人間がわからなくなったけど「…じゃあタメ口にしよっか」とだけ言って、微妙な雰囲気のまま見回りを終わらせた。
「ただいまぁ」
昨日までと同じように、寮に帰っても芝居は続く。作り上げられた声は、もう慣れたもんで地声を出すのと同じくらい自然に出る。
だけどおかしい。
いつもならここで先に帰ってるはずの雅のうざったい抱擁があるはずなのだが…今日はそれがない。いつもあるものがないっていうのは不思議なもので、妙にソワソワするというか、落ち着かない。少し気になった俺は、足早にリビングへと向かった。
すると…
「わぁー…」
目の前に広がる信じたくもない光景に、思わず笑いそうになってしまった。驚きを通り越すと、どうやら笑えて来るらしい。
「おかえり縁!」
中に居たのは険しい表情で佇む6人のイケメンと、それに囲まれて愉快に手を振る雅。
説明しなくてもわかるだろう。こいつらはこの学園のアイドルであり、様々な分野で頂点に君臨する生徒会役員達…。
「見回りご苦労様、親衛隊隊長さん?」
なんとも厭味ったらしい言い方をして笑いかけてきた生徒会長は、無事雅と仲直り出来たからかやけに自信あり気で。俺はそんな会長に対して、天使のような笑みを浮かべて微笑みかける。
「ありがとうございます、生徒会長様ぁ!それにしても今日は皆さまお揃いで、如何なさったんですかぁ?」
本当はわかっているけど、わかっていないフリをしてそう問いかけると、不躾な質問だと言わんばかりに生徒会役員共は目を細めた。
その内の一人である副会長の“温和 蒼馬”は、ノンフレームの眼鏡の淵をクイッと持ち上げ、つり目がちな目を細めながら口を開いた。
「私達のお姫様が、悪代官と相部屋だと聞きましてね?」
「なっ!姫とは何だよ姫とはー!」
ワーキャー騒ぐ雅に副会長が冷たい視線を送ると、雅は怒られるとでも思ったのかうっと押し黙った。
目力だけであの空気を読めないサルを黙らせてしまうなんて、絶対に敵に回したくない。内心そんな事を思いながら顔面には笑顔を貼り付けたまま、副会長を見つめる。
こいつは頭が相当良くて、常に学年トップだ。全国模試でも常に10位以内に入っていて、東大合格98%と言われているらしい…。
冷たい視線とマッドサイエンティストっぽい雰囲気がマゾから圧倒的に支持され、堂々の人気投票2位を獲得したという。
「見てよ、笑ってるだけで感情はない…気持ち悪い人。」
「動く人形みたいで、不気味だよねぇ」
続いて、面と向かって失礼な事を言ってくるのは陰気な双子。
会計の“有沢 音”と、“有沢 色”
2人併せて音色で~す♪なんて笑えないジョークだと思っていたけど、列記とした本名だと聞いて驚いたのを覚えている。
…ちなみに見分け方は、親衛隊隊長でありながら全くわかっていない。双子推しの隊員が見分け方について熱弁してくれた事があったけど、俺には全くわからないくらいソックリだ。
彼等は音楽一家の子供で、この2人も相当な実力者だと聞いている。
「言っとくけど雅に手出したら殺すからな。」
次に、姫を守る騎士…にしてはあまりに野蛮な発言をする、書記の“野島 勇士”
彼はボクシング選手で、オリンピックの強化選手に選ばれた強者で、その拳で殴られればきっと俺なんか一発で死んでしまうだろう。
だけど指を鳴らしながらニヒルに笑うその姿からは、小物臭がプンプンと漂ってくる。
「まぁまぁ。今日から俺達、毎日出入りする事になったから…よろしくね?ヒナちゃん♪」
「…わぁ、嬉しいです~!」
「喜ぶ君の笑顔、最高に可愛いよ。」
最後に身の毛もやだつような台詞とウィンクをしてきたのは、同じく初期の“立花エリオ”
名前の通り俺と同じハーフならしい彼は、イタリアの軟派な血が流れている為か紳士的ではあるがかなりのプレイボーイだ。
男も女も来る者拒まず誰でもつまみ食いしてしまう節操無しで、生徒会役員で唯一俺を口説いてくる男でもある。
この6人は、生徒からの人気と教師からの信頼…そして理事長の快諾を受け生徒たちの天辺に立つ、正真正銘の勝ち組達。
「どうだ?動きにくくなっただろ?朝比奈縁。…お前の好きにはさせないからな」
「………………。」
そしてその中で頂点に君臨する男…絶対王…
生徒会長、瀧川大夢…。
なかなかの嫌がらせをしてくれるじゃないか……。
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