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5 出来ない相談

 翌朝。

 眼裏に光が当たる。

 反射のように薄っすらと目をあけると、クレイグ王の笑顔が見えた。


「……!? へい、か?」


 慌てるけれど、前日に打ち付けたのが響いたのか、ゲルダは起き上がることができなかった。


「い、たた……」


 腰を押さえ、再びぐったりと寝台に埋もれるゲルダに、クレイグは低く、だが柔らかい声色で言った。


「今日はゆっくり休め。おとなしくしていれば、悪いようにはしない」


(え、なんなのそれ!? どういう意味?)


 昨夜の出来事が急激に蘇る。

 カイ・トレンメルの乱入で有耶無耶になってしまったけれど、夫となったはずのこの人は、昨夜部屋にやって来なかった。いや、ゲルダが入室した頃には居たはずなのに、居なかったのだから、戻ってこなかった、が正しいのかもしれないが。

 初夜で一晩放置されたのだ。怒りまで蘇って目が一気に覚めるゲルダだったが、ドタバタと女官たちが入室してきて甲斐甲斐しく世話を始めたため、王への追及は遮られた。その隙に彼はさっさと部屋を出て行く。


「王妃さま、公務も休むようにと陛下から言いつけられまして。――アンナ、お世話をお願いしますよ」


 入れ替わるようにして入ってきた女官長は、ひょうひょうとしながらもいたわるような視線を向けてくる。何気なく腰をさすっていたゲルダは我に返る。そして横たわる勘違いに気が付き頭に血が上った。


(まさか、事後・・だとか思われてる!?? こちとらぴっかぴかの乙女だと言うのに!)


「ち、ちが!」


 口にしかけたゲルダだったが、


「おじょう――いえ、王妃殿下、この度は……おめでとうございます」


 他の女官たちもアンナに続いて、おめでとうございますと口にする。

 だから違うって――と騒ぎたくなったけれど、頬を染め、目をうるませたアンナに「心配無用でしたね」と言われ、ゲルダは言葉を喉につまらせた。


「先程陛下にお言葉を頂いたのですが……、『疲れたようだから、労ってやってくれ』と……! 大事にしてくださってて。杞憂だったのが、私、本当に嬉しくて……!」


 アンナはまくし立てる。その嬉しそうな顔を見ると、ゲルダはとてもじゃないけれど真実を口にできなくなった。


(……うわあああ)


 どうやら王はゲルダと一晩この部屋に居たことにするつもりで、既に先手を打っているようだった。この調子では、たとえ今ゲルダが騒いだとしても、きっと照れ隠しだとしか思われない気がした。何もかも計算済みな感じが嫌だ。


(で、でも、どうしてそんな必要があるの?)


 ゲルダがそれほど気に入らないということだろうか? だけど、あちらから求められて嫁いできたのだから、意味がわからない。わからないけれど、頭の隅に引っかかることがいくつかあった。

 一つはアンナの語った昔話。結婚はしなかったけれども子までなした仲の女性の存在。

 そしてもう一つは、


(昨夜から今朝まで、陛下はこの部屋ではない何処かで一晩を過ごされた)


 心当たりは、明かりの灯った部屋と、楽しげな子供の声。

 あれが何なのか。夫がどこで夜を過ごしたのかをまず突き止め、自分の立場を知らなければならないとゲルダは思う。

 だって今度こそ幸せになるのだ。今のままでは、理不尽すぎて、幸せには程遠い。

 どん底ならどん底でいい。怖いけれど知らなければならない。自分の今いる場所がわからなければ、上も下もわからない。どこに向かっていいかわからないのだ。


「王妃殿下?」


 声掛けに我に返ると、キラキラした女官たちの目がゲルダを取り囲んでいた。

 ゲルダはひとまず状況を否定も肯定もしない、曖昧な笑みを浮かべた。そして、小さな決意をした。

 どうやら軌道修正が必要だった。

 だから、今の状況を確認して、これから正しい選択が出来るように動く・・


(大丈夫。今は怒る必要は、無い)


 不当な扱いだけれども、まだ王妃としての生活は始まったばかりだ。

 奮起するゲルダだったが、


『大人しくしていれば悪いようにはしない』


 という王の言葉がやる気を削ぐように浮かび上がる。

 そして、『大人しく』という言葉に触発されたのか、かぶさるように昨夜のカイとの会話が蘇る。


『大人しくしていれば死なずに済む』


 二人の男がゲルダに動くなと訴える。言われたとおりじっとしていれば、形だけの王妃・・・・・・として生きていけるのだろう。

 それを望んで結婚した。はずだった。

 だが、今一度望んでいるかと言われれば、自分でも驚くのだけれど『否』であった。


(自分が知らないところで勝手に運命が転がるのなんか、まっぴら)


 心の中で誰かが叫ぶと、ゲルダも同意する。

 そうだ。ゲルダの人生は、ゲルダのもの。駒のように勝手に動かされてたまるものかと思ったから、家に引きこもった。


「大人しい?」


 大人しいと思われていたのかもしれないけれど、引きこもりだって魔女という運命から逃れるための自主的な判断だった。


(大人しくなんて――)


「出来ない相談だわ」


 とゲルダはぐっと拳を握りしめた。

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