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高校入ったし、とりあえずリア充目指してみる  作者: 雨夜かおる
暇人の退屈しない夏休み編
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「ニヤけてなんていない」

すっげえ久しぶりの更新だ……!

 これはどうしたものだろうか。どういった趣向なのかは不明だが、クラスだけでなく月夜にも花火大会に誘われてしまった。最近の若者は花火が好きなんだなあ、自分もその一員のはずだが。

 しかし、本当に困った。楓たちと月夜、どちらを優先すべきなのか。運動部に所属する身としては先輩の意見に耳を傾けるべきなのだろうが……。


 ふと、思う。大樹は無意識に月夜と二人きりになる状況を想定していたが果たしてそうだろうか。これは藍咲バドミントン部全員に声をかけているのでは。クラスで行くような人々がいるということは、部活のメンバーで行く人たちも少なからずいるはずだ。


「なあんだ、そうだったのか」


 ぽちぽち、と返信を打つ。



――他に誰が来るんですか?


――?


――部活メンバーで行くんでしょう?


――私と篠原くんだけだけど。



「あ、あれー?」


 もしかしてまだ誘ってないのかなー、と大樹がうなっていると追い打ちをかけられた。



――二人で行こう。



 心臓の鼓動がうるさい。多分、緊張しているのだと思う。月夜に対して少なからずそういう感情を持っている大樹にとって、その誘いは平常心を乱すには充分すぎる。さっきから汗が止まらないし、ベッドの上で足をばたばたとさせてしまう。



――了解しました。



 待ち合わせの時間を決めて大樹と月夜は約束を取り付けた。もう思考は夏祭りのことでいっぱいになった。篠原大樹は大事な局面にいる気がする。これは、これは――!


「何か試されている気がする……」


 あの朝日月夜が花火大会に行く? 祭りを楽しむ? 全くそんなイメージが湧かない。絶対何か裏がある。一体俺は何をすれば……。


 そもそも、花火大会って何だ。自慢じゃないが行ったことない(本当に自慢じゃないことに気付いた)。今よりもっと大樹が幼い頃は花火や祭りに関心もあったが、家族は面倒くさがってそういうところに連れていってはくれなかった。

小学校に通い始めた頃なら同級生たちと、例えば地元の商店街の小規模な祭りなら参加したこともあった気がする。しかしそれもみんなの輪から弾かれて……やめよう、思い出したくない。


「夏祭り、花火……?」


 分からない。月夜の意図が本当に謎だ。最近の彼女は奇想天外というか予測不能だが、それとはまた系統が違うような。

 くそっ、クラスと行くならこんな風に迷わないのに……。


「あ、そうかクラス……」


 もう月夜に返事してしまった以上、クラスの方には参加できない。その旨を楓に伝えると「……ほう」と意味深な言葉が戻ってきた。文字のやりとりでわざわざ三点リーダを使うあたり、何か含みがありそうだ。


 することもないので仕方なく問題集を開いたが、全く集中出来なかった。



 ついにこの日が来た。

 朝日月夜は姿見で何度も髪をいじっていた。普段から周囲に注目されている綺麗な黒髪はここ一番の輝きを見せている。月夜はしばらく唸った後で思い切ってポニーテールを作ってみた。部活動のときしかしない髪型だったが、今日はこの方が似合うだろう。

それを見た両親は娘が醸し出している『本気』の空気を感じ取って部屋の隅で縮こまっている。


「月夜、お前いつまで――」

「ちょっと静かに」


 勇気を振り絞って掠れた声を出した父親は月夜の一言に押し黙る。若干泣きそうになっていた。気遣った朝日母が夫の背中をさする。


「お母さん」

「何かしら」

「どこか変?」


 くるりと回った月夜が腕を広げる。服装の全体像が明らかになる。夜の闇色を彷彿とさせる黒の浴衣には紫の大輪が咲いている。例年、藍咲学園では二年生が体育祭にて浴衣姿での踊りを披露している。これはそのために用意した衣装だ。ただでさえ容姿の優れている月夜には非常によく似合っていた。

 ……また、余計な描写かもしれないが胸元が控えめな部分も浴衣姿との相性が良かった。


「大丈夫よ」

「そう」

「そうだぞ月夜。母さんの若い頃にそっくりだ。お父さんとしてはちょっと嬉しいような悲しいような――」

「行ってきます」


 父が言葉を言い終えるのを待たず、月夜は部屋を出た。後ろの方で誰かがすすり泣くような声が聞こえた気がするが意に介さない。これが朝日家の日常だった。


 慣れない下駄を履いて、月夜は家を出た。大樹とは駅で落ち合うことになっている。現地集合にしてしまうと人が多過ぎて見つけられないだろうし、何よりそんなのは味気ない。


 慣れ親しんだ街並みを眺め、ゆっくりと月夜は歩く。心境が違ってくると普段と同じ景色でも変わって見えるから不思議だ。しかし、自分は本当に今日大樹に告白する気でいるのだろうか。その割にはかなり落ち着いている。学校の試験や部活の試合のときの方がもっと緊張するのに。


 駅前に着いた。時間には余裕を持って家を出たつもりだったが、到着は予定の時間を少し過ぎてしまっていた。あたりを見回す。いるのは月夜と同じ浴衣姿の男だけだった。大樹はルーズではないのでもういてもおかしくはないはずだが……。


「あの……すみません」


 見知らぬ男に声をかけられたことで月夜は不機嫌を露わにしながら振り返った。こんな日にまでナンパとは良い度胸だ。ナンパなどという愚行が出来るのも今日で最後にしてやろう。

 ……と物騒な考えを巡らせていた月夜だったが相手の顔を見たことで一気に警戒心が緩んだ。待ち合わせをしていた篠原大樹は少し怯えたような顔でこちらを見ていた。遅れて自分がどんな表情をしているか察した月夜はいつもの無表情に戻る。


「朝日センパイですよね……?」

「いかにも」

「なんですかそれ」


 動揺して調子が狂った月夜が妙な返答をすると大樹は可笑しそうに吹き出した。

 ……油断した。それにまさか大樹の姿を見落とすとは。浴衣姿の男が大樹だったのだ。普段着でやってくるとばかり思っていたのに。

 月夜はその浴衣を凝視した。紺の生地に迫力満点の龍が描かれている。大樹にしては随分派手なチョイスだ。だが良い。着こなしは様になっているし、いつもと違う大樹を見れたのは喜ばしいことである。


「時間になっても来ないので心配しました」

「……遅れてしまってごめんなさい。下駄を履き慣れてなくて」


 そこは本当に反省している。そんなミスはこれまでの人生という尺度の中で犯したことがなかったのに。しかもこんな日にやらかしてしまうなんて。少し浮き足だっていたのかもしれない。足を痛めてでも走ってくるべきだった。

 月夜が珍しく項垂れたので大樹は慌ててフォローを入れる。


「だ、大丈夫ですよ! 全然待ってないですし、それに……」


 大樹が言葉を切った。次のセリフを月夜は待ったが、一向に出てくる気配はない。大樹は顔を背けて咳払いをした。


「浴衣を着てくるなんて思ってませんでした」

「その格好で言うこと?」

「……確かに」


 神妙に頷く大樹を見ていると、思わず笑いがこぼれそうになった。必死に噛み殺そうとしたのだが、上手く出来なかったらしく釣られて大樹まで笑った。少し恥ずかしい。

 二人で歩き出す。どちらも歩き慣れない下駄のせいかゆっくりとした動きだが、隣を歩くのが大樹だと思うと落ち着く。ふとその腕に、自分の腕を絡ませたい衝動に駆られた。ダメだ全然落ち着いていない。ここでそれをやるとただのイタイ女だ。しかし、告白が成功した暁にはやりたい放題なわけで……。


「ニヤニヤしてどうしました? そんなに花火楽しみです?」

「ニヤけてなんかいない」


 まだだ、まだ笑うな……。月夜は平常心を保とうとした。

 やがてやってきた電車は、月夜たちと同じように浴衣姿で花火大会に向かう人々で溢れていた。自然、大樹と月夜は密着する形になった。

 どうしたんだ今日は。既に色々と幸せなのだが。あんまり飛ばし過ぎると最後まで体が保たない。


「すみません……」

「混んでるから仕方ない」


 離れようとした大樹の袖を掴みこちらに引き寄せた。大樹が驚いた顔をしていたが、特に抵抗することもなく再び二人の距離が縮まった。

 目的の駅まで会話はなかった。多分、どちらも気恥ずかしいと思ってしまったからなのだとわかる。ただ、月夜としてはこの沈黙が心地よかった。ドアに寄り掛かりながら、月夜はふと目を閉じた。


 瞼の裏に初めに浮かんだのは出会ったばかりの大樹の姿だ。別に身長が高いわけでもなく、スポーツが得意なこともなく、勉強だって月夜の方が出来た。大樹より優れた人間など周囲にはいくらでもいたはずなのに、ずっと彼だけを見ていた。

 なぜそうしてしまうのかは、自分でも分からなかった。しかし同じ場所で一緒の時間を過ごしていくうちに、その感情に相応しい名前を見つけた。まさか初めて好きになる人間が年下とは思わなかったし、そもそも誰かを好きになることに自分で驚いた。


 気持ちを自覚してみると大樹の前に立つだけで平静ではいられなかった。元々口下手なのにさらに声が掠れるし、意味不明な言動もしてしまう。しかし困ったことに、それが嫌になることはなく、むしろちょっと楽しかった。


 片想いをこじらせて数年、ようやくこの気持ちに決着を付けることにした。高校で大樹と再会できた奇跡に感謝し尽くせない。また彼とバドミントンをして、たまに帰りを共にしたり遊びに出掛けたり……大樹を独占したい気持ちは強まるばかりだ。


 電車から降りると、さらに後ろから雪崩のように人々が迫ってきた。はぐれてしまわないように月夜は大樹の手を握った。


「いこう」


 次からはもっと自然に手を繋げたら良いと思いながら。

 月夜は赤くなった顔を隠した。


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