「遊び尽くしたいもん!」
ボウリング場を後にした一行は、次の目的地で迷っていた。昼食にするには早い時間で、時間潰すくらいでちょうどいいくらいだ。カラオケやゲーセンのようなところは、今の気分としてはふさわしくない。
「それ封じられると、もう思いつくのないんだけど」
「駄目だなあ、神谷くん。女の子を喜ばせる方法までちゃんと分かってなきゃ。そういう場所で楽しんでくれるのは彼女くらいだよー?」
「……うっす」
紅葉との対話で神谷の方が気圧されるのは珍しい。いつもは紅葉の方が神谷の話術に乗せられてからかわれているというのに。かなたはそんな二人を微笑ましく思いながら会話に加わる。
「駄目ですねえ、神谷くんは」
「は? なに結城さん。まだいたの」
「温度差激しい!」
かなたはちょっと泣きそうだった。確かに、なんでこんなに若くて青春している高校生の中に、ひとりだけ大人が混じっているのか。場違いな感じが半端ではない。深く反省する。
「って呼び出したの神谷くんだし!」
「それで、どうしたらいいと思います? あれ」
神谷が指で示したのは月夜だった。さっきのボウリングからずっとあの調子だ。せっかく神谷の調子も上がってきて、月夜といいゲームが出来ると思った矢先に彼女のメンタルが崩壊した。想い人が別の女の人と仲良くしている状況は、あの朝日月夜といえど耐性がないようである。
ちなみにその想い人は楓と談笑中だ。
「篠原も、見た目の割に罪深いな」
「私がなんとかしてくるから、行くとこ決めておいて!」
紅葉が落ち込んでいる月夜を伴い、篠原と楓の輪に入っていく。努めて明るく振舞おうとしている紅葉の姿を見て、なんとか結果を出したいと神谷は決意する。
「ほら早くしてくださいよ結城さん」
「ちょっと待って!? 紅葉ちゃんは神谷くんに期待をかけたと思いますが!? 神谷くんも一緒に考えてくださいよ!」
「最下位。罰ゲーム」
「うううっ!!」
かなたが唸る。そう言われてしまうと、ルール上従わないわけにはいかない。というか神谷くんにしてはかなり易しい命令である。それに比べるとまだ楽……何故私は生徒の手の平なのだろう。
「……水族館とか」
「え?」
「しばらく歩くと水族館があるんです。夏休みですから、混雑しているかもしれませんが……」
自分の提案に自信がない。言葉がどんどん尻すぼみになっていった。
「いいじゃん、それ」
「はい?」
「決定。案内よろしく」
戸惑いを覚えつつ、かなたが先導する形で六人は目的地へ向かう。思い返せば、団体行動で人より前を歩くのは初めてのような気がする。いつも誰かの後ろにひょっこりついていった記憶ならあるのだが。人混みに紛れ、喧騒も激しくなるとちゃんとみんなが来てくれているか心配になって何度もかなたは振り返りそして安堵する。
そんなことをしているうちに目指していた建物が見えてきた。水族館はここの上にあるのだ。エレベーターが指定階に六人を運んでいく。
「わあ……!」
感嘆の声を漏らしたのは紅葉だった。扉が開いた瞬間、目の前いっぱいに青色の世界が広がった。まだ入場すらしていないというのに、そこらじゅうで魚が泳いでいるというのは随分サービスがよい。
紅葉以外のメンバーもどうやらこの光景に圧倒されているようで、言葉はないが掴みは問題ないようだ。ひそかにかなたは気を良くした。
「げえ……魚を見るだけなのに二千円も取られるのかよ」
「神谷くん……そんな身も蓋もないこと言わないでください。それだけの価値があると私は思ってますので」
「前にも来たことあんの?」
「はい。大学生のときに。ここでご飯も食べられますし、多分ショーもあると思いますよ。デートコースの参考にしてください」
「なに年上ぶってんだよ」
「実際年上ですし」
「似合わねえ」
受付で全員が二千円を出して精算を済ませようとすると、スタッフの女性に呼び止められてしまった。何事か思うと、おもむろ女性は紅葉を指しながら言う。中学生は千円でよろしいですよ……。紅葉は真っ赤になりながら生徒手帳を突き付けた。平謝りするスタッフとまだ怒りの治まらない紅葉に一同に笑いが起こった。月夜でさえも頬を緩ませていた。
かなたの予想通り、夏休みの水族館は多くの人で溢れていた。家族連れやカップルが多い。高校生はあまりいないようだ。六人はゆっくりとした足取りで少しずつ進んでいく。
「さっきから篠原写真撮り過ぎじゃね?」
「すいません。こういうところ、滅多に来ないので、つい」
「ふうん。……朝日、篠原が遅れないように見張ってろよ」
「え? は、はい!」
最後尾の大樹に月夜が歩幅を合わせる。さっきまでぼんやり歩いていた彼女も、気分が晴れてきたようで、大樹と二人して水槽を指差しながら楽しげにしていた。
神谷がドヤ顔をこちらに向けてくる。素直に賞賛したい気分なので人差し指と親指でハナマルをあげることにした。
「森崎はちょっと空気読めよ」
「読みましたよ、もちろん。まずいと思ったから離脱しようとしたのに、朝日先輩は気を遣って入ってこないし、大樹は全く気付かないし。助かりましたよ」
「……なんで俺らこんな気回してんだろうな」
「さあ。とりあえず、リア充みんな死ねばいいのに」
「爆発しろ、だろ?」
「『リア充爆発しろ!』とか、定型文過ぎて口にするとマジで悔しがってるみたいなんで、言わないようにしてんすよ」
「だから彼氏出来ねえんだよ」
「反論できねえ……! ま、いらないですけど」
強がりや虚勢ではないことはすぐわかった。
現在のフロアのほとんどを観た頃、一角に人々が集結し出した。どうやら丁度ショーが行われるらしい。主役はラッコのようだ。飼育員のお姉さんがやってきて、エサを水中に投げ込んでいく。ラッコは水の中に潜ってエサを掴むと、再び顔を出して咀嚼し始めた。
かわいい、かわいい、という黄色い声が上がった。
「うーん、よく見えないよ……」
「ここからだと見づらいですよね……」
前方は人でごった返し、かなたたちは後ろの方からショーを観ていた。紅葉の身長では人の後ろ姿しか見えていないのだろう。どうしようかと思う。
「神谷くん、紅葉ちゃんにも見えるようにしてあげてください」
「うぃー」
「え」
かなたの提案をあっさり承諾した神谷は紅葉を抱きかかえた。身長の高い神谷とほぼ同じくらいの高さまで引き上げられたおかげで、ラッコの姿は確かに紅葉の目にも捉えることができたが……。
「ちょっと神谷くん! やめ、だめ! おろして! バカ!」
神谷の腕の中でじたばたと暴れる。観衆の大半はショーに夢中になっているが紅葉の叫び声にこちらを振り返る人がちらちらといた。仲の良い兄妹のように思っているのかもしれない。微笑ましいものでも見るみたいな表情だ。
「きゃー。紅葉先輩うらやましいなー」
はやしたてる楓の声に、紅葉が顔を赤くする。さらに今更になって周囲の視線に気付いた。これ以上ないくらい赤面した紅葉は一度顔を俯かせた。肩が震えていることから、もしかして泣いてしまっているのではないかと、かなたは危惧した。
ふっと顔を上げた紅葉はじろりと神谷を睨んだ。一瞬空気が凍る。紅葉は器用な動きで神谷の背中にしがみつく形に移った。そこから弾みをつけて肩に飛び乗る。
「ほら、神谷くん。よく見えないのですよ? もっと頑張ってくださいな」
「……うす」
そこからしばらく、紅葉は口をきかなかった。無言で神谷の髪の毛を引っ張り、たまに頬を叩いたりする。神谷はされるがままだった。本気で怒っているのが伝わっているから下手に抵抗できないようだ。
「センパイ? そんなに考え込んでどうしました?」
「さっきの桜庭先輩の動き……只者じゃないわ」
「あ、そこ気になってたんですか……。そういえば、以前桜庭先輩も二階から飛び降りて無傷で済んだことありましたよ」
「それは普通じゃない?」
「……絶対センパイたちがおかしい」
ここにいる六人のうち、三人が常人離れした動きを見せるものだから、なんとも形容しがたい気分になってくる。まさか楓とかなたもあれくらい出来たりするのだろうか。おかしい、藍咲学園はいつからそんな超人ばかり集める学校になってしまったのだろう。スポーツ推薦?
さらに順路に従っていくと、屋外に出ることが出来た。ここではペンギンやカワウソなどの小動物が多い。ふと上を見上げてみると、透明なレーンをアシカがくるくると泳ぎ回っている。視界の端にビルが映りアンバランスな光景になっているが、何故か気に入ってしまう。
「写真でも撮りましょうか」
かなたが、通行人に声をかけてスマートフォンを渡す。
「アシカが入るようにしたいな!」
「はしゃぐなって」
「ちょっと大樹、もう少し詰めてくれる?」
「マジで? そんなフレーム小さいのか。すいません、センパイ失礼します」
「う、うん……。もっと近づいてもいいけど」
「みんなもう大丈夫ですか!? それじゃあお願いします!!」
カシャカシャと二回シャッターが切られた。お礼を言って、スマートフォンを返してもらい早速写真を確認した。一枚目はアシカを入れようとして、かなたたちの姿が小さくなってしまっている。二枚目はそれを無視して、画面いっぱいに六人が映っていった。
「気が利いてるな、さっきの人」
「どっちもいい写真! かなたん、後で送ってね! 篠原くんも、さっき撮ってた写真後でちょうだい!」
紅葉がいつも以上にはしゃいでいるように、かなたは感じ取った。
「すごく楽しそうですね?」
「実際楽しいよ! 高校最後の夏だからさ、遊び尽くしたいもん!」
「同意。受験なんて知らん」
「ちゃんと勉強してください!」
形通りのツッコミを入れながら、かなたは思い知らされた。神谷と紅葉の二人はもう少しでいなくなってしまうのだと。
途端に、かなたは寂しさに襲われた。




