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「全部、やってみたい」

 いい昼だった。つい鼻歌を歌ってしまいそうになるくらいに楽しかった。

 午後の授業もなんとか乗り越えられそうだ。そういえば大樹も帰り際は疲れた様子だったが……大丈夫だろうか?


「朝日さん、朝日さん!」


 読書でもしようとしていたところに誰かが声をかけてきた。見るとその人物は月夜の向かいに座っていた。


 クラスメイトの天野翠だ。誰に対してでも分け隔てなく接することができる、クラスの中心的存在である。本人曰く、身長が低いのが悩みである。

 その翠の瞳は何故かキラキラと輝いていて頬はニヤニヤと緩んでいた。


「なに?」

「さっきの男子だよ! 一体誰だったのー?」

 翠は机から乗り出すような形で月夜に顔を近づける。


 このクラスで月夜に話しかける人間は今のところ、天野翠ただ一人である。本当は誰もが月夜と話したいと思っているはずだが、月夜の醸し出す雰囲気がそれを躊躇させる。


 翠としても毎度毎度勇気をふりしぼっていたが……もっと親しくなりたくても手をこまねいていたところに、こんなおもしろそうなことが飛び込んできたのだ。このチャンスを生かさない手はない。


(それにしても、ちょっと意外だったかなー)


 やっぱり、朝日月夜も普通の女の子なんだ。普通に男子と付き合いを持つし、それで機嫌がよくなったりもする。どこか自分たちと違う月夜に距離を感じていたが、安心できた。


「中学のときの部活の後輩」

「バド部?」


 月夜がバドミントンをしているのは知っていた。たまに練習風景を見るがその度に彼女のプレーに見惚れてしまう。それはおそらく自分だけじゃなく他のみんなもそうなのだと思う。


「じゃあ、さっきの子も今はバド部?」

「いえ……、今は何もやっていないみたいだけど……」

 眉を寄せる月夜が、どこか寂しそうに見える。やっと露わになった感情を前にして翠は思い切って聞いてしまった。


「もしかして、彼のことが好きだったりしてー?」


 ピシ! と亀裂が入るような音が聞こえた。……錯覚だと思うが。

 沈黙が降り注ぐ。

(あり? ミスっちゃった!?)

 居た堪れない。これは言ってはいけない地雷だったのか……。しかし翠が次の話題を模索していると月夜から珍しい反応が返ってきた。


「べ、べつに……」

(あ、脈アリですね。はい)


 新たな発見をした。月夜は嘘をつくのが下手だった。だってそんな風に目を逸らして赤くなられても何の説得力も生まれない。

 これからはこのネタで攻めていこう。

 そろそろ席に戻ろうと翠が腰を浮かせたところで、一つの掲示物が目に留まった。


「そういえばさ、朝日さんは何の種目に出るの?」

 翠は球技大会のお知らせのプリントに視線を向けたまま問う。来週は、藍咲学園の球技大会だ。新しい学年になってから最初に行う学校行事がこれだ。運動が得意な人はここで一気に周りからの注目を集めることができる。


「そうね。私はバドミントン、バスケ、ソフトボール、バレー、サッカー、卓球――」

「この時点で既にほとんどの種目が網羅されてるだとぅ!?」

 自分が一度止めなければ全競技名が挙げられていたのでは……。とか言っている間に全て言われてしまった。


「な、なんでそんなに……」

「全部、やってみたい」

「う、うん。タイムテーブル的に無理があるのでは……」


 やはり才色兼備の彼女だからこそ成せる業なのだろうか。バドミントンからも彼女の運動神経の良さは分かる。他の種目もこなせるかもしれない。

「じゃあさ、いくつか一緒の競技に出ようよ。朝日さんとやるなら楽勝そうだしねー」

 翠の誘いにも月夜は「そうね」と一言返事をしただけだ。翠も次の授業の準備をすることにした。


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