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「一緒にご飯食べませんか!?」


 四限目が終われば、昼休みだ。昼休みになれば飯だ。

 教室で各々が有意義に昼食をとっている中、一人だけ自分の席から周囲の様子を窺っているものがいた。


 言わずもがな、大樹だった。


 彼は溜息をついた。この憂鬱な時間を過ごすのもこれで数週間になる。高校に入ってからというもの、彼は特定の親しい友人を作ることができずに学校生活は退屈なものになっていた。


 だからこそリア充を目指したいのであるが。

 とはいえ、もうこうやって過ごすのも限界が来つつある。孤独に耐えられるほど大樹も図太い人間ではなかった。

 そんなとき大樹の豆電球の明かりが灯る。


――――センパイのところに行くのはどうだろう?


(いやいやいやいやいやいや!!)

 即座に自分の浅はかな考えを否定する。

 クラスメイトと仲良くすることと、女子の先輩をランチに誘うこと――どちらが難しいだろう。多分、後者だ。だがしかし、もうすでに固まっているグループにすんなりと馴染めるコミュ力があれば苦労はしていない。

 今日もいつものように、寂しいお昼を過ごすのだろうか……。


(…………よ、よし!)


 当たって、砕けてみよう。何かを変えたいのなら行動するしかないのだ。

 ただ、もしかしたら失敗するかもしれない。念のため、大樹は弁当箱を置いたまま教室を出た。


 月夜のいるであろう教室に近づいていくほど、不安は募る。


(学食だったらどうしよう!? センパイが他の誰かと先に食べていたら!?)

 嫌な想像を押し殺すべく、大樹の足は自然と早足になる。


 目的地に到着。大樹は教室の扉を少しだけ開けて中の様子を窺う。

 結論を告げると月夜の席に彼女の姿はなかった。

(う……あぁ……)

 大樹は膝から崩れ落ちた。

 月夜のクラスは他のクラスとは人数が十名ほど少ない。今はさらにその半数もいないだろう。この人数で見落としはないはずだ。いや、仮に全校生徒が集まっていても見つけ出す自信がある。


 その時、大樹の肩を誰かの手が置かれた。振り返る。

「ぐにゅ」

 大樹の口から変な声が漏れた。

 よくあるいたずらである。相手の肩を叩き、振り返させる。頬が移動してくる位置に人差し指を置いておく。大樹も小さい頃によくやった。


 さて、この学校で大樹にこんないたずら心溢れることをしてくれる人がいただろうか?


「せ、センパイ!?」


 予想外、そして目的の人物だったので大樹の心臓は必要以上に跳ねた。

 月夜は手にハンカチを持っていた。トイレだろうか。


「どうしたの」

「あ、えっと……」


 月夜は首を傾げている。

 いざ誘うとなると、なんとハードルが高いのだろう。


 長く艶やかな黒髪。小さい顔には高い鼻、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳、柔らかそうな唇が落ち着いている。そして透き通るような白い肌。まさに神が精巧に創った人形のようだ。

 大樹は無意識にまじまじと月夜を見つめていた。


「? 篠原くん?」


 すると月夜は大樹の顔を心配したようにのぞきこんだ。

 ……………近い。


「え、あ、あの!! 一緒にご飯食べませんか!?」

 照れを隠そうとしたら、要件をヤケクソ気味に口走っていた。勢いに任せれば、大抵のことは何とかなってしまうのだ。


 ―――パサ。


 月夜のハンカチが床に落ちた。

「ん? センパイ、落としましたよ?」

 大樹がそれを拾いあげ、少しよごれをはらってから差し出した。だが月夜はそれを受け取らない。呆けたように口が開いていた。


「篠原くん」

「はい?」

「もう一度言ってもらえる?」

「一緒にご飯、食べませんか?」

 笑顔で応じてみる。普通、人を誘うなら笑顔が大事だと思い至ったからだ。


 プイ、と月夜は顔を逸らした。

(ありゃ?)

 それは遠回しの『いいえ』なのだろうか。月夜は口数の多い方ではない。気を回さないと、意思の疎通は難しい。


 だが、どうにも違うようだと大樹は思い始めた。

 月夜は顔を逸らしたまま、チラチラとこちらに視線を向けた。


「待っているから、すぐにきて」


 了承。承認。許可。表現方法はいろいろあるがとにかく、大樹は月夜と昼食を一緒にすることをとりつけた。


「じゃあ、すぐに弁当とってきます!」

 回れ右をして大樹は自分の教室へ引き返す。


 ―――まさか本当に実現するとは。


 美人な先輩とランチ。もうこれはリア充ではないだろうか。つい最近持った夢は案外、そう遠くない未来に叶ってしまうのではないだろうか。そう考えると足取りが軽くなってしまうのは当然のことだろう。

 速攻で戻ってくると月夜は彼女自身の席で姿勢よく座っていた。


(もっと楽にしたらいいのに……普段からかな?)


 だが、そんなこと今はどうでもいい。大樹は誰のものかも分からないイスを拝借すると月夜に向き合うように配置した。


「では、いただきます」

 弁当箱を包んでいた布を解き、蓋を開ける。

(……うん、自分で用意したから何の驚きもないや!)

 ちらりと月夜の弁当箱に視線を向ける。可愛らしい小さな弁当箱には、彩りを意識しているのだろうかバランス良く料理が並んでいた。

 二人はそれぞれの弁当をつつき始める。


 ……会話がない。


(し、しまった!!)

 何が、リア充になる日も遠くない、だ。こんな様でよく言えたものである。大樹はさっきの心の中での発言を撤回した。

 月夜はやはり淡々と食事を口に運び、咀嚼する。彼女の方から話を振ってくれることはないだろうと判断した大樹は、自ら話題を提供してみることにした。


「今日はいい天気ですね~」


(俺のバカ野郎ォォォォォ!!)

 どんな話題の振り方だよ! そんなだからクラスでも浮いちゃうんだろうが!! と大樹は自分を叱責する。自分のコミュニケーション力のなさを呪った。


 月夜からは特に反応が返ってこなかった。だが仕方ない。そんな当たり前なことに何の感想があるというのだろう。

 あまりにも長い沈黙は居心地を悪くする。大樹もさっきから自分の弁当の味が分からなくなっていた。


 しかし。

「冷食?」

 唐突だった。まさか、月夜が何かを喋るとは思っていなかった。


「え?」

「篠原くんのお弁当。ほとんどが冷凍食品」

 あ……、という声が自然と漏れる。そうなのだ。大樹が用意したこの弁当の中身は昨晩の残りものか、もしくは今朝レンジでチンした冷凍食品だ。


「どうして分かったんですか?」

「なんとなく」

 ……なんとなくで冷食かどうかの見分けがつくのか。

 レンズの向こうのつぶらな瞳が大樹の弁当箱を見つめている。そして、

「体にわるい」

 その一言を頂戴した。

 指摘通り、大樹の食事は栄養のバランスが偏っているため体によくない。


「おうちの人は、料理、苦手?」

「………」


大樹は言葉に詰まった。大樹の、つまり篠原家の人間は実に頼りない面々なのである。幼い頃から、彼らが大樹に何かをしてくれたという記憶が全くない。が、そのことに関して大樹は自分の家族を恨んだりなどということはしなかった。この状況でも、


「いえ。まあ高校生ですし。朝も早いですし、わざわざ作ってもらうのも忍びないのです」


 冗談めかして親の顔を立てるくらいには、大樹も親孝行できるのである。月夜には眉をひそめられてしまったが。

 何となく、気まずくなってしまったので大樹はさっさと食事を終わらせようとした。


 月夜は自身の弁当のブロッコリーを箸でつまむ。そしてそれを大樹の口元へと持ってきた。

「あ~ん」


「…………はい?」

 大樹の思考が固まった。


(……え、は、なに、これ。まって、落ち着こうか)

 しかし冷静になろうとしても目の前の光景がそれを妨げる。

 その内、大樹はもう何も考えられなくなりただ本能的に口を開けて――月夜に箸を突っ込まれた。

 おそるおそる、大樹は口の中のブロッコリーの咀嚼を始めた。完全に噛み砕いて飲み込んだところで途端に恥ずかしくなった大樹は下を向いた。


 月夜はというと、大樹の方を見て満足そうに頷き食事を再開した。……もちろん、箸の交換などされるはずもなく。


「~ッ!!」

 声にならない悲鳴を大樹は上げた。

(か、かかかか、間接キスじゃんっ!!)

 興奮して顔を真っ赤にした大樹はその後、月夜の顔を見ることができなかった。


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