「リア充がそんなにいいの?」
「――というわけで俺、リア充を目指します」
地味メン、篠原大樹は宣言した。
彼の目の前ではメガネをかけた少女が本に視線を落としていた。大樹の話を聞いているのかそうでないのか、彼女の起こすアクションはページをめくるということだけだった。
「そう」
淡泊で簡潔なセリフと共に、パタンと本が閉じられる。そして本を机にしまうとようやく顔をあげた。
少女――朝日月夜に見据えられて、大樹はつい萎縮してしまった。
月夜は誰から見ても完璧としか言いようのない程の顔の造形美を持っている。さらにモデル顔負けのスタイルを誇り、出会う全ての人の心は奪われる。
そんな彼女と長時間顔を合わせられるほど、大樹も女の子に慣れているわけではない。まさにチキンの極み。大樹は目を逸らしてしまった。
「リア充がそんなにいいの?」
読書の片手間とはいえ、大樹の話はちゃんと耳に入っていたようだ。大樹は思わず、ほっと息をついた。
月夜と大樹の関係は中学時代の部活の先輩、後輩というものでしかない。特別仲が良かったわけでもなく、こんな話をする間柄では全くないため大樹は月夜の機嫌を損ねていないかがずっと気になっていた。
「そりゃあそうですよ!!」
大樹は勢いよく両腕を広げた。
「俺たち、高校生ですよ。高校生は青春の真っ只中なんです! 人生で一番楽しいのは多分、今です!!」
「そうね、現在進行形で楽しい」
「おっ、なかなかエンジョイしていますね!? しかしそうでしょう!! 充実した高校生活を送るためにはたくさんの友達、部活での活躍、そしてなんと言っても彼女が必要ですよね!! それから――」
「ちょっとまって」
月夜によって、大樹の話は中断されてしまった。大樹は少なからず驚いた。今までの月夜との会話で彼女がこちらの話を遮ったことは一度もない。
心臓の鼓動が速まるのを感じた。
「な、なんでしょう……?」
「篠原くん、彼女いなかった?」
「あ、あぁ……」
こんなヘタレな男にも彼女がいた。
何を隠そうこの男は中学時代、学校でそれなりの地位を築きリア充だった時期があった。だが、その輝かしい栄光も受験勉強と共に崩れ去った。もちろん当時付き合っていた彼女とも別れることになった。
「今はいません……」
「そう」
失恋のショックとはそれなりに大きく、その直後はなかなか日常生活を送ることさえできなかった。あまり触れてほしくない話題なので大樹はすぐに話を変えようとして、
キーン、コーン、カーン、コーン。
鐘が鳴る。急がなければ、と大樹は思った。
今は授業と授業の合間の休み時間で、ここは大樹の一つ年上の月夜の教室なのである。さっきのチャイムは授業開始の合図だ。
「やばっ、戻らないと……!! それじゃあセンパイ、また!!」
軽く手を振って、大樹は教室を駆けた。人と人の間を擦り抜けて自分の教室へ向かっていく。