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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
2章 公正のヴァンパイア
27/29

同士

 盗賊たちはアベルを包み込むように押し寄せた。アベルは翼を羽ばたかせた。


「ウォーターアロー!」


 待っていたかのように、五本の水が翼へ向かう。アベルは翼を折り畳み、盗賊の上に着地した。空中にいれば狙い撃ちにされる。しかし地上には大勢の盗賊たち。それも、地下にいた盗賊に比べ能力が高い。アベルは自慢の斬撃を受け止められながら、そう実感していた。

 アベルは僅かに空いた道を、全速力で突き進んだ。虚を突かれた盗賊たちは、彼を追い切ることが出来ない。アベルは、彼を囲う円形の外側にいた盗賊を斬りつけた。


「ぐあっ!」


 背中を斬られた盗賊は苦しげな悲鳴を上げた。


「ウォーターショット!」


 一人を仕留めて安心も束の間、ウォーターアローの盗賊が魔法を詠唱した。水の塊が、凄まじい勢いでアベルの胴体に命中した。


「ぐあっ!」


 その反動で、壁に叩きつけられる。どうにか体勢を立て直したが、みぞおちに鈍い激痛が走っていた。


「……くそ!」


 しかしアベルは怯むことなく戦闘を再開した。彼は水魔法の射線に盗賊が来るように、細かい移動をかかさなかった。その甲斐あってか、数発撃たれたウォーターショットはどれもアベルを大きく外れ、背後の壁で飛沫を上げた。ついでに地下の火でも消すつもりだろうかとアベルは思った。

 近接戦でアベルの速度についていける者は殆どいなかった。アベルは水魔法を使う盗賊に注意を傾けながら、一人、また一人と切り裂いた。

 

「ウォーターバレット」


 魔法盗賊の声。アベルは身構えたが、盗賊から水が撃ち出されることはなかった。その代わりに、アベルの後頭部に、がつんと小さいものが直撃した。ハンマーで殴られたような痛みが走り、視界に靄がかかったように真っ白となった。


(何故、後ろから……!? だが、考えている場合じゃない)


 アベルは止めを差そうと突き出された槍をかわし、持ち手を叩き切った。


「何てタフな野郎だ、バティストさんのウォーターショットを受けて立っていられるとは!」

「……あいつがバティスト・ベルガー」


 アベルはかすれた声でその名を繰り返した。


(バティスト自身から魔法は放たれなかった。しかし詠唱の声は間違いなくバティストのものだったから、別の盗賊が撃ったわけでもない。となると……)


 思考しながらサーベルを受け止め、盗賊を蹴り飛ばす。


「ウォーターバレット」


 バティストの詠唱。しかし水は撃たれなかった。アベルは耳を研ぎ澄まし、背後から迫りくるウォーターバレットをひょいと避けた。


(どうやらこのウォーターバレットという魔法……水がある所ならば何処からでも放てるらしい……)


 アベルは二点、疑問に思っていたことがあった。一点は何故殺傷性の高いウォーターアローではなく、ショットを使っていたのか。もう一点は何故あれだけのショットを見当はずれの方向へ放ったのか。

 

(外れたウォーターショットは壁に当たり、水を滴らせた。その水は魔力を帯びていて、「マジックバレット」という魔法が放てる、ということだろうか)


 だとすれば厄介である。いくら駆け回って外をとったところで、更に外側からも攻撃されるのだ。

 アベルの胴に刃がかすった。背後の水に集中すればするほどに、近接戦がおろそかになる。

 アベルはバスタードソードを鞘に納めた。


「どういうつもりだ?」

「こういうつもりだ」


 盗賊の問いに、ファインティングポーズで答える。


「あまりオレらを舐めるなよ、吸血鬼!」


 その場にいる誰から見ても、アベルの行動は不可解であった。武器を持つ大勢に対して、素手で迎えうとうなどと自暴自棄もいいところである。しかしそれは、アベルが人間である場合の話だ。彼にはもう一つの武器があった。

 爪。


「うおおおおおおっ!」


 急な接近に反応できなかった盗賊たちはそろって切り刻まれた。しかし盗賊、一筋縄ではいかない。素早くアベルを包囲する。


「ウォーターバレット!」


 ここぞとばかりに飛んで来るウォーターバレット。


(決まった!)


 水は、最早回避できる距離にはなかった。更に魔力を加えた水圧が、吸血鬼の後頭部を穿つ瞬間を想像したバティストはにやりと笑う。

 水は、アベルの掌で弾けた。


「なっ……!」


 バティストは目の前で起きた光景を理解できずに、思わず声を出した。ただ掌に命中した、という単純な話ではない。水は、掌に当たる直前で弾け飛んだのだ。


「魔法拳だと!?」


 魔法拳。部分的に魔力を放出し、魔法攻撃を防ぐ技術である。魔法というよりもどちらかというと拳法の面が強く、魔法使いは得意としない。ただし、使いこなすことのできるのは鍛錬を重ねた一部の達人のみであり、武道家と言えど必ずしも取得しているとは限らない。


「アベル、凄い凄い! 魔法拳まで使えるなんて!」


 喉元にナイフと突きつけられたまま、ウルリカが喜んだ。アベルは彼女を気に留めず、バティストの元へと走った。


「ウォーター……」

「遅い!」


 かざされた手から放たれたのはウォーターバレットでもウォーターショットでもなく、紅の鮮血だった。


「油断したな、バティスト」


 アベルは手刀をつくり、突きだした。胸部を突き刺されたバティストは、がくりと膝をついた。


「バティストさんが……やられた!?」

「狼狽えるな、奴も疲れているはずだ!」


 迫り来る盗賊に、迎えうつアベル。トップを失ったことで勢いを失ったかのように見えた盗賊たちであったが、アベルは爪での戦いがほぼ初めてであることもあってか、盗賊たちを全員倒した頃には傷だらけになっていた。






「はあ、はあ……流石に疲れた……」


 アベルは倒れた椅子を起こし、背もたれに身を預けるようにして座りこんだ。上半身に残る生傷から、幾筋もの血液が流れ出ていた。


「お疲れ様、アベル」


 ウルリカはいつの間にか人質をやめていた。


「ジジイは何処へ?」

「隙があったから地下に放り捨てといたわ」

「……そうか」

「火の気は収まってたから、焼死ってことはないと思うけど、頭から落ちたから転落死してるかもね」

「お前、本当は強いだろ」

「アベルほどじゃないわよ」


 ウルリカはくすくすと笑った。


「アベル・フェルマー……私のことを忘れていないか?」


 ずっと壁際で観戦していたラシェルは、二人の元へ歩み寄った。その右手には、剣が握られている。使い魔の姿は消えていた。


「……戦うつもりか」

「……」

「なあ、こいつらは盗賊だぜ? 俺は斬られるよりも、むしろ、誉められることをしたと思うんだが」

「それでも、貴様が吸血鬼という事実は変わらない」

「それを言ったら、おしまいだな」


 アベルが立ち上がろうとすると、それを遮るようにウルリカが立ち上がった。


「貴方、アベルのことを知っているの?」

「ああ」

「ふーん……」


 ウルリカは腕を組んだまま、ラシェルの全身を隅々まで観察する。


「アベルに手を出さないでくれるかしら? 彼は今、私の夫としてより相応しくなるために、日々進化し続けているの」

「……貴様はアベルの何なんだ」

「聞こえなかったかしら? 夫よ。ダーリンよ。伴侶よ。永遠の愛を誓い合った……」

「貴様も吸血鬼か?」


 ラシェルはウルリカに向かって「コンフィーム」の魔法を唱えた。


「……人間のようだな。しかし、アベルによって洗脳されている可能性もある」

「目を見ても洗脳されているかを判断できないなんて、貴方本当に教会騎士隊長?」


 ラシェルは鋭くウルリカを睨んだ。しかしウルリカは意に介さずに、余裕のこもった笑みを浮かべるだけだった。


「ウルリカ、あまり挑発するな。すまんラシェル、ツレの非礼を詫びよう」


 アベルはウルリカの隣に立った。


「そんな、アベルが謝ることなんてないわよ」

「ウルリカ、こいつは一応俺の仲間なんだ」

「はあ? このブスが、アベルの仲間ぁ?」


 彼女の相手をしていても拉致があかないと判断したアベルは、ラシェルの方へ向き直った。


「ここは、一時休戦にしよう。盗賊たちの懸賞金や、所持している金品は俺らとお前で等分する。それで見逃してくれないか」

「……そんなものはいらない。私は、教会騎士としての使命を全うするだけだ」


 魔法剣がかまえられる。ぴりぴりとした空気は殺気か、それとも迸る電光か。ウルリカが、腰につけていた鞘からエストックを抜いた。アベルは彼女の剣を見たのはこれが初めてだった。


「戦う前に一つ聞かせてくれ。アベル……私が仲間とは、どういう意味だ」

「そのまんまの意味……いや、どちらかと言うと同士だな。俺もお前も、トスウハ村を襲った吸血鬼を追っている。立場は違えど、目指す所は同じだ。同じ目的を持っているからこそ、俺はお前を応援しているし、協力もしたいと思っている」

「……それは、本気で言っているのか」

「本気で言っている」

「どうしてだ、わからない。私は貴様を殺そうとしている。それなのに、応援などと」

「同士を応援するのは、普通のことだろ。吸血鬼と教会騎士という立場が異質なだけで、それさえ除けば至極当然」

「それが重要なのだ!」

「そんなの、大した問題じゃないさ。酌を交し合った仲じゃないか、例外ぐらいあってもいいだろ?」

 

 ラシェルは黙っていた。両手で握りしめられた魔法剣は小刻みに震えている。


「……私のアベルに、随分気に入られてるみたいじゃない。ムカつくわ」


 ウルリカは目にも留まらぬ速さでラシェルへ接近した。

 甲高い金属音が響く。


「貴方はどうしてそこまで、アベルに執着する……!」


 ラシェルは魔法剣でエストックを振り払った。


「一目惚れ、なんて理由では不十分?」


 再び、刃と刃がぶつかり合う。


「……ああ、不十分だ。人を見ただけで判断するなど!」


 今度は、ラシェルが攻撃に回る。ウルリカは無駄のない動きで、魔法剣による斬撃を受け流していく。


「まるで自分に言い聞かせているみたいな言い方じゃない? 実は貴方も、アベルに一目惚れしていたりして」

「……馬鹿なことをほざくなっ!」

「おっとっと、怖い怖い」


 ラシェルは怒りにまかせて、より強力で的確に剣を振るった。一方防御するウルリカは、微笑すらも浮かべていた。


「喰らえッ!」

「ふふ、見え見えよ」


 ウルリカは足元に振るわれた魔法剣を、小さく跳躍して避けた。二人の間に物理的距離が生まれた。アベルはすかさず、そこへ割って入った。


「そこまでにしておけ、おふたがた」


 アベルはまずラシェルを見て、とことこと歩み寄った。


「ほら、やるよ」


 ラシェルは躊躇いがちに、差し出された物を受け取った。鏡だった。縁は植物を象った黄金の装飾が施され、ところどころに散りばめられた宝石がきらきらと輝いている。


「バティストの持ち物の中で、一番高そうなお宝だ。金品を二等分ってのが駄目なら、俺からのプレゼントとして受け取ってくれ。換金するのもアリだし、自分で使うのもまたよしだ」


 ラシェルは鏡に映る自分の顔を見つめた。


「美人なんだから、仏頂面ばかりなんて勿体ないぜ。その鏡の前で笑顔の練習でもしなさい」

「なっ……」


 ラシェルが何か言おうとする前に、アベルは後ろを向いた。案の定、ウルリカは不満を爆発させていた。


「アベル、そのブスにプレゼントだなんて、どういうつもり?」


 抑揚のない声。本気で怒っているのだなとアベルは感じた。アベルは軽く屈んで、彼女にキスをした。


「お前には、これで」

「……しょうがないわね、許してあげる」

「……!?」


 アベルはラシェルの方を向き直った。


「ラシェル、それで、どうするんだ? こいつは見ての通り剣豪だし、俺も然りだ。更に俺はお前の魔法にも対抗する術を身に着けた。一時退却するのが賢明だと思うが?」

「……そうだな、今の私では、貴方たちには勝てないだろう。…………」


 ラシェルは最後にそう言って、外へ出て行った。彼女の足音が小さくなってきたあたりで、アベルは再度椅子に座った。


「ふう、危なかった……」


 アベルは右手を見つめた。皮膚の内側が痛々しく露出していた。


「アベル、それ……」

「魔法拳が使えるだなんて、とんでもない。生まれて初めてやったよ。どうしても避けられそうになかったから試してみたが、やっぱ上手くいかないもんだな。こんな状態でラシェルと戦っていたら、まず負けていた。……お前と協力していたら、わからないがな。何故、実力を隠していた?」

「披露する機会がなかっただけよ」


 アベルは地下で盗賊に囲まれた時や、つい先ほど盗賊に囲まれたことを思い出して、ため息をついた。


「ふふ、それにしても……また、アベルにキスされちゃった。私たち、もう完全に両想いよね!」

「別に、そういう意味でやったわけじゃない」

「ふふふふ、照れちゃって。そうよね。男って、何かしら理由をつけないと納得できない生き物だもんね」


 アベルは否定することを諦めた。

 そして、ウルリカがラシェルと戦っている最中に言っていた言葉を思い出す。


「実は貴方も、アベルに一目ぼれしていたりして」


 まさか……そんな筈はないよな。アベルは自嘲気味に笑った。

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