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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
1章 高貴なるエルフ
17/29

竜巻

「できれば、話し合いで穏便に済ませたい所だが」


 アベルが言った。

 テッサは何度も深呼吸を繰り返し、アベルは村長の死体を背負ったまま、静かにこちらへ近づいてくる四人を見つめていた。

 距離としては数百メートル。視力の良いヴァンパイアとエルフと言えど、無数に生える木々が視界を遮り、その顔を判別しかねていた。しかし唯一、全員がグレーのローブで全身を包んでいることだけ視認できた。


「あのローブの色……彼らは保守派」


 テッサが言った。


「どうしてここがわかったんだ?」

「エルフの村は、全体が魔法探知結界で覆われている。結界はエルフの一人一人によって常に魔力が供給され、維持されているけど、その結界とは別に、革新派によって貼られた結界が本来は範囲外であるはずの『犯行現場』に及び、村長を監視していた。すると、クリエイトゴーレムやらユニオンやら使われているが見つかって、戦闘に気付かれた……と考えるのが妥当だと思う」


 会えば、間違いなく戦闘になる。と付け足した。


「村長が死亡していることは奴らには知られていないよな」

「多分。でも、彼の敗北は気付かれているはず……」

「生きていることにして、人質にしよう。そしてうまいことやって、二人で村に戻るぞ。村に帰りさえすればこっちのものだ。結界があるから、奴らも戦えないはずだしな」

「……うん」

 アベルとテッサ、保守派の四人。

 互いに歩くスピードは並。確実に距離が縮まってゆく。

 やがて二人は、近づきつつある四人の顔を認識した。


 先頭を切るのは、村長と同年代と思われる老人。その右後ろで歩くのは、壮年の男。左後ろには長身の男。その隣で、遅れ気味についてきている男はヒューマンでいうと二十代ほどの若者だった。壮年の男と長身の男は、木製の弓矢を持っている。


「あれは……マルコ?」

「マルコを知っているの?」

「テッサは村長の孫と言っていたが」

「うん。彼は正真正銘この村の長、ロランド・ダマーズの孫のマルコ・ダマーズ」

「そうか」


 アベルは神妙な面持ちだった。


「大丈夫……?」

「ああ、心配するな。それより、そろそろ会話が聞き取られる」


 テッサは頷いた。アベルは歩きながら、腰に装備していた短剣を死体の喉元に突きつけた。


 そしてついに、二人と四人は対面した。

 木が少なく、開けた場所だ。

 初めに口を開いたのはマルコだった。


「……生きているのか?」


 マルコはもともと白い顔をより蒼白させていた。


「今はな。だが、瀕死の状態であることは確かだ。念の為言っておくが、お前らが少しでも怪しい行動をしたら殺す」

「てめえ……」


 マルコの溢れ出る殺意を呑み込んだような、押し殺した声を遮るように、長身の男が一歩前に出た。


「ウインド」


 アベルは長身のエルフが放った突風をまともに受けた。突風は隣にいたテッサも巻き込み、三人は後方へ吹き飛ばされた。


「ギデオン!? お前、何をするんだ!」


 ギデオンと呼ばれたエルフは、まるでマルコの声が聞こえていない、といった体でアベルたちを睨んでいた。壮年のエルフと、老人のエルフが彼に並ぶ。


「マルコ、これがヒューマンとの戦いだ。覚えておくといい」


 壮年のエルフが言った。


「どういうことだよ、これは!」

「お前は下がっていろ。足手まといだ」


 酷く取り乱すマルコに対し、ギデオンは冷たく言い放つ。

 アベルは吹き飛ばされ、木に打ちつけられてもなお、村長の血濡れたローブを放すことはなかった。

 

(やれやれ、やはり気付かれたか)


 マルコが一歩前に出た時、アベルは一瞬、小剣を持つ手を緩めていた。それは投擲の合図であり、ギデオンという名のエルフが魔法を使わなければ、小剣はマルコの額に突き刺さっていたことだろう。


 ギデオンは手をかざし、呪文を唱えた。


「トルネイド」


 アベルを中心にしてつむじ風が起こり、落葉や土を散らした。風は段々と力を増し、重量のあるアベルの両足が宙に浮いた。


「マジックバリア!」


 テッサの詠唱によって現れた、半球状の膜がアベルを、村長を、そして彼女自身をも包む。バリアの中は完全に無風。トルネイドの呪文は無効化された。とは、一概に言い切れなかった。

 バリアの体積は時間が経つに連れてゆっくりと減らされていた。竜巻が二人を包み込むのも時間の問題である。


「テッサ・ベルナディス……すぐに我々の元へつけば命だけは助けてやっていたが……もう遅い。死ね、悪魔どもめ!」


 ギデオンが言った。テッサは何も言い返せなかった。正確には、返答を考えることすら困難になるほどに、マジックバリアの維持に集中していた。竜巻は無慈悲にバリアを削り続ける。残りの保守派たちはギデオンだけで事足りると判断したか、静かにしていた。


 アベル側の状況は絶望的だった。バリアの外では木の根が盛り上がり、風によって掘り出された石が高速で回転している。バリアが切れれば全身がずたずたに打ちのめされ、遥か天空へと吹き飛ばされ星になるのは目に見えていた。


 アベルはバリアの範囲に収まるよう身を縮めたまま、のそのそとテッサの背中へ回った。そしてテッサの服に手をつっこみ、その中で両肩を掴んだ。

 

「何を……」


 テッサはアベルの行動の不可解さを問いたださずにはいられなかった。アベルは答えず、依然肩に手を置いていた。その時、テッサは気付いた。バリアの縮小が止まっていることに。それどころかむしろ、拡大し始めていた。


「出力が上がっている……。あのソレーユの妹とは言え、ギデオンの竜巻にここまで抗えるものなのか……?」


 壮年エルフは言った。


「……魔力供給だ」


 老人エルフが呟いた。

 

 魔力供給とは、人に魔力を与える行為のことである。アベルは指先から魔力を出し、テッサの体へ送り込んでいた。魔力の増加はすなわち魔法の強化であり、テッサのマジックバリアはその効力を強めたのだ。


「魔法……使えないって言っていたくせに……」


 テッサは微妙に口元を緩ませながら言った。


「俺もたった今まで、そう思っていた。だが、認識を改めた方がよさそうだ」


 その時、一本の矢がバリアに向かって射られた。アベルはテッサから手を離し、バスタードソードでそれを切り払い、バリアの外へ出た。

 ぐんと音を立てて風の勢いが増した。バリアが再び小さくなる。外へ出たアベルはもろに風を受け、遥か天空へ……などということはなかった。


「何!?」


 先刻放たれた矢は、マジックバリアを打ち砕く力を持つ「バリアブレイク」の魔法がかけられていた。手っ取り早くバリアを破壊するために、壮年エルフが射たのだが、当然矢がバリアに当たらない限り効果はない。矢を届けるために、ギデオンがドルネイドを弱めた短い間に、アベルは三人のエルフに突撃した。 

 

 まずい。と、テッサは思っていた。彼女は自分で定めていた「限界」の値を遥かに超える魔力を使っていた。一度受けたアベルの補助が絶たれてしまっては、もう立ち直せない。テッサが敗北を覚悟した時、アベルがバリアの範囲内から消えていたことに気付く。


「え……」


 驚いている間もなく、周囲をうなる竜巻が消滅した。濁った視界が開ける。その先の光景に、テッサは言葉を失った。

 アベルのバスタードソードがギデオンの胴を貫いていた。

 返り血を肌に浴びながら、アベルはぐるりと三人の顔を見回す。


「命だけは助けてやろうと思ったが、もう遅い。お前らが本気で来るなら、俺も本気で行くぞ」


 ずるり、とギデオンの体が崩れ落ちた。


「てめええええええ!」


 マルコが、腰に装備していた剣を振りかざした。彼は背後に回り込み、アベルの死角をついたのだが、アベルは後頭部に目がついているかのようにそれを避けて、逆に体術でマルコを組み伏せた。彼は抗ったが、短剣が喉元につきつけられた瞬間、死んだふりをした昆虫のように大人しくなった。


「動くな!」


 アベルは残り二人のエルフに向けて叫んだ。壮年エルフは矢を持ったまま、老人エルフは魔力のこもった手を構えたまま止まった。


「少しでも怪しい行動をした瞬間、こいつを殺す。今度は生きている人質だぞ」

「や、やめてくれ、頼む、命だけは」


 震える声のマルコを無視して、アベルは続ける。


「テッサ、今の内に村へ帰ってこのことを報せろ」


 テッサは頷かなかった。代わりに、怯えた表情で吸血鬼を見つめていた。


「早くしろ!」


 テッサはびくっと体を震わせ、脱兎のように村へと逃げ出した。彼女は一度も振り向かなかった。

 彼女の足音が聞こえなくなった時、老人エルフが口を開いた。


「トルネイド」

「こいつが死んでもいいってのか!?」


 ぐい、と短剣を押しやる。血が出た。呻き声を漏らしたマルコの髪は、風で乱れていた。

 それでも老人エルフは魔法を止めなかった。


「どっちが悪魔だ!」


 叫びごと、アベルは空高くへ吹き飛ばされた。翼を出そうとしたが、出し方を忘れていた。枝を掴もうとしても、周りの枝は一本残らずへし折られ、アベルの体に刺さってゆく。石や砂も同じだ。それらは容赦なくアベルの肌を破く。

 永遠にも続くような竜巻はアベルが森の上まで飛ばされたところで終わった。次は落下が待っている。アベルは何度も幹にぶつかり、地面に落ちた。

 アベルは口に入った砂利を出すために、血の混じった咳をした。マルコが木に引っ掛かっていたが、意識があるようには見えなかった。


 そしてアベルは、目の前の光景に絶句した。老人エルフの白目を向いて死んでいたのだ。

 その傍で、血濡れたナイフを握る壮年エルフが一人立ち尽くしていた。


「アベル・フェルマー。お前の想像以上の活躍に感謝するよ」

「どういうことだ……」


 寝たまま、アベルが問う。


「この顔に見覚えはないか?」


 壮年エルフは自分の顔に手をあてがった。手が離されると、見覚えのある顔があった。大きな鼻が特徴の、穏やかで、エルフの現状を冷静に見つめる革新派。


「テオ……!?」


 テオドールはにやりと口の端を上げた。

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