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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
1章 高貴なるエルフ
13/29

エルフと人間

 誰かが階段を登る音を聞きつけ、アベルは目を覚ました。頭が冴えぬままぼんやりとしていると、テッサが扉を強く開けた。


「降りて来て」


 その一言だけ告げて、テッサは下へ降りて行った。敵襲というわけでもなさそうだ。アベルは怠そうに立ち上がり、欠伸をしながら少女の後を追った。


「あ、来ましたよ」


 ソレーユがカウンターに立っていた。カウンター席にはエルフが数人腰かけており、物珍しそうな目でアベルを見た。


「彼がヒューマンのアベルさんです」

「あー、訳あって酒場アーロンのお世話になるアベル・フェルマーだ。いつまでいるかはわからんが、よろしく」


 エルフ達がざわめく。その雰囲気は暗く、歓迎するような空気ではないようだ。仲間の悲報を聞かされた直後なのだから、当然と言えば当然か。


「アベルとやら、ソレーユを命懸けで助けたってのは本当かい?」


 人間で言う、30代後半ほどの、鼻が大きい男が訊いた。


「本当と言えば本当だ」


 エルフ達から感嘆の声が漏れた。アベルを煽るような声もある。しかし何処か活気を感じられない。

 酒場にいるエルフは全員で20人ほどだった。


(俺が寝ている間に、こんなに集まってたのか……)


 エルフの一人一人を見渡すアベル。エルフ達の殆どはソレーユと似た明るい金髪か、金髪に銀色や栗色を混ぜたような髪色をしていた。アベルの周りは黒系統の髪色が多かったため眩しく見える。そして何より目を引くのが尖った両耳。あんなに突き出していては戦闘で真っ先に斬られそうだ。


「アベルさん、彼らが革新派ですよ。わたしも含めて。わたしたちはヒューマン社会との交流を求めて活動しているんです」

「革新派、ね。どうして今更になってそんな考えが広まったんだ?」


 アベルはソレーユの隣で、身を乗り出すようにして尋ねた。

 それに答えたのは先ほどの鼻の大きいエルフだった。


「ソレーユから聞いていなかったのか? それこそ50年ぐらいは前から、革新派という考え方はあったさ。ただあんたも知っているだろうが、エルフは保守的な種族だ。そんな危ない考えに同調する奴なんて殆どいなかった」

「ソレーユから聞いた所では、中々の規模らしいな。この村の四分の一が革新派だとか」

「その通りだ。急にこの考えが広まった原因は二つ。一つはオーギュストと言う天才の出現。もう一つはファーフニルがこの村にやってきたことだ」

「ファーフニル?」

「ドラゴンだよ」

「……詳しく訊かせてくれ。あんたとは二人で話がしたいところだが、いいか?」

「俺は構わないが」


 鼻の大きなエルフは言葉を濁して、ちらりとソレーユを見やった。彼女はアベルの要求に対して不満、と言うほどでもないのだが、どこか釈然としない表情だった。


「どうぞ、奥の席が空いていますので」


 その言葉もどこか事務的である。アベルは訊きたいことで頭を埋め尽くしていたため、彼女の態度の変化を察することもなく、奥の席へ向かった。


「名前は何ていうんだ?」

「テオドールだ。テオって呼んでくれいい」


 テオは簡単に自己紹介を済ませ、壁側の席に座った。その向かいにアベルも腰かける。


「さて……とりあえず、ファーフニルについて話せばいいのかな」

「頼むぜ。悪いな、初対面なのに一方的に訊いちまって」

「なに、ソレーユの恩人なんだ。それに、革新派のくせしてヒューマンとの会話を嫌がるなんておかしいだろう?」

「それもそうだな」

「ファーフニルは一年前に、前触れなく村へ現れた。奴は村のはずれの洞窟に棲みついて、「毎月若い娘を一人差し出せ」とぬかした。もちろん応じられるはずがねえ。俺らは全力で奴を追い出そうと抵抗した。だが、失敗した。エルフが魔法が得意な種族ってことは知っているよな?」

「ああ」

「俺たちは魔法が得意だから、小さな村でも自衛が可能だった。入り込んでくる魔物は皆魔法で蹴散らしてやったよ。しかしファーフニルは例外だった。奴には魔法が全く効かないんだ」

「エクソシズムドラゴン、か」


 アベルは王立図書館から借りっぱなしになっている「魔物大全」を思い出しながら言った。エクソシズムドラゴンは他のドラゴンに比べ巨大な体躯なわけではないし、強固な外殻を持っているわけでもない。かと言って俊敏な動きができるわけでもなくて、灼熱の炎を吐くわけでもない、ドラゴンの中でも下級の種だ。

 エクソシズムドラゴンの長所は魔法が一切効かないことだけだ。しかしドラゴンという種族自体が強力なため、戦力が魔法に限られているも同然なエルフにとって、これほどの天敵はいない。


「そうだ。結局俺たちは言われた通りにした。そうしないと、無差別に食い尽くすと言われたからな。今までに、11人もの若い娘たちが奴に喰われたよ」


 そう言ってテオは窓の外を眺めた。


「俺たちではファーフニルに勝てない。そんな時、オーギュストが本格的に動き始めた」

「ヒューマンに協力を要請して、ファーフニルを倒すって寸法か」

「そうだ。オーギュストの意見に多くのエルフが賛同した。こうして革新派は急激に増えた。皮肉なものだな。ファーフニルのおかげで革新派が力を強めるとは。それでも……やはり種族のルールはそう簡単に動かせるものではなかった。例えオーギュストがどれだけ有能であろうとも、どれだけファーフニルが脅威でも、な。結局、最後まで保守派は反対し続けて、オーギュストの王都行きも内密に行われたんだ」

「内密に……? 保守派に無断で決行したってことか?」

「そうだ。ま、すぐにエルフ全体に知れ渡ったが……」

「どうして、そんなこと……」


 それならば、たった二人で王都へ行った理由に説明がつく。しかし無断という点は、やはり合点がいかない。


「聞かされていない。予想はついているが、俺の口からは言えないな。しかし……アベルならすぐ気付くだろう」

「俺はそこまで利発でないが」

「そうなのか?まあ、どっちみちわかるさ」


 どっちみちだと? アベルは腕を組んで数秒考えこんだ。


「まさか……」

「アベルさん、そろそろいいですか? 皆さんがアベルさんの話を伺いたいって」


 いつの間にか二人の傍まで来ていたソレーユが言った。


「俺だけが話すのは無粋だしな、皆で話そうじゃないか」

「そうだな」


 アベルは席を立った。

 エルフ達からは出身地、剣の腕、武勇伝、交友関係などを訊かれた。どれもソレーユに話したことばかりである。アベルは自分が吸血鬼であると悟られない個所のみを選んで話した。エルフ達は皆感心するように聞いていたが、時折料理や飲み物を運んでくるテッサはつまらなそうだった。ソレーユはというと、大きな鍋をかき混ぜている。


「良い匂いだな」

「酒場アーロン特製のスープだ。飲んでみろよ」

「じゃあ、もらおうかな」


 酒場アーロンの料理は日替わりらしい。二人でやっているため、複数の料理を作ることはができないのだ。そうして出されたスープは、今まで味わったことのないような旨さだった。食材の肉や山菜はどれもアベルが食べたことのあるものだったが、何より味付けが違う。一体どんな調味料や香辛料を入れたらこうなるのだろうか。それにまるで今日獲ってきたかのように新鮮だ。


(保存魔法かな。流石は魔法が得意な種族、と言ったところか……)


 日常生活において便利な魔法の一つが保存魔法だ。食品の鮮度を保ち、本来腐りやすい物も腐らすことなく保管できるのだ。アベル家も冬はマリーズに頼んで保存魔法をかけてもらったが、その度に金をとられた。

 酒場なのでもちろん酒もあるが、オーギュストの悲報を聞かされた後のためか自粛していた。

 そうしてアベルはテオやソレーユを含めたエルフ達数人と話し込んだ。


「革新派はこれからどうなるんだ?」

「次期リーダーを決めないといけませんよね……」

「それにしても、惜しい人を亡くしたもんだ、ううう……」

「魔法はてんで駄目だったけどもなあ」

「テオ、お前はどうだ」

「俺には……人を引っ張っていける力がない。あいつに代わる人材なんて……」

「なあアベルよ、お前さんがやってみないか? 革新派のリーダーを」

「斬新な発想だが、それをやったら革新派、めちゃ減るぞ」

「はは……ちげえねえ。どうしたもんかな……」


 主な話の内容はオーギュストの死に関してと、革新派の存続について。あーだこーだと意見を出し合うエルフ達だが、議論に結果は出なかった。

 そしてアベルは気になっていたことを質問した。


「どうしてゴーレムは二人を襲ったんだ?」


 エルフ達は皆黙り込んだ。暫くしてから、ヒューマンでいう20代ほどのエルフが口を開いた。


「保守派だ……保守派に殺されたんだ」

「おいフランク!」

「す、すまん」


 どうやらエルフ内での殺人は、種族全体に泥を塗るような行いのようだった。怒られたフランクという青年は謝りつつも納得がいかないのか、ぶつぶつと何か呟いている。


「しかしいくら保守派とは言え……殺す必要まではないと俺は思うんだよなあ」


 アベルの隣に座るテオが言った。


「じゃあやっぱり、頭のおかしいヒューマンが起こした事件なのかな」


 と、フランク。 


「だろうな。それに物理的にも不可能だよ。村を出たのはおそらくソレーユとオーギュストのみだ。村からゴーレムを送り出し、街まで行かせて二人を殺すのは、殺人計画としてはあまりにおざなりすぎるぜ。無論、ゴーレム如きでソレーユを倒せるとも思えないしな」

「オーギュストが向こうで何か問題を起こしたってことはないのか? ソレーユ」

「ないと思います……と言うか、何もできませんでした。まだ泊まる所も決めていない時に襲われましたから、別行動はトイレ以外はしてないです……あ、アベルさんにはまだ言ってなかったですね、これ」

「初耳だぜ」

「そもそもアイツがヘマをするとも思えん。やはりエルフを嫌悪するヒューマンの仕業だと俺は思うよ……なんか、すまんなあアベルよ。ヒューマンばかりを悪く言って」

「気にするな。それより、保守派がどうとか言っていたが……」

「ははっ……二つの集団の対立の激化によって、この村は今までにないような嫌悪感や殺意に満ちている」


 テオは自嘲気味に笑った。


「新しいことを求める度に悪いことが起きる。これは仕方のないことなんだろうなあ。そしてヒューマンはいつもこの葛藤に悩まされながら上を目指しているんだろうなあ。尊敬するよ。エルフはなまじ力とまとまりがあるから、新しいことに挑戦する力がない」

「テオの言っていることは多分正しいぜ。でも、その葛藤の末に誰かを犠牲にしていいわけじゃない。どれだけ本人にとって有意義なことであってもな。そして迷うまでもなく犠牲を生みまくるような奴が悪って言うんだ。…………なんてな、ガキの戯言だ」

 

 アベルはイーアリウスの街道での出来事を思い出していた。


「……そうだな」


 その後は、エルフ内の諍いやオーギュスト関連の話はどこかに放り捨てられたかのように別の話題で盛り上がった。


「皆さん、そろそろ閉店ですよー」


 ソレーユが呼びかける。時刻は夜の11時を過ぎていた、テッサは先に厨房の後片付けを済ませて、風呂に入っている。アベルは居候になる身で何もしないのはどうかと思い、食器の片付けを手伝っていた。


「すまんなあアベル、駄目な種族で」


 別れ際にテオはそんなことを言った。


「種族に罪はないさ。明日、集会所で会おう」


 テオ達がいなくなると、店内は嘘のように静まり返った。


「アベルさん、あっという間に溶け込んでいましたね」


 食器を片づけながらソレーユが言った。


「やっぱり、ヒューマンとエルフは共存できるんじゃないでしょうか。オーギュストの言った通り……」

「オーギュスト、か」


 今日、何度も話題となった人物だ。彼の死は、アベルの気づかぬうちに、村中へ伝わっていた。彼の悲報を聞いたエルフの反応は、驚愕し、嘆き悲しむ者と、淡々と受け入れる者の二種類に分かれていた。エルフは仲間意識が強い種族だが、仲間意識が強ければ強いほど分裂した時の敵意も激しいのである。


「なあ、ソレーユ」

「何ですか?」

「オーギュストとどういう関係だったんだ?」

「…………何だったんでしょうね」


 あまり答えたくない、と言った感じだった。


「わたしはオーギュストさんを尊敬していましたけど……それだけです。オーギュストさんの気持ちも、よくわかりませんでした」

「ふうん……」


 テッサが風呂から戻って来たため、アベルは追究をやめた。


「アベルさん、お風呂空きましたよ」

「ソレーユが先に入っててくれ。俺は後でいい」

「そうですか?」


 ソレーユが出て行くと、残された二人は気まずい空気になった。


(妹さんと二人きりになってしまったか……向こうはまだ警戒してるみたいだし、何て話そうか)


 そんなことを考えながら雑巾を水で濡らしていると、テッサが雑巾を持って隣にしゃがみ込み、同じようにして水に浸した。後ろで結んでいた髪は解かれており、照明を浴びて煌めいている。


「……こんなこと言うのもどうかと思うけど」


 テッサが口を開いた。


「わたし、オーギュストのこと、正直言ってあまり好きじゃなかった」

「お姉さんに手を出すからか?」

「……それもあるけど」


 そう言って立ち上がり、テーブルを拭き始めた。続く言葉はないらしい。

 アベルも彼女と反対側のテーブルから拭き始める。しばらくの間、沈黙が続いた。その後二人は示し合わせたかのように同じタイミングで雑巾を洗いに来た。


 物理的な距離こそは縮まっているものの、会話がない。アベルはどうにかできないものかとあれこれ考えていた。しかし考えている間にソレーユが風呂から上がってきたため、大人しく風呂に入ることにした。


 エルフの風呂は木でできており、捻ると水が出る仕組みの出っ張りがあった(蛇口と言うらしい)。捻ってみると本当に水が出てきた。


(これも魔法なのかな)


 湯船は狭いが、ソレーユのかけた温度保存魔法のおかげで熱いままだ。さっぱりした気分で二階へ上がると、廊下にテッサが見えたので声をかけると、「寝るから絶対に部屋に入らないで」と言わればたんと扉を閉められた。


「俺も寝ようかな」


 とは言いつつも寝る気などさらさらない。アベルは部屋へ戻った後、ロウソクも点けずに本を読み始めた。実は魔物に関する本だけでなく、魔法の本も借りていたのである。借りた時は敵の魔法にどう対処すれば良いか研究するためだったが、ラシェルのサーチに反応したため、今では本気で魔法を習得できるのではないかと思い始めているのだ。


(しかしまったくわからん)


 マリーズの読んでいる魔法書を勝手に読んだこともあるのだが、あまりに難しい単語と抽象的な表現は、アベルの理解できる範疇を越えていた。

 それでもどうにか理解できぬものかと読み続けていると、扉を開ける音が聞こえた。足音からしてテッサのようだ。

 アベルは本を閉じて、足音に耳を傾けた。一階に降りる音。トイレへ行くものだと思ったが、足音はそのまま店の外へ向かった。


(外へ出た? こんな時間にか?)


 更に耳の神経を尖らせたが、音は徐々に遠くなって行く。アベルは鞘を取り、ソレーユを起こさぬよう、静かに戸を開けた。忍び歩きで一階へ降り、外へ出る。尾行とは気が引けたが、何かあっては元も子もない。アベルは微かな足音を頼りに、テッサの後を追った。

ドラゴンの名前をエクソシズムドラゴンにしました。

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