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ヴァンパイア・クエスト  作者: タロー
1章 高貴なるエルフ
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8話 エルフの少女

 アベルは宿に戻りこっそり荷物を回収したあと、王都イーアリウスを囲む石壁を越え、南西の森に転がり込んだ。運よく人目にはつかなかったものの、体は悲鳴を上げていた。

 ヘルハウンドに噛まれた傷は大体塞がり、血は止まっている。

 対して、ラシェルの魔法をくらった時の、焼け付くような痛みが続いていた。

 アベルは木の幹を背に座り込んだ。

 

(もう、歩けそうにねえ……)


 せめて木の上に隠れようとも思ったが、実行をするより先に意識が途切れた。




 目の前に、何かがいる。そんな気配を感じとって、アベルはぼんやりと目を開いた。二つの青い眼と目が合った。青い目の持ち主はアベルが目を覚ましたことに気付くと、びっくりして飛びのいた。


(ラシェル?)


 アベルの思考は寝起きのため回転が遅い。仮に目の前にいる金髪の少女がラシェルだとしても、直ぐに逃げる気にはなれなかった。


「あの、大丈夫ですか?」


 少女がアベルと少し距離をとったまま訊いた。

 恐れと心配が混じったような声だった。


「誰だ……お前」


 アベルは虚ろな目で少女を眺めた。白いブラウスの胸元から白い肌が覗いている。ベージュのスカートを履き、皮製の肩掛けバッグを掛けている。太陽の光を浴びているからか、金髪はラシェルよりも明るい。その瞳は吸い込まれるような青色だったが、それよりもアベルの目を引いたのは尖った両耳だった。


「エルフ……?」

「あ、はい。エルフです」


 アベルはエルフに関する記憶を引っ張り出す。

 人に似ているが、人とは異なる別の種族だ。人との違いは耳が尖っていることと、寿命が長いことと、強力な魔法を操ることぐらいだろうか。エルフ社会は人間社会とは隔絶され、何処かの山奥の村でひっそりと暮らしていると言う。

 とは言え、稀にだが冒険を好むエルフもいるため、イーアリウスほどの都市となれば冒険者のエルフを目にすることもある。

 実際、アベルがエルフを見たのも、これが初めてではなかった。


「何か用か?」

「えっと、怪我をしていたみたいなので、応急処置を……」

「応急処置?」


 腕を見ると、包帯がぐるぐる巻きにされていた。試しに動かしてみる。電気による焼け付く痛みは、殆ど消えていた。


「全然痛くない。傷薬を塗ってくれたのか?」

「傷薬なんてものじゃありませんよ。ただの薬草です」

「そうか……何にせよ、ありがとう。助かったよ」


 エルフの少女は緊張がほぐれたのか、穏やかな笑みを浮かべた。

 アベルはズボンのポケットに手を突っ込み、銀貨を一枚少女に渡した。


「え、これって」

「お礼だよ。エルフの資本が何なのかは知らんが、一応銀だし価値にはなるだろ。じゃあ、俺は行くぜ」


 そう言って立ち上がり、尻の土をほろった。ほろい終えて前を向くと、手が差し出されていた。その中心にはついさっき渡したばかりの銀貨が乗っていた。


「どうした、いらないのか? 悪いが他にあげられるような物は……」

「いらないです、これ」


 少女は口をきゅっと結び、意思の固そうな目でアベルを見上げていた。


「もらっとけって。もらって困るもんじゃねえだろ?」

「私がしたのは応急処置だけです。この銀貨の価値に見合うことなんてしてませんから」

「……そうかい」


 アベルは何を言っても無駄だと悟り、銀貨を受け取った。


「とは言え、他にあげられるものなんてないぞ」

「お礼なんて気にしなくていいですよ。あの、歩けますか?」

「大丈夫だ」


 アベルは体を捻り、関節という関節を全て曲げたが、包帯の締め付けが少し息苦しい程度で、これといって支障はなかった。


「しかしな、助けられっぱなしっていうのはどうにも気が収まらん。なああんた、俺をもうちょい助けてくれないか? そうしたら銀貨も受け取ってくれるだろ?」

「は、はい。銀貨はともかくとして、私にできることなら何でも言って下さい」


 親切だな。とアベルは思った。しかし、あまりにも親切すぎる。エルフは内向的で、ヒトと接することを嫌う者が多い。仮に彼女が例外だとしても、素性も知れぬ男にここまで尽くすだろうか。

 いや、彼女が何を考えているのかはわからないが、純粋な親切心のある彼女の物言いに疑いを持つのは不心得というものだろう。


「じゃあ言うぞ。あんた、ここ最近吸血鬼を見なかったか? グールでもいい」

「吸血鬼」


 少女はそう言ったきり、口を半開きにしたまま黙っていた。アベルは、彼女は確実に何かを知っているという確信と、どんな言葉が出てくるのかという期待を入り混ぜた目で、少女の口を見つめた。


「あれは……吸血鬼だったのでしょうか」

「見たのか?」


 興奮を抑えた声で訊く。


「わかりません。吸血鬼なのか、ヒューマンなのか。見たのは凄く遠いところですから。ただ、異様な存在感がありました」

「……詳しく話してくれ」

「14日の夜中のことです。私は村の酒場で働いているんですけど……後片付けでたまたま外に出たら、イーアリウス山脈の遥か上に、人型の何かが飛んでいることに気がつきました」

「遥か上っていうと、どのぐらいだ?」

「それはもう、とても高いです。ヒューマンの視力では絶対に見えませんね。エルフの私ですら、顔が見えなかったんですから」


 アベルは人とエルフの違いの一つに、身体能力の差があることを思い出した。

 エルフは視力や聴覚といった五官に優れる。

 スタミナと俊敏性も人より上である。逆に知力、技術、筋力は人の方が上と言われるが、この辺りに関してはあくまで相対的に比較しただけであり、人よりも頭が良いエルフや、エルフよりも俊敏な人もいる。


「そいつはどんな格好をしていた?」

「黒色の鎧を着けていました。満月なのに月光が全然反射していなくて、輪郭がほとんどわかりませんでした」


 アベルは自分でも無意識の内に、口元を緩めた。

 そんな悪趣味な鎧を身に着けるのは奴しかいない。やっと尻尾を掴んだぞ、殺人鬼め。と言っても、掴んだのは尻尾の尖端だけのようなものだったが、方角がわかっただけでも大きな収穫だった。北西に行き、そこでまた目撃情報を聞ければ、吸血鬼近づける。

 ただ、グールたちを連れているものだと思ったが、彼女の話から察するに飛んでいたのは吸血鬼一人のみ。村人たちは何処へ行ったのだろうか。

 そんな疑問を抱いたが、アベルはどちらかというと現実主義者であるため、抜け殻に構っている暇はなかった。たとえそれが彼の家族だった物であろうともだ。


「でも……何かおかしいんですよ。飛行魔法って、空中で前進する時は体が下を向きますよね?」

「ああ」


 知らないが、話を滑らかに進めるためにアベルはそう言った。


「彼、いや、彼女かもしれませんが、その人は、垂直に立って飛んでいたんです。まるで何かに乗っているように。そう思って足もとを見ても、あるのは空だけ」


 アベルは夜空を垂直に立ったまま飛ぶ吸血鬼をイメージしてみた。それは不可解を通りこして滑稽だった。


「あの高度を維持して、それもあのスピードで飛べる魔法使いなんて、伝説の魔導師ミカエルでもできるかどうかわかりません。だから見間違いかとも思ったんですけど……」


 少女はそこまで言ったところで言葉を濁した。その眼は本当に見た、と告げていた。


「その鎧を着た奴が、どの方角に飛んで行ったかはわかるか?」

「……南の方です」

「なるほどな。ありがとう」


 アベルは、銀貨を再び少女に差し出した。


「え、でも……」

「いいから受け取っとけ」

「受け取れませんよ、だって」

「この銀貨の価値に見合わないからか? それとも、嘘の情報を教えたからか?」


 少女は申し訳なさそうに目を反らした。色白の顔に赤みが差し、反らした目が魚のように泳いでいる。

 わかりやすい女だ……。

 

「嘘を言ったのか?」


 アベルは呆れたように言った。


「み、見たのは本当ですよ!」

「なら、方角が嘘か?」

「うう……すみません」


 少女は親に叱られた幼児のように謝った。


「謝らなくていいさ。俺の身を案じて嘘の方角を言ったんだろ?」

「……わたし、あの人影を見つけた時……すごく怖かった。背筋が凍りいて、足ががくがく震えて。でも、何でか全然わからないんです。空のずっと高いところを飛んでいる鳥と大して変わらないはずなのに、その人影が、怖くて、怖くて」


 少女は何かが吹っ切れたように語り出した。


「あなたは、その人を探しているんですよね? でも、あの人には会ってはいけない、そんな気がして、あ、これじゃあただの、嘘をついた言い訳ですよね。それに会ってはいけない、とか勝手に決めつけちゃったりして。あはは、私ったら何言ってんだろ」


 しかしアベルは少女の気持ちがよくわかった。あの吸血鬼と会った時に感じた、恐怖と緊張を敷きつめたような殺気。「怖いもの知らず」と仲間に称されたアベルでさえ、彼を前にした時は体の震えを堪えられなかったのだ。

 控えめな性格と思われる、年端もいかない少女が、それも感覚の優れるエルフともなれば、例え遠距離であろうとも、恐怖を抱いても仕方がない。


「あんたは優しくて親切な人だ。でも、俺が今、最も求めているのは慈愛や親切心じゃない。真実だ。もう一度訊く。鎧の男はどの方角へ飛んで行った?」

「……北西です」

「そうか……ありがとう」


 アベルは少女の手を掴み、銀貨を握らせた。


「あんたの手当てと情報には、これだけの価値がある」


 少女はようやく観念したのか、銀貨を鞄に入れた。鞄の蓋を閉めながら、少女は口を開いた。


「あの」

「何だ?」

「わたし達の村も、ここから北西の方角なんですよ」

「そうなのか」


 アベルは少女の言いたいことを何となく理解したが、敢えて核心に迫ることはしなかった。


「わたし、これから村に帰るつもりなんですけど、その、よかったら、あなたもご一緒にどうかなって」

「断る」


 理解しようがしなかろうが、拒否するからである。


「は、早いですね。わたしとじゃ嫌ですか?」


 数日前のアベルなら、女性にこのような言い方をされると拒否ができなかった。しかしラシェルの一件で自分の甘さを大いに反省したアベルは、意思が固い。


「そういうわけじゃねえ。俺はその人影を探しているんじゃなくて逃げているのさ。だから真逆の南西に行くぜ。そういうわけだから、あんたとはここでお別れだ。」

「そうだったんですか……ごめんなさい、わたし、余計なことを」

「いやいや、あんたにはとても感謝してるぜ。エルフのレディ。じゃあな」


 少女の別れの言葉を背に、アベルは南西、すなわちイーアリウスの方面へ歩き始めた。少し歩いてから茂みや木の裏あたりに隠れ、少女が居なくなった隙に引き返す予定だった。

 しかしその予定は思わぬ形で狂うことになる。


「……と思ったがエルフのレディ。悪いがやっぱりご一緒させてくれ」

「え?」

「さっきのはあれだ。冗談だ。俺はその人影を探している」

「そ、そうなんですか?」

「そうなんだ。さあ行こう」


 我ながら無理がある話の展開だ。アベルは、道のずっと先で馬を走らせる教会騎士団の五人組を見ながら、そう思うのであった。

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