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アデン大戦記 ―今日も俺たちは死にかけている―  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第九章 いつだってアデンの空は蒼かった
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第4話

レイジが、ブリザック城の外へ出ようと歩いていると――。


「そなたが、レイジ殿かぇ。あの龍神鬼を倒したという」


艶やかな声が背後からかかった。

振り返ると、妖艶な女が一人、立っていた。


結い上げた黒髪には光を受けて煌めく髪飾りが刺さり、華美な衣の胸元から華奢な肩が覗いている。

その佇まいに、レイジは思わずごくりと唾を飲み込んだ。


(ぅわ……すげぇ……タイプなんですけど……)


「お、おう、そうだぜぇ」

妙にワイルドな声色を作りながら、鼻の下がゆるんでゆくのを止められなかった。


「あたいは沙羅夜サラヤと申すもの。……やっと会えたねぇ、レイジ殿」


微笑みながら、彼女はすっと歩み寄ってきた。


「ああ、ミロイを助けてくれた人か?」


「助けたのは風華夢フーカムだけどねぇ。ミロイ殿から、そなたの噂を聞いて、どうにも会いたくなって……」


「おれの話を……?」


「ええ、悪口ばかり、たんと聞かされたえ」

沙羅夜はくすりと笑った。


「はあ……」


「楽なことしかしない、どうしようもない盟主だとか」


「……まあ、あってはいるけど……」

レイジは肩をすくめた。


「けれど、ねぇ――」

沙羅夜は少し声音を落とした。


「そなたへの愛情は、しっかり伝わってきたえ。それで、あたいは最強を倒した男に、乙女のように恋焦がれとったんよぉ」


そう言って、レイジの顔をじっと見つめ、またふっと微笑んだ。


「へっ……なにか?」


「いい男だねぇ。そなたの顔を見てたら……」


「……?」


「……なんだか、頬にキスをしたくなってきたえ」


レイジは俯きがちに黙りこむ。が――

そのまま、ぬぅ〜っと首を前に出して、こくりと頷いた。


……って、そこで頷くんかい!(笑)


沙羅夜がしなやかな腕をレイジの首に絡め、顔を寄せてきた。


「そなたに、ええ夢を……見させてあげるぇ~」


唇がレイジの頬へと近づいて――


「レイジ!」


声が割って入った。振り返ると、デュランだった。

レイジはそのまま沙羅夜の腕の中に収まったまま、顔だけ向ける。


「どうした?」


「レイジ、チルルを見なかったか?」


「チルル?」


「わたしの弓を持ったままで、どこかに行ってしまって……なにか嫌な予感がして」


雷嵐らいらんか?」


「ああ」


「チルルなら、羅漢王を見たいって、パブロたちと謁見の間に行ったぞ」


「……謁見の間、ね」

デュランが険しい顔になる。


「さすがにチルルだって、羅漢王を射抜いたりはしてないだろ」


「……そうだな」

と、言いつつ既に半身は踵を返している。


「邪魔を致したようで、申し訳ない」

デュランは一礼し、数歩進んだところでまた戻ってきた。


「お詫びに、お土産を……」


「よせ、それだけはよせっ!」

レイジが慌てて、ポーチから燻製を取り出しかけたデュランの手を止めた。


沙羅夜が首を傾げる。

「……お土産?」


「いや……なんでもない」

レイジが首を振ると、デュランの背を押しながら言う。


「デュラン、急げ。な、ほんと急げ!」


「……そうですね」

デュランは再び一礼し、沙羅夜にも軽く会釈して去っていった。


がおるのかえ、レイジ殿には」

沙羅夜が腕を解きながら尋ねた。


「……ああ」

レイジはどこか名残惜しげに頷いた。


「ふふふ、またどこかで会えたらええねぇ。奥方様にもよろしくえ」

沙羅夜はふわりと背を向けて歩き出した。


(いや、それは……)

言いかけて、レイジは喉の奥で呑み込んだ。


沙羅夜は少し歩くと立ち止まり、遥かな青空を仰いだ。


「また、これも世迷言かねぇ――」


その呟きを背に、レイジはブリザック城の外へ歩き出した。

どこか未練を残しつつも。



高台に出たレイジは、両腕を大きく広げて深呼吸をした。

眼下にはギラン港と青い海、遥か水平線が見える。


しばし風に吹かれていたその隣に、いつの間にかセシリアが並んでいた。


ふと城下を見やると、ネオフリーダムの仲間たちが笑いあっている。


小さなチルルが雷嵐の弓を持ってパブロを追いかけ、ミロイとパルが止めていた。

デュランとブルーベルは腹を抱えて笑っている。


ミロイは来週から湯治場へ向かう予定だ。

ルピタも不老不死のポーション探しに飛び回っている。

ハルトは家族と平穏な日々を取り戻し、借金はライザの好意で返済が済んだ。

エルナは左肩の傷も癒え、ビクライと二人で旅に出たという。

ジンたちのサザーランドにも新たな仲間が加わっていた。


「色々あったね」

セシリアが、レイジに微笑んだ。


「ああ、色々な」

レイジも応えた。


「みんな、仲間を失って辛かったけど……」


「でも、少しずつ元気が戻ってきてる」


「また、前のような日々に戻れるかな?」


「戻るさ」

レイジは微笑む。


「おれは、またやらかすかもしれないけど……副盟主、これからも頼むな」


「いやだよ」

セシリアが真っ直ぐにレイジを見る。


「副盟主じゃ、いやだよ」


レイジは大きく息を吸った。


「セシリア、これからも、ずっと一緒にいてくれ」


「うん」

セシリアが小さく、けれど確かな声で頷いた。



レイジは海の方へ顔を向け、そっと目を閉じた。


「セシリアも、目を閉じてみな」


「ん?」

セシリアは警戒した目で見る。


(あんたは本当に鈍いね。黙って目を閉じればいいんだよ!)

セシリアの頭の中で声がした。


レイジは目を閉じたまま顔を上げた。

アデンの空は、どこまでも蒼い。


「セシリア、耳を澄ましてごらん」


「……」





「聞こえないか?」


「え?」





「聞こえてくるだろ?」


「なに?」










「……風の音だよ。アデンに吹く、風の音」


セシリアもそっと目を閉じた。

長い髪が、初秋の潮風にやさしくなびいていた。








……








「うん、聞こえる。わたしたち、みんなの――詩歌ウタが……」








【了】

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