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Story.77―――エピローグ[Epilogue of part:2]

「戻った、のか?!」


 自らをアーサー王と名乗るある一人の騎士との対話を経て、私たちはあの白い、虚無のような世界から現実へと引き戻された。私が握っていたであろう剣は、先ほどまでのものとは全くの別物と化しており、白銀の輝きは今は黄金の輝きへと姿を変えた。

 だが、私は自前の勘で一瞬で察した。この光は私たちを危険に陥れる―――例えば魔力暴走で起こった魔道具の爆発―――ようなものではなく、私たちが扱うべき、目の前の敵を打ち倒すための希望なのだと。

 再認識した私は、静かに剣の柄に両手を握りなおす。グッと、大切な鍵を握りしめるように。


「―――クロム」


 そして、私は隣にいつの間にか一緒に飛んでいた愛おしき人に、話しかける。


「なに? カナリアちゃん」


 彼女は、いつもどおりに私を「カナリアちゃん」と呼んでくれる。その返答は、どんなに極限の状況でも変わらなかった。

 だが―――今はもっと、刺激を。


「私のことを、もう一度カナリアと呼んでくれないだろうか」

「―――え? 私、さっき呼び捨てにしてたっけ?」


 どうやら気づいていないようだが、私はあの頭が少し朦朧としていた状態でも聞き逃していない。あの場で、クロムが理想を叫ぶときに私のことを呼び捨てにしていたことを。


「ああ。理想を語るときに、少しな」

「……っ! 恥ずかしい!」


 ああ、照れている表情も最高だ、クロム! 今の顔を写録機で保存して、何度も眺めたいほどに。

 しかし、このままではおそらくクロムは呼び捨てにしてくれないだろう。……我ながら少しずるいと思うが、情に訴えかけてみようかな。


「クロム、お願いだ。今は、クロムに集中していたい。アーサー王も言っていただろう、何かに集中しろと」

「た、確かに……わかった」


 こほん、とクロムはかわいらしく咳ばらいを一つすると、私に言い放つ。


「やるよ、カナリア!」

「よし!」


 私は、その瞬間から自分の中に没入する。そして、手探りで剣を探す。―――奥に、何か光るものがある。

 私は、それを手に取る。すると、どんな剣でも、自ら名乗ってくれる。


「そうか―――あなたは、そんな名か」


 瞼を上げ、じっくりとモルガンを見定める。どこに当てれば刃が通りやすいのか、どこにどんな組織があるのか。―――どこが、脊椎なのか。

 私の眼はあまりよくない。別に、ほかの『円卓の騎士』のように『超常魔眼』を持っていたりなどしない。

 だから、五感全てで観察する。モルガンの息遣い、匂い、周囲の魔力の流れ、空気の味、そして景色。全て使って、目安をつける。

 ―――すべて、問題なし。

 そして私は、この剣の名を叫んで、秘められた力を開放する。

 この剣は、私の「勇気」の形へと変化する。その形が今はただ、〝純聖剣〟求めるは絶対の勝利(エクスカリバー)であったというだけだ。アーサー王の降霊がなければ、その威力の再現は難しい。だが、魔法科のフランソワなる降霊術師がそれをやってのけた。ならば、私も応えなければならない!


「―――敵すべて断ち切り、太平よあれ!」


 そう、その剣の名は―――



「―――やるよ、カナリア!」

「よし!」


 私は、カナリアに向かってそう言い放つ。長年ちゃん付けして呼んでいたのをいまさら呼び捨てに変えるのは中々に恥ずかしい。

 だが、カナリアが何かに集中し始めたことを察知すると、私も自分の役目を果たそうと自分の中を探し始める。

 魔力回路の内側、その中に流れる黒い濃縮され切った魔力―――呪力。そして私の魂、その形を決定づけている『魂の金型』。全て掌握して、イメージを膨らませる。

 剣に対して膜のように〈根底刀剣〉を展開する。それは、言うのは簡単であるが、感覚としてつかむのは難しい。そもそも〈根底刀剣〉とはあくまでも霊的存在の一つであって、それを呪力を用いて「空間」と「魂」、「夢」と「現実」を置換することで初めてこの世に顕現できる。呪力の消費が激しく、乱用できるような術ではない。

 だがここで、霊的存在というワードが引っかかる。

 霊的存在ということは、上位の世界観から物質に憑依させることでこちら側に持ってくることができるということ。それをしているのがフランソワの『降霊魔術』である。

 それすなわち―――私の〈根底刀剣〉の憑依に耐えうるだけの器があれば、現実と魂を置換するための呪力を抑えてこちら側に〈根底刀剣〉をローコストで顕現させることができるということ。まぁできるというだけで制限はおそらく多いが、そこはこの戦いが終わってからの実験で明らかにすればいい。

 今はただ―――集中しろ、降霊の感覚をつかむために!


「―――〈根底刀剣〉、掩覆(えんぷく)憑依、起源解放!」


 そして、私とカナリアの声が重なる。


「〝源古刀〟九字斬刻兼定幻亡骸童子切!」

「―――〝勇聖剣〟勇気導く絶対なる勝利エクスカリバー・ド・マリス!!」


 ともに握っている剣を、モルガンめがけて横薙ぐ。

 未だ相当な密度を保っていた魔力層も、命の危機から最後の力を振り絞って展開した『妖精結界』も、私の〈根底刀剣〉が切り裂いていく。絶対的な幻想への優位性。それが、私の〈根底刀剣〉の持つ唯一無二の力である。

 だが、それが健在であってもモルガンの討伐は難しかっただろう。なぜならば、モルガンの存在が大きすぎて幻想への優位性が存分に発揮されないからだ。

 ―――しかしそれはたらればの話である。

 今はこの奥に、さらなる刃が待ち構えている。

 〈根底刀剣〉を防ぎ切ったとしても、その奥には―――モルガンの天敵である〝純聖剣〟求めるは絶対の勝利(エクスカリバー)と同種の原理を持つ存在である〝勇聖剣〟勇気導く絶対なる勝利エクスカリバー・ド・マリスが、かみつく。

 その圧倒的なエネルギー量とモルガンの魔力が反発して、強い光を放つ。それでも、私たちは腕の力を緩めない。


『GAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!』


 モルガンが、今まで聞いた中で一番大きな叫び声をあげる。おそらく、それが断末魔だったのだろう。

 モルガンは、刃が首を切り落とすと同時に、その巨体があたかも火葬されたかのように灰になってしまった。

 だが、その瞬間私はかすかに受け取った。

 モルガンの、悲しみの思いを。


「―――もう、限界」


 そして私は呪力切れから発動中の魔術もすべて解除して気絶してしまった。その後のことは、記憶にない。



 ―――目が覚めると、そこは見慣れたホテルの一室だった。

 覗き込むようにして三人の少女と一人の少年が私を見ている。


「……知ってる天井だ」

「クロムゥゥゥゥゥ!!」

「ぐえっ」


 起きて早々つぶれたカエルのような声を出しながら私は目覚める。飛びついてきた物体を見てみると、それは私とともに戦っていた戦友―――カナリアだった。


「起きたか、クロム! 具合悪いとかないか?!」

「う、うん。そっちも大丈夫? カナリアちゃん」


 私がそう言うと、カナリアは一瞬でスンッ……てなって泣き出しそうになった。


「え、え? なに? やっぱり具合悪い?」

「……くれないのか」

「え?」

「私のことを、カナリアと呼び捨てにしてくれないのか……」

「あ、そっちね……うん。まだ恥ずかしいけど……頑張ってみるよ、カナリア」


 その言葉で、カナリアの顔は一気に明るくなった。まさかのカナリアは中々にチョロいのが今回の戦いでばれてしまった。


「はぁ~よかった……クロムちゃん、私の治療でも本当に治せるかどうかわからないほど大けがだったんだよ?」

「アリス! ありがと」

「ほんと、あんた二日寝てたんだからね。……こっちもひやひやしたわよ」

「まったくだね」

「ニーナとフランソワ! 無事だったんだ」


 治療をしてくれたアリスに礼を言い、ニーナとフランソワの無事を喜ぶ。そして、私はベッドから起き上がる。二日寝ていたという身体は、筋肉も減り、一瞬ふらつく。しかしバランスが安定すると、私はちゃんと歩ける。


「よし、ちゃんと歩けるな」

「で、ではご飯を食べに行きましょう……せんか? クロムちゃん」

「そうだね。私、めっちゃお腹すいている!」

「じゃあ行きましょうか」

「待って僕今お金ないんだけど……」

「それは自分でどうにかしなさいよ」

「そんな!」


 そして私たちはドアを開けて食堂へと向かう。少し振り返ると、そこには空となった部屋があった。先ほどは気づかなかったが、私のベッドの横に花瓶が置いてあるのがわかった。その花瓶に植えられている花を見て、少し笑ってしまった。

 ……どこまで未練たらたらなんだよ。

 花瓶には、あの、〈神聖郷ケルト〉に行く前に見た花びらを持つ花が植えられていた。



 ―――数日して、私たちは本土に戻ることとなった。

 長いようで短い、あらゆる理想を探す旅だった。

 ブリテンに来て、謎の老人のメドラウトと出会い、そのままベディヴィエールに〈文明異界領ロンドン〉へ案内されて……。

 あまりにも濃すぎる二週間足らずが、一瞬で脳内に駆け巡る。

 私たちは最初にブリテンに転移した場所を目指して馬車を走らせていた。途中の〈文明異界領ロンドン〉を抜けるまでは自動車を使っていたのだが、結界の内側でしか起動できないタイプだったので、今は馬車を使っているのである。

 駆け抜ける草原。それは映像の様に右から左へと走る。ガタガタと、乗り心地が悪い馬車に揺られて、目的地が見えてくる。

 馬車が止まり、私たちは降りる。

 ニコラ先生がブリテンの先端に立ち、『空間転送装置(ハイウェイスター)』の針を本土へ向ける。


「さて、これから本土へ帰還するわけだが……もうやりのこしたことはないな?」


 全員が「ない」と答えると、ニコラ先生は『空間転送装置(ハイウェイスター)』を発動させる。

 そして―――



            ―――一瞬の、暗転―――


 私たちは、本土へ帰還した。

 〈カムランの丘〉を出ようと、門をくぐろうとする。しかし、そこに立っているはずの老人はいなかった。少し、日常が欠けてしまったような気がした。

 だが、私たちは理想を手に入れた。少し欠けた日常に、ささやかな抵抗となるものを。



 ―――ランタンの光が照らす、石造りの宮殿。その中央に位置する玉座に、私は坐す。

 傍には妻であるブリュンヒルデが控え、玉座の前には三人の者たちが私に膝をついて侍っている。


「集まってくれてありがとう、諸君。早速だが重要な報告がある」

「なんでございましょうか、我らが王よ」


 カソックをまとった男が、皆を代表して答える。


「―――復活の時だ。復活の時が、ついに来たのだ」

「……!」


 復活の時。それは我々にとって大きな意味を持つ単語。我らの原初の王が復活し、この世から「何か大切なもの」を奪うとされる。

 それの立役者も、私にはわかる。


「クロム・アカシックという少女がいる。そやつが、復活の時の鍵となる」

「つまり、なにを?」

「クロム・アカシックは絶対に殺すな。それ以外の人類は殺せ。それを、これからの絶対命令(オーダー)とする」

「御意」


 クロム・アカシック、奴は何者なんだ?


                                   /第二部・理想探索〈了〉

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