Story.76―――ある降霊の儀式について
「―――よし、二人は行ったな。では、吾輩は今から儀式の準備を始める。あまり邪魔してくれるなよ」
「別にしないよ。ちょっかいかけるなんて私も巻き添え喰らって死ぬようなもんだもん」
「それまでわかっているなら良いだろう」
「まぁあと、あんたを信用してるからね」
「……失敗しても知らんぞ」
カナリアとクロムがモルガンの首を討ちとらんと駆け出した直後、フランソワは立っていた崖の少し後方に移動してまじまじと地面を眺める。
「うーむ……霊脈は、問題なし。これならどれだけ魔力を吸い取っても魔力枯渇で地面が崩壊することもないだろう。場所も問題なし。〈理想郷アヴァロン〉の真上ならばどこでもいい。アーサー王の降霊に必要な縁を十分に持っている。……では始めようか」
フランソワは地面に座り込むと懐から一個の革袋を取り出す。中には白銀に輝く無数の粒が入っており、鈍器として使えそうなほど重量がある。
「それは何?」ニーナが尋ねる。
「見て分かれ、教主。貴君が愛用している白い粉―――『聖銀粉末』だ。聖性をまとう魔力を持つこの物質は、英雄と呼ばれる部類の人類を降霊するのに相性がいい。これを……こうする」
手に持っていた革袋から取り出した『聖銀粉末』をまたもや懐に入っていた木製の器に入れると、フランソワは一言つぶやく。
「『基礎魔術・流れ出よ、清き水よ』」
すると、『聖銀粉末』の入った器に水が注がれる。そこに、いくつものが入っているかわからない懐から取り出したすりこ木棒で、『聖銀粉末』と水をよく混ぜる。
そして器には、数十ミリリットルほどの銀色に輝く粘性の液体が出来上がっていた。
「今度こそ何それ」
「これは『聖銀塗料』。本来ならば高価な宝石であるラピスラズリを使わなければいけない魔術触媒である『術式塗料』を安価に作れないかと模索した結果できた、吾輩オリジナルの魔術触媒である。あとはこれを用いて術式を描く」
フランソワは、そこら辺に落ちていた木の枝に『聖銀塗料』をつけると、慣れた手つきで地面に術式を描いていく。その術式には異界化の魔術と口寄せの魔術が籠められている。
「ほんと、『降霊魔術』についてだけは頭良いわよね、あんた」
「だけとはなんだ、だけとは。……まぁ別に、否定はしない。吾輩もよくわからないが、自然と体が動くのだ。まるで降霊しているときみたいにな」
「へぇ……おもしろい」
「……と、できた。あとは吾輩が、術式を起動させるだけだ」
一歩、術式の中に入る。中はまるで、神殿の中の様に落ち着いた雰囲気が漂っており、それと同時に、何かを一つ間違えれば首が落ちるという緊張も走っている。
深呼吸を一回。気持ちを落ち着かせる。
「……呪文詠唱―――これなるは、大いなる戦いなり。地を割り、天を裂く、大いなる争いの中、我は救いを求む。ああ偉大なる王よ、我が祈りを聞き届けたまえ。我が叫び、そして世界の救いを求める声を、聴け―――『分類別特級魔術:高等降霊魔術・英霊巫術・王国通天』!」
一言一句、違わず口ずさむ。『分類別特級魔術』ともなれば『神聖魔術』や『邪道魔術』とほぼ等位の階級の魔術となる。その分、魔力暴走のリスクが高く、呪術師や呪詛師の持つ呪力でなくても、四肢が爆散する可能性がある。
そして詠唱が終わると、フランソワの中にため込んでいた魔力を呼び水として、霊脈から魔力を吸い取り始める。その量、一秒間に平均的な魔術師の魔力量の約三倍。フランソワの魔力だけでは絶対に足りず、不発に終わっていただろう。
すると、術式が光りだす。
魔力を光の糸として、人型が編まれていく。
順調に形を成していき、遂に人型は完成する。
だが、しかし。
「なっ、いつまでたっても本霊が、降りてこない!」
フランソワは、違和感を感じて出力を上げてみるも、それは一向に終わることがない。儀式が終わらないということは、それすなわち何かの手順が間違っている、もしくは不足していることを意味する。
必死になって頭を回す。そして、得た答えは―――
「……まさか、まだこれ以上強固な縁が必要だというのか!」
より強固な縁。それは、実際の土地だとか故人が生前愛用していたものなど、多岐にわたる。しかし、ここはその実際の土地でもなければ、ここに愛用品などはない。
フランソワは悩みに悩んだ結果、ある奥の手を使うことを決意する。
「仕方があるまい……この際だ、使ってやるさ」
「フランソワ、なにしようと……?」
元の口調に戻ったフランソワに、ニーナが問いかける。
すると、フランソワは優しい微笑みで、ニーナに言う。
「……もし暴れたら、迷わず拘束してくれ。そのあとでいい。僕が抵抗をやめる前に、そのナイフで殺せ」
「本当に、何言って……」
「じゃあな、ニーナ。クロムとカナリアによろしく」
そこで、ニーナは察する。ああ、こいつは絶命を条件とする魔術、あるいはそれに連なる何かを発動しようとしているのだ、と。
それに対して、ニーナは唇をかみながら俯く。
フランソワは、そんなニーナの様子を見て、言葉を放ち始める。
「……呪文詠唱―――血霊、着―――」
「―――待ちなさいよ、この馬鹿者!」
ニーナはフランソワの頭すれすれを狙って〝色即是空、空即是色〟を投げる。
「おいあぶねぇな! 当たったらどうすんだよ!」
「うっさい、まずは私の話を聞け! この大馬鹿!」
フランソワはその気迫に圧倒されて口ごもる。
「……あんたが言うには、もっと強力な縁が必要ってことよね」
「あ、ああ。僕……吾輩の魔術ではカバーしきれんところだ」
「なら、問題ないわ。あんたが気負う必要もない」
「それは、どういう意味だ?」
「―――今からここを、『神聖領域』と仮定して、地表の性質と裏面の性質をひっくり返す!」
「それってどういう……いや、まさか!」
フランソワがあたりを見渡すと、フランソワのいる術式を取り囲むように四隅に配置された〝神代の礼装〟が見つかる。
「ニーナ・サッバーフ……それは、まだ習得していないだろう。やめておけ、失敗するだけだ」
「うるさい! そんなのやってみなきゃ……わからないでしょ!」
刹那、先ほどまでとは手に取るようにわかるほど圧倒的に大きくなった重力が、〝神代の礼装〟で構成された四角形の中に発生する。
ドゥン、という効果音さえ聞こえてきそうなほど、その力は絶大だ。しかし、中にいるフランソワには一切の危険が及んでいない。
そして、ニーナは言う。
「―――『神聖領域』、疑似展開!」
すると、その四角形の領域内を内海とする結界が展開される。その結界内海は正属性の魔力にあふれており、物体は全て聖性をまとっている。
だが、そんな楽園のような効果とは打って変わって、使用者であるニーナには絶大な負荷がかかっている。
「くっ……うぅ!」
「ニーナ!」
目から血の涙を流し、それに加えて脳に多大な負荷をかけているせいか鼻血を大量に出している。
それでもなお、彼女は紡ぐ。
「『神聖領域』、性質変更……っ! 世界の表面と裏世界の表面の置換を開始!」
―――そのとき、奇跡は起こった。否、それは積み上げてきた努力の表面化と言えようか。
『神聖領域』内海では、〈妖精郷ブリテン〉と〈理想郷アヴァロン〉の性質が反転した。それは、言い換えれば『神聖領域』の中でだけ、今は〈理想郷アヴァロン〉の法則・性質が適用されるということである。
性質が転換されたということは、それすなわち、縁も〈妖精郷ブリテン〉のものから〈理想郷アヴァロン〉のものへと変わったということである。
「……これは! ふっはっはっはは! よくやったニーナ・サッバーフ。褒めて遣わす!」
「はっ! こんぐらい、当然よ!」
「ならば、こちらも成功させねばいけないというもの! 一気に終わらしてやる!」
すると、先ほどまで単なる人型をしていた魔力の糸が、徐々にある男性の形を成していく。そして、数秒後―――
「降霊、完了! 降霊対象:カナリア・エクソス!」
降霊したアーサー王は、空へ去っていったカナリアを追いかけるように空中をかけていく。それを見届けて、ニーナとフランソワは地面に倒れ伏した。
「……はぁっ! た、助かった。ありがとう……ニーナ」
「あんた、成功するとか言って失敗しかけてたじゃない。私からの信用ダダ下がりだわ」
「え、そんな!」
「ふふっ、冗談よ。よくやったわ、フランソワ」
そして、倒れたままニーナとフランソワはアーサー王の飛び去った方向を見つめる。
「あとは、あの二人がうまくやってくれればいいんだが」
「きっとやるわよ。だって、あのクロムとカナリアよ。前に会ったデカブツからも生還したんだし、今回もするわよ。なにより―――
フランソワが頑張って降霊したもの。失敗したら殺すわ」
ニーナは笑って言った。




