第888話 ベンジャミルタは礼を言いたい 【☆】
「ベンジャミルタさん、来てます!!」
「あと数分! あと数分でクールタイムが終わるから!」
リオニャが返り血で真っ赤になっていたその頃。
ステラリカを連れたベンジャミルタは案の定ピンチに陥っていた。
転移魔法でやぐらの設置予定地に飛んだ瞬間、大量のヒル型魔獣が群がってきたのだが、それはベンジャミルタが魔獣の影を踏みつけ動きを封じたことで難を逃れることができた。
その後ステラリカが土を割って魔獣を放り込み、そのまま閉じることで圧殺したのだが――問題はその直後に現れた四つ首のドラゴン魔獣だった。
ベンジャミルタの影踏みは対象の重さの影響がそのまま反映される。
つまり巨大な魔獣を止めていられる時間はごく僅かだ。
そのネックを少しでも減らすため、強化魔法を重ねに重ねて胴体の影を踏みつけても上手く動きを封じられない首があった。
その上、ステラリカはこのサイズの魔獣を丸々収められる穴は作れない。
つまりとどめを刺せない。
そんな状態でもたついている間に他の多種多様な魔獣も群がりはじめ、目的のやぐらは建てることが出来たものの、こうして転移魔法のインターバルが終わるまで逃げ回るはめになったのだ。
本来なら近場にニルヴァーレがいるはずだったが、途中から見かけなくなったため何らかの問題が起こったのだろう。
ベンジャミルタが全力を出せば多少は対抗できる。
ただしふたりの本来の役目を考えると攻撃に魔力を回しすぎるのは悪手だ。
次なるやぐらの設置場所に着いたのにもう魔力がありません、では意味がない。
さあどうする、と悩んだベンジャミルタの背後で彼の影が悩んでいる人のポーズに変化し、ステラリカが「そこで魔力使わないでください!」と向かってきたドラゴンの頭を土壁で防ぎながら言う。
「これは生まれつきのものなんだ、ほぼ魔力消費しないから安心してくれ。――ああ! 逃げるだけならこの手もあったな!」
ハッとしたベンジャミルタは必死に走り回りながら闇属性の魔法を発動させた。
すると彼の影が立体的になり、独立して動き始める。
それはかつてミドラと協力し八本足の鹿魔獣を倒した時に見せたドッペルゲンガー魔法だった。
ベンジャミルタのドッペルゲンガーは平面だけでなく立体にも接触できる。時に魔獣そのものを、時に魔獣の影を押さえつけることで進行を阻むことが可能だ。
ステラリカは目を瞬かせる。
「す、すごい。でも一体だけじゃ――」
「本来はそこそこコスパの良い魔法なんだよ、少なくとも俺にとってはね。普段から自分の影に影響を与えるのに特化してるから」
だから、とベンジャミルタは更に魔法に手を加えた。
八本足の鹿の際は他にも魔法を使用しており、合計三種を同時発動させていた。
あの状態で涼しい顔をしていられるのはヨルシャミやニルヴァーレなどの天才に輪をかけた更なる天才くらいだ。
だが今はドッペルゲンガー魔法に集中できる。
ベンジャミルタの指示にぴくりと顔を上げたドッペルゲンガーは突然にゅうっと伸びるなり分裂した。
それを各々が何回繰り返し、あっという間に数十人の大所帯になる。
「なんですかこれ!? こんなに作って大丈夫なんです!?」
「許容範囲内! まぁ攻撃には使えないしね、ただ連発は出来ないからインターバルが終わり次第飛ぶよ!」
ドッペルゲンガーたちは巧みに魔獣とベンジャミルタたちの間に割って入り、魔獣の影や体に直接組み付く。
空を飛んでいる四つ首のドラゴンには物理的に届かないようだったが、ドラゴンの影は地上にあった。
その影へ大挙して取りつくドッペルゲンガーたちに妨害され、ドラゴンも飛びづらそうに空中で虫を払うような動きを見せていたが、もちろん原因はそこにはいない。
ミッケルバードは世界の穴による闇に圧し掛かられている状態であり、常人の目では闇の中に影などなかなか確認できなかったが、存在しないわけではないのだ。
むしろ闇が濃くドッペルゲンガーたちが溌剌としているのは闇属性故だろう。
これならいける、と安堵したところで転移魔法のインターバルが終わり、ベンジャミルタはステラリカと共にその場から転移した。
「ッよし、これで何とか――」
地面を踏んだ先は予定地ぴったりで、周囲にはやぐらの防衛班が配置されているはずだった。
先ほどのようなイレギュラーがなければ。
「……これは」
ベンジャミルタは大きな影と見間違いそうになるほどの『それ』を見上げる。
本来なら白か銀色が相応しいであろう体を真っ黒に染めた、体長五メートルほどの紙魚だった。長い触角を持った細長い虫である。
紙魚はつぶらな瞳は周囲を見渡しており、その巨体を使いエビのように激しい動きで跳ねては人間を蹴り飛ばしていた。
凄まじい速度でベンジャミルタたちの真横を吹っ飛んでいったのは防衛に当たっていたベレリヤの兵士である。
「戦闘の真っ只中に出たか、タイミング最悪だ……!」
「ベンジャミルタさん、他にもいっぱいいます!」
しかも劣勢らしい。
ベンジャミルタは瞬時にまだ生き残っている仲間の位置を把握し、少しでも人手の多い場所を指してステラリカに指示する。
「君はあっちで仲間と合流してやぐらを建ててくれ、とびきり頑丈なやつをね!」
「ベンジャミルタさんは……」
「さっきみたいに攪乱しつつ攻撃にも参加してくる。こりゃあ俺も加勢しないとマズそうだ」
魔力残量は計算しながらやるから安心してくれ、と言うなりベンジャミルタは手を振って紙魚型の魔獣へと向かい、今まさに巨体で潰されようとしていた魔導師を掻っ攫って転がった。
「戦況!」
「ッ……五分前まで順調でしたが、空から紙魚たちが現れ壊滅状態に陥りました」
「空から?」
「運搬を担当する飛行型の魔獣がいるようです」
厄介だな、と呟きながらベンジャミルタは周囲を見る。
五分で防衛班を壊滅させる魔獣。それが五体いる。
そして、運搬担当が存在しているということは更なる追加も考えられた。
助けられた魔導師は肩で息をしながら続ける。
「あの紙魚は耐火性と耐水性に優れます。鱗片はそれぞれ頑丈で物理攻撃は相当な貫通性がないと通りません」
「普通の紙魚みたいに日光に弱いとかは?」
「周辺が暗いことと当班に疑似太陽光を生み出せる魔導師がいないため不明です」
「残念、俺もだ」
炎は扱えるが望んだ結果にはならないだろう。
耐火性が高いと判明しているということは誰かが使った後に違いない。
(暴発覚悟で圧縮魔法を試すか? でも……)
ベンジャミルタは唇を噛む。
役割りを考えるとリスキーなことは控えなくてはならないのだ。
(それに俺は沢山の約束をした。リオニャとも、ミドラとも、イオリ君とも、ステラリカさんとも)
必ず帰る、死なない、ステラリカとやぐらのことは任せろ。
ベンジャミルタはそのすべてを守りたかったが、しかしここで死にかけている仲間たちを見捨てることもできなかった。
せめて回復班が加勢に来るまでは持ち堪えたい。
そう思案を巡らせていたところへ紙魚の大きな影が落ちる。
距離を一気に詰めるべく跳躍したのだ。
「……!」
ベンジャミルタは魔導師を庇いながらその場から飛び退いたが、このままだと体のどこかが激突する、と全身が警鐘を鳴らしていた。
この魔導師にも強化魔法をかけて致命傷を避けよう。
そう動きかけたところで――突如小さく鋭いなにかが空を突っ切り、まるで吸い込まれるかのように紙魚の頭部に命中した。
紙魚は空中で意味もなくバタバタと暴れ、それにより落下地点がずれる。
間一髪で下敷きにならなかったベンジャミルタたちは地面を転がりながらなにかが飛んできた方角を見た。
「あっちは……あぁ! ナレッジメカニクスの狙撃手が居る方角か!」
肉眼ではなにも見えない。そして誰もいない。
しかしだからこそ、先ほどの一撃が遥か遠くの狙撃台からだと確信させた。
ナレッジメカニクスのセトラスは驚くほど精密な狙撃の腕を持っている。
それは今回の戦でも活かされており、準備期間中に作り上げたスナイパーライフルは彼にとっての傑作のひとつに仕上がったという。
その試し撃ちをベンジャミルタも見学していたが、もはや肉眼では捉えられない位置からでも正確に的を撃ち抜いていた。
貫通性と物理的攻撃力の両方を有した恐ろしい一撃である。
魔導師は「こ、この距離からですか?」ときょとんとしているが、ベンジャミルタは「後でお礼を言わなきゃだ」と呟きながら立ち上がった。
すると遠くから遅れて四発の銃弾が放たれ、それぞれが残った紙魚たちの頭をタンッタンッタンッタンッとリズミカルに撃ち抜く。
紙魚はなにが起こったのかわからないままビチビチと跳ね回って苦しみ、やがて動かなくなると早速二匹が塵となり消え去った。残りも時間経過と共に消えるだろう。
ベンジャミルタは思わず口笛を吹く。
更にお礼を言う必要がありそうだ、と思いながら。
猫しばさん(@1223_cat)が描いてくださったベンジャミルタです(掲載許可有)
掲載のご快諾、そして素敵なイラストをありがとうございました!!
※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)





