第887話 四つ首ドラゴンVSリオニャ 【★】
四つ首のドラゴンが暗い空を舞う。
一頭だけに見えたそれは、島へ足を踏み入れてみれば五頭も存在していた。
彼らはリーヴァのような大きな獲物よりヒトのように小さな獲物を狙うことを好んでいるようで、伊織たちを追うより近場の人間や異種族たちを食い荒らすことを優先している。
多重契約結界に激しく体当たりを繰り返していた様子からもわかるように、性格は獰猛で好戦的だ。
その姿に親近感を感じているのはハーフドラゴニュートのリオニャだった。
リオニャは特別争いを好むというわけではないが、自分の肉体を駆使して命の駆け引きをするという行為そのものには親しみを持っている。
ドラゴニュートの本能的なものだろう。
父娘間での戦闘ではなく、お互いに生きるための単純な闘い。
それを貪欲に求めている様子は恐怖感よりも共感を招く。
堅牢な鋼鉄の肌を持つ豚型の魔獣たちが盾となり押し寄せ、その背後からキツネザル型の魔獣たちが尾先に灯った炎を投擲する中。
一国の王とは思えないほど一人だけ突出したリオニャは素手で炎を弾き飛ばし、豚の頭を踏みつけると天高く跳躍した。
その衝撃で豚は地面に深く突き刺さり即死したが、それをわかっているのかリオニャは振り向きもせず目前に迫った四つ首のドラゴンを見つめる。
「戦いたいならお相手しますよ。さぁ、かかってきてください!」
『……!』
突如目前に現れた敵に四つ首のドラゴンは目を剥いたが、恐怖はしていなかった。
むしろ活きの良い敵だと心躍らせている様子で口を大きく開き、空中のリオニャを飲み込もうと間髪入れずに噛みつく。
常人なら反応すらできなかっただろう。
しかしリオニャは上顎の牙に掴まると腕の力だけでぐいっと自分の体を持ち上げ、ドラゴンの鼻っ面へと着地した。
「えいッ!!」
リオニャの鉄よりも硬いと思しき拳が鱗を突き破って骨を砕き、ドラゴンは滝のような鼻血を噴き出して悶え苦しむ。
その間も鼻先にしがみついていた彼女に他の頭が噛みつこうと突進したが、ひらりと避けられ逆にもうひとつの頭にとどめを刺してしまった。
リオニャは返り血を拭って笑みを浮かべる。
「結構柔らかいですね〜! 胴体はどうですか? ドラゴニュートみたいにすぐ再生しますか? 心臓を潰しても動きますか? やってみていいですか?」
わくわくしながらリオニャは攻撃を避けて首から胴へと駆け降りた。
「わたし、戦うこと自体はそんなに好きじゃないんです。けど純血ドラゴニュートやハーフドラゴニュートと戦う機会が無かったことは惜しいなと思っていて……」
リオニャから四つ首のドラゴンに向けられた視線。
それは期待のまなざしだった。
「――あなたはドラゴニュートと同等の力をお持ちですか?」
擬似的にドラゴニュートと戦えるのではないか。
そうリオニャはわくわくしているのである。
深刻な事態だということはわかっているが、この感情は本能的なものだった。
ドラゴニュートはその生命力の高さから、他の種族と比べるとコミュニケーションが――簡単に言うなら『力強く』なりすぎてしまい、怪我をさせてしまうためハーフのリオニャも日頃から力をセーブしている。
ちょっとした触れ合いですら致命傷を与えかねないのだ。
クォーターである息子のタルハがその父であるベンジャミルタに何度も力加減無しのタックルを食らわせて悶絶させている様子からもわかるだろう。
敵味方関係なく、その心配をせずに全力でぶつかれる相手は希少で得難い。
それ故の期待である。
四つ首のドラゴンは返答をすることはなかったが、リオニャの行く手を阻むように翼を激しく動かした。嵐のような強風と地震のような足元の不安定さが同時にリオニャへと襲い掛かる。
「なんのこれしき!」
リオニャは風をものともせず驚異的なバランス感覚で突き進み、ついに胴体に到着すると翼の付け根をホールドして力一杯引っ張った。
翼が引き抜かれた樹木のように周囲の皮膚と鱗ごと持ち上がり、飛んでいられなくなった四つ首のドラゴンはリオニャもろとも墜落する。
「リオニャ様!」
「リオニャ陛下ッ……!!」
轟音と共に土煙が舞い上がり、同じ戦場にいたレプターラの兵士たちが仰天しながら叫んだ。
兵士たちはようやく豚とキツネザルの魔獣を撃退したところだ。
それも討ち漏らしがある。故に自国の王が戦っているところに加勢できなかった。
このままリオニャの身になにかあれば、折角落ち着きつつあったレプターラに再び恐ろしい時代が訪れるだろう。
――しかしそう肝を冷やしたのも数秒のことだった。
「うーん、回復能力はそんなに高くないみたいですね~。残念です……って、あ、弱い方が良いんですけど!」
「陛下! ご無事でしたか!」
「回復は必要ですか!?」
土煙の向こうから現れたリオニャは全身真っ赤になっていた。
しかしとんでもない怪我をしたというわけでもないのか、にこやかな笑みを浮かべて「大丈夫ですよォ~!」と兵士たちに手を振ると、討ち漏らした魔獣に向かってなにかを投げ飛ばした。ドラゴンの牙である。
直撃した魔獣はそれだけで沈黙し、リオニャは両手をパンパンと払う。
「心臓を直接潰したら結構汚れちゃいました」
「ち、直接」
「魔獣が消えれば綺麗になりますけどォ……皆さんの様子を見る限り驚かせて士気を下げそうなので、水で洗い流してもらえますか?」
もちろんです、とこくこく頷いた兵士は水をリオニャの頭の上から注いだ。
戦場で十分に回復魔法を使える実力を持った魔導師なら、この程度の水を出す行為は魔力残量に影響を及ぼさない。つまり洗い放題である。
綺麗になったリオニャはお礼を言ってから南の方角を見る。
「大きくて攻撃回数が多いだけの敵でした。でも一頭あっちにも行きましたよね?」
「はい、確認している五頭のうち一頭が飛んでいきました」
「ベンジャミルタさんたちは大丈夫でしょうか……」
視線を向けた先にはベンジャミルタがステラリカを連れてやぐらを建てる予定地があった。
彼も戦闘能力は高いが、それでも心配をしてしまうのは愛する人だからこそ。
リオニャは眉を下げていたものの、すぐに拳を握ると兵士たちを見た。
「心配して手を止めていたら余計に危険に晒しちゃいますよね。さぁ、続きです! じゃんじゃん魔獣の数を減らしちゃいましょ~!」
「は、はい!」
「お供します!」
リオニャはもう一度だけ南の空を見遣る。
そして心の中で夫にエールを送ると、再び戦場を駆け抜け新たな魔獣へと殴り掛かった。
リオニャ(絵:縁代まと)
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