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小坂、クローディアと共に迷宮へ行く

(なんの事ですかね…)

『分かり易すぎじゃろお主』


 俺は視線を逸らして惚けて見せたが、あっさりと看破されて撃沈した。

 クローディアは勝ち誇った顔で、俺が口を開くのを待っている。

 どうしたものか—と、俺が眉間を揉む中、アビスが観念したかのように、俺へ語りかけた。


『オサカよ…我も迂闊であった。だが、協力者は絶対に必要である。この娘は錬金術師としてはかなり優秀な部類に入るのは間違いないのである。ここは、この娘を我らの仲間に加えるのが良いと思うが?』


 アビスの言う仲間とは何か?—俺の最終目的は元いた世界に帰る事だ。アビス自身はその術を持たないそうだが、こちら側に来れたのだから、その逆で帰る事も可能なはずなのだ。

 アビスはアビスの思惑もあり、俺がホムンクルスになる事を勧めているが、俺は情報収集を円滑に進める上で、ホムンクルスの肉体が欲しいと考えている。

 詰まる所、俺は帰り着く手段を探すべく、世界を旅をしたいと考えていた。アビスもこの世界の状況が見えてくるまでは、俺と共に旅をするつもりであるらしい。仲間とは、その旅の同行者の事である。

 だが、クローディアは認められない。

 クローディアという人間をそこまで信用する事も出来ないし、子供を連れ歩く気にもならない。俺は首を振ると、クローディアを見て告げた。


(…隠し事をしているのは申し訳なく思いますが、詮索は無用でお願いします。明日、レベル上げの準備が出来たら声をかけてください。ご馳走様でした)


 クローディアの制止の言葉を無視して席を立ち、外へと出る。

 最後におやすみ—と、声をかけたのだが、クローディアは苦虫を噛み潰したような顔で佇んでいた。

 大岩から外へと出ると、嘆息して近場の石の上に腰を下ろし、渋い顔でガシガシと頭をかき、再び嘆息した。

 それまで黙っていたアビスであったが、俺の様子が落ち着いたのを見ると、声をかけてくる。


『オサカよ、その…我も悪かった。だが、あれはちと印象が悪いであるぞ?』


 そうだろうな—と、俺も思う。失敗したな—とも思う。もう少し言い方もあっただろうし。舌打ちしながらガシガシと頭をかいた後、ボソリと呟く。


(分かってますよ…)

『…』


 俺の世界では、弱みを見せれば付け入られる事はあれど、助けられる事などなかった。少なくとも俺の見てきた環境はそうだった。

 右も左も分からない状況で、“困っている”などと思われては、騙される事になりかねない。そうでなくとも、足元を見られるのも我慢ならない。

 度し難い—と、アビスは呆れたが、いきなり胸襟を開いて会話する事など、俺には流石に憚られたのだ。


『…あの娘とは関係を悪化させるよりも、仲良くするべきであると考えるが?』

(ダメですダメダメ。ビジネスライクな付き合いで行きましょう。彼女はここに住まいがあります。生活の場があるのです。我々の都合で連れ歩く事は出来ません。ましてや子供です。魔物が出るんでしょう?危険すぎます。何より、色々と得体が知れません。そこまで信用できません)


 俺はキッパリと告げた。

 無理なものは無理だ。俺はいずれいなくなる人間だ。—もう人間じゃあないが。まあ、それは良い。ともかく、この世界の事に関しては責任など取れない。ならば必要以上に関わるべきではない。俺はそう考える。

 だが、アビスには別の思いがあるのだろう。ボソリと呟いた。


『隠れ棲む住居などにいるよりも、我らと旅をした方が、あの娘にとっても良いと思うのだが…そうか、信用できぬか…』


 その言葉に、俺はクローディアの隠れ家へと視線を向ける。

 確かに、たった一人で魔物の出る山奥に隠れ住まうなどよりも、共に旅をした方が良いと思う。それには同意する。

 しかし、実は彼女は犯罪者で、この地に閉じ込められているのだとしたら?実は山姥的な魔物の一種で、俺を食べようとしているのだとしたら?他にも上げようと思えば、いくらでも可能性は上げられる。不用意に関わって良い事などないだろう。

 俺はクローディアの隠れ家から視線を切ると、静かに目を閉じた。






「帯刀、そうじゃない!棒を振るう時は腕の力で振るのではなく、体全体で振るえ。腕の力で振るった棒なぞ、痛くも怖くもないわ!」


 老齢の男性から叱責が飛ぶと、帯刀は青い顔で力強い返事を返した。

 そんな帯刀のすぐ近くには兄がいる。兄は他の門下生の動きを真剣に見て、真似ようとしている。見取り稽古である。


—バシン—


 木刀を打ち付ける音が道場内に響く。一度、二度。

 それを横目に、帯刀だけは棒術の特訓をしていた。帯刀は真面目に身体を動かしているつもりであったが、その一方で腐ってもいた。


(なんで僕だけ棒術なんだ)


 そんな事を思っていたのだ。

 帯刀は基本の型を嫌になる程繰り返し、先日ようやくその発展系の型、柳の型と呼ばれる、捌きに特化した型の練習に入っている。

 捌きに特化するとは言っても、力を抜いて良い訳ではなく、適切な力加減を必要とする。力を入れ過ぎても、抜き過ぎても祖父からの叱責が飛んでくる。


「帯刀!握りの位置がズレているぞ!基本の型からやり直せ!」

「はいっ!」


 帯刀は祖父の叱責に素早く返事を返すと、即座に構えを変えてみせる。炎流古武術・棒技—基本の型と表する。ちなみに—


「炎流古武術・棒技—基本の型!」


 —一々口に出さなくては叱責が飛ぶ。理由は知らない。父に聞いたら華麗に流された。祖父には怖くて聞けない。


「一、二、三、四…


 掛け声と共に基本の型を繰り返す。

 どういう訳か、帯刀がいる時は、祖父が帯刀に付きっきりとなる。帯刀にとっては迷惑極まりない。


「九、十!」

「もう一回!」

「一、二、三、四、五…


 棒を振る動きに合わせて、目線をちらりと兄に向けると、兄もまた帯刀を見ていた。

 同情しているかのような、それでいて励ますかのような、複雑な視線であった。






『寝ておるのか?』


 クローディアの声が聞こえて、意識が浮上した。クローディアは大岩の外へと出て来ているらしい。

 俺に声をかけているらしいが、どういう訳か身体に力が入らない。動けない。そんな俺の代わりにアビスが声を出す。


『寝ている。寝なくても活動に問題はないらしいが、間が空いた時などは寝ているのである』

『不用心ではないか?』

『敵意を感じれば即座に起きる。それは迷宮内で立証済みである。案じなくとも良いである』


 そういうものか—と、クローディアは一つ頷いた。

 ごめん、今、気が付いているけど動けない。不用心でした。


『先のアレ、やはりわしがオサカの領域に踏み込み過ぎたのか?』

『貴様は既に気付いているから隠しはしないが、オサカはこの世界とは別の世界で生まれ、育ったのである。右も左も分からぬ状況で、目の前には怪しい錬金術師。いや、錬金術師というものすら、あやつには分からぬである。信用する事もできないし、怖くて躊躇しているのである』


 おい!あっさりバラしてんじゃねーぞ駄竜!—と叫んでやりたいが、やはり身体は動かない。くそ、ままならん。


『つまり、オサカの問題である、と?』

『そう解釈して良いのである』


 意識はあるのに身体は動かない。全く不思議な事もあったものだ。これが俗に言う金縛りというやつであろうか。

 まいったな—と、腕組みでもした気になって新たな声を待っていると、ふわり—と、良い香りが漂ってきた。

 これはもしかしてクローディアの匂いだろうか。そして声が近い。


(もしかして隣に座ってんのか?幾ら何でも距離感なさ過ぎだろお前。この世界の人達って、みんなこうなの?)


 念じればアビスが拾ってくれやしないか?—と、期待するも反応はなく、俺を置き去りにして会話は進む。


『クローディアよ、貴様…オサカを利用しようとしているであるか?』


 ところが、アビスが唐突にこんな事を尋ねた。

 良いぞ駄竜。その質問はナイスだ。もっと聞け—と、ヒートアップする俺の隣から、神妙な声が耳朶に響く。


『そう…そうじゃな。利用しようとしておる。だが、一方的な関係にならないようにギブアンドテイクな関係を築いてゆきたい。わしはこの大陸から出たい。アビス様の話によれば、霊廟の迷宮は他の大陸とも繋がっておるのであろう?…ならば、その旅に同行させて欲しいのじゃ。邪魔はせん。連れて行ってくれるならば、代わりにオサカが活動しやすいように、色々な知識を授けよう。…そうじゃな、言語、魔術。この辺りでどうじゃ?イーブンになる取引じゃと、わしは思っている』


 アビスもまた考え込んでいるらしい。すぐには返事を返さずに、沈黙が続いた。

 一方で、俺はどうしたものかと考え直している。クローディアの語った条件は、イーブン以上だ。

 言語も魔術の知識も、俺の欲するものだからだ。それに対する見返りが、旅に同行させるだけだと言う。

 逆に胡散臭い。うん、やっぱりないな。


『我は否定せんのである。我とてオサカとはそういう間柄だ。ホムンクスルの肉体さえ拵えてくれれば、我に文句はないのである。…だが、これは地上生物がどうこう出来る手合いではないぞ?オサカの承諾さえあれば付いて来るのは勝手だが、オサカの機嫌を損ねたら、最悪そこで人生は終わると思うが良いのであるな。余談だが、我の手の内も知られておる故、万全となった我の肉体があろうと、簡単にこの男には勝てんのである』

『…竜神すらも凌駕する不死系魔物アンデッドか…それはゾッとする話じゃな』


 ああ、そうかい。悪かったな。—と腐ってみるも、やはり俺の声は届かないらしい。そろそろ、辛くなってきたんですけど。


『ところでアビス様、話は変わるが、アビス様はこう言った。アビス様が健在であった頃は、魔人族などいなかった…と。間違いないか?』

『…間違いないのである。何故だ?』


 魔人族という種族は、クローディアのような容姿をもつ者達の事だ。赤い髪に緑の魔眼、更には角を生やす。

 魔人族という種族が存在しなかった—という情報がどこに結びつくのか、俺には今ひとつ分からず、この時ばかりは黙って聞いた。


『文献によれば、魔人族という種族が世界に誕生したのは、史歴からおおよそ三千年前じゃ。つまり…』

『我は四千年以上も封印されていた…と…』


 クローディアはうむ—と頷き、アビスは盛大に溜め息をついた。

 アビスの事情など俺は知らないが、アビスの凹み方を見るに、なかなかに問題であるらしい。

 さて、どうしたものか—と、考えていた時、僅かに身体の感覚が戻ってきた。それを認めるや否や、即座に声を張り上げた。。


(だぁ、くそ!ええい、なんだったんだ)


 起き抜けに謎の怒声である。クローディアは肩を跳ねあげて驚き、アビスからは、何こいつ?—という、深い哀れみの念が飛んでくる。

 一先ず、アビスへの説教は後回しだ。まずは、クローディアを追い返す事が先決である。

 俺がクローディアへと向き直ると、クローディアは意を決したかのように、顔を引き締めた。


『お、おはよう。オサカ』


 ところが、先制をクローディアへと譲ってしまうと、先の勢いは何処へやら。俺は逡巡する。

 文句の一つでも言ってやるかと思ったが、先のクローディアとアビスの会話を聞いていたのは、いわば盗み聞きに近い。

 それでクローディアやアビスにあたるのも、おかしな話であろう。何も聞いていなかった事にするのが、大人の対応だ。

 そう思い直した俺は、とりあえず挨拶を返す事にする。


(…おはようございます)


 だが、それきり俺は口を噤んだ。

 何も言えない。何を言ったら良いのか分からない。

 そして二人の間に訪れる静寂。

 アビスは焦れったい思いに駆られているらしく、チャンネルを俺へと合わせると、さっさと何か喋れ!—と言ってきた。いや、お前は後で説教だからな?


(何をしているのであるオサカ。こういう時は男から話を振ってやらなくてどうする)

(うーん、そうは言いますがねぇ…話すネタがないのですよ。とりあえずは、詫びるところからですかね)


 俺はやむなしとばかりに頭を下げた。


「すみませんでした」

「???」


 頭を下げた俺だが、口にしたのは日本語である。

 当然、クローディアに日本語は通じない。目を瞬かせて俺を見つめるのみである。

 俺は加えて念話をする。アビスがチャンネルを変えてくれているはずだ。


(今のは、私の世界、私のいた国の言葉で、非礼を詫びる時に使う言葉です。すみませんでした)

『オ、オサカ…そ、その、そんなに畏まらないでくれ。わしは気にしておらん、うん』


 その言葉を聞いて、俺の短慮がいらん仕事をした。


(…気にしてなかったら、わざわざここに来ませんよ)


 アホか貴様!何でそういう事を言う!—と、アビスから叱責が飛んできた。ごもっともだ。


『…す、すまぬ…その、な…』


 クローディアは俺の発言を受けて、言葉に詰まり俯いた。

 俺は一度小さく深呼吸すると、アビスにより勝手に出自をバラされた怒りを鎮め、落ち着いて語りかける。


(御察しの通り、私はこの世界の人間ではありません。外を歩くには精霊石が必要であるという事を知らずに迷宮へと潜り込み、魔物化しました。なんなら、あそこが迷宮であった事すら知りませんでした。それに関しては、クローディアさんの読み通りです。認めましょう…けれど、私はいずれこの世界からいなくなる人間です。私の成した事が、後々問題を引き起こすような事は避けたいのです。ですので、私にそういう事を求めないでください。私の事情に踏み込まないでください)


 話は終わりだ—と言わんばかりに、俺は会話を切り上げる。

 クローディアは必死に何かを喋っているが、俺はもはや聞く姿勢にない。ひたすら無視する。

 やがて、クローディアは嘆息すると、隠れ家の中へと戻っていった。

 残された俺へと、アビスは心の中でジト目を向ける。何ですか?—と尋ねれば、アビスはこんな事を言ってきた。


『貴様…もしかして口下手か?人付き合いは苦手か?やたらと警戒心が強いタイプか?』

(…まあ、そうですね。今更気が付いたのですか?)


 はん、何を今更—と、俺は開き直っている。アビスの嘆息が聞こえた気がした。






 朝がきた。

 俺は隠れ家の外でクローディアを待っていた。やがて大岩の中から現れたクローディアは、昨日のローブ姿であった。


(お早うございますクローディアさん)

『お早うオサカ、アビス様も』

『うむ、お早うである』


 俺は組んでいた腕を解くと、一通り己の能力をクローディアへ説明する。

 それをふんふんと聞いていたクローディアだが、ふと尋ねてきた。


『のぅ、お主のヴァンパイア・ロードのスキルに、配下を大幅に強化出来るものはないか?わしを配下に加えよ。さすれば、レベル上げも捗りそうじゃ』


 確かにその通りだろう。しかし、俺は首を振る。

 理由は単純である。解除できない恐れがあるからだ。無関係な少女を眷属にしておきたいとは思わない。

 俺の反応にクローディアはジト目を俺へと向ける。


『お主…頭の固い男じゃのう』

『全くであるな』


 何故アビスがクローディアよりの立ち位置なのかはさておき、俺達は霊廟の迷宮へとやってきた。

 霊廟の迷宮とは、言うまでもなく俺の第二の生まれ故郷だ。ついこの間、敵は全滅させてきたのだが、アビス曰く、あれ程の魔素があれば、既に魔物は復活しているらしい。

 低レベルのクローディアには霊廟の迷宮は早過ぎる気がしなくもないが、俺が気配を消す術を知らないため、地上の魔物だと俺の気配を感知して逃げてしまうのだ。仕方ないのである。


(着きましたよっと!)


 ゴゴゴゴゴ—と、音を鳴らして石扉を開いてみせれば、クローディアは何かの瓶を開けて、黄色い液体を飲み干していた。

 アビス曰く、瘴気避けの薬であるらしい。不死系魔物アンデッドの多く住まう場所は、空気すらも生者には毒となるそうだ。

 ふぅん—とだけ告げた後、俺はクローディアを抱きかかえると、階段を一気に駆け下りる。

 クローディアは真っ赤になって何やら吼えているが、クローディアの足で階段を下りていては、日が暮れるどころの騒ぎではない。俺の足でもそれなりにかかるのだから。


(では、私が手足をもいで、動けないスケルトンを量産してゆきます。それの魔石を砕いてください)


 俺の言葉にクローディアは頷く。必死に歯を食いしばって耐えているが、膝はガクガクと笑っている。

 なるべく早く恐怖を取り除いてやろうとして、闇の帯を一気に噴出させると、スケルトンは超重量に抗えず、纏めて地に伏した。

 そのまま一体ずつ手足の根元に近い部分を砕いてゆく。随分と慣れたもので、もはや作業である。スケルトンでは俺に傷一つ負わせる事が出来なくなっていた。

 百体前後の骨を砕いたところで、帯が消えたらしい。残りのスケルトン達が立ち上がろうとしていたので、黒いシャボン玉を飛ばして纏めて抉り取る。老婆の幽霊の真似だ。

 思い付きで使ってみたが、これはなかなかに便利だ。俺は思わぬ発見に気を良くした。

 さて、近場に動けるスケルトンがいなくなったのを確認すると、俺はクローディアへと振り返る。


(さて、これで安…何でまだ震えてるんですか?)


 心なしかクローディアの震えは大きくなっていた。というか俺を見て震えている気がする。

 

『す、すまん…ここまで絶望的に強いとは思ってすらいなかった。わしは随分と命知らずな真似をしていたものだ—と、己の浅はかさが怖くなったのよ』


 などとクローディアは言いながら、視線はチラチラとこちらの様子を気にしている。少しだけ凹む俺を、アビスが慰めた。

 それからしばらくして、順調に魔石を砕いていたクローディアであったが、スケルトンが残り数体となった頃、待ったをかけた。


『ちょ、ちょっと待つのじゃ…身体が、上手く動かせん…』

『急激にレベルアップを重ねたせいで、身体が悲鳴を上げているのかもしれんである。今日はここまでにするべきであるな』


 承知した—とばかりに、俺が指を打ち鳴らせば、たちまち炎が吹き上がり、スケルトン達を灰に変える。もはや自身のスキルならば、ある程度は自在に操れる。このくらいは朝飯前だ。


(では、帰りましょうか)


 そう言うと、俺は再びクローディアを抱き上げた。クローディアは行き同様に顔を真っ赤にするが、動けないので仕方ないだろう。まあ、動けたとしても歩いて外に帰ろうとすれば、半日以上かかるのだ。阿呆らしい。

 それに昨日は肩車までしている。今更お姫様抱っこ如きで照れる事でもないだろう—というのは男目線であるらしい。

 クローディアからすれば、それはそれ。というやつであるそうだ。

 さて、翌日である—


『オサカよ。一日でレベルが20も上がった!わしの今のレベルが27になったぞ!』


 早朝、突如として大岩から飛び出てきたクローディアの言葉である。俺は頷くと言った。


(良かったではないですか?これならすんなりいきそうですね?)

『ああ!全くだ!よし、今日も行くぞ!霊廟の迷宮へ!』

(分かりました。では、着替えてきてくださいね)


 俺の言葉で、己が寝巻き姿である事を理解したクローディア。耳まで赤くなると、脱兎の如く大岩の中へと消えていった。

 騒がしい事である。嘆息する俺の脳裏へ、アビスの声が響いた。


『オサカよ、レベルという概念について、貴様は何も聞いてこないであるが…知っているのであるか?』


 それについては何となくは分かる—と答えた。

 そんな俺の気の無い返事に、アビスは大変面白くなさそうに尋ねてくる。


『己のレベルを知りたいとは思わないのであるか?』

(…いえ、全く)


 そうか—と、残念そうにアビスは退いた。

 俺は再び黙然としてクローディアを待つ。

 もう少し、アビスの話題振りに付き合ってあげるべきだったかもしれない—と、少しだけ思ったが、己のレベルになど全く興味が湧かないのだから仕方ない。


(そうだ、レベルと言えば…)


 俺が思い出したのは、使えば使う程に、技の精度が上がって行く事である。

 炎を操る能力で言えば、最初なんて飛ばす事すら出来なかったものが、今では指パッチンで離れた場所へ火柱を上げられるのだ。

 鎧や武器を纏う能力にしてもそうである。俺の鎧や出現させる武器は、随分と強度が増した。使えば使う程に、その能力を向上させてきたのだ。

 これを考えるに、その他のスキルでも同様の事が起こり得ると思われた。


(たまには、使っていないスキルも使うか…)


 俺が思い浮かべたのはキャッツブランドである。お気に入りの一振りだ。

 氷のノリが悪いので普段使いにはしていないが、ここらで鍛えておくのも良いだろう。


『ふむ、勤勉であるな』

(うわ、びっくりした…)


 いきなりアビスが思考に割って入ってくると、滔々と語り出す。

 長いので要約すると、レベルを知れと言いたいらしい。やはり何かしら語りたかったようだ。


『オサカよ、スキルにもレベルという概念はあってだな。それは我が人間達を守護していた時代からあったものである。人間達は目に見える形で努力が実る事に喜びを感じるらしくてな。かつては色々と面倒くさい測定基準があったものであるが、今はどうであろうな?まあともかく、クローディアがレベルを測れるならば、レベルを知るのが良いと思うのである。限界に到達したスキルとてあるかも知れんであるし、そう言った成長しないスキルを使い続けては時間を無駄にするであろう?我も共に頼んでやろう。あの娘にレベル測定をしてもらうのである』


 長広舌を披露してくれたアビスであるが、聞いていた俺はといえば、思わず渋い顔を作っていた。


(面倒臭そうだからパスです)


 なっ—と、俺の言葉にアビスが絶句する。

 俺は手続き関係が大嫌いな人間なのだ。限界に到達していようといまいと、気に入ったなら使うし、気に入らねば使わない。気が向いたら使うし、気が向かなければ使わない。

 それで良いと思っている。レベル測定なんて時間のかかりそうなものは御免であった。


『頑固な男であるな。少しくらい付き合ってくれても良いだろうに。貴様が今どれ程の高みにいるのか、少し興味があるのである』

(アビスさんが気になるだけじゃないですか…)


 どうやらそういう事だったらしい。意外としょうもないドラゴンである。まあ、俺の天邪鬼も相当だが。

 さて、そうこうしているうちに、身支度を整えたクローディアが表に出てきた。おしゃべりはここまでのようだ。


(では、今日も張り切ってスケルトンを狩りに行きますか)


 俺が中空に浮かぶ四本の腕に剣を出現させると、クローディアは目を輝かせて尋ねてくる。


『なんじゃその剣?可愛いのぅ』


 ふふふ、そうでしょうとも。自慢の一振りですよ。四本あるけどね。


『我も始めて見るな。愛くるしい剣である』


 いや、それはおかしいだろ—と、思わず俺は突っ込んだ。


(何でアビスさんが初めてなんですか…まあいい。今日の私はこれで戦いますよ)


 自身の腕にも二本のキャッツブランドを出現させた俺は、クローディアと共に迷宮入り口の石扉を目指して歩き出した。

 道中ではアビスとクローディアの指導の元、気配の断ち方を練習する。

 コツを掴めば早いもので—とはいかなかった。なかなかに苦戦し、結局、不死系魔物アンデッドオーラ全開のままで迷宮へと辿り着く。

 悔しくないフリをするのには、骨を折った。


(さて、では昨日同様、最初の霊廟で敵を倒してもらいますが…昨日とは違い、今日はガンガン前に出てもらいます。一匹でも多く倒しましょう)


『う、うむ。承知した』


 クローディアは僅かに怖気付いているようであるが、唇を引き結んで恐怖に抗う。

 それを見た俺は、問題なし—と判断して、石扉を開く。

 石扉の中には、いつも通りの不浄な気配が渦巻いていたのだが、その中に何時もとは違う気配も混じっている事に気が付いた。

 そして、俺はこの気配を知っていた。


(レッドスケルトンがいますね…)

『な、な、な、なんじゃとぉ!?』

『あの四本腕であるか…』


 自分の見た魔物はクローディアに伝え、その魔物の名前くらいは知った。

 ちなみに、レッドスケルトンは地上では百年に一度目撃されるかどうかであるらしいが、クローディアは実物を見た事がないそうだ。

 一度目撃されたら、町レベルだと上を下への勢いで、慌てふためくものであるらしい。

 霊廟前まで歩いてきた俺とクローディアは、通路から霊廟内を覗き込む。そこには数多の骸骨、そして四本腕の赤い骸骨も佇んでいた。


『…文献でしか見た事のなかったレッドスケルトン…なんか、感動じゃわい』

『あれを見て、感動出来るのであるか?』

(…俺にも理解出来ません)


 クローディアは羊皮紙を広げると、何やらシャカシャカと描いている。

 ブツブツと頻りに何かを口にしているが、俺にはこの世界の言葉が分からないため、意味不明であった。

 やがて、満足のゆくものが出来たのか、霊廟内のレッドスケルトンと手元の羊皮紙を見比べては、ウンウン—と、首肯して羊皮紙をしまう。

 どうやら、レッドスケルトンをスケッチしていたようであるらしい。


(赤い蟻かと思った)

『…我も同意見だ』

『うっさいのぅ!絵心がないのは自覚しておるわい!ほっとけ!』


 クローディアは壊滅的に絵が下手であった。


(どれ、絵というものを教えてあげましょう)


 俺はクローディアに羊皮紙とインクをもうワンセット取り出させると、シャカシャカとペンを走らせた。

 羽ペンは描き辛かったが、それでも見本になるものは出来た。

 俺はその出来に満足して頷くと、クローディアへと差し出す。


『う、上手い!?』

『今にも動き出しそうなリアルさであるな…』


 勝ち誇ったように鼻を鳴らした俺は、行きますよ—と告げて、スケルトンの群れの中へと飛び込んだ。

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