小坂、現地人と知り合う
今回も長いです。
最初、掟破りの三人称視点で話が進みます。
違和感があるかと思いますが、ご容赦ください。
手が空いた時に、一人称視点に書き直すつもりです。
ナイセイル大陸とかつて呼ばれた大陸があった。
今は世界が神により分断されたために、そこに暮らす人々にとっては、ナイセイルと言えば大陸ではなく、世界を指す言葉となっているが。
ナイセイルは菱形に近い大陸の北東から南西にかけて、大陸を両断するかの様に高い山脈があり、山脈からは大陸各地に清水が運ばれる。土は肥え気候は穏やかと、文句のない大陸に見える。山脈を起点として北部には数多くの町があり、人で賑わい大きな発展を見せている。逆に南部は未開発であり、広大な森林が広がり、魔物の天国となっていた。
ナイセイルの魔素濃度はかなり高く、魔物はすべからく高レベルであり、特に山脈付近は危険地帯とされ、誰も近寄る事はない。故に南部は手付かずなのである。
そんなナイセイルの山脈の山間に、大きな岩があった。その岩は一見何の変哲も無い様で、魔術的な隠蔽が成されている。明らかに人の手によるものであろう。
今、岩の一部に光る紋様が浮かび上がると、岩の中から一人の少女が現れる。水面に波紋を広げる様に岩肌を波打たせながら、少女は岩の外へと出ると、左右を確認してから足早にその場を後にする。
そのまま山間部の斜面をしばらくは登っていたが、いきなり失速すると肩で息をし始めた。
「ふぅ、ふぅ、いかん。また体力が低下しておる様じゃ。運動不足かのぅ」
少女は愛くるしい見た目に反して、随分とジジくさい言葉を使う様である。
ジジくさいのは言葉だけではない。見た目も町娘とは程遠い。真っ黒なローブに身を包み、木で拵えた杖を右手に、左手には何に使うのか、大きな空の袋を携えていた。足元はサンダルであり、よく見れば魔術師が好む旅装用のサンダルである。
赤い髪に緑の瞳、そしてうねるように前方へと伸びる角は魔人族の証。年頃にして13〜15と言ったところだろうか。
「はぁ、しくじったのぅ。トリの実が無くなっておるとは思わなんだわい。…もしかして、トリの実以外もヤバいのかのぅ。ざ、在庫確認はしたくないのぅ…」
少女はぶつくさと独り言を呟きながら、ゆっくりと山の斜面を上って行く。やがて獣道へと出ると、獣道に沿って山の中へと入っていった。
「魔物避けの呪印良し、臭い消しの香水良し、音消しの呪印良し、認識阻害、魔力認識阻害の呪印…良し。…ああ、大丈夫だとは分かっていても、やっぱり緊張するのぅ〜」
少女はおっかなびっくり、周囲の様子を窺いながら歩みを進める。どうやらビビりであるらしい。
そんな少女は一本の木へと辿り着くと、その周囲に転がる木ノ実を集め始めた。せっせと拾っては袋へとしまってゆく。その姿はまるでリスの様である。
「それにしても、今日はやけに森が静かじゃのぅ?何かあったのか?…まさかな」
少女は独り言を言いながら木ノ実を拾い集め、やがて目ぼしい木ノ実がなくなると、再び歩き出す。先程までとは違い、歩き方にやや余裕がある。
—ガサ—
少女の近くの草むらから、草葉の擦れる音がすると、少女の肩が跳ね上がる。
しばらくの間、青い顔で草むらを眺めていた少女であったが、観念したのかゆっくりと歩みを再開した。
余裕は消え去り、すっかりとビビリの歩き方へと戻ってしまっている。
「大丈夫。大丈夫。魔物は近付いて来ない。来てもわしを認識する事は出来ない…」
少女は自分へ言い聞かせる様に声に出すと、それを脳内で反芻でもしていたのか、足に力を込めて歩き出す。ゆっくりと音のなった草むらの前を通り過ぎて、ほぅ—と息をついた。
「な、なんじゃ。驚かせおって—
—ガサガサ—
再び少女の肩が跳ね上がる。
少女はゆっくりと音のした方、己の背後へと振り返った。
そこにいたのは、面ぽおの奥に赤い光を宿す不死系魔物の死霊騎士。しかも悪魔的なシルエットの鎧という、見たことも聞いた事も無いような死霊騎士である。明らかに特殊個体である。
少女はガクガクと震える膝を宥めて、歯の根まで鳴らないように必死に歯を食いしばる。
そんな少女の様子には全く気がつかないらしく、死霊騎士は草むらから姿を現わすと、左右を見ては首を傾げていた。
慌てふためく少女であったが、それでも恐怖に必死に耐えて音を殺す。呼吸にまで細心の注意を払い、嵐が過ぎるのを必死に待った。
(登り道でも不死系魔物の霊廟を越えてゆくとか、聞いてませんよ?)
俺はドラゴンへ文句を言う。だが、これにはドラゴンとて反論する。
〈我の巨体であそこから出られたと思うであるか?出られるはずもあるまい。我の与り知らぬ所である。言いがかりであるな〉
じゃあどうやって入ったんですか—と、毒づくが、ドラゴンは気分を害したらしく、これには答えない。俺は嘆息した。
俺は大霊廟を越えた先の上り階段を上って行くが、そこでもまた不死系魔物の群れと遭遇していた。例の骸骨やらゾンビやらと、下りてきた時とは逆順で二週させられたのだ。流石に辟易するというものだ。
だが、そんな苦難の旅も終わりを迎える。ついに出口となる石扉を発見し、霊廟の外へと出たのだ。そこは樹海とも言うべき森林であった。いや、山中であろうか。
上背のやたら高い高木に辺りは覆われ、僅かな斜面には高木の葉を潜り抜けた日向がぽつぽつと見える。日があまり当たらないせいか、草木はそこまで生い茂ってはおらず、掻き分けて進むのに苦労がなさそうであった。
(…ここ、何処ですか?)
〈…我が知っていると思うか?〉
俺とドラゴンは一言言葉を交わしただけで黙り込む。かたや異邦人。かたや霊廟の引きこもり。外の世界の事など知る由もないのだ。
俺はとりあえず深く息を吸い込み、深呼吸しようとしたが、不快感に舌を鳴らした。太陽光だ。太陽光が痛いのだ。命に関わるような痛みではない。チクチクとした小さな痛みだ。それがまた煩わしい。
(太陽光が当たると物凄く不快なのですが)
〈普通の不死系魔物なら、太陽光を浴びた時点で灰になるであるからな。むしろ、不快程度で済んでいる事に驚くのである〉
知っていたなら教えろよ—と、俺は心の中へ向けて舌打ちすると、ドラゴンの反応を待たずに歩きだした。
ところが、ドラゴンは舌打ちを咎めるでもなく黙っている。ドラゴンの気配を探るに、俺の視界を介して、外の景色を楽しんでいるらしい。
(無理もないか。ずっと霊廟の中にいたんだもんな)
それを言ったら俺もなのであるが、俺とドラゴンでは年季が違う。ドラゴンは少なくとも—
〈百年以上は閉じ込められていたと自負しているのである〉
—と語っていた。
少し盛っているかもしれないが、それでも長い年月である。
ドラゴンの気の済む様にしてやろう—と、大人しく歩く事にしたのだ。お互いに口汚く罵り合う仲だが、何だかんだで俺とドラゴンは気の合う二人なのかもしれない。
そのまましばらく進むと、藪を掻き分けた俺は獣道へ出る。そこでドラゴンからストップがかかった。
〈まて…何か思念を感じる。本当にすぐ側に何かいるであるな…これは、人であろうか?〉
俺は左右を見渡すが何もない。
近場の草むらにでもいるのであろうか。どうしたものか—と、首を傾げて考えた。
しかし、ドラゴンはそうではない—と言う。
〈いや、本当にすぐ側だ。おそらく隠蔽系の魔術である。貴様は魔術の存在を知らなかったが、未だに魔術は残っていたのであるな。安心したのである〉
(隠蔽系の魔術って…どうしろと?)
俺は再び首を傾げた。そんなものを見つける術なぞ持たない。何かドラゴンに知恵でもあるのであろうか。
そんな事を考えていると、ドラゴンは気が散る—と、ばかりに俺を制した。
『まあ待て—隠れている者よ、姿を見せてはくれぬか。危害は加えない。我、竜神アビスの名にかけて誓おう』
ドラゴンの声が何となくボヤッとしたものに変わる。古いラジオのチャンネルを、微妙にずらした時の様だと感じた。ていうか、自主的に何かできる訳じゃないのかよ。
それからしばしの間を置いて、答えが返ってくる。
『竜神…アビス?…すまぬが、その様な神の名に覚えがない。古き神の一柱であらせられるか?』
(うおおっ!凄え!本当に誰かいた!ドラゴンさん凄いよ!)
俺は聞こえてきた声に思わず驚きの声を上げた。だが、俺の思いもラジオの音声よろしく響き渡ると、相手を驚かせてしまったらしい。
『だ、誰じゃ!?』
『黙っていろオサカ!…すまん、今の聞くに耐えない濁声こそが、この死霊騎士に見える男の声だ。我はこの男の中に住まう。この地の迷宮の中に封印されていたのを、この男に救い出された。この男は不死系魔物でこそあるが、人であった頃の理性を失っておらず、ご覧の通り意思疎通は可能だ。我らは共に長らく迷宮に囚われていた故、色々と外の世界についての情報が欲しいのだ。すまないが姿を…いや、我らが怖いと言うのであれば、そのままで構わん。我らの問いに答えてくれるか?』
ドラゴンの問いかけに少し間が空いた。俺はドラゴンの営業トークに感心しつつ、アビスという名を始めて聞いた事について考える。
(ドラゴンさん…名前あったんだ。アビスさんと言うのか。教えてくれても良いのに)
『貴様がいきなり人を虫扱いしたからであろう!名乗る気が失せたのである!と言うか黙っているのである。今は我が会話しているのである』
営業トークから素が見え隠れしているアビスであったが、それが逆に功を奏したのか、俺達の目の前に一人の少女が現れた。
少女は全身を黒いローブで包んでいる。歳不相応に地味というか、不気味な格好だ。
だが俺が気にしたのはそこではない。赤い髪に緑色の虹彩、更には頭部から生えた角。何もかもが不可思議に映った。
少女は俺に対して—否、アビスに対して跪いて答える。
『古き神の一柱—アビス様のお言葉を信じる。わしの知り得る事などそう多くはないが、可能な限り答えるのじゃ』
そんな少女の態度にアビスはご機嫌である。
そうそうこれだよこれ!—とでも叫び出しそうな程に、アビスが浮かれているのが俺には分かった。
(早くこのドラゴン出て行かないかな…)
と、げんなりしながら考える。濁声とか言われたしな。
『聞こえているぞオサカ!…そうだ、オサカよ、貴様は兜を取れ。と言うか、外の世界に出たのだ。鎧を纏う必要もないのである。地上の魔物は貴様を害せる程に成長し得ない』
ドラゴンの言う事は俺にも理解できた。少女を安心させようとしているのだろう。
だが、できない相談だ。俺の服は誰かさんのせいで焼け落ちている。肌や髪の毛は当たり前のように再生したが、衣服はそうもいかない。ぶっちゃけ鎧の下は全裸である。
(…兜だけなら取りましょう。誰かさんに服を焼かれたので、鎧の下は生まれたままの姿なんですよね)
『う、生まれたまま…それって…』
目の前の少女が何かを呟いて赤くなる。
ああ、そういう年頃なのか—と、勝手に納得した俺は、特に少女の呟きには何の反応も示さずに兜だけ消した。聞かなかった事にした—とも言う。
(はじめまして。私は小坂と申します。故あって今は不死系魔物やってます)
慇懃に礼をして見せる。まずは相手を怖がらせない事が重要である事は、俺とて理解している。
そんな俺達へと向けて、少女もまた名乗りを上げた。
『クローディアじゃ。山奥に篭り錬金術の研究に明け暮れておる。それ故に世情には疎い。答えられぬ事も多かろうが、ご寛恕願いたい』
俺とアビスはクローディアの発言に目を見開いた。錬金術師である。そう、目の前の少女が探すべき錬金術師であるのだ。
これは幸先がよいのではなかろうか?—と喜んだ。アビスもまた、喜色を露わにすると、浮かれた声で尋ねる。
『何と、錬金術師!それは良い。この男はご覧の通り、一目で分かる不死系魔物となってしまっているのである。かなり困っておってな!ついては、ホムンクルスの製作をお願いしたい。まずは頼めないだろうか?見返りには…そうだな。貴重な素材の場所なんかを教えてくれれば、この男はどんな素材でも間違いなく取得してこれるのである。その他にも相談とさせてほしいのである』
(お話中すみません。太陽光が痛いんですけど。もう兜被って良いですか?)
必死に頼み込むアビスの声をかき消すように、俺が手庇で顔を隠して空を睨み付けると、クローディアがジト目で俺を見つめる。
アビスを見ている訳ではなさそうだ。何故なのか。
『…何というか、お主ら、ちぐはぐじゃのう?本当に困っておるのか?』
『…この男が不真面目なだけであるな』
アビスの声が哀愁を漂わせていた。
『何と!…霊廟の迷宮を突破してきたのか!?し、信じられん』
(この身体になったからこそですね〜。半年近くも飲まず食わず休まず営業なんて、人の身体じゃ無理でしたよ。途中でドラゴンが襲いかかってくるし…)
『貴様が我を無視して先に進もうとするからである』
俺はクローディアと共に歩いていた。
正確に言えば、クローディアを肩車して歩いていた。よたよたと足元の覚束ないクローディアは、俺から見ていて危なっかしくて仕方なかったのだ。
担ぎ上げた当初こそ、顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりして俯いていたクローディアであったが、俺とアビスの掛け合いに笑い出すと、後は早いものであった。
俺のホムンクルスを作る事は承諾された。だが、それに伴い条件を出された。それは、クローディアのレベル上げである。
クローディアは製法そのものは知っているものの、それを成し遂げるだけの魔力がないらしい。よく分からなかったが、ともかく、レベル上げを手伝う事が条件となった。
レベル上げはクローディアにとっても益があるらしく、俺とアビスが承諾して以降、すっかりと上機嫌である。
『アビス様はどの様な神であったのだ?』
『アビスで良い。もはや肉体も失い、今の我は精神体しか残っておらぬであるからな。まあ、いずれは肉体も取り戻すが—さて、我はな、守護神であった。人々を守護する竜神であったのだ。遠い昔の話であるがな』
クローディアはアビスの語る昔話が大変気になるらしく、しきりにアビスへ質問を繰り返している。
アビスもそれが嬉しいと見え、外の世界の情報を聞き出す事も忘れて、昔話に花を咲かせていた。
なお、元の世界に一刻も早く帰りたい俺は、興味が湧かず聞き流している。感じの悪い男である事は自覚している。
ちなみに、俺とクローディアの言語は全くと言って良い程違い、意思疎通にはアビスを介する必要があった。当然と言えば当然だが。
そして現在は、クローディアの食料となる木ノ実取りの真っ最中である。
『しかし、今日は森が静かだと思っておったが、お主達がいたせいであったのか。皆、尋常ではない気配を感じて逃げ出してしまったらしいの』
『それはすまぬのである。このバカには早急に気配を断つ術を学ばせるのである』
(バカって…)
俺の扱いが雑であると思う。まあ仕方ない。事実であるのだから。甘んじて受け入れよう。
(お前ら、月のない夜には気をつけるんだな)
『ひいっ!?』
『やめるである馬鹿者!』
さて、冗談はこのくらいにしよう。
クローディアは余程知識欲が豊富なのか、俺へも質問を繰り返す。ついに俺が気にしている部分へと触れてきた。
『オサカは何という不死系魔物になったのじゃ?』
(アビスさん曰く、デートラヘレだそうです)
さて、怯えられるか?—と、俺は歩きながらも意識をクローディアへと集中して反応を待った。
だが、俺の予想は良い方向に裏切られる。
『何と、何と!?あのデートラヘレか!?文献でしか見た事ないわい。そうかそうか!後で詳しく調べたい。家に着いたら鎧を脱いでもらえぬか?』
(…全裸なんですってば。というか、怖がらないのですね?)
俺の問いかけに、クローディアは鼻息を荒くして答える。
『理性が残っておるならそれは人と変わらぬ。何を恐れる必要がある?そんな事よりももっと詳しく聞かせるのじゃ?確か何度か進化したとか?そこのところを詳しく!』
俺は思わず渋い顔を見せる。
このクローディアという少女は、単なる研究バカなのではなかろうか?—と考えたのだ。市井の反応を知るための基準には、なりそうもなかった。
アビスは俺の考えに苦笑しつつも否定はしない。だがクローディアは反論する。
『な、ななな何を言うか。わしの何処が研究バカじゃ!ちゃんと一般的な感性を持っておるわい』
クローディアは文句を言いながらポカポカと俺の頭部を叩く。順応し過ぎである。どう考えても一般的ではない。
何処の世界に、見ず知らずの不死系魔物の頭を出会った当初から叩く人間がいるものか—と、思いつつも、今の俺にはそれが好ましかったりするのであるが。
さて、木ノ実を集め終えた俺達は、クローディアの家へと招待される事になった。一人暮らしと聞いた俺は、不死系魔物である事と、男である事を理由に拒んだが、クローディアに半ば押し切られるように連れてこられてしまったのだ。
恐るべし知的探究心。俺はそんな思いを嘆息と共に追い払った。
〈良かったではないか。ホムンクルスは何とかなりそうだぞ?〉
アビスは随分と気楽に言う。だが、突き付けられた条件を今にして思い返すと、俺はそこまで楽観的にはなれない。
クローディアのレベル上げ。もしかしたら言う程簡単ではないかも知れないのだ。
クローディアは俺と違い、食事が必要だ。睡眠も。女子である以上排泄もその辺で済ませる訳には行かないし、お風呂にも入れてあげなくては可哀想だろう。ましてやクローディアのレベルは一桁であるらしい。
それがどれ程のものなのかは知らないが、俺の世界のゲームに照らし合わせて、レベル50まで上げると仮定した場合、築き上げる屍の数は如何程か。
そしてそれ以前に—
(何か引っかかるんですよ。彼女の提示してきた条件は、一見するとWINーWINに取れるんですが、他意を感じるというか…上手く説明できないんですけど…)
俺の言葉にアビスは驚き、ううむ—と、考え込んだようである。深く考えていなかったらしい。
俺はテーブルの上に載せられた清水を煽りながら、アビスが何か言うのを待った。何も言わなかったが。
クローディアが戻ってきたのは、それから間も無くの事だ。
『すまぬな、待たせた。木ノ実を茹でて潰した料理だ。口に合うか分からぬが、是非とも食べて欲しい』
(…いただきます)
俺は手を合わせて食事前の挨拶を行う。
クローディアはそれを訝しげな顔で眺めていた。アビスもまた、不可思議なものを見聞きしたかのような反応を示す。
俺はそれを不思議に思ったが、料理の感想を待っているのだろうくらいに考えて、木ノ実を茹でて潰したものをスプーンですくって食べた。
(…思っていたよりも悪くない。というか美味い。栗だ。栗と同じ味だ)
もう一口食べたところで、あれ?味も感じるんだな—と俺は首を傾げた。不死系魔物、謎である。
ところで、そんな俺の食事をクローディアが手で制する。顔を上げた俺対してクローディアは尋ねる。
『いただきます—とは何じゃ?栗とはどんな食べ物じゃ?』
『うむ。我も気になっておった』
チッ—と、内心で舌打ちした。
いきなりやってしまった。俺はクローディアにホムンクルスを作ってもらう事になる。彼女がどのような人間か分からぬ現状、あまり弱味を握らせたくはなかった。
それがいきなりこれである。己の迂闊さに天を仰ぐ思いだ。
『…なんじゃ、どうした?』
(いえ、何でもありません。こっちでは知られていない事に驚きまして)
クローディアが急かすように尋ねてくる。以外にグイグイ来るな。思ったよりもせっかちなのかも知れない。
そう考えた俺は、やむなく話しながら組み立てる事にした。頼むぞ、俺の脳細胞。死んでるけど。
(私の生まれ故郷では、ご飯を食べる前と食べ終えた後に挨拶する習わしなんです。いただきます—という言葉には、消費される命への感謝や、ご飯の作り手、恵を与えてくれた神に感謝するなど、いろんな意味が込められているらしいですよ。ちなみに食べ終えた後は、ご馳走さまでした—と言います。後は…栗か。栗は俺の生まれ故郷にあった木ノ実ですね。石焼きにして甘味を付ける食べ方が広く知られております)
どうだ?—と、クローディアを見る。俺の説明にクローディアは満足げに頷いていた。ホッと胸を撫で下ろした瞬間だ。
そんな俺の気も知らずに、クローディアは自身も両手を合わせると、いただきます—と、挨拶をしてみせた。
さて、木ノ実の料理を一口食べたクローディアだが、俺へ視線を戻すと再び問いかけた。
『甘味とは、あの甘味か?甘い甘味の事か?高級品じゃよな?お主はあれか…貴族か?』
どうだって良いだろうが畜生—と、叫びたい。細かいんだよ研究馬鹿!—と、スプーンを叩き折ってやりたい。
全く。どうして俺はこんなに迂闊なのか。ああ、段々とどつぼに嵌ってゆく。嘘に嘘を重ねるって、こういう事か。俺には無理だ。さて、どうやって誤魔化すか。
(…高級なのですか?砂糖が?)
『砂糖とは何であるか?』
『…甘味をもつ調味料じゃよ』
砂糖が高級である事など、俺は知らない。それは素直に返しても良いはずだ。
そして、砂糖そのものを知らないドラゴンは、クローディアの言葉に首を傾げていた。そもそも甘味が分からないのであろう。
俺は一度咳払いすると、クローディアに対してそれっぽい説明を続ける。
(砂糖の原材料はいくつかありますが、私の生まれ故郷ではどれも簡単に取れていたのですよ。だから高級でも何でもなかったのです。で、私は庶民ですよ)
『成る程な。所変われば価値も変わる…か』
『甘味とは何であるか!?教えるである!貴様ら!』
凌ぎ切った?—と、俺は具にクローディアを観察する。クローディアはウンウン—と満足げに頷いた後、アビスに対して甘味が何であるかを説明していた。
何とか逃げ切ったようである。俺は深いため息を吐いた。
異邦人である事を明かしていない俺に問題があるのだが、クローディアの細やかさが若干苦手になりつつある。もうヘトヘトです。
さて、クローディアが食事を終えると、アビスもクローディアへと質問を開始した。
『クローディアよ、今は何年であるか?』
『人類史の歴の事か?史歴一三一四年だが…』
クローディアの言葉にアビスが絶句する。
それを訝しく思いながらも、俺は急かさずにアビスの声を待つ。
クローディアも俺に倣い、アビスが言葉を発するのを待った。
しばらくして、アビスは嘆息してから口を開く。
『我は…我は少なくとも一三一四年は封印されていた事になる。史歴などという呼び名は知らぬ。当時、人類種は我が庇護していたのだ。竜歴…聞いた事は?』
アビスの問いにクローディアは首を振る。アビスが封印されていたのは百年とかそういう次元ではなかったらしい。
ぬぬぬ—と、アビスは唸り声を上げたかと思えば、すっかりと大人しくなってしまった。何か考え込んでいるらしい。
俺はそんなアビスをよそに、クローディアへと尋ねる。
(すみません、道中で教えてくれた、魔物化を防ぐ精霊石?それはどういうものなのですか?現物を見たいのですが、持っていませんか?私の故郷には、そんな習わしがなくて)
クローディアの隠れ家へと帰ってくる道中、クローディアから精霊石の事を聞かされた。
アビスはそれだけで分かったらしかったのだが、俺にはよく分からなくて、悶々としていたのだ。
既に不死系魔物化している身では精霊石など不要であるが、この世界では当たり前の常識であろう。知っておいて損はないと考えていた。
『ふむ?余程魔素の薄い地域じゃったのじゃな。まあ良い、ほれ、その照明の中に組み込まれておる石が精霊石じゃ』
クローディアの言葉に視線を持ち上げて、穴蔵の天井に設置された照明を眺めた。質の悪い硝子の中に、確かに白い光を放つ石がある。俺は立ち上がると、硝子の外から石を矯めつ眇めつ眺めた。
『魔素が大気中で異常に寄り集まり、強大な魔力となった魔素は、安定した形を求めて周囲の空間ごと食い尽くして迷宮を作り出す。これは知っておるか?』
次いでクローディアが再び俺に尋ねるが、これに俺は首を振る。
俄かにアビスを責めたが、我は門外漢である—と、アビスは強弁に主張した。
そんな俺達はさておき、なおもクローディアは続ける。
『だが、迷宮を生成するプロセスにおいて、稀に人格を形成する場合がある。この場合、迷宮は形成されずに精霊や妖精が形成されるのだ。いわば、精霊や妖精という存在は、魔力の塊でもあると言える。ここまでは良いか?』
(大前提として、魔素って何だ?—という所から説明をお願いしたいですが、その辺は後で聞きます。一先ず疑問はありません)
俺は顎鬚を摩りながら言った。考え事をする時の俺の癖だ。
ちょっと髭の先端が硬いのは、誰かさんのおかげで焦げたせいだろう。
クローディアは首肯すると、なおも続ける。
『よし、では精霊石だが、寿命を終えた精霊、或いは妖精そのものだ。言い換えれば、精霊や妖精の亡骸だな。精霊石の性質は二つ。魔素を取り込む事。魔素を放出する事。これだけじゃ』
いつの間にかクローディアは歳不相応な真面目な顔付きで語っていた。俺の真剣さに触発されたのか、或いは、錬金術師としての、彼女本来の顔が垣間見えているのかも知れない。
俺は疑問を覚えてクローディアに問う。
(それがどうして肉体の変質を抑える事に繋がるんですか?)
『うむ。そうじゃな。その前に、魔素とは何かを説明しておこう。魔素とは、この世界全土を覆う生命の元とも言うべき力の一つじゃ。わしら術者は、魔素は寄生生物のようなものであると考えている—が、それは良い。魔素はあらゆる力の元となる。魔術然り、レベル然り、他には魔道具—この照明なんかの事じゃな』
そう言ってクローディアは照明を指で弾く。照明の灯りがゆらゆらと揺れるのに合わせて、俺とクローディアの影が踊った。
『魔素は寄り集まり魔力となる。その時、何を器とするかにもよるのじゃが、器には当然限りがある。魔素で満たされればそれ以上は入らんじゃろう?だがな、魔素は更に寄り集まろうとして器を拡張させる作用があるのじゃ。これが…人でいう魔物化じゃ。人の場合は強靭な身体能力と有り余る魔力を使えるようになる反面、理性を失い獣と化す。これは魔素が脳にも影響を与えている証左であろうな。魔術を使える者ならば理解できると思うが、魔素はある程度なら術者の意向を魔術に反映させてくれる。ここからも魔素は脳内にも出入りしておる事が窺えよう。—魔物化についてはこんなところじゃ。動植物の場合も…そう変わらんな』
俺は再び顎鬚を摩りながら考え込む。
確かに魔術—いや、俺のあれは魔法という話だったか—は、俺の意向を反映させてくれる。
俺が氷や炎の魔法を使う時、“こうしたい”という思いを実現してくれているのだ。
クローディアの話は、嘘やデタラメではないと思われた。
『で、ここで精霊石だが、精霊石は肉体に変わり魔素を吸収してくれる。だが、肉体の求めに応じて魔素を放出もしてくれる。そんな訳で精霊石を取り込んでおけば、レベルも上がるし魔術も使えるが…魔物化はしない—という訳だ。門外漢である故、触りくらいしか語れぬが、何となくは理解できたか?』
俺は首肯する。ここまで整理できていれば、現段階では問題なかろう。
(助かりました。良く分かりました)
『我の生きた時代では、そこまでの知識はなかったである。更に言うなら、魔人族という種族自体なかったのである』
途中から我に返ったのだろう。しれっと会話に参加してきたアビスの言葉に、クローディアは驚きを露わにしたが、すぐさまそれは隠された。俺も見なかった事にした。
『…さて…』
クローディアはアビスではなく、俺へと向き直る。
何事か?—と、俺もクローディアを見た。
『さて、次はわしがお主に尋ねたい』
クローディアは改まった様子で俺に向けて言う。
少し怖いが、俺は先を促した。
(どうぞ。私に答えられる内容ならお答えします)
俺の発言に対してクローディアはニヤリと仄暗い笑みを浮かべる。言質は取った—と言わんばかりの表情だ。
俺は思わず眉を寄せる。一体何を尋ねるつもりであるのか。
さて、俺の返事から一拍置いたクローディアだが、驚くべき事を口にした。
『信じ難い事ではあるが…どうしてもこのような結論に行き着くのじゃ。もし違っていたら許せ。…お主、この世界の人間ではないな?』
アビスが驚きに声を上げ、俺は渋い顔を作った。




