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小坂、ドラゴンと共に行く

今回、長いです。

 鎧騎士を倒した俺は、下り階段を下りながら、ここまでの事を思い返していた。


(骸骨は進化して赤骸骨になる。その後はおそらく黒骸骨だ。赤骸骨以降、やたらめったら力が強くなり、重さも増す。黒骸骨になると念動力まで使う。強敵だな…)


 —骸骨スケルトン。初めて出会ったモンスターであり、倒したモンスターである。初期状態の危険度はさほどでもないが、進化すると物理攻撃力が半端ない事になる。


(ゾンビは進化すると顔が増える。その先かどうかは不明だが…蜥蜴みたいなゾンビもいる。蜥蜴の攻撃を見ていた限りでは、何らかの毒攻撃がゾンビの得意技なんだろうな)


 —腐肉ゾンビ。俺にとっては非常に相性の良い相手である。焦ったく成る程に足が遅いため、俺ではまず接近を許すこともない。

 蜥蜴に関しては逆で、接近される事が怖くない。蜥蜴の吐く粘液に物質を溶解させる作用があれば話は違ったのだが、そうでないならば何も怖い事などない。そもそも俺は死体であるからだ。毒など微塵も怖くない。身体を動かせている事が不思議な程だ。


(幽霊は…ボーナスステージだな。次は鎧騎士か〜。あいつらは地味だが時間だけは取られるよなぁ〜。堅実で防御が硬く、その上それなりに技術もある。足が遅い事だけが救いか)


 幽霊ゴーストの考察は雑なものであったが、鎧騎士—いや、死霊騎士デュラハンとしよう。死霊騎士デュラハンの考察はしっかりと行う。

 死霊騎士デュラハンの怖いところは、その防御能力と卓越した戦闘技術である。防御能力に関しては、ただでさえ硬い上に、進化すると特殊な力までも封殺してくるのだ。あれにはまいったと言わざるを得ない。


(そして、やっぱりそうなるよな)


 俺の視線の先には、人間にしか見えない集団が霊廟内に佇んでいる。

 だが、目の赤い輝きから、人間ではない別の何か—今の俺と同質の存在であろう事が窺えた。

 そして、その中に一人だけいたのは、腕に不可思議な紋様を持つ、人間に近い何かである。今の俺と同じであろう。


(能力は未知数だよな…人間ぽい奴は巨人の時からそう変わらない。膂力も何もかもが引き継ぎだった。ヤバいのは紋様が現れてからだ。鉱石を潰す事により、その相手の能力を吸収するなんて、反則も良いところだ。あいつが何を吸収しているかで、使える能力もステータスも変わる…)


 俺は最初から飛ばして行くつもりだ。

 時間を与える事が怖い相手であった。だが、鎧騎士のような特殊な防御能力はないものと思われる。ならば、逃げ場がない程の炎の塊を叩き込んで、一気に終わらせる。


(いけ!)


 己の胸の前で両手を伸ばして組むと、霊廟の外から室内へと向けて圧縮した炎の球を放つ。以前使った時もそうであったが、全く熱く感じないのは、鎧の効果であろうか。

 放たれた炎の球は、放物線を描いて霊廟内へ飛び込んだ。霊廟内へと入るや否や、大きく膨らみ多数の人型を巻き込んで燃え盛る。

 俺は霊廟内へと素早く走り込むと、炎の中を突っ切り、不可思議な紋様を持つ人型目指して巨大戦棍グレートメイスを投擲する。


「これで寝てろっ!」


 轟音を立てて投げ込まれた巨大戦棍グレートメイスであったが、数多の人型を巻き込んだが故に、軌道が逸れてボスキャラを捉えるには至らなかった。

 舌打ちをしながら、更に巨大戦棍グレートメイスを投擲する。

 既に過半数の人型は仕留めているが、敵もこちらに気が付き戦闘態勢を整えている。

 俺の投擲した巨大戦棍グレートメイスは、またしても雑魚を蹴散らすのみの結果に留まり、ボスを倒すには至っていない。


「くっそ!ままならんな!」


 六本の腕をフルに展開すると、近付く人型を薙ぎ倒して進む。ボス人型が何をしてくるか分からない以上、立ち止まる事は出来ない。

 雑魚共には構わず、ボス人型だけを注視しながらひた走る。ただ力が多少強いだけの人型など、俺にとっては障害物でしかない。

 やがて、ボス人型の元に辿り着いたが、ボス人型は俺を見て構えるのみで、何かをしようとはしない。

 それを認めると、程度を察して安堵の息を吐く。


(こいつは能動的な能力は何一つ持っていない)


 俺の読みが正しい事は、すぐに判明した。

 俺は即座に闇の帯を広範囲へ展開すると同時に、ボス人型へ向けて飛びかかる。

 ボス人型は俺の一撃を躱しはしたものの、闇の帯に足を取られると、僅かに動きが鈍る。

 完全に動きを止められなかった事は計算外だが、無事に二撃目で沈める事ができた。


「ふぅ…今までで一番緊張したかもしれん…」


 終わってみればなんて事ない相手だったが、もし—を考えると、恐ろしい手合いである。

 これは推測だが、この霊廟にいるアンデッド達は、それぞれの霊廟から外に出る事はない。故に、不可思議な紋様を持つ人型は、何の能力も有していなかったのだろう。

 俺は残りの雑魚を片付けてから、霊廟を後にした。






「やっぱり美男美女だなぁ…」


 二週目最後の霊廟はヴァンパイアの霊廟である。

 ヴァンパイアのボスは霊廟の外からは窺い知る事が出来ない。どれも同じに見えるからだ。しばらくは観察していたが、やはり全く分からない。

 俺は嘆息すると、霊廟内へと足を踏み入れた。

 だが、ここまでとは違い、霊廟内へ入ったにも関わらず、ヴァンパイア達は俺に気が付いた形跡がない。

 どうした事か?—と、首を捻っていると、ヴァンパイアの中央辺りから、一体のヴァンパイアが天井めがけて飛び上がった。

 ヴァンパイアは俺に気が付いているらしく、俺を見つめたまま天井へと逆さに張り付く。


「@#/&!」


 ヴァンパイアが声を上げると、それに呼応したかのように、周囲のヴァンパイアが一斉に俺へと向き直る。

 初めて見る反応に、僅かに動揺した。


「何だよそれ、そういうスキル?」


 天井にぶら下がるヴァンパイアは、周囲のヴァンパイアと比べると、少しだけ牙が長い—気がする。きっとあれがボスキャラなのだろうな—と当たりをつけた。


「先手必勝!…と、行きたいところだが、スキルは欲しいな」


 ボスヴァンパイアを瞬殺する事は諦め、とりあえず周囲のヴァンパイアから削る事にする。最初は様子見とばかりに巨大戦棍グレートメイスを薙いでみる。だが—


「おおっ!そんなのアリか!?」


 外付けの腕の一本から巨大戦棍グレートメイスを薙いだが、ヴァンパイア達は霧状に姿を変えて、巨大戦棍グレートメイスを難なく通過してみせたのだ。


(ヴァンパイアは高位になるとそんな事も出来るわけか。俺も霧状になれば…うん、何も思いつかん)


 忙しなくヴァンパイア達の猛攻を防ぎながら頭を働かせたが、残念ながら何も思い浮かばなかった。

 さて、ヴァンパイアは霧状になれるタイミングがあるらしく、そこを外して攻撃を仕掛けてゆく必要がある。ヴァンパイア自身が攻撃を繰り出しているタイミングであれば、攻撃は当たる。

 おそらく、霧状に変化する技はかなりの集中力を必要とするものなのだろう。体の構成を丸々変えるのだ。それは間違いないと思われた。

 更には、一度霧状化した個体に二度目の変化はない。これについてはエネルギーが不足していると考えている。血を武器化する技すら使ってこないのだ。間違いなく燃費が悪い。念動力と同じである。


「…っ!ついに動くか?」


 俺の上空に影がさす。

 首を持ち上げると、ボスヴァンパイアが俺めがけて降下してくる所であった。

 どうしたものか—と逡巡するも、迎え撃たずに離脱を選択する。

 そしてそれは、俺にとって失策であった。

 着地したヴァンパイアの足元から大きく影が広がり、部屋の隅々まで浸透してゆく。俺の足元も影に飲まれ、僅かに沈み込んだ。


「なっ!?」


 驚愕する俺を前に、ボスヴァンパイアは元より雑魚ヴァンパイアに至るまで、影の中へと完全に沈み込み、姿を消してしまった。

 これには更に驚く。


(何だよそれ!?何がどうなってる!?)


 まるで背中に汗をかいたような感覚が過ぎり、焦りが身を焦がす。この先のヴァンパイア達の行動が読めないのだ。

 苦し紛れに巨大戦棍グレートメイスを影に叩きつけるが、感触は床石のそれではなく、得体の知れない弾力性をもつ何かであった。


(ヴァンパイアってのは、自身の肉体の他にも影まで支配するのかよ!っくそ!やっちまった!どうする!?)


 その時、俺の足元の影が揺らいだ。俺は瞬時に反応するも、僅かに間に合わない。

 影は先端を鋭い棘のように変えながら、俺のガードの合間を縫った。


「うおっ!?」


 だが、俺の胴鎧へと当たった影は、鎧の反射効果により軌道を逸らされると、俺の腋を抜けた後方でドロリと溶けた。

 運が良かった。ヴァンパイアの放った不可思議な技は、どうやら鎧で反射できるタイプの攻撃であったらしい。

 俺は安堵の息をついて、僅かに冷静さを取り戻す。


(これも霧と同質の技だ…ならば燃費は良くない。いや、悪い。すぐに解除する。慌てずにそれを待てば良い。だが、まだ安心するには早いぞ。鎧で無効化できない攻撃もあるのかも知れない)


 俺の読みは半分当たっていた。

 すぐに無数の槍のようなものが四方八方から飛んできたものの、それらは俺の鎧に反射されドロリと溶けて消えた。

 それからすぐに、影は急速に収束しだすと、ボスヴァンパイアが忌々しげな顔を浮かべて姿を現わす。

 ヴァンパイア達も同様に姿を見せたが、どうにも感情のない目をしているのは、ボスヴァンパイアの影響下にあるからだろうか。

 だが、それは今はいい。俺はボスヴァンパイアへと向けて、声を上げた。


「正直、鎧がなかったら負けていたのは俺だったよ。…強いよお前ら」


 素直に賞賛するものの、ヴァンパイア達に俺の言葉は届かない。

 怒り狂ったかのように咆哮し、俺へと向けて突撃してくる。それはボスヴァンパイアも同様であった。おそらくはエネルギー切れだろう。もはや大技を放つ余力はないのだ。俺は何となく、きまりの悪さを感じて苦笑した。

 俺の腕が霜を発して空気を凍らせる。そのまま床一面を這わせるように手を振るえば、霊廟の床一面を氷が覆った。

 ヴァンパイア達はもれなく膝まで凍り、身動きが取れなくなる。

 俺は氷の上をパキパキと音を立てて歩きながら、再び声を上げた。


「悪いな、俺の鎧は反則だよな。俺もそう思う。でもな、これも俺の力だ、悪く思わないでくれ」


 ゆっくりと巨大戦棍グレートメイスを担ぎ上げると、ボスヴァンパイア目指して歩く。

 ボスヴァンパイアはこんな状況であっても諦めようとはしない。爪を構えてこちらを威嚇している。

 全てを賭した一撃が、あっさりとダメになった。俺の鎧という反則装備によって。それがなければ、勝敗の天秤は大きくヴァンパイア達へと傾いていたはずだ。

 その武勇に報いるでもないが、苦しませずに楽にしてやるべきであろう。


(運で勝つような内容じゃダメだ。あの場では出来る事が何一つなかった。俺にはまだまだ力が足りない…そして、この世界の知識も)


 そんな事を考えながら、辺りの様子を見渡す。

 倒れ伏すヴァンパイア達の奥へ、先へと続く通路を見つけると、そこに向けて歩いた。

 既にヴァンパイア達は滅している。何とも反省点の多い戦いであった。


「この奥はどうなってんのかな…」


 二週目が終了した。次は新たな場所へと出るのか、或いは三週目が始まるのか。

 鳴らない胸に、僅かな高鳴りを感じた気がした。






「こりゃ大ボスだよな。どう考えても大ボスだよな」


 下り階段を下りきった先に待っていたのは、これまでの霊廟が霞む程の広さを持つ大霊廟であった。そしてその中心に塒を巻くのは一体のドラゴンである。

 ドラゴンゾンビとでも言うのか、或いはアンデッド・ドラゴンとでも言えば良いのか。肉は削げ落ちて骨が顕になっており、表皮が無事なところはほとんどない。例の赤い鉱石はドラゴンの胸元に爛々と輝いており、その大きさたるや、俺の身長程はありそうである。頭部には左右に広がる二本の角を持ち、羽は蝙蝠の羽のように、飛膜の途中途中で節がある。


(確か、蝙蝠の羽って手なんだよな?じゃあ、あのドラゴンの羽も手なのか?あの節は指なのか?前足と後ろ足の他にも手があんの?六本足なの?虫じゃん)


『失礼であるぞ、貴様!』


 突如、俺の脳裏に声が響いた。

 どこから聞こえたものかと背後を振り返るが、俺の後ろには通路が続くのみで、誰もいやしない。すると再び声が聞こえた。


『いやいや、貴様だ。鎧姿の貴様。いきなり我を虫呼ばわりとは、無礼にも程があるのである』


 俺は視線を戻してドラゴンを見た。

 いつの間にやらドラゴンは頭部を持ち上げ、双眸を俺へと向けていた。—いや、片目は腐り落ちているから双眸は誤りであるか。


『貴様…どこまで人を虚仮にすれば気がすむのであるか。貴様の考えている事はバッチリ聞こえているのである』

(…人?貴方は…その、人ですか?)


 俺の呟きに、またしてもドラゴンの表情は険しくなる。口元からチロチロと炎が漏れ出ている。

 取り敢えず、心の中で詫びた。


『まあ良い。こんな所まで来れたのは貴様が初めてである。嘸かし名のある術者なのであろうな…術者には見えぬが、武芸者ではここまではこれぬであろうからな』

(…)


 俺は何も言わない。というか言えない。

 通路の陰から霊廟を覗き込んだままで静止していた。

 ドラゴンが訝しむかのように、俺へと向けて首を伸ばしてくると、ようやく再起動した。


(…あの、術者って何ですか?)


 これにドラゴンは面食らったような顔を見せた。

 その後、何を当たり前の事を?—と問いたげな表情へと変わり、僅かに間を置いてから神妙な顔へ変わった。

 どうしたのか—と、俺が問おうとしたところで、逆にドラゴンから問いかけが飛んでくる。


『そうか。月日の移ろいは術者を亡き者にしたのであるか。では、魔術という力は失われたのか?人類はどうやって魔物と戦うのであるか?』


 それは俺が聞きたいくらいである。

 そもそも、俺にこの世界の事など知る由もない。

 今度こそ、どうしたものか—と考え込むが、相手は心を読むのだ。隠し立て出来ようはずもない事に気がつくと、俺はドラゴンへと向けて告げた。


(すみませんが、私はこの世界の人間ではないので、この世界の事は分かりません)


 俺とドラゴンの間に、僅かな静寂が訪れる。俺の心の中でも覗いているのかも知れない。

 やがて、ドラゴンは興味深そうに俺に顔を寄せた。


『…何だと?貴様は異邦人であると?…よくぞここまで来れたものである。異邦人というのも気になるが、まずはそれよ。どうやってここまで辿り着いたのか、教えてもらえるであるか?』

(はぁ、まあ…)


 この世界に辿り着いてから、ここまでの経緯を語る。

 階段で眠りこけ、起きたら腕の黒い巨人となっていた事。骸骨を倒したら人間の姿に戻っていた事。ゾンビを倒したら腕に変な紋様ができた事。そして、ここまで何とか辿り着けた事。

 ドラゴンはどうにも仕草が日本人くさく、いちいち相槌を打ったり頷いたりしていたが、話が終わると、ドラゴンは俺へと告げた。


『まずは詫びるのである。我は貴様を選ぶであるな。意味を知る必要は、今はないのである。そしてもう一つ。…頼みがあるのである』


 はぁ—と、曖昧に返事をしてドラゴンを見た。

 俺の返事を受けて、ドラゴンは続ける。


『我の力を貴様の中へと取り込むのである』


 しばらく考え込んで、何を言われたのか理解すると、俺は即座に断った。


(自殺願望の持ち主ですか?そういうのは勘弁してほしいのですが)


 ところが、ドラゴンは慌てて口を開くと、畳み掛けるかのように早口でまくし立ててきた。


『いやいやいや、待て待て!竜の力を手にするチャンスであるぞ!竜であるぞ!竜!何を躊躇する事がある!?否やなどあろうはずがないであるな!決まりであるな!』


 決まりじゃねえよ。気持ち悪いし—とは言えない。考えたせいでバッチリ伝わったけれども。

 ドラゴンに顳顬があるのかは知らないが、あるのであれば、青筋を浮かべているに違いない。プルプルと震えている。

 俺はそんなドラゴンから視線を逸らすと、大霊廟の奥に三つの出口を見つける。

 その一つに当たりをつけて、そそくさとドラゴンの脇を通り抜けようとした。我ながら太いヤツであると思う。


『ま、待て!ええぃ!ここは通さんのである!通りたくば我を倒してゆくのである!』

(あっ!汚いっ!)

『ふははっ!聞こえんであるな!かかって来るが良いのである!』


 ドラゴンは開き直った。俺は一度肩を竦めた後、ドラゴンへと問いかける。


(どうしても、ですか?)


 ドラゴンは呵々と笑って俺に返す。


『どうしても、である』


 俺は六本の腕の全てに巨大戦棍グレートメイスを構えると、ドラゴンへと向き直る。

 変な流れから戦うことになったが、ドラゴンはここへきて、おや?—と目を細めると、こちらをじぃ—と、見つめてきた。


『貴様…運良く…という訳ではないであるな?凄まじい魔力である。成る程、これならば辿り着けるのも道理である』

(また訳の分からない言葉を使う…)


 行きます—と小さく念じた後、一気に加速した。

 狙うはドラゴンの頭部である。全力の一撃をお見舞いするつもりであった。

 ドラゴンは目を見開いている。俺の速度が想像以上に早かったからであろうか。

 しかし、それでもドラゴンは危なげなく対処して見せる。前足を振り下ろして、巨大戦棍グレートメイスと相殺したのだ。


(まあ、そうなるよな)


 だが、彼にとっての誤算は、既に目に見える形でドラゴンを襲っている。

 ドラゴンの腕が凍りつき、動かす事はおろか、四肢を持ち上げる事すら難しい程の超重量がのし掛かると、堪らずに四肢を折った。


『こ、これは!?ただの氷ではないであるなっ!?』


 俺はニヤリと笑う。兜の下だから見えはしないだろうが。

 俺がお見舞いしたのは、俺謹製の闇の氷スペシャルだ。急加速したのは、巨大戦棍グレートメイスの霜に気付かせないためだ。

 更に俺のターンは続く。宙空から姿を現した腕の一本が、巨大戦棍グレートメイスを振るい羽を押し潰す。

 ドラゴンの背中が、バキバキと音を立てて羽ごと圧壊した。


『ぐうう!これ程かぁ!舐めるな小僧!』


 だがドラゴンとて負けてはいない。全身から神々しい光を放てば、俺の鎧と言わず、全身から激しい煙が立ち昇る。無茶苦茶痛い。

 だが、それはドラゴンとて同様であった。


「ぐぁぁ!?くそっ!何だそれ!」


 思わず声を上げる俺へと向けて、ドバドバとよく分からない粘液を撒き散らしながら、ドラゴンは吼える。


『ふははは!神たる我の力は浄化の炎である。今の我にとっても毒であるが、やられっぱなしは面白くないのである。本気で行くぞ小僧!』


 ドラゴンは己の身を焦がしてなお、俺へ全力をぶつけんとする。

 対する俺もまた同様だ。ドラゴンは明らかに格上。遠慮も手加減も出来るような余裕はない。

 この身体になって初めて感じる強い苦痛に、歯を食いしばって吼える。


「上等だ羽根つき蜥蜴!ぶっ潰してやる!」


 ドラゴンもまたバキバキと音を立てながら、四肢を持ち上げて応じた。

 いつの間にか、氷も闇の帯も消えている。浄化の炎とやらの力だろうか。


『フハハッ!何を言っているか分からぬが、罵倒された事だけは分かるであるな!』


 ドラゴンの口元が僅かに歪む。

 これは危険だ—と判断して、巨大戦棍グレートメイスを振るい頭部を叩けば、角ごと眼窩までが押し潰されて、ドラゴンの頭蓋が破れる。

 ところが、勝った—と思ったのも束の間。ドラゴンの口元の歪みが一際強く輝いたかと思えば、それがそのまま凶悪な光の奔流となり、俺を飲み込む。

 これは跳ね返せる—と、鎧の効果に期待したが、鎧は光の奔流を完全には反射できず、俺は壁際まで一気に押し込まれた。


「ぐおっ!」


 即座に半身を翻して、胸を光の奔流から遠ざけ氷を全力で纏う。光線的なやつかと思ったが、これは先の浄化の炎というやつだ。

 それに指向性を持たせて、威力を高めたのであろう。痛みが尋常じゃない。


(くそっ!まだおわんないのかよ!これはあれだ!ブレスってやつだ!どんな肺活量だよ蜥蜴っ!)


 無限に続くかと思われる程の光の奔流に、必死に氷と鎧を生成し続けて抗う。

 ようやく光が収まった時、何度も生成し直した鎧はドロドロに溶け落ちて、俺の肌も黒焦げになる程の傷を負っていた。

 手足の先は炭と化しており、立ち上がる事も出来ない。


『ふはは!死霊騎士デュラハンの鎧であったな!確かに死霊騎士デュラハンの鎧は魔力を反射するのである。だがな、神力まで完全に反射できると思うなよ!』


 動きを止めた俺に対して、ドラゴンは勝ち誇ったかのように言う。


—ズシン、パキバキ、ミチャ—


 何か巨大なものが近付いてくる音に加えて、何かが折れる音、更には、ビチャビチャと水っぽい何かが床に落ちる音が聞こえる。ドラゴンが此方へと歩いてきているのだ。


(…くそ、無茶しやがって)


 俺は舌打ちするが、諦めてなどいない。

 迂闊にも近付いてきたドラゴンへ、焼けて動かない顔を向けると呟いた。


「チカヅキスギダ、マヌケ」

『…ぬっ!?』


 ドラゴンは完全に潰れた視界で気が付いていないが、ドラゴンの頭部には、既に四本の巨大戦棍グレートメイスが振り下ろされていた。


—バキャ—


 ドラゴンの頭部は完全に潰れ、脳漿を撒き散らして崩れ落ちた。流石にアンデッドと言えども、脳がなくては動けまい。

 辛くも俺の勝利である。呆気ない幕切れと思われるが、互いに攻撃力のカンストしている者同士の戦いである。

 周囲に齎した被害は甚大なものであった。霊廟内は何が起きたのかと目を疑うレベルの壊れっぷりだ。

 さて、俺は徐に我に返って大いに焦る。


(ししし、しまったあ〜!鉱石が消える!急いで吸収しなくちゃ!)


 慌ててドラゴンの胸元まで這って進むと、残った腕で鉱石を叩き壊した。

 ドラゴンの鉱石は無数の小さな粒子へと変わり、俺の腕へと吸い込まれてゆく。

 それと同時に、ドラゴンも少しずつ俺の腕の中へと取り込まれる。


(…あれ、なんか違う?)


 これまでとは反応が違うのは、ドラゴンが大きすぎる故であろうか。

 などと考えていると、俺の脳裏に再びあの声が響いた。


〈驚いたのである。貴様は本当に強いであるな。まさか本気を出してなお、その上を行かれるとは思わなかったのである。でも、最後の不意打ちは納得いかないのであるな〉


 当たり前のように脳内にドラゴンの気配を覚えた。

 唖然としていると、ん?どうしたのである?—とか言ってくる。

 俺は嘆息しつつ、先の発言に返した。


(…勘弁してください。俺は本気で死ぬかと思いましたよ)


 届け俺の怒り—とばかりに、声を可能な限り低くして、吐き捨てるように念じた俺へ対して、ドラゴンは呵々大笑して流した。

 身体もデカイが、器もデカイ—いや、笊なドラゴンである。

 そんなドラゴンが声のトーンを真面目なものへと変えて、俺へと告げる。


〈さて、貴様から見て右と真ん中の道が外へと通じているである。左には行くな。貴様は強いが、一人では心許ない。行くならば、貴様クラスの強者を何人か引き連れてから行くのが良いであるな〉


 俺はその言葉に頷くと、真ん中の通路と右の通路を見比べた後に念じた。


(ふむ、では右で…と言うか、何処にいるのですか?)


 ドラゴンは俺の問いに、何でもない事であるかのように答えた。


〈神というのはな、基本的に不滅である。その神を形作る真言を知っており、且つそれを否定せねば、肉体を滅したとて滅ぼす事は出来んのである。まあ、貴様の場合は別であろうがな。ちなみに、我の場合は、力は貴様に奪われたが、精神は貴様の中に間借りしている状況であるな〉


 よく分からなかったが、どうやら俺は取り憑かれたらしい。これには声を出して抗議した。


(勝手に取り憑かないでくださいよ!)

〈先に詫びたであろうが!〉


 いやいや、説明不足も良いところだ。詐欺だと思う。

 そんな訳で、脳内に喧しい居候が増えたが、実のところ内心では喜んでいた。

 余りにも一人の時間が続いたため、誰かと話したいと思っていたのは確かであったのだ。文句とは裏腹に、俺の表情は緩んでいるだろう。

 ドラゴンもそれを分かっているに違いない。声には喜色が混じっている。

 いや、もしかすると、ドラゴン自身も嬉しいのかも知れない。ドラゴンの話からして、ドラゴン自身も長らくこの場にいたらしい。

 俺が初めての来訪者であるらしい事から、俺以上に一人であったのだろう。

 それを思うと、ドラゴンを尚更邪険に扱う事など出来はしなかった。俺はドラゴンと微笑ましい喧嘩をしながら、外へと続く通路へと入っていった。






〈貴様が一番最初に変じた不死系魔物アンデッドは、ドラウグルと呼ばれている。貴様が言うように、黒く変色した体表と超人的な力を発揮する事が特徴であるな。次いで貴様が変じたのはレヴァナント。これは単なる動く死体という認識が強かったが…ドラウグルの進化系であったか。ふむ、確かに言われてみれば、レヴァナントも怪力を誇っているである。よしよし、面白いである〉


 俺はここまでの経緯を説明した事から、この変化は何であるのかをドラゴンへと問うていた。

 そこで俺は初めて知る。魔素というものの働きに人間の肉体は耐えきれず、魔物へと変じてしまう事を。

 ちなみに、姿が変じる段階で耐えられずに肉体が死亡してしまった場合、ドラウグルになるらしい。もし肉体が魔素の負荷に耐えられた場合、肉体そのものが大きく変質して、不死系魔物アンデッドではない魔物に変じた可能性もあったそうだ。いや、マジで良かった。弱くてサンキュー、俺の身体。

 なお、スケルトンやゾンビは、死後、死体に魔素が集まり魔物に変じた場合であるらしく、俺の今の状態から、スケルトンやゾンビになる事はないそうだ。これには安堵の息をついた。


〈そして、今の貴様はデートラヘレと呼ばれる、最悪と名高い不死系魔物アンデッドであるな。既に分かっているようであるが、魔石や魔力を吸収することにより、そこに蓄積された能力を奪う力があるのである。地上では数百年に一度現れるかどうかというレアな不死系魔物アンデッドである。成る程、レヴァナントの進化系であったのか。成る程、成る程〉

(デートラヘレ…最悪…)


 俺は物凄く渋い顔を作る。

 地上に出たら思いっきり人里に下りるつもり満々である。いきなり討伐されやしないであろうか?—と、不安になったのだ。

 ところが、それは余計な心配だとドラゴンは語る。


〈貴様程の不死系魔物アンデッドは、地上では手に負えまいよ。むしろ貴様が地上を死の大地に変えぬか不安であるな。ふはは〉


 —だそうだ。俺は先の事を思うと嘆息した。

 溜め息をつくと幸せが逃げるそうだが、今の俺からは、逃げる程の幸せは残っておるまい。問題はないものと思われる。


〈とりあえずはその身体を何とかせよ。赤い目は不死系魔物アンデッドの証である。そうであるな…錬金術師を探すが良いのである。ホムンクルスを作り、その身体へ貴様の魔石を移植するであるな〉

(…それって、もしかして身体を取り替えるって事ですか?大丈夫なんですか?)


 不安に駆られてドラゴンへと尋ねるが、ドラゴンは問題ない—と大笑する。


〈その歳まで過ごしてきた身体であるからな。捨てる事にも抵抗はあろう。だがな、その身体は既に死んでいるのである。今の貴様の本体はその魔石。培った力も記憶も全て魔石が引き継いでいるのである。移植は問題ない。ましてや、人里に下りるつもりなら尚更生きた身体である事が望ましいのである〉


 ドラゴンの言葉に考え込む。

 確かに俺の身体は既に死んでいる。痛みも空腹も眠気も何も感じない。いや、痛みは感じた。浄化マジ怖い。

 まあ、それは置いておくとして、人里に下りるなら、その辺りは対処しなくてはなるまい。そうでなくては、簡単に俺が人ではないとバレてしまう。


(となると、錬金術師に怖がられないようにしなくてはなりませんね?妙案とかありませんか?)


 俺の姿は最悪と名高い不死系魔物アンデッドであるそうなのだ。怯えられて騒がれては本末転倒だ。

 だが、ドラゴンはしれっと、とんでもない事を言って退けた。


〈何を言っているのであるか?貴様はヴァンパイアを吸収したのであろう?ならば魅了の魔眼が使えるであろう。魅了の魔眼で女錬金術師を言いなりにせよ〉

(うわぁ〜、ドラゴンさん最低)


 ドン引きである。思わず足を止めて、今からでもこのドラゴンを完全に滅せないものか?—と、真剣に検討を始めた。

 そんな俺の思考を読んだのだろう。ドラゴンの焦りが俺へと伝わる。


〈いやいや、最後まで聞け!言いなりせよとは言ったが、ちゃんと愛を持って接してやるのである。女は大切に扱うのである〉

(できれば男性の錬金術師が良いのですが…)


 俺がそう告げた途端、脳内が静まり返った。

 俺の言葉に、今度はドラゴンがドン引きしているらしい。え?貴様そっち系?—とか聞こえてくる。どっち系だよ。


(いやいやいや、そういう事ではなくて!この歳になると面倒くさいんですよ、異性って。同性の方が色々と気楽で良いんですよ!)

〈…そういう事にしておいてやるのである〉


 ドラゴンの声は若干上擦っている。身の危険を感じているらしい。

 人じゃない時点で守備範囲外ですから—と、一際強く念じて嘆息すると、止まっていた歩みを再開した。

 肉体は既に再生を終えており、何の不調もない。あるのは好ましい精神的な苦痛のみだ。

 俺はなおも上り階段を上がり続ける。この階段の先には何が待つのだろうか。

 俺は少年のように心躍らせていた。

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