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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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雪辱を果たせ その五

「いやいや…本当に、本当に驚いているでしょ。何とも粒揃い。本来なら、君らクラスが集った時点で、私は退場する流れだったでしょ」


 濛々と砂塵が舞い上がり、エクーニゲルの姿は見えない。けれども、パラパラと降り注ぐ石礫の中に、確かにエクーニゲルの声はある。


「待たせたの、ロロナ」

「おっそいわよ!何なのアイツ!?ちょっと普通じゃないわよ!?」

「…だから、最初にそう言っただろう?」


 ロロナがくだを巻く相手はデンテだ。

 私たちはエクーニゲルの独白に耳を傾けながら合流していた。随分と大人数になったものだが、これだけの人間が一堂に会すると、思わぬところに関係があったりする。ソティへと近付こうとするブルーツがいい例だろう。ソティはあからさまに避けたが。


「しかし、許し難い計算違いがあったでしょ。それは看過できるものではないでしょ。彼女がいる限り、私は君らを認める訳にはゆかないのでしょ」


 やがて強い風が吹き、砂煙が払われれば、そこには両手を復元し終えたエクーニゲルが佇んでいた。かなりのダメージを与えたはずなのだが、乾いて張り付いた血の痕跡が残るのみで、傷痕の一つも肌には残っていない。うげぇ—と、皆の顔が苦味を湛えた。


「そこで提案なのだがね」


 滔々と語り続けるエクーニゲルは、一同の顔を見回すと、そこで一旦話を区切る。まるで、よく考えるように—とでも言いたげな間は、嫌な予感を覚えるのに十分なものであった。


「彼女を渡してほしいでしょ」


 そう言って突き付けられたエクーニゲルの指先は、明らかに私へと向けられていた。


「そうすれば、ここは退くでしょ。それだけじゃない。向こう百年は大人しくすることを誓うでしょ」


 これが最後とばかりに口を噤むと、エクーニゲルの私を射抜く視線に力がこもる。その目に宿るは憎悪なのか、あるいは憤怒かもしれない。けれど、エクーニゲルの視線よりも、皆の視線が堪えた。

 アエテルヌムの皆しかいないのならば、どうとでも騒げたが、日頃関わりのない者たちからも見つめられては、居た堪れなかった。


『マコトの何が気に入らなくて、そんなに絡むのですか?彼女はおおよそ貴方とは関わりない女性です』


 私の肩へと戻ってきたラヴァが問いかけるも、エクーニゲルは答えない。視線をラヴァへ移しはしたものの、肩を竦めてみせるのみだ。


「向こう百年だと?随分と大きく出たな。お前、もしかして、解放者(リーベルター)か?」

「…解放者(リーベルター)…じゃと?」


 ドーアの言に動揺を見せたのは、エクーニゲルではなくクローディアだった。驚きに目を見開いたまま、じっとドーアを見上げている。

 この反応はドーアにしても予想外であったらしく、クローディアを見下ろしたままで固まっていた。


「り、りーべるたーって何?」

「世界最大の秘密結社と言われてるな」


 誰ともなく尋ねれば、アイマスが肩越しに教えてくれた。

 この世界にも秘密結社とかあるのか—と、どこか夢現な心持ちになる。もっとも、前の世界でも話には聞いたことがあるくらいで、実在する秘密結社を見たことがある訳ではないのだが。


「単なるテロリスト集団よ。あるいは、邪教徒の集いね。悪事の影に解放者(リーベルター)あり—なんて言われるクズ共よ。結社なんて崇高なものじゃないわよ」


 にべもなく切り捨てたのはブルーツ。デンテとモスクルも同意している。


「クローディア〜、詳しいことは後で〜。今は切り替えてけ〜」

「う、うむ」


 それまでは思い詰めたかのような表情を見せていたクローディアだったが、アシュレイに声をかけられたことで我に返ったようだ。杖を構え直すと、エクーニゲルを睨み付けた。


「…まあ、無関係とは言えないでしょ。少しばかり人手を借りたこともあるしね」


 さて、こちらが落ち着くのを待ってから、エクーニゲルはいけしゃあしゃあと言って退ける。解放者(リーベルター)なる秘密結社は、間違いなく実在するらしい。


(…もしかして、私…その解放者(リーベルター)から狙われることになるの?)


 不安に駆られてラヴァに尋ねる。

 エクーニゲルが私を問題視していることは間違いなさそうだが、その理由は分からない。もしかすると、彼が私を欲するのは、解放者(リーベルター)という組織に理由があるのかもしれない。

 

(仮にそうだとしたら、私は、この先どうなるんだろ…)

《…ここでエクーニゲルを仕留めれば、杞憂に終わるでしょうよ》


 ラヴァから返ってきたのは、彼にしては随分と物騒な発言だった。情報を持ち帰らせなければいい—ということだろう。


「マコトを渡す気はない」


 エクーニゲルの発言に、皆が静まり返っていた。

 彼の言葉は解放者(リーベルター)との繋がりを示唆するもので、応じなければどのような報復があるか分かったものではないからだろう。

 しかし、その静寂を破ったのはデンテだ。彼はきっぱりとエクーニゲルの申し出を蹴った。誰に何の相談もなしに。

 更にデンテは続ける。


「マコトはいい子だ。何と引き換えようとも、この子を犠牲にする選択肢はない」


 言い終えた後には、私を見てニコリと笑うデンテ。

 喜びのあまり涙ぐんでしまい、思わず目を逸らす。良い師に巡り会えたと思う。私はもしかすると、自分で思っているよりも幸運なのかもしれない。


「私だってマコトを渡す気なんてないぞ」

「当然で御座います」

「そうね。誰が貴方なんかにくれてやるものですか」

「そ、そうです!」

「交渉決裂〜」

『話になりませんね』


 アエテルヌムの皆も声を上げてくれた。

 その後にはブルーツやモスクルのみならず、クローディアらネームレスの皆も続く。アーサーさんも抗議の木板を掲げ、エルは怒りを鼻先へ露わにしていた。


「マコトさんには、恩がありますから。そう簡単には渡しませんよ」

「…うちの若いのもな、こいつのおかげで助かったらしい」


 最後に口を開いたのは、セイクリッドとドーアであった。セイクリッドは穏やかな笑みを向けてきており、ドーアは横目で視線だけを向けてきている。


「え?あ、わ…若いの?」


 白の秘跡のリーダーであるセイクリッドとは面識があったが、鉄の掟の若いのなど覚えがない。何のことだろうか?—とドーアを見つめていると、きまり悪そうにボリボリ頭をかいて、ドーアは呟く。


白の秘跡(そいつら)と同じだ。蟻の巣だよ。うちの若いのが参加してたんだ」


 へぇ—と、私、アイマス、ソティの三人は声を上げる。

 鉄の掟はアンラで豪勢を誇る最高峰のクランである。そう聞けば当然なのかもしれないが、蟻の巣の一件に参加していたらしい。思わぬところで縁ができていたものである。


「…ありがとよ」


 照れ隠しなのか何なのか、ドーアの謝意はこの上なく小声であった。


「…決まりだね。あいつはぶっ飛ばすよ。気合い入れな!」


 最後にロロナが声を張り上げれば、皆は得物を構え直す。やはり出遅れた私も慌てて弓を構えた。

 そんな私たちの姿を認めると、エクーニゲルはさも残念そうに首を振る。


「…その選択は…後悔するでしょ。必ず」

「そうとは限らんだろう。それに、お主に決められることではない」

 

 負け惜しみにも取れるエクーニゲルの発言は、デンテがピシャリと否定した。

 それを合図にして、エクーニゲルの髪が、スカプラリオが、風に煽られたかのように、少しずつ持ち上がりはじめる。魔力の胎動だろう。とんでもねえな—と、ドーアが息を呑む。まったくもって同感だ。


「非常に残念ではあるけれど、君たちにはここで消えてもらう他ないようでしょ」

「やってみなさいエクーニゲル。正義は勝つのよ」


 啖呵を切ったのはブルーツだ。ソティの鉈をエクーニゲルへ突き付け、上機嫌に笑っている。

 これには、エクーニゲルも苦笑を浮かべて肩を竦めた。


「正義、ね。…警告はしたでしょ」


 話は終わり—とばかりに、両手を徐々に掲げてゆくエクーニゲル。

 再びクルスの銃撃が炸裂するかに思われたが、そのクルスは手を出さなかった。では何をしているのかといえば、ただ一人、天を仰いで青ざめていたのだ。何があるのか?—と訝しんで見上げてみたが、半壊した天井があるか、一面の青が広がるばかりだ。これには首を傾げた。


《真…これは少しばかり、危ないかもしれません…》

(へ?)


 けれど、私と共に上空を見上げたラヴァもまた、クルス同様に青くなっている。

 私たちの様子に気が付いた皆も、次々に天を仰いだ。


「なっ!?なんだこれはっ!?」


 驚嘆の声を上げたのは、まさかのアイマスだった。どういう訳か、彼女にも見えているらしい。

 アシュレイやクローディアには見えていないようだったが、どうしてアイマスには見えるのか。謎である。


「アイマス、何があるので御座いますか?」

「きょ、巨大な魔法陣だ…いや、錬金陣?呪術陣?…色々な陣が混ぜこぜになっている。とにかく、とてつもなくデカい」


 アイマスの言に激震が走った。

 皆の表情が一段引き締まると、足の速い者達は即座にエクーニゲル目指して駆ける。巨大な魔法陣は、エクーニゲルの手によるものと断じたのだろう。


「させないでしょ」


 しかし、先ほどとは違い、今度はエクーニゲルも接近を許してはくれなかった。彼を取り巻くように四色の炎が無数に浮かび上がると、複雑怪奇な軌道を描いて襲いかかってくる。


「させんっ!」

「四魂、反転」


 エクーニゲル目指して猛進していたモスクルが腕を払い、先ほど同様に炎を絡め取る。

 しかし、そこから先が先ほどとは違った。四色の炎はエクーニゲルの声を合図にして黒く染まると、唐突にモスクルが苦しみだしたのだ。


「いかん!呪術じゃ!」


 即座にクローディアが杖の石突きを打ち鳴らし、床を蠕動させてモスクルを回収する。


(どういうこと?)

《元々、あの術には魔術としての側面と、呪術としての側面があったのでしょう。それを入れ替えたのだと思われます》


 ラヴァの考察は納得のゆくものだった。

 聞けば聞くほどにとんでもない男であるが、だからといって、退く気はない。私も由香里と共に飛び出した。


「四魂、曲霊」

「させない〜」


 続くエクーニゲルの掛け声に合わせて、アシュレイが何かを仕掛けたらしい。

 エクーニゲルの撃ち出した炎は連鎖反応のように爆発し、私たちを大いに驚かせる。


「行って〜!もう、好きにはやらせないから〜!」

「お、おう!よく分からんが頼んだ!」


 チラリとアシュレイを一瞥すれば、彼女の眼は淡い翠の輝きを湛えていた。魔眼だ。

 アシュレイはかつて、己の魔眼を未来視であると説明したことがある。あれは嘘だったのか、あるいはその他の能力があるのか。この一件が片付いたなら、問い質す必要がありそうだ。


「…厄介極まりない魔眼でしょ。読心くらいなら、何てことないんだけどね」


 ダカダカと足を鳴らして走っているが、エクーニゲルの声は何故か明瞭に聞こえる。彼がチラリとクシケンスを見たのにも気が付いた。狙っているのだろう。


「させないっ!」


 素早く矢を番て射る。私の矢には、侵食の魔力を乗せてある。エクーニゲルとてそれは理解しているところで、大きく距離を取って躱そうとするも、うちの相棒は、そう簡単に獲物を逃したりはしない。


『バインド』

「甘いでしょ」


 ラヴァの発動させた土魔術がエクーニゲルを捕らえようとするも、エクーニゲルはこれを跳んで回避する。

 だがしかし、ドォン—と銃声が鳴り響けば、エクーニゲルは弾き飛ばされ体勢を崩した。そこに躍りかかったのはロロナ、ファーレン、そしてブルーツの三人。私の放った矢などお構いなしだ。


「いい加減に沈みな!」

「君が沈むでしょ!」


 目にも止まらぬ勢いで振り下ろされたロロナの拳が、見えない壁に阻まれる。かと思いきや、彼女の拳を覆う小手がデロリと溶けた。


「ロロナさん!」

「ロロナっ!」

「結界、曲—」


 左右から迫る二人を迎撃しようとしたのだろう。両手を払ったエクーニゲルだったが、その刹那、彼自身が爆発する。アシュレイの魔眼だ。

 私の射った矢は爆発に巻き込まれて焼失し、ロロナ、ファーレン、ブルーツも爆風に巻き込まれて吹き飛ばされるが、ドーアとアイマスは気にもせずに突っ込んだ。

 更に、その二人を追走するかのように、エルとソティも後を追ってゆく。


—ガキン、ガキン—


 爆炎の中から甲高い音が鳴り響き、やがて煙の尾を引きながらエクーニゲルが飛び出してくる。

 それを追っていたのは、ソティとドーアだ。


「うらぁ!」


 低姿勢から身を起こしつつ斬り上げるという変則的な剣筋は、獣人族の強くしなやかな肉体があってこその賜物だろう。

 しかし、エクーニゲルはこれを無視する。障壁があるからだ。もとより、彼の両腕は焼け爛れており、ガードも捌くことも難しかろうが。


「アクアバレット!」


 弾かれたドーアの剣に続き、デンテの水弾が迫る。ソティはいつの間にかエクーニゲルの後方へ回り込んでおり、釵を構えていた。


「何っ!?」


 エクーニゲルが驚いたのは、後方に控えるソティではない。唐突に中空へと現れた錬金陣だ。クシケンスの仕業に他ならないそれは、通過させたアクアバレットを一段強化した。


「ふんっ!」


 負けじとエクーニゲルは亜空間を開き、アクアバレットを呑み込もうとするも、亜空間は開かなかった。代わりとばかりに、再び爆発が襲いかかったのだ。

 しかし、ここで思わぬ事態が。ソティを弾き飛ばしつつ吹き飛んだエクーニゲルは、あろうことか、私のすぐ側へ転がってきたのである。


「うわぁっ!?」


 パニックになり矢を番える。

 エクーニゲルの鋭い視線に射竦められ、どうしていいか分からなかった。とにかく、攻撃しなくては—という思いだけで矢を放つ。


「ぬうっ!?」


 エクーニゲルは素早く回避に動くも、私が近距離から射った矢は、横に放物線を描いてエクーニゲルへと命中する。ラヴァが誘導してくれたのだろう。

 エクーニゲルから距離を取れた安心感よりも、皆の役に立てた充足感に息を吐いた。


「ボヤッとしないの!」

「ご、ごめん!」


 よほど間抜け面を晒していたのか、由香里に腕を引かれて走る。エクーニゲルから十分に距離を取り、斜線の通る位置で再び矢を番えた。


「真、エクーニゲルのストーン・バレットには注意しなさいね」

「うん、分かってる」


 由香里の注意喚起に頷きを返し、真っ直ぐにエクーニゲルを睨み付けた。四方八方を前衛陣に囲まれ、その隙間からは後衛陣も睨みを利かせている。

 傍目から見ればエクーニゲルは既に詰んだかのような状況であるが、それでも観念した様子は見えない。それどころか、くつくつと不敵に笑ってすらいた。


(何がおかしいの?)

《さて…あれの考えは読めませんね》


 やがて、エクーニゲルの浮かべる笑みが哄笑へと変われば、薄気味悪さに皆が手を止める。

 そのすぐ後に、ガタリと音が聞こえて慌てたものの、瓦礫の下からアイマスが這い出てきたところだった。


「ヘッヘッヘッ」

「す、すまない」


 エルが瓦礫を咥えては、横に退けている。ドーアらと共に爆炎に飛び込んでからこっち、姿が見えなかったが、手酷くやられていたらしい。

 彼女は手にする剣がエクーニゲルにとって厄介そのものであり、私同様に警戒されている。他の者たちよりも優先して狙われるのは道理だ。大した怪我もなさそうで何よりである。

 

「何がおかしい?」


 アイマスから視線を切ってデンテが問いかければ、エクーニゲルは頬を引き締める。けれど、よほど愉快であるのか、すぐにまた口元は緩んだ。


「いやいや。君たち、上は気にしなくて良いのかね?」


 いつの間に修復したのだろう。火傷など最初からなかったかのように綺麗な指で天を指すエクーニゲル。

 その動きに釣られて、つい視線を空へと向ければ、先ほどは見えすらしなかった光が目に止まった。


「これは…」


 私たちの頭上に広がっていたのは、巨大な魔法陣だ。天に浮かぶ巨大魔法陣は、刻々とその紋様を変えている。

 脳裏を過ったのは、この世界へと呼ばれた時の魔法陣だ。それそのものではないものの、明らかに普通の魔術ではない。だからといって、私にはどうすることもできないのだが。


「アシュレイ?」

「ごめ〜ん。あれは複雑すぎて無理〜。落とせない〜」


 ソティが尋ねるも、アシュレイの魔眼でもどうにもならないらしい。アシュレイは申し訳なさそうに顔を歪めている。


「なら、やられる前にやるしかないな」


 背後から上がった声はモスクルのものだ。セイクリッドとクローディアの手により、持ち直したのだろう。呪術の影響が未だに残っているのか、顔は青いが、クローディアらの手を借りることはなく、足取りも力強い。


「…ふむ?けれども、もう手遅れでしょ」

「んだと!?」


 そんなモスクルをおちょくるかのように、肩を竦めてみせるエクーニゲルへ噛み付いたのはドーアだ。

 しかし、エクーニゲルの言葉が嘘や大風呂敷でないことは、即座に証明された。


—ズズズズズ—


 立っていられないほどの激しい揺れに襲われて、皆が皆、膝を突く。

 地震かとも思ったが、そうではない。上空の魔法陣に王都そのものが吸い寄せられている。大聖堂が—否、アンラそのものが空に浮きはじめていたのだ。


「なななななななななっ!?」

「おおおおおお落ち着きましょう!?」


 ドーアとファーレンはよほど怖いのか、耳がこれ以上ないほどに垂れている。蹲り頭を押さえる様は、見ていて少し可愛らしいと思えるほどだ。

 ちなみに、私は私で、向こうの世界にあった遊園地のアトラクションを思い浮かべていた。


「…とんでもないわね。魔術の可能性—ってやつ?」

「ま、魔石…に、よるもの…だと、思われます…普通なら、む、無理です…こんなの…」


 ゆっくりと上昇し続ける王都から見える景色は、やがて青一色へと変わってゆき、吐く息も白く色付きはじめる。

 クシケンスの読み通り、エクーニゲルはどこから取り出したのか、多くの魔石を手にしていた。


「さあ、天の門を開くでしょ」

「させるかよ!」


 両手をかざし、数多くの魔石を中空に配したエクーニゲルめがけて、気を取り直したドーアが正面から飛び込む。

 周囲に合わせるべき者もないため、獣人族の本領を遺憾なく発揮したのだろう。これまでにない跳躍を見せ、一気に躍り掛かった。

 しかし、これは悪手以外の何物でもない。誰もがドーアを止めようとして、声なき声を発する中、アーサーさんの触手が伸びた。


「四魂、分霊」

「があっ!?ぐああああああっ!!」


 エクーニゲルの周囲に無数の炎が浮かび上がったかと思えば、それは瞬く間に分裂し、小さな火の粉が辺り一面を埋め尽くす。

 ドーアに襲いかかったのはその一部のみであったが、アーサーさんの触手により回収されたドーアは、息があるのが不思議に思えるほど黒焦げになっていた。

 即座にセイクリッドとソティが動く。


「ソティ!」

「ただちに!」

「待て!わしも手を貸す!」


 二人の法術師はすぐさま膝を突いて祈祷を開始し、クローディアがドーアの身体を弄りはじめる。呪術の痕跡を探しているのだろう。


(…ドーアさん…)

《死にませんよ。彼は生き延びます。信じましょう、ソティらの法術と、クローディアを》


 ラヴァの念話に頷きを返し、エクーニゲルへ視線を戻せば、エクーニゲルの掲げた両手からは魔法陣が広がり、彼の周囲に配された魔石と呼応して力強く光り輝いている。隙だらけだ。


「なんだよあれ〜、取っ掛かりが掴めない〜。どうなってんだよ〜」


 けれど、攻撃を仕掛けようとすれば、モスクルやドーアの二の舞になることは想像に難しくない。

 アシュレイの魔眼でもどうにもできず、誰もが二の足を踏む中、意を決して駆け出したのはアイマスだった。


「させるかっ!」


 アイマスの身に付ける鎧は魔力を反射する。これまでもその性能を遺憾なく発揮して、エクーニゲルを足止めするのに活躍してくれていた。

 今度もそれを期待して皆が続こうとしたが、エクーニゲルの動きが、それまでとは違った。


「…確かに、その鎧は厄介でしょ。けれど、厄介でしかないでしょ」


 掲げていた左手をアイマスへと伸ばせば、錬金陣が二つ、三つと、手の先から水平に並べられてゆく。そこに刻まれていたのは増幅の制御文字。魔術的な効果を強化するための制御だ。何をするつもりか、即座に察した。


「アイマス避けて!」


 私の言を受けて、アイマスは即座に跳ぼうとした。けれども、エクーニゲルの方が早かったらしい。

 何をされたのか分からぬうちにアイマスは吹き飛び、もんどり打って倒れた後は、ピクリとも動かなくなる。


「アイマスっ!」


 アイマスに駆け寄ろうとして動いた刹那、ヒュン—と、何かが私の背後を通過する。慌てて振り返れば、デンテがはるか遠くで倒れ伏していた。

 まるで、アイマス同様に吹き飛ばされたかのような光景に、血の気が引いてゆく。


「…何が?」


 恐怖に震えながらエクーニゲルを見れば、エクーニゲルは私へと向けて左手を突き出したまま佇んでいた。

 先の一撃は、どうやら私を狙ったものだったらしい。私が動いたから、正体不明の攻撃はデンテに当たったのだ。


「…これは使い易いでしょ。こんな運用は思いつかなかったね。そこの錬金術師には、感謝しかないでしょ」


 一度腕を引くと、感触を確かめるかのように己の手を見つめながら呟くエクーニゲル。

 それはつまり、先にクシケンスが見せた錬金陣での魔術強化に他ならない。彼は信じられないことに、即座にそれを真似てみせたのだ。それも、二重、三重の強化という、クシケンスを上回る制御能力を見せつけて。

 これには、私のみならず、クシケンスも青くなった。


「ダメ〜!多くの陣を展開され過ぎて〜、魔力の流れが追えない〜!どんだけ爆破させても即座に治っちゃうしさ〜!ちくしょ〜、でたらめだよアイツ〜!」


 アシュレイの魔眼から翠の輝きが消え、忌々しそうに眉間に皺を刻む。ゼイゼイと肩で息を吐く姿は、魔眼による消耗が激しかった証左だ。


(…何か、こっちが追い詰められてない?)

《…認めたくはないですがね》


 アンラ勢に比べれば圧倒的な強さを誇るネームレスの皆も、エクーニゲルを睨み付けるばかりで二の足を踏んでいる。彼女達にも喰らい付けるビジョンが見えないため、迂闊に飛び込めないのだろう。

 これは、相当にヤバい状況なのではなかろうか。


「…ふむ。魔眼対策はこんなものでよかったでしょ?なら、もう警戒する必要もなさそうでしょ」


 対して、エクーニゲルはどこまでも余裕を見せていた。ボロボロになったスカプラリオを脱ぎ捨てると、丁寧に折り畳んで足元へと置く。法衣自体もボロボロなのだが、こちらは嫌そうな顔を作るのみで、さすがに脱いだりはしなかった。


「さあ、始まったでしょ」


 エクーニゲルが視線を向けたのは、一箇所だけ妙に高く積まれた瓦礫の山だ。思い違いでなければ、あの下には死体が積み上げられていたはずである。

 

「…生贄昇華サクリファイス・プレアー…」

「…うん?ふふ、その通りでしょ」


 息を整えていたアシュレイの呟きに、エクーニゲルは頷いてみせる。それ以降は何か説明するわけでもなく、ただただ黙して瓦礫の山を見つめ続けた。

 私もまた、踏み込むに踏み込めず、瓦礫の山へと視線を向ける。


「ソティ、この方はもう大丈夫です!アイマスさんを!私はデンテ様を治療します!」

「承知で御座います!」


 背後では、二人の法術師が慌ただしく動いている。

 クローディアもまた、アイマスとデンテの間で忙しなく往復していた。

 そんな三人に申し訳なく思いつつも、エクーニゲルから視線は外さない。何か僅かでも隙ができれば—という思いを抱き、震える弓を強く握った。


「…きた!きたでしょ!」

「これは…」


 そんな私の思いなど露知らず、歓喜の声を上げて天を仰ぐエクーニゲル。

 瓦礫が独りでに動きはじめたかと思えば、天高く浮き上がり断面を繋げてゆく。やがて現れたのは、大聖堂の崩壊前、天井に描かれていた天の門だった。


「…本当に好きね、エクーニゲル」


 ブルーツが声をかけるも、エクーニゲルは聞いてはいない。童心に返ったかのような無邪気な笑みで、天の門を見上げているのみだ。


「…ああ、実に美しい。紛い物とはいえ、これは素晴らしい出来栄えでしょ」


 譫言のように呟きながら、天高く両手を突き上げるエクーニゲル。

 するとどうだ。天の門を潜り抜け、天使たちが姿を見せたではないか。先に見た赤子の出来損ないとは違う大人の姿だ。男女ともに長い金髪を靡かせ、優しげに微笑んでいる。肌は白く、背には白鳥よりも美しい羽を携えていた。


「…おい、待て…」

「やばいぞ…」


 モスクルやロロナが青くなる。

 その理由は天使そのものよりも、彼が作り出した天の門にある。天使が出てきたことで私にも理解できた。あれは、ダンジョンだ。驚くべきことに、彼はダンジョンを人の手で作り上げたのである。


「撃ち落とすであります!」


 クルスが声を上げるや否や、キュイイン—と、モーターの回転する音が聞こえはじめる。ガトリングガンを作り出したのだろう。クルスならば間違いはない—そんな期待から視線を向ければ、私の視界に飛び込んできたのは、クルスへと踊り掛かろうとしているエクーニゲルだった。


「させないでしょ」

「っ!?」


 どこからか取り出した短杖を振るうエクーニゲル。武技の飛刃を思わせる魔力の煌めきが走り、杖でありながらガトリングガンの砲身を両断する。クルスは辛くも身を翻して避けていた。


「チャンスだ!」


 あまりにも苛烈な応酬に、対岸の火事の如く眺めていたが、モスクルの叫びに我に返る。

 既にエクーニゲルへと反撃を繰り出していたクルスに続き、ファーレンとロロナも、エクーニゲルへ飛びかかっていた。


「しっ!」

「ぬっ!?」


 クルスの突き出すナイスを絡め取らんとしたエクーニゲルの腕を、更に突き出されたクルスの腕が固定する。

 互いに両腕を組み合わせた格好だが、クルスが腕をそのままに跳躍すれば、彼女の腕に己の腕を固定されていたエクーニゲルの胴が空いた。

 見事な体術である。エクーニゲルの表情にも、驚きが見て取れた。


「もらいました!」

「ナイスだクルス!」

「そのまま押さえておけ!」


 ファーレン、ロロナ、モスクルの三人が、エクーニゲルの胴体目掛け、三方向から必殺の一撃を叩き込む。

 パキンとガラスに罅が刻まれたかのような音が響いた時には、クルスはエクーニゲルの肩を蹴り離脱していた。

 そこに駆け込むのはブルーツ。モスクルが素早く身を屈めて横に転がれば、ブルーツの踏み締めた床石が砕けて持ち上がる。


「これも取っておきなさいっ!」


 ブルーツが剛腕に物を言わせて振りかざしたのは、倒壊した大聖堂の支柱である。味方すら巻き込みかねない一撃に、身が竦み反射的に顔を背ける。

 けれども、支柱を叩きつけたかのような音は響いてこない。代わりに私たちを襲ったのは、止まることすら許されない暴風だった。


「きゃっ!」

「ウオオオン!?」


 床石を転がり上空へ飛ばされそうになったところで、誰かに腕を掴まれた。私の腕を掴んでいたのはクルスだった。

 上下の歯を噛み締めて、私を引き寄せようと力を込めているのが分かる。飛ばされてなるか—と、私もそれに応えるべく腕に力を込めた。


「真!」

「マコトさん!」


 クルスをファーレンが繋ぎ止め、ファーレンは由香里が片手で押さえている。もう片手はエルの尾を掴み、そのエルは爪を床石に立てて、必死に耐えていた。


(うぐぐぐぐ)


 暴風は治るどころか、巨大な竜巻を作り出し、瓦礫も剥がれた床石をも天高く巻き上げてゆく。危なく私も飛ばされるところだったが、もうダメだ—と覚悟したその時、不意に身体が風を感じなくなった。


「うぎゃ」


 べチャリと車に轢かれたカエルのように全身で落下し、鼻をぶつけた痛みに涙する。ラヴァは私のフードの中から、フラフラしながら現れた。


「くっ!全員いるかっ!?」

「…いるようだね」


 モスクルの問いにロロナの声が続く。

 未だに痛む鼻を押さえながら立ち上がれば、風は止んでなどいなかった。轟々と目の前で吹き荒れているが、見えない壁に阻まれているかのように、私たちのいる場所だけは何の影響も受けてはいない。モスクルの手によるものだろう。

 ロロナが全員いると言っていたが、ドーアやデンテ、それにアイマスも動けなくなっていたはずだ。彼らの姿を探すべく視線を彷徨わせれば、三人はアーサーさんの触手に絡め取られていた。


「えっと、何がどうなったの?」

 

 一先ず安堵の息を吐いて、誰ともなしに尋ねる。答えられる者はいなかった。

 誰もが困惑した様子を見せた後に首を振る。ブルーツがエクーニゲルへと支柱を叩きつけようとした瞬間、風が吹いたという私の認識程度しか、皆も持ち合わせていないようだ。


「…風が止んできたようじゃな」


 クローディアの呟きに、皆が不可視の壁の向こうを見る。大聖堂は僅かに残っていた支柱も壁も天井も、綺麗さっぱり竜巻に攫われ、随分と見通しが良くなっていた。

 てっきり、青い空が一面に映り込むと思っていたが、私の視界を覆ったのは、白と僅かばかりの肌色だ。それと、私たちを覆い隠すほどの巨大な影か。

 はあ?—と、どこからともなく素っ頓狂な声が上がった。

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