雪辱を果たせ その四
「アイス・ビーク!」
虫の触角を思わせる氷柱が床より立ち上がり、ブルーツの横薙ぎを跳んで避けたエクーニゲルへと襲いかかる。デンテの魔術だ。触れたもの全てを凍てつかせる、凶悪な氷の牙である。
「無駄でしょ!」
エクーニゲルは落下中であるにもかかわらず、無数に炎を生み出すと、己を取り込もうとする氷柱目掛けて飛ばせば、氷柱は炎の熱量に負けて溶けはじめ、本来の性能を損なってしまったかに思われた。
だがしかし、仮にも清流一門を束ねる大魔術師のデンテだ。その程度で終わるほどやわではない。
「アイス・フォール」
デンテの眼前に新たな魔法陣が広がると、勢いを失いかけた氷柱は氷瀑となり、再び天を穿つ勢いを取り戻す。
これにはエクーニゲルも渋い顔を作らざるを得ない。彼はデンテの研鑽を讃え抵抗を諦めると、障壁を頼りにして、氷瀑の只中へと突っ込んだ。
「結界、曲霊!」
氷瀑は内側から粉砕され、中から姿を現したエクーニゲルがデンテを睨み付ける。俄かに魔力が溢れ、エクーニゲルの前髪を持ち上げる。
けれども、エクーニゲルがデンテを害する前に、体術使いの師弟が迫った。
「合わせなファーレン!」
「はいっ!ロロナさん!」
「くっ!次から次へと—」
徒手空拳の応酬は、目にも止まらぬ速さで繰り広げられてゆく。撃ち込まれる拳を捌き、代わりとばかりに突き入れる。それもまた捌かれ、逆に撃ち込まれるのだ。
そんなことを繰り返す三人を巨大な影が覆えば、即座にファーレンとロロナの二人は退いた。
「邪魔でしょ犬っころ!結界、直霊!」
「ウルルルル!」
エクーニゲルへ向けて臆することなく噛み付くのは、アーサーさんが呼び出した魔獣のエルだ。白と黒の毛皮に覆われた巨大な魔犬である。シェットランド・シープドッグを思わせる可愛らしい体貌ながら、牙を剝く姿は、さすがに恐ろしさを覚える。
「エル!そのまま押さえておけ!」
障壁ごとエクーニゲルを噛み砕かんと顎に力を加えるエルに加勢すべく、アイマスが駆け込めば、さすがのエクーニゲルも余裕が消えた。彼女の剣は危険だと知っているからだ。
「ウォール!」
「ぬおっ!?」
床石がメキメキと音を立て、アイマスごと天高く持ち上がる。逃げ遅れた彼女は、見る見るうちに小さくなっていった。
「結界、曲霊!」
「ギャイン!」
アイマスを持ち上げた石壁は広く高く、向こう側を窺い知ることがかなわなくなったものの、音から察するに、エクーニゲルの攻撃がエルに当たったらしい。遠目で見る限り、可愛い犬にしか見えないエルの悲痛な鳴き声は、聞いていて胸が痛くなる。怪我がなければ良いのだが。
『ボーリング!』
「アクア・バレット!」
ラヴァが素早く壁に穴を穿ち、その穴越しにエクーニゲルへと水弾を撃ち込むデンテ。
しかし、これは有効打にはならなかったらしい。一人と一羽は、苦々しい顔で穴の奥を見つめていた。
「真、目を瞑っちゃダメよ」
「…いや、瞬きくらい…させてよ…」
そして、私は壁に背を預けて、モスクルと仲良く法術による治療を受けていたりする。しくじったのだ。
下腹部に穴を穿たれ、最初は呼吸をするのも苦しかったが、もう腹部の痛みは全く感じはしない。どちらかと言えば、寒さが辛かった。
傷が相当に深いのか、はたまたソティが集中できないのか、治療には随分と時間がかかっている。
「くそ…不甲斐ない…」
「モスクルも今は大人しくしていて」
今なお戦闘を続ける皆を援護しようと手を伸ばしかけたモスクルだったが、その手は由香里により下ろされる。視界いっぱいを覆い尽くす壁により、援護などやりようもないし、由香里の言うことは聞いておいた方がいい。機嫌を損ねれば、手が握り潰されかねない。
「クシケンス…まだできそうにない?」
「ちょっと、待って…ください。もう少し…時間をおかないと…」
「そうね、急かしてごめんなさい」
由香里の側では、彼女の体液を元にした霊薬をクシケンスが錬成している。傷の深いモスクル用だろう。視線を徐に前へと戻し、壁の向こうへ耳を傾けた。
(強過ぎだよ、エクーニゲル…)
エクーニゲルはそれまで見せていなかった本気をついに見せた。
その時、まず動いたのはアーサーさんであった。膨れ上がるエクーニゲルの魔力に、危険過ぎると判断したのだろう。エクーニゲルへと向けて、数々の障害を粉砕してきた触手を伸ばしたのだ。
けれども、これはエクーニゲルに何の痛痒も与えられなかった。驚くべきことに、彼は闇属性への完全耐性を取得していたのである。ならば光属性ならばどうだ—と、私やラヴァが光魔術を使ったが、これも結果は同じであった。つまり、光属性への完全耐性をも、エクーニゲルは所持していたのだ。
その時点でアーサーさんは旗色悪しと判断したに違いない。即座に亜空間を開き、エルを呼び寄せたのである。エルもまた闇属性に偏った特性を持つ魔獣であるようだが、アーサーさんとは違い、物理攻撃に優れる。
その巨躯と溢れ出る魔力に、これならなんとかなる—と、気が緩んだのかもしれない。間隙を狙いすましたかのようなエクーニゲルの一撃は、私の腹部を容易に貫いた。指を突き出したと思った次の瞬間には、私を守ってくれようとしたアーサーさんの触手に加え、不可視の防壁を築いたモスクルごと、ストーン・バレットの餌食になっていたのだ。
結果、私は腹部に、モスクルは肩に大きな穴を穿たれ、地に倒れ伏したのである。
「真、頑張りなさい。もう少し、もう少しよ」
「…うん」
由香里の声で我に返る。視線を由香里へと向ければ、由香里は今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。
「ふぅ!よしっ!」
それまでは肩で息を吐いていたブルーツが立ち上がる。彼女の手には今、法術により手の塞がったソティの鉈が握られていた。
「ラヴァ!援護ちょうだい!」
『オバー・アタック!クイック!シャドウ・ミラー!』
ラヴァの付与魔術により、勢いを増したブルーツが、聳える壁を上下に両断する。あ、アイマス—などと思ったが、今の私にはどうすることもできない。ズズズと音を立てて滑り落ちてゆく壁を見ながら、上で慌てるアイマスの姿を想像した。
「ふん!ぎゃっ!」
「甘いでしょ!」
「ファーレン!くそ!よくもやってくれたね!」
「ウォオン!」
斜めに両断された壁は、奇跡的に倒れなかった。壁の向こうでは、ファーレンらが、今なおエクーニゲルへと張り付いていた。かなり負傷が目立つ。
一方で、何とか飛び降りれる高さ—になっているとも思えないが、下を覗き込んでから、おっかなびっくり飛び降りたアイマスは、衝撃が尋常ではなかったらしく、膝をついて震えている。
「ごめんなさいね、先に行くわ」
ブルーツはアイマスの復帰を待たずに、ラヴァ、デンテを引き連れて、エクーニゲルへと駆けてゆく。
言っては申し訳ないのだが、何ともアイマスらしい光景だった。
「…由香里…」
「何?どうしたの?」
由香里に声をかければ、それまでの悲愴な面持ちは優しげな微笑へと変わる。こんなこと言ったら、般若のような表情に変わるかな—などと思いながら続けた。
「もう、大丈夫だから…みんなをお願い…」
「…何言ってるのよ…何言ってるのよ!?」
般若のような顔にこそならなかったが、よほど腹に据えかねたのか、肩を掴まれてガクガクと揺さぶられる。視界が慌ただしく揺れた。
「おい、ユカリ!…止めるんだ」
「あ、ごめんなさい」
モスクルに宥められた由香里は、何とか落ち着いてくれたらしいが、私の肩から手を離すと、しゅんと項垂れてしまった。私が生きることを諦めたものと誤解させてしまったらしい。分かってはいたものの、口を開くのも億劫で、ついつい省略してしまった。改めて、そうではないのだ—と、伝えておくことにした。
「違うよ、由香里。みんな苦戦してるからさ…助けてあげてほしいんだよ。私は大丈夫だから」
「…そう…ええ、そうね」
チラリと肩越しに皆を見る由香里。
今はロロナとファーレンの二人が息を整え、ブルーツとデンテ、そしてラヴァがエクーニゲルの相手をしていた。
「…ちょっと行ってくるわ。絶対に寝ちゃだめよ?」
不安げな顔を作る由香里に頷いてみせれば、由香里は立ち上がると、振り返ることなく戦線へ向かう。
少しだけ心細く感じたが、今はエクーニゲルを削り切ることが最優先だ。私たちの消耗も激しいが、それは向こうとて同じ。このまま数に物を言わせて、こちらの余力があるうちに仕留めるべきである。
「マコト…本当に目を瞑るなよ」
「…瞑らないよ」
「気持ちで負けたら死ぬぞ」
「…死なないよ」
隣で苦痛に顔を歪めるモスクルが、前を見つめたままで話しかけてくる。励ましてくれているつもりなのだろうが、縁起でもないことを言わないでほしいものだ。
(でも、そう長くはもたないかも…)
モスクルの言に僅かに不安を覚え、視線を落として傷口を押さえる手を持ち上げてみる。
べっとりと手のひらに付着した血は、未だに乾くことなく、あかあかと濡れていた。
(…全然塞がってない…これ、本当にやばいかも…)
モスクルの肩を見ても、穴は僅かに小さくなったのみで、塞がっているようには見えない。私の視線に気が付いたのか、モスクルと目が合った。
「…汗、凄いぞ」
「…モスクルこそ」
互いに一言だけ交わした後は、どちらからともなく天を仰ぐ。ソティは必死に法術を行使してくれているものの、傷が塞がる様子はない。
エクーニゲルの放ったストーン・バレットは、単純な魔術ではなかったのだろう。その他にも何かしらの術が練り込まれていたのだ。それを瞬時にやって退けるあたり、本当にとんでもないな—と、もはや尊敬に近い念を抱くと共に、勝てるだろうか?—と、弱気の虫が顔を覗かせた。
「で、できた!できました!さあ…飲んでください!」
やがて、クシケンスが声を上げると、小瓶を二つ手にしてやってきた。手渡された薄緑色の霊薬は、特級のポーションに他ならない。自然治癒力を不自然なレベルまで向上させる代物だ。副作用が凄そうである。
「…あ、私の分も、あるの?」
「当たり前、です!マコトさんの、方が…深刻、なんですからっ!」
クシケンスが声を荒げることなどそうない。その剣幕に気圧されて口を噤む。
助けを求めた訳でもないが、きまり悪さにモスクルへ視線を向ければ、何を言ってるんだこいつは?—とでも言いたげな、呆れた顔を見せていた。
どうやら、私の傷は己で考えていたよりも、はるかに具合が悪いらしい。
「ぷはっ!ダメで御座いますっ!全っ然!ダメで御座います!」
はぁはぁと荒い息を吐きながら、額の汗を拭うソティ。ここまで延々と法術を行使し続けてくれたのだが、ついに限界が来たらしい。彼女の祈りが終わるに伴い、私とモスクルを包んでいた法術の輝きも失せた。
「うっ!」
「ぐぅ…」
「は、早く飲んでください!」
法術の効果が消えた途端に、それまではあまり気にならなかった傷の痛みがぶり返す。それどころか、塞がりかけていたはずの傷口は、逆再生のように広がりはじめるではないか。
これには歯を食いしばらねばならぬほどの激痛が伴い、とてもではないがポーションを飲める状態ではなかった。
「の、呪いっ!?呪いです!ソ、ソティさん!呪いが二人を蝕んでます!か、解呪をっ!」
「ダメで御座います!解呪は時間がかかるもので御座います!そんなことをしているうちに、二人の体力が尽きてしまうので御座います!」
広がる傷口は、呪いの影響に他ならないらしい。ことここに至って、ようやく満足に法術が機能しなかった原因が突き止められた。
クシケンスが青い顔でソティへ懇願するも、ソティは渋い顔で頭を振る。二人のやり取りに、私はそんなに酷いのか—と、どこか他人事のように聞いていた。
「ともかく、もうしばらくは法術で保たせるので御座います!」
言うや否や、再び祈りを捧げはじめるソティ。
私とモスクルの身体は再び淡い光に包まれ、それだけで随分と楽になる。腹部を庇い力んでいた全身の力が抜け、酸素を貪るように荒い呼吸を繰り返す。やや余裕が出てきたところで、ポーションを流し込んだ。
「…ア、アシュレイさん…アシュレイさん、ならっ!」
クシケンスがケイタイを鞄から取り出す。
アシュレイは呪術の専門家だ。解呪に関しても、彼女ならば、どうにかなるかもしれないと踏んだものだろう。
「…繋がらない…です…」
しかし、無情にもケイタイは繋がらなかった。もしかすると、とんでも魔術が連発されているため、周囲の魔力波が歪み、アシュレイが魔力波を受信できないのかもしれない。
「…あはは…天に見放されたか〜…」
「…ふ、笑えないぞ…」
肩を落とし、悲愴な顔で今にも泣き出しそうなクシケンスを気遣い、少しばかり戯けてみたのだが、これは悪手だったらしい。罅の入った瓶底眼鏡越しでも分かるほど、クシケンスの瞳には涙が溜まっている。
お前のせいだぞ—と、モスクルが小声で呟いてきた。なんだよ、自分だって乗ってきたくせに。
「おらあっ!」
突如、聞き慣れない声が聞こえたかと思えば、頭上を影が通過する。あまりのことに驚き肩を跳ね上げれば、痛みで顔を歪めた。
「…ドーア?」
私たちを飛び越えていったのは、獣人族の男だった。大きく振りかぶり槍をエクーニゲルへと向けて投擲した後は、音も立てずに着地すると、モスクルの声を捉えていたのか、こちらへと振り返った。
短髪にして精悍な顔付きの男は、モスクルほどではないにしろ、なかなかに歳を重ねているらしく、深い皺がいくつも見て取れる。
男はモスクルと私とを交互に見ると、ちっ—と舌打ちしながら顔を歪めた。
「…やはりドーアか…よかった…」
「…思ったよりも酷えな。法術師が未熟なのか?」
「ち、違い…ますっ!の、呪い…呪いで、傷が…塞がらないん、です!」
ドーアと呼ばれた獣人の男は、モスクルの言には触れず肩越しに毒づく。
ソティは聞こえていないのか、黙したままで祈り続けていたが、代わりにクシケンスが強く反論した。
「…呪い—か。ちっ、おいギルマス。小娘も。もうすぐ援軍が来る。それまで耐えろ。何としてでも耐えろ。いいな?」
「…は、はい」
「…任せろ」
ドーアと言えば、アンラが誇る巨大クラン鉄の掟、それを取り纏めるクランリーダーである。見たことがない訳ではなかったが、関わったことなど今日までない。歴戦の猛者に相応しい凄味を纏った声音には、思わず敬語で返してしまった。彼の方がモスクルよりもギルマスっぽいとすら思う。
「おらぁ!俺も入れろ!」
言いたいことだけ言い終えた後、ドーアもエクーニゲルを囲む輪に加わっていった。
由香里が入ったことで均衡が崩れたのか、エクーニゲルには小さくない傷がちらほらと見て取れるようになっている。そこにAランクの冒険者が加われば、更にエクーニゲルを追い詰めることができるだろう。
既に限界が近い皆の顔には、希望の火が灯ったように見えた。
「き、聞きました、か?…もうすぐ、もうすぐ援軍が、き、来ます!それまで、頑張って、ください!」
「…当たり、前だよ」
「…こんなところで、死ねない…からな」
クシケンスの励ましは、私とモスクルのみではなく、ソティにも向けられている。ソティが返せない分、私が彼女の気持ちも代弁しておいた。
「グルル…ガゥ!」
「うがあああっ!」
ドーアが加わってすぐ、戦局が傾いた。疲弊した障壁ごと、エルがエクーニゲルの腕を食い千切ったのだ。
野生丸出しの攻撃は目を背けたくなるようなエグみがあったが、文句など言えるはずもない。彼とアーサーさんが最前線に張り付いているからこそ、皆は未だに戦えているのだ。この大チャンスを得ることができたのだ。
「お前たちだけには、負けてやる訳にはゆかないでしょっ!」
「煩え!借りを返しに来たぜっ!」
「遅いでしょ!」
『オバー・アタック!クイック!シャドウ・ミラー!』
「礼を言うぜ!」
「ぬっ!?」
向こう見ずに正面から突っ込んだかに見えるドーアだが、そうではない。消耗の激しい皆に代わり、一番危険な場所を自ら埋めに行ったのだ。
突き出された膝を既のところで躱し、剣で払うドーア。
エクーニゲルは身を翻して躱すと、回転の勢いを利用して足払いを仕掛けたが、ドーアは上に避ける。
そのまま落下の勢いを利用して振り下ろされたドーアの剣は、床石との間で派手な音を鳴らした。
「…はは、さすがは獣人族だな…」
「…ねえ、モスクル。…獣人族の強みってさ…身体能力だよね?」
「…そう、だな。それが…どうかしたか?」
ドーアの実力は本物だった。あのエクーニゲルとも互角とまではゆかないが、味方の援護があれば十分に渡り合えている。技を磨き数を圧倒するエクーニゲルに対して、ドーアは獣人族の特性であるフィジカルを前面に押し出した戦い方をする。
危なっかしく見えることもあるが、筋力、しなやかさ、反応速度は、劣る技量を見事に補っていた。
(そんな獣人と互角に張り合えるの?)
獣人の身体能力に加えて、ラヴァのエンチャントも加わったドーアは、なんか、もう、無茶苦茶だ。
しかし、そんなドーアと張り合えるエクーニゲルは、一体なんなのか。
「…エクーニゲルは…あれだけの怪我で…どうして、普通に…動けるの?」
「…そうか。…確かに…おかしいな」
痛みに屈して動けない私からすると、片腕を失っても動けているエクーニゲルは異常だ。だからこそ気が付いた。彼も人である以上、そこには何らかの絡繰があることは間違いない。痛覚を遮断し、かつ失われてゆく血液をリアルタイムで補充する—かどうかは知らないが、そういった術を発動させているに違いないのだ。
(ラヴァ、聞こえる?)
《どうしました?》
私の呼びかけに応じたラヴァが戦線を離脱すると、私の元へは戻らず、上空で旋回をはじめる。戦闘を即座に援護でき、かつ、会話に集中できる場所へと移動したのだろう。
今もエクーニゲルを削り続けている皆に申し訳なく思い、手短に済ませることにした。
(怪我していて、なおも動けるエクーニゲルはおかしい。何か、見えない魔術を行使している—はず)
《…なるほど。それを何とかしろ—と言うのですね?》
私の提案は、有効であると判断されたようだ。
ラヴァは即座に降下して戦線へと戻ってゆく。後は彼の働きに期待しよう。
「何とか、なりそうか?」
「…多分…」
モスクルに問いかけられ、曖昧に返事を返す。
ラヴァはエクーニゲルの隙を窺いつつも、皆に付与魔術を施していた。
それ以上は口を開くのも億劫になり、黙って戦況を見守る。足音が聞こえてきたのは、それからすぐのことだ。
「モスクル!マコト!」
「…クローディアか…」
ドーアの言っていた援軍というのは、クローディアたちのことだったらしい。見れば、アシュレイにクルス、白の秘跡のリーダーであるセイクリッドもいた。
「ソティ、代わります」
「助かるので御座います」
私たちの姿を認めるや否や、目を見開き慌てて駆け寄ってきたセイクリッド。そのままソティと入れ替わりで、私たちへと法術を施しはじめる。
その後にはアシュレイとクローディアが続いた。
クルスは私達の護衛を務めるつもりらしく、立ち塞がるかのようにエクーニゲルからの射線上に陣取る。おかげで、彼女の背中しか見えなくなった。
「塞がらない傷ってのはこれ〜?」
「いった…アシュレイ、痛い…」
無遠慮に私の手を退かすと、傷口を開くアシュレイ。法術の効果を確認しているのだろうが、モスクルの方でお願いしたかった。
「…あ〜、こりゃ呪術だね〜…固定の術式が刻まれてる〜」
「破呪はいかんぞ?だいぶ体力が落ちておる。こうなっては解呪しかない。わしも手伝う」
「当然っしょ〜」
アシュレイとクローディアの二人は、手早く私たちの服を切り裂くと、顔料を手にして、肌に直接陣を描いてゆく。モスクルは肩に。私は腹にだ。
恥ずかしさよりも、気になったのは顔料の鼻をつく臭いだ。私とモスクルは、共に顔をしかめていた。
「…臭い…」
「…ああ、堪らないな…」
私達の反応に、想像通りとでも言いたげな笑みを見せる二人の魔人族。その背後ではクシケンスも鼻を摘んでいたが、顔料の成分が気になるのかもしれない。しきりに小瓶を覗き込もうとしていた。
「まだ不満をこぼす元気はあるらしいの」
「我慢しろよな〜、ウスノロ〜」
ちゃっちゃと陣を描き上げるや否や、ふん—と魔力を込める二人。ガラスの割れたかのような音が聞こえた。
これは、果たして解呪なのだろうか。破呪では?—などと野暮なことは聞かずにおいた。
「…これは…」
「傷が塞がってく…」
モスクルと共に、呆けた顔で患部を見つめる。なんとも呆気ないことに、見る見るうちに傷は塞がり、痛みも引いてゆく。するとどうだ。先ほど口にしたポーションの効果も出てきたのか、失血の気怠さすら感じなくなるではないか。
おおお—と、思わず感嘆の声を上げる。恐るべし、特級ポーション。恐るべし、由香里の体液。
「まったく、手間をかけさせおって。アーサーさんに感謝せいよ」
「え?」
立ち上がり、モスクルと共に調子を確かめていると、クローディアが苦笑しつつアーサーさんの陰徳を教えてくれた。
「アーサーさんがわしに念話を送ってきたのじゃ。マコトとモスクルを助けてくれ—とな」
「…ここから?」
クローディアの発言にギョッとする。いや、唖然としたと言うべきだろうか。ここは王都アンラの最奥にほど近い場所である。
確か、事前の打ち合わせによれば、クローディアは王都に入ってすぐの場所にある、商業区の鐘塔にいたはずなのだ。
(どんだけの魔力波を放出したんだよ…)
視線をアーサーさんに向ける。
アーサーさんはエルの頭上に座し、相も変わらずエクーニゲルめがけて魔術を飛ばしていた。
「自惚れていた訳でもなかろうが、お主を守りきれなかった責任を感じていたようじゃ」
「…そっか。後でお礼しなきゃ。クローディアさんたちにもね」
そう告げて笑いかければ、楽しみにしておこう—と、クローディアは締めた。
私も気を引き締める。まずはエクーニゲルの撃破が最優先だからだ。
私やクローディアのみならず、皆が得物を構えて走り出せば、こちらに気が付いたエクーニゲルは、素早くロロナとアイマスを蹴り飛ばすと、手を掲げようとした。
—ドォン—
しかし、クルスの重機関銃が火を噴き、エクーニゲルの手は弾き飛ばされる。
忌々しげにクルスを睨み付けるエクーニゲルだったが、手は無事であるらしく、プラプラと手首を振るっている。障壁により弾丸自体は防げても、その衝撃は防げなかったのだろうか。
「今、あやつは何をしようとしたのじゃ?」
「すまん、分からん。あんな動きは初めて見せた」
前を走るクローディアとモスクルの会話に耳を傾けつつ、魔力の矢を番える。怖くて仕方ないが、やられた分はやり返してやりたい。
「アシュレイ、町の状況は?こっちにいて大丈夫なの?」
「第三騎士団が来てくれたからね〜。厄介なのも捕らえたし〜、後はもう時間の問題〜」
「そっか。なら、全力をぶつけられるね」
「もうしくじるなよ〜」
せっかくやる気を滾らせていたのに、痛いところを突かれて、思わず声を詰まらせる。
抗議の意味を込めて視線を向ければ、アシュレイの眼は淡い翠の輝きを湛えていた。魔眼だ。
「…私の魔眼はさ〜、術者相手には無類の強さを持つんだよ〜。なんか、あいつ術者っぽくないけどさ〜。まあ、任せて〜」
「…うん、任せる」
私の返事を聞くや否や、アシュレイは進路を変えると、私たちから離れていった。魔眼による支援を行うつもりなのだろう。
(アシュレイの魔眼って…未来視…だよね?)
未来視が、一体、どうすれば術者に無類の強みを持つのかは判然としないが、こんな緊迫した状況で巫山戯る—ことはあっても、手を抜く女性ではない。
アシュレイのことは一旦置いておき、エクーニゲルへ意識を戻した。
「うおらっ!」
「ガルルル!」
「二度も同じ手が通じると思ってもらっては困るでしょ!」
ドーアとエルの挟撃をこともなげに躱すエクーニゲル。
アーサーさんも魔術で援護するが、これはエクーニゲルの生み出す亜空間の中に吸い込まれてゆく。
「どきな!」
「ちっ!」
勢いの殺されたドーアの横から突っ込んだのはロロナだ。巨大な小手は風を生み出す魔道具であるらしく、ただでさえ早いロロナの動きを一段上へと押し上げている。
彼女の突撃には、鋭い感覚を持つ獣人のドーアくらいしか、まともに反応できない。だからこそドーア側からエクーニゲルへ攻撃を仕掛けるのだが、それが読み易さへと繋がってしまっていた。
「無駄だと言っているでしょ!」
ロロナの突撃は障壁により阻まれるも、逸らしきれずにエクーニゲルの足が退がる。私の侵食は、未だに効果を残していると見て良いだろう。
「いい加減に眠るでしょ!」
「させんっ!」
ロロナを打ち据えようとしたエクーニゲル目掛けて、アイマスの剣閃が煌く。
これはガードも捌きもせずに跳躍して躱したエクーニゲルだが、その頭上に迫っていたのはファーレンだ。
だがしかし、エクーニゲルもそれは折り込み済みだったのだろう。展開していた亜空間を素早く頭上へ移動させると、ファーレンを呑み込むべく大口を開く。
皆の目が大きく見開かれた。
「えっ!?うわわっ!」
「ファーレン!」
慌てふためくファーレンめがけて、手を持ち上げようとするモスクル。不可視の床を生み出して、ファーレンを助けようとしたものだろうが、それに先んじてアーサーさんの触手がファーレンを捉えた。
くの字に折れ曲がりながら回収されたファーレンの姿に、皆が安堵の息を吐く。危なかった。
「ロロナ!合わせてちょうだい!」
「ちっ!」
ブルーツの高速移動は、でたらめな軌道を描いてエクーニゲルへと迫り、その勢いをそのままに鉈を叩きつける。
恐ろしいことに、エクーニゲルは空中にあるにもかかわらず、身を捻り、それにすら反応して見せる。
しかし、ブルーツの一撃に反応できたからこそ、次に続くロロナの一撃には無防備となった。
「はあっ!」
ロロナの拳が撃ち込まれた瞬間、轟と凄まじい風が吹き荒れ、エクーニゲルは弾丸の如く弾き飛ばされる。
派手な音を鳴らして瓦礫へと突っ込んだエクーニゲルの姿は、砂埃に隠れて見えなくなったが、そんなものはお構いなしとばかりに、デンテの水弾に加えて、クルスの砲撃が続いた。
「…わ、私たちの出番はなさそうですね」
最後尾をクシケンスと並んで駆けていたセイクリッドの感想だ。私もそう思う。
けれど、エクーニゲルという男は得体が知れない。セイクリッドの言には何も返さず、黙って走った。
「いや、まだ終わりではないわい。あの程度で倒せる相手なら、疾うに勝負はついておる」
前を行くクローディアが呟けば、気を抜くな—と、モスクルも続ける。
それが合図であったかのように、瓦礫が爆散した。




