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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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アビス、アトリアでの仕事を終える

 退屈であるな—と、天極陣を維持しながら呟く。意図して呟いた訳ではなく、無意識のものだった。言った後で、しまった—と青くなり、慌てて視線を地味な女神姉妹へと戻す。

 地味姉妹の姉の方は、猛獣を思わせる獰猛な顔でこちらを睨みつけていた。


「悪かったわね!仕事が遅くて!」

「…う、うむ…いや、まあ…その…なんでもないである」


 我の言にはそれ以上触れず、ハルワタートは額の汗を拭うと、せっせと死体を修繕する作業へ戻っていった。さすがのハルワタートも、こう死体が多くては疲弊するらしい。


(我でも手伝えるならば、もう少し楽になるのであるが…)


 ここは共同墓地(カタコンベ)ではない。町の外れにある貯蔵庫だ。地下に続く濠は、かつては川であった証だろうか。その奥には夏でも寒さに震えるという—生き返ったアトリアの民から得た情報だ—天然の氷室がある。

 保存しておき、後から食べるつもりだったのだろう。中には、旅の者共と思わしき死体が、山のように積まれていたのだ。最後の共同墓地(カタコンベ)での作業を終えて、いざアンラ—と、思った矢先に告げられた貯蔵庫の存在は、我を絶望させるに十分であった。


(まあ、元からアムルタートは訝しんでおった訳であるし…)


 魂と語り合えるアムルタートは、最後の共同墓地(カタコンベ)でアトリアの民を生き返らせた後にも、破顔したりしなかった。それもそのはず、まだ生き返せていない者共がいることを知っていたのだから。それを思えば、どちらにせよ貯蔵庫には足を運ぶことになる訳だ。そう、仕方ないのだ。最初から、我は今日一日ここに縛られる定めだったのだろう。


(…もうアンラは奪還できたであるかなぁ…)


 今日はクローディアらがアンラへと突入する日である。

 アンラの民たちは高確率で敵になるというのが、クローディアらの見立てだった。戦えば、当然死者も出ることだろう。


(およそ関わりのない者たちは生き返してやっているのに…自身が日頃世話になっている者たちは生き返してやれんとは…)


 クローディアらの決起に際して、我らがこのような奇跡を起こすのは、アトリアが最初で最後と言ってある。つまり、メットーラの民については、死しても面倒が見れないと伝えたのだ。その時のメットーラ兵らの顔を思うと、やりきれない。

 しかし、これは意地悪で言っている訳ではなく、ハルワタートの権能に理由がある。彼女は完全を司ると同時に、運命を司る女神でもあるからだ。一度降りかかった吉凶禍福を捻じ曲げることは、彼女の存在に反することであり、彼女自身の神力を弱める行為に他ならない。

 人は死んだらそれまでなのだ。アトリアの民とて、そこで運命の糸は途切れていたはず。それを無理やり紡がせた彼女には、目には見えない枷がはめられていることだろう。それがどのようなものかは知る由もないが、全能の霊薬(エリクサー)の生成にてこずっているのは、これが理由に違いない。

 まして、運命を司る神の側にあるメットーラの者たちは、知らず知らずのうちにハルワタートの恩寵を得てゆく。運命値が高くなり、自然と幸福を得られる機会が増えるようになるのだ。

 そのような者共の吉凶禍福を捻じ曲げて生き返らせるとなれば、神の在り方という観点から見た場合、アムルタートはともかく、ハルワタートの罪過はとてつもないことになる。最悪、存在が消えかねない。


(近しい者ほど救えないとは、皮肉な話であるなぁ…)


 再びハルワタートへと視線を向ければ、ハルワタートは肩で息を吐きながら、必死に全能の霊薬(エリクサー)を生成していた。


「…ハルワタート」

「…」

「ハルワタート」

「何よ、おっさん!?」


 最初はこちらの呼びかけを無視したハルワタートであったが、再度呼びかければ煩わしく思ったのか、苛立たしげな顔を向けて寄越すではないか。普段ならば拳骨の一つもくれてやるところだが、今日は勘弁しておくことにした。


「少し休むであるな」

「…そうね。そうする」


 氷室の端に腰を下ろすと、荒い息を必死に沈めようとするハルワタート。

 我にそれ以上かけられる言葉などなく、視線をアムルタートへ向けた。


(アムルタート…向こうも難航しているであるな…)


 アムルタートは魂と語らう力を持つ、永遠を司る女神だ。それが故に、要らぬ魂が寄ってくるのだ。おそらくは、順番を待てぬ魂が、我先にと押しかけてきているのだろう。

 アムルタートは目を伏せたまま、微動だにしない。そこに綺麗な肉体が用意されているにもかかわらずである。どの魂が、この肉体に入るべき正しい魂であるかを選別しているに違いない。


(これほど大掛かりな仕事になるとは、思ってもいなかったである)


 ふと、オサカが腹立たしい顔で口にした、吐いた唾は飲めない—という言葉を思い出した。

 あれはいつのことだったか、賭け事で奴に大敗した我が、温情を期待して擦り寄った時に言われた台詞だ。殴ってやろうか—と、本気で苛立つ顔付きだった。

 あるいは、実際に手を出したのかもしれない。記憶はあやふやだが、その後には、ボロボロの我らが二人仲良く正座をして、クローディアから怒鳴られている絵も脳裏に浮かんできたからだ。


(オサカ…いくらなんでも遅すぎるであるぞ?)


 気が遠くなるほどの長い歳月を霊廟に捧げてきた我にとっては、一年やそこらなど、光陰矢の如し—というやつだ。


(この言葉も、あれから教わったのであったか)


 それでも、彼がいなくなってからの一年は、異様に長く感じた。世界が色褪せたかに見えた。我はあの男を、思いの外好いていたらしい。


「あ、あの…」

「…ん?どうしたである?」


 声をかけられて振り返れば、商人と思わしき旅装の男が、申し訳なさそうな顔でこちらを見つめていた。

 何を言うのか?—と、しばらく待っていたが、まごつくばかりで、男は一向に口を開こうとしない。一体、何の用だと言うのか。次第に焦れてきた。


「あー、いいよおっさん。私が聞いてくるから」

「…ぬ…そうか。任せたである」


 ハルワタートが腰を上げ、商人と連れ立って氷室を出て行く。

 その後には、何人もゾロゾロと付いていった。


(なんなのである!?何故我には何も言わぬである!?)


 腹立たしさに鼻を鳴らすも、そういえば、我は厳しい貴族にしか見えないと聞いたことがある。貴族と思わしき我相手では、言い難いことでもあるのだろう。

 商人の相手は、ハルワタートに任せることにした。


「はい。この肉体の持ち主は貴方ですね」


 鈴を鳴らしたような声に視線をアムルタートへ戻す。

 魂の選別が成ったのだろう。アムルタートは徐に魔石を作り出すと、横たわる肉体の奥へ沈めてゆく。

 それだけで、ここまで沈黙していた肉体は、堰を切ったかのように起き上がった。


「…おお…おお…嘘みたいだ!はは、ははは。生き返った!生き返ったんだ!」

「あ、あの…次の方が待っておられ—」

「有難う!有難う!」


 生き返った男は猟師であろうか。冒険者にしては軽装すぎるし、旅をするような格好でもない。けれども、アトリアの住人ならば、ここに積まれているのはおかしい。おそらくは、城壁内ではなく、外に家を持つような物好きに違いない。獲物を貨幣に変えようとして、アトリアにやってきたといったところか。


「有難う!本当に有難う!」

「あ、いえ。どういたしまして」


 男はアムルタートの手を取ると、何度も何度も感謝の句を述べれば、アムルタートもアムルタートで律儀に相手をしている。

 気持ちは分かるが後が支えているのだ。早々に退いてもらうことにした。


「ほれ!さっさと退くであるな」

「ひいっ!?す、すみません!」


 我の顔を見るや否や、それまでの喜色は消え失せ、慌てふためきながら場所を空ける猟師。

 そんなに我は怖いだろうか—と、少なくないショックを受けた。


「次は、こちらの女性を…」

「良いである。我が運ぶであるな」


 せっかくハルワタートが綺麗に修復した肉体を、ズリズリと引き摺られてはかなわない。天極陣は一旦解除して、我が女の肉体を運んだ。


「…有難う御座います」

「ん?なぜ不機嫌になっているである?」

「…なってませんし」

「…なっているであるよな?」


 感謝の言葉を告げてきたアムルタートであるが、視線を逸らしている上、心持ち、頬を膨らませている。覗き込もうとすれば、反対側を向く始末だ。

 アムルタートの機嫌を窺うことは諦め立ち上がり、我の何がいけなかったのか—と、再び天極陣を展開しつつ嘆息した。


(いや、きっと我のせいではない。腹の虫の居所が悪いだけであるな)


 そう思うことにして、瞼を閉じる。ちょっとだけいたたまれなかった。


「ちょっと、おっさん」


 それからしばらくして、我を呼んだと思わしき無礼な声に瞼を持ち上げる。ジロリと睨み付ければ、いつの間にやらハルワタートが側に佇んでいた。


「よく寝ていて天極陣が維持できるね。呆れるよ、本当」

「寝てはいないである」

「…寝てたよ」

「寝てはいないである」


 よほど我を寝ていたことにしたいらしく、鼻提灯が云々と呟いていたハルワタートであったが、やがて頭を振ると、本題を切り出した。


「ここは寒いから、上で待ちたいんだってさ」

「うむ?不死系魔物(アンデッド)が寒いであるか?」


 ハルワタートの台詞は、先の連れ立っていった商人らの言なのだろう。

 これには首を傾げた。彼らはアムルタートの権能により、不死系魔物(アンデッド)として蘇った者共だ。それがどうして寒いなどと感じるのか。


「いやいや、生きた肉体に魔石を固定したんだから、肉体に引っ張られるのは当然でしょ?オサカと一緒だよ」

「…ああ、なるほど」


 言われてみれば納得だ。彼らの肉体は完全にハルワタートが復元しているのだ。生命活動を再開させた肉体に、魔石を結着したのである。瘴気をもらす以外には、人と何ら変わらないのだ。


「ついでに、腹も減ったって。亜空間から何か食べられるものを出してほしいんだけど…」

「うむ?貴様とて亜空間を開く魔石は預かってきたであろう?自分で出せばいいである」

「…あはは…それが、亜空間を開く魔石を、亜空間の中に放り込んじゃってさ」


 照れ隠しなのか、しきりに髪を撫でつけながら赤面しているハルワタート。

 思いっきり笑ってやろうかと思ったが、我とて同じことをやりかねない。笑うのはやめておいた。


「仕方ないであるな。我のを貸すである。亜空間の中へ放り込まぬように気を付けるであるな」


 懐から取り出した魔石をハルワタートに投げて渡す。わ、私も—などと、先に生き返ったばかりの猟師も手を上げたため、他の者もまとめて地上へ行かせた。


「…全く。緊張感がないであるな」

「ふふふ、良いことですよ」


 我のぼやきにアムルタートが笑う。どうやら、腹の虫は収まるべき所に収まったらしい。二人きりで氷室に残されたのは具合が悪かったが、もう安心しても良さそうだ。

 少しばかり機嫌を取っておこう—などと思い立ち、アムルタートの負荷を減らす提案をしてみた。


「アムルタートよ、死体は我が運ぶであるから、貴様は己の仕事に専念するである」

「…女性の身体なら私でも運べますので、アビス様には男性のみお願いできますか」


 しかし、どういう訳か、再びアムルタートからは、何とも形容し難いオーラが漂ってくる。何がいけなかったのか—と、張り詰めた空気の中で自問した。






 しばらくして、ようやく全ての肉体を修復し終えたハルワタートは、氷室の中で寝転がり、荒い息に胸を上下させていた。アムルタートも玉粒の汗を浮かべつつ、ついに最後の一人を生き返らせる。これで全て終わったのだ。


「ふう…流石に我も疲れたであるな」

「あああ…もうダメ…立てない…」


 ハルワタートに倣う訳ではないが、我も氷室の床に腰を下ろす。尻が冷たくなるのが心地よい。これならば、暑い時には寝転んでも支障ないのかもしれない。やらないが。


「…坊や、坊やはどこの子?」


 すっかりと終わった気でいたが、アムルタートは中空に向けて語りかけていた。なんぞ?—と目を凝らせば、確かに停滞した魔力が見受けられる。あれは男児の魂であるらしい。


「…そう…それは辛かったわね…」


 男児の話にシンパシーでも感じたのか、アムルタートは目元を拭って何度も頷いている。どういうことか?—と、寝転んでいるハルワタートに視線を向けた。


「…そんな目で見られても…私も知らないわよ」

「死体は全て復元したであるよな?」

「そのはずよ。三日かけて見回ったんだもの。流石に見落としなんてないでしょ」

「では、あれはなんである?」

「知らないわよ…」


 もはや敬語はおろか、我を前にして姿勢を正す気もないらしいハルワタートは、渋い顔を作ると、ゴロリと寝返りを打って背中を向けてきた。あー、冷たくて気持ちいい—などと宣っている。低温火傷してしまえ。


「あの…アビス様…」


 そして嫌な予感しか覚えないアムルタートの呼びかけに、返事をしたくないな—と、内心で渋りつつ応じる。

 視線が交わると、アムルタートは慇懃に礼をしてから続けた。


「ここに、彼らの毒牙にかかった哀れな魂があります。なんとかなりませんでしょうか?」

「…死体はどこである?」


 あの吸血鬼(ヴァンパイア)の毒牙にかかったというならば、共同墓地(カタコンベ)貯蔵庫(ここ)に積み上げられていた死体同様に、どこかに身体があるはずだ。

 そう考えての問いかけだったのだが、アムルタートは首を振った。


「いえ…その…この子は何年も前に食われたものであるらしく…魂だけが残されていたようなのです…」

「…ホムンクルスを作れ…と?」


 迂遠な物言いに辟易して、こちらからアムルタートの要望と思われるところを突き付ければ、アムルタートはおずおずと頷くではないか。


(なんで、わざわざ人の口から言わせたがるであるか)


 どうでもいいことに舌打ちしつつ、ボリボリと頭をかいて考えた。

 ホムンクルスは錬金術の領域だ。我にもできなくはなかろうが、万全を期すならば、クローディアの助力は必要不可欠であろう。そこまでする義理があるとも思えないが、ここまできて、一人だけ生き返らせないというのも具合が悪い。


(いや、待つである。本当に一人か?)


 ハタと恐ろしい考えが脳裏に浮かび、アムルタートへ視線を戻す。

 ホムンクルスのことは任せよ—などと軽々しく口にした途端、実は肉体のない魂が数十、数百とあるのだ—などと言い出されたら、とてもかなわない。ホムンクルスの材料とて考えなくてはならない。この大陸では手に入らないばかりか、そもそもが希少な素材を求められるのだ。数十ならばともかく、数百は流石に無理だ。言質を取るなどと言っては言葉が悪いが、双方のためにも確認しておくべきだろう。


「迷える魂は、それ一つであるか?」

「え?ええ、はい。…他にもそれらしき残滓はありますが…既にどれも自我を失っているらしく、修復は極めて困難です。この地を覆う結界の崩壊と共に、世界の輪に還ることでしょう」


 アムルタートの返事に満足し、大仰に頷く。どうやら、杞憂であったらしい。クローディアには仕事を増やして申し訳なく思うが、一人程度ならば、なんとかしてくれることだろう。


「分かった。その男児の魂は、貴様が大切に保管しておくが良いである。我からクローディアへ話そう。今は非常事態故に後回しになるが、必ず生き返すことを約束するであるな」

「あ、有難う御座います!」


 嬉しそうに破顔した後には、中空へ向けて優しく声をかけ、手を差し伸べるアムルタート。己が肉体に魂を取り込んだのであろう。


「…さて、帰るであるか」

「くーくー」


 こちらに背中を向けて寝転ぶハルワタートに声をかければ、ハルワタートは寝息を立てていた。こいつ、よくもまあ、こんな状況で寝られるものだと思う。


「ふんっ!」

「いたぁっ!?」


 程よい力加減で拳骨を落とせたことに満足しつつ、徐に立ち上がる。ハルワタートも頭を摩りながら起き上がると、ジロリとこちらを睨み付けてきた。


「おっさんだって寝てたくせに!」

「寝てはいないである」


 三度目のやり取りである。しつこい奴もあったものだ。

 なおもブチブチと恨み言をこぼすハルワタートは無視してアムルタートへ視線を送れば、アムルタートは静かに頷く。それを認めてから、氷室を後にした。


「待たせたであるな」


 地上に出れば、既に日は傾いていた。すっかりと時間を取られたものだが、日暮れ前に終わるとは思っていなかったため、逆に嬉しく感じた。


「…さて、合計何人であるかな?」

「…え?あ…す、すみません。数えてはおりませんでした…」


 それなりの数であったため、見渡しながら誰ともなしに呟いたのだが、たまたま目の合った男は、己が問われたものと思い違えたらしい。申し訳なさそうに詫びてきた。

 気にするなと身振りで示し、ハルワタートへ手を突き出す。亜空間を開く魔石を返してもらいたかったのだが、ハルワタートは首を傾げた。


「魔石を寄越すである」

「え?ああ…ちゃんと口で伝えてよ」

「うぬ?分かるであろう?」

「分からないわよ」


 分からないらしい。そんな馬鹿なとアムルタートに助けを求めれば、アムルタートは困惑を覆い隠すかのように苦笑している。アムルタートも分からないらしい。


「…わ、悪かったである」

「そうそう。ちゃんと口に出すのは大事なことよ」

「お姉様!?」


 最近、ハルワタートの我に対する態度が酷い。やはり、近いうちに思い知らせてやる他ないだろう。丸焼きにするくらいなら許されるはずだ。


「では、今日はもう遅い。今後のことはこれから考えるとして、一旦はメットーラへ向かうである」

「メ、メットーラですか?」


 我の言に、ほど近い場所にいた男が困惑した顔を作る。メットーラを知っていたらしい。彼の反応を訝しむ者たちへ男が説明すると、騒めきは一気に伝染した。


「メキラ王国の南東!?」

「未開の大森林近くって…やばい魔物が出るのでは?」

「これから移動するってのか?」


 ひとまず、騒めきがおさまるまでは見守ることにする。三日も同じ反応を見ていれば、もはや見慣れた光景であった。むしろ、煩わしさよりも、面白く感じるようになってきたところですらある。


「まあ、見ているである」


 皆が静まり返ってから、注意を引き、魔石へと魔力を込める。

 たちまちのうちに亜空間が開き、漆黒の空間が人一人を呑み込めるくらいの大きさになると、おおっ—と、歓声が聞こえた。

 術理に明るい者もいるのだろう。少しだけ鼻が高くなる。


「さて、座標の魔石は—」


 亜空間を開いただけでは、単なる倉庫に繋がるだけである。そこから更に座標を示す魔道具を用いて、メットーラ側に亜空間を繋げてやらねばいけない。

 ところが、どこを弄っても座標の魔道具は出てこない。おかしいな?—と己の行動を思い返してみれば、朝方に亜空間へしまい込んだのを思い出す。どうせ帰る時まで使わないのだから—と、何も考えずに放り込んでいたのだ。


「…おっさん。何か言うことない?」

「…す、すまなかったである」


 事態を察したハルワタートが、勝ち誇った顔で突いてくる。

 ハルワタートが魔石を亜空間へと放り込んだことを責めたが、己でも同じことをやらかしていたのだ。これには何も言い返せなかった。


(なぜ、言わんとしていることは伝わらないのに、言うまいとしていることには気付くのである?)


 女という生き物は不思議なものだと首を傾げつつ、亜空間の中から座標の魔石を取り出す。ハルワタートはアムルタートと共に笑っていた。


「今度こそ…ふん!」

「おおおっ!」


 アトリアの町とは気候からして違うメットーラの町が目の前に現れれば、そこかしこから驚きの声が上がった。


「魔法だ…」

「いや馬鹿!あれは魔術だ!」

「どんな魔術よ!?こんなの前代未聞よ!?」


 亜空間を潜り抜けた後も騒めきは止まるところを知らず、ついにはメットーラの住民が気づきはじめる。細い裏通りに出た意味は消えた。

 もっとも、メットーラの民にとって、ネームレスが何かやらかすのは今更だ。不死系魔物(アンデッド)をダース単位で連れ帰る程度では、もはや驚きもされなかった。


(…まあ、ここ数日は、連日連れ帰っているであるしな)


 それでも市井を悪戯に騒がせるのは不本意である。アトリアから連れ帰った者共を落ち着かせると、同じ境遇の者らが暮らす仮設区画へと速やかに移動した。


「…石の家…」

「すまぬである。何せ、数が数である故、そうそう簡単には家屋など用意できぬであるな。今しばらくは、これで勘弁願えぬであるか?」


 不死系魔物(アンデッド)たちの暮らす区画は、土魔術により生み出された仮設住居が所狭しと並んでいる。

 アンラの術者であるマコトが、魔法により巨石を生み出し、クローディアらが魔術と錬金術を併用して、家屋としたものだ。

 連日、我らが連れ帰った者らのために、彼女らには随分と負担をかけた。今回の件が終わったら、労ってやらねばなるまい。


「ダメであるか?」


 それはさておき、今回連れてきた者共は、家屋を見ては、その周囲で暮らすアトリアの住人たちを見て、また家屋を見るという、振り子のような動きを繰り返していたりする。

 見ていて面白くはあるのだが、何か思うところがあるのかもしれない。


「どうしたである?我慢がならぬであるか?」


 我の三度目の問いかけで、ようやく男の一人が口を開いた。


「い、一泊…おいくらになりますか?」

「は?」


 何を聞かれたのか分からなかった。思わず素っ頓狂な声を上げれば、男は萎縮して数歩下がる。何故なのか。


「はいはい」


 そんな我に代わり、パンパンと手を叩いて注目を集めたのはハルワタート。今し方連れてきた者たちのみならず、既に仮設住居で暮らしはじめている者までもが目を向けてくる。

 ハルワタートは何一つ物怖じすることなく、慣れた様子で言葉を紡いだ。


「困った時はお互い様でしょ。今後の見通しが立たないうちから、金を毟ろうなんて思ってないわよ。まずはしばらく休んで、嫌な記憶なんて洗い流しちゃいな。また笑えるようになってから、次のことを考えればいい。これはメットーラ辺境伯からのお達しよ。嘘だと思うなら、先達に案内してもらって、領主館まで聞きに行ってみなよ」


 ハルワタートが口を閉じると、皆揃って先達へ視線を送る。

 籠いっぱいのキャベツを抱えたままでハルワタートの話を聞いていた男は、己が見つめられているのに気が付くと、力強く頷きを返していた。


「…夢みたいだ…」

「もしかして、ここが天の国か?」

「馬鹿!メットーラだろ!?」

「メットーラってどこだよ!?」


 このやり取りは何度目であろうな—と、苦笑する。この後には、再びハルワタートが手を叩いて注目を集めた後、細かいことを説明してゆくのだ。

 食料は農園まで自分たちで取りに行くこと。その際、農園の仕事を手伝うこと。瘴気を分解する魔道具を肌身離さず身に付けておくこと—などだ。

 けれども、今回はそうならなかった。ハルワタートが手を叩く前に、先に連れてきた者らが寄ってきたのである。


「アビス様、ハルワタート様、アムルタート様。よろしければ、わしらが説明と案内を代わりましょう」

「うむ?そうであるか?」


 これは願ってもない提案だった。年嵩の男—アトリア平民街の顔役だった男だ—に礼を告げ、お願いすることにした。


「まずは家の中を確認してみると良いでしょう。どの家屋も同じ作りで、個室は三つずつあります。一通り中を確認したら、またここに戻ってきてください。皆さんが揃いましたら、家屋の設備について質問を受け付けましょう」


 最後に年嵩の男が手で促すと、数人単位で散ってゆく。それは家族であったり、パーティであったりと様々だ。

 その様をなんとなしに眺めていたのだが、ふと違和感を覚える。理由はすぐに判明した。

 不死系魔物(アンデッド)となって蘇った彼らの中には、死の恐怖が忘れられず、また吸血鬼(ヴァンパイア)共が攻めてくるのではないか!?—と言い出す者がいたのだ。

 そういった者らへの配慮として、エルを近くに配していたのだが、そのエルの姿が見当たらないのである。代わりに辺りを警戒しているのは、冒険者達とメットーラ兵だった。


(…何かあったのであるか?)


 ケイタイを取り出してみるも、着信はない。よほどのことがない限り、配置変換などの際には、クローディアや我に連絡があるはずだ。つまり、よほどのことがあったのだろう。


「少し良いであるか?」

「あ、アビスさん。何ですか?」


 警戒中のメットーラ兵の中に、見知った顔を見つけて話しかける。よく領主館と真オサカ邸とを往復させられる、可哀想な若者だった。


「エルはどうしたである?何かあったであるか?」

「あ…す、すみません。私もその辺りのことは、ほとんど聞いていないのです。えと…アーサーさんに呼ばれた—としか…」

「…アーサーさんに?」


 アーサーさんといえば、オサカ謹製—全く慎めていないが—の最強スライムである。

 そのアーサーさんだが、アンラ突入に際して、オサカと同郷の者共の護衛に付いていたはずだ。


(…アーサーさんの手に余る敵がいる?)


 嫌な予感がした。足早に年嵩の男の元へ戻ると、出かける旨を伝えた。


「え?アビス様…もうすぐ日暮れですが…」

「いや、なに。少し席を外すだけである。この場は貴様たちに任せて良いであるか?」

「ええ、もう、喜んで。わしらにお任せください」


 男の言に鷹揚な頷きを返して、即座に人気のないところを目指して歩く。我の後ろには、ハルワタートとアムルタートが付いてきた。


「ちょっとおっさん!どこ行くのさ!」

「アビス様…何か気がかりでも?」

「…アンラに、アーサーさんでも手に負えん敵がいる可能性があるである」


 二人の質問に応じれば、背後から感じられる気配に少しばかりの緊張が混じる。

 けれども、それで歩みを止めはしない。我同様に、二人とも、アンラヘ向かうつもりであるらしい。

 戦う術もないくせに—と、無謀な姉妹をおかしく、そして愛おしく感じた。

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