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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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雪辱を果たせ その三

「ストーンジャベリン!」

「させるかっ!」


 床石が鋭利な先端を多数作り出し、剣山の如く突き出される。狙われたのは、エクーニゲルへと飛びかかるソティにファーレンだ。二人は焦りに目を見開き歯を食いしばるも、無傷ですんだ。

 エクーニゲルの土魔術を止めたのはモスクルらしい。彼は手を突き出しただけに見えたのだが、床から伸びる無数の槍は、見えない天井に堰き止められたかのように、膝下の高さでポキポキと折れてゆく。


「気にせず走れ!足場がある!」


 モスクルの言に、ソティとファーレンが駆け出す。二人は目視できない透明な何かの上を疾走していた。そういえば、モスクルは魔法師であったと聞いたことがある。あの不可視の床がモスクルの魔法なのだろう。


「どくでしょ!」

「障壁は、お前だけの専売特許じゃないぞ!エクーニゲルっ!」


 アイマスの喉へ強烈な突きを入れたエクーニゲルが、夥しい数の炎を生成しつつ吼える。それまでの温厚な表情は鳴りを潜め、激情を露わにしていた。この瞬間を凌げるかが勝負と踏んだものだろう。


「四魂、曲霊!」

「させんっ!」


 再びモスクルが腕を振るえば、四色の炎は見えない壁に遮られ動きを止めた。

 エクーニゲルの作り出す四色の炎は、“直霊”、“曲霊”という二つの呪文により動きを変える。元々が違う軌道を描いて襲いくる術理でありながら、更にその軌道を変化させるのだ。

 それだけでも厄介なのに、威力も馬鹿にはできない。小さな炎とは思えないほどの熱量を内包しており、一度着弾すれば、たちまちのうちに対象を燃やし尽くしてしまう。しかし、それも動き回ればこその恐ろしさ。動きを止め、松明さながらの炎など、恐れる者がどこにいようか。


「っく!」

「余裕が消えたな!」


 見えない壁に押し潰されるかのように、炎が一箇所に集められてゆく。こうなれば、もはやソティとファーレンを阻むものはない。二人は勢いそのままに、エクーニゲルへと突っ込んだ。


「御首を頂戴するので御座います!」

「さっきのお返しです!」


 エクーニゲルから見て、左からソティ、右からファーレンが迫る。

 ストーンジャベリンも無効化され、四魂云々もなくなった。今のエクーニゲルにあるのは、アイマスの斬撃によりダメージを受けた障壁のみだ。


「甘いと言っているでしょ!」

「うっ!」

「あうっ!」


 だがしかし、それでもエクーニゲルの方が一枚上手だ。

 ソティの鉈による横薙ぎが躱され、次いで釵による突きを繰り出すも、その腕を絡め取られ、ソティは投げ飛ばされる。その先にいたのは、エクーニゲルに向けて拳を突き出さんとしていたファーレンだった。二人は床石を転がると、四肢を投げ出して大人しくなってしまう。気を失っているに違いない。


「まだ終わらん!」

「同じことでしょ!」


 エクーニゲルの動作の間隙を突く形で、モスクルが接近していた。

 突き出されたモスクルの短剣と、腰だめで放たれたエクーニゲルの拳は拮抗した。突き出される短剣は、捌かれるそばから下げられ、エクーニゲルに掴ませはしない。

 千日手と思われた攻防だったが、モスクルが手をかざせば、エクーニゲルの腕がピタリと静止した。

 動かぬ腕に目が見開かれ、口元を歪めるエクーニゲル。

 これもまた、モスクルの魔法に違いない。


「くうっ!?」


 度重なる攻防の末、致命的な隙を晒したエクーニゲルへ襲いかかるのは、短剣による全身全霊の刺突を繰り出すモスクルと、床石を踏み抜いて、鉈を振りかぶるブルーツの挟撃だった。


「決めるぞ!」

「ええっ!」


 二人の同時攻撃に、エクーニゲルは前後に障壁を展開する。

 しかし、モスクルの刺突は魔力による強化を施しているのか、エクーニゲルの障壁を貫通して、エクーニゲルの手に小さくない穴を穿つ。一方でブルーツ渾身の一撃もまた魔力により強化されていたのだろう。エクーニゲルへと叩き付けた勢いで、鉈は根元から折れて飛んだ。


「ぐうっ!」

「があっ!」


 ブルーツの一撃の凄さは、障壁を張っても勢いを殺しきれずに吹き飛ぶエクーニゲルと、それに巻き込まれて、もんどり打つモスクルの姿から察せられた。


「今だ!ラヴァよ!」

『承知!』

 

 ラヴァの展開する魔法陣が光り輝けば、ズン—と、大地が振動した。

 私たちの目の前に亀裂が生じ、亀裂の向こう側が、縦に横にと激しく揺れはじめる。

 初めてアースクエイクの現物を見たが、凄まじい魔術だ。揺れに耐えきれず、大神殿のステンドグラスが割れはじめ、支柱に罅が刻まれてゆく。倒壊も時間の問題だ。


「すっご…」

「言葉が出ないわ…」


 壁に激突しつつも、よろよろと立ち上がろうとしていたエクーニゲルは、揺れに足を取られて顔から床に激突した。

 見れば、左手にはモスクルの穿った穴が、右腕は、ブルーツの一撃により、ぐちゃぐちゃにひしゃげている。あれでは動かせないに違いない。

 ブルーツの強烈な横薙ぎは、障壁こそ破れなかったものの、衝撃は十分に伝えられたらしい。ブルーツ本人は、自信がない—とか宣っていたが、恐ろしい威力である。


「…ぐっ…アイマス。こっちにこれるか?」

「そ、そうは言っても…な!」


 どんどんと酷くなる揺れの中、鼻を押さえながら、こちらへとやってくるモスクルが尋ねていた。

 どうやって歩いているのかと思えば、彼は床を歩いてはいなかった。目には見えない透明な板でも空中に作り出して、その上を歩いているらしい。時折よろけるも、彼の背後を歩くブルーツが支えていた。


「た、立っていられないぞ!?」


 そして我らがアイマスは、蹲ったままで揺れに耐えていたりする。私たちが佇む場所は揺れていないため、物凄く滑稽に見える。

 実際に私も向こうにいたとすれば、とてもではないが、立っていられないことだろう。

 けれど、やはり滑稽に見えるのだ。まあ、それはさておき、巫山戯ていられる状況じゃなくなってきた。大神殿は間もなく倒壊する。そうなれば、アイマスは生き埋めである。


「そこにいたらヤバイよアイマス!」

「転がってでもこっちに来なさい!」


 私と由香里が叫び、アイマスを呼び寄せようとする。

 気を失ったソティとファーレンは、アーサーさんが回収してくれたものの、アイマスの位置までは触手も届かないようだ。本当に危ないかもしれない。


「すぐ目の前に不可視の床がある!その上を移動してこい!触れれば分かる!」


 鼻血を拭いながら告げられたモスクルの言に、アイマスがおそるおそる前方に手を伸ばす。

 すると、モスクルの言に偽りはなく、何かを見つけたようだ。ガクガクと揺れる顔に喜色が見て取れた。


「す、すぐ行く」


 やがて全身を不可視の床に乗せたアイマスは、立ち上がると必死に駆けてきた。倒壊がはじまったのは、そのすぐ後のことだ。


「アイマス!急いで!」

「これで全力疾走だ!」


 油断なく矢を番えたままで声を上げれば、アイマスは辛くも生き埋めを回避する。危機一髪だ。


—ドォォォン—


 盛大に砂埃を巻き上げながら、大神殿は倒壊した。向こう半分だけ。何とも奇妙な光景である。


「アイマス、喉見せて」

「いや、大丈夫だ」

「大丈夫じゃないでしょ、口の中血だらけよ?クシケンス、ポーション出して」


 私が見送ったアイマスは、即座に由香里が確保する。

 ガチャガチャと背後から聞こえる金属音は、首鎧を取り外しているものだろう。先に喉を突かれた時に傷を負ったらしい。首鎧の上からダメージを与えるとは、改めてエクーニゲルの化け物じみた強さに驚いた。


「ほっ、揺れがおさまったの…トレント」


 次いで、エクーニゲルを襲ったのは、凄まじい土砂降りだ。デンテの魔術によるものだった。

 てっきり、水属性の八芒星を見て、メイルシュトロームかと考えていたが、トレントの方であったらしい。動くことも億劫になるほどの土砂降りをもたらす魔術だ。


「…お前…えげつないな…」


 鼻に布を当てながら、モスクルが渋い顔を見せる。

 何のことか?—とよくよく見れば、真っ黒な雨雲から降り注ぐ雨粒は、単なる水滴ではなかった。

 エクーニゲルの上に覆い被さった大神殿の瓦礫は、雨粒に濡れてはいない。代わりに、無数の穴が空いている。デンテの行使したトレントは、雨粒一つ一つが針のような水弾であり、瓦礫を穿っていたのだ。


(…確かにえげつない…)

《デンテを怒らせると怖いですね…》


 ラヴァと共に息を呑む。

 トレントは七芒星の魔術である。八芒星にしたことで、本来のトレントとは違った効果をもたらしているのだろう。


《真、見えていますね?》

(うん…いるね。全然弱ってない)


 一見すれば終わったかに見えるが、私とラヴァは油断しない。エクーニゲルは健在であるからだ。

 凄まじい水弾の土砂降りは、みるみるうちに瓦礫を砕いてゆく。相手が常人であれば、既に息はないことだろう。瓦礫を退かしてみれば、瓦礫同様に穴だらけとなった死体が出てくるに違いない。

 しかし、相手は常人ではないのだ。MAPに映り込む敵影反応は、今なお巨大な赤丸であった。


「さて、ラヴァよ。引きずり出すぞ」

『ええ…やってやりましょう』


 ゆっくりとトレントの魔法陣が消え去った後には、別の魔法陣が浮かび上がる。デンテがストックしていた魔術だ。更にその外側に、ラヴァが魔法陣を重ねた。もう少しで読み解けそうだった魔法陣が別物に変じたため、読み解くのは諦める。視線を瓦礫の山へ戻した後は、弦を引き絞り、その瞬間を待った。


「—ハハハ…ハハハハハ…これは素晴らしいでしょ!」


 ところが、デンテが魔術を撃ち込むよりも先に、高らかな笑い声が瓦礫の下から聞こえてきた。これには私のみならず、皆が驚愕する。ここまでやって、まだ笑えるだけの余裕があるらしい。


「おい…瓦礫が…」


 モスクルの呟きは、皆の気持ちを代弁したものだったことだろう。瓦礫から煙が立ち昇りはじめたからだ。

 かと思えば、瓦礫は瞬く間に真っ赤に染まり、形を失うと溶けて流れ落ちてゆく。その溶岩さながらの瓦礫の中から現れたのは、もちろんエクーニゲルだ。切り揃えられた髪の毛は赤く血で染まり、眼鏡は壊れたのか無くなっていた。上等な法衣も赤く色付いているか、破れている。障壁を展開していても、ラヴァとデンテの大魔術がもたらしたダメージは馬鹿にできない結果を生んだようだ。早々に治療しなくては、長くは保たないように思う。

 しかし、それでもエクーニゲルは高らかに笑っていた。法術を使うでもなく、逃げるでもない。さも愉快げに笑っていた。


「素晴らしいでしょ、その力!いやいや、正に!正に!君らは人の限界を、創意工夫でもって乗り越えているでしょ!実に素晴らしい!後100年は費やすと思われた境地に、君らは既に立っているでしょ!驚嘆に値するでしょ!」


 一体、彼が何を語っているのか分からなかった。追加で魔術を撃ち込むつもりであったデンテとラヴァも、唖然として固まっている。


「君たちになら討たれてもいいでしょ!ああ、いいとも!本来の筋書きからは逸れてしまうけれど、この先を託してみる価値はあるでしょ!」


 ついには、訳の分からないことを言い出すエクーニゲル。

 上機嫌に笑う彼の顔には、正気の色は見られない。湛えているのは、狂人の歪みのように思われた。


「…何を言ってるんだ…あいつ…」


 あまりの気味悪さからか、モスクルがボソリと呟く。全くもって同意見だった。


「…射てるかの?」

「…うん」


 デンテとラヴァの描いた魔法陣は、いつの間にか消えていた。お役御免ということなのかもしれない。

 代わりにでもないが、ようやくここで私の出番が来た。ニタニタと背筋の寒くなる笑みを浮かべたエクーニゲルへ向けて、引き絞っていた弦から手を離す。


—ヒュオ—


 魔力の矢が一条の光となり、エクーニゲルの障壁に突き刺さる。エクーニゲルは警戒することもなく、私の矢を受け入れたのだ。本当に、討たれてもいいと考えているのだろうか。


(怖…)

《全くですね…》


 私の矢では、デンテほどの貫通力は生み出せない。魔力の矢は、そのまま霧散して消える。それでも、目的は果たした。後は、私の魔力が彼の障壁を侵食し、弱めてくれることだろう。


「…なんでしょ?一体、なんでしょ、この魔力は?」


 弓を下ろし己の役割が一先ず無事に終わったことに安堵するも、エクーニゲルの様子がおかしい。それまでは笑っていた顔付きが、がらりと変わったのだ。

 私の侵食が、早くも効果を現したのだろう—と思い込もうとしたが、次の瞬間には身を竦ませた。

 エクーニゲルが私を睨み付けてきたからだ。


「…お前、その力をどこで手に入れたでしょ?この権能は、お前のような小娘が持っていて良いものではないでしょ!」

「…け、権能?」


 ずるずると足を引き摺りながら声を荒げるエクーニゲルの姿よりも、彼の言に戸惑った。


(権能?)

《…》


 意味が分からなかった。

 これは侵食という名のスキルだ。権能などという大層なものではない。私のスキルの一つに過ぎないはずなのだ。


「そ、それって—」

「ロロナ!」


 私の言を遮って、叫んだモスクルの声がかき消される。轟—と音を立てて、突風が通り過ぎたからだ。あまりの強風に身を竦ませて、風が通り過ぎるのを待つ。


—ドォン—


 けれど、次いで辺りに響いた音で、肩を跳ね上げて目を見開いた。

 慌てて音の発生源を探れば、エクーニゲルの姿が見えなくなっている。代わりに、それまでエクーニゲルのいた場所で拳を突き出していたのは、やたらとゴツい小手を身に付けた女性だった。


(何だあの小手…魔道具?)


 女性をふと見た時、何よりも目を引くのは巨大なグローブを思わせる小手だ。魔力回路と思わしき紋様が刻まれたそれは、今なお魔力を通わせているのか、緑色の輝きを湛えていた。


《…メットーラの者たちを鼓舞していた…ああ、確か、ロロナ…》


 ラヴァの言に突入前の様子を思い出す。

 言われてみれば、あの時の女性は確かに、このショートカットの女性、ロロナであったように思う。

 そのロロナだが、ゆっくり残心と共に構えを解くと、苛立たしげな視線を私たちへと向けてくるではないか。思わず身構えた。


「…全く、遅いよ。ヒヤヒヤしたじゃないか」

「すまん。かなり手強かった上に、あの狂態だ。すっかりとタイミングを逸してな」


 怒っていた訳ではなく、つり目がちな故に、そう見えてしまっただけであるらしい。あれでも心配してくれていたようだ。事前の取り決めでもあったのだろう。モスクルからのゴーサインを待っていたようだ。

 ツカツカとこちらに歩いてきたロロナは、簡単にモスクルと挨拶を交わすと、再び瓦礫の山へ視線を戻す。まだエクーニゲルが生きていると踏んだのだろう。


「マコトや、エクーニゲルの反応は?」

「…生きてる。瓦礫の奥に埋まってるけど—」


 私の言葉の終わりを待たずに、エクーニゲルのいるであろう瓦礫の山は、先の焼き回しのように、デロデロと溶けてゆく。決まりだった。


「ほれ、シャキッとしな」

「あうっ、うう…あえ?ロロナさん…」

「ソティもだ。情けないぞ」

「…アイマスに言われたくないので御座います…」


 ロロナとアイマスの二人が、意識を飛ばしていた二人を叩き起こす。

 ソティの可愛げのなさが酷い。アイマスは渋い顔で引き起こしていた。


「マコトちゃん?」

「え、あ…はい。何でしょうか?王妃陛下?」


 視線を瓦礫の山へと向けたまま、ブルーツが呼びかけてくる。

 慌てて視線を向けるも、ブルーツは逡巡した様子を見せた後、何でもない—と首を振った。訳が分からず困惑した。


「真、とりあえず集中して」

「き、来ます…」


 由香里の言に頷きを返し、クシケンスの言に皆が構える。瓦礫は既に溶岩と化し、周囲を赤く染め上げていた。

 エクーニゲルの姿は未だに見えないが、突如として溶岩の一部が爆ぜる。キイン—という甲高い音が聞こえた。


「フォートレス!」


 何か感じるものがあったのか、アイマスが私たちの前に出て盾を構える。ガキン—と金属を打ち鳴らしたかのような音が響き、フォートレスを用いたアイマスが僅かに押し込まれた。


「なっ!?」

「い…、驚…でしょ…」


 何が起きたのか分からず、言葉を失うモスクルの後に続いたのは、溶岩の湖から徐に起き上がったエクーニゲルだ。法衣はよりボロボロになり、腹部が真っ赤に染まっている。先のロロナの一撃によるものだろう。息も荒く言葉も満足に紡げないが、それでも彼は立ち上がった。

 ペッと血の塊を吐き捨て、私たちを順に視線でなぞった後、視線は何故か私の元で止まる。今すぐ帰りたい心持ちになった。


「…お前、アエ…シ…マと…う名…聞き覚え…あるで…ょ?」

「え?ア、アエ…何?」


 エクーニゲルは私に何かを問うてきているが、私には何のことかさっぱり分からなかった。そもそも、聞き取ることが敵わない。


「…も…、……でし…」


 そんな私の様子に、聞いても無駄だと判断したのか、エクーニゲルはゆっくりと首を振る。

 相変わらず何を伝えたいのかは判然としなかったが、その動作だけで問答が終わったのだと理解した。


「フォートレス!」


 再びアイマスが前に出た。

 するとどうだ。ガキン—と、先程同様に甲高い音が鳴る。視線をエクーニゲルへ向ければ、彼は穴の空いた手のひらをかざしていた。


「エクーニゲルの攻撃だ!透明な壁のようなものを押し出してきている!」


 アイマスの言に、皆が面食らう。

 確かに甲高い音は鳴ったし、アイマスの消耗は演技ではないと思う。けれど、誰にも見えていないものを、何故、彼女だけは捉えられているのか—といった思いを抱いたに違いない。私はそうだった。


『事実です!彼は己を取り巻く障壁の形を変えて攻撃しています!』

「何だと!?くっ!全員、奴の手の動きに注意しろ!」


 ラヴァも続いたことにより、アイマスの言は聞き入れられる。何故誰も信用してくれないんだ—とか呟かれたのには、少しだけ罪悪感を覚えた。


「私が前に出る!」

「よし!アイマスを軸にして攻める!後衛はデンテの指示に従え!」


 気を取り直して走り出したアイマスのすぐ背後に、モスクルとソティが続く。その後にはブルーツが付き、最後尾にファーレンとロロナが並んだ。


「マコトや、侵食の効果は?どのくらい持続するか分かるかの?」


 デンテの問いに首を振るも、これにはラヴァが答えてくれた。


『未だに効果は続いています。しばらくは残りますが、今は侵食の侵攻をエクーニゲルの魔力で押し留めている状況ですね。ただし、決壊させるのは、先ほどよりも容易でしょう』

「ほっほ、ならば…やることは決まったな。わしらも出るぞ」


 言うや否や、デンテの肉体がもりもりと盛り上がってゆく。久しぶりに見た重戦車モードだ。


「さ、行きましょう。真」

「う、うん」


 由香里、クシケンスと共に、床石をメリメリと粉砕しながら爆走するデンテの後を追う。決着を付けるのだ。


(エクーニゲル大司教…権能…)


 思えば、分からないことだらけだ。何故、彼がこんなことをしたのかも、己のスキルについても。

 チラリと視線を横に向ければ、山積みとなった死者の山が目に付いた。エクーニゲルの凶行によって散ったであろう彼らには、果たして、こんなところで命を落とさねばならないほどの罪過があったのか。


(彼は、何の目的があって戦っているんだろう…)

《考えるのは後にしなさい。今はエクーニゲルを仕留めます。できますね?》


 ラヴァの問いかけに我に返り、頷きを返す。

 野盗の類をこの手にかけたこととてある。今更そこは躊躇しない。

 気になったのはエクーニゲルの目的、あるいは動機だ。それに、彼には、私が初めから持っていた、この侵食というスキルについて、思うところがあるらしい。

 けれど、ラヴァの言う通り、考えるのは後回しにした方が良さそうだ。


(私は侵食を使い続けた方がいい?)

《…そうですね。それで行きましょう》


 ラヴァの同意を得られたため、走りながら矢を番える。

 エクーニゲルはアイマスを捌きつつ、辟易した顔を見せていた。何を考えての表情かは知る由もないが、既に射線が通っているではないか。狙わない手はない。


(いけ!)


 即座に構えて矢を射る。

 だがしかし、矢が離れた瞬間、エクーニゲルの目が私を捉えた。警戒されているらしい。

 当然と言えば当然だ。障壁を弱められる私とアイマスは、彼の中のブラックリストに載っていることだろう。


「ふっ!」

「ほらほら!こっちだよ!」


 辛くも私の矢を回避したエクーニゲルの横へ、ロロナが張り付く。後方から一気に加速して躍り出た彼女の拳が、エクーニゲルへと襲いかかった。


「させ…いで…ょ!」

「じゃあ次は私の番ね」


 しかし、必中と思われたロロナの拳は滑るようにエクーニゲルから逸れた。障壁の効果だろう。

 次はロロナの逆からブルーツが迫る。彼女の得物は拳だった。鉈は先の一撃で折れたからだ。


「くっ!」


 これは苦しかったのか、冷え固まった歪な床から、無数の槍が突き出してきた。


「させんっ!」


 槍はブルーツを捉えることなく、見えない床に阻まれて折れた。

 ブルーツを守ったのはモスクルだったが、ブルーツの手は止まってしまっている。当然だ。串刺しになるかもしれない状況で、ガードを考えない者などいはしない。

 再び攻撃へと転じようとしたブルーツだったが、今度はエクーニゲルがそれを許さない。彼の周囲を四色の炎が埋め尽くしたため、ブルーツは苦々しい顔で距離を取る。ロロナもまた、それに倣った。


「それも回収させてもらうぞ!」

「…れる…のなら、や…てみ…でしょ!」


 すぐさま手をかざすモスクルだったが、今回はエクーニゲルの方が早かった。

 モスクルが絡め取れたのは青い炎のみで、その他の炎は、各々の軌道を描いて飛んできた。私の元へ。


「うわっ!?」

『真っ!』


 ぼけっとしていた訳ではないが、まさか狙いが私とは露ほども考えておらず、初動が遅れた。

 たちまち仲間とは切り離され、炎に取り囲まれる。これはヤバい。


『真!上に逃げなさい!』

「無茶言うなっ!」

「真!」


 万事休すか?—と焦っていた私の四方八方を、蔓人間が現れて固める。


「ありがと!」

「貸し一よ!」


 エクーニゲルの放つ炎に貫通性能はなく、由香里のおかげでことなきを得た。瞬く間に焼け落ちる蔓人間を見て背中に冷たい汗を感じつつ、由香里へ礼を告げる。

 しかし、エクーニゲルの目は、未だに私を捉えていた。あくまでも私狙いであるらしい。


「これ以上はやらせんっ!」

「同感だ、モスクルよ!」


 デンテとモスクルが同時に攻める。

 だがしかし、エクーニゲルの動きは、先ほどまでまでとは比べ物にならぬほど洗練されてきている。何かしら、回復の術を有しているのかもしれない。

 抉るように突き出された短剣は、あっさりと手の甲で逸らされ、返す刀でモスクルの首が打たれる。

 それだけでモスクルは短剣を取り落とすと、前のめりに倒れ込んだ。


「モスクルっ!」


 次いで振り抜かれたデンテの拳は大きく躱すも、そこから飛び出す無数の水弾は回避しきれず、エクーニゲルの身体から一条の血沫が飛んだ。

 けれど、デンテの善戦もそこまで。次いで繰り出されたデンテの腕が捻り上げられると、ボキ—と、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえた。


「ぐうぅ…」

「引っ込…で……でしょ」


 肩を押さえて蹲るデンテを蹴り飛ばし、次に備えるエクーニゲル。

 体勢を立て直す隙など与えない—とばかりに、ブルーツ、ファーレン、ロロナが三方向から攻める。

 ソティは踵を返すと、デンテの治療へ向かった。


(ラヴァ、いけるっ!?)

《思いっきりやりなさい!》


 前衛陣が群がる現状では、魔術を撃ち込むのは躊躇われるのが普通だ。

 けれど、私のマジック・アローならそれはない。ある程度の軌道修正なら、ラヴァが担当してくれるからだ。もっとも、MPと相談だが、それも今は心配がない。逆にここが狙い目だ。


「クシケンス!お願い!」

「はいっ!強化します!」

「私の魔力も使って!」


 素早く矢を生み出し番えれば、エクーニゲル目掛けて射る。

 それと同時に前方に現れた錬金陣は、増幅の効果が乗せてあるらしく、錬金陣を通過した魔力の矢は、はるかに力強くなっていた。


「今度こそ!」

「結界、曲霊!」


 その時のエクーニゲルの叫びは、嫌にはっきりと聞こえた。

 ファーレン、ロロナが吹き飛び、遅れてブルーツも大きく吹き飛ばされる。エクーニゲルの後方ではアイマスもヨロヨロと起き上がりかけていたが、彼女もまた、巻き添えを喰らって吹き飛んだ。


「お前の存在は、認める訳にはゆかないでしょ!」


 これまで、エクーニゲルはまともに喋ることもままならなかったが、ここにきて、喉も回復したらしい。

 エクーニゲルが両手を左右に広げると、夥しい数の炎が一気に生成される。四色の炎ではない。黒一色の炎だった。


『貴方の存在とて認める訳にはゆきません!』


 エクーニゲルが手をかざせば、炎は一斉に動き出す。私と、私の射った矢を目掛けて二手に分かれた炎は、螺旋を描き、やがて大きな炎の竜巻へ変わる。

 あまりの格の違いに身が竦んだが、私を守ってくれたのはラヴァとクシケンス、そして由香里だった。床石が恐ろしい速度で捲れ上がり巨大な壁を作り出すと、一気に黒く硬化してゆく。それが中心から真っ赤に変色したため、炎の竜巻と強固な壁が激突したのだと知れた。


「違和感は感じていたでしょ。人類の進歩が早過ぎる—と。誰かが牽引していると考えでもしない限り、辻褄が合わないことが多かったでしょ」


 ラヴァらの築いた壁は炎を止めたものの、自らも熱量に耐えきれず溶け落ちてしまう。

 崩れゆく壁の向こうに見えるエクーニゲルには、傷らしい傷が見えなくなっていた。折れたはずの右腕は完全に元通りに復元されており、穴を穿たれた左手にも傷は見えない。

 私の射った矢も、当たってはいなかったらしい。痛々しいのは血に塗れ、破れた法衣のみである。


『例えそうだったとして、それの何が問題ですか?』


 エクーニゲルを厳しい表情で睨みつけながら、ラヴァが静かに問いかける。

 あまりの迫力にブルーツらは気圧されているのか、立ち尽くしていた。


「それでは人は成長し得ないでしょ。ましてや、一人の英雄の登場は、神から英雄へと信仰をねじ曲げ、あまつさえ、最終的には強過ぎる力への恐怖に歪むことでしょ」


 エクーニゲルの返事には、一理ある—と、息を呑んだ。イメージしたのは、よくあるRPGだ。物語の主人公たる勇者に何もかもを委ねた周囲の人達は、それを現実として考えた場合、実に歪に映る。

 確かに勇者は強大な存在なのだろう。たった一人で魔王を討伐せしめるほどの彼の力なら、些細な障害など彼一人で事足りる。むしろ、周囲が何かしら出しゃばるのは、足手纏いにしかならないのかもしれない。

 現実的に考えるならば、そういうことだろう。足手纏いになることを恐れ、周囲は手を貸そうとはしないのだ。しかし、その結果もたらされるのは何であろうか。よく分からない、勇者という圧倒的な力を持つ存在に対する、恐怖のみなのではなかろうか。


「もし、英雄の力でもってして、この世の全てを平定せしめんとするならば、それこそ、私程度に苦戦されては困るでしょ。私に敗れる程度なら、いない方がマシでしょ!」

『勝手なことを!』


 エクーニゲルの言がよほど気に障ったのか、ラヴァが紫電を撒き散らしはじめる。怒り心頭に発しているらしく、後先を考えているとは思えないほどの大奮発ぶりだ。

 私が冷静でいられたのは、エクーニゲルの言葉に聞き入ってしまったがためだろう。いや、冷静とは少し違う。彼の言葉は、結構なダメージをもたらしていた。


(…私が何したって言うんだよ…好き好んでこっちに来た訳でもないし、毎日生きるのに必死だ。牽引なんて、私には無理だよ。今回だって、アンラで起きた事件でもなきゃ、小さくなって傍観していたよ。対岸の火事と決め込んでいたよ)


 エクーニゲルに否定されたことが、とても苦しかった。悲しかった。私なんかよりも強くて危ない人ばかりである中、何故、私だけを目の敵にするのか。それほどまでに、私の存在は許されないものなのか—と、思わず泣きそうになった。


(なんで…なんで、あんたに否定されなきゃいけないのさ)


 エクーニゲルは狂人だ。間違いなく。けれども、一見異常に映る彼の行動には、しっかりと芯があるように感じられる。強い意志でもって、狂人であることを是としているように思われるのだ。彼は確信犯である。

 対して、私には何もない。ただただ元の世界へと帰りたいだけ。それも最近では熱を失い、何の成果も上げられない日々が続いている。もうこのまま死ぬまで冒険者として、鳴かず飛ばずの生活を続けるのではないか—と、うっすらと感じ始めてもいた。


(悔しい…)


 怒りは虚しさへと変じ、涙となって頬を伝う。戦いの最中だというのに、何とも形容し難い寂寥感に囚われた。


「真!ボサッとしないの!」


 そんな私を荒々しく引き上げたのは、同胞たる由香里。私は首根っこを掴まれて持ち上げられていた。

 我に返り由香里を見つめれば、由香里は厳しい視線をエクーニゲルへ向けたままで呟く。貴女の価値を決めるのは貴女なのよ—と。


「生きるのに理由なんて要らないわ。貴女のことは貴女自身が認めてあげればいいの。他人の言うことなんて気にしない。ほら、気合入れなさい!」

「…由香里…」


 目を点にしているであろう私は、次いで由香里の側でニコニコと笑うクシケンスに視線を移す。

 クシケンスは私を見つめていた。視線が交差すると、彼女はゆっくりと頷く。


「わ、私も…マコトさんたちのおかげで…自分を、認められ、ました…気にしちゃ、ダメ…ですよ?」

「…クシケンス…」

「お前はイレギュラーでしょ!ここで仕留めるでしょ!」

『やってみろマッシュヘッド!目玉を抉ってやるから!』


 私が二人の台詞に感動している中、エクーニゲルとラヴァの論争はますますヒートアップしていた。

 いや、もはやラヴァは感情でしかものを語っていなかった。そして、口が悪すぎる。


「ほら、少なくとも私達は貴女を愛しているわよ?」

「そ、そうですよ!」

「…そりゃ大変だ。私、モテモテじゃん」


 涙を拭いつつ、軽口を利く。もう大丈夫と判断したのか、由香里は私を下ろしてくれた。


「エクーニゲル…」


 真っ直ぐにエクーニゲルを見据え、矢を番える。

 吹っ切れたとは言い難いが、迷っていても始まらない。私の価値は私が決める。私は、こんなところで死にたくない。死んでいい女じゃない。


「死ぬのは、お前だっ!」

「来るでしょ小娘!」


 私の射った矢を由香里とクシケンスが強化する。対するエクーニゲルは、黒い炎を一箇所に集めると、矢ごと私を呑み込む勢いで襲いかかってきた。

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