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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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雪辱を果たせ その二

「市街地奪還です!」


 慌ただしく階段を駆け上がってきた伝令役だったが、その報が緊急事態でないことは理解していた。鷹揚に頷き、次いで懸念していたことを尋ねる。


「うむ。死傷者は?」

「死傷者は0です!重傷者は100余名に及んでおりますが、未だにこちら側には死者はおりません!」

「…こちら側には…か。ついに、アンラ側には死者が出てしまったか…」


 言葉尻を捉えて嘆息する。伝令役の言い間違いでないことは、彼が否定しないことで明らかとなった。


「…アンラ側の騎士が数名、打ち所悪く…その、やはり戦闘の心得がある者たちは手強く…」

「良い。お主らはよくやってくれている。後方でぬくぬくと静観しておるだけのわしに、文句を言う筋合いはない。いや、そもそも他国の事情に首を突っ込んでくれるなど、完全にお主らの善意じゃ。そこに非難などとんでもない話じゃろ。わしのみならず、皆が感謝の念しか持ち合わせておらん。引き続き頼むぞ」


 わしの言で感極まったかのように表情を歪めた後、伝令役の男は敬礼をして立ち去った。

 その背中を見送った後には、柄にもないことを言ったものよ—と、顔が熱くなる。誰が聞いていた訳でもないが、咳払いと共に水晶玉へ向き直り、現在の主戦場である貴族街へと意識を向けた。


(メットーラ兵はもとより、冒険者達にも疲れが見えはじめておるな。数の差はなくなってきたが、動きに精彩を欠いておる)


 貴族街に歩を進めたメットーラ勢の前に姿を見せたのは、国王他、要人を警護する第一騎士団だった。

 武力では他国に大きく水をあけられているアンラ神聖国だが、流石に第一騎士団は精強だ。その装備の質が高いことも手伝い、なかなか壁を崩すに至らないのである。

 クルスらを向かわせることも考えたが、彼女らは今、エクーニゲルの元へと突っ込んだアエテルヌムを守るべく、大神殿への道を死守している。ここにも騎士団が殺到して、なかなか辛い戦いを強いられているようだった。


(アシュレイ、フラミールよ…急げ、急いでくれ)


 トンと水晶玉を指で叩き、映像をアシュレイらに切り替える。魔人族の二人は、メットーラ兵と共に貴族街で奮闘している。

 アシュレイはともかく、フラミールは目に見えて限界だ。それもそのはず、フラミールが魔眼を行使して、王都民を己の指揮下に加えてゆく。その後はズラズラと戦場から離脱させ、まとめてメットーラへと移動させているのだ。既にどれだけのアンラ勢が、フラミールの力により無傷で離脱できたろうか。


(お主が肝なんじゃ。頼むぞ、フラミール)


 苦しげに顔を歪ませ、玉粒の汗を拭うフラミール。目は充血し、真っ赤に染まっていた。

 アシュレイも余裕はない。フラミールの背に手を添え、己の魔力をフラミールへと分け与えている。MP回復用のポーションも魔石も尽きたのだろう。


(やれやれ、綱渡りじゃ)


 まだ解呪の影響も抜けぬうちから、魔眼を酷使させるのはすまなく思う。大した手伝いができないことにしても。それでも、休めとは言えなかった。


(アンラ勢は前と背後に兵を割いておる。瓦解も時間の問題じゃ。耐えてくれよ)


 そう。アンラ勢は前にメットーラ勢力を相手取り、後方ではクルスらにちょっかいをかけているのだ。貴族街の奥に陣取るクルスは、レナトゥスに加えてノアの鐘までいる精鋭中の精鋭だ。負けることはあり得なないばかりか、考えることを失ったアンラの傀儡では、悪戯に数を減らしているはずである。

 そして、前方でもまた、フラミールがガシガシと数を削っている。瓦解は時間の問題であるはずなのだ。


(…にしても、おかしいの。何故、これほどまでに粘れる?)


 しかし、前後から削られているにしては、アンラ勢の消耗は少ないように思える。否、確実に少ない。フラミールが退場させた奴らしか、目に見えた戦果がないように見受けられた。


(ここも?…ここもか!?)


 トントンと水晶玉を叩き、次々と映像を飛ばしてゆくが、どこの誰へと焦点を当てても、アンラ勢と拮抗した戦闘を繰り広げていた。

 やはりだ。いつからかは分からないものの、おかしいほどに、敵は数を減らしていない。

 そこまで思い至ると、大きな見落としがあることに気が付いた。ぶわ—と悪寒が背中を駆け抜け、心臓が鼓動を強く主張しはじめる。


(落ち着け…致命的なミスはない…まだ取り返せる…)


 そうだ。これは取り返せるミスだ。

 己にそう言い聞かせながら、違和感の正体を探る。どこかにあるはずなのだ。戦いが拮抗している理由が。


—プルルルル—


 突然鳴り始めたのは、クルスとのホットラインとして持っていた、一般回線とは別回線のケイタイだ。緊急事態用として、魔石に印を刻んだだけの急造品であり、使い捨ての代物である。これが鳴ることの意味を想像すると、通話にも勇気がいった。


「…どうしたのじゃ?」

『クローディア様、至急、探っていただきたいことがあるのであります』


 クルスの言に、そら来たぞ—と、引き攣りそうな頬を解す。

 己が見落しにより発生した皺寄せが、今まさにクルスらに押し寄せているに違いない。


「…なんじゃ?」

『アンラの者共が、異様に手強くなってきております。数を減らすに従い、力強くなっているのであります。手加減していては、こちらが呑まれそうな勢いになりつつあり—ガキン』


 耳を襲った甲高い音に、思わずケイタイから遠ざかる。

 再びケイタイへと顔を近付けるも、その後はどんなに呼びかけても、クルスからの応答はない。

 慌てて水晶の映像を、クルスのところへ切り替えた。


(…良かった。大事はなかったようじゃな…)


 映像の中のクルスは、四方八方からアンラの王都民や騎士達に襲われていた。ケイタイは取り落としたのか、手に持つのは打撃武器であるトンファーだ。乱戦で殺傷能力の高い銃器は控えたのだろう。

 それにしても、これを大事ではないと言い切れる己の神経も凄いが、危なげなく攻撃を捌くクルスの技量もとんでもない。

 そのクルスをもってしても、攻撃を捌き逃れるのみで、敵を抑え込むには至らないのだ。数の暴力によると言うよりは、何かしらの細工があると考えるべきだろう。


(…確かに。アンラの者共は、随分と強くなっておる。騎士達のみならず、商人や農夫と思わしき者達までも…)


 クルスらが加減に苦慮するなど、メットーラ兵や並の冒険者達では、手加減をできるレベルではない。全力で当たらなくては死者とて出るだろう。

 急いで映像を前線へと切り替える。予想通り、アンラの勢力は勢いを増しており、メットーラ勢は防戦を余儀なくされていた。危険な状態だった。


(何が起きておる?…考えろ)


 司令塔を任された身としては、全体を俯瞰して状況を打開するのも仕事のうちだ。腕組みして心を落ち着けると、何が起きているのか整理した。


(ここまでは順調だった。あのエクーニゲルが仕掛けたにしては、恐ろしいほどに。しかし、やはり罠はあったということじゃ。アンラの民は、どういう訳か急激に強化されてきておる。その絡繰を探さねばならん)


 徐に視線を水晶玉へ戻すと、メットーラの兵の一人が押さえ込まれ、上から鍬を振り下ろされるところだった。

 思わず目を背け、歯噛みする。


(…おのれ…)


 激しい苛立ちを覚えるも、それはアンラの民への怒りではない。こんなことをしでかしたエクーニゲルと、目を背けた己の弱さに対してのものだ。


(…犠牲者が出はじめたの…)


 水晶玉へ視線を戻し、執拗に鍬を振り下ろされるメットーラ兵を見る。

 アンラの民に囲まれて、腕しか窺うことはかなわなかったが、その腕は真っ赤に染まり、既に動くことはなかった。


(…考えろ。それがお主の仕事じゃ)


 今すぐに戦場へ駆けたい気持ちを押さえ込み、怒りに沸き立ちそうな頭を冷やすべく深呼吸する。

 一拍置いた後には、驚くほど冷静になれた気がした。


(急激なレベルアップ…これはない。天使はゴローが片付けた。他にレベルが上がるような要素はない。ならば、付与魔術…これが可能性として大きかろうが…いや、違う。あまりにも範囲が大き過ぎる。…ならば…スキル?スキルか?)


 消去法で範囲を絞ってゆくと、一つの仮説に辿り着く。わしら魔人族特有の魔眼の類や、効果の知れないユニークスキルなどだ。

 もし、仮に、その手の類を持つ者が敵の中にいたとしたらどうか。自問自答し、状況と仮説の机上検証が合致する度、心臓の高鳴りは増してゆく。

 これは、間違いないのではないか?—という、妙に確信めいたものがあった。


「だ、誰かおらぬか!?」

「はっ!」


 声を上げれば、階下から先の男とは別の伝令が、慌てて駆け上がってくる。


「先ほど、Aランクの冒険者を捕まえたと言うておったな!?直ちに破呪して連れてこい!」

「え!?し、しかし…アビス様の魔石は魔力補充中で…」

「緊急事態じゃ!この際、其奴は使い物にならんでもいい!話さえ聞ければ!」


 わしの剣幕に気圧されたのか、伝令役の男は何度も頷いてから階下へ降りていった。


(頼む…頼むぞ。知っていてくれ)


 柄にもなく神頼みに縋る。祈る先はアビス故、それほどの御利益があるとも思えなかったが、祈らずにはいられない。

 Aランクともなれば、それなりに物も知っているはずだ。わしの読みが正しければ、この現象に合致するスキルの持ち主のこととて、多少なりとも心当たりはあるに違いない。

 問題は、そのスキルの持ち主を特定できるか否かだ。


(急げ、急げ)


 水晶玉と、下へ続く階段とで、忙しなく視線を往復させる。水晶の中では、大盾を構えながら、メットーラ勢が後退を始めていた。


「クローディア様!」

「待ったぞ!」


 貧乏揺すりがだいぶ激しくなってきた頃、伝令の兵二人に支えられながら、獣人の男がやってきた。

 振り返って見れば、顔色は悪いなんてものではなく、息も絶え絶えだ。常であれば即座に寝かせるところだが、今はそれもできない。早々に用件を切り出す。


「水晶玉を見よ。状況は見ての通りじゃ。アンラの勢力が急激に強くなった。思い当たることはあるか?」

「…」


 男は肩を担がれたまま、鋭い視線を送ってくる。

 それを柳に風と受け流せば、やがて、男の視線は水晶玉へ落ち、次第に見開かれていった。


「…なん…こりゃ?…何が……て…がる?」

「悪いが、長々と説明してる暇はない。簡潔に告げる故、一を聞いて十を察しろ」


 男の呟きはよく聞き取れなかったが、わしの言に男はゆっくりと頷く。

 伝令役の二人に手で指示し、男を水晶玉の前へと座らせた。


「お主らアンラの民は、呪術により全員が操られておる。わしらは無傷でお主らを確保したい。じゃが、もう少しというところで、アンラの民は驚くほど手強くなりおった。そういう魔法、あるいはスキルの使い手に心当たりは?」

「…」


 男は一言も発せず、食い入るように水晶玉に映し出された光景を見つめている。

 しばらく間を置いてみたが、口を開く気配はなかった。


「…信じられぬのも仕方ないが、これを見て何とも思わぬか?アンラの者共の顔が分からぬ訳でもあるまい?…これが正気に見えるか?わしは嘘など言うておらぬ」

「…」


 フラミールと同じであれば、彼はここまでの記憶をなくしているかもしれず、わしらのことを侵略者と思い込んでいるのかもしれない。

 しかし、水晶玉を見れば、誤解も解けるはずだ。

 実際、男の目つきは、わしを睨んできた時とは雲泥の差だ。


「…」

「…」


 それでも、口は開かれない。男は黙したまま、水晶玉を見つめるのみだった。


「…ダメか…」

「…」


 これ以上は時間の無駄だ。

 もはや、手当たり次第に探す他ないだろう。アンラの勢力はだいぶ減らした。ここから負けることもなかろうが、一人一人の強さは段違いに高まっている。

 これ以上は、こちらの被害も無視できなくなるはずだ。


「上手くゆかぬものじゃな…」


 やり場のない怒りは男に向けることもできず、頭を掻き毟る。むしゃくしゃして仕方なかった。よほど、男の胸ぐらを掴み、がなり立てようかと思ったほどだ。


(当てが外れたか…どうする?もはや、わしも戦場に出る他ないか?)


 少しだけ逡巡したが、馬鹿な考えだ—と、一笑に伏す。アンラの民相手に魔術を使う訳にはゆかない。

 そうなれば、少しばかり棍術に覚えがあるだけの子供に過ぎない我が身だ。やめておいた方が間違いがない。


「すまなかったの。もう休んで良いぞ」


 伝令役に、男を休ませるように指示を出す。二人いた伝令役の男は、いつの間にか三人に増えていた。

 見れば、新たにやって来ていたのは、先に状況を伝えてきた者だった。先ほどとは打って変わり、悲痛な表情で佇んでいる。

 伝令の内容は、その顔を見ただけで察した。


「…クローディア様、申し訳ありません。死者が…」

「…ああ…うむ…こちらでも確認した…すまぬ…」


 何と声をかけて良いか分からなくなり、頭を下げる。それくらいしか、今のわしに、できそうなことなどなかった。


「本来ならば、お主らには関わりない他国の問題に出張らせたことは、偏にわしらの責めじゃ…本当にすまん」

「いえ…私たちが自ら名乗りを挙げたのです。クローディア様が気になさることはありません」


 そう言って敬礼して見せた後、伝令の男は他の二人を手伝い、獣人の男を支える。

 ゆっくりと歩き始めた四人を見送ることなく、水晶玉へと視線を戻した。


「…ィーラ…と……お…こ…。特…なク…スに付い…い…」


 その時、背後から消え入りそうな声が届く。

 え?—と振り返れば、獣人の男が肩越しにこちらを見つめていた。


「なんじゃ?何と言ったのじゃ?」

「フィー…ーと…男だ。特殊……ラスに付いて…る」


 獣人の声を聞くべく近寄り、耳を寄せる。

 まだ聞き取り辛かったが、先ほどよりは明瞭に聞こえた。


「…フィーラー?そう言ったのか?」


 確かに此奴はフィーラーと言った。特殊な職業(クラス)に付いている—とも。

 やはりわしの読みは当たっていたのだ。後は、此奴か、あるいはアンラの民の中で、フィーラーという男の顔を知る者を探し出せばいい。少し酷だが、水晶玉を見せ、フィーラーがどこにいるかを指し示してもらうのだ。


「フィーラーじゃな?其奴がアンラの民を強化する術を持っているのじゃな?顔は分かるか?」


 心持ち大きな声で伝え、素早く口元へ耳を寄せる。

 しかし、獣人の男が口にしたのは、想像とは違った内容だった。


「…ーションを…こせ」


 おや?—と、顔をしかめる。

 てっきり、イエスかノーで返してくると思っていただけに、聞き取れなかったのだ。慌てて聞き返した。


「ん?なんじゃ?何と言った?」

「ポーション……こせ。ある…け…こ…」


 ポーションをあるだけ寄越せ—と、獣人の男は口にしたようだ。何を考えているのか?—と、渋い顔を作った。

 確かに獣人はタフな種族だ。物理、魔力を問わず耐性が育ちやすく、その上、回復が極めて早い。それこそ、ものによっては、法術で治療するよりもポーションを飲んだ方が早いほどである。

 しかし、だからといって、まともに喋れないほど疲弊しているのに、ポーションをたらふく飲んだ程度で何が変わるのか。


「…や…しろ」

「早くしろじゃと?…ったく、分かったわい」


 男の発言は正気を疑うレベルのものだったが、その眼には先程まで宿っていなかった感情が見て取れる。それは熱意という、力強い色だった。

 即座に亜空間を開き、有りっ丈のポーションを取り出す。それだけで鐘塔の床が埋まりそうになった。


「…もう、いい…」

「なんじゃ?あるだけ出せと言ったろう?」


 数あるポーションの中から、効果の高いものを三本ほど見繕うと、獣人の男は震える手で煽りはじめる。

 危なっかしく思えて、途中からわしが飲ませた。


「…くはぁ…悪かった」

「…嘘じゃろ…」


 獣人の男は、ポーションを飲むと、間もないうちに話せるまでに回復した。それどころか、伝令役の男達の支えもなく、一人で立ち上がるではないか。

 これには夢現になり、開いた口が塞がらなくなった。伝令役の者達もまた、わしと同じ顔を見せている。


「いやちょっと待て。何を謝っておるのじゃ?」


 我に返って尋ねる。

 獣人の回復速度を舐めていたのは一旦置いておこう。それまで、犬の獣人だと思っていたが、精悍な顔つきと高く伸びる耳を見るに、どうやら狼系の獣人であるらしい。


「…お前は嘘をついてねえ。匂いで分かる。疑って悪かった」


 獣人の男はただでさえ細い目を更に細めると、ガバリと頭を下げた。

 その動きのキレと言ったら。またしても開いた口が塞がらなくなったが、ややあって我に返る。

 今、此奴は何と言った?


「…匂いで?分かる?…お主…乙女の匂いを嗅いだのかっ!?」


 こんなことをしている場合ではないと分かっているのだが、感情が黙認することを許さなかった。思わず声を荒げる。今日一番の大声であったかもしれない。


「仕方ねえだろ!嫌でも鼻が利くんだ!?それに、それどころじゃねえだろ!」


 確かにその通りだ。

 ぐっと口を噤み、感情を押し殺す。種族特性をあれこれ責める訳にはゆかない。覚えておけば良いのだ。獣人の雄は、乙女の匂いを嗅ぐクソ野郎なのだと。


「俺の名はドーアだ。これでもアンラでは、名の知れた冒険者だ」

「クローディアじゃ。メットーラの冒険者じゃよ」

「…メットーラ?…お前、ここ最近アンラのギルドにいたろ?メットーラから来てたってのか?」

「どうだっていいじゃろ!それより、フィーラーのことじゃ!」


 互いの自己紹介を済ませ、逸れそうになる話をレールに戻す。

 ああ、そうだったな—と、ドーアは表情を引き締めた。


「あいつはおそらく、一般兵に紛れ込んでる。さっき、しばらく水晶玉(それ)を見ていたが、どこを見てもフィーラーらしき野郎は出てこなかった」

「な、なんじゃと…」


 ドーアの言に渋面を作る。

 せっかく、原因を取り除けそうに思えたものだが、振り出しらしい。結局は虱潰しに探さねばならないのか—と、思わず舌打ちが出る。

 しかし、ドーアは鼻で笑った。何がおかしいのか!?—と睨み付ければ、ドーアは勝ち誇ったかのように得意げな顔で、己を指差す。


「俺に任せておけ。伊達に獣人やってねえ。あいつの匂いは覚えてる。あいつ、足が臭いからな」

「…そうか」


 何とも言えない心持ちになった。フィーラーという者は、足が臭いらしい。

 その情報、必要かの?—とも思ったが、言わずにおいた。

 今後、フィーラーという男に出会ったら、あ、足の臭い人だ—と、思い出してしまうことだろう。


「じゃが、お主…いくらなんでも…動けるほどには回復しておらんだろ?」

「いや、もう解決する」


 わしの疑問は解決するらしい。

 どういうことじゃ?—と問い返せば、ニヤニヤと笑いながら、ドーアは視線を正門の方へと向ける。

 わしも鐘塔の縁に寄り、正門へ視線を向けた。

 するとどうだ。馬に跨った人相の悪い者共が、アンラの旗を靡かせつつ、王都目指して平原を走って来ているではないか。ギョッとした。


「第三騎士団の到着だ。俺はちょっと奴らに顔が利く。一緒に前線まで運んでもらう」


 人の頭を気安く撫でながら、ドーアは語る。

 他にも何か言っていたが、気分を害したわしの耳には入ってこなかった。


「頭を触るでない」

「あ?なんだ?気にする年頃なのか?」


 魔人族の頭部には角がある。それは非常に硬く、ややもすると怪我のもとにもなる。だから魔人族は角に触れない。触れられると、怪我をさせるのでは?—とハラハラする。

 そこに理由が欲しかったのか、いつしか、頭部は神聖なもの—と語られるようになったのだ。

 そういった裏話があることは知っていても、わしとて、そう教えられて育った記憶がある以上、そういうものだと思っているし、親しい間柄であっても、おいそれとは頭部に触れない。触れてはならない聖域なのだ。だからわしは髪も解かさない。


(…最後のは言い訳じゃな)


 まあ、それはさておき、流石に心配だ。いくら回復の早い種族とはいえ、本調子には程遠いことだろう。


「お主、正気か?」


 話は終わったとばかりに鐘塔を降りようとするドーアに向けて声をかける。

 ドーアは振り返ると、細い目をさらに細めて笑った。


「このポーション、何本かもらっていくぞ」

「うん?…あ、ああ…そのくらい、かまわんが…だが、ダメじゃ。やはり許可できん」


 ドーアをむざむざと死地に赴かせるような気がして、とてもではないが、送り出す気にはなれなかった。

 けれども、今度はドーアが譲らない。徐に首を振ると、真剣な顔を作る。


「ここは、俺らの国だ。お前ら、見る限りじゃメキラの兵だろ?」


 ドーアは伝令役の者達が革鎧に縫い付けている紋章を見つめて言っており、伝令役の三人は、声は出さずに頷きを返す。


「ふぅ、やっぱりか」


 それを認めると、ドーアはわしにして見せたように、伝令役の三人それぞれに対して、深々と頭を下げた。


「…俺らが不甲斐ないばかりに、手間をかけた。人死まで出させて…すまなかった」

「…お主…」


 不敵なばかりで慇懃さの欠片もない心情のドーアだが、その実、責任感も兼ね備えている男であるらしい。

 伝令役の者たちが声をかけるまで、ドーアは頭を上げはしなかった。


「そんな訳だから、俺も働かせてくれ。何より、動けるのに寝ているだけってのは、性に合わねえ」


 そう言って静かに笑うと、ドーアは軽快な足取りで階下へと降りてゆく。

 我に返った伝令の三人は、ドーアの支えとなるべく、慌てて後を追った。


「…ならば、もう止めんぞドーア。…行ってこい。お主がこの事態を打開するのじゃ」


 ドーアは既にこの場にはいない。けれども、獣人たる彼の耳は、すこぶる優れているはずだ。ならば、きっと今のわしの言葉も届いたことだろう。

 現に、鐘塔の下から大通りへと姿を見せたドーアは、ヒラヒラと手を振るっていた。

 





「四魂、直霊!」


 エクーニゲルの放った四色の炎は、複雑怪奇な軌道を描いて襲いかかる。しかし、この魔術に対して、滅法強い者がいた。


「無駄だ!」


 アイマスである。彼女は盾を構えることもなく、炎へと全身で突っ込んでゆく。するとどうだ。四色の炎は、なす術なく霧散してしまう。

 本来ならば極めて厄介な術なのだろうが、アイマスの身に付ける魔力完全反射の鎧を前にしては、何もさせてはもらえなかった。


「実に厄介でしょ」


 これにはエクーニゲルも苦々しい顔を作らざるを得ない。

 更には、続けて振るわれるアイマスの剣もまた、エクーニゲルには脅威だったりする。魔力の障壁で受けるではなく、捌いて躱すのだ。

 最初は真っ向から受けたエクーニゲルだったが、魔力を完全反射する剣であるが故に、障壁と交わった刹那、激しく紫電を散らしたのである。障壁を削っている証左に他ならなかった。

 その時のエクーニゲルの表情は、これまで見た中で、最も焦りを湛えていたほどだ。


「うおっ!?」


 振り下ろした剣は、エクーニゲルの手により軌道を逸らされ、更には返す刀で裏拳を見舞われると、アイマスは吹き飛び、大聖堂の端まで盛大に転がった。


「アイマスっ!?」


 エクーニゲルは障壁を抜きにしても強い。体術の心得もあるらしく、徒手空拳でも恐ろしい威力を叩き出す。

 幸いにも、アイマスくらいしかまともに喰らった者はおらず、そのアイマスにしても、鎧の性能に助けられて、大したダメージにはなっていない。あくまでも、ここまでは—だが。


「隙ありで御座います!」


 そのアイマスを飛び越えながら、エクーニゲルへと飛び掛かったのはソティだ。

 マギステルから託された釵を手に狙うのは、先ほどアイマスの剣を捌き、胸鎧を打った左手である。

 魔力完全反射の武具に触れた以上、障壁が弱まっている可能性が高いからだ。


「狙いがバレバレでしょ」


 しかし、エクーニゲルとて易々と攻撃を許しはしない。何をどう動かしたかは分からなかったが、ソティとエクーニゲルは互いに腕を絡ませ合い、睨み合っていた。


「ぐっ!?」


 ところが、唐突にエクーニゲルが顔をしかめて跳び退く。

 赤い飛沫がパタパタと床石を濡らしたのは、エクーニゲルの手のひらが穿たれたからだ。穴の空いた手を見つめた後、エクーニゲルは忌々しそうにデンテへと鋭い視線を向ける。

 そのデンテは、エクーニゲルへと指を突き出しており、彼の十八番である水弾による攻撃を行ったものだろう。

 デンテの傍らには由香里とクシケンスがおり、デンテの術を強化していたのだろう。エクーニゲルをの手を見て、目を丸くしていた。


「…通じた…」

『…え、ええ…』


 エクーニゲルに対して、初めて攻撃が通った瞬間だった。


「やるわねデンテ!」


 ブルーツがエクーニゲルへ鉈を振るいながら、デンテを称賛する。

 けれども、デンテは聞いてはいなかった。聞く余裕がなかったのだ。ストックさせてあった水弾を放ったのみだろうが、その水弾には、よほどの魔力が込められていたに違いない。

 それだけでMPが尽きた訳でもなかろうが、一度に大量のMPを消費したであろうデンテは、荒い息を吐いていたのである。


「おじいちゃん…」

『デンテ、無理は禁物ですよ』


 手を膝につき、息を整えるデンテを気遣うべく近寄れば、デンテは大きく息を吐く。


「…いや、このくらいは余裕だ。なるべく、マコトから狙いを逸らさねばならぬからの」


 呼吸を整えると、早くも立ち上がり、再びエクーニゲルへと向けて人差し指を突きつけるデンテ。

 エクーニゲルは、デンテを意識しはじめていた。


(それにしても、エクーニゲルは強いね。強過ぎるよ)

《全くです。一体、どれほどの鍛錬を積めば、人の身であそこまでの高みに登り詰められるのか…》


 一撃で屈み込むほどの魔力を込めた水弾は、エクーニゲルの手を粉々に吹き飛ばしてもおかしくない。ラヴァとて、そう思うことだろう。

 しかし、デンテが有りっ丈の魔力を込め、かつクシケンスと由香里の二人が強化した水弾ですら、小さな穴を空けただけに終わった。

 それはつまり、エクーニゲルの障壁は、それほどの魔力に対する減衰性能を有する事実に他ならない。はっきり言って、信じられなかった。


「とおっ!せいっ!」

「ふっ、くっ!?」


 ファーレンの突きは辛くも避けたエクーニゲルだったが、次いで襲いかかる、死角から膝を狙った蹴りを避けることはかなわなかった。

 ドゴン—と、耳を疑うような音と共に床石が砕け、砂塵が巻き上がる。


「ちょっと!見えないわよ!?」

「す、すみませーん!」


 飛び込もうとしていたブルーツが、文句を口にすれば、砂埃から一条の糸を引き、エクーニゲルとファーレンが飛び出してきた。


(バトル漫画見てるみたい…)

《これは…魅入ってしまいますね…》


 二人は更に数度の攻防を重ねた後にどちらからともなく離れる。

 ファーレンの後を継いだのは、ブルーツではなくモスクルだったが、エクーニゲルよりも、ファーレンへと視線が引き寄せられた。

 苦しげに蹲ったからだ。


「あっ…」

「ならんぞ」


 思わず飛び出しそうになったが、デンテに止められる。

 ここで不用意に出ていけば、私の身が危険に晒されかねない。デンテが止めたのは、そういうことだろう。


(ファーレン…)


 ファーレンは早くも起き上がり、苦痛に顔を歪めながらも、肩を回していた。

 胸部を守る胸鎧こそ身に付けているが、徒手空拳を武器とする彼女は、小手を身に付けるのみで、その他は軽装である。そこを狙われては弱いのだ。


(ファーレンでも押し負けるのか)


 やはり、エクーニゲルは一筋縄ではいかない相手であるらしい。私たちの狙いもバレているのではないか?—と、少しだけ弱気になった。


“大丈夫。ファーレンは強い子だよ”


 どこからともなく木板が現れ、そんなことを告げてくる。どこからどう見ても大丈夫には見えないのだが、アーサーさん的には大丈夫らしい。

 ネームレスは少しばかり、スパルタが過ぎるのではないだろうか。


「うし!平気です!」


 けれども、誰ともなしに声をあげた後は、何事もなかったかのように、エクーニゲル目掛けて駆け出すファーレン。平気らしい。


『きました!構えて!』

『マコトよ!失敗るでないぞ!?』

『はいっ!』


 ようやくチャンスが巡ってきた。

 エクーニゲルが四方を囲まれたのだ。前方からアイマス、左右からソティとブルーツ、後方にはモスクルとファーレンだ。もはや逃げ場はない。


「覚悟を決めろ、エクーニゲル!」

「ふふふ。怖いのは、騎士の女性だけでしょ」


 モスクルの言に、エクーニゲルは不敵に笑うが、あの笑みは、きっと強がりだろう。

 確かにアイマスの武装は驚異に違いないが、アイマスの剣を捌いた後には、それ以外の攻撃とて驚異足り得る。障壁が弱まるはずだからだ。

 現に、デンテの水弾は、エクーニゲルの手を穿っている。


「…ブルーツ、皆は俺が守る。全力を出していい」

「あら?…ふふふ…言質は取ったわよ?」


 モスクルはエクーニゲルを睨み付けたまま、ブルーツに指示を出す。

 それを聞いたブルーツの笑みは、それまでとは変わらぬ微笑であるはずなのに、妙な迫力を伴っていた。

 次いでモスクルが指示を飛ばしたのはアイマスだった。こちらは声を出さず、視線を飛ばしたのみだ。

 それでも、アイマスには理解できたらしい。二人に先んじて動いた。


「行くぞエクーニゲル!」

「ふふ。盾職ならば、右手に盾を構えてはどうでしょ?」


 右手に剣を、左手に盾を構えるアイマスは、盾職にしては変則的だ。盾を持つ者の多くは、利き手である右手に盾を構えるからである。彼女と同じスタイルの盾職など、イチローくらいしか見たことがない。

 もっとも、それが罷り通るだけの腕力があるからこそ、変則的な構えが通用するのだ。エクーニゲルにとっては、悪夢のような手合いだろう。


「ふん!」

「甘いでしょ」


 上段からの斬り下ろしを、冗談のように身を翻して躱すエクーニゲル。

 そのままアイマスの横に陣取った彼は拳を突き出すも、これはアイマスの罠だったりする。

 右手で斬り下ろそうとした時、左下に向けて斬り下ろすとしよう。その空いた隙間に潜り込めば、エクーニゲルはアイマスの右脇を突くことができる。

 実際にエクーニゲルはそうしていたし、これまで、アイマスは愚直に、左下へ軌道を描く斬り下ろししか見せてこなかった。

 しかし、今回は別だ。彼女は右下に斬り下ろしたのだ。これまでとは身体の向きを変え、巧妙に違和感を隠した斬り下ろしに、エクーニゲルは引っかかると、アイマスの正面である左側へと回り込んでしまったのである。


「フォートレス!」


 ドォン—と、アイマスの盾とエクーニゲルの拳が激突する。

 馬鹿みたいな轟音が鳴り、エクーニゲルが僅かに怯む。そこへ飛びかかってゆくのは、ファーレンとソティ。

 更には、フォートレスにより、エクーニゲルの反撃に耐えたアイマスは、二の太刀を見舞うべく剣を振り上げている。

 エクーニゲルの目が見開かれた。


『ラヴァよ、ゆくぞ』

『ええ』


 そしてついに、デンテとラヴァが動き出す。辺り一面を巻き込むような大魔術を行使しはじめたのだ。

 デンテの前方へ現れた魔法陣は、水属性の八芒星。タイダルウェーブであった。大津波により、辺り一面を更地に変える魔術である。

 対して、ラヴァの足下に浮き上がったのは、三方陣と四方陣の混合魔法陣だ。属性は土となれば、アースクエイクに他ならない。

 二人とも、正気を疑う術のセレクトだが、そのくらいやらなくてはエクーニゲルの足止めには至らないと判断したのだろう。

 大丈夫。皆、即座に離脱してくれるはずだ。アイマス以外。


「ユカリ!や、やりますよ!」

「ええ。お願いね、クシケンス!」


 デンテとラヴァの魔法陣を覆うのは、由香里とクシケンスの錬金陣。大魔術を錬金陣により増幅するのである。これにより、凶悪極まりない魔術は、より一層の被害を齎すことになる。


(集中…集中…)


 私もまた、矢に有りっ丈の魔力を込めてゆく。

 これで、終わらせる。エクーニゲルの凶行をこの手で止めるのだ。

 ゆっくりと腕を開いてゆけば、ギリリと弦の唸る音が聞こえた。

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