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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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雪辱を果たせ その一

「王宮に突っ込むぞ!」

「アイマス!おそらくは大神殿の方で御座います!」


 ファーレンと並び先頭を走るアイマスの言をソティが否定する。

 アイマスが怪訝な顔を肩越しに向けるも、私が頷いて見せれば、納得したらしかった。


「神殿内に気配が二つ。どちらも大きな赤。それ以外の気配はこの辺りにはないよ」

「…大きな赤…か…」


 私の報告にアイマスが顔をしかめる。わざわざ敵性反応と言い直さなくても、アエテルヌムの皆は色を伝えれば判断できるようになっていた。

 MAPを活用して長くやってきたこともあるが、先に戦った白の秘跡との一戦によるところが大きい。スヴィトーイが放った目を開けられないほどの光線に、私は全員へのMAP付与を試みたのである。それが思った以上に上手くゆき、アイマスらは白の秘跡を瞬く間に無力化してくれた。


「剣で全身金属鎧の相手に不意打ちをするならば、よほどの馬鹿か手練れでもない限り、横に薙ぐ奴なんてまずいない。縦もそうない。押し倒して鎧の隙間に刃を突き立てるか、あるいは最初から突きだ。そうなれば、どう動くべきかは明白だな」

「位置さえ分かれば、どうとでもなるので御座います」


 ことが終わった後、よく凌ぎ切ったね?—と労えば、アイマスとソティは、そんな頼もしい台詞をはいてくれた。

 私、由香里、クシケンスの三人は苦笑いだ。ファーレンの感性は二人よりであるらしく、しきりに頷いていたが。

 ちなみに、白の秘跡はアンラ奪還戦において、戦力として加えたいAランクの冒険者である。ファーレンと共に来ていたメットーラの面々が、正気に戻すべく、さっさと後方へ運んでいった。


「…さて…」


 大神殿の前まで来た私たちは、崩れた塔門の前で足を止めた。アイマスが止まったため、皆がそれに倣った形だ。

 どうしたのか?—と、皆がアイマスを見つめる。

 アイマスの表情は、不安で塗り潰されていた。


「ここで皆を待った方が良いか?」


 こちらに向き直り、意見を求めてくるアイマス。ここ最近失敗続きだったため、自信をなくしているらしい。


「そう…ねえ。確かに、私達だけで乗り込むのは危険かもしれないわ。奥にいるのがエクーニゲル大司教だとすれば、十天のフラミールでも、なす術なく屈した相手なんでしょ?」


 由香里が口を開けば、アイマスの顔に苦々しい色が浮かんできた。アシュレイに叱られたことを思い出しているのだろう。


「それに…もう、一人…いるん、です…よね?」


 次いで口を開いたのはクシケンス。不安げに瞳を彷徨わせながら、おずおずと呟く。

 確かにその通りだ。ここまで、回天のブルーツと思わしき反応は捉えていない。そうなると、奥にいるのはエクーニゲルとブルーツである可能性が高いだろう。


「狼煙、上げる?」

「…う、ううん…」


 私が尋ねるも、アイマスは判断がつかないのか、腕組みして考え込むのみだ。こうなるとアイマスは長い。由香里と肩を竦め合い、苦笑した。


「行くべきで御座います」

「…ん?うん?どうしてだ?」


 硬直した空気を破ったのは、ソティだった。常の微笑ではなく、真剣な表情でアイマスへと提案していた。


「赤い反応というだけで、敵とは限らないので御座います。そもそも、エクーニゲルがいるかも、回天とも限らないので御座いますよ?」

「…そうか、確かにそうだな」


 ソティの指摘に、皆がアーサーさんに視線を向ける。彼の反応は大きな赤丸だ。スヴィトーイに視界を潰されたあの時、アイマスやソティの牙は、赤丸を敵と見做して、アーサーさんにも向かったのである。あえなく取り押さえられていたが。


「それに、後方では未だに戦闘が続いているので御座います。その手助けに行くならばともかく、待っているだけなど、時間の無駄で御座います」


 ソティの言はもっともだと思われた。先行してここまで来てしまった手前、今更引き返すのも惜しい。ならば、突入するしかないだろう。事実上、選択肢などなかったのだ。


「よし、行くぞ!」

「はいっ!頑張りましょう!」


 アイマスがようやく吹っ切れると、ファーレンも声を上げた。まるで長年苦楽を共にしてきたパーティメンバーであるかのように馴染んでいる。これが陽キャか。


「だが、回天がいた場合、直ちに狼煙を上げる。狼煙は…マコトに頼む」

「おう!任された!」


 与えられた役割に満足して大神殿の塔門を潜る—崩れているため、厳密には潜った訳ではないのだが—と、そこには広い中庭があった。

 ところが、中庭の端には井戸があるのみで、草花の一本も見当たらない。貴族街の最奥、それも王宮を目の前にした佇まいとしては、随分と簡素だ。地面にしても、至る所が踏み固められ、窪んでおり、常日頃、この中庭で鍛錬を積んでいる様子がありありと想像できるものである。

 どうにも、貴族街らしさを覚えず、首を傾げる。何気なく由香里を見れば、由香里も眉を寄せていた。


「…おかしいので御座います」


 そう告げてきたのはソティだ。何がおかしいのかと尋ねれば、彼女は中庭を見回して言う。


「大神殿の中庭は、こんな殺風景な場所ではなかったので御座います。瀟洒な貴族街の最奥には似つかわしくない、風光明媚を気取った反吐の出る前庭があったはずで御座います」

「…反吐の…ですか…」

「そうなんだ…」


 誰もが何も言えなくなり、無言で走りはじめたアイマスに倣う。ソティの毒は唐突に吐き出されるため、慣れていても反応に困るのだ。心の読めるクシケンスと、不慣れなファーレンの狼狽える様は可哀想なほどであった。


「うおっ!?回天だ!」

「うわわっ!ここでですかっ!?」


 しかし、大聖堂に入るや否や、先頭を走るアイマスとファーレンが足を止めて構える。大聖堂の中央付近に、十天の一人、回天のブルーツがいたからである。

 事前の打ち合わせで、回天に出会した場合は、直ちに狼煙を上げるよう何度も念押しされていた。そうでなくとも、先にアイマスからも要請されている。即座に鞄へ手を突っ込み、狼煙を取り出した。

 

「狼煙!狼煙!…うわっ!?」

「ちょ、何やってるのよマコト!」


 ところが、よほど慌てていたのか、あろうことか狼煙を取り落としてしまった。慌てて拾い上げようとするも、更に指で弾いてしまい、狼煙はコロコロと転がってゆくではないか。それも、ブルーツの足元へ。さぁ—と血の気が引いた。

 だがしかし、ブルーツはクスリと笑うと、狼煙を拾い上げてくれた。その表情はこれまでの傀儡とは違い、明らかに感情を持つ者の顔だ。おや?—と訝しむと同時に、MAPの変化に気が付いた。


(ブルーツさん…反応が青くなってる?どういうこと?)

《貴女達が大神殿に突入する前に、青くなりましたよ》


 ラヴァの言に首を傾げる。そんなことがあるものだろうか。


(自力で呪印を破呪した…とか?)

《まさか。何かしらの影響により、敵性反応として捉えてしまっただけでは?》


 ラヴァの私見に眉を寄せる。そんなことこそ、あり得るのだろうか。


「落としたわよ。気をつけなさい」


 優しく微笑みながら、ブルーツは狼煙を投げて返してくれたが、その微笑みに既視感を覚えて、僅かに反応が遅れてしまった。


「…あ、うわっ!?」

「ちょ、マコト!」


 結果、またしても狼煙を取り落とした。何ということか。二度も同じ轍を踏むとは。

 しかも今度は、ブルーツの前を通過すると、エクーニゲルと思わしきキノコカットの男性の足元まで転がってゆくではないか。泣きそうと言うよりは、恥ずかしさで悶えそうだった。


「…絶望的に不器用なので御座います」

「君は…あれかね?…大道芸人という奴でしょ?」

「ち、違います!」


 ソティとエクーニゲルが傷口を抉ってくる。ラヴァもくつくつと笑っていた。人の失敗を笑うとか、何と性格の捻くれた奴らだろうか。


「うう…由香里、狼煙上げて」

「ええ、分かったわ。ふふ」


 ブルーツと違い、エクーニゲルは狼煙を拾い上げてくれるつもりはないらしい。もっとも、投げ返されたところで、怖くて受け取ることなどできはしない。何かしらの呪印が施されていそうだからだ。由香里に狼煙を上げてくれるよう頼めば、由香里は笑った。

 さて、由香里は狼煙を取り出すも、視線を上げると何故か怪訝な顔を作る。釣られて私も視線を前へ向ければ、ブルーツがこちらへ向けて手を突き出していた。


(何あれ?ダンスのお誘い?)

《馬鹿じゃないですか貴女?いえ、馬鹿でしたね》


 相棒が酷い。結局、何であるのかは教えてくれないし。


「鉈、ちょうだい」


 伝わらないことに苦笑いしつつ、ブルーツが声をかけてくる。ああ、そういうことか—と得心いった。


「これを使うと良いので御座います」


 背後のソティがどこからともなく鉈を取り出して放り投げる。私とは違い華麗にキャッチしてみせたブルーツは、二、三度鉈を振るうと、満足げに頷いた。


「さあ、みんな!エクーニゲルを倒すわよ!」


 準備は整ったとばかりに、エクーニゲルへ鉈を突き付けるブルーツ。思わず返事してしまった。


「えっ!?あ、はいっ!」


 けれど、応じたのは私のみだ。その他の面々は当惑している。ソティは何を考えているのか分からないが。


「どどど、どういうことですか!?」

「…あ、操られて…いない、のでは?」


 慌てふためくファーレンに、状況を正確に把握しているであろうクシケンス。二人は顔を見合わせて、しばし固まる。ファーレンの頭の中身を覗いたに違いないクシケンスは、一体何を思ったのだろうか。

 一方、アイマスは何も考えていないのか、鼻息荒くして剣の柄を握り直すと、意気揚々とブルーツの元へ向かう。いつものことだが、足並みが揃わない。


「とりあえず、狼煙上げておくわね」

「あ、うん。有難う」


 由香里が狼煙に火を点け、神殿の外へと投げる。着火時の彼女の顔は、他所様に見せられないものであった。火は苦手だよね。植物系の魔物だし。ごめんなさい。


「…いいのかね?逃すなら今だけは待つでしょ?」

「そうは言ってもね…退かないと思うわよ?」


 僅かに大聖堂内に残った狼煙の煙を煩わしそうに視線で追った後、エクーニゲルはブルーツへと尋ねる。

 どうする?—とブルーツは視線をアイマスへ向けたが、ここに来てアイマスが退くはずなどない。先ほどまでの落ち込み様は何処へやら。すっかりとやる気になっていた。


「余計な気遣いは無用だ。…ええと…大司教殿」

「エクーニゲル大司教で御座いますよ、アイマス」


 ソティも当然やる気に満ちている。ゆっくりとアイマスの元へ向かいながら、得物を手にしていた。かく言う私だってやる気だ。かなり怖いけれど、第二の故郷とも呼べるアンラをめちゃくちゃにされた怒りの方が勝る。


「後ろから援護します」

『承知』

「そうね。私達は前に出ない方がいいかもね。援護に徹しましょう」

「が…頑張り、ます!」


 ラヴァ、由香里、クシケンスも準備万端らしい。そうなれば、皆の視線がファーレンへと集まる。元気印のファーレンからは、何の声も聞こえてこなかったからだ。


「…」


 そのファーレンは、いつの間にやら天井を見上げていた。ぼーっと開かれた口に、時折ピコピコと上下する耳が小動物を思わせて、不覚にも愛らしく映った。

 釣られて私も見上げてみれば、天井には一面の雲の上に佇む門が描かれていた。城壁のようなものは描かれておらず、雲の上には石造りの門だけがある。門扉もなく、何者をも阻めない小さく頼りない門だった。


「ファーレン」

「…え?あ、はい!」


 視線をファーレンへ戻して声をかける。ファーレンはよほど絵画に魅せられていたらしく、私の呼びかけに我に返ると、慌てて状況を確認していた。


「…準備はできたでしょ?」


 皆が構えたのを認めると、エクーニゲルもまた臨戦態勢に入る。手にしていた本が独りでに浮かび上がり、バラバラとページがばらけてゆく。

 そうかと思えば、目を離した隙に、エクーニゲルは新たな本を手に持っているではないか。何をするつもりなのか読めず、手を出すのを躊躇った。


「ええ。行くわよエクーニゲル」


 けれど、ブルーツは飛び出した。早い。瞬く間にエクーニゲルへと距離を詰め、早くも鉈を振りかぶっている。

 そんな彼女に並ぶのば、同等の移動速度を誇るソティだ。

 二人は連携もクソもなく、各々が別方向から縦横無尽に斬り付けているらしい。目では追えないが、音で理解できた。

 もしかして、それで連携が取れているのだろうか。


「お、おいっ!ソティ!…まいったな…」


 いや、あまりの早さにアイマスが戦線に加わることができていない。私たちも魔術が撃ち込めないし、ファーレンも苦りきった顔で様子見をしている。

 きっと、何も考えずに、気の赴くままに鉈を振り回しているのみだろう。


(…さっきさ、ブルーツさんの微笑みさ…どっかで見たことあると思ったんだよ)

《ソティでしょう?そっくりですよね》


 徐に魔力を集めながら、どう援護すべきか考える。

 その時、ふと思い返したのは、先に見たブルーツの微笑だ。どうにも既視感を覚えると感じていたが、今になってソティの微笑と重なる。

 ラヴァも同じことを感じていたらしく、即座に私の考えを言い当ててきた。

 まあ、だから何がある訳でもないのだが。


「…ふむ。得物が小さいせいか、大して効かないでしょ」


 好き放題に斬り付けさせるエクーニゲルは、手元の本に視線を落としながら、これ以上ないほどの余裕を見せている。反撃するでもなく、顔を上げるでもない。ソティやブルーツなど、まるで相手にならないとでも言いたげだ。

 そんな彼の周囲が、時折、赤熱したかのように見えるのは、魔力の輝きだろう。ソティらの斬撃を防ぐ障壁が展開されているらしい。


(…なんて強固な障壁…ラヴァ、見える?)

《ええ。魔力の壁で肉体を覆っております》

(…身体強化ってこと?)


 ラヴァに問いかけてみれば、そんな回答が得られた。けれど、言ってる意味が分からない。魔力の壁などと彼は言うが、物理攻撃を弾けるほど硬くなるものなのだろうか。

 身体強化の別表現かと考え尋ねるも、ラヴァは顔をしかめる。


《いえ、身体強化とは別物ですね。貴女が言ったように、まさに障壁です。魔力を身体に馴染ませるではなく、体表に積み重ねている感じです。魔素を密接に配しておくことで、結合を強めているのではないでしょうか。それにしても、あんなに硬くなるとは…》


 私にはまったく見えないものの、ラヴァには魔力による障壁がありありと見えているらしい。少しだけ精霊視を羨ましく思った。


(…デ・エンチャントがいいかね?)

《…試してみる価値はあるかもしれませんが…》


 弱体の付与魔術ならばどうかと考えたのだが、ラヴァの反応を見た限りでは期待薄であるらしい。悪戯に刺激しても困るため、デ・エンチャントは止めておくことにした。


「ぜんっぜん突破できないわ!」

「むう、硬いので御座います」


 やがて、息が切れてきたのか、二人の暴風は活動を停止する。

 それを待っていたのか、ようやくエクーニゲルは本を閉じると、渋い顔を持ち上げる。色々と思うところがあるようだったが、彼はそれを一言で総括した。


「…数の優位性を全く活かせてないでしょ」

「あろうことか、敵に言われちゃったわよ?」


 これには由香里も苦笑いだ。

 私たちも苦笑しかできない。ごもっともであった。


「もう!ついてこれない方が悪いのよ!」

「そうなので御座います!」


 よほどエクーニゲルに言われたことが腹に据えかねたのか、私たちにむくれてみせる、そっくりな二人。

 まるでソティを鏡にでも写したかのように錯覚され、その後に言われたことは頭に入ってこなかった。


「無茶を言うでないブルーツ」

「ソティもだ。力押しは冒険者の本分じゃないだろ」


 呆気に取られていると、背後から野太い声が聞こえてくる。振り返れば、大聖堂へとやってきていたのは、デンテとモスクルの二人だった。


「おじいちゃん…」

「ほっほ。皆、元気そうで安心したわい」

「先行し過ぎだぞお前ら。王妃陛下もです。今までどこにいたのか、後で説明してもらえますね?」

 

 デンテは私達を愛でる様に優しげに微笑みながら、私たちの元で足を止め、モスクルはそのまま進むと、ソティらに並んだ。


「エクーニゲル。借りを返しに来たぞ」

「…借り?…はて?貸しなんて作った覚えはないでしょ」


 早速、短剣を抜き放ち、声を一段落として凄むモスクルだったが、エクーニゲルは首を傾げて眉を寄せる。本当に思い当たる節はないらしい。

 その様子に、背中越しでも、モスクルの静かな怒りが伝わってきた。


「俺たちの家族、そして滅茶苦茶にされた王都のことだ」


 モスクルの言にハッとさせられた。

 モスクルもデンテも何も言わなかったが、二人には家族がいたのだ。己のことに手一杯で、そこまで気が回らなかった。慌ててデンテへ視線を向ければ、デンテは苦笑し、静かに頷いた。


「…ああ、それ。もう妻子は回収できたでしょ?」

「…おかげさまでな」

「王都も綺麗にしたつもりなんだけどね。郊外以外は」

「…まあな。随分と綺麗になってたよ」

「じゃあ、問題は解決したでしょ?何を怒っているでしょ?」


 エクーニゲルが口を開く度、モスクルがヒートアップしてゆくのが分かる。憤りが微塵も伝わらないことに、更なる怒りが募ってゆくのだろう。

 気持ちは分かる気がする。どうにも、このエクーニゲルという男はずれていた。


「モスクル、一旦、落ち着きなさい」

「そうで御座いますよ、モスクル様」


 モスクルの両隣に立つ美女二人がモスクルを宥め、デンテは私たちに肩を竦めて見せる。ラスボス戦だというのに、随分と空気は弛緩していた。


「…はぁ、もういい。…王妃陛下、エクーニゲルは不可視の障壁に身を守られている様子です。手応えはありましたか?」

「気持ち悪いから普段通りでいいわよ?モスクル」


 エクーニゲルから視線を切り、嘆息するとブルーツへと向き直るモスクルだったが、今度はブルーツの言に渋い顔を作ることになる。気持ち悪いは効いたろうな。


「そうか。じゃあそうさせてもらう。で、どうだった?」

「フルパワーはまだよ。でも、効く気がしないわね」

「そうか。俺のは効かなかった」


 なんでもないかのように言葉を重ねる二人だったが、二人の会話に、私は一人で青くなっていたりする。

 冒険者ギルドの最高責任者といえば、有事の際には最も頼りになる元冒険者であることが多い。モスクルとてそれに違いなく、そこに加えて現十天の一人であるブルーツが、自分達の攻撃がエクーニゲルに通らないと話しているのだ。

 そんなもの、どうしろと言うのか。やる気満々だったのが、急速に萎えてゆくのが分かった。


「こうなったら、術者に期待だな」

「そうね。何とかしてくれると信じましょう」


 すっかりと臆したところで、モスクルとブルーツの二人は肩越しにこちらを見て笑いかけてくるではないか。この場にいる術者の中には、当然、私も含まれているのだ。嘘でしょ—と、表情が引きつってしまった。


「大丈夫だ、マコト」

『そうですね。何とかしてやりましょう』


 デンテとラヴァが元気付けてくれるも、いまいち自信はない。けれど、やるしかない。そのために私たちはここに来たのだから。


「やってやりましょう、真」

「そ、そうです。…頑張り、ましょう!」


 由香里とクシケンスの二人からも励まされれば、ついに覚悟が決まった。


「う…うん、やろう!」


 半ば破れかぶれの空元気だが、皆が私待ちとでも言いたげな空気を作られてはかなわない。心で泣いて、顔は不適に笑ってみせる。エクーニゲルも満足げに頷いていた。


「…君らは、敵の前でいつもこんなことをしているのかね?私のように、待ってくれる紳士ばかりじゃないでしょ?」


 いや、呆れていただけらしい。これには何も言えない。実際、私たちはこんなものだからだ。


「悪いな。こいつらはスロースターターなんだ。…デンテ」

「ほっほっほ。いつでも良いぞ」


 モスクルに呼びかけられて、デンテがゆっくりと前に出る。その手のひらには、魔力の輝きが見て取れた。三種類—いや、四種類だろうか。このやり取りの中で魔術を練り上げて待機させていたらしい。

 驚いたのはその数だ。異なる魔術を四つも待機状態にさせておくなど、例えるなら、四つの難解な計算問題を並行して解いているようなものだ。私はラヴァの援護があるため、大魔術でも無詠唱に近い形で連続行使できるが、それがなくては、二つ同時に展開することも難しいだろう。


(すご…どんな脳してんだろ…)

《真も魔術師を名乗るなら、あれくらいはこなせるようになりなさい》


 素直に感心していると、ラヴァから苦言が呈される。ぐうの音も出ない。度々、ラヴァには無茶をお願いしてきた過去があるからだ。苦味は押し込んで、クシケンスに小声で尋ねてみた。


「クシケンス、あれできる?」

「…わ、私は…初級魔術、なら…三つ、いけます」

「嘘っ」

「凄いわね…クシケンス…」


 一緒に聞いていた由香里と共に、クシケンスの才能に驚愕する。

 クシケンスは元々、森羅のSランク冒険者ではあるが、その肩書は霊薬作りの腕やセンスに与えられたものだ。冒険者として外で活動した経験など、アンラに来てからの活動を含めても、そこまで多くはない。それがどうだ。彼女は初級魔術という縛りこそあれど、三つを同時に展開できるらしい。

 驚愕の過ぎ去った後には、私は今まで何をやってきたのか—という、自己嫌悪を伴う暗然とした心持ちに襲われた。


「…あ、あの…その、私は…魔人族です。し…種族柄…このくらいは、普通…なの、で…デンテさんが…異常、と…言いますか…」

「ん?ああ。おじいちゃんが凄いのは分かってるんだけどね…それでも、やっぱり凹むよ…」

「そうね。私達、真剣みが足りないのかしら?」


 頑張っているつもりなのだが、まだまだ甘かったらしい。由香里と共に深く嘆息した。


「…もういいか?」


 モスクルの声に慌てて顔を上げれば、全員が私たちを見つめていた。皆が皆、苦笑している。慌てて弓を構え、頷いてみせた。


「待たせたな。今度こそオーケーだ」

「…そのようでしょ」


 エクーニゲルも例に漏れず苦笑を浮かべていたが、モスクルとデンテまでもが前に出ると、さすがに表情は引き締まる。先ほどまでの余裕は影を潜め、忙しなく視線を走らせていた。


「ブルーツ、ソティ。お前らは周りに合わせろ」

「…仕方ないわね」

「承知で御座います」


 モスクルの指示に、ブルーツとソティは不満げな顔を見せつつも応じる。前科があるから仕方ない。

 それにしても、今更だが、王妃陛下たるブルーツとモスクルは、一体、どんな関係なのだろうか。タメ口で話すなど、本来ならば不敬罪を問われてもおかしくないというのに。


「アイマス、ファーレン。俺と共に前に出ろ。三方向から攻めるぞ」

「分かった」

「はいっ!」


 今度はアイマスとファーレンへの指示だ。先には置いてけぼりを喰らったアイマスだったが、その装備品はここにいる誰よりも優れている。きっと、大いに活躍してくれることだろう。

 そして、異常な強さを持つファーレンもまた、目を丸くさせる大立ち回りをしてくれるはずだ。


「デンテ…」

「分かっておる。彼奴の障壁の解析。それと、妨害だろう?」


 チラリとデンテを一瞥したモスクルだったが、デンテはモスクルの指示を受ける前に口を開けば、分かってるならいい—と言わんばかりに、モスクルは顔を前へ戻す。

 次第に空気が張り詰め、ジリジリとモスクルは距離を詰めはじめる。それに呼応するかのように、エクーニゲルの周囲を揺蕩う紙片が荒れ狂い始めた。


(…私たちへの指示は?)

《じゃあ…好きにしていいってことで》

(…まじか〜)


 最終決戦だ—と意気込む前衛陣に対して、置いてけぼりを喰らったような心持ちになる。ラヴァの言う通り、好きにやらせてもらう他ないようだ。


『三人とも、わしの元へ来なさい』


 念話が届いた。視線すら向けてきていないが、デンテのものに違いなく、三人というのは、私たちのことだろう。

 由香里やクシケンスを見れば、二人もデンテの念話を受け取ったらしく、互いの表情を窺うかのように視線を巡らせている。


「何だろうね?」

「とりあえず、指示に従いましょう」


 由香里の言に頷いて返し、デンテの元へと向かおうとするも、ガキン—と、甲高い音に耳驚いて肩を跳ね上げる。

 早くもモスクルが仕掛けていた。短剣による刺突は、エクーニゲルの手にした本で受け止められている。


「しっ!」


 ファーレンも、即座にエクーニゲルの後方へと回り、拳を撃ち込むが、これも揺蕩う紙片に防がれた。

 そのすぐ後には、ソティ、ブルーツの二人も踊りかかってゆく。

 アイマスのみは未だにエクーニゲルの元へ辿り着いていなかったが、これは仕方ないだろう。


「やばっ!始まった!」


 慌ててデンテの側へと駆け寄り、何を詠唱する訳でもないが、いつでも詠唱を開始できるよう、魔力を練り始める。

 由香里とクシケンスもまた、私の後に続いた。


『ラヴァよ、どう見る?』


 エクーニゲルを見つめたまま、デンテが念話でラヴァへ問いかける。私のみならず、由香里たちにも聞こえるようにしてくれているらしい。


『…エクーニゲルの全身に加え、紙片もが強固な魔力の壁に覆われていますね。物理攻撃であれを突破するというのは、現実的とは言えません。とはいえ、魔術でもあれを崩すというのは、容易ではありません。魔力の障壁となれば、本来は魔術や魔法に対する備えですからね。これは骨が折れますよ』


 ラヴァの眼は、一般的に精霊視と呼ばれる世界を捉えている。これは、私たちの見ている世界に加えて、魔力の流れをも見られるようになったものらしいが、ラヴァ曰く、彼の眼は更に強力だという。

 そのラヴァの発言なのだから、こと魔力に関しては当を得たものだろう。私もデンテも、疑う余地などない。


『…魔術で崩すなら、何とする?』


 防御に回避と、慌ただしく動きまわりながらも、チラチラとエクーニゲルの視線がこちらを警戒してくる。デンテが威圧しているのかもしれない。


『貴方と真、二人の大魔術をクシケンスと由香里の錬金陣で最大まで強化します。それで…多分、綻びの一つはできるかと…』

『…ほっ、とんでもないのぅ』


 ラヴァの冗談みたいな見立てに、デンテが思わず失笑した。私も呆れざるを得ない。あのエクーニゲルという男の展開する障壁は、一体どれほどだと言うのか。


『なら、そこにもう一匙加えてはどうだ?』

『と、言うと?』


 しかし、デンテには、更なる思惑があるらしい。すっかりと皺が抜け、好々爺然とはかけ離れた顔付きで、片眉を持ち上げて見せるデンテ。若返ったデンテの、人を試すかのような表情は、少しだけ怖かった。


『大魔術を撃ち込むのは、わしとラヴァだ。それをクシケンスとユカリの二人に強化させる。マコトにお願いするのは…“侵食”。…どうかな?』


 デンテの提案に、ラヴァの眼が見る見るうちに見開かれてゆく。私もまた、その手があったか—と、活路が開けた気がした。


(そっか…侵食。その手があったか)


 この侵食というスキルは、木材や石材を霊木、霊石へと変じさせるスキルだ。この世界に来た当初、何の変哲もない弓を霊弓へと変えたのがこれであったりする。

 ところで、この“侵食”だが、生物、特に魔力を豊富に持つ者に対して用いた場合、まるで、デ・エンチャントのような効果となることがわかっている。

 デ・エンチャントの場合は、特定の目的に沿って弱体化させることができるが、侵食もまた、用途の指定こそできないものの、それに似通った振る舞いを見せる。魔力を己の魔力として運用できなくする、妨害効果のようなものがあるのだ。

 単純に魔力の運用を妨げるという目的においてなら、デ・エンチャントより、はるかに有効である。


“エクーニゲルとの戦いでは、きっとアエテルヌムの力は必要になる”


 思い出されたのは、決戦会議の場での、デンテの放った一言だ。精々、裏方だろうな—と、高を括っていた私を驚愕させた発言である。


『イケる…イケますよ!しかし、そうなると…追撃の手は?』

『それは、まあ…心配ないわい。備えがある』


 ラヴァの懸念は、大魔術を撃ち込んだ後に侵食のスキルを用いることを想定しているらしい。大魔術により魔力壁を削った上で、侵食を用いた方が、効果の表れが早いからだろう。

 しかしだ。そうなると、追撃の手がなくなる。デンテの言う備えとは、前衛陣による特攻だろうか。


(ええと…ごめん。侵食の後に大魔術じゃダメなの?)


 侵食の後に大魔術を用いた方が、威力の高い魔術によりエクーニゲルを追い込める—と、考えての提案だった。

 けれど、デンテは苦笑を。ラヴァは盛大な溜め息を吐いてくれた。なんだよちくしょう。


『侵食は、侵攻速度が遅すぎるんですよ。それでは、大魔術を撃ち込む前に対処されます』

『そうだのぅ。おそらく、侵食を大人しく受けてくれるのは一度きりだ。そのチャンスを無駄なく活かすためには、大魔術による障壁の損壊を襲う方が効果的だろう』


 二人のダメ出しに、ああそうですか—と、むくれる。どうせ私は半人前ですよ—と続いたところで、デンテに肩を叩かれた。


『すまんのう。わしらだけでは、あの障壁は突破できん。マコトの力がどうしても必要なのだ。魔術師が魔術ではなくスキルに頼るというのも、また恥ずかしい話だが、今回はそうも言ってられん。腐らず、力を貸しておくれ』


 そう言われては何も言い返せない。少しばかり照れ臭くなり、きまり悪さに視線を逸らす。

 逸らした先では、由香里が苦笑していたが。


『真、やりますよ!有りっ丈の魔力を矢に込めてやりなさい!』

(…うん!)


 ラヴァに喝を入れられて、力強く頷きを返す。今度こそ、本当に覚悟が決まった。

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