王都奪還戦 その六
「帰ったぞ〜」
間延びした声に視線を向ければ、ひらひらと手を振って見せるアシュレイを認める。その横には肩を貸された魔人族の女。こいつがフラミールだろう—と、当たりをつけた。
「…クルスはどうしたのじゃ?」
「んあ〜?見てたんじゃないの〜?メットーラ兵の援護に向かった〜」
わしの質問に答えつつ、フラミールを椅子に座らせるアシュレイ。フラミールは顔色こそ青いものの、命に別状はなさそうだ。それならば気にする必要もなかろう。己の仕事を全うすべく、遠見の魔道具へ視線を戻した。
「状況は〜?」
「天使なぞを出してきおったわ」
「はあ〜っ!?」
疲れていたのか、わしの隣にどっかりと腰を下ろしたアシュレイだったが、天使という名を出すと、途端に腰を持ち上げる。思った以上に喰いついてきた。
「どこ!?どこだよ〜!?ヤバいじゃ〜ん!」
人の魔道具を勝手に弄りながら、天使を探すアシュレイ。顔をしかめ、遠慮なく杖で小突いた。邪魔なのだ。
「いった〜」
「言うほど痛くないじゃろ。もうほとんど退けたわい」
頭部を押さえながら、膨らんでみせるアシュレイは無視する。魔道具へと視線を戻せば、映っているのは真っ白な光景だった。先ほどマコト達を照らした、正体不明の光によるものだろう。おそらくは光属性の魔術、あるいはそれに類する魔法だ。
(…これはアシュレイには言わん方が良いな)
チラリとアシュレイを一瞥して嘆息する。彼女はアエテルヌムを随分と大事にしているようで、彼女の質とこれまでの行動を鑑みるに、マコト達が冒険者達に足止めされている—などと教えれば、眉を吊り上げて駆けてゆくことだろう。それでは、彼女らから成長の機会を奪ってしまう。命の危険もなければ、ここは静観するべきだ。
(すまぬなアーサーさん。フラミールに続き、今度は光属性の使い手…加減の苦手なお主にはやり辛かろうが、もう少し辛抱しておくれ)
魔道具の水晶には、未だ一面を覆う光が映し出されている。まるで、光を放つ水晶であるかのように眩く輝くのが面白かった。思うに、アエテルヌムにはこの事態を打開する術がなく、アーサーさんも対応に苦慮しているのだろう。
アーサーさんに焦点を当てて考えれば、レベル差があり過ぎて、下手に手を出せば殺してしまいかねない。彼から見て羽虫同然の王都民ならば、撫でて無力化できるが、針を持つ毒虫となれば撫でられないからだ。
(フラミールの時は短慮に任せて力技を使おうとしておったが…今度はどうするのかの?アーサーさんや、お主もわしら同様、まだまだ成長途上じゃ。その程度の障害は、軽く乗り越えてみせると信じておるよ)
さて、この事態を沈静化させるのはアエテルヌムか、はたまたアーサーさんか。若人の成長を期待しつつ、水晶の映像を切り替えた。
「何をニヤニヤしてんのさ〜」
「…煩いわい。頰を抓るな。フラミールの相手でもしておれ」
ちょっかいをかけてくるアシュレイの手を払いつつ水晶玉を覗けば、そこにはファーレンが映り込んでいた。
ファーレンは、冒険者と思わしき獣人達の一団と戦っているところだった。場所は貴族街であるらしく、アエテルヌムに劣らぬ進行速度だ。それもそのはず、ファーレンは極めて身体能力が高い。それこそ、人類種の中では無類の強靭さを誇る獣人と並ぶほどに、彼女の肉体は優れているのだ。最大レベル3という大きなハンデを背負いつつも、小鬼狩りを生業にしていただけのことはある。
「うっげ〜。何あの子〜、めちゃ強〜。獣人と互角に張り合えんじゃ〜ん?」
「ふふ、そうじゃな。どうやら、北上組は心配なさそうじゃな」
ファーレンは危なげなく獣人達を引き倒しては、その胸部へと魔石を手にした一撃を加えていた。呪術を妨害するための魔力波を打ち込んでいるに違いなく、獣人達はピクリとも動かなくなる。それを後続の者共が、次々に運ぶのだ。三つの進路から最奥を目指して進んでいるが、最も安定しているのが北上組だ。天使の襲来時に微塵も揺るがなかっただけのことはある。
(最も、あれが天使である—などとは、誰一人として気付いておらなんだろうがな)
ファーレンが帰ってきたら、お前が散々蹴り飛ばしていた羽付き頭は、天使の尖兵である—と、教えてやろう。一体、彼女はどんな顔をするだろうか。それを想像するだけで、今日1日は上機嫌で過ごせそうだった。
「クローディア、戻ったぞ」
「うむ。ご苦労様じゃな」
階下からバタバタと足音が聞こえてきたかと思えば、足早に上がってきたのはモスクルだ。額に汗をかき息を弾ませながらやってきた彼の背後には、デンテも付いてきていた。
「おお、デンテも一緒じゃったか。ちょうど良い。フラミールが手に入ったぞ」
「ほっほっほ。その報せを受けて戻ってきたのよ」
「人を物みたいに言わないでくれないかねぇ…」
わしとデンテの軽口に、それまで俯いていたフラミールが徐に顔を上げる。未だに顔は青いものの、ニヤリと強がっていた。
「グランドマスター…心配しましたよ…」
「いやぁ、ごめんねぇモスクル。迷惑かけちゃったみたいで」
フラミールへ向けて首を下げるモスクルの発言に、耳驚いて目を見開く。どうやら、フラミールはアンラ冒険者ギルドのグランドギルドマスターであるらしい。
「はぁ〜!?グランドマスター!?お前が〜!?偉くなったもんだな〜!」
「ヘッヘッヘ。アンラとしては十天を抱え込んでおきたかったんだろうけど、私は術理以外は何をやらせても、てんでダメダメでねぇ。仕方なく与えられたのが、お飾りのグランドギルドマスターって訳。モスクルがやたらと優秀だから、私みたいな穀潰しがトップでも、構わないんだろうねぇ」
私同様に目を見開くアシュレイの疑問に、得意顔で応じるフラミールだが、その内容はとても自慢できるものではない。呆れるというよりは、聞いていて胸が痛くなる内容なのだが、本人はそれで良いらしい。触れないでおくことにしよう。
「グランドマスター、戻って早々ですまないが…動けるようになったら—」
「可能な限り、王都民を魔眼の支配下に置け—って言うんでしょ?まったく、人使いが荒いよねえ」
モスクルが言い終える前に口を挟むフラミール。分かっているならば話が早い。亜空間からあるだけの回復剤を取り出して手渡した。アンラの方がメットーラよりも霊薬技術に優れるらしいが、呪術による影響となれば話は別だ。わしが拵えた物の方が効果は高いだろう。
「これを使うが良い」
「…うわぁ。ご丁寧にどーも。…ええと?初対面だよねぇ?あれ?てか、その角…え?姉御と同じじゃない?」
さすがは魔人族と言うべきか。即座に角を確認すると、フラミールは目を見開いて、わしとアシュレイの間で視線を彷徨わせる。少しばかり愉快な心持ちになるも、後で説明する—とだけ伝えた。
「王都民の様子はどうじゃ?」
「メットーラに運び出せば、直ちに正気に戻るわい。エクーニゲルの呪術も、さすがにあそこまでは届かんらしいの。読み通りだ。呪印さえ破壊してしまえば、アンラ近郊に戻しても影響ないことまで確認済みだ。しかし、フラミール同様に消耗が著しい。冒険者や騎士であっても、即座に戦力とはなり得ん」
顔をしかめながら小瓶を傾けるフラミールからデンテに視線を向けて尋ねれば、おおよそ予想通りの答えが返ってくる。解呪はできなくとも破呪は有効であるらしい。
「魔石による影響の差はどうじゃ?」
「アビス様の魔石を用いれば、フラミール同様の回復度合いが見込める。だが、その他の魔石では似たり寄ったりだのう。僅かに指先を動かせるのみで、一人では歩くこともできんわい。思うに、呪印の残滓までは殺しきれんのだろうな。回復まで三日はかかると見ておる」
1を尋ねただけで10を返すデンテの返答に、満足して頷きを返し、どうすべきか思考を巡らせた。
(回復まで三日となれば、この戦いでは役には立たん。使えそうな者共には、アビス様の魔石を用いるべきか)
誰ぞ候補はあるものか—と視線を向ければ、モスクルは即座に応じた。
「Aランクの冒険者で、鉄の掟というパーティがある。大型クランを纏める奴らで、リーダーであるドーアは接近戦闘にかけてはかなりのものだ。動体視力に優れ視野も広く、一対多の状況にも強い。他の面々についても、アンラ国内に限れば頭一つ抜けている。後は白の秘跡だな。高レベルの法術が使えるセイクリッドをはじめとして、付与魔術と光の精霊を擁する優秀なパーティだ」
ふむふむなるほど—と頷いていたが、光の精霊というところで引っかかった。何か覚えがあるような気がしたのだ。ちょっとすまぬ—と断りを入れた後、腕組みして唸る。
(…光…光のぅ…ああ、あれか!)
点と点はあっさりと繋がった。思い出したのは、アエテルヌムを照らした輝きだ。あまりの眩しさに水晶越しでも目を覆ったそれは、光の精霊の仕業と考えれば納得がゆく。水晶玉へ手を伸ばし、チャンネルをアエテルヌムへ切り替えた。
(ぬ?なんじゃこれは…)
水晶に映り込んだのは、倒れ伏す白の秘跡と思わしき者共に、蹲るマコトを案ずるかのように、屈み込むアエテルヌムの面々だった。
どうやら危機は脱したらしいが、これはどうしたことか?—と首を捻る。外傷はあり得ない。そんなことはアーサーさんが許さないからだ。では、マコトはどうして蹲っているのか。何故、皆の顔は険しいのか。何も思い付きはしなかった。
「お、おい!これはっ!?」
「貴族街か!急げ!アエテルヌムを回収するぞ!」
わしの傍から水晶を覗き込んでいたモスクルとデンテの二人は慌てて踵を返す。出遅れたわしは弁明の機会も逸して、アシュレイの責めるような視線に耐えた。
「クローディア〜」
「…す、すまぬ…大丈夫なはずじゃ」
大丈夫なはずなのだが、確証はない。ドキドキと高鳴る鼓動を感じながら、マコトが立ち上がるのをひたすら待った。
(ぬおお、時間よ巻き戻れ〜)
誰しもが人生の中において、このようなことを考えたことがあるに違いない。可能なら、過ちを犯す前に戻りたい。あの時の己を殴りたい—と。わしもまた、下唇を噛みしめながら、そんなことを延々と考えていた。
「おっ!?」
「あ、山精族娘〜」
やがて、映像の中にファーレンが現れれば、ナイスじゃ—と、自然に顔がほころぶ。これで映像にも何かしらの動きが出てくるものと思われた—のだが、そのファーレンは様子を窺うかのように、恐る恐るアエテルヌムに近付いてゆく。まるで気付かれたくないかのように、抜き足差し足で近付いてゆく様は、見ていて殴りたくなるほどだった。
「…彼女、いじめられてるのかねえ?」
「…弄ってはいるが、虐めてはおらぬぞ?…わしらはな」
そんな調子であったためか、誰もがファーレンの接近に気付かない。角が触れ合うほどに近付いて水晶玉を覗き込んでいたわしらは、皆で舌打ちした。
「クローディアの教育が悪い〜」
「抜かせ!」
ところが、今度は修道服の女—確かソングロント—が映像内に現れる。彼女はファーレンにも気が付いており、先の光が迸る前にもいたはずだ。今の今までどこに行っていたのかは知らないが、これで事態は動き出す。
そう確信したのだが、ソングロントはニコニコと微笑むばかりで、ファーレンを見つめたまま、何も語ろうとはしない。ソティがそんな調子であるため、ファーレンはアエテルヌムの面々へ声をかけて良いものか逡巡しているらしく、困惑顔であたふたしているではないか。
役に立たない。なんなのだ、この二人は。驚くほど役に立たない。一気に苛立ちはピークに達した。
「…何しに来たのこいつら〜?」
「…待て。連絡を入れるわい」
いい加減に痺れを切らしファーレンへと発信するものの、ケイタイは繋がらなかった。そこかしこでやり取りしているためだろう。魔力波が干渉してしまい、ファーレンの元へと届かないのだ。舌打ちしつつケイタイはしまった。
「ちっ、歯痒いのぅ…」
「…あ〜、私もダメだ〜」
わしのみならず、アシュレイも繋がらなかったらしい。とりあえず、ファーレンは後で殴ろう—と心に決めて水晶玉へ視線を落とせば、マコトがゆっくりと立ち上がるところだった。
「うぬ!?立ち上がるのぞ!」
何が起きたのかを知るべく、食い入るように水晶玉を覗き込む。皆が心配そうに声をかける中、問題ない—とばかりに苦笑するマコトの顔は、これ以上ないほど真っ青に染まっている。そればかりか、滴るほどの汗をかいており、襟などは汗でしっとりと濡れているのが分かるほどだった。
「…大魔術でも使った…のかのぅ?」
「…そんな感じだね〜」
「ああ、良かったよ。心配して損したねぇ」
常人であれば逆に青くなるほどマコトはフラフラだが、術者ならば覚えのある光景だ。身の丈に合わない魔術の行使は、ややもすると酷い頭痛を引き起こす。マコトが蹲っていたのはそれなのだろう。原因を知れたわしらは、すっかり安堵していた。
「…MAPかな〜。アトリアでも似たようなことがあったし〜」
「…まっぷ?…はて?」
何処かで聞いたことのある単語に、記憶の蓋を払い除ければ、それはつい昨日のことであったことを思い出す。各自が何をできるのか申告し、立案した作戦に狂いがないかを擦り合わせる場で聞いたのだ。
“ある一定の範囲内を俯瞰、あるいは鳥瞰でき、その範囲内にいる魔力を持つものを感知できます”
マコトは、おどおどしながらも、そう言い切った。元々、立案段階からアエテルヌムの役目は決まっていた。フラミールの発見と、ランク不相応の攻撃力にものを言わせた強襲だった。
その時のわしは、なるほど—と、アエテルヌムにフラミールの発見を委ねた訳を理解して、深く追求しなかった。しかし、だ。これほどまでに負荷のかかる魔術なら、やめさせておくべきだったかも知れない。きっと、マコトには、まっぷとやらの行使はまだ早いのだ。またしても、時間よ巻き戻れ—と、祈らずにはいられない心持ちになった。
「昨日、少しばかりは聞いたが…そんなに負荷のかかる術なのか?お主、あれの師を自認するならば、もう少し制御回路にてこ入れしてやったらどうじゃ?」
「ダメダメ〜。あの使い魔が制御の大部分を無詠唱で担ってるから〜、外からじゃ何やってるのか分からない〜」
横目でアシュレイに提案するも、アシュレイは処置なしとばかりに首を振る。難儀じゃのぅ—と返しつつ、水晶玉へ視線を戻した。
(しっかし、凄いのぅ。…まっぷ、か。つまりは、オサカの地図作成をリアルタイムでやっとる訳じゃ。マコトもかなりのものじゃが、大精霊は底が知れんの)
マコトの肩には、オロオロと落ち着かない様子の鷲がいる。使い魔と呼ぶには威厳が足りない気もする彼は、それだけマコトのことを気にかけているのだろう。これがそこまで大層な大精霊とも思えないが、人?は見かけによらないとも言う。一度、じっくりと魔術についての話をしてみたくなった。
「…うん、もう動けそうだよ。何処から始めたらいいかねぇ?」
すぐ側から聞こえてきた声に振り返れば、先ほどまでは共に水晶玉を覗き込んでいたフラミールが、腕を回して調子を確かめていた。ようやく回復したらしい。まだまだ顔は青いし、十全には程遠いことだろう。しかし、彼女は十天の一人だ。可哀想にも思うが、やってもらう他ない。
「中央から切り崩す。操られている王都民や騎士共、冒険者共じゃ。お主の魔眼で逆に操り、こちらの手勢とせよ」
わしの指示にフラミールは黙って頷いた。十天の一人である以上、そこそこの矜持もあろうし、少しは反発するか?—などと考えていたものだが、意外にも素直な質であるらしい。
「何体いける〜?」
「…う〜ん…その程度なら…同時に100はいけるね」
次いで出てきたアシュレイの問いには、少しばかり考え込んでから応じるフラミール。考え込んだところを見るに、ハッタリではなさそうだ。これには耳驚いた。
「…なんと。さすがは十天と称されるだけはあるのぅ…」
「まあねえ。魔眼の強さで十天入りってのは締まらないけれどねぇ」
カラカラと笑いながら、フラミールは鐘塔を降りてゆく。一人では不安だしね〜—と苦笑しつつ、アシュレイもその後を追った。
今になって気が付いたが、アシュレイの外套は土に塗れているばかりか、裾の方は焦げているではないか。楽勝ムードを匂わせていたため、さして気にもしていなかったが、それなりに苦戦したらしい。
(何が楽勝じゃ…カッコつけめ)
嘆息しつつ、どうしようもない友人を見送った後は、再び水晶玉を覗く作業に戻った。
「くっそ!イチロー!上からもくんぞ!」
「捉えてますっ!」
槍を振るいながらリーブリヒが叫ぶ。私が盾を持ち上げるのと、盾に剣が突き立てられたのは同時だった。
「サブロー!」
「はいよっス!」
即座に身を翻し、回転の勢いを利用すると、剣の柄で強かに叩く。軽装の襲撃者は、地に伏したところをサブローの影に収容された。
「キリがねえっ!ゴロー、またあれやれよっ!」
「ごめんで御座る!楽しいで御座ろうがっ!」
並べて突き出された槍を屈んで躱すと、3人まとめて足を払うリーブリヒ。言葉とは裏腹に、口元は弧を描いている。そのすぐ傍では、刀の背で騎士の肩を打ち据えるゴローがいた。彼は言うまでもなく上機嫌だ。
「リーブリヒ!ゴロー!少しペースを落としなさい!夜まで保ちませんよ!?」
「ははっ!夜までこれかよ!サイコーだぜっと!」
「うははは!某の腕が上がらなくなるのが先か、はたまた敵が尽きるのが先か!いいで御座るな!この緊張感!」
どれだけ注意しても、二人の勢いは微塵も衰えなかった。これで本当に腕が上がらなくなったら、一体どうするつもりなのか。想像しただけでも胃が痛くなる。
—ガキン!ガキン!ガキン!—
横薙ぎの鍬を剣で上へと跳ね除け、逆から襲ってきた鋤は盾で押さえつける。正面から振り下ろされる鎌は、サブローが弾き飛ばしてくれた。
「助かります!」
「全幅の信頼を寄せられると困るっスよ!?」
私達四人は、中央広場を越えて、その先の大通りに陣取っていた。先の天使襲来により少なくない被害が出たため、無理矢理敵陣を切り裂いて進んできたのだ。少しでも後続の敵を少なくするために。ジローらの法術部隊が少しでも前に出られるように。
(頼みますよジロー。他所の喧嘩で人死なんて、目覚めが悪いですからね)
振り下ろされた剣を弾き、突き出される槍を叩き折る。もういっそのこと、不死系魔物としての力を解き放とうかとも考えたが、この場の主役は我々ではない。先の天使は例外として、私達がでしゃばる真似は控えるべきだろう。そもそも、力を解き放ってしまえば手加減などできようはずもないのだから、やはり地道に戦う他ない。
「サブロー!追加ですっ!」
「イチローもペースを落とすっスよ!脳筋二人に感化されちゃダメっス!」
「言いやがったなサブロー!」
「後で覚えておくで御座る!ふはははは!」
私が引き倒した男を影にしまいながら、泣きそうな顔を作るサブロー。なんだか申し訳なくなり、内心で詫びた。
「リーブリヒ!いるかっ!?」
リーブリヒを呼ぶ美声に顔を上げる。この声には覚えがあった。ノアの鐘のカームだ。
「おう!五体満足だぜっ!」
相棒の合流に呼応するかのように、リーブリヒの動きが精彩を増す。どういう体力をしているのか—と、思わず笑ってしまう。
「どうやら、後続の皆も追いついてきたようですねっ!」
またしても私に躍りかかってきたのは、軽装の冒険者。執拗に上から狙ってくるのは、首鎧の隙間を突こうとしてのものだろうか。あるいは、鈍臭いと思われているのかもしれない。
—キン—
勢いよく振り下ろされた短剣を弾き飛ばし、そのまま体当たりを見舞う。男は盛大に石畳の上を転がり、影の中へと招待された。
「今行くぞ!もう少し持ち堪えろ!」
「ゆっくり来るんだな!」
「もう少し暴れさせるで御座る!」
おそらくは、合流しようと必死に歩みを進めるカームであろうが、リーブリヒとゴローは助けを求めていない。それどころか、この修羅場を楽しんですらいる。カームが不憫で、なんと声をかけてよいか分からなかった。
「サブロー…何故、我々は二人の後を追ってきてしまったのでしょうか…」
素手で掴みかかってきた少女を軽くいなして影に放り込むと、サブローが背中を預けてくる。それなりに疲れが出てきたらしい。肩がしきりに上下しているのが分かった。たまらず愚痴をこぼせば、サブローも辟易したであろう弱々しい声を出す。
「言うなっス…」
わははは!—と高笑いするメットーラの獣に、口角を上げて槍を突くアンラの獣。二体の獣の縄張り争いに巻き込まれたかのような心持ちになり、我が身の不運を呪った。
「そらっ!行ったで御座るぞイチロー!」
「承知です!」
ここに来て騎士団の襲来だ。彼らの動きは王都民の中でも際立っており、かつ、対人戦術にも優れるらしく、重厚な鎧を纏っていても、動きは実に洗練されている。さすがは戦争を想定して訓練しているだけのことはあり、私であっても、手加減しながらでは易々とは運ばない。
—カンッ、カンカン—
一人を捌き、二人を打ち据え、三人目の騎士の槍を弾いた私の足元に、何やら見慣れない物が転がってきた。思わず踏みそうになり、視線を落としてギョッとする。それは、まさかの手榴弾だったのだ。手榴弾など、オサカ曰く、ファンタジーにあってはならない物の代表格である。となれば、クルスが投げて寄越したものに違いない。
「あああっ!?」
「イチロー!?うおっ!?」
思わず裏返った声を上げると、訝しんで振り向いたサブローも驚きを露わにする。だってそうだろう。こんな物が爆発したらどうなるか。私達はともかく、リーブリヒはただでは済まない。王都民に至っては、もれなく致命傷を負うに違いないのだから。
(いや、待て!あのクルス様が、そんなことをするはずがないっ!)
慌てて身体強化を施した後で、少しだけ冷静になった。そうだ。クルスは恐ろしくも優しい女性である。そうなれば、これは非殺傷の手榴弾に他ならない。催涙弾とかいう、涙の止まらなくなるタイプのものだろう。
(またアレに耐えるのか…)
かつて、我々の耐性確認という名目で、クルスの生み出す悪夢のような武器の数々を試された記憶が蘇る。苦い、とても苦い記憶だ。手榴弾が弾ける前に、早くも泣きたくなった。
—バシュウ—
しかし、予想よりもそれはマイルドなものだった。催涙弾ではなく、発煙弾であったらしい。濛々と周囲を覆ってゆく煙に包まれながら、助かった—と、別の意味で力が抜ける。なんと心臓に悪い助太刀だろうか。
「うわっ!ぺっ!なんだこりゃあ!?」
「ぬぬぬ、クルス様で御座るなっ!?」
完全に周囲が見えなくなると、二体の獣が煙の中から現れた。狂宴は終わったらしく、先ほどまでの危険な色は瞳から消えていた。ただし、不貞腐れたかのように唇を尖らせているが。
「イチロー、闇雲に攻撃してくるかもしれねっス!あんまり油断しちゃダメっスよ!?」
「ええ。ゴローもリーブリヒも、気の抜けた顔はそこまでにしてください」
「あー、分かったで御座る。まったく、うちのリーダーは真面目過ぎるで御座るなぁ」
「ははは、お前が不真面目過ぎるんだよ」
いまいち締まらない会話を挟みつつ、どこから攻められても対応できるよう、四人で背中合わせになる。ビュンとかブンとか、得物を振り回している音だけは聞こえてくるのが怖かった。
『こっちであります』
(!?…クルス様!?)
どこからか声が聞こえたかと思えば、ぐいと腕を引っ張られる。たたらを踏みながら視線を向ければ、私の腕には細いワイヤーが巻かれているではないか。いつの間に—と、どんどん武装が多様化するクルスにゾッとした。
「ゴロー!リーブリヒ!私に続いて!」
二人を取り残すのも忍びなく、声を上げて呼び寄せる。わざわざ言うまでもなく、ゴロー達は私を追ってきていた。
「リーブリヒ!心配したぞ!」
煙を抜けた先では、カームやロドリゲスらが奮闘していた。ここが本来の最前線であるらしく、周囲にはメットーラの冒険者や兵もいる。
その分敵も多いが、負荷は段違いに軽い。即座に盾を構えて、負傷者のカバーに回った。
「先行し過ぎであります、愚か者」
「も、申し訳ありません」
どこからともなく降りてきたクルスに苦言を呈され小さくなるも、反省など許さないとばかりに襲いくる王都民へ応戦する。同じく応戦するクルスの横顔が盾越しに窺えたが、少しだけ笑っているようにも見えた。おや?—と不思議に思うものの、それを問い掛ける勇気はない。クルスに絡めるのは、オサカをはじめとしたネームレスの特権だ。
「よく耐えたでありますな。フラミールの捕獲は成功したであります。間もなく、状況はひっくり返るでありますよ」
けれども、尋ねるまでもなく、クルスの上機嫌の理由は知れた。
フラミールの捕獲。それはアンラ奪還戦において、かなりのウェイトを占める優先事項だったのだ。言い過ぎかもしれないが、それさえなれば勝ったも同然—と、モスクルが言い切ったほどである。
(まさか本当に見つけてしまうとは)
ところが、それほどの大事であるのに、捜索はアエテルヌム単独で良いと言う。いかにアーサーさんがいるとは言え、どれだけ手勢を裂けない事情があるとは言え、アエテルヌムだけでの捜索は不安に思っていた。だからこそ多少の無茶はしてきたのだが、彼女らは我々の手など借りなくとも、無事にやり遂げたらしい。
(さすが。音に聞こえた戦闘狂なだけはありますね)
こんなことは間違っても口には出せないな—とニヤけながら、群がる王都民を捌く。己で想像しておきながら、笑みを堪えるのが実に大変だった。
私達は冒険者として、各地を回っている。そうすると、同業者の噂話はちらほらと耳に入るのだ。
“アエテルヌムは三日にあげず魔物を殺して歩いているらしい”
“鬼神アイマス、狂犬ソングロント、鏖殺のマコト。この三人はヤバい”
“魔物も盗賊も立ち所に殲滅するらしいぜ?哨戒の必要すらないらしい”
まあ、こんな感じに。どんな危ない奴らなのかと出会さないことを祈っていた相手が、まさかの探し人だったなど、誰が思うだろうか。それも、皆美しい女性のみのパーティとなれば尚更だ。リーブリヒに紹介された時は、噂の当人達とは思いもせず、気付いたのはついこの間である。
「おいクルス!こっちの被害は!?」
槍を振り回していたリーブリヒの声に、自然と顔が引き締まる。隙を見て一瞥すれば、クルスはニヤリと笑っていた。
「怪我人こそ出れど、死者は今のところ0であります。よくやったでありますな」
おおお—と、私達は俄かに活気付く。
少なくない犠牲を覚悟していたが、死亡者は0であると言う。これは奇跡ではなかろうか。いや、それだけ皆が頑張ったのだ。私達も、後続の法術師部隊も、回収した王都民をメットーラへ輸送する、非戦闘員も。
(良かった…本当に良かった…)
まだ終わってはいないのだが、どうにもいけない。気が緩んでしまったらしい。いやいや、先の手榴弾は、やはり催涙弾であったのだ。遅効性の催涙弾だ。そうでなければ、これほどまでに視界が歪むはずもない。
「あらん?イチローちゃんが泣いているわん」
「まあ!キュートなイチローちゃんを泣かせるなんて!」
カメイラとゴリアテが弄ってくるが、それも今は心地良い。これを嘘だと言われたら、さすがに相手がクルスといえども許せないことだろう。逸る気持ちを抑えながら、振り下ろされた鎌を凌いだ。
「頑張った甲斐がありましたっ…よ!」
「本当っスね!なら、もう一踏ん張り…っス!」
襲いかかってきた王都民を跳ね除け、サブローと背中合わせに構える。そういえば、煙の中から出る時、サブローのことを失念していたのに気が付く。すまない—と、心の中で詫びておいた。




