王都奪還戦 その五
「そう凹まないでよ、アイマス」
「無茶言うな…」
アシュレイと別れた私達は、進路を北へ取り、王宮目指して進んでいた。フラミールからこっち、手強い—と感じるような者達はおらず、どれもこれも案山子と変わらない。私やクシケンスの出番はほぼなく、出会した時にはソティに襲われ既に倒れ伏しているか、そうでなくともダブルゴリラが軽くいなしている。
「切り替えて次行こうよ」
「アイマスは凹んでいるくらいが丁度良いので御座います」
せっかく人が励ましているのに、やじるかのような声が、どこからともなく飛んでくる。発言の主はMAPを見る限り、家屋の屋根伝いに走っているらしい。あまりアイマスをいじめるなよ—と、視線で抗議した。
(ラヴァ、女王陛下らしき反応はある?)
《依然として感じられません》
幻惑のフラミールを見つけたことで、一先ず私達は務めを果たしたと言っていい。けれど、もう一人、早急に確保せねばならない人間がいる。それがアンラ神聖国は現女王陛下であり、十天に名を連ねる回天のブルーツだ。フラミールは見通しの良い場所に。ブルーツは守りの要となるところに配されるだろう—というモスクルらの見立ては、フラミールに関しては正しかった。しかし、それがブルーツに対しても当てはまるとは限らない。MAPは常に展開し、その上でラヴァが上空から監視している。
「アイマス。私達はこの辺に明るくないわ。道案内はお願いね?」
「あ?あ、ああ…任せろ」
勝手に動き回るソティはさておき、先頭を走る由加里とアイマスの二人だが、アイマスはずっと肩を落としている。いい加減に耐えられなくなったのだろう。由香里が苦笑混じりにアイマスを頼る。するとどうだ。アイマスは心持ち気を取り直したように見受けられるではないか。先ほどから、私も気遣って声をかけていたはずなのだが、これはどうしたことだろう。納得できない。
(おかしい…私が気遣っても、全然ダメだったのに…)
《言い方ですよ、言い方》
(…焼き鳥にしてやる)
《…そういうとこですよ》
さて、私達は農業区を突っ切り、南部市民街へと入った。この辺りは農業区同様に運河はなく、建屋も古めかしい物が所狭しと並んでいる。石造りの街並みの至る所に焼け跡が見られるのは、かつてアンラを恐怖のどん底に突き落としたという大粛清の名残だろうか。
「アイマス、由香里。先の角を曲がったところに敵。多いよ」
「分かったわ。有難う」
「ああ」
しかし、せっかくの警戒も、嬉々として敵陣に飛び込んでゆく暗黒修道士のお陰で無駄になる。私達が角を折れた頃には、革鎧に身を包んだ冒険者と思わしき者共は、皆が倒れ伏していた。
「…うん。行くか」
「…そうだね」
男達を踏まないように、ピョンピョンと飛び跳ねながら路地を抜ける。家屋の中にも何者かが潜んでいることはMAP上に見えているが、こちらは動く気配がない。感じられる魔力も微々たるものなれば、民間人に違いない。無視して進むことにした。
「そろそろ合流する頃合いじゃないか?」
肩越しに私を見て、尋ねてきたのはアイマスだ。合流とは、正門から大通りを真っ直ぐ東に進んで王宮を目指す者達と、進路がかち合うことを言っているものだろう。残念だが、大通りを進んでいる者達は、はるか後方にいる。アンラ側に押され気味なのだ。リーブリヒらノアの鐘に加えて、イチローらレナトゥスも戦線に加わっているのがここだ。負けることはないだろうが、数の暴力を前にして、手加減しつつ進むというのは、思いの外大仕事であるらしい。
「いや、まだ直進組は来ないよ。噴水広場前までも来れてない。このまま進むと、北経由のファーレン達とかち合う方が早いかも」
私の言に、アイマスの足が僅かに緩む。心持ち険しい顔を浮かべたアイマスに、助けに行くとか言い出さないよな?—と、一抹の不安を感じた。
「…もしかして、ヤバいのか?」
「アイマス、余計な気は回さないで。また失敗するわよ?」
けれども、そこは由香里がピシャリと言い含めた。さすがは頼れる我らのお母さん。アイマスも由香里には強く出られない。何故なら、由香里はアエテルヌムの大黒柱の一人だからだ。錬金術師は高級取りなのである。
(由香里がお母さんなら、クシケンスはお父さんだろうか…)
『せ、せめて…お姉さんで、お願い…します…』
取り留めもなく益もない考えごとは、クシケンスの乱入によって幕を閉じた。お姉さんとは太々しい。姉ポジションを狙うなら、まずは食べられる物を作れるようになってからだ—と、ジト目を向けた。
「っと、全員止まって!」
MAPの中に、おかしな動きを見て、その場で停止するよう呼びかける。皆が足を止めたのを認めてから、即座に意識をMAPへと戻した。
(…何かの魔力?…え?味方?)
貴族街の奥から、ゾロゾロと青い反応が津波のように押し寄せてきたのである。青は友性を意味する反応だが、これはどうにもおかしい。何故、王都の奥から味方がやってくるのか。それも、メットーラ兵を上回る数だ。どう考えても普通の状況ではない。MAPを塗り潰してゆく青い反応の正体を、いち早く確かめる必要があった。
「ラヴァ!」
『真!もう見えています!天使です!天使の大群です!』
ラヴァの言に、天使!?—と、全員がギョッとする。天使は悪魔に並ぶ高次元生命体だ。文字通り、私達とは住んでいる次元が違う。私達が蟻を見ても何も感じないように—この世界の蟻を見ると、物によっては恐怖を感じるが—、天使や悪魔といった存在は、私達を塵芥としか考えていない。上位者の加護や法術といった力を人類に授けたのは高位の天使だが、そんなものは変わり者の気紛れに過ぎない。基本的に天使は敵であり、一匹見たら百匹はいると言われ、物理攻撃がほぼ意味を成さない厄介な奴である—というのが定説だ。出会すのはこれが初めてだった。
「天使の反応は青なの!?何でっ!?」
『聖なる光を帯びているからでしょうよ!』
上空を旋回していたラヴァが慌てて肩へと戻ってくる。ラヴァのみならず、ソティも青い顔で戻って—は来なかった。ソティは瞬く間に風となり、天使の群れへと突っ込んでいったようだ。断言できないのは、目で見た訳ではなかったからだ。青い津波へと単身で向かってゆく友性反応が、彼女であると感じたまでである。
「ソ、ソティが行った!」
「おいおいおい!?」
ソティが消えたであろう方向に目を向けて、アイマスと共に青くなる。無理だ。いくらなんでも無謀過ぎる。ソティはこと戦闘となれば考えなしな部分があるが、これほどとは思っていなかった。
「さすがにまずいわよ…」
「どどど、どうしましょう!?」
由香里やクシケンスも慌てている。青い津波はどんどんと広がり、市街地を覆う赤い絨毯を押し流してゆく。何が起きているのか定かではないが、碌なことにはなるまい。こちらにも、もう間もなく天使の群れが押し寄せてくる。足踏みしている時間はない。進退、その他諸々を急ぎ決定せねばならなかった。
「…私はソティを追う」
そんな中、敵陣に突っ込むなどと、愚かとしか言いようのないことを口にしたのはアイマスだ。それはないだろう。ソティを見殺しにするつもりもないが、私達だけで突っ込んで、どうにかなるとも思えない。
「アイマスっ!?」
「聞いてくれっ!」
声を荒げようとしたところで、アイマスは更に大声を張り上げ、私の声を上書きしてくる。その気迫に負けて口を噤むと、アイマスは剣を握り直しながら、徐に語り始めた。
「ソティは…私のかけがえのない友人だ。皆は助けを呼んできてくれ。それまで、何とか持ち堪える」
根性論かよ—と、喉まで出かかった。勝算も何もなく、ただ見捨てられないからという理由だけで追いかけるつもりらしい。これには由香里も言葉を失い、アイマスの覚悟を問うかのように、ボソリと呟いた。
「…本気なの?」
「本気だ。無茶でもなんでもやる」
アイマスに引く気はないらしい。真っ直ぐに由香里を見据えたまま、口を引き結んでいる。こうなったらてこでも動かないことだろう。もはや気絶させてでも連れ帰る他ない。
「真、クシケンス。一旦退くわよ」
「え?…で、でも…」
ところが、由香里はアイマスの意思を尊重した。由香里の言に、おろおろしながらも反論しようとするクシケンス。ここは私もクシケンスの肩をもつ。アイマスとも長い付き合いだ。死ぬ公算が高いと分かっていて、みすみす行かせることなどできない。
「そうだよ由香里。アイマスを置いてけないって!ソティも—」
『来ましたよっ!』
話の途中だったが、上空から天使と思わしき怪物がわらわらと押し寄せてくる。ラヴァの発言に上空を仰げば、それは赤子の頭部だった。眠そうな赤子、泣き喚く赤子、ケタケタと笑う赤子。様々な顔があるが、共通しているのは、後頭部から純白の羽が生えていることか。それだけでも想像していた天使とのギャップに、いや、気味悪さに面食らうのだが、更に鳥肌を加速させるのは口だ。赤子の口は飾りであり、本当の口は別にあった。赤子の額から顎にかけて、縦に割れたかと思えば、鋭利な歯がズラリと並んでいるのである。
「さっさと行け!」
「アイマス。言ったからには、ちゃんとやりなさいよ?死んだら承知しないからね?」
こちらに背を向け盾を構えるアイマスは、由香里の言に頷きだけを返す。一匹見たら—の定説通り、通りから、上空から、無数の赤子の頭部が飛来してくる。もうソティが—とか、アイマスが—などと、言っていられる状況ではない。
「絶対死なないでよ!?」
私もアイマスに有りっ丈の声量で叫ぶと、踵を返して走り出し—た刹那、クシケンスの鞄から無数の触手が伸びた。一瞬、何が起きたのか分からなかった。由香里も、クシケンスも、アイマスまでもが口を開け放ったままで視線のみが触手を追い、唖然とした。
天使の第一陣は、触手に絡め取られ、何もさせてもらえずに消滅したのだ。
“僕のこと忘れてない?”
次いで鞄の中からニュッと出てきた木板を認めると、ははは—と、乾いた笑いが出る。そうだった。私達には彼が付いていたのだ。グリムの強襲からも私達を守り抜き、フラミールの魔術にビクともしなかった最強のスライムが。
“ソティを追うんでしょ?じゃあ、行こうか”
ぷよぷよと身体を弾ませながらクシケンスの肩へと登ってきたアーサーさんの言に、私達は皆が力強く頷く。これならイケるという希望が湧いてきたのだ。
『なるほど。強い闇属性を備えるアーサーさんの一撃は、光属性の天使に特効となる訳ですね?』
うんうん—と、しきりに納得するラヴァの言に、それならば、天使の攻撃もアーサーさんへの特効になり得るのでは?—と首を傾げたが、それはないらしい。
“僕、光耐性持ってるから”
—だそうだ。本当にチートなスライムである。メットーラ勢は色々とおかしい。
さて、アイマスが走り出し、私達もそれに続く。次々に現れる天使は、アーサーさんが即座に撃ち落とす。この隙に、天使は赤表示に変更しておくことにした。
「早くソティを助けて、皆のところに戻ろう!市街地の方にも天使が大量に出てきてる!」
「それは…不味いな…」
疾走するアイマスに並び、天使が雪崩の如く押し寄せていることを告げれば、アイマスの表情は大いに曇る。え!?—と、背後を走る由香里やクシケンスも驚嘆の声を上げた。報告遅くなってごめんよ。
“いやいや、中央にはゴローがいるし、北の迂回ルートにはファーレンがいる。大丈夫でしょ”
しかし、アーサーさんは微塵も焦っていない。ポヨポヨとクシケンスの肩で揺れながら、無数に触手を伸ばしているのみだ。無論、伸ばされた触手は天使を捕獲しては、そのまま取り込み即座に溶化?させてゆく。ハエトリ草を連想した。
(アーサーさんは置いておくとして、ファーレンってそんなに強いんだ?)
《そりゃ、クローディアの片腕でしょ?強いに決まってます》
今の今まで、クローディアの両脇には、クルスとイチローが並んでいるイメージがあった。なんとなくクルスは消せないため、イチローをファーレンへ置き換えてみる。ダメだ。小動物を思わせる、あどけない顔のファーレンでは、どうにもクルスと並び立つイメージが湧かない。ニコニコ顔の森精族擬きは、私の中ではいじられキャラのポジションである。私同様に。
《下らないことを考えていないで、集中しなさいっ!》
(お、押忍っ!)
路地を進むにつれて、両断された赤子の頭部が散見されるようになってくる。言うまでもなくソティの軌跡に違いない。ソティの通った後にしては天使の残骸が少ないと感じていたが、理由はすぐに判明した。天使の死体は、時間が経つと光の量子となって消えてゆくからだった。
『天使は高位生命体です。現界するにあたり、核を作り出し、その核を中心に魔力で肉体を形成します。核が機能しなくなれば、肉体は魔素に還るのです。魔石が本体の不死系魔物とはまた違いますが、似たようなものだと心得なさい』
そう教えてくれたのはラヴァだ。特に語られなかったが、悪魔もきっと同じなのだろう。出会さないことを祈るばかりである。
「邪魔だ!」
「アイマス!剣を振るう時間も惜しいわ!私達に任せて!」
間もなく貴族街というところまで進むと、天使の群勢は夥しい数になっていた。道は踏みならされた土ではなく、大通り同様の石畳になるが、その石畳の上はおろか、上空にも、邸宅にも、びっしりと天使達が留まっている。はっきり言って気持ち悪い。不幸中の幸いなのは、襲いかかってくる天使が多くないことか。どれか一羽?一人?でも声を上げようものなら、付近の天使達は一斉に群がってくるが、そうでなければ、目の前を通過しても反応しなかった。何がトリガーとなるのかは不明のため、恐々としながら駆ける。アイマスに剣を振らせるとロスになるため、走りながら私とクシケンスが魔術を使う。あるいは、アーサーさんが捕食したり、由香里の蔓人間を囮にしたり。とにかくソティを探して走った。
「いた!」
ついにMAP上でソティを発見した。MAPの一面にこびりついた、赤い染みがパラパラと剥げてゆくのを認めたのだ。赤い染みの下には、大きな友性反応もある。これはソティに違いない。
「よし!急ぐぞ!」
発見の報告に、アイマスの声に喜色が混じり、私達の足も心持ち早まる。よく持ち堪えてくれたものである。すっかりと安堵し、気が付けば頬が緩んでいた。
(良かった…)
《本当ですよ…まったく…》
さて、アンラの貴族街は王都の東に位置し、北貴族街と南貴族街に分かれる。王都の正門である西門から、王宮や大神殿のある東端まで真っ直ぐに伸びる大通りに両断される形で分けられる。市民街やその他の区画とを区切るように聳える壁は、かつては貴族達と市民達の対立の痕跡だ。私達は丁度、その壁に沿って南貴族街を北に走っていた。そうしなくては、四方八方を天使に囲まれる恐れがあるからだ。
「この先!大通りの向こう!」
苔のようにびっしりと天使の蠢く大通りの向こう側には大きな屋敷があり、その先に青い反応はある。ソティはもうすぐそこだ。
けれど、屋敷の向こうを指し示した瞬間、大通りが黒い波に呑まれた。
「はっ?」
「え?」
波に見えたそれは、まるで魑魅魍魎を思わせる小鬼の群れだった。影さながらの黒い肌に、真っ赤に輝く瞳は、遠目からでもはっきりと分かり、身体の節々から黒い靄を上げるその姿は、小学校の行事で見せられた、地獄を描いた絵の中に登場する餓鬼のように感じられた。
「今度はなんだっ!?」
「は、反応は赤っ!」
驚き足を止める。慌ててMAPを窺うも、魑魅魍魎の波に呑まれソティの反応が見えなくなれば、なんなんだよもう—と、怒りに眉を寄せた。ソティの単独行動もそうだが、次から次に状況が目まぐるしく変わり、あまりにも思い通りにならないせいで、私のストレスはピークに達している。泣き言など言わないが、やる方ない思いに泣きそうになっていた。
「あわわ…あ、ああ、あれ…なんなんですか!?」
「もう、天使の次は鬼?…勘弁してほしいわね」
黒い雪崩は天使の津波を呑み込み、たちまちのうちに押し流してゆく。石畳の上はおろか、家屋も、空にいる天使達とて、家屋の側を飛んでいた者は、羽を毟られ地の底へと引きずり込まれていた。
「…み、味方…なのか?」
「…ど、どうなの…でしょう?」
アイマスとクシケンスの二人は、チラチラとこちらを見てくるが、知る由などない。ムスッと膨れ、視線は無視した。こっちが教えてほしいくらいだった。
『ウオオオオオ』
不明瞭な雄叫びを上げながら、通りを行く小鬼達は更に増え続ける。彼らがこちらに見向きもしないのは、私達が選んだ壁沿いの道には天使達が少なかったからだろうか。
「…おい、こっち見てるぞ?」
「…見てるね」
だがしかし、ついに小鬼達の一部が足を止めたかと思えば、こちらに視線を向けてきた。私達は固唾を呑んで小鬼達を見つめる。天使だけでも厄介なのに、小鬼の相手までしていられない。
「ねえ、あれ…私達を狙っていると思う?」
「どどど…どう、でしょう?」
由香里やクシケンスの言う通り、小鬼の視線は、いまいち焦点が合っていないように見受けられた。私達を見ているのか、その後ろの天使達を見ているのかは杳として知れない。それでも、一体が路地へ入ってくると、その背後にはゾロゾロと無数に続く。ひっ—と、私達は全員が驚き身を硬らせた。
“いやいや平気だよ。あれはゴローの魔法。百鬼夜行って言うの”
—と、ここでネタバラシをしてきたのはアーサーさんだ。その言葉に嘘はなく、小鬼達は私らの横をすり抜けると、背後の天使達に躍りかかっていった。そのすぐ後には、ボリボリと何かを噛み砕く音がそこかしこから聞こえてくれば、即座に目を逸らし、誰ともなく歩き出す。絶対に見ない—という硬い意思は、皆一緒だろう。
“対象を絞れる広範囲の殲滅魔法だから、王都民は無視して天使だけを狙い撃ちできるんだ。ね?言ったでしょ。大丈夫だって”
青い顔で口を引き結ぶ私達の中にあって、ただ一人?黒いスライムだけは嬉しそうにプルプルと震えている。さっさとそれを教えろ—と、渋い顔を作った。やたらと意地が悪く感じてしまうのは、私の心が汚れているからなのだろうか。
「と、ともかく、ソティと合流するぞ」
「あ、ごめん。そうだね…えっと…」
アイマスの言に我に返り、急ぎソティの反応を探る。けれども、先ほどと同様、百鬼夜行の赤い雪崩に巻き込まれ、ソティの反応は完全に見えなくなっていた。
「…ごめん。MAPが真っ赤で、全然分からない…」
「…まあ、この状況じゃ仕方ないか。通りの向こうなんだろ?ここからは目視で探す」
ゴローの魔法である百鬼夜行がMAP上を埋め尽くし、今や王都アンラは一面が赤く染め上げられている。これでは、敵も味方も分かったものではない。
アイマスに詫びれば、気にするな—と、手を振りながらアイマスは歩き出す。咀嚼音のなる方には視線を向けないようにして、アイマスの後を追った。
「こんな魔法があるならば、真っ先に使えばいいのに…」
歩きながらも愚痴るのは、先頭を歩くアイマスだ。苦笑いしか出なかったが、それは違う—と、否定の声が背後より聞こえた。
「人間相手には使えないので御座いましょう。思うに、狙う種類、狙わない種類の判別程度で、細やかな条件付けができないのでは?王都民が食い荒らされたら、たまったものではないので御座います」
「…そっか。そうかもな」
確かに—と頷きながら、声の主へと肩越しに視線を向ける。そこにいたのは、ソティだった。あまりにも自然に会話に混じってきたため、すぐにソティだとは気付かなかったほどだ。うえぇっ!?—と、目を丸くした。
「ソティ!?」
「皆、全然付いてこないので、寂しかったので御座います」
よよよ—と、わざとらしく嘘泣きして見せた後、何事もなかったかのように自然な笑みを浮かべるソティ。私達は全員、脱力して肩が落ちた。
「先行し過ぎよソティ。焦ったわ」
「そうだぞ。流石にあれはないだろう。天使の群れに単身で突っ込むとか、自殺願望でもあるのかと疑ったぞ」
咎める由香里とアイマスだったが、当のソティは首を傾げている。何を言ってるんだこいつらは?—とでも言いたげな表情に、皆がソティの言い分を待った。
「…アーサーさんがいて、何をそんなに尻込みするので御座いますか?」
「…」
「…」
「…」
「…はは、は…」
『一本取られましたね』
これには何も言えず、私だけでなく、由香里もアイマスも言葉を失う。クシケンスとラヴァが辛うじて声を発したのみだ。ソティはちゃんとアーサーさんのことを忘れていなかったらしい。本当にごめん、アーサーさん。
“ソティは優しいね。皆酷いんだ。僕のことを忘れててさ、ソティが突っ込んでった—って、大騒ぎだよ。アイマスなんて死を覚悟したかのように格好つけてさ〜”
「もう忘れた!行くぞ!」
ピョンとソティの肩へ飛び移ると、アーサーさんの報告は止まらない。それを見てニヤニヤと端麗な顔を歪ませるソティに、アイマスは耳まで真っ赤になると、さっさと先へと進んでしまった。
「うん…思い出すと、恥ずかしいね」
「忘れましょう…」
「そ、そうですね」
「何を忘れるので御座いますか?」
アイマスだけではなく、あの時の私達は皆が皆、真剣な面持ちで進退を決めあぐねていたのだ。アーサーさんの存在を忘れて。アーサーさんからしてみれば、さぞや滑稽に映ったことだろう。なお、傷口に全力で塩を塗りたくってくる暗黒修道士は、皆で無視した。
「あ、百鬼夜行が退いてゆく…」
「逆再生を見てるみたい…」
それまでは、どこまでも進撃を続けるかのように思われた小鬼の群れだったが、ピタリと動きを止めた後には、DVDの逆再生かのように退いてゆく。MAP上から百鬼夜行と思わしき赤い絨毯は消え去り、地上には天使の一匹すら残ってはいなかった。
(上空にはまだいるけど…)
《降りてきそうもないですね。無視していいでしょう》
それこそ、空を見れば、そこかしこに天使の姿はあるものの、旋回するのみで襲ってきそうにもない。ラヴァの言に従い、無視してもいいだろうと思われた。
「で、状況は変わったのか?」
「あ、うん…ちょい待ち」
肩越しにアイマスから尋ねられ、MAPを注視する。天使らが現れる前と比較して、王都民らを示す赤い点は少なくなっているように見受けられた。次々に捕獲され、王都街へと運び出されているのだろう。味方を示す青い点は、王都の中央を横断する組は中央広場まで進出してきており、北部を迂回するファーレンらと思わしき一団は、すぐそこまで来ていた。ビュンビュンと凄まじいスピードで通りの向こうを駆け回っている比較的大きな青は、ファーレンその人に違いなく、先程ソティの反応と思い込んだのはこれであったのかもしれない。
「…何が起きたのかは知らないけど、だいぶ盛り返してる。中央組は噴水広場まで。北上組はすぐそこまで来てるよ」
途中、危なっかしく思ったこともあったが、当初の想定よりも随分と上手く運んでいるらしい。報告する私の声にも喜色が混じっていた。アイマスらも安堵の表情を浮かべている。
「…フラミールの破呪が成功したのかしらね…」
「してもらわなくては困るので御座います」
「ふふ。きっと…上手く、いってます…よ…」
「なら、もう一踏ん張りだな」
褌を締め直し、皆で視線を交わし頷き合う。大通りの向こうはファーレンらに任せて、私達は南貴族街から王宮方面へ向かうことにした。
「ストップ!何か来る!」
ところが、走り出して間もなく、MAPの中に五つの敵性反応が映り込んだ。それらは邸宅の隙間を縫いながら、真っ直ぐに私達の元へと向かってくるではないか。
「反応は!?」
「赤!敵影!」
即座に魔力の矢を番えて弓を構える。アイマスと由香里の二人が前に出れば、ソティもゆっくりと歩き出す。少数で迎え撃ってきたということは、考えるまでもなく精鋭だろう。ゴクリと喉が鳴る。
『…やれやれ。よりによって…』
「…なんてこった…」
やがて、邸宅の影から姿を見せたのは、見たことある四人組だった。格闘家と思わしき小柄な女性と、革鎧ながら騎士を思わせる白塗りの装備で全身を固めた女性。その後ろに佇むのは、術師であることが一目で分かる、深緑のローブに頭部まで身を包んだ女性と、位の高さを示す厳かなスカプラリオを身に纏った女性だ。全員が虚な目をしているが、即座に、かつて見た豊かな表情を思い浮かべることができた。
「…白の秘跡…」
「…これは…やり辛いので御座います…」
一昨年の夏、冒険者達を震撼させた蟻の巣事件。その中において、共に戦った冒険者達だ。白の秘跡という全員が修道士のAランクパーティであり、ソティ同様、教会や孤児院の運営資金の足しにするべく、冒険者として活動している逞しい四人組だ。
(…四人?…あれ?)
そこでふと、私は違和感を覚え、MAPに意識を向ける。MAP上での反応は五つあり、目の前に佇む四人の他、もう一つの反応は、今なお移動を続けていた。まるで壁を貫通するかのように移動しているのは、空を飛んでいるためか、あるいは地中にでもいるのか。視線を向けれど、そこには何も見えない。
『スヴィトーイです真!』
「!?…しまった!」
ラヴァの言葉で思い出した。白の秘跡は四人の修道士に加えて、光の高位精霊がいたことを。法術師のセイクリッド、モンクのヘイリー、パラディンのヘイロー、付与術師のサーキット、そして光の精霊スヴィトーイ。この五人が白の秘跡の全容だ。
「スヴィトーイが姿を晦ましてる!おそらく、光の魔術!」
「どこ!?方角だけでも示して!」
私が声を荒げれば、それに由香里が返してきた。赤の示す方向へ向けて、慌てて魔力の矢を射るも、矢が上空で四散するよりも早く、屋根の上に魔法陣が出現する。光属性を意味する魔法陣であることは理解できたが、制御文字を読み解くよりも先に、辺り一面が目を開くこともままならない程の光束で覆われた。
「きゃっ!?」
『うっ!』
可愛らしい悲鳴は、由香里のものだろうか。ヤバい—と、状況の悪さを理解して粟立つ。MAPでは四人が動き出している。私達へと向けて、一直線に突っ込んできていたのだ。
(ヤバいヤバいヤバい!)
どうする!?どうする!?—と、焦りのあまり思考が纏まらない。あまりの眩しさに目を開けることすらできない状況では、白の秘跡の攻撃を遮ることが難しい。口頭で指示しようにも、四人の動きを全て正確に伝えることなどできるはずもない。その四人は眩しさなど意に介してすらいないらしく、正確にアイマスへ向けて進路をとっていた。
「アイマス!狙われてる!」
「くっ!」
私が口にできたのはそこまでで、既に敵影はアイマスの目前まで迫ってきている。それ以上は声にならなかった。
「アイマス!蔓人間でガードするわ!下がって!」
「どっちだ!?」
由香里が蔓人間を展開するも、目を開けることもできないほどの白に塗り潰され、アイマスはどっちへ向かえば良いのか分からないのだろう。由香里もまた、アイマスがどこにいるのか分かっていない。耳を頼りに—なんて話を聞いたりするが、そんな離れ技をぶっつけ本番でやるのは不可能なのだから。
「由香里!…北!北東!2時の方角!」
「どっちが北!?」
助け舟を出そうとしても、MAPで鳥瞰できる私にしか方角はわからない。くそ—と歯噛みした。
(フラミールといい、白の秘跡といい、搦手が得意な奴らはやり辛いなぁ!)
《ちょっ!?真!?》
内心で毒づきながら、アイマス目掛けて駆ける。白の秘跡で先頭を走る二人は、言うまでもなくヘイリーにヘイローだろう。問題なのは刃物を持つヘイローだ。ヘイリーの打撃は、最悪、喰らってもいい。いや、良くはないが、全力で身体強化を施せば何とか耐えられるはずだ。けれど、刃物は流石に耐えられない。
(アイマスを狙うつもりなら、首から上しかない!)
《おおお、落ち着きなさい!》
アイマスは全身を鎧に覆われているが、その下にはチェーンメイルも着込んでいる。これはアイマスのみならず、この世界で鎧を纏う者達の常識だ。そうなると、不意打ちで身体を狙っても仕損じる可能性が高まり、反撃のリスクも増す。ならば、狙うのは首から上だろう。おそらくは、剣による刺突で、面ぽおごと、あるいは面ぽおの隙間からアイマスの顔面を貫くつもりに違いない。そうでなければ、反則級の鎧と身体強化で、アイマスならばいくらでも耐えられる。
「アイマス!首から上を守って!」
「う!?あ、ああ!」
私の言が含むところを理解してもらえたらしい。けれど、それだけでは弱い。確実性を高めるため、やはり私も前に出るべきだ。ことここに及んでは、躊躇することもなかった。しくじれば死ぬのだという恐怖も、この場で動けるのは私だけ—という万能感に塗り潰されていた。
—ガラン—
しかし、アイマスの元へと辿り着く前に、何かが石畳を転がる音を拾う。そのすぐ後には、白の秘跡が下がった。何が起きたのか分からずにMAPを注視すれば、大きな赤い丸がアイマスの前へ悠々と移動してくるのを認める。アーサーさんだ。
(よ、よかったぁ…)
己がやろうとしていたことの無謀さを思い返して、どっと汗をかく。どうやら、アーサーさんが白の秘跡を牽制してくれたらしい。ヘイローの剣を弾いたりしたのだろう。
(肝を冷やしたよ…)
《…私は貴女の行動力に肝を冷やしましたよ…》
喫緊の危機が遠のいたことに安堵するも、状況は良くはない。光属性に対する耐性を持つとはいえど、大きく闇属性に傾いたアーサーさんにとって、単なる目眩しの光線であっても、これほどの光量があれば煮湯を浴びるかのような激痛に苛まれるはずである。実際、こちらを安心させるべく念話の一つも飛んできそうなものだが、いつまで待てども脳裏に声は響いてこない。そればかりか、触手を伸ばしてスヴィトーイを捕らえる訳でもなければ、やはり余裕はないのだろう。
(何とかしなきゃ…)
今、この状況でモスクルらに援護を求めたとしても、良い結果はもたらさないことは想像に難しくない。最低でも降り注ぐ光だけは、己らで何とかしなくてはならなかった。
(ラヴァ…何か手はない?)
《…待ちなさい…》
今、ここにいる者達の中で、敵の位置を知っているのは己のみ。けれど、攻撃魔術に特化した私には、この状況を打開し得る術がない。白の秘跡の生死を問わなければ、どうとでもなるのだろうが、それはもちろん却下だ。
(早く!アーサーさんだって長くは保たないんだよ!?)
やがて、白の秘跡は再び動き出し、アーサーさんもまた迎撃を開始する。しかし、常日頃ならば人間など瞬時に捕らえて無力化するアーサーさんも、この光の中では、四人の連携を凌ぐので精一杯らしい。MAP上では、何とか押し留めてはいるものの、ハラハラする攻防を繰り広げていた。
(デバフ…ダメだ。対象が絞れない。アーサーさんに当たったら大変だし、向こうには付加術師がいる。即座にデバフなんて解除される…ストーン・ランス…いや、これもダメ。攻撃魔術は…万が一があったら…)
やはり、何度考え直しても、私個人には打てる手がない。焦りだけが募った。ラヴァを急かしても、どうにもならないのだが、早くしろ—と、何度も祈った。
《…一つだけ、手がありましたよ》
(何っ!?早くっ!)
《MAPを全員で共有します》
(…えっ?)
ラヴァの案はこうだ。私達のMAPを、ここにいる全員で共有するのだ。ラヴァはデータを垂れ流すのに加え、皆とのパスの維持に努める。私がやることは、ラヴァから送られてきた符号の変換だ。アイマス、ソティ、クシケンスに由香里。そして、アーサーさんも含めれば5名になる。そこに私も加えれば、私は6人分の変換を同時にこなさなくてはならない。
《…当然、貴女の負荷は計り知れませんよ?やるとなれば、アトリア解放戦の時のように頭痛に襲われることでしょう》
ラヴァの言は脅しのつもりではなく、覚悟を決めろ—と言っているに過ぎないのだろう。しかし、アトリアでのことを思い返すと、脅しにしか聞こえなかった。自然と唇が震え、まじか〜—と、早くも怖気付く。けれど、この状況を打開できるのは私のみだ。スヴィトーイの存在を見落としたのも私の責だ。なら、やるしかない。私が皆を守るのだ。
「…いいよ。やってやる」
『目を瞑り、耳を塞ぎなさい。外界からの情報は全てシャットアウトし、それのみに集中するのです。…行きますよ』
ラヴァの言が終わるや否や、膨大な量の符号が脳内を埋め尽くしてくる。わざわざ外界を遮断するまでもなく、それ以外の一切は頭から抜け落ちた。




