王都奪還戦 その三
市街地は正に戦争さながらの様相を示していた。王都民のみならず、アンラが擁する冒険者に加えて、騎士団までもが出張ってきたからだ。元々向こうの数が多いこともあり、完全武装した戦闘職の面々を前にしては、右から左へ流れるような単純作業ともいかず、捕縛は難儀していた。
「負傷者は即座に下げるのじゃ!踏ん張りどころじゃぞ!」
私の横で忙しなく指示を出し続けるクローディアは、既に喉が枯れているのだろう。声は嗄れ、汗で前髪が額に張り付いている。
「モスクル!北東の支道じゃ!押さえよ!」
「くっ!またか!行ってくる!」
チラリとクローディアの手元へ視線を向ければ、水晶玉には狭い路地が映り込んでいる。メットーラ兵が必死に応戦しているものの、数の暴力を前にしては疲弊が著しく、動きは既に精彩を欠いていた。このまま続ければ、突破されるのは時間の問題であろう。
「ねぇ〜、クローディア〜」
モスクルを向かわせたことは正解だ。彼の魔法は有用であり、メットーラ兵のみならず、誰一人として死傷者を出していないのは、偏に彼の活躍によるところが大きい—などと考えながら甘えた声を出す。ところが、クローディアはこれを無視してきた。
「クローディアってば〜」
ここまで、大きな問題はない。けれど、それが問題と言えば問題だ。出番のない私は退屈なのだ。無視するならばそれもいいだろう。構ってもらえるまで騒ぎ続ける所存である。長期戦は望むところだ。
「クローディア〜、クローディア〜」
「うるっさいわい!少しは空気よめ!いくつじゃお主!?」
目を見開いて怒鳴るクローディアに、まあまあ〜—と擦り寄る。1000年ぶりの再会だというのに、抱きしめあって一度泣いた後は、まるで昔を思い出させる素っ気なさである。そんなことが許せるだろうか。私がこのくらいの時分は、とても甘えん坊だった。それがどうして、同じ魂を分かつ身でありながら、これほどまでに性格が違うのか。甚だ疑問である。
「退屈なんだよね〜」
「仕方ないじゃろ。お主は対フラミールの切り札じゃ。あれは、お主かわしにしか抑えられんのじゃろ?大人しく出番を待つのじゃ」
クローディアは私を一顧したのみで、素気無く仕事に戻る。次いで水晶玉に映し出された光景では、ファーレンが無双していた。
「…はぁ〜。でもさ〜、本当にいるの〜?フラミールなんて〜」
「…知らん。モスクルに聞け」
かねて感じていた疑問を問いかけてみれば、水晶玉の映像を慌ただしく切り替えながら、クローディアは言葉短く切り捨ててくる。更に何か問いかけてみようかと考えていたが、モスクルの向かった裏路地が映し出されれば、クローディアの手がピタリと止まった。もう形成は逆転しているようだ。
「早いの…」
「だね〜。優秀〜」
路地裏では、見えない壁によって敵味方が見事に分断されている。本当に便利な魔法である。メットーラ兵らがモスクルに礼を言い、モスクルもまたメットーラ兵に感謝を伝えているところらしい。もはやこの支道が制圧されるのも時間の問題だろう。
(もうすぐかね〜)
このまま進軍が進めば、遠からず私の出番がやってくるに違いない。もう少しクローディアに甘えていたかったが、そろそろ本気で怒り出しそうな気配もある。嫌われるのは望むところではない。意識を切り替えることにした。
(幻惑のフラミールかぁ〜)
十天の一人、幻惑のフラミール。日頃、何処で何をしているのか知れない彼女は、魔眼使いの魔術師だ。その魔眼の効果は、目を合わせた者を幻覚に惑わせ、一定の条件を満たせれば、意のままに操ることもできる—という物騒極まりないものだ。話だけ聞けば、凄まじい魔眼である。間違っても敵対したくはない相手だ。けれども、私は知っている。魔眼に比重を置く彼女は、相性の悪い魔眼を持つ者に対しては滅法弱かったりする。それがこの私、アシュレイである。
(とはいえ〜、同じことがクローディアにもできるはずなんだけどね〜)
私とクローディアは、ホムンクルスに同じ魂を分け与えた、言わば同一人物だ。成長度合いによる差はあれど、魔眼の効果は変わらない。私に抑えられるなら、クローディアにも同じことができるのである。それに、今は私などより彼女の方が高レベルであり、どちらかと言えば、クローディアを向かわせた方が手っ取り早く片が付くと思われた。
「クローディアが行けばいいじゃんか〜。私とクローディアは〜、同じ魔眼なんだし〜」
「…わしはフラミールという者を知らぬ。手の内を知るお主が適任じゃ」
なおも水晶玉の映像を切り替えながら、素気無く応じるクローディア。けれど、一瞬、彼女の視線が泳いだのを私は見逃さなかった。どうやら、未だにあのことを気にしているらしい。となれば、今の彼女はまだ魔眼が十全には使えないのだろう。思わず嘆息した。
(まだ引きずってんのか〜)
気の長い話である。私達が王都を火の海に変えたのは、千年も前のことだ。確かに、あの光景は忘れられない。罪の意識が消えることもない。当時、ナイセイルに住う者達にとって、私達は正しく魔女と呼ばれるほどの悪人だったことだろう。だがしかし、今日に至ってもそれを引きずっているのはどうなのかと思う。生まれ変われ—などと言う気もないが、ある程度の線引きは必要だと思うのだ。当時の私達だって、覚悟をもって戦っていたのだから。
「…アシュレイよ…」
呼びかけられて我に返る。何かあったのかと思えば、水晶玉に触れる小さな手は、ピタリと止まっている。映し出されていたのは、まさかのアエテルヌムだった。
「あのバカども〜…」
何もない、誰もいない場所で、しきりに剣を振り回すアイマス。マコトらはアーサーさんに覆われており、何やらしきりに考え込んでいるように見えた。一見して、何が何やら分からない光景は、幻覚に惑わされている証左に他ならない。フラミールの仕業と違うのか?—と、渋い顔で私を見つめてくるクローディアには、何も言い返せなかった。
「出会したら〜、直ちに狼煙を上げろと言ったのに〜」
フラミールは搦め手を使わせたら、右に並ぶ者はいないほどの達人だ。いかに火力に優れようと、猪武者のアエテルヌムでは手のひらの上で転がされて終わりである。けれども、移動速度も早く突破力もあるアエテルヌムが索敵には最も適していたのも事実。だからこそ、フラミールやブルーツと出会ったら、即座に狼煙を上げるよう厳命していたのだ。相手にしないよう何度も念を押していたのだ。それがどうして、こんなことになっているのか。頭の痛くなる光景だった。
「十天…のぅ…」
急いで準備をする私の隣では、クローディアが訝しむかのような声を上げている。本当にそこまで警戒するものなのか?—と、疑問に感じているのだろう。これは面白くない。私は長杖を拾い上げ準備を済ませると、クローディアの額を突いた。
「強いんだよ、マジで〜。アエテルヌム程度じゃ話にならないの〜。て訳で行ってくる〜」
「うむ、気を付けてな。…クルス、アシュレイを頼む」
クローディアの要請にクルスが頷き、私と共に駆け出す。クルスならば馬鹿共とは違い、私の指示を無視することもないだろう。同行には異を唱えなかった。
(はぁ〜、十天ともあろう者が〜、何やってんだか〜)
鐘塔から屋根へと飛び移り、アエテルヌムのいるであろう農業区を目指す。どうやって料理してやろうか?—と、面倒事を引き起こしてくれた同僚、言うことを聞かない馬鹿共に苛立ちを募らせた。
(フラミールの周囲には人は少ないから〜、正面から行っても問題ないかな〜)
フラミールは集団を引っ掻き回す術に長けているばかりか、敵集団であっても己の駒として扱うことができる。やりあうならば、一対一が理想だ。いや、それ以外にはあり得ないだろう。引き連れる人数が増えれば増えるほど、幻覚が齎す同士討ちや、洗脳による仲間割れのリスクが高まり、危険度は青天井に増え続けるのだから。フラミール本人の攻撃能力は高くないが、攻撃力全振りのアエテルヌムが操られたとした場合、私ではもはやどうにもならない。そうなったら、クルスにも出番があることだろう。
(けど〜、あいつらが当たったのが〜、ブルーツでなくて良かったのかな〜?)
搦め手でじっくりと獲物を弱らせるフラミールに対して、ブルーツは単純に強い。政治的な問題から女神教徒とは呼べないものの、表向きの彼女は女神教の法術を修めた法術師だ。とは言っても、傷を癒す神聖法術は使えず、浄化法術を得手としている変わり種である。そして、その本質は、同じ十天である剛剣や迅雷を超える圧倒的な腕力と、瞬間移動としか思えない闘技、疾風迅雷に電光石火を駆使するゴリゴリの前衛だったりする。
(ブルーツだったら〜、構える前に首が飛ぶだろうしな〜。反応できるのは、ソティくらい?)
そのソティとて反応できたにせよ、ブルーツの豪腕により、なす術なく圧殺されるに違いない。それを思えば、やはりフラミールであったことは幸運なのだろう。ブルーツが出た場合、モスクルの不可視の壁を活用しなくては、勝つ手立てがないのだから。
(おっ?)
前方に狼煙が上がっているのを認めた。方角はアエテルヌムらがいるであろう農業区地帯。どんな心変わりがあったか知らないが、ようやく合図を出す気になったらしい。
(あ〜、今更か〜。何かあったかな〜、こりゃ〜?)
けれど、今更狼煙が上がるのはどうしたことだろうか—と、不安を覚えたりする。力の差を理解して逃げに徹することにしただけならば良いが、そうでなかったとしたらどうだろう。例えば、仲間の誰かが洗脳されてしまい、手に負えなくなった。あるいは、アーサーさんがフラミールを排除すべく動き出したのだとしたら。
「アーサーさんがいる以上、問題はないでありますよ」
「…そのアーサーさんが動き出すのが〜、一番怖いんけどね〜」
黙する私の姿を見て、アエテルヌムの身を案じていると思われたらしく、クルスが気遣ってくれた。それもあながち間違いではないのだが、何を危惧しているかと問われれば、アーサーさんが動き出した時のことだろう。
(グリムだって〜、あの場にいたのがアーサーさん一匹だけだったら、倒せたんじゃね〜?)
グリムに襲われていた時、後方から見ていて確信した。あれはスライムの皮を被った化け物だ。悪鬼羅刹の類だ。むしろ、口に出したりはしなかったが、私個人としてはグリムよりもアーサーさんを恐ろしく感じていたほどである。私達を守ることに注力していたため大した活躍はなかったが、あの場にいたのが彼一人であったならば、グリムは逃げ果せることすらかなわなかったに違いない。
「…む?アーサーさんが?…何故でありますか?」
けれど、私の不安をクルスは分かってくれない。何処に問題が?—とばかりに不満げな顔を見せる。彼女は強者にしてはまともな感覚を持つ側の人間だが、まだまだ勉強が足りないらしい。
「私達はさ〜、あんた達みたく〜、レベル100を超えてないの〜。皆〜、100を超えて強くなることなんてできない中〜、それでも〜、手を尽くして強大な敵を倒し続けてきた訳〜。十天てのは〜、言わば〜、その極地なんだよ〜」
「…なるほど…抵抗する術があり、悪戯に被害が拡大する—と」
早くも言わんとしていることを察してくれたクルス。普段、アイマスとの会話で脱力することが多かったせいか、この理解力には満足した。けれど、最後まで説明できないのも、語り手としてはもどかしい。せっかくなので、最後まで言い切っておくことにする。
「そ〜ゆ〜こと〜。アーサーさんが負けるとは思わないけど〜、フラミールもかなりしぶとく抵抗するはず〜。だからこそ〜、被害が増える〜」
アーサーさんは確かに化け物だ。最終的には、どうやっても下すことはかなわない。しかし、十天とて、条件さえ揃えば化けるのだ。これまで、そうやって格上の魔物達を退けてきた私達には、己のスタイルに見合った必勝パターンが存在する。そこに持ち込まれれば、勝負は長引くに違いなく、余波で被害が拡大してはたまったものではない。そうなっていないことを祈るのみだった。
「ふむ。承知—これは…」
「…あちゃあ〜」
ピョンと屋根を一つ飛び越えて、ようやく地平線上にアエテルヌムらが捉えられるようになると、状況の悪さに渋い顔を作る。フラミールの傍にはアイマスとソティがいたのだ。
「バカ二人が操られてる〜。急ぐよ〜」
「承知であります!」
アイマスとソティは、まさにマコトらへ迫らんとしているところだった。ゆっくりと動きはじめたアイマスへ向けて、ユカリが蔓人間を消しかけて注意を引く。
(上手い!)
褒めたのも束の間、ユカリがアイマスの気を引いた間隙を突いて、ソティがマコトめがけて切りかかった。かなり慌てたが、電光石火の攻めもアーサーさんには通じない。こともなげに確保されていた。流石は悪鬼羅刹。背中にかいた冷や汗は、ソティへの貸しにしておくことにしよう。
その後には、遠慮がちにマコトがソティを叩き、ソティは解放された。
「お?ソティが正気に戻ったみたいだよ〜」
声を上げるも、クルスからの返答はない。訝しんで肩越しに一瞥すれば、クルスは器用にも走りながら銃を構えている。彼女が顕在化させているのは、確かアサルトライフルと呼ばれるものだ。この数日で試しに何度か撃たせてもらったが、反動が凄まじく、私では満足に的に当てることもできなかった代物である。彼女の中ではそれでも扱い易い部類だそうだが、さすがにこの距離での射撃は分が悪いらしく、眉を寄せて舌打ちしていた。
「ダメそ〜?」
「遠いでありますな。もう少し近ければ、スナイパーライフルならばいけるでありますが」
ふぅん—と適当に返しつつ、内心では驚愕していた。スナイパーライフルというのは、反動が凄いからという理由で、扱わせてもらえなかった銃器であったはずだ。警戒されているのか、実物は拝ませてもらえなかったが、それならば、もう少し近ければ当てられるらしい。
(マジか〜。一方的に攻撃できんじゃ〜ん)
彼女の価値を考えると、溜め息しか出ない。気付いている人間がどれほどいるか知らないが、彼女が真に恐ろしいのは、兵器を作り出す魔法ではない。その兵器の知識そのものである。手で触れてみて確信した。あれは神の叡智ではない。紛れもなく人の技術の産物だ。その構造の緻密さや精度はおろか、素材も判然としないものの、まず間違いなく人の手で生み出せる代物である。つまり、その気になれば、クルスの武装は量産できる可能性がある。
(そこに気付いている人間も〜、一体〜、何人いるだろうね〜)
いや、もしかすると、それはもはや可能性ではなく、実現しているのかもしれない。ここ最近、メットーラの羽振りがいい—と、初めて聞いた時のことを思い出す。メットーラ領は開発にも厳しく、魔物が極めて強いため、外部からの出入りも少ない閉じられた土地だ。そのため、全てを領内で完結させるしかなく、冒険者以外の職は育ち難い場所だ。その冒険者にしても、たまに大物を仕留めて金子に様子ができた—なんて話は耳にすることがあっても、羽振りがいいとまで言われることなどない。税金が馬鹿みたいに重いメキラでは、泡銭など即座に消し飛ぶからだ。当然、噂は信じてなどいなかった。そんな馬鹿なと鼻で笑いながら、それでも念のため、部下に探らせることはしておいた。
結果、それが功を奏した。部下から齎された報告は、様変わりしたメットーラの現状だ。まるで大国の首都と見間違うばかりの大きな城塞都市を築き、近くの農村から全ての領民を引っ張ってきたメットーラ。それだけでも驚きなのに、それらはたった1年で成されたと言うではないか。新たに増設された都市内は見たこともないほどに整備され、美しく機能的であるばかりか、食文化や職能教育の発展に留まらず、全ての子供達に学校での教育を義務化する動きも出てきているとも。そんな報告を聞いた時は耳を疑ったものだ。中央の貴族共が騒ぐのも無理ない変貌ぶりである。
今回私がアエテルヌムと合流したのは、実のところアトリアが本命ではなく、冒険者の活動に託けて、メットーラの調査をするためだった。アトリアからここまで大事に発展するとはさすがに考えておらず、早々に解決させて年を越したら、皆でメットーラにでも行ってみよう—と、噂を逆手に取って切り出すつもりだったのだ。マコトなんかは訝しみ否定的なことを言うだろうが、アイマスは好奇心に負けて、あっさり陥落するだろうという目論見であった。結果的に小細工を弄せずともメットーラをこの目で見られたし、クローディアというかつての仲間とも再開できたことは僥倖であったが、それが故に不安が募る。こんなことをしていて良いのか?—と、言いようのない焦燥に駆られるのだ。今、この瞬間にも、メルアルドの魔の手はメットーラへ迫っているかもしれないのだから。万が一、これらがメルアルド側に知られたらどうなるだろう。決まってる。奴らは是が非でも接収しようとするだろう。メットーラ兵は極めて優秀であるが、今のメルアルドはそれ以上に得体の知れない者共が潜んでいるように思う。そう、まるでエクーニゲルのような—
「アシュレイ様」
「おっとごめん〜。ちょっと考え込んでた〜」
クルスに呼びかけられて正気に戻る。少しばかり上の空が目立ったのだろう。注意せねばなるまい。
(クルスからの苦言は〜、警告である可能性もあるしね〜)
私はメットーラの城門で、自身の身分を明かした。少なくともメットーラに1年いたならば、メキラ王国における魔術師、法衣貴族の酷い話は嫌でも耳にしたはずだ。私は今回の件を、クローディアからの試金石だと踏んでいる。手を組むに値する相手かを見定めているのだ。クルスを付けられたのは、私の補助というよりは、私の監視のために違いない。あるいは考え過ぎで、私に万が一がないようにと付けてくれただけの可能性もある。けれど、その場合にしても、クルスの手を煩わせるということは、共に戦う仲間から、庇護対象への格下げを意味する。そんなのは御免だ。
(まずは有用性を示して、その後には、立ち位置を明確にして、ゆっくりとクローディアからの信頼を取り戻さなきゃね〜)
共に戦える力を持つことを示すのは当然として、彼女を裏切るつもりも敵対するつもりもない。共に戦った仲間であることも理由の一つだが、メットーラとは協力体制を築いてメルアルドの事態に対処することが、より早期な解決に向けては正解である気がしたからだ。そうなると、アトリア、アンラに続き、またしてもクローディアらの手を借りなくてはならなくなるが、話した感じ、彼女もまたアイマスと同じでチョロい。きっと、頼み込めばどうとでもなるだろう。それに、メットーラとしても、メルアルドを放っておくつもりはないらしい。皮算用だが、渡りに船とばかりに、協力してくれる可能性は少なくない。むしろ、問題になるのは、メルアルドの状況が正しく掴めていないことだろう。
(こりゃ〜、多少は危ない橋を渡らなきゃならんかな〜)
これまでは日和見とまでは言わないまでも、表立って馬鹿共の動きを締め付けるような真似はしてこなかった。目を付けられるのは避けたかったからだ。けれど、メットーラの手を借りてメルアルドを攻略するとした場合、メットーラにだけ危険な真似をさせる訳にはゆかない。内部に潜り込んでいる以上、多少の情報は渡せるようにしておきたい。そうでなくてはフェアじゃないからだ。
(この件が片付いたら〜、一旦、メルアルドに戻るか〜。はぁ〜、嫌だ嫌だ〜)
ようやく腹が決まると、頭の中は実にスッキリしていた。意識を前方へ戻せば、ソティはアイマスめがけて躍り掛かっているではないか。それだけ切り取って見てみれば、とても正気には思えないはずなのだが、何故か彼女らのこととなると、あれで正常だと分かるからおかしい。思うに、ソティはすでに正気を取り戻しており、アイマスも正気に戻すべく殴りかかっているのだろう。なまじ美女であるだけに、絵面が酷い。噴飯ものだった。
「うっ!?」
だがしかし、和かな空気はそこまでだった。悪寒を覚えて、ビタリと足が止まる。周囲の魔力がある一点を目指して、一気に引き寄せられていったかと思えば、濃厚な闇属性の魔素となって返ってきたのだ。考えるまでもなく、アーサーさんの仕業に違いない。一歩遅かった。危惧していた事態が現実になってしまったらしい。
(あ〜くそ〜、マジ勘弁〜)
私の視力では、未だにアーサーさんを取り巻く魔力の本質を捉えることがかなわない。これでは私の魔眼は機能し得なかった。一体、あの怪物が何をするつもりかは知らないが、被害が増えないことを願うしかない。
「…ふぅ、急ぐよ〜」
「承知であります」
止まっていた足を再び動かす。チラリと視線を向ければ、片膝をついたアイマスが、フルフルと頭を振っているように見える。その傍らには、仁王立ちするソティの姿があった。どうやら、アイマスはソティの猛攻に屈したらしい。ならばすでに正気だろう。
(全員無事だね〜。ふぅ〜、良かったよ〜)
一先ず、アエテルヌムに被害はなかったと判断していいだろう。そう思って安堵したのも束の間、無数の触手が倒れ伏す王都民を拾い上げると、綺麗に並べだした。
(なんだ〜?…アーサーさんかな〜?)
何をしているのか分からず、気が急いた。肩越しにクルスへ尋ねてみようかと思ったところで、巨大な殺意を感じて視線を戻す。どす黒く、明確にそれと分かる魔力反応が現れたのである。アーサーさんが本格的に動き出したのだ。
「ヤバい〜!クルス〜、止めろ〜!」
「無理であります」
身内ならばどうにかできるのでは?—と淡い期待を抱いたのだが、あっさりと断られた。そうなれば、とにかく急ぐ他ない。より一層力強く踏みしめて走る。こんなに真面目に駆けたのはいつ以来だっけ?—と、早くも荒くなる呼吸を恨めしく思った。
「お、おい馬鹿…近寄る、なよ〜」
我に返ったアイマスだったが、アーサーさんから離れるではなく、蹲るマコトめがけて近寄ってゆくではないか。仲間を置いてゆけないという思いからの行動だろうが、見ていて凄く心臓に悪い。あのスライムはその気になれば、アイマスなど一撃で仕留められるということを理解しているのだろうか。とは言え、無事にマコトの首根っこを引っ張って行ったのには賛辞を送りたい。マコトが離れたことにより、ようやくアーサーさんの姿を捉えることができた。
(コラプス!?)
アーサーさんが展開していたのは、反転四方陣の土魔術。大地を腐らせる毒沼の魔術、コラプスだった。理に適っている。何処にフラミールの本体がいるのか分からない以上、辺り一面を纏めて毒で埋め尽くすつもりなのだ。あれならば、フラミールも逃げ延びることはできないに違いなく、一気にケリがつく。アンラの被害を顧みなければ、最適解だろう。
(くそ〜、届かない〜)
けれど、フラミール一人のために王都アンラを潰させるのは採算が合わない。そんなことになれば、情報伝達の早い昨今、この厄災を生き延びた者達を筆頭にして、アーサーさんはもとより、十天もまた各地で吊し上げられることになるだろう。何が最強の十人だ—と。それは困る。困るのだ。何故ならば、私も十天なのだから。この身分は、意外と役に立つのだ。
「間に合え〜!」
反転四方陣に介入しようと魔眼を発動させるも、チリと目が痛んだのみで、失敗に終わった。あまりにも距離が離れすぎていたのだ。こればかりは意地でどうにかなるものでもなく、ひたすらに急ぐ他ない。ちくしょ〜—と、既に限界を訴えている肺に喝を入れ、必死に足を動かす。反転四方陣は七芒星陣へと姿を変えようとしている。コラプスを更に凶悪にしようとしているようだ。絶対にやらせてはならない。
「んお〜?」
「ほう?」
ところが、思わぬ形でアンラの危機は回避された。マコトがアイマスを振り切ると、アーサーさんへ走り寄り、抱きしめたのだ。そこからどう説得したのかは知らないが、アーサーさんの生み出した魔法陣は次第に消えてゆく。これならば間違いも起こらないだろう。ぶはぁ〜—と、安堵の息を吐いた。
「…ふぅ〜、ゲロやば〜」
緊張の糸が途切れたためか、先ほどのような全力の疾走はもはやない。乱れた息を整えるべく、余裕をもって走っていた。そんな私の横へクルスがやってくる。何かと思えば、クルスは訝しむように眉を寄せて遠くを見つめていた。
「…ところで、アエテルヌムの奥に沢山見える魔人族が、フラミールでありますか?」
カチャカチャとセーフティレバーを弄りながら、そんなことを尋ねてくるクルス。クルスには、フラミールが沢山見えているらしい。私に見えているのは二人だけだ。装備品込み込みだが、精神耐性を盛りに盛りまくった私の方が、超高レベルのクルスよりも、精神値は上であるらしい。幻覚が進んでいないのは、高い精神値が齎す幻覚耐性のおかげだからだ。ちょっとだけ気分を良くして応じた。
「そゆこと〜。もうあいつの魔眼圏内だから〜、幻覚はあると思ってて〜。つか〜、沢山見えてる時点で〜、既に幻覚をもらってるよ〜」
「…なるほど…これは厄介でありますな」
厄介だ—などと言いながらも、こともなげに銃を構えたクルスはトリガーを引いた。
—ドォン—
想像以上の大音量に、肩を跳ね上げる。よくよく見れば、クルスの手にした銃はアサルトライフルではなくなっていた。それよりも長く、重そうな形状の銃器だ。面白いのは、撃った後にレバーを引く動作か。そうすると、銃器の横から鈍く光り輝く筒状の物が落下する。
(薬莢…)
私はそれを知っていた。アサルトライフルの物とは違うが、あれは間違いなく薬莢に他ならない。となれば、あの銃はアサルトライフルとは別の銃なのだろう。興味を唆られ、好奇心が頭を擡げる。
「それ何〜?」
「アシュレイ様の気にしていた、スナイパーライフルでありますよ」
思わず尋ねれば、クルスは銃を構えたままで応じる。これがそうか—と、耳鳴りの音を心地よく感じながら破顔した。
—ドォン—
「うお〜!音すげ〜!」
私よりも先行しはじめたクルスは、足を止め、撃ってはまた素早く動き、また足を止めては撃つ。その度にマコトらの顔も向きを変え、弾が通過したであろう場所を教えてくれた。幻覚に囚われていない私には見えないが、クルスの撃った銃弾は、確実にフラミールを貫いているのだろう。おおっ—と、感嘆の声を上げるも、その後には慌ててクルスを止めた。本物のフラミールがあそこにいるかもしれないのだ。もしクルスが本物を撃ち抜きでもすれば、この後の作戦にも支障する。その辺りは理解しており、偽物と分かる者のみを狙っているのだろうが、心臓には悪い。
「私はこれ以上、近付かない方がよいでありますか?」
「そだね〜。馬鹿共は先に行かせる〜。フラミールは〜、私一人で十分〜」
止められたクルスは、銃を構え直しながら尋ねてくる。私は頷きを返したが、これは強がりではない。魔眼に魔眼で対抗する場合、勝負を決めるのは魔眼の相性だ。私の魔眼は性質上、フラミールの魔眼には滅法強いのである。だからこそ、対フラミールの切り札として待機させられていたのだ。
「承知であります。ご武運を」
「あいあいさ〜」
クルスはそこで足を止めると、前方に銃口を向けたままで後退しはじめる。私はクルスに手を振って別れを告げると、アエテルヌム目指して麦畑を駆けた。




