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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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王都奪還戦 その一

 アンラ神聖国の王都であるアンラ。今は水面を揺蕩う木の葉のように、宙空に浮かぶそれを目の前にして、私達は突入の合図を待っていた。


(…手の汗がひかん)

《大丈夫ですよ》


 うん—とラヴァに頷きを返し、改めて周囲を見回す。右を見ても、左を見ても、腕に覚えのありそうな者達だらけだ。ある者は魔術師らしくローブに身を包み、ある者は身の丈はあろうかという大剣を担いでいたりする。これから始まるのだ。アンラをエクーニゲルの手から奪還する戦いが。


(誰も死にませんように)

《…そうですね》


 アンラからは私達アエテルヌム、ノアの鐘に、駆け出し冒険者らと宮廷魔術師団が。メットーラからは、メットーラ領の兵士達に加え、ノアの鐘が選抜した冒険者達が戦列に加わっていた。その中には、当然、再生者(レナトゥス)名無し(ネームレス)も名を連ねている。


(まるで戦争だね)

《ええ…》


 王都を奪還すべく、この場に集った者達の総数は200を超えていた。この世界で言えば、かなり大掛かりな戦闘になる。人の熱か緊迫した空気のせいか、大平原の只中に立ち尽くしていても冬の寒さは全く感じられなかった。


「…いよいよだな」

「…うん」


 私の肩を叩いたのはアイマスだ。彼女はアトリアに引き続き、ネームレスから死霊騎士(デュラハン)の武具一式を借り受けている。まるで磨かれた鏡のように曇りの一つも見えない白銀の鎧は、アイマスの不敵な笑みと相まって、実に頼もしく感じられた。


「マコトは相変わらず怖がりで御座います」


 弓を握りしめる私の背後から顔を出したのは、暗殺家業がお似合いの腹黒修道士ソティだ。相変わらず、いつの間にか人の背後に立っている。今日の彼女は、片手に鉈、片手に釵の変則二刀流だ。この場には来られない、マギステルの思いを汲んだものだろう。


「…ソティが大物過ぎるんだよ。私が普通」

「で、ですね。…これは、流石に…緊張…します」


 ソティの思惑通りに驚かせられ、不貞腐れる私の横では、これでもか—と、薬品を鞄に詰めたクシケンスが震えていた。頼もしいビビリ仲間だ。


「ほら、真、クシケンスも。いい加減に覚悟を決めなさい。もう間もなく、始まるのよ」


 苦笑いする由香里の言に頷いて返し、視線をアンラへと戻す。定期的に波紋を広げながら、上空に浮かぶ黒い球体。それが今の王都アンラの姿だ。変わり果てた第二の故郷を見つめながら、この先に待つであろう戦いに喉を鳴らした。


「あんた達、聞きな!」


 メットーラ側から、メットーラの冒険者ギルドマスターであるロロナと思わしき声が上がった。途端にメットーラ勢は静まり返り、私達アンラの者達もが耳を傾ける。ロロナは小高い丘の上にいた。


「既に知っている者もいると思うけど、王都アンラなくして、今のメットーラはあり得なかった。つまり、メットーラの発展はアンラの協力あってこそ!」

「…へえ、そうなのか」


 ロロナの演説は続いているが、そのいずれもが与り知らぬ話であった。アイマスがとぼけた感想をこぼしたのも無理からぬことだろう。誰か事情を知っている者はあるのだろうか?—と周囲を見回せば、宮廷魔術師達は感涙にむせぶ者達の姿がちらほらと認めらる。ただでさえアンラ勢は数が少ないが、彼ら以外は私達とそう変わらない反応だった。


(宮廷魔術師かあ…貴族様じゃ、話は聞けないなぁ…)

《後で直接ネームレスに尋ねればいいでしょう?》

(…なんでネームレス?)

《間違いなく一枚噛んでいるからですよ》


 ラヴァの言に腕を組んで考え込む。けれど、何かしら閃く前に答えを言われてしまった。


《何の前触れもなく出回り始めた魔石、当たり前のようにそれが用いられたケイタイ、唐突に溢れ出した食料…アンラだけでどうこうできたとは思えません。アビス様ら、超常の存在の介入があったと考えるべきでしょう》

「…なるほど」


 思わず声に出してしまったため、アイマスらが視線を向けてくる。なんでもない—と手振りで示し、ロロナの演説へ意識を戻した。


「これは借りを返す、またとないチャンスだよ!私も前線に出る!死ぬ気でついてきな!」

「「「「「オオオオオオオオオ!!!」」」」」


 ロロナの鼓舞に、メットーラの陣営は大興奮で大声を張り上げる。凄まじい求心力だと思う。さながら女帝といったところか。耳が痛くなるほどの雄叫びの余韻は、しばらく続いた。


「…凄いわね」

「…うん」


 由香里も圧倒されたらしく、私と共に愕然としている。ところで、向こうにロロナがいるならば、こちらにもモスクルがいるのだ。彼も何かやってくれるのだろうか?—と、モスクルやデンテがいるであろう前方へ視線を向ける。少しだけ期待していた。やがて、期待通りにモスクルが声を張り上げれば、アンラに所属する私達の周囲からは、音が消えた。


「まずは、メットーラの助力に感謝する!だがしかし、アンラは俺達の町だ。メットーラの連中は相当の手練れだが、俺達の町を俺達の手で取り戻さなくて何とする!遅れは取るなよ!」

「「「「「オオオオオオオオオ!!!」」」」」


 モスクルの言にも雄叫びが上がったが、私達アンラの民は皆が静まり返り、メットーラの連中に顔を向けていた。何故か彼らが声を張り上げていたからだ。しかも、ロロナの時よりも声量がでかい気さえするばかりか、一際厳つい東洋甲冑の大男が、ピョンピョンと跳ねているのが見える。ゴローであろう。こういうノリが好きであるらしい。意外だ。


「はは、まいったな」

「メットーラの冒険者は、愉快な方々で御座いますね」


 アイマスとソティも、こういうのがお好みであるらしく、くつくつと笑い合っている。そういう私も、少しだけ緊張が解れていた。


「気を使ってくれたのかな?」

『まさか』


 ラヴァと共に笑みを交わし、ネームレスらのいるであろう場所を見つめる。ゴローと並ぶ巨漢の姿は見えない。アビスは、今日もまたアトリアにかかりきりに違いない。アトリアの住人達を蘇らせることは、彼とその従者にしかできないからだ。しかし、当初の想定よりも遅れており、アンラ突入の時を迎えた今も終わってはいない。しかも、悪いことに、町を覆う結界が徐々に弱まってきており、ことは一刻を争う状況になっているそうだ。一昨日の晩もふらふらだったが、昨晩は帰ってすら来なかったらしい。


(アビス様がいれば、なんとでもなるのかな…)

《…真、よしなさい》


 ごめん—とラヴァに詫び、視線をアンラへ戻す。弱音を吐いた己を焚きつけるべく、一度深呼吸してから強めに頰を張る。パチン—と、いい音が鳴った。


「うん、私も覚悟を決めたよ」

「その割には、膝が震えているので御座います」

「うっさいソティ」


 しつこく絡んでくるソティはさておき、王都アンラは徐々に高度を下げてきていた。自然と騒めきは消え、皆が王都を見上げる。


(ついにきたね。やるよ)

《ええ。やってやりましょう》


 一昨日は由香里と共にメットーラの町を散策したが、昨日はほぼ打ち合わせに費やした。もっとも、アンラの状況は何も分からないに等しいため、打ち合わせと言っても、大したことはできていない。それぞれの顔合わせと、ケースごとに個々の割り振りを定めたのみである。やらぬよりはマシ程度の内容だ。


《時間が足りなかったですからね。仕方ありません》

(うん…分かってる)


 さて、ついに王都は地に足をつけた。地響きを立てながら砂煙を巻き上げ、表面を覆っていた黒い球体がゆっくりと剥がれてゆく。やがて姿を見せたのは、私達が知る王都そのものの城壁だった。今日まで意識して見たこともなかったが、古めかしい城壁には窓が付いていたりする。中に人気は感じられないが、攻め込まれでもした場合、あそこから矢でも射るのだろう。正門が周囲に比べて一段高くなっているのにも、初めて気が付いた。


「…あれ?」

「…どういうことだ?」


 俄かにアンラ勢が騒めき出したのは、かつて目の当たりにした全損が嘘のようになくなっているためだろう。あの日、貴族街から見下ろした町の全景は、ほぼ全ての建屋が倒壊しており、その余波は城壁までをも半壊させていたのだ。それら全てがなかったかのような光景を見せつけられては、もしかすると、このまま王都に立ち入れば、何も変わらないアンラの町の活気が出迎えてくれるのではないか?—と、錯覚させられるほどだった。


「…ゆ、夢…じゃ、ない…です、よね?」

「た、多分」


 私とクシケンスのビビリコンビは、早くも及び腰になっていた。先の覚悟など既に吹っ飛び、もうメットーラに帰りたい心持ちに駆られている。


「うし、行くか」

「そうで御座いますね」

「真、クシケンス。行くわよ」


 けれど、状況は待ってはくれない。既に王都へはメットーラの兵士達が続々と突入していっており、アイマスらもやる気に満ちている。私も今度こそ覚悟を決めると、前を行く3人の後に続く。


「うし!行こうクシケンス。家だけ失って、借金だけ残るとか、あり得ないよ!」

「…理由…」

『ははは』


 理由なんてどうでもいいのだ。やる気さえ出るならば。恐怖さえ誤魔化せるならば。唖然とするクシケンスの手を引いて、王都の正門へと向かった。


「アエテルヌムか…頼むぞ」

「分かった」


 正門前に佇んでいたのはモスクルとロロナの二人だ。今回の作戦では、事前に取り決めてあった経路を辿り、冒険者パーティごとに進撃することになる。私達は麦畑の広がる—今は冬なので刈り取られているが—農業区を経由することになっていた。


「おし!一気に突っ切るぞ!」

「先行するので御座います」


 アイマスが剣を抜き放てば、即座に屋根の上へと消えていったのはソティだ。けれど、アイマスは動じない。いつものことだからだ。いや、アイマスのみならず、私達の誰一人としてソティの動向は気にかけない。そもそも、言っても聞かないし。


—バキン—


 近くで扉でも壊れたのか、木の破れる音が聞こえた。チラリと視線を向ければ、家屋の隙間から、地面に押さえ込まれた住人と思わしき者達を認める。押さえ込んでいたのは、メットーラの兵士だ。統率の取れた動きで、続々と住人達を無力化していた。それだけ見れば糾弾されてもおかしくない光景なのだが、よくよく観察してみると、住人達の様子がおかしい。目は虚にして口は開け放たれており、押さえ込まれて縄をかけられているにもかかわらず、そういうマスクでも被っているかのように眉の一つも動かない。明らかに異常だった。


(…王都民全てが敵になっていると考えた方がいいね)

《想定された最悪のパターンですね》


 昨日、領主館にて行われた打ち合わせにおいて、モスクルが考えられるアンラの状況をいくつか語っていた。その時、最悪のパターンとして提示されたのが、攫われた者達が操られている状況だ。それ自体は以前にも提示されていたが、再度語られた内容は、より具体性を増していた。エクーニゲルにより連れ去られたのは、何も非戦闘員だけではない。騎士団や冒険者といった、戦闘の心得がある者達も多く亜空間の中へと引き込まれたのだ。モスクルはアンラギルドに所属する冒険者達の中でも、特に危険な者達や、騎士団の中において警戒するべき者共の情報を、具に教えてくれている。


「ウォォォォ」

「アアアアア」


 まるで幽鬼を思わせる唸り声と共に、家屋の陰から表情のない者達が現れる。先に見た住人同様、口は開け放たれており、目は虚にしてあらぬ方向を向いているものの、それでも私達めがけて襲いかかってくる。その中には見たことのある者も加わっており、思わず舌打ちが出た。


「くそ…突破するぞ」

「うん」


 流石にアンラの住民に向けて、全力で得物を振り回す訳にもゆかない。それに、私達は徒手空拳に優れている訳でもないのだ。王都民の無力化は、心苦しいがメットーラ兵に任せる他ないだろう。


「待って!敵性反応!近付いてきてる!」


 その時、MAP上におかしな反応を認めた。敵影を示す紅点であるのだが、地形を無視して真っ直ぐにこちらへと向かってきている。屋根の上を駆けてきているのだろう。おそらくは冒険者だ。慌てて声を上げたが、問題ない—と、アイマスは取り合わなかった。


—ドサリ—


 やがて、MAP上の敵影は私達のすぐ側まで迫ってきたのだが、会敵を覚悟したその瞬間、味方を示す青い点が敵性反応の傍を掠めてゆく。かと思えば、屋根の上から落っこちてきたそれと思わしき男らは、既に手足の甲を穿たれて無力化されていた。なんとも言えない顔で、白目をむく軽装の男達を見下ろす。見覚えはなかったが、アンラの冒険者だろう。


「…な?」

「…うん」


 同意を求めてくるアイマスに、顔も向けず頷いておく。もはやMAPの外へと飛び出していったソティは、今はどこを飛び回っているのだろうか。歳を重ねるごとに手がつけられなくなっている気がするのは気のせいではないと思う。自由すぎるだろ。いくらなんでも。


『…人間相手だと、無類の強さを見せつけますね…』

「…ふ、ふぁぁあ…」

「落ち着いてクシケンス」


 元異端審問官であるソティは、魔物を相手取るよりも人間との戦闘で真価を発揮する。頼りになる我らが回復職(アタッカー)であった。


「マコト、考えごとは後にしろ。ボケッとしていられる状況じゃないぞ」

「あ、ごめんアイマス」


 群がる王都民を盾で押し退けるアイマスに叱責され、気を引き締める。そうだ。考えごとをしていられる状況じゃない。包囲網を抜けるべく走り出したアイマスの後に続き、MAPへと意識を向けた。


(市街地は本当に戦争だよ。メットーラの皆さんが頑張ってくれてる。…なんだか、私達の町なのに申し訳ないね…)

《ええ。ですが、私達には私達の仕事があります。このまま先へ進みますよ》


 市街地は赤い絨毯でも敷き詰めたかのように、敵性反応でごった返していた。とにかく敵影が多く、点ではなく巨大な丸に見える。しかし、青い軍勢も負けてはいない。たかだか100を超えるかどうかの数で、信じられないことに戦線を維持している。いや、押し上げてすらいるように見受けられる。家屋を上手く活用し、包囲されないように立ち回っているようだ。


《真、もう平気なのでは?》

(うん…)


 メットーラ兵は信じられないほどに優秀だった。これならば心配することもなかろう。ラヴァへ表示する魔力にしきい値を設けてもらい、能力の低い者達はMAPから消した。王都民であろう大量の赤は見えなくなり、一気に青の勢力だらけになったのは吹き出しそうになってしまった。どれだけ強いのか、メットーラ兵。


(何人かいるね。強い人)

《ええ。まだ絞りきれませんが、私達もかち合いそうですよ?》


 アンラの中央部や北部に進んだ者達は多いが、高レベル帯であろう敵もそちらに多く配置されていた。しかし、問題にはならないだろう。向こうにはネームレスやレナトゥスがいるのだ。危険なのはむしろ、私達の前方に一体だけ佇む敵影だろうか。敵対を示す紅点は大きく、レベルの高さを如実に物語っている。緊張に弓を握り直した。


「この先に一人強いのがいる…」

「…い、いきなり…ターゲット…ですかね?」


 私の言に不安げな声を上げるクシケンスだったが、気の利いたことは言えなかった。私のみならず、皆も何も言わない。


「十天…幻惑のフラミールに、回天のブルーツ…」


 モスクルから聞かせられた最悪のシナリオの中には、十天が敵対者として現れる可能性も含まれていた。アンラが擁する十天は二人。回天のブルーツと、幻惑のフラミールだ。ブルーツは言うまでもなく王妃陛下。この国のトップに立つ者の一人であるが、幻惑のフラミール。彼女に関しては、普段、どこで何をしているのかといった情報はない。王都アンラに隠れ住う魔人族の若い女性であり、その二つ名が示す通りの魔眼を使う、厄介な魔術師である—ということくらいしか、モスクルからは聞けなかった。


「アイマス、どうするの?」

「いや、まだだ。十天本人だと確信できたら、狼煙を上げる」


 私達には、ある役目が課せられている。それは、十天であるフラミールの発見だ。MAP魔術を使える私とラヴァにしかなし得ないと思われたため、お鉢が回ってきたものである。


「いや、でも…本当に強いよ。これは、十天でなかったとしても、モスクルらを呼ぶべきじゃない?」

「アイマス。私も真に賛成するわ」

「…戦場はここだけじゃない。モスクルらを呼んだがために、向こうが瓦解する可能性もある。悪いが、確証が得られるまでは耐えてくれ」


 徐々に近くなる紅点はアシュレイやデンテと並ぶサイズを誇る。これはもう間違いないだろう—と、個人的には考えているのだが、私と由香里が説得を試みても、アイマスは首を縦には振らなかった。言っていることには一理あるため、私達も反論はできない。いざとなれば、クシケンスの背に張り付いたアーサーさんを頼るしかないだろう。


(それにしても…おかしくない?)

《ええ。もう見えても良いはずなのですが…》


 やがて、私達は違和感に気が付く。刈り取られ、土のみとなった麦畑を疾走する私達は、かなり敵影に近付いている。それであるのに、強敵と思わしき者の姿はいつまで経っても見えてこないのだ。王都民は無数にいるため、人垣に隠れたのだろうか。


(いや、違う。やっぱり何かおかしい…)


 MAPが正しいならば、もはや視認できる距離のはずなのだ。いくら王都民が無数にいたとしても、それらしき者の影すら捉えられないのは、如何なものか。


「ううああああ」

「えげえぇぇ」

「くそっ!やむを得ん!応戦するぞ!」


 私達めがけて一斉に動き始める王都民に足を止めたアイマス。私もやむを得ず矢を作り出し番えるも、私達が動き出すよりも早く、クシケンスの外套が翻ったかと思えば、無数の触手が伸びる。何が何やら分からないうちに、王都民は倒れ伏していた。


“ちょっと麻痺してもらったよ”


 驚き、身を縮み上がらせるクシケンスの背から、そんなことが書かれた木板が現れた。なんかもう、苦笑しか出ない。


「よし、行くか」

「待ってアイマス」


 MAPを見つつ、さっさと歩き出そうとするアイマスを止める。王都民は倒れ伏した。けれど、強敵の反応は消えない。そればかりか、ゆっくりとこちらに向けて近付いてきているではないか。視線を持ち上げ、それと思わしき場所を見ても何もない。それが逆に肝を冷やした。


「近い!いる!いるよ!」

「ちっ!何処だっ!?」


 即座に剣を構えるアイマスの側で、唐突に炎が燃え盛ったかと思えば、たちまちのうちにアイマスを呑み込み、巨大な火柱へと変わる。


「うおっ!?」


 あ—と声を上げる間もなく炎の壁の向こうへと消えていったアイマスだったが、ゴロリとローリングしながら火柱の中から生還してきた。


「きゃあっ!ちょっとアイマス!?」

「うわあ!?何がどうなった!?」


 飛び散る火の粉に慌てる由香里に、おおお!?—と、これまた慌てて己の身体を弄るアイマスだったが、共に火傷の一つもあるようには見えない。由香里はともかく、死霊騎士(デュラハン)の鎧は魔力を反射する。アイマスが無傷なのはその恩恵だろう。


「くそっ!アーサーさん頼むっ!」


 アイマスの求めに応じ、アーサーさんが私達の前に飛び出し壁となる。身を隠す家屋も近くにないためだ。見えない敵から放たれる無詠唱の魔術は実にいやらしい。


(そこかな?)


 私にはMAPがあるため、ある程度の方向は分かる。しかし、どういう訳か敵性反応はぼやけてきており、正しく位置を把握するには至らない。魔力の矢を作り出し射ってはみたものの、残念ながら命中はしなかった。ヒュオ—と空力音を響かせながら、水車小屋に穴を開けて消えている。


「…そっちにいるのか?」

「うん。いる。何も見えないけど、私達の正面に立ってる—と思う」


 そうか—と呟きながら、剣は横に引き盾を正面に構えるアイマス。いきなり炎に包まれたことで、いくらか慎重になっているらしい。


“ん…今、風で押し倒そうとしてきたよ”


 私達を守る壁となったアーサーさんは、木板を取り出して実況してくれている。できれば守ってばかりでなく攻勢にも出てほしいところだが、見えない相手にアーサーさんが手を出しては殺してしまいかねない。やってくれ—とは言えなかった。


「アーサーさん、なんとなくでもいいから、敵の位置とか分からない?」


 アーサーさんに尋ねるも、しばしの間が空いた後、分からない—と、返ってくる。頭を抱えたい思いだった。


「ラヴァ…」

『私にも、はっきりとした場所が追えません。おそらく、アーサーさんも同じです。全体的に魔力がぼやけていると言いますか、広範囲に広がっているのです。MAPを見る限りでは、今現在の敵影は極めて大きく強大な相手に思えますが、それは魔力が広範囲に広がっているためと考えた方が良さそうです』


 ラヴァに頼るも、ラヴァでも分からないらしい。けれど、大きな収穫はあった。


「強敵ではない?」

『いやいや。強敵には違いありませんよ?何せ、姿を見せず一方的に嬲ってくるのですから。質が悪いです。けれど、先の魔術を見るに…そこまで高レベルという訳でもないかと』

「…ちっ、なら十天じゃないのか?」


 毒づきつつ、アーサーさんの壁からチラリと顔を出したアイマスだったが、カン—と兜から金属音が聞こえるなり、慌てて顔を下げる。何かしらの魔術をもらったようだ。迂闊過ぎる。

 

「…なら、私達の出番かしら?クシケンス」

「は、はいっ!」


 そう告げてきたのは由香里だ。私達の返事も待たず、指先から蔓人間を生み出した由香里。一方のクシケンスは、小さな小瓶を取り出して蓋を開けると、中の水を足元に惜しみなく撒く。やがて、辺りには魔力が満ちたことで、クシケンスが何らかの魔術的なフィールドを作り出したのだ—と、理解した。


「じゃ、やるわね」

「…え?何を?」


 訝しむ私とアイマスには目もくれず、無警戒に蔓人間を壁の外へと送り出す。そんなことをすれば、すぐに魔術が飛んでくるだろう。一体何がしたいのか分からず由香里の背中を見つめていたが、由香里はこちらに向き直ると、ニコリと笑いかけてきた。


「相殺よろしく」


 その一言で理解した。アイマスは兜を頭に押し付けしゃがみ込み、私は慌ててラヴァに叫ぶ。


「ラヴァ!」

『アレですかっ!?』


 私とラヴァは、二人揃って魔力波を周囲に展開する。アーサーさんの表面が僅かに波打ち、面白い—などと感想を文字に起こしているが、構っている余裕がなかった。


—ボッ—


 やはり、蔓人間は即座に排除された。先のアイマス同様に火に包まれ、瞬く間に焼け落ちる。それが由香里の狙いであるとも知らずに。


—ギャァァァァァア!—


 蔓人間の絶叫は魔力波となり、クシケンスの施した魔術フィールドと干渉する。すると、まるで強烈な明かりを間近で点けられたかのように、目の前が真っ白く染まる。更には、耳を劈く爆発音だ。来ると分かっていても完全には塞ぎきれず、思わず耳を押さえる。庭園の迷宮で味わった、由香里式スタングレネードだった。


「…きっつ…」

『由香里…それは禁止で…』


 ところで、膝をついて苦しむ私やラヴァに目もくれず、鎧の効果により何の影響も受けていないアイマスは、直ちに駆け出し盾を振るう。明滅する視界が捉えたのは、小柄な魔人族の女性だった。


—ガキン—


 アイマスの膂力により震われる一撃を短剣で受けた女性だったが、体格差があり過ぎる。耐えられる訳もなく吹き飛び、土の上をゴロゴロと転がった。チャンスである。


「ソティ!」

「承知で御座います」


 距離が空いたため、追撃はせずにソティを呼ぶアイマス。すると、これまでどこに潜んでいたのか、どこからともなくソティが姿を表すと、即座に女性へと覆いかぶさり腕を捻り上げる。勝負有りだろう。


「…やっ…た」


 ふらふらと立ち上がりつつ喜んだのも束の間、どういう訳か、ソティが怪訝な顔を見せたかと思えば、せっかく掴んだ腕を離してしまうではないか。これには目を見開いた。


「ちょっ!?」

「おい!ソティ!何をしてる!」


 何が起きたのか分からずに驚き戸惑うばかりの私達には目もくれず、もはや女性に用はない—とばかりに立ち上がると、キョロキョロと辺りの様子を窺い始めるソティ。アイマスが足早にソティの元へ向かった。


「なっ!」

『…これは…幻術?…やられました…』


 ところが、アイマスの到着を待たずして、地に伏した女性の姿は音もなく消えた。同時に、ぐにゃりと世界が歪めば、珈琲へ落とされたミルクのように、グルグルと天地が混じり合い、足元の感覚すら覚束なくなる。ラヴァの言う通り幻術だろう。


「くっ!厄介ね!」

「うわっ!?」


 慌てて由香里が蔓人間を展開するも、生み出された蔓人間は、あろうことか私達へと襲いかかってくる。慌てて腰の短剣を抜き放ち、蔓人間の手を払った。


「痛っ!」

「え!?ゆ、由香里っ!?ご、ごめん!」


 けれど、蔓人間だと思い切りつけたのは、まさかの由香里だったらしい。蔓人間にしか見えないのだが、手を押さえて蹲る蔓人間の声は、由香里のものに他ならない。慌てて鞄の中からポーションを取り出して、由香里へ渡す。けれど、由香里はそれを受け取りはしなかった。


「…仕方ないわ。迂闊に動いた私の責任よ。それよりも、取り出したそれは何?私には汚泥か何かに見えるんだけど?」

「え?ええ…と…ポーションのつもり…だった…」


 確かにポーションを取り出した—はずなのだが、私の手にしているものは、何やら赤黒い液体の収められた小瓶だ。とてもポーションには見えない。汚泥にも見えないが。


「…ぜ、全員…声で、お互いを…把握して、くださいっ!視界は、信用…しないで!」

「アイマスだ!一旦合流する!」

「ソティで御座います!」


 ぽこぽこと気泡を破裂させる壁の向こうから、ゴリラと虎が駆け寄ってくる。アイマスとソティらしいが、実に心臓に悪い光景だ。壁はアーサーさんなのだろう。


『アーサーさん!一旦防御を固めましょう!』

『任せて』

 

 ゴリラと虎が合流するや否や、即座にアーサーさんはドーム状へと変化して私達を包み込む。これならば、ひとまずは安心だろう。


「ユカリ、手を。法術を施すので御座います」

「…ダメよ、私は魔物だもの。神聖法術は通じないわ。気持ちだけ受け取っておくわね」


 蔓人間が遠慮がちに首を振れば、虎はやや気落ちした様子を見せる。緊張感のない話だが、失笑しそうになった。


「…それにしても…どうする?」


 アーサーさんに守られる中、声を上げたのはアイマスだろうと思われる。どうするも何も、もはや狼煙を上げる以外に手立てはない。


「いや、狼煙を上げようよ?」

「…そうしたいのは山々なんだが…どれが狼煙か分からん…」


 渋い顔で告げれば、盾の裏に縫い付けた鞄の中を見せてくれたゴリ—アイマス。そこには、色とりどりの人参が並んでいた。もはや、ポーションもケイタイも狼煙も分からない。詰みである。


「…どうすんの?これ…」

「私達だけで切り抜けるしかないのかしら?」

「アイマスの判断ミスで御座います」

「み、皆さん…仲間割れは…」

「わ、悪かったよ!」


 皆でアイマスを責め立てれば—クシケンスは責めていないが—、アイマスは不貞腐れて背を向ける。その後ろ姿が妙におかしく思えて、今度こそ失笑した。


「とはいえ、何とかしないとね」

「うん、そうだね」

『幸い、敵の攻撃力は高くありません。魔術攻撃の一切通用しない者もおりますしね』


 ラヴァの言に、皆が一斉にアイマスを見つめる。視線を強く感じたのだろう。不貞腐れた顔はそのままに、アイマスは肩越しに頷いてみせた。


「よし、なんとかする。任せろ」


 状況は良くないが、このまま手をこまねいて助けを待つつもりはない。こちらから打って出て、打開するのだ。私達は機会を窺うべく、一切の音を消した。

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