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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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真、メットーラを訪問する その四

「あはは!そうかい!アイマス!あんた立派になったね!」


 廊下から聞こえてくる笑い声で目を覚ました私は、寝ぼけ眼を擦りながら、見慣れない室内に状況を整理する。


「あー…そっか。ここ、メットーラか…」


 ベッドから起き上がり、脱ぎ散らかした衣類を拾い上げる。長旅だったため仕方ないのだが、顔を背けたくなる汚れっぷりだ。下着などは昨晩のうちに亜空間へとしまい込んだものの、もう2度と見たくない有様だったような気がする。


「…うへぇ」


 拾い上げようと視線を落としたシャツには、大きなシミが付いていた。一体、これは何の汚れなのだろうか。見なかったことにして、その他の衣類と一緒くたにまとめる。それにしても、疲れていたとはいえ人様の家で汚れた衣類を晒しておくなど、私も随分と肝の据わった女になったものである。口が滑っても由香里には言えない。とんでもない雷が落ちてくることだろう。


「ラヴァ…いないか…」


 昨晩、ラヴァが塒としていた照明の魔道具には、足跡が残るのみで彼の姿は既にない。相棒の姿を探して右往左往するも、当てがわれた室内には見当たらなかった。どうやら、主人を置いて既に活動しているらしい。嘆息しつつドアや窓に視線を送るも、どちらも開け放たれてなどいない。毎度のことだが、どうやって開け閉めしているのだろうか。今度、目の前で実践してもらおう。


「…あー…歯を磨きたい…」


 このオサカ邸には風呂があった。私は昨日のうちに入浴を済ませているため、歯を磨き顔を洗えば、最低限は人前に出ても許されるはずだ。庭園の迷宮から持ち出した歯磨きセットや洗顔セットを布に包み、こっそり部屋を出ると、一人で浴場へ向かう。空いていれば、いつでも使って良いとのお墨付きを得ているため問題はないだろう。但し、使用中の札を掲げているにもかかわらず、度々ファーレンは入ってくるらしいが。


「よし、誰もいないな」


 浴場は空いていた。さっさと脱衣室に入り、洗面台の湯を出す魔道具へ魔力を込める。屋敷内は快適な温度に保たれているにもかかわらず、冬場はどうして寒く感じるのだろうか。


—コンコン—


 歯と顔を洗い終えると、脱衣室のドアがノックされた。この世界にあるはずのない小物類を慌てて布に包み、どうぞ—と、返事する。ドアを開けて姿を見せたのは、ソティだった。


「おはよう御座います、マコト」

「なんだ、ソティか。慌てて損したよ」


 てっきり家人が来たものと思って慌てたが、ソティならば見られても気にする必要はない。布に包んだ小物は一旦洗面台に置き、顔の水気を改めて拭き取った。


「ふふふ、朝の挨拶が先で御座いますよ?」

「うん、ごめん。おはようソティ。ソティも歯磨き?」

「いえ。マコトを呼びに来たので御座います。もうお昼で御座いますから」


 ソティの言に耳驚き窓の外へと視線を送る。明るいとは思っていたが、朝はとっくに通り越して昼らしい。途端に損した気分になり、渋い顔を作った。


「うわ…そうなの?昨日の夕食に加えて、朝食も逃したのか…」

「皆、これから食堂でお昼ご飯を食べるので御座います」

「うん、分かった。すぐ行く」


 私の返事を聞くと、ソティは脱衣室から出て行った。私も忘れ物がないことを確認してから脱衣室を後にする。自分に割り振られた部屋に一旦戻り、平服から仕事着たる冒険者スタイルへと着替えてから食堂へ向かった。


「いいのかい?私までご馳走になっちゃって?」

「かまわん。むしろ、真オサカ邸の方が、出てくる物は良いぞ?それを思えば、引き止めて申し訳ないくらいじゃ」


 食堂へ顔を出せば、クローディアらネームレスの他、アエテルヌムの皆に、ノアの鐘。モスクルとデンテまでがいた上、一度見たら忘れない、アトリアは宿屋の女将であるヨールがいた。昨晩の話によると、アトリアの住人は全員が不死系魔物(アンデッド)になるらしい。確かに、ヨールの目は赤い。けれども、それだけだ。楽しげにアイマスと会話する様は、生者と何も変わらないように見受けられた。


「おっ、寝坊助のお出ましだ。おはよう、マコト」

「うん。おはよう、アイマス」


 アイマスは上機嫌に笑っている。昨日までの落ち込み様が嘘みたいに思えて、肩透かしを食らったように感じるも、すぐに察して安堵した。ヨールの無事?が確認できたことで、普段の明るさを取り戻せたに違いない。ずっと気にしていたのだろう。私も気にしなかった訳ではないが、私などよりも余程アイマスとヨールは親しいのだ。


「お?マコトかい?いや、全く、見違えたね〜。別嬪さんになったじゃないか!」

「ヨールさん久しぶり」


 私の姿を認めたヨールは親しげに声をかけてくる。私もまた、ちゃんとアエテルヌムの一員として認知されていたらしい。今の彼女は、かつて見たヨールとなんら変わらぬ姿であるせいか、不思議と恐怖は感じず、いつも通りに接せられた。


「でも、ちょいと細過ぎじゃないか?ちゃんと食べてる?」

「うぎゃっ!食べてるよ!」


 遠慮なく人の脇腹を摘むヨールから逃げた。一気に顔が熱を持ったのを自覚する。恥ずかしいったらなかった。


「真、こっち空いてるわ」

「あ、うん」


 由香里に呼ばれて向かった空いているはずの席には、既にラヴァがいたりする。何か?—と問いたげな視線を投げてくるので、退かして座った。


『貴女の分の朝食は、私が美味しくいただきました。もう少し寝ていても良いですよ?』

「巫山戯んな」


 いつも通りの軽口を交わし、ファーレンの置いてくれた皿に視線を落とす。一見するとオムレツのような卵料理に見える。卵料理すら珍しいが—由香里の迷宮へ行けば食べられるが—、柔らかそうな卵の隙間からは、実に美味しそうな肉の香りが漂ってくるではないか。口の中は早くも期待からくる唾液で満たされた。


「メットーラでは、ミートローフが有名なのじゃ。せっかくメットーラに来たならば、一度は食っておけ。わしも余所者じゃが、食っておいてよかった—と思える味じゃ」

「おかわりである!」


 クローディアの話の途中であるのに、アビスは皿を突き出す。負けじとラヴァまでもが凄まじい勢いで食べ始めれば、クローディアは苦笑した。色々と諦めたらしい。


「ま、よい。とりあえず、食べよう」

「いただきます!」


 ファーレンが手を合わせて高らかに叫ぶと、クローディアらもそれに倣う。ノアの鐘やヨールらが怪訝な顔を作る中、私と由香里は耳驚いて顔を見合わせた。


「…今の…」

「うん。間違いないわね」


 由香里の確信は、ここに彼がいるという思いに対してのものだろう。由香里の上司であり、記憶が確かなら、やたらと前髪の長い男性だ。小坂帯刀という名前だったはずである。オサカ邸という名前からも感じていたが、やはりそうなのだ。


「今の…イタダキマス?…そりゃ一体、なんだ?」

「マコトやユカリの故郷の風習らしいの。メットーラでもそれがあるとは、驚いたわい」


 リーブリヒの疑問に答えたのは、デンテだ。今日のデンテは顎に僅かながら髭が見える。剃っていないのだろう。それを摩る彼の姿は、かつての好々爺然とした姿を思わせた。


「…やっちゃいました?」

「今更じゃ。黙って食っとれ」


 青い顔でクローディアへお伺いを立てるファーレン。何か言いたいことでもあるのか、チラチラと私や由香里を盗み見ながら、申し訳なさそうに口をひき結んでいる。イチローらにしてもそうだが、彼らは小坂について語ろうとしない節がある。だから私や由香里もチャンスを窺っている状況なのだが、今のは大きな発言チャンスだったと思う。あまりにも驚いて機を逃したが。ちなみに、クローディアも意識せずに声を上げていたため、ファーレンを責められる立場にない。苦笑しながらミートローフにナイフを入れていた。

 

「食べながらでいい。皆、聞いてくれ」


 美味い—と顔を綻ばせたところで、モスクルが声を上げる。皆がモスクルに顔を向け、私もそれに倣う。全員の注目を集めたことを認めてから、モスクルは続けた。


「まず、アトリアに関して。これはマコト以外は既に聞いた話だ」


 ということは、午前中に話し合った内容なのだろう。現にモスクルは、私を見て喋っている。寝坊してごめんよ—と、内心で詫びておいた。


「アトリアの住民を不死系魔物(アンデッド)として蘇らせることは、俺達の責任で認めることとした。国王陛下や宮廷貴族連中も不在の状況であるが、宮廷魔術師団の他、魔術師ギルドマスターのデンテも安全性を担保してくれた。これをもって、アンラ冒険者ギルドから、アビス様に指名依頼を出す。依頼内容は、アトリアの住人達の蘇生及び、危険の排除だ」

「ふふ。ははへへほふへはふ」


 口いっぱいにミートローフを詰め込んだアビスの言葉は、何を言ってるのかさっぱりと分からなかった。それでもしきりに頷いていることから、否やはないのだろう。モスクルも苦笑しつつ先を続ける。


「けれど、アトリアの復興に関しては、当面は見送りだ。最低でも、アンラを片付けた後になる。その間、アトリアの住人達は、メットーラで農園の作業に従事してもらうことになった。これは、メットーラ伯からの好意による提案だ。ちゃんとメットーラの領民同様に給金が支払われ、衣食住についても、当面は面倒を見てくださるそうだ」


 ここまでは良いな?—と尋ねられ、首肯を返す。細かいことを言えば、町を空けている間の防備とか、乱れた龍脈の是正だったりとか、いくらでも重箱の隅は突けるのだが、やめておくことにした。言ったってどうにもならない。


「では、次だ。エクーニゲルとの戦いに関してだな」

「待ってたぜ」


 ポキポキ—と指の骨を鳴らしながら、リーブリヒが獰猛な笑みをこぼせば、頼もしいな—と、モスクルも笑ってみせる。リーブリヒらの強さは間近で見たことがあるため、ノアの鐘が参戦してくれるならば、とても心強いことだろう。


「最初に言っておくが、最悪を想定した場合、アンラ王都民全てが敵だ」

「…マジかよ」


 先ほどまでのやる気は何処へやら、リーブリヒの勢いは早くも削がれた。もっとも、これはリーブリヒに限った話ではない。王都民全て—となれば、その数は千や二千ではきかない。万ということもないだろうが、五千はいると見た方が良い。しかも、平民ならばまだしも、中には冒険者や騎士に兵士といった、戦いを生業としている者達までいる。頭が痛くなりそうだ。


「あくまで最悪だ。だが、俺やデンテはその可能性が高いと踏んでいる。十分にあり得ると思っていてくれ」


 覚悟を問うかのように、モスクルは一同の顔を見回す。私は咄嗟に視線を逸らしてしまった。


《真…》

(いや、だって…怖いじゃん)


 王都民数千人に対して、こちらは何人いるだろうか。アエテルヌムにノアの鐘。後は宿に泊まっている冒険者が11人。モスクルにデンテの他、宮廷魔術師達も当てにできるだろうか。ネームレスや再生者(レナトゥス)が手伝ってくれたとしても、100にすら満たない。有象無象など歯牙にも掛けない一騎当千の猛者はいるものの、相手が魔物ではなく無辜の民だったとしたら、同じことが果たして言えるだろうか。甚だ疑問である。


「今朝方、クローディアらの力を借りて、アンラを見てきたが…町中には入れなかった。結界が張られているらしく、門を潜れないんだ」

「あらん?結界を破ることは難しいのかしらん?」

「何が起きるか分からん故、やめておいた。昨日、エクーニゲルは三日後と言うたのだ。ならば、それに従えばよかろう。その時も結界が張られておるならば、改めて破壊するまでよ」


 モスクルの言に渋い顔を見せるカメイラだったが、デンテの言葉に納得したらしい。ふぅん—と呟き、そのまま口を噤んだ。


「だから、アンラ内部がどうなっているのか、全く見えない状況にある。エクーニゲルがどう動くのかも—」

「少し、良いかしら」


 モスクルの話に割って入ったのは由香里だった。手を上げてモスクルの許可を得ると、由香里はもっともな疑問を口にした。


「三日後—いえ、後二日ね。明後日を待たずして、エクーニゲルが仕掛ける可能性は?」

「…それについては、ないと考えられる」

「理由を聞かせてもらえますか?」


 食い下がる由香里は、意地悪で言っている訳ではない。可能性があるならば、リスクを潰しておかねばならない—と、考えての発言に違いない。


「エクーニゲルの性質だ。あれは策略を好むが、虚言の類は好まない。やると言ったらやるし、三日後と言ったら、間違いなく三日間は大人しくしている」

「それ、モスクルの主観ですよね?」

「…いや、わしとデンテもモスクルと同じ判断じゃ。あれは今回の一件を遊び感覚で興じておる。まず間違いなく動かん。堂々と玉座にでも座して、わしらを待っていることだろうよ」


 新たにデンテとクローディアが加わったことで、由香里の表情が僅かに軟化する。3人が同じ判断を下したならば、間違いなかろう—と、判断したのかもしれない。


「分かりました。しかし、事態が事態ですから、保険を。アンラを監視しておき、有事の際には即座に連絡が取れるような体制作りをお願いします」

「…あ、ああ。分かった」


 由香里の要請に、クローディアの顔色を窺いつつ、モスカルは承諾する。この後、どのように私達が動くものかは知らないが、アンラを監視するとなれば、クローディアによる擬似転移が必須となるからだ。


(由香里がこういった話に口を挟むのは、珍しいよね?)


 平時の由香里は、あまり口を挟まず皆の決定に従う。与えられた状況の中で、淡々とベストを尽くすのが彼女のスタイルだ。そんな彼女が口を挟むのは、あまりにも情報が不足していたり、与えられた条件での達成が困難な場合のみである。


(ラヴァ?)


 しかし、ラヴァに問いかけたものの、返事はない。テーブルの上のラヴァに視線を落とせば、ミートローフを既に1皿平らげるところであった。食うのに必死だ。


「おかわりである!」

『こちらもおかわりを要求します!』


 アビスとラヴァが同時に声を上げる。よくよく見てみれば、アビスの前には既に4皿は積まれてあった。さすがは竜—ということだろうか。


「ただいまお持ちするであります」

「おっふ」


 おかわりを要求したラヴァだったが、まさかの人物が皿を持ってきた。クルスである。アビスの方にはファーレンが配膳しているが、何故、こちらはファーレンではなくクルスなのか。怖いじゃんか—と内心で慌て、そっと視線を足元に送ると、間違っても目が合わないように努める。仕方ないのだ。クルスが優しい女性であるのは分かっているが、滅茶苦茶怖い女性でもあるのだから。


「…撫でてもよいでありますか?」


 ところが、ラヴァの前に皿を置いたクルスから、信じられないような言葉が飛び出す。昨晩の猫にしてもそうだが、もしかしてクルスは動物が好きなのだろうか。


『ほう?私の良さが分かると?よろしい、存分に撫でなさい』

「くふふ。偉そうな鷲でありますな」


 クルスが腕を伸ばすと、ラヴァは遠慮なくクルスの腕に乗る。ラヴァの足の力はかなりのもので、私の上着の肩、腕回りは、厚手の素材を何枚も貼り合わせて作っていたりする。そうしないと、痛くて堪らないのだ。けれども、クルスは一向に気にした様子もない。痛くないのだろうか。


「よしよし、いい子でありますな」

『むむむ、あ、そこは…くぅ。クルスは分かってますね』


 嬉しそうにクルスの指へと顔を擦り付けるラヴァの姿に、うわぁ—と、渋い顔を作る。日頃、凛とした姿を見せるラヴァのだらけた表情には、両親の愛の営みを目撃してしまったかのような形容し難い気まずさを感じてしまい、慌てて視線をモスクルらに戻す。ちょうどよく、モスクルは会話を再開するところであった。


「さて、皆も承知のことと思うが、アンラ神聖国の危機だ。これにより、アンラ冒険者ギルド規則に則り、アンラ神聖国所属の冒険者は、アンラへと赴いてもらうことになる。拒否権はない」

「おっふ」


 分かっていた。分かっていたことだ。確かに、ギルドの訓練場に掲げられたギルド規則には、そんな一文があったような気がしなくもない。けれど、改めて告げられると、なかなかに堪える。気を紛らわそうとしてミートローフを口に運ぶも、先ほどまで感じていた肉の旨味は全く分からなくなっていた。

 

「だが、アンラでの大規模戦になった場合、どうしても兵が足りなくなる。これについては、メットーラの兵士を借り受けることになった」


 ここでロドリゲスが手を上げる。モスクルが視線を向ければ、ロドリゲスはミートローフを嚥下してから口を開いた。


「他国の兵に頼るの?政治的な問題とか、大丈夫なのかしら?♪」


 ロドリゲスの言はもっともだと思う。自国の兵を出すにしても、問題は多い。他領から兵を出すならば、その土地の領主の承諾を得なくてはならない。現状、アンラ神聖国で機能しているのはアメランド領しかないが、まずはアメランドに話をもって行くのが正道だろう。けれど、モスクルはアメランドを飛び越えて、他国の兵を頼ろうとしている。普通に考えて、あり得ない話だ。


「そこに関しては、メットーラの兵士を冒険者登録することで対応する。他国の兵ではなく、メットーラの冒険者を、メットーラ冒険者ギルドから借りる形だ」

「…まあ、それなら…♪」


 裏技中の裏技だった。屁理屈だろそれ—と思わなくもなかったが、皆、納得しているらしく何も言わない。確かに、昨日チラリと見ただけだが、メットーラ兵の練度は凄まじい。本格的な体術の訓練など、どこも取り入れてはいない。頼りたくなる気持ちも理解できるというものだ。


「言いたいことは分かる。だが、アメランドはメキラ王国との国境に作られた貿易都市だ。アメランドに協力を要請した場合、メキラ王国そのものに情報が漏れる。それは避けたい」

「メットーラもメキラ王国で御座います」


 今度はソティが口を挟んだ。事あるごとに止められるためか、モスクルの表情は苦虫を噛み潰したかのように渋い。それでも彼はちゃんと己の考えを持っているため、反論に淀みはなかった。


「…詳細は語れないが、メットーラからメキラ王国に情報が広まることはない。ここと、王都アンラは水面下での協力関係にある」

「各地の冒険者ギルドに協力を要請するのはダメなの?」


 次はゴリアテの質問である。延々と喋り続けているモスクルは喉の渇きを覚えたらしく、杯を大きく傾けると、ゴクゴクと男らしく喉仏を上下させる。ストレスフルな管理職の辛いところだ。頭部が薄くなった—本人は剃っていると言い張るが—のも、無理からぬ話であろう。


「王都が陥落した—など、言える訳がない。特に、北の帝国には絶対に知られる訳にはゆかない。そうなると、大々的に公募することもできず、今ある戦力で解決を図るしかない」

「それなら、メキラの冒険者は当てにできないのか?協力関係なのだろう?」


 今度はカームが尋ねた。別に責められている訳でもないが、どんどんモスクルの逃げ道が塞がれてゆくかのように感じられて、少し楽しくなってきている。ついにチェックメイトか?—などと内心で戯ける私の様子には気付く様子もなく、モスクルは一度頷いてみせると、分厚い資料をテーブルの上に放る。その表紙には、メットーラの冒険者名簿(抜粋)と書かれていた。


「今回、これだけの冒険者がアンラ奪還に名乗りを上げてくれている。有難いことだが…現状、満足に支払えるものもない。いや、支払いの目処自体はついてはいるんだがな…」


 そう言って、クローディアへチラリと視線を向けるモスクルの顔は苦り切っていた。毎度あり、じゃ—などと、クローディアは目も合わせずに呟く。なるほど。モスクルはクローディアへ借金したらしい。


(…ネームレスって、もしかして、すんごいお金持ち?)

《まあ、これだけの邸宅を二つも備えているのですから、お金は唸るほど—ああ、そこっ、いい…》


 意見を求めたのだが、そのラヴァはミートローフもそっちのけで、未だにクルスに撫で回されていたりする。まともな念話は望めそうになかった。そして、テーブルの上で香箱座りしながら、こちらを見つめ続ける猫達の視線が痛い。クルスを奪ってごめんよ。


「よし、もういいな?…じゃあ、改めて指示を出す。ノアの鐘の皆には、この中から連れて行けそうな者達を見繕ってほしい」

「…ふぅん」


 モスクルの言に視線を送れば、曖昧な返事をしつつ、リーブリヒが資料をパラパラと捲っていた。時折、ピタリと手が止まっては、実力不足と思わしき者の情報を抜き取っている。仕事が早い。


「メットーラの冒険者は、皆も知っているかとは思うが、実に優秀だ。この辺りの魔物が手強いことが大きな理由だが、その分、夜盗の類はいない。つまり、人間相手の戦いには慣れていないことが弱点として挙げられるか。その点を加味して、精査をお願いする」

「あー…任しとけ。…スキルまで載ってっからな…これなら楽勝だ…」


 最後までパラパラと捲り終えたリーブリヒは、再び最初から捲り始める。どうやら、厳選のハードルを上げたらしく、先ほどよりも抜き取るページが増えていた。


「これ、見せていい書類なのん?」


 そんなリーブリヒの仕事を眺めながら、尋ねてきたのはカメイラだ。けれども、即座にカメイラはゴリアテの拳を肩に受けた。ガンと、金属でも打ち付けたかのような音が響く。


「馬鹿ねカメイラ。だから私達なのよ」

「そうよカメイラ。Aランクの私達に白羽の矢が立ったのよ?メットーラ伯からの指名依頼と心得なさい♪」

「そういうことだ。言うまでもなく、守秘義務の発生する仕事となる。書類はあまり乱雑に扱うな」


 痛いわん—と剝れるカメイラに頷いて見せてから、リーブリヒに苦言を呈するモスクル。だいぶ忙しい。彼のミートローフは手付かずだ。


「…へいへい」


 一方で、曖昧な返事はそのままだったが、テーブルの上に重ねられていた冒険者の資料はカームへと渡すリーブリヒ。新たに抜き取られたページもまた、カームへと手渡し始めている。ちゃんと聞いてくれてはいるらしい。

 

「次だ。アエテルヌムの皆には、今のところ仕事はない」


 モスクルの言に、私としては、嬉しさ半分、悲しさ半分といった心持ちだった。いくら強くなったとはいえ、まだまだアエテルヌムはCランク。現場ならばともかく、デスクワークの類においては、責任の伴う仕事は任せられないのだろう。


(なら、レベルアップに勤しまなくては)


 けれど、物は考えようだ。クローディアは間違いなく、デンテやアシュレイに並ぶ術者だ。きっと、魔導書の類は豊富に抱えていることだろう。それを読ませてもらえるだけでも、術者としての成長は望めそうな気がする。


「ただし、明日、昼の10刻からメットーラ伯との会談を行う。ノアの鐘は全員。アエテルヌムは…最低でもアイマスには出席してほしい」

「え!?あ、ああ…分かった」


 私が考え事をしているうちに、アイマスは面倒事を押し付けられていた。アイマスも、私同様にレベルアップを図ろうと考えていたことだろう。クルスやファーレン、あるいはイチロー辺りに稽古をつけてもらうつもりだったに違いない。モスクルの言に承諾を返したアイマスの表情は、目が死んでいた。


「現状ではそれくらいだ。俺はこの後、デンテと共に領主館に向かうが…付いてくる者はいるか?」


 最後にそう問いかけ、一同を見回すモスクル。当然、私は視線を逸らしたが、私のみならず、誰も何も言わない。好き好んでついて行く者などいないだろう。


「…いる訳ないじゃろ」


 呆れ気味なクローディアの言が全てだ。領主館で交わされる会話など、政治的な内容が主—否、全てであろう。面倒事はごめんであるし、そもそも私には務まらない。顔を売る気もなければ、ついて行く必要性を感じなかった。


「…はぁ。全く…分かった。アエテルヌムは一日。ノアの鐘は選別が済み次第、本日の自由行動を許可する。だが、メットーラの住人に迷惑をかけることはもちろん、トラブルも絶対にダメだと肝に命じておけ。例外はない」

「…なんで俺を見んだよ…」


 モスクルの言に渋い顔を返すリーブリヒだが、わざわざ手を止めて顔を上げるあたり、自覚はあるのだろう。実際に、モスクルもリーブリヒのみを見ていた。


「あ、最後にもう一つ。アエテルヌムに頼みたいことがあったんだ」


 ようやくミートローフに手をつけようとしたモスクルだったが、ふと思い出したと見えて、アイマスに顔を向ける。


「新市街の方の宿だ。ビコスという宿に、アンラの冒険者達が部屋を取っている。明日の会談には、彼らのパーティからも、代表者を1名出すように伝えておいてほしい」

「分かった」


 アイマスが頷きを返したのを見るや否や、モスクルは怒涛の勢いでミートローフを食べ始めた。

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