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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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真、メットーラを訪問する その三

「にゃーんごろー」

「なーうー」

「タンパク質、ビタミン。こっちであります」


 クルスが声をかければ、2匹の猫はアビスの足元をするりと抜けてクルスの元へと向かう。それを嬉しそうに眺めていたクルスは、2匹が近くまで寄ると腰を落として小皿を与えていた。


「いっぱい食べるでありますよ」


 和む光景なのだろうが、先のクルスの台詞にあった、タンパク質とビタミン。これはまさか、猫の名前なのだろうか。名前なのだろう。可愛らしい猫ではなく、致命的にセンスのないクルスの背中へ視線が向いてしまい、どうにも和めなかった。


「思ったよりも早かったの、アビス様よ」

「クローディア…これはどうしたことである?」


 クローディアが声をかけると、アビスは私達を視線でなぞりながらクローディアへと尋ねる。途中、私と由香里のところで目を見開いたように見受けられたが、彼から特に何かを言うことはなかった。


「うむ。アトリアへと向かっていた者達じゃ。アビス様がアトリアで見てきたことを知りたいそうじゃ」

「…この者達が…」


 呟きながら再び視線を巡らせるアビスだったが、アトリアでの云々を語り出す気配はない。これにはクローディアも怪訝な顔を作った。


「アビス様よ、アトリアで何があったかを聞かせてほしいのじゃが」

「…あ〜…ああ、うむ。そうであるな…明々後日くらいで良いであるか?」


 クローディアの要請に、面倒くさそうに頭をかくアビス。明日ではなく、明々後日とは、いくらなんでも巫山戯過ぎている。これにはリーブリヒが黙っていまい—と思ったのだが、そのリーブリヒはアビスを見て、真っ青になり固まっていた。一体、これはどうしたことだろうか。


《凄まじい力の持ち主です。リーブリヒは理解してしまったようですね》

(え?そんなに?)

《桁外れ—と言えば、分かってもらえますか?》


 肩の上のラヴァがカッコいいことを言うも、その視線はレーションに釘付けになっていた。何なら、涎も垂らしている。食欲には勝てない獣の性だ。仕方ないのだろう。肩を汚さないでほしいところだ。


「アビス様よ…お疲れなのじゃろうが、頼まれてくれぬか?この者達とて遊びに来ている訳ではないのじゃから」

「…仕方ないであるな。我よりも疲れているであろうクローディアに言われては…断れぬである」


 アビスは観念したらしく、クローディアらのいる上座へと向かう。クローディアが席を明け渡そうとしたが、それを制して手近な椅子に腰を下ろした。


「それで、何が聞きたいのである?」


 自己紹介もなく、アビスは用件を問うてくる。それが威圧的に見えてしまい、少しばかり怖く感じられた。そのせいか、身を固くしていた私のみならず、誰もが口を閉ざしたまま何も言わない。居た堪れなさに視線を彷徨わせるのみだった。


(…どーすんの?これ?)

《いや、貴女が口を開けばいいじゃないですか?》

(やだよっ!)


 無言の時間が続くに従い、アビスの表情はどんどん剣呑なものへと変わってゆく。悪循環である。圧迫面接というものは、きっと、こんな感じに違いない。


「…アビス様よ、その厳しい表情は何とかならんか?ほれ、ここにいるのは、ほとんど女子じゃ。萎縮してしまっておるわい」

「い、厳し…ええい、4人も男がいるなら問題ないである。いいからさっさと聞くであるな」


 ヒラヒラと手を振って、取り繕うつもりがないことをアピールするアビスであったが、それよりも気になることがある。私達は互いに怪訝な顔を見合わせていた。


(4人?4人って言った?)

《言いましたね…》


 ノアの鐘のロドリゲス、カメイラ、ゴリアテの3人は、乙女であるが男性だ。4人の内、3人は間違いなく彼らだろう。ならば、もう一人は誰であろうか。


《真、真》

(何?)


 ラヴァに呼びかけられて顔を上げれば、皆の視線がアイマスへと向いている。私も釣られてアイマスを見れば、アイマスはワナワナと震えているではないか。察した。


『男…4人…』

「まさか…アイマスがカウントされてる?」


 平常であれば笑ってしまうところだが、必死に耐えた。これを笑う訳にはゆかないだろう。友人として。人として。


「ひ、酷いぞっ!いくらなんでも酷いっ!」

「ブフッ」


 ダメでした。耐え兼ねたアイマスが声を上げたのを皮切りに、私のみならず数名が失笑すれば、流石のアビスもこの空気を訝しみ始める。けれども、アイマスが何に対して憤慨しているのか、どうして皆が笑っているのか、分からないらしい。助けを求めて、縋るかのような視線をクローディアへと向けていた。


「アビス様よ…アイマス—そこのは男子ではないわい。女子じゃ」

「…え?」


 アビスが絶句する様に、怒りに顔を燃やすアイマス。けれど、噴火は免れた。アイマスがブチ切れる前に、アビスが詫びたのだ。


「すす、すまんである。これは流石に悪かった」

「……詫びを受け入れる」


 ふう—と、怒りを鎮めようとするアイマスの隣では、ケタケタと声を出してアシュレイが笑っている。彼女がために、アイマスの怒りが再燃しないかと、気が気ではなかった。


「アビス様よ、それでは最初から語っておくれ」

「…ふう。分かったである…」


 けれども、場の混乱はクローディアが治める。彼女が苦笑混じりに声をかければ、己の髪を撫でながら咳払いした後、アビスはゆっくりと語り始めた。


「あー、アトリアに行った我が見たのは、結界に覆われた町と、ズ・シャ・クォンであるな」

「…ズ・シャ・クォン?」


 取っ掛かりから聞き慣れない言葉が出てきた。首を傾げ、他の面々を見る。けれども、誰もが私同様に首を傾げており、ズ・シャ・クォンというものが何であるのかを知る者は、この場にはいないようだった。


「ラヴァは知ってる?」

『いえ、知りません』

「あー、そこからであるな。これはすまぬである」


 よいしょ—とアビスは椅子に座り直すと、チラリと私を見た。否、ラヴァを見たように感じられる。けれども、先と同様に、彼はその辺りには触れてこない。徐にズ・シャ・クォンについて語り始めた。


「ズ・シャ・クォンというのは、太古の時代、この世界を支配していた者共の眷属であるな。闇の巨人の姿を取り、一度鐘を打ち鳴らせば、遍く生命は果てるである」


 アビスの言うズ・シャ・クォンというのは、アトリアで見た闇の巨人に他ならないだろう。私のみならず、皆もそれに気が付いたらしい。誰しもが渋い顔を作る。私も例に漏れず、眉を寄せながら考え込んだ。


(鐘を打ち鳴らす?それだけで、みんな死んじゃうの?反則じゃん)

《ヘルハウンドに続き、グリム、ズ・シャ・クォン。よくもまあ、生きて戻れたものですね》


 ラヴァの嘆息も無理からぬことだろう。そうだよね—と同意しつつ、己の悪運の強さに感謝した。


「ま、人類が腰蓑を衣服と呼んでいた時代の話である。今はもう、日の当たらぬ地の底に封じられた者共であるから、関係ないであるな」

「いやいや、地の底から出てきてるし」


 日の当たらぬ地の底に封じ込められたらしいが、召喚すれば出てくるというならば、ちっとも安心はできない。思わず口を挟んでしまい、アビスの鋭い視線に突き刺される。しまった—と内心で慌てるも、別に何をされる訳でもなかった。


「そうであるな…貴様の言う通りである。今後、あれを見かけたら、我を頼るといい。あれは、貴様ら人類には荷が重い」

「…貴様ら人類(・・)?」


 スルーしようとしていたアビスの発言は、しっかりとカームが拾う。クローディアがピクリと動きかけたところを見るに、アビスの失言かとも思ったが、そうではなかった。


「そうだ。必ず、我を頼れ」


 そう告げつつ、私達を視線でなぞるアビスの眼は、人のそれではなくなっている。三日月を縦に配したかのような、深い黄金色の眼。それでいて魔物のそれとは違うと一目で分かる力強さは、どんな文献でも見たことがなく、引き込まれるものがあった。


「…アビス様よ…良いのか?」

「ズ・シャ・クォンは、人では無理である。仕方ないであるからな」


 クローディアの問いかけは、アビスが人ではない何かであることを、私達へと知らしめたことに対するものだろう。それに応じたアビスの眼は、既に人のそれへと戻っていた。


『竜眼…アビスよ、貴方は竜人なのですか?』


 ラヴァの言に皆が目を見開く。竜人というのは、竜と人の混血とされる種族のことだ。魔人族すらはるかに超えた圧倒的な力を有する種族とされながら、その存在を確かめた者はない。古い文献などに散見される程度で、眉唾なのだと私は考えていたほどである。


「…竜人?」

「実在するのかしら?♪」


 視線を一身に集めるアビスだったが、彼は徐に首を振った。だよね—と皆が安堵の息を吐いて姿勢を正すも、彼の続けた言葉は、更に衝撃的なものだった。


「…少し違う。我は竜そのものである。貴様らが、時に恐れ、時に力の象徴として崇める竜である」


 食堂内が一気に静まり返った。竜とは、アビスの言うように、恐れの象徴だ。英雄譚では邪竜として各地を荒らし回ったり、伝承などでは人に力を与え、共に強大な魔物を倒したりもする。けれども、それらは作り話の類とは言い切れない。何故ならば、竜はこの世界に今なお実在するからだ。多くは人の入り込めぬような秘境にしか存在しないらしいが、時折、何かの拍子で外へと出る。それを目撃した者がいた場合、国単位でパニックになるらしい。かの存在が人里に降りてこようものならば、生き残ることなど絶望的だからだ。この世界に暮らす多くの者にとって、竜とはグリムなんて比較にならないほどの化物なのである。


(…本物なの?)

《間違いなく竜眼でした。…本物です》


 ラヴァの見立てが正しいとするならば、今、私達の目の前にいる老紳士は、ズ・シャ・クォンを超える怪物なのだろう。いや、怪物ではなく、もはや神威と呼ぶべきか。


「あ、あの…」


 無音の中にあって、おずおずと手を上げたのは、我らが良心のクシケンスだ。そのクシケンスに視線を送ってギョッとした。上げられた手はいい。問題なのは、もう片方の手に、紙とペンが握られていたことだ。おい、よせ!止めろ—と、心の中で何度も念じた。


「あ、後で…こ、個人的に…竜という、存在について…お話を…」

「あ〜、私も〜」


 言ってしまった。しかも、それに乗っかる奴まで出てくる始末だ。アイマスの隣に座るアシュレイである。止めろよ!—とアイマスを睨めつけるも、無茶言うな—と、こちらを睨み返す視線が語っていた。


「…あ〜。魔人族は、皆、ああいう感じなのであるか?」


 しかし、アビスは怒ったりはしなかった。それどころか、愉快そうにクローディアへと笑いかけていたりする。そのクローディアは、少しばかり恥ずかしそうだったが。


「う、うむ…まあ、そうじゃな。わしもアビス様には、散々、聞きまくった口じゃからな。何も言い返せんわい」

「うはは、そうであるか。うはははは」


 一頻り笑うと、アビスはそれまでの剣呑さが嘘のように消えていた。野性味溢れる顔立ちのせいか、それでも少し怖いが、先ほどまでと比べると雲泥の差だ。


「うむ。答えられる範囲ならば、教えてやるであるな。何でも聞いてみるが良い」

「あ、有難う…御座い、ます!」

「ありがと〜」


 知識欲の権化二人は、アビスの了承が得られたことで、互いにサムズアップしていた。さっきまでは拳で語るくらいの気持ちだったが、今は称賛したい心持ちだ。良くやったぞ二人とも。


「だが、少なくとも三日欲しいである」


 けれど、喜ぶ二人に向けて、アビスは待ったをかける。どうしてか?—とクシケンスが尋ねれば、アビスは鷹揚に頷いてから返した。


「アトリアでやり残したことがあるであるからな」

「やり残し…ですか?」


 アビスの言に割り込んだのは、ファーレンだ。皆が視線を向けるも、ファーレンは物怖じすることなく続けた。


「その、ズ・シャ・クォンとかいう奴を倒すのですか?なら、後学までに僕も見に行きたいのですが」

「あ?うぬ…すまぬである。あれはもう片付いた。そうではなくて…ええと…や、野暮用であるな」


 今度は、別の意味で食堂内が静まり返った。ズ・シャ・クォンが既に倒されたということよりも、アビスの様子がおかしかったからだ。先ほどまでの威厳は何処へやら。ファーレンから視線を逸らすアビスの姿は、まるで、悪戯がバレた時の子供のようである。明らかに何かを隠しているのが見て取れた。


「…アビス様よ…アトリアで何をする気じゃ?」


 アビスにジト目を向けながら、諌めるかのように尋ねるクローディアだったが、アビスはすぐには答えない。何かしら言い訳の材料を探しているらしく、視線はしばらく泳いでいた。


「あ、結界!結界である!アトリアを覆う結界を消すである!それに三日かかるであるな!」


 自信満々の作り話を披露する子供かな?—という印象を受ける、良い笑顔のアビス。クローディアも呆れたかのように眉間を揉んでいる。しかし、それを嘘と断じる材料を持ち合わせていない私達には、確信があったとてどうすることもできない。あえて流した。


「そ、それなら…私達が、お手伝い…できる、かと。ね、ねえ?アシュレイ、さん?」

「そ〜だね〜」


 けれども、クシケンスの投下した爆弾は、アビスの痛いところを突く。その手があったか—と、感心してしまった。彼女のそれは善意からの提案だったに違いないが、アビスは目に見えて狼狽している。


《やりますね。心を読んで、逃げ道を塞いでいく戦法に出たのでしょう》

(いいや、クシケンスはアエテルヌムの良心だよ。そんなことはしないよ)


 ラヴァの妄言は捨て置くとして、逃げ道を塞がれたアビスは、いよいよもって行き詰まったらしく、鳩が豆鉄砲を食ったかのように呆気に取られた顔を作っていた。


「…なんじゃ。三日どころか、一日で終わりそうじゃなぁ?」

「う、うぬ…い、いや…その…ちょっと厄介な結界であるからな…やはり三日はほしいである。ああ!いや待て!もしかすると、ズ・シャ・クォンのいた影響が出ているかもしれぬである!危険であるからな!余人は入れられぬであるな!」


 多少話を盛ってみれば、思ったよりも出来が良かったらしく、成功を確信したのだろう。どうだ—とばかりに私達を見回すアビスだったが、クローディアらのアビスを見る目付きは渋い。もちろん、私達もだ。


「アビス様…本当のことを仰るべきであります」

「アビス様よ…その取り繕い方、あやつそっくりじゃぞ?」

「そうですよ!何を隠してるんですか?」

「にゃーんごろー」

「なーうー」


 クローディア達のみではなく猫にまで口撃されたアビスは、ついに観念したらしく、ガックリ肩を落とした後、くしゃくしゃと頭をかいた。


「…アトリアで果てた者達を…生き返らせているのである…」

「なんだって!?」


 アビスの言に、ガタリと立ち上がった者がいた。あまりの勢いに椅子は倒れ、ガタンと大きな音が鳴る。アイマスだ。隣に座っていた私は、心臓が飛び出るかと思った。


「い、生き返る!?そんな、そんなことが可能なのかっ!?」

「ま、待つであるな!不死系魔物(アンデッド)としてである!」

「お、おいっ!?それはダメだろーが!…ダメだと思う…ます!」


 思わずといった感じで割って入ったリーブリヒだったが、誰に口を利いたのか理解が追いついたらしく、下手な敬語を披露してくれた。そのおかげか、突如ヒートアップしたアイマスの熱は、多少冷めたらしい。


「詳しく教えてくれ」

「…手段については教えられぬである。けれど、不死系魔物(アンデッド)ではあるが、生前と何ら変わらぬ生活を送れることは、保証するである」

 

 アイマスとアビスは、リーブリヒの言に触れないらしい。少しばかり可哀想に思って見てみれば、リーブリヒはロドリゲスらに弄られていた。リーブリヒのような濃ゆいキャラも、ノアの鐘ではいじられ役らしい。恐るべし、オネエ軍団。


「ヨールは?ヨール—私のように巨躯を誇る女性だ。年は30を過ぎた頃だと思う。宿屋の女将だ」

「悪いであるが、いちいち個人を確認したりはしていないである。死体が指一本でも残ってさえいれば、生き返らせてやれるであるな」


 ヨールという女性のことは、私も知っている。一度会ったこともあるし、アトリアで一泊する時は、必ず彼女の宿に泊まると聞いていたからだ。アイマスとはそれなりに長い付き合いであるらしく、宿を閉めてから、女二人でまったりと飲んでいたりするらしい。


「…そうか。そうか。良かった…」


 見る見るうちに喜色を露わにするアイマス。もしかすると、ここ最近元気がなかったのは、ヨールのことを気にしてのことだったのかもしれない。


「待つのじゃ」


 ところが、今度はクローディアが横槍を入れた。彼女はアイマスではなくアビスに言いたいことがあるらしく、アビスが顔を向けると、眉を寄せて首を振る。


「アビス様よ…その、言い難いのじゃがな。ホムンクルスの材料は—」

「ホムンクルス!?」

「ええいっ!煩いクシケンス!少し黙っておれ!…ええと、そう簡単に町全体をカバーできるほど取れぬ。それこそ、何十年もかかるぞ?」


 途中、クシケンスの妨害が入ったものの、クローディアは無事に伝えきった。ホムンクルスとは、錬金術の至宝とまで言われるものだ。あらゆる物質の構成を書き換える賢者の石。怪我や病気はおろか、欠損、果てには枯れた植物すらも正常な状態へと帰するエリクサー。不死身の肉体、ホムンクルス。誰が編纂したのかは知らないが、それら三つの至宝は、どうやっても手に入らないような材料と共に、不明確な作製法が今も残っていたりする。


(ホムンクルスで蘇らせる—ってこと?)

《…いえ、ホムンクルスは、あくまでも不死身の肉体のみを指します。魂は別ですよ。既に死んでいる以上、その者の魂は…そもそも—ともかく、ホムンクルスでは無理です》

 

 ホムンクルスの作成云々は置いておくとして、ホムンクルスがあれば生き返らせられるのだろうか。ラヴァはあっさりと否定したが、魂を操るならば、死霊術の範疇だろう。そっち方面は、私にもラヴァにも行使できない。それさえ叶えば、やれそうな気がしなくもないのだが。そして最後、ラヴァが発言を切り上げたのが、少し気にかかった。


「いや、ホムンクルスは使わぬである。ハルワタートとアムルタート。あれらが居ればできる。現に、一部は既に生き返したであるぞ。今夜は真オサカ邸に泊まらせるである」


 アビスの言を聞くや否や、アイマスが食堂を飛び出して行った。呆気に取られて固まる私達だったが、クローディアがいち早く我に返ると、クルスをアイマスの案内役として派遣させる。


「ならば良いわい。杞憂じゃったな」


 クルスと猫達が食堂から出てゆくと、クローディアは会話を再開したものの、ホムンクルスってどういうことだよ—と、私は別のところに気を取られていたりする。この後に詳しく話を聞けたりするのだろうか。


「ああ、うむ…まあ、良いである。ともかく、そんな訳だから、三日ほしいであるな!」


 これはクシケンスらに対しての発言だ。竜について教える場を設けてくれるのだろう。私もこれには興味がある。同席させてほしいものだ。


「はい!はい!待ちます!待ちます、とも!ねえ、アシュレイ、さん?」

「お〜いえ〜」


 クシケンスとアシュレイも納得したらしく、ニコニコと上機嫌に笑っている。闇の巨人であるズ・シャ・クォンは倒れ、住人達も戻ってくる。首謀者達の正体は未だに見えないものの、アトリアに関しては既に鎮火した後であると見て良さそうだった。


「待ってほしいので御座います」


 ところが、大団円を迎えた後に声を発した者がいる。ソティだ。その表情は真剣そのもので、いつにない迫力を伴っていた。


「…なんじゃ?」

不死系魔物(アンデッド)化した者達は、本当に大丈夫なので御座いますか?」


 ソティの質問は、応じたクローディアにではなく、アビスヘと向けて投げ掛けられたものだ。ソティは不死系魔物(アンデッド)というものに抵抗があるらしく、アビスの視線を受けても動じない。真っ向から勝負する構えを見せている。


(あ、そっか…)

《教会と不死系魔物(アンデッド)は、相容れないでしょうからね…》


 これは無理もない。教会と不死系魔物(アンデッド)は、長らく対立してきた歴史がある。今よりも文化の未発達だった頃などは、精霊石の配置も最適化されておらず、魔物の脅威から村々を守るのは色々と手探りだったらしい。そんな状況であるため、地方の農村などは不死系魔物(アンデッド)の手により荒らされたりしていた。それを言ったら通常の魔物とてそうなのだが、不死系魔物(アンデッド)の場合、瘴気がもたらす生者の不死系魔物(アンデッド)化がある。人間はもとより、動植物全てが不死系魔物(アンデッド)化するのだ。深刻度は単なる魔物被害の比ではなかった。私は見たことこそないが、女神教における戦闘系?の役職には、祓魔師(エクソシスト)という対不死系魔物(アンデッド)専門の殲滅部隊もあるそうで、教会が如何に不死系魔物(アンデッド)を目の敵—と言っては表現が悪いが—としているか、想像に難しくないだろう。


「…それは、どういう意味においての“大丈夫”であるか?」

「瘴気による他者への感染の有無、生きた肉を欲する衝動、血への渇き。それこそ、アトリアの民達が、今日までアトリアに巣食っていた不死系魔物(アンデッド)共に、取って代わるだけになるのではないで御座いましょうか?」


 先ほど、ノアの鐘のリーブリヒが物言いを入れたが、その時の彼女もまた、ソティと同じ懸念を抱いていたに違いない。ソティ同様に、アビスへ真剣な眼差しを向けているのがその証左だろう。


「…ああ。そういえば、ズ・シャ・クォンに握り潰されていた不死系魔物(アンデッド)がいたであったな…」


 ボリボリと頭をかきながらアビスは新たな情報を追加してきた。聞いておらんぞ?—とクローディアは呟いていたが、そもそも、アビスの報告自体が進んでいない。ことある毎に私達が口を挟むからだ。クローディアとてそれは理解しているらしく、それ以上は言わなかった。


「まあ、問題ないである。立証済みであるからな」

「…立証済みだと仰るならば、その証拠を見せてほしいので御座います」


 ソティの要求に対して、アビスはチラリとクローディアへ視線を向けた。クローディアもまたアビスを見たが、互いに何か言葉を交わす訳ではない。ただ、頷き合ったのみだ。それは、クローディアもまた、不死系魔物(アンデッド)化による弊害の有無を理解していることに他ならない。彼らと知り合ったことで、これまでの常識がいくつも覆された。正直、情報過多だ。そろそろ打ち止めであることを願いたい。


「イチローら再生者(レナトゥス)と会ってみて、問題あるように見えたであるか?」

「…え?」


 アビスの発言の意味が、最初は分からなかった。けれど、それが何であるかを察せられると、ソティは大きく目を見開く。私もきっと、同じ表情をしていたことだろう。


「レ、再生者(レナトゥス)の皆様は…不死系魔物(アンデッド)…なので御座いますか?」

「…そうじゃ。あれらは不死系魔物(アンデッド)じゃ。不死系魔物(アンデッド)でありながら、人としての理性を取り戻すに至った希有な例じゃ。迷宮内で出会ったが、スケルトンじゃったな。ジロー、シローの女二人を庇うかのように、イチローらが前に出おった」


 懐かしむかのようにクローディアが笑えば、アビスもまた腕組みして目を瞑ると、うんうんと首肯していた。よく気が付いたものだと思う。私ならばきっと、ギャー!—とでも叫びながら、速攻で殲滅したことだろう。


「いくら魔物とはいえ、置いてゆくのも憚られた。故に、人としての肉体を与え、共に行動するようになったのよ」

「ホ、ホムンクルス!!」

「クシケンス、今は抑えて」


 暴走しかけたクシケンスに皆の視線が向くも、由香里に諌められて落ち着くと、皆、クローディアへ視線を戻す。けれど、クローディアの話はそれで終わりであるらしく、彼女は黙ってソティを見つめていた。アビスもまた。


「…そんな…そんな、ことが?」


 そして、ソティは愕然としていた。アビスやクローディアの語ったことが信じられないらしい。彼女にしては珍しい絵だ。


「ファーレン、真オサカ邸に連れてゆくであるな。見た方が早いである」

「え?あ、はい…分かりました」

「俺らも行くぜ」

俺ら(・・)も?…仕方ない、付き合うか。ロドリー、すまないが、ここは任せる」


 ファーレンが立ち上がると、それにノアの鐘も続く。この場には、ロドリゲス一人が残るらしい。未だに困惑しているソティの肩を優しく叩くと、その手を引いてファーレンらは食堂を出て行った。


「…ふぅ。まあ、あれが一般的な反応よな…」

「だから言いたくなかったである」


 背凭れに身を預けながらクローディアが嘆息すると、それ見たことか—とばかりに、アビスが噛み付いた。これにはクローディアも苦笑するしかない。


「そのようなことをやっているなどと、夢にも思わぬじゃろう?」

「…違いないであるな」


 アビスとクローディアはそう締め括ると、静かに笑い合った。


(…疲れた)

《右に同じく。色々と驚かれされてばかりですね。けれど、もう少しです。頑張りましょう》


 アトリアに向かってからここまで、信じられないことばかりだ。頭はもう理解を放棄しかけている。けれど、この場に残った者の一人として、ちゃんと会話に参加せねばなるまい。リーダーのアイマスも、サブリーダーのソティも不在である今、頼れるのは由香里しかいないのだから。私はそれをしっかりとフォローするのだ。


《出た。他力本願》

(何とでも言え)


 ラヴァの軽口をやり過ごし、意識を再び浮上させる。クローディアが椅子に座り直り、姿勢を正していた。これから会話が再開されるらしい。私も姿勢を正した。


「さて、アビス様よ。脱線したが、続きをお願いできるじゃろうか?」

「…あー、どこまで話したであるか?」

「まだ何も話していないわ♪」


 ロドリゲスが苦笑すれば、確かにそうだな—と、私も笑う。アビスも苦笑していた。


「そうであったな。…さて、結界を抜けて町に入った訳であるが、ズ・シャ・クォンに不死系魔物(アンデッド)が握り潰されていたである。おそらくは、ズ・シャ・クォンを御そうとして、失敗したのであるな。其奴は灰になって消えたである」

「灰に〜?…吸血鬼(ヴァンパイア)〜?」


 尋ねたのはアシュレイだ。てっきり、未だにクシケンスとお花畑にいるかと思いきや、しっかりと会話は聞いていたらしい。対して、クシケンスはしきりにメモを取っているが、その手元を覗き見る由香里が苦笑している様を見るに、会話に関することではないのだろう。竜云々に関して、聞きたいことでもリストアップしているに違いない。


「うむ、間違いないであるな。長い牙に赤い瞳。吸血鬼(ヴァンパイア)の特徴と合致するである」


 私達がアトリアを見て回った限りでは、吸血鬼(ヴァンパイア)などいはしなかった。けれど、アビスは握り潰された吸血鬼(ヴァンパイア)を見たらしい。これはもしかすると、そいつらが黒幕なのではなかろうか—と、皆が思ったことだろう。少しばかり表情には期待の色が見て取れる。そんな中、そうだ—と、思い出したかのようにアビスが続けたため、皆の視線は一気にアビスヘ向いた。


「“騙したな、エクーニゲル”とか、言いながら消えていったであるな」

「…ここでその名前が出るか…予感していたことではあるが…気が滅入るのぅ…」


 アビスの言にクローディアが深く嘆息し、またしても背凭れによりかかる。気疲れしているのだろう。それは私達も同じだ。クローディアのみならず、皆が背凭れに身を預けた。


「…なんである?この反応は?」

「いやのぅ…そのエクーニゲルじゃがな…王都アンラでも好き勝手やってくれたのよ…おかげで、アンラは瓦礫の山と化したわい」


 背凭れに身を預けたまま、目元を揉みつつクローディアは応じた。本当に疲れているらしい。彼女の復帰まで、しばしの時間を要した。


「まあ良い。その話は後でじゃ。続けてもらえるかのぅ」

「うむ。それから—」


 そこから先は、アビスの話を黙って聞く。アトリアの状況を理解し、アンラの状況を整理し終えたのは、随分と夜も更けてからのことだった。

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