真、メットーラを訪問する その三
「にゃーんごろー」
「なーうー」
「タンパク質、ビタミン。こっちであります」
クルスが声をかければ、2匹の猫はアビスの足元をするりと抜けてクルスの元へと向かう。それを嬉しそうに眺めていたクルスは、2匹が近くまで寄ると腰を落として小皿を与えていた。
「いっぱい食べるでありますよ」
和む光景なのだろうが、先のクルスの台詞にあった、タンパク質とビタミン。これはまさか、猫の名前なのだろうか。名前なのだろう。可愛らしい猫ではなく、致命的にセンスのないクルスの背中へ視線が向いてしまい、どうにも和めなかった。
「思ったよりも早かったの、アビス様よ」
「クローディア…これはどうしたことである?」
クローディアが声をかけると、アビスは私達を視線でなぞりながらクローディアへと尋ねる。途中、私と由香里のところで目を見開いたように見受けられたが、彼から特に何かを言うことはなかった。
「うむ。アトリアへと向かっていた者達じゃ。アビス様がアトリアで見てきたことを知りたいそうじゃ」
「…この者達が…」
呟きながら再び視線を巡らせるアビスだったが、アトリアでの云々を語り出す気配はない。これにはクローディアも怪訝な顔を作った。
「アビス様よ、アトリアで何があったかを聞かせてほしいのじゃが」
「…あ〜…ああ、うむ。そうであるな…明々後日くらいで良いであるか?」
クローディアの要請に、面倒くさそうに頭をかくアビス。明日ではなく、明々後日とは、いくらなんでも巫山戯過ぎている。これにはリーブリヒが黙っていまい—と思ったのだが、そのリーブリヒはアビスを見て、真っ青になり固まっていた。一体、これはどうしたことだろうか。
《凄まじい力の持ち主です。リーブリヒは理解してしまったようですね》
(え?そんなに?)
《桁外れ—と言えば、分かってもらえますか?》
肩の上のラヴァがカッコいいことを言うも、その視線はレーションに釘付けになっていた。何なら、涎も垂らしている。食欲には勝てない獣の性だ。仕方ないのだろう。肩を汚さないでほしいところだ。
「アビス様よ…お疲れなのじゃろうが、頼まれてくれぬか?この者達とて遊びに来ている訳ではないのじゃから」
「…仕方ないであるな。我よりも疲れているであろうクローディアに言われては…断れぬである」
アビスは観念したらしく、クローディアらのいる上座へと向かう。クローディアが席を明け渡そうとしたが、それを制して手近な椅子に腰を下ろした。
「それで、何が聞きたいのである?」
自己紹介もなく、アビスは用件を問うてくる。それが威圧的に見えてしまい、少しばかり怖く感じられた。そのせいか、身を固くしていた私のみならず、誰もが口を閉ざしたまま何も言わない。居た堪れなさに視線を彷徨わせるのみだった。
(…どーすんの?これ?)
《いや、貴女が口を開けばいいじゃないですか?》
(やだよっ!)
無言の時間が続くに従い、アビスの表情はどんどん剣呑なものへと変わってゆく。悪循環である。圧迫面接というものは、きっと、こんな感じに違いない。
「…アビス様よ、その厳しい表情は何とかならんか?ほれ、ここにいるのは、ほとんど女子じゃ。萎縮してしまっておるわい」
「い、厳し…ええい、4人も男がいるなら問題ないである。いいからさっさと聞くであるな」
ヒラヒラと手を振って、取り繕うつもりがないことをアピールするアビスであったが、それよりも気になることがある。私達は互いに怪訝な顔を見合わせていた。
(4人?4人って言った?)
《言いましたね…》
ノアの鐘のロドリゲス、カメイラ、ゴリアテの3人は、乙女であるが男性だ。4人の内、3人は間違いなく彼らだろう。ならば、もう一人は誰であろうか。
《真、真》
(何?)
ラヴァに呼びかけられて顔を上げれば、皆の視線がアイマスへと向いている。私も釣られてアイマスを見れば、アイマスはワナワナと震えているではないか。察した。
『男…4人…』
「まさか…アイマスがカウントされてる?」
平常であれば笑ってしまうところだが、必死に耐えた。これを笑う訳にはゆかないだろう。友人として。人として。
「ひ、酷いぞっ!いくらなんでも酷いっ!」
「ブフッ」
ダメでした。耐え兼ねたアイマスが声を上げたのを皮切りに、私のみならず数名が失笑すれば、流石のアビスもこの空気を訝しみ始める。けれども、アイマスが何に対して憤慨しているのか、どうして皆が笑っているのか、分からないらしい。助けを求めて、縋るかのような視線をクローディアへと向けていた。
「アビス様よ…アイマス—そこのは男子ではないわい。女子じゃ」
「…え?」
アビスが絶句する様に、怒りに顔を燃やすアイマス。けれど、噴火は免れた。アイマスがブチ切れる前に、アビスが詫びたのだ。
「すす、すまんである。これは流石に悪かった」
「……詫びを受け入れる」
ふう—と、怒りを鎮めようとするアイマスの隣では、ケタケタと声を出してアシュレイが笑っている。彼女がために、アイマスの怒りが再燃しないかと、気が気ではなかった。
「アビス様よ、それでは最初から語っておくれ」
「…ふう。分かったである…」
けれども、場の混乱はクローディアが治める。彼女が苦笑混じりに声をかければ、己の髪を撫でながら咳払いした後、アビスはゆっくりと語り始めた。
「あー、アトリアに行った我が見たのは、結界に覆われた町と、ズ・シャ・クォンであるな」
「…ズ・シャ・クォン?」
取っ掛かりから聞き慣れない言葉が出てきた。首を傾げ、他の面々を見る。けれども、誰もが私同様に首を傾げており、ズ・シャ・クォンというものが何であるのかを知る者は、この場にはいないようだった。
「ラヴァは知ってる?」
『いえ、知りません』
「あー、そこからであるな。これはすまぬである」
よいしょ—とアビスは椅子に座り直すと、チラリと私を見た。否、ラヴァを見たように感じられる。けれども、先と同様に、彼はその辺りには触れてこない。徐にズ・シャ・クォンについて語り始めた。
「ズ・シャ・クォンというのは、太古の時代、この世界を支配していた者共の眷属であるな。闇の巨人の姿を取り、一度鐘を打ち鳴らせば、遍く生命は果てるである」
アビスの言うズ・シャ・クォンというのは、アトリアで見た闇の巨人に他ならないだろう。私のみならず、皆もそれに気が付いたらしい。誰しもが渋い顔を作る。私も例に漏れず、眉を寄せながら考え込んだ。
(鐘を打ち鳴らす?それだけで、みんな死んじゃうの?反則じゃん)
《ヘルハウンドに続き、グリム、ズ・シャ・クォン。よくもまあ、生きて戻れたものですね》
ラヴァの嘆息も無理からぬことだろう。そうだよね—と同意しつつ、己の悪運の強さに感謝した。
「ま、人類が腰蓑を衣服と呼んでいた時代の話である。今はもう、日の当たらぬ地の底に封じられた者共であるから、関係ないであるな」
「いやいや、地の底から出てきてるし」
日の当たらぬ地の底に封じ込められたらしいが、召喚すれば出てくるというならば、ちっとも安心はできない。思わず口を挟んでしまい、アビスの鋭い視線に突き刺される。しまった—と内心で慌てるも、別に何をされる訳でもなかった。
「そうであるな…貴様の言う通りである。今後、あれを見かけたら、我を頼るといい。あれは、貴様ら人類には荷が重い」
「…貴様ら人類?」
スルーしようとしていたアビスの発言は、しっかりとカームが拾う。クローディアがピクリと動きかけたところを見るに、アビスの失言かとも思ったが、そうではなかった。
「そうだ。必ず、我を頼れ」
そう告げつつ、私達を視線でなぞるアビスの眼は、人のそれではなくなっている。三日月を縦に配したかのような、深い黄金色の眼。それでいて魔物のそれとは違うと一目で分かる力強さは、どんな文献でも見たことがなく、引き込まれるものがあった。
「…アビス様よ…良いのか?」
「ズ・シャ・クォンは、人では無理である。仕方ないであるからな」
クローディアの問いかけは、アビスが人ではない何かであることを、私達へと知らしめたことに対するものだろう。それに応じたアビスの眼は、既に人のそれへと戻っていた。
『竜眼…アビスよ、貴方は竜人なのですか?』
ラヴァの言に皆が目を見開く。竜人というのは、竜と人の混血とされる種族のことだ。魔人族すらはるかに超えた圧倒的な力を有する種族とされながら、その存在を確かめた者はない。古い文献などに散見される程度で、眉唾なのだと私は考えていたほどである。
「…竜人?」
「実在するのかしら?♪」
視線を一身に集めるアビスだったが、彼は徐に首を振った。だよね—と皆が安堵の息を吐いて姿勢を正すも、彼の続けた言葉は、更に衝撃的なものだった。
「…少し違う。我は竜そのものである。貴様らが、時に恐れ、時に力の象徴として崇める竜である」
食堂内が一気に静まり返った。竜とは、アビスの言うように、恐れの象徴だ。英雄譚では邪竜として各地を荒らし回ったり、伝承などでは人に力を与え、共に強大な魔物を倒したりもする。けれども、それらは作り話の類とは言い切れない。何故ならば、竜はこの世界に今なお実在するからだ。多くは人の入り込めぬような秘境にしか存在しないらしいが、時折、何かの拍子で外へと出る。それを目撃した者がいた場合、国単位でパニックになるらしい。かの存在が人里に降りてこようものならば、生き残ることなど絶望的だからだ。この世界に暮らす多くの者にとって、竜とはグリムなんて比較にならないほどの化物なのである。
(…本物なの?)
《間違いなく竜眼でした。…本物です》
ラヴァの見立てが正しいとするならば、今、私達の目の前にいる老紳士は、ズ・シャ・クォンを超える怪物なのだろう。いや、怪物ではなく、もはや神威と呼ぶべきか。
「あ、あの…」
無音の中にあって、おずおずと手を上げたのは、我らが良心のクシケンスだ。そのクシケンスに視線を送ってギョッとした。上げられた手はいい。問題なのは、もう片方の手に、紙とペンが握られていたことだ。おい、よせ!止めろ—と、心の中で何度も念じた。
「あ、後で…こ、個人的に…竜という、存在について…お話を…」
「あ〜、私も〜」
言ってしまった。しかも、それに乗っかる奴まで出てくる始末だ。アイマスの隣に座るアシュレイである。止めろよ!—とアイマスを睨めつけるも、無茶言うな—と、こちらを睨み返す視線が語っていた。
「…あ〜。魔人族は、皆、ああいう感じなのであるか?」
しかし、アビスは怒ったりはしなかった。それどころか、愉快そうにクローディアへと笑いかけていたりする。そのクローディアは、少しばかり恥ずかしそうだったが。
「う、うむ…まあ、そうじゃな。わしもアビス様には、散々、聞きまくった口じゃからな。何も言い返せんわい」
「うはは、そうであるか。うはははは」
一頻り笑うと、アビスはそれまでの剣呑さが嘘のように消えていた。野性味溢れる顔立ちのせいか、それでも少し怖いが、先ほどまでと比べると雲泥の差だ。
「うむ。答えられる範囲ならば、教えてやるであるな。何でも聞いてみるが良い」
「あ、有難う…御座い、ます!」
「ありがと〜」
知識欲の権化二人は、アビスの了承が得られたことで、互いにサムズアップしていた。さっきまでは拳で語るくらいの気持ちだったが、今は称賛したい心持ちだ。良くやったぞ二人とも。
「だが、少なくとも三日欲しいである」
けれど、喜ぶ二人に向けて、アビスは待ったをかける。どうしてか?—とクシケンスが尋ねれば、アビスは鷹揚に頷いてから返した。
「アトリアでやり残したことがあるであるからな」
「やり残し…ですか?」
アビスの言に割り込んだのは、ファーレンだ。皆が視線を向けるも、ファーレンは物怖じすることなく続けた。
「その、ズ・シャ・クォンとかいう奴を倒すのですか?なら、後学までに僕も見に行きたいのですが」
「あ?うぬ…すまぬである。あれはもう片付いた。そうではなくて…ええと…や、野暮用であるな」
今度は、別の意味で食堂内が静まり返った。ズ・シャ・クォンが既に倒されたということよりも、アビスの様子がおかしかったからだ。先ほどまでの威厳は何処へやら。ファーレンから視線を逸らすアビスの姿は、まるで、悪戯がバレた時の子供のようである。明らかに何かを隠しているのが見て取れた。
「…アビス様よ…アトリアで何をする気じゃ?」
アビスにジト目を向けながら、諌めるかのように尋ねるクローディアだったが、アビスはすぐには答えない。何かしら言い訳の材料を探しているらしく、視線はしばらく泳いでいた。
「あ、結界!結界である!アトリアを覆う結界を消すである!それに三日かかるであるな!」
自信満々の作り話を披露する子供かな?—という印象を受ける、良い笑顔のアビス。クローディアも呆れたかのように眉間を揉んでいる。しかし、それを嘘と断じる材料を持ち合わせていない私達には、確信があったとてどうすることもできない。あえて流した。
「そ、それなら…私達が、お手伝い…できる、かと。ね、ねえ?アシュレイ、さん?」
「そ〜だね〜」
けれども、クシケンスの投下した爆弾は、アビスの痛いところを突く。その手があったか—と、感心してしまった。彼女のそれは善意からの提案だったに違いないが、アビスは目に見えて狼狽している。
《やりますね。心を読んで、逃げ道を塞いでいく戦法に出たのでしょう》
(いいや、クシケンスはアエテルヌムの良心だよ。そんなことはしないよ)
ラヴァの妄言は捨て置くとして、逃げ道を塞がれたアビスは、いよいよもって行き詰まったらしく、鳩が豆鉄砲を食ったかのように呆気に取られた顔を作っていた。
「…なんじゃ。三日どころか、一日で終わりそうじゃなぁ?」
「う、うぬ…い、いや…その…ちょっと厄介な結界であるからな…やはり三日はほしいである。ああ!いや待て!もしかすると、ズ・シャ・クォンのいた影響が出ているかもしれぬである!危険であるからな!余人は入れられぬであるな!」
多少話を盛ってみれば、思ったよりも出来が良かったらしく、成功を確信したのだろう。どうだ—とばかりに私達を見回すアビスだったが、クローディアらのアビスを見る目付きは渋い。もちろん、私達もだ。
「アビス様…本当のことを仰るべきであります」
「アビス様よ…その取り繕い方、あやつそっくりじゃぞ?」
「そうですよ!何を隠してるんですか?」
「にゃーんごろー」
「なーうー」
クローディア達のみではなく猫にまで口撃されたアビスは、ついに観念したらしく、ガックリ肩を落とした後、くしゃくしゃと頭をかいた。
「…アトリアで果てた者達を…生き返らせているのである…」
「なんだって!?」
アビスの言に、ガタリと立ち上がった者がいた。あまりの勢いに椅子は倒れ、ガタンと大きな音が鳴る。アイマスだ。隣に座っていた私は、心臓が飛び出るかと思った。
「い、生き返る!?そんな、そんなことが可能なのかっ!?」
「ま、待つであるな!不死系魔物としてである!」
「お、おいっ!?それはダメだろーが!…ダメだと思う…ます!」
思わずといった感じで割って入ったリーブリヒだったが、誰に口を利いたのか理解が追いついたらしく、下手な敬語を披露してくれた。そのおかげか、突如ヒートアップしたアイマスの熱は、多少冷めたらしい。
「詳しく教えてくれ」
「…手段については教えられぬである。けれど、不死系魔物ではあるが、生前と何ら変わらぬ生活を送れることは、保証するである」
アイマスとアビスは、リーブリヒの言に触れないらしい。少しばかり可哀想に思って見てみれば、リーブリヒはロドリゲスらに弄られていた。リーブリヒのような濃ゆいキャラも、ノアの鐘ではいじられ役らしい。恐るべし、オネエ軍団。
「ヨールは?ヨール—私のように巨躯を誇る女性だ。年は30を過ぎた頃だと思う。宿屋の女将だ」
「悪いであるが、いちいち個人を確認したりはしていないである。死体が指一本でも残ってさえいれば、生き返らせてやれるであるな」
ヨールという女性のことは、私も知っている。一度会ったこともあるし、アトリアで一泊する時は、必ず彼女の宿に泊まると聞いていたからだ。アイマスとはそれなりに長い付き合いであるらしく、宿を閉めてから、女二人でまったりと飲んでいたりするらしい。
「…そうか。そうか。良かった…」
見る見るうちに喜色を露わにするアイマス。もしかすると、ここ最近元気がなかったのは、ヨールのことを気にしてのことだったのかもしれない。
「待つのじゃ」
ところが、今度はクローディアが横槍を入れた。彼女はアイマスではなくアビスに言いたいことがあるらしく、アビスが顔を向けると、眉を寄せて首を振る。
「アビス様よ…その、言い難いのじゃがな。ホムンクルスの材料は—」
「ホムンクルス!?」
「ええいっ!煩いクシケンス!少し黙っておれ!…ええと、そう簡単に町全体をカバーできるほど取れぬ。それこそ、何十年もかかるぞ?」
途中、クシケンスの妨害が入ったものの、クローディアは無事に伝えきった。ホムンクルスとは、錬金術の至宝とまで言われるものだ。あらゆる物質の構成を書き換える賢者の石。怪我や病気はおろか、欠損、果てには枯れた植物すらも正常な状態へと帰するエリクサー。不死身の肉体、ホムンクルス。誰が編纂したのかは知らないが、それら三つの至宝は、どうやっても手に入らないような材料と共に、不明確な作製法が今も残っていたりする。
(ホムンクルスで蘇らせる—ってこと?)
《…いえ、ホムンクルスは、あくまでも不死身の肉体のみを指します。魂は別ですよ。既に死んでいる以上、その者の魂は…そもそも—ともかく、ホムンクルスでは無理です》
ホムンクルスの作成云々は置いておくとして、ホムンクルスがあれば生き返らせられるのだろうか。ラヴァはあっさりと否定したが、魂を操るならば、死霊術の範疇だろう。そっち方面は、私にもラヴァにも行使できない。それさえ叶えば、やれそうな気がしなくもないのだが。そして最後、ラヴァが発言を切り上げたのが、少し気にかかった。
「いや、ホムンクルスは使わぬである。ハルワタートとアムルタート。あれらが居ればできる。現に、一部は既に生き返したであるぞ。今夜は真オサカ邸に泊まらせるである」
アビスの言を聞くや否や、アイマスが食堂を飛び出して行った。呆気に取られて固まる私達だったが、クローディアがいち早く我に返ると、クルスをアイマスの案内役として派遣させる。
「ならば良いわい。杞憂じゃったな」
クルスと猫達が食堂から出てゆくと、クローディアは会話を再開したものの、ホムンクルスってどういうことだよ—と、私は別のところに気を取られていたりする。この後に詳しく話を聞けたりするのだろうか。
「ああ、うむ…まあ、良いである。ともかく、そんな訳だから、三日ほしいであるな!」
これはクシケンスらに対しての発言だ。竜について教える場を設けてくれるのだろう。私もこれには興味がある。同席させてほしいものだ。
「はい!はい!待ちます!待ちます、とも!ねえ、アシュレイ、さん?」
「お〜いえ〜」
クシケンスとアシュレイも納得したらしく、ニコニコと上機嫌に笑っている。闇の巨人であるズ・シャ・クォンは倒れ、住人達も戻ってくる。首謀者達の正体は未だに見えないものの、アトリアに関しては既に鎮火した後であると見て良さそうだった。
「待ってほしいので御座います」
ところが、大団円を迎えた後に声を発した者がいる。ソティだ。その表情は真剣そのもので、いつにない迫力を伴っていた。
「…なんじゃ?」
「不死系魔物化した者達は、本当に大丈夫なので御座いますか?」
ソティの質問は、応じたクローディアにではなく、アビスヘと向けて投げ掛けられたものだ。ソティは不死系魔物というものに抵抗があるらしく、アビスの視線を受けても動じない。真っ向から勝負する構えを見せている。
(あ、そっか…)
《教会と不死系魔物は、相容れないでしょうからね…》
これは無理もない。教会と不死系魔物は、長らく対立してきた歴史がある。今よりも文化の未発達だった頃などは、精霊石の配置も最適化されておらず、魔物の脅威から村々を守るのは色々と手探りだったらしい。そんな状況であるため、地方の農村などは不死系魔物の手により荒らされたりしていた。それを言ったら通常の魔物とてそうなのだが、不死系魔物の場合、瘴気がもたらす生者の不死系魔物化がある。人間はもとより、動植物全てが不死系魔物化するのだ。深刻度は単なる魔物被害の比ではなかった。私は見たことこそないが、女神教における戦闘系?の役職には、祓魔師という対不死系魔物専門の殲滅部隊もあるそうで、教会が如何に不死系魔物を目の敵—と言っては表現が悪いが—としているか、想像に難しくないだろう。
「…それは、どういう意味においての“大丈夫”であるか?」
「瘴気による他者への感染の有無、生きた肉を欲する衝動、血への渇き。それこそ、アトリアの民達が、今日までアトリアに巣食っていた不死系魔物共に、取って代わるだけになるのではないで御座いましょうか?」
先ほど、ノアの鐘のリーブリヒが物言いを入れたが、その時の彼女もまた、ソティと同じ懸念を抱いていたに違いない。ソティ同様に、アビスへ真剣な眼差しを向けているのがその証左だろう。
「…ああ。そういえば、ズ・シャ・クォンに握り潰されていた不死系魔物がいたであったな…」
ボリボリと頭をかきながらアビスは新たな情報を追加してきた。聞いておらんぞ?—とクローディアは呟いていたが、そもそも、アビスの報告自体が進んでいない。ことある毎に私達が口を挟むからだ。クローディアとてそれは理解しているらしく、それ以上は言わなかった。
「まあ、問題ないである。立証済みであるからな」
「…立証済みだと仰るならば、その証拠を見せてほしいので御座います」
ソティの要求に対して、アビスはチラリとクローディアへ視線を向けた。クローディアもまたアビスを見たが、互いに何か言葉を交わす訳ではない。ただ、頷き合ったのみだ。それは、クローディアもまた、不死系魔物化による弊害の有無を理解していることに他ならない。彼らと知り合ったことで、これまでの常識がいくつも覆された。正直、情報過多だ。そろそろ打ち止めであることを願いたい。
「イチローら再生者と会ってみて、問題あるように見えたであるか?」
「…え?」
アビスの発言の意味が、最初は分からなかった。けれど、それが何であるかを察せられると、ソティは大きく目を見開く。私もきっと、同じ表情をしていたことだろう。
「レ、再生者の皆様は…不死系魔物…なので御座いますか?」
「…そうじゃ。あれらは不死系魔物じゃ。不死系魔物でありながら、人としての理性を取り戻すに至った希有な例じゃ。迷宮内で出会ったが、スケルトンじゃったな。ジロー、シローの女二人を庇うかのように、イチローらが前に出おった」
懐かしむかのようにクローディアが笑えば、アビスもまた腕組みして目を瞑ると、うんうんと首肯していた。よく気が付いたものだと思う。私ならばきっと、ギャー!—とでも叫びながら、速攻で殲滅したことだろう。
「いくら魔物とはいえ、置いてゆくのも憚られた。故に、人としての肉体を与え、共に行動するようになったのよ」
「ホ、ホムンクルス!!」
「クシケンス、今は抑えて」
暴走しかけたクシケンスに皆の視線が向くも、由香里に諌められて落ち着くと、皆、クローディアへ視線を戻す。けれど、クローディアの話はそれで終わりであるらしく、彼女は黙ってソティを見つめていた。アビスもまた。
「…そんな…そんな、ことが?」
そして、ソティは愕然としていた。アビスやクローディアの語ったことが信じられないらしい。彼女にしては珍しい絵だ。
「ファーレン、真オサカ邸に連れてゆくであるな。見た方が早いである」
「え?あ、はい…分かりました」
「俺らも行くぜ」
「俺らも?…仕方ない、付き合うか。ロドリー、すまないが、ここは任せる」
ファーレンが立ち上がると、それにノアの鐘も続く。この場には、ロドリゲス一人が残るらしい。未だに困惑しているソティの肩を優しく叩くと、その手を引いてファーレンらは食堂を出て行った。
「…ふぅ。まあ、あれが一般的な反応よな…」
「だから言いたくなかったである」
背凭れに身を預けながらクローディアが嘆息すると、それ見たことか—とばかりに、アビスが噛み付いた。これにはクローディアも苦笑するしかない。
「そのようなことをやっているなどと、夢にも思わぬじゃろう?」
「…違いないであるな」
アビスとクローディアはそう締め括ると、静かに笑い合った。
(…疲れた)
《右に同じく。色々と驚かれされてばかりですね。けれど、もう少しです。頑張りましょう》
アトリアに向かってからここまで、信じられないことばかりだ。頭はもう理解を放棄しかけている。けれど、この場に残った者の一人として、ちゃんと会話に参加せねばなるまい。リーダーのアイマスも、サブリーダーのソティも不在である今、頼れるのは由香里しかいないのだから。私はそれをしっかりとフォローするのだ。
《出た。他力本願》
(何とでも言え)
ラヴァの軽口をやり過ごし、意識を再び浮上させる。クローディアが椅子に座り直り、姿勢を正していた。これから会話が再開されるらしい。私も姿勢を正した。
「さて、アビス様よ。脱線したが、続きをお願いできるじゃろうか?」
「…あー、どこまで話したであるか?」
「まだ何も話していないわ♪」
ロドリゲスが苦笑すれば、確かにそうだな—と、私も笑う。アビスも苦笑していた。
「そうであったな。…さて、結界を抜けて町に入った訳であるが、ズ・シャ・クォンに不死系魔物が握り潰されていたである。おそらくは、ズ・シャ・クォンを御そうとして、失敗したのであるな。其奴は灰になって消えたである」
「灰に〜?…吸血鬼〜?」
尋ねたのはアシュレイだ。てっきり、未だにクシケンスとお花畑にいるかと思いきや、しっかりと会話は聞いていたらしい。対して、クシケンスはしきりにメモを取っているが、その手元を覗き見る由香里が苦笑している様を見るに、会話に関することではないのだろう。竜云々に関して、聞きたいことでもリストアップしているに違いない。
「うむ、間違いないであるな。長い牙に赤い瞳。吸血鬼の特徴と合致するである」
私達がアトリアを見て回った限りでは、吸血鬼などいはしなかった。けれど、アビスは握り潰された吸血鬼を見たらしい。これはもしかすると、そいつらが黒幕なのではなかろうか—と、皆が思ったことだろう。少しばかり表情には期待の色が見て取れる。そんな中、そうだ—と、思い出したかのようにアビスが続けたため、皆の視線は一気にアビスヘ向いた。
「“騙したな、エクーニゲル”とか、言いながら消えていったであるな」
「…ここでその名前が出るか…予感していたことではあるが…気が滅入るのぅ…」
アビスの言にクローディアが深く嘆息し、またしても背凭れによりかかる。気疲れしているのだろう。それは私達も同じだ。クローディアのみならず、皆が背凭れに身を預けた。
「…なんである?この反応は?」
「いやのぅ…そのエクーニゲルじゃがな…王都アンラでも好き勝手やってくれたのよ…おかげで、アンラは瓦礫の山と化したわい」
背凭れに身を預けたまま、目元を揉みつつクローディアは応じた。本当に疲れているらしい。彼女の復帰まで、しばしの時間を要した。
「まあ良い。その話は後でじゃ。続けてもらえるかのぅ」
「うむ。それから—」
そこから先は、アビスの話を黙って聞く。アトリアの状況を理解し、アンラの状況を整理し終えたのは、随分と夜も更けてからのことだった。




