真、メットーラを訪問する その二
「クローディア大師匠!ただいま戻りました!」
ノックもなくドアが開かれると、大声で帰還を告げてきたのはファーレンだった。ふんふんと鼻歌を口遊む上機嫌な彼女の背後には、一組の男女が佇んでいる。少しばかり線の細い、どっからどう見ても貴族にしか見えない優しげな男性と、勝気が服を着たかのような、つり目が良く似合うショートカットの女性だった。女性は平服であったが、腕には冒険者ギルドの事務員であることを示す腕章が巻かれている。それも一番偉い三本のライン。アンラと同じ意味だとするならば、ギルドマスターを意味する腕章だ。女性はメットーラの冒険者ギルドマスターであるらしい。
「おお、すまぬな、メットーラ伯。見ての通り大人数でな。お主のところに押しかけるよりは—と、御足労願った次第じゃ。無作法を許しておくれ」
クローディアの言は、貴族然とした男性に向けられたものだ。うぎゃー!大貴族だー!—と、内心で慌てる。メットーラ伯と言えば、ここメットーラ領を取り纏める領主に他ならない。雲の上の人にして、この地のボスだ。それとなくアイマスの背に隠れようとしたが、既にそこはクシケンスに奪われていた。
(くっ、この!さっきまでアシュレイと楽しげに会話していたくせに!)
素知らぬ顔で我関せずを貫くクシケンス。仕方なく、由香里の背に隠れた。アイマスと違って心許ないが、今日のところはこれで我慢するしかないだろう。
「いえいえ。良いのですよ。クローディアさん達にはお世話になってますし、上部の身分など気にするのはやめましょう。むしろ、私の方が—うわっ!?」
「それで、これは一体何事なのクローディア?モスクルまで一緒になって。私は何も聞いてないよ」
さて、クローディアが詫びれば、メットーラ伯は逆に恐縮していた様子だったが、そんな彼を押し除けて、メットーラのギルマスが声を上げる。まるで責めるかのような視線をクローディアとモスクルに投げれば、それに便乗するかのように、クローディアの視線もモスクルへと向けられた。
「お、俺が説明するのかっ!?」
視線の意味を察して、上擦った声を上げるモスクル。メットーラ伯はこのやり取りを見て苦笑していた。悪い人ではなさそうだ。
「モスクル。政治的な話も絡むからの。説明は任せる」
「ぬ、ぐ…ああ、分かった。…どこか、話せる場所を借りられるか?」
何か言いたげなモスクルであったが、言ったところでどうにもならないことを悟ったらしく、すぐに観念したらしい。彼は苦労人だと思う。
「ふむ…ならば、会議室など良かろう。サブロー」
クローディアに呼ばれ、サブローが前に出る。彼は普段から頭の後ろで手を組んでいるが、流石にメットーラ伯を前にしては、両手は下げられていた。
「あー、デンテに宮廷魔術師の皆も来てくれ。マギステルは…一旦休め。また日を改めてからだ」
「わしらもか?…今日はもう、ゆっくりと休みたいんだがのぅ…」
モスクルからの指名を受けたデンテだが、珍しくも不満を口にしていた。よほどエクーニゲルとの戦いが疲れたのかもしれない。俺だって休みたいよ—とモスクルにこぼされては、諦めざるを得なかったようだが。
「…え?デンテ?…あんた…デンテだって?デンテって、あのデンテ?清流のデンテ?」
「ほっほ、そうよ。久しぶりだの」
「…ああ〜、そこも合わせて説明するから。とりあえず、今は気にしないでくれ」
メットーラのギルマスは、デンテと面識があるらしい。デンテと呼ばれる茶髪の男性を前にして、目を丸くしていた。モスクルが説明するらしいが、私も未だにデンテが若返った理由を聞いてはいない。それは少しだけ気になった。
「メットーラ伯、お騒がせして申し訳ありません。アンラ神聖国は王都アンラ冒険者ギルドの、ギルド・マスター兼、グランド・ギルド・マスター代理のモスクル・ダーマと申します」
「これはご丁寧に。私はメットーラ領を統治している、サトール・メットーラ・ママナルドです。辺境伯の位を預かっております」
私達に対する態度とは打って変わって慇懃な礼を見せるモスクル。これも彼の一面なのだろうが、見ていてどうにも痒くなる。筋肉達磨は無礼キャラでいいと思う。きっと許されるよ。
「陛下不在につき、私から今回の顛末—と言うには、未だ未解決ではありますが。ともかく、報告させていただきます。しばし、お時間を頂戴できませんか?」
「承知しました。それと、そんなに畏まらないでください。妻—ロロナに接する時のように、気楽にやってくださると、私も落ち着きます」
モスクル達はサブローの案内に従い、そのまま食堂を出てゆく。ドアを通過する際、メットーラ伯は一旦こちらに向き直り、ニコリと笑ってみせてきた。
「ごゆっくりお過ごし下さい」
ペコリと頭を下げて返せば、メットーラ伯は満足げに笑い、今度こそ食堂を後にする。金持ちは余裕があるなあ—と、羨望の眼差しで見送っておいた。
「…あの、クローディア様…」
ファーレンらの登場に従い忘れられていたイチローが、遠慮がちにクローディアに声をかける。ん?なんじゃ?—と、すっかりと忘れていたらしいクローディアも思い出したらしく、ぽんと手を叩いた。
「おう、そうじゃったな。アビス様じゃ」
「え、ええ。その、会っていない—とは?クローディア様はアトリアへ行った訳ではないのですか?」
イチローの言に、私達は目を見開く。今の言い方だと、アビスはアトリアへ向かったことになるのではなかろうか。
「いや、わしはアトリアへは行っておらん。なんじゃ?アビス様はアトリアへ向かったのか?」
「は、はい。その…黒髪黒目の女性の保護を…あの…私達が行くつもりだったのですが…アビス様が手ずから…」
チラチラと、私や由香里に視線を向けつつ、イチローはしどろもどろに説明する。アビスという人物が戻ってこないため、焦っているようだ。そして、イチローではないが、私達も焦っていた。アイマスや由香里と顔を見合わせ、何とか話に割って入るタイミングを探る。アトリアに向かったのなら、早急に連れ戻すべきだろう。
(…ええと…黒い巨人のこと、ちゃんと説明した方がいいんじゃない?)
《そうですね。ファーレンの説明?だけでは、いまいち危険度は伝わっていないでしょうから》
私達の思いとは裏腹に、イチローは未だに時系列が滅茶苦茶な説明を続けている。チラチラとこちらを見ているのは、口を挟んでほしい合図なのだろうか。どうにも意図が掴めず、躊躇ってしまう。
「た、大変じゃないですかっ!?」
それまで、クローディアの後ろで空目を作っていたファーレンが、我に返ったかのように大声を出した。あまりの大声にびっくりして肩を跳ね上げる。心臓に悪い森精族だ。
「大変ですよクローディア様!デカくて黒い敵がいたんです!危険ですよアレはっ!」
ファーレンは真剣なのだろうが、対するクローディアは、おうおう—と肩を揺すられながら、全く慌てる様子がない。ファーレンの説明は漠然とし過ぎていて、危険度が正確に伝わっていないのだ。やはり私達も口を出すべきだろう。未だに誰も口を開かないため、仕方なく手を上げた。
「…うるさいでありますよ?」
「クルスさんっ!」
だが、皆が私の上げる手に気付くより早く、クルスが食堂へ現れる。実にタイミングが悪い。皆の視線はクルスへと向かい、気恥ずかしくなった私は、上げかけていた手を下ろした。
「クルスさん!アビス様が!アビス様がアトリアへと向かったそうです!」
「…へえ。そうでありますか」
悲愴な顔で訴えかけるファーレンだったが、クルスの反応もまた素っ気ない。何だろうか、この温度差は—と、私達は顔を見合わせた。
「クローディア様。アビス様をお呼びしようとしましたが、農園にはアーサーさんしかおりませんでありました。アビス様、ハルワタート様、アムルタート様の3人は、アトリアへ向かった—とのことでありますが…既に知っていたようでありますね」
「うむ。そう、じゃ…のぅ…オエ。ご苦労じゃったな…」
クルスは淡々と報告をこなし、クローディアも目を回しながらクルスを労う。クルスなどは巨人の危険度を理解していると思われるのだが、報告しようともしないばかりか、焦る素振りが微塵も見受けられない。これはダメだ—と、今度こそ手を上げた。
「あ、あの!助けに行った方がいいかと!」
「そう、そうですよ!」
私の意見に、ファーレンが賛同する。心許ない援護射撃であるが、ないよりはいくらかマシだ。けれど、クルスはファーレンに冷ややかな視線を送るのみで、全く取り合おうとはしなかった。クローディアもまた、クルスの様子を見て取ると、己に肩に置かれたままのファーレンの手を優しく払う。
「うむ。よく分かった。ファーレンよ、よく考えよ。敵がどれほどのものか知らぬが…行ったのはアビス様じゃぞ?アレが負けるほどの相手か?」
「…え?ええっと…」
クローディアに問いかけられたファーレンは、再び空目を作って考え込む。しばし間が空いた後、視線をクローディアへと戻したファーレンの顔からは、すっかりと憑き物が落ちていた。
「負けません」
「なら問題ないわい」
「うっそ!?」
そんな馬鹿な—という思いが口を割って出てしまった。慌てて口を噤むも、皆の視線が一気に突き刺さる。恥ずかしかった。
「気にかけてくれるのは嬉しい。有難うな。けれど、少しばかり子供っぽいところのある方でな。玩具を取り上げると、拗ねてしまうのよ。助けを求められたなら、応じるのも有りじゃが、そうでないならば、放っておく方が良い。強さの方も…桁外れなお方じゃ。まず負けることはないから、案じるでない」
「は、はい」
苦笑しつつフォローしてくれたクローディアに頷きを返すも、未だに顔の熱は引かず、視線を彷徨わせる。リーブリヒと視線が交わったが、彼女は悪戯っ子のような、いやらしい笑みを見せてきた。なんだよ、ちくしょう。リーブリヒだって、さっきまでは焦っていたくせに。
「さて、イチローや。先にも話したが、修道士達のことは一任する。明日には動けるように、話をまとめておいてくれるか?」
「は、はい。承知です」
「よろしくお願いします」
改めてクローディアは修道士のことをイチローに頼むと、マギステルもイチローへ頭を下げる。それを認めたクローディアは、満足げに頷き、私達へと向き直った。
「すまぬが、お主らは別の場所にて寝起きしてもらうことになるのぅ。ここは既に定員オーバーじゃったわい」
「宿にでも泊まればいいのかよ?」
クローディアの言に噛み付いた—訳ではないのだが、少しばかり口が悪いリーブリヒに、クルスの眼光が飛んでくる。それを手で制しつつ、苦笑混じりにクローディアは続けた。
「その辺りは、わしらの屋敷で話し合おうか。ほれ、ここじゃあ落ち着かない者もおるようだ」
申し訳なさそうにクローディアが視線を向けたのは、ひたすら空気に徹していた冒険者達だ。クローディアと視線が交差したのだろう。恐縮しきりで何度も頭を下げている。
「では、すまぬが…また移動じゃ」
そう言って食堂を出てゆくクローディアの後を、ゾロゾロと皆が付いてゆく。背後を振り返り修道士らに視線を向ければ、マギステルやその部下達。そして、アトリアへ同行してくれた少女もこちらを見つめていた。マギステルらが深い礼をすれば、少女や、その他の修道士もそれに倣う。私も深く礼を返してから、皆の後を追った。
「さて、先に聞いておくが…宿の方が気が休まる—という者はおるか?」
先頭を歩くクローディアが向き直り尋ねてくると、おずおずと手を上げたのは、空気に徹していた冒険者達だった。一人が手を上げると、次々にそれへ続く。結局、アンラから連れてきた者達は、皆が手を上げることになった。
「わる…いえ、すみません。…そ、その、俺達のパーティは…まだ、ひよっこで。貴族様のお屋敷なんかは、恐れ多くて…」
「…俺らもだ。気が休まらねえ」
「私達のパーティも、同じです。ノアの鐘の皆様や、アエテルヌムの皆様とは、同席できるレベルにありません。ギルドの決定事項があれば、それに従います」
全部で11人いた冒険者らは、三つのパーティであるらしい。最後に発言した4人組のパーティは、10代後半と思わしき若者達で、少しばかり利発そうな印象を受ける。装備もやたら煌びやかなところを見るに、いいとこの次男坊といった出自の者達だろう。そういった者達に名が知られているのは、少しばかり嬉しかった。
《ノアの鐘も、アエテルヌムも、悪名高いですからね…》
(…そっちかよ…)
ラヴァの言に、自然と目が細まる。言われてみれば、冒険者達は目も合わせようとせず、やたらと震えていたりした。私達が怖いせいではないはずだ—と、思いたいところだ。
「うむ、よいよい。色々とあったものな。少し、気分転換せよ。お主らはアンラの冒険者じゃ。何かあれば、モスクルから連絡がゆく。それまでは、これで良い物でも食べて、ゆっくりしておれ」
そう言ってクローディアは革袋を取り出すと、中から金貨を唸るほど持ち上げた。私も宿にしておけば良かった—と、後悔した瞬間である。
「これでも足りなくなったら、オサカ邸のクローディアに支払いは回すがよい。何、遠慮は不要じゃ」
「な、何から何まで…」
「すまん。この恩は必ず返す」
背に腹は変えられない。冒険者達は遠慮することなく金貨を受け取っていた。それもそのはず、彼らは本当に最低限の装備しか身に付けていなかったのだ。財布くらいは持っているのだろうが、冒険者として活動するための道具類は見当たらない。唐突に巻き込まれ、着の身着のままで逃げていたに違いなく、これではメットーラで冒険者として活動することも難しいだろう。いや、そもそも、このメットーラ領は魔素が濃く、周囲の魔物のレベルは極めて高いというのは、冒険者ならば誰でも知るところだ。普段、初心者御用達などと評されるアンラ大平原を活動拠点としている冒険者には、どのみち仕事などないに違いない。皆もそれを理解しているのだろうと思われた。
「宿なら、全て新市街の方に移転した。町の入り口の方じゃよ」
クローディアが指さしながら道を説明すると、冒険者らはペコリと頭を下げ、新市街へと戻ってゆく。ここはもう旧市街にほど近いらしく、建ち並ぶ家屋は全て民家だ。ふぅ、気が付いて良かったわい—とクローディアは苦笑しつつ、冒険者達の背中をしばらく見守っていた。
「…あ〜、これで少しは気楽になったぜ」
冒険者らが見えなくなると、伸びをしながらポキポキと骨を鳴らし、リーブリヒが妙なことを言う。何のこっちゃ?—と首を傾げていると、リーブリヒの言をカームが補足した。
「リーブリヒが口を開く度、彼らはビクビクしていたからな」
「私達がウインクしても、ビクビクしていたわよ?♪」
「少しリラックスしてもらおうと思ってたのにねん。失礼しちゃうわん」
「本当よねぇ?」
ノアの鐘が大人しいな—とは思っていたが、若者達に気を遣って静かにしていたらしい。リーブリヒの面倒見が良いことは知っていたが、リーブリヒのみならず、皆、それなりに人が良いようだ。苦笑しつつ歩き出したクローディアに続き、私達は歩みを再開した。
「この先は旧市街じゃ。メットーラに覚えのある者などは、むしろ、こっちをメットーラと呼ぶのう」
目の前に現れた城壁跡を見上げながら、クローディアが誰ともなしに教えてくれた。城壁は立派な作りでこそあったが、補修はされていない。あちこちに罅が入り、城壁としての役目はもはや果たせないのではなかろうか。門兵すらいないそれは、まるで、旧市街と新市街を隔てる意識の壁に思われた。
「この辺りはとにかく魔物が強くての。立派な城壁が必要だったのじゃろうな。見てみい、この頑丈な作りを。まあ…見ての通り、今はもう、お役御免じゃ」
一頻り語ったクローディアは、門扉のなくなった城門を潜る。私達もそれに続いた。
「アイマス、メットーラにも詳しい?」
「いや、メットーラは知らないな」
「はいは〜い。私知ってる〜」
歴史大好きなアイマスならば、この門の蘊蓄なども聞けるかと思ったのだが、メットーラには来たことがないらしい。アシュレイが何やらアピールしていたが、彼女はアイマスとは価値観が違う。歴史的な趣には微塵も興味を示さないため、聞きたいことなどない。適当にあしらって済ませた。
(うわぁ…旧市街はなんて言うか…)
《寂れてますね》
さて、かつてメットーラを守護していた城壁を通過すれば、そこに広がるのは旧市街だ。古い建築様式のこじんまりとした街並みは、確かに寂れた田舎町と評するに相応しい。
「全然違うので御座います」
「本当ね。壁一枚隔てただけなのに、ここまで街並みが変わるのは凄いわ」
「わ、私は…こっちの、方が…好き、です」
ソティや由香里、クシケンスの3人は、城壁跡へと振り返り、新市街と旧市街の差を楽しんでいる。クローディアらも微笑を浮かべたまま立ち止まり、私達が落ち着くのを待ってくれていた。せっかくなので、私もアイマス、アシュレイと共に、その辺りの出店を冷やかしてみることにする。
「ん?冒険者かい?見ない顔だけど、他所から来たのかい?」
「ああ、アンラから来た」
「アンラっ!?こりゃまた遠いところから来たもんだな…大変だったろ?この辺りは魔物も手強い。他所の人達には、ちょいと辛い奴らばかりだ」
「え?あ、ああ…そうだな」
私達は苦労などしていないので、そういった話題を提供されると、返しに困る。けれど、私達の浮かべた苦笑いは好意的に受け止められ、店主はすっかりと上機嫌になっていた。
《肉!肉ですよ!肉!真、買ってください!》
(ええっ!?…いや、今は…)
ところで、出店ではスープを売っていた。たっぷりと肉が入っているかと思えば、どうやらそれは臓物らしい。アンラでは臓物は棄ててしまうところが多いのだが、メットーラでは臓物も当たり前のものとして食べるようだ。
「親父、スープは…これは臓物か?珍しいな。一つくれ」
「え?買うの!?」
クローディアらを待たせているのに、アイマスは悠長にスープを楽しむつもりのようだ。彼女の辞書には、遠慮という言葉がないのかもしれない。けれど、笑いながら財布を取り出したアイマスの姿を見ると、少しは気も紛れたのかな?—と、安堵できた。
「ははは。外の人は、みんな珍しがるからな。いいよ、安くしとこう。銭貨2枚だ」
機嫌を良くした親父から渡された杯は、臓物が山盛りになっていた。私とアシュレイも、少し分けてもらう。ラヴァは大いに分けてもらっていた。彼曰く、肉と言えば臓物らしい。流石は猛禽類。
「私がさ〜、以前メットーラに来た時は〜、新市街なんてなかったんだよ〜」
「ん?…ああ、そういえばアシュレイって、メキラのお偉いさんなんだよね。…ぽくないけど」
適当な柵に腰を預けて、臓物スープと格闘するアイマスを待つ間、アシュレイが古い街並みを見渡しながら、懐かしそうに話し始めた。
「メキラはさ〜、貴族や魔術師の評判がすこぶる悪い—ってのは〜、前に話したと思うけど〜」
「…うん」
以前どこかで聞いたことがあるなくらいにしか思っていなかったが、教えてくれたのはアシュレイであったらしい。変なことを言わなくて助かった—と、少しばかり緊張した。
「メットーラはそうじゃないんだよね〜。領主から文官に至るまで、貴族は皆、良い人ばっかりでさ〜。魔術師ギルドもさ〜、のほほんとした人達の集まりで〜、誰一人として嫌われ者なんていなかったな〜」
「…アシュレイは、メットーラ伯と会ったことがあるの?」
「ん?ああ〜…私が会ったのは〜、先代のメットーラ伯だよ〜。その時は〜、サトールはまだ赤ちゃんだった〜。上に兄が二人いたんだけどね〜」
「え?でも、辺境伯を継いだのはサトールさんなの?お兄さん達じゃないの?」
「報告書しか見てないけど〜、どっちも魔物と戦って〜、死んじゃったみたい〜」
「…そっか」
淡々と語るアシュレイの姿に、なんとも言えない心持ちになる。この世界ではまだ命の価値は軽い。その価値観はなかなか理解できるものではなく、この手の話が出る度に、私は異邦人なのだ—と、思い知ることになる。これはきっとどうにもならない。上手く付き合ってゆくしかないのだろう。
「はぁ〜。どうすっかな〜、メットーラ」
「うん?何がさ?」
大きな溜め息に我に返り、アシュレイに嘆息の理由を聞けば、アシュレイは不満げな顔で教えてくれた。
「宮廷貴族の馬鹿共がさ〜、メットーラの財を取り上げる〜—って息巻いてるんだよね〜」
「さっき言ってたやつ?」
「そ〜。収支報告書と実態が乖離してる〜—って騒いでんの〜」
まるで貴族の物真似でもするかのように、書類を手で叩く仕草をして見せるアシュレイ。どうにもそれがおかしくて、ふふ—と、笑った。
「でもさ〜、難しいことなんか何もなくて〜。よくよく調べてみれば〜、この町のおかしな発展はさ〜、メットーラの税収が3割〜。後の7割は〜、冒険者ギルドが負担してるんだよね〜。冒険者ギルドは〜、建前的には中立だからね〜。その時点でどうこうできる訳ないのにさ〜」
「うん。まあ、そうだね」
冒険者ギルドは、国家に属さない組織だ。もちろん、国や町に店舗を構える以上、その土地の国家、あるいは領主に対して税は納める。けれど、それだけだ。売り上げがどのように使われたとて、国が口を挟む権利などない。アシュレイの言い分には、何らおかしなところはなかった。
「それがおかし〜—って、きかないんだよ〜。あの馬鹿共は〜。メットーラの田舎者が〜、そんなに金を持っている訳ない—ってさ〜」
「言いがかりをつけてるってこと?」
「そ〜。何がなんでも、お金を接収したいみた〜い。阿呆らしくなって飛び出してきたんだけど〜…クローディア達がここにいるんじゃ〜、見て見ぬ振りもできんわ〜」
そう言って大きな溜め息を吐いた後は、恨めしげな視線をクローディアへと向けるアシュレイ。お前さえここにいなければ〜—と、やる方ない心持ちを目付きで示したのだ。
「でもさ、クルスとファーレンの異常な強さは見たでしょ?クローディアだって、亜空間が開けるなら、間違いなく強いじゃん?メキラの王都が派兵したって、こともなく撃退できちゃうんじゃないの?」
「それな〜」
投げやり気味に応じつつ、もう嫌だ—とばかりに、天を仰ぐアシュレイ。何に対して、それほどまでに苦心しているのかが分からなかった。口を挟まず、アシュレイの続きを待つ。
「…楽勝だろ〜な〜。クルスとファーレンだけでも〜、弛みきった王国軍なんざ瞬殺だよ〜。でもさ〜、それが困るんだよ〜」
「なんで?」
「…あ〜…今さ〜、メルアルド…王都な〜?メルアルドはちょっとおかしいんだよ〜。そこにきてさ〜、歴史的大敗なんてやらかしてみ〜?まずは政権交代だろ〜?そして大敗の責任問題に〜、更なる増税〜。メットーラだって何を言われるか分からんし〜。とにかくさ〜、王都の状況が危な過ぎて〜、これ以上のトラブルは控えたいんだよ〜」
「???…ふぅん」
ありきたりな問題ばかりを挙げ連ねるアシュレイ。そんなものは宮廷魔術師長の考えるところではないと思うのだが、他国の一市民にしか過ぎない私には言えないこともあるのだろう。あるいは、メルアルドに男でもいるのかもしれない。それが故に、メルアルドの状況が悪化するのは—いや、ないな。男はあり得ない。
「ブフッ!」
「クシケンス、どうしたので御座いますか?」
私の思いを読み取ったのか、クシケンスが吹き出していた。まあ、今は置いておくとしよう。
「お主ら、そろそろ良いか?もう満喫したじゃろ?」
「おっと〜、そうだった〜」
「すまない。待たせた」
アイマスがスープを飲み干すのを待ってくれていたクローディアは、アイマスが杯を出店に返すや否や声をかけてくる。すっかりと寛いでいたが、今は移動の真っ最中だったのだ。苦笑を向けてくるリーブリヒらにも頭を下げて、クローディアの元へと急いだ。
「ちょいと裏道を通るぞ」
繁華街を目前にして、クローディアは通りを一つ奥へと変える。私達もそれに倣い、細い裏通りへと入った。表通りからいい匂いが漂ってくるのは、飯時だからだろう。
(町の入り口は、さっきの城壁跡…なんだよね?)
《…まあ、そうでしょうね。それが何か?》
ところで、一つ気になったことがあった。普通、繁華街のような場所は、町の入り口に作られることが多い。けれど、旧市街の入り口にあったのは、どこまでも民家だったのだ。これはどうしたことか?—と、ラヴァへと問う。
《…さあ?どうしてでしょうね?》
(…はい。なんでもないです)
ラヴァに聞いた私が愚かだった。後でクローディアにでも聞いてみることにしよう。もっとも、単なる好奇心なので、三歩も歩けば忘れているかもしれないが。
「マ、マコト…」
「ん?何?クシケンス」
もやもやした心持ちのまま、黙して歩いていると、後ろのクシケンスから声をかけられる。肩越しにクシケンスを見れば、ピンと指を立てて、仮説ですけど—と前置きしてから、クシケンスは語り始めた。
「お、おそらく…あの民家は…元々、宿屋だった…のでは、ないかと。宿屋が…全て、新市街に…移ったので、旧市街に…入って、すぐ…民家が、並ぶことに、なったの…かな?—と、思います」
「…ああ、なるほど」
言われてみれば、確かにその通りだ。クシケンスの魔眼も、たまには役に立つ—と、意地の悪い感謝の言葉を内心で伝えれば、苦笑まじりに、手厳しい—という念話が返ってきた。クシケンスはレベルの上昇に伴い、いよいよ魔眼の力が抑え込めなくなってきている。手当たり次第に、人の心の声を取り込んでしまうのだ。クシケンスは上手く付き合ってゆくしかない—と開き直ったようだが、そろそろ、どうにかしてやりたいものだ。
「うむ、着いたぞ」
裏通りを抜けた先は、林のような場所に出た。そこから獣道を歩くことしばし、踏み固められた道に出ると、目的地はすぐそこだった。周囲を林に囲まれた小高い丘の上に位置する屋敷で、先の真オサカ邸にこそ及ばないものの、十分に立派な佇まいだ。坂を下りた場所に見える邸宅もまた立派なれば、ここは貴族街の端っこなのかもしれない。
「ふぁ〜。久しぶりの我が家ですっ!」
「これこれ。寛ぐのはまだじゃ。話し合いがあるじゃろが」
大きく伸びをして表情を緩ませるファーレンだったが、クローディアが優しく言い含めると、そうでした—と、顔を引き締める。けれども、すぐにファーレンの表情筋は力を失い、また緩みきった顔になるのが面白かった。
「とりあえず、食堂に行こうか」
玄関を入ってすぐのリビングには、ソファが二つあったものの、流石に人数が人数だ。否やなどあるはずもなく、食堂へ向かうことにした。
「さて、適当に座っておくれ」
食堂へ入ると、クローディアは照明の魔道具を点灯させながら椅子を勧めてきた。我先に下座の席を取ろうとしたのだが、そこは由香里とクシケンスに抑えられる。ならばその隣—と考えたのだが、今度はソティとカームに先を越された。結局、私はアイマスと共に、1番クローディアらに近い席へ腰を下ろすことになった。動きの速い四人にジト目を向けたのは、言うまでもないだろう。
「では、何から話そうかの…アンラで起きた呪印、エクーニゲルの件は説明し終えたからのぅ…おっと、そうじゃ。アトリアで何があったのかを聞いておかねばならんな。誰か、頼めるか?」
クローディアの言に、皆の視線が彷徨い始める。アトリアにおいて、私達は3班に分かれて行動していた。それぞれが見た内容は違うことだろう。陽動班だった者達の視線はロドリゲスへと集まり、救護班だった者の視線はアイマスに。そして何故か、調査班のアシュレイは私を見ていた。
「ちょっ!?アシュレイ!?」
「よろしく〜」
ぐぬぬ—と歯噛みするも、アシュレイに説明する気がない以上、この場で調査班だったのは、私とクシケンスのみである。クシケンスに視線を向けても、彼女は頑なにこっちを見ようとしない。
(許さんぞ、クシケンス)
少し強めに念じておけば、クシケンスの肩が僅かに震える。私も意地悪くなってきたものである。その辺は考えないようにするとして、最初に口を開いたのはロドリゲスだ。陽動班のリーダーである。
「じゃあ、私からいいかしら?♪」
「うむ、頼む」
ロドリゲスの話した内容を要約すると、ひたすら不死系魔物と戦い続け、気が付けば、頭上を覆う巨人が現れていた—と、いうものだった。延々と戦い続けるなど、耐えられるものではない。陽動班じゃなくてよかったなと心底思った。
「…瘴気を爆散させる不死系魔物…のぅ。聞いたことがないのぅ」
「全然、陽動にならないの。右を見ても左を見ても、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。もうね、どこの迷宮かと思ったわ。魔石がなきゃ、瘴気にやられていたでしょうね。助かったわ♪」
そう締め括ったロドリゲスは、クローディアとクルスに向けてウィンクする。二人とも目を伏せて、彼(彼女?)を見ないようにしていた。
「次は私が説明しよう」
「うむ。頼む」
次いで名乗りをあげたのはアイマスだ。先ほどまでとは打って変わって、どんよりとした表情を浮かべている。アンラで合流した時から元気がなかったが、メットーラに来て元気が出たように見えたのは、一時的に現実を忘れられたためなのだろうか。
「あまり、気分の良い話ではないが—」
そう前置きしてから話し始めたアイマスだったが、確かに、彼女の語るところは、気分の良いものではなかった。肉団子とでも言えば良いのか、人間を丸めたような蠢く球体の話を聞いた時などは、胸をズタズタに切り裂かれたかのような痛みを覚えた。
「—そして、私が魔法陣を起動させてしまったんだ」
「…」
「…」
「…」
そしてまた、一人落ち込み始めるアイマス。その話は既に決着したと思うのだが、そう簡単に割り切れはしないのだろう。立ち直るには、もう少し時間が必要なようだ。
「…お主のせいではないと思うがのぅ。まあ、今は何を言っても、気分は上向かんじゃろ。今夜はゆっくり休んで、明日はメットーラの町でも眺めておれ。良い気晴らしになるぞ?」
「すまない。そうする」
クローディアの優しさに礼を告げ、アイマスの報告は終わった。最後は私だ。調査班でやっていたことは、龍脈の乱れの原因を探ることと、各班への連絡だ。私のMAP魔術にも触れながら、リッチーの撃破と巨人の出現まで、何が起きたかを説明した。
「…そうなると、首謀者も分からぬし、巨人召喚の目的も分からぬ訳か…」
話を聞き終えたクローディアは目を伏せて腕組みすると、そのまま押し黙った。所在がなくなり、なんとなく彼女の隣に座るファーレンを見る。ファーレンもまた腕組みし、難しい顔で考え込んでいたが、ふと視線が交わると、きまり悪くなったのか、ファーレンはおずおずと口を開いた。
「えっと…そのですね。召喚の六芒星ですか?そんなものが準備できたというのが、どうにも引っかかって。つまり、それって…町がそういう配置になっていた—ってことですよね?そうなると、あのアトリアという町そのものが、まるで巨人を召喚するためだけにあったとしか思えないような…」
途中で自信がなくなったのか、最後には尻すぼみになるファーレンの言に、町の状況を思い返す。確かに、六芒星を描くのに都合が良い広場はあった。けれど、それだけだ。六芒星を描くための回路となる道はない。たまたまなのではなかろうか。
『たまたまではないでしょう。六箇所の広場に魔力を集めても、それを繋ぐ回路がなくては魔法陣は起動しません。回路となる何かはあったのです。ファーレンの読みは、当たっていると見るべきでしょう』
「え?いやでも、回路なんてなかったじゃん!?」
私の考えをラヴァは否定した。しかし、建屋の配置などで、六芒星を描ける道など存在してはいなかったのだ。そこはどう説明するつもりなのか。
「地下だよ〜。あの町は〜、地下に不自然な空間がたくさんあった〜。地下通路で〜、六芒星を為してたんだね〜」
私の疑問に答えたのはアシュレイだ。彼女はクシケンスと共に、龍脈の乱れを探っていた。町の地下に空間があると知ったのは、それだろう。
「じゃあ…アトリアの町は…最初からそれ目的だったってこと?」
「最初からかどうかは知らねえがよ…少なくとも、それ目的で発展してきたことだけは間違いねえらしいな」
俯いたままでリーブリヒは言う。テーブルの上に置かれた彼女の拳には力が込められており、憤懣やる方ない思いが見て取れる。
(そんな…そんなことって…)
《真…》
あの悪意に満ちたアトリアの状況は、最初からそれとして用意されたものだった。そんなことを聞かされて、平静でいられるほど冷徹ではない。目眩を覚えて頭を抑えた。
(人の命をなんだと…)
何という残酷な計画だろう。どれほどの悪意があれば、ここまで酷い計画を思いつけるのだろう。何故、そこまで残忍になれるのだろう。私には、到底理解できそうになかった。
「今の話で気になったのは、ことの性急さだ。その状況を見るに、何年—いや、それこそ何十年も準備に費やしてきたはずだ。だが、召喚そのものは、まるで私達がいなければ、なし得なかったように思える。私は術理には明るくないため、何故わざわざアイマスらを歩かせたのかは分からないが、これは準備不足なのではないか?もっと時間をかけて、本来ならば、別の手段で召喚を行うつもりだったのでは?」
「…そうねん。アイマス式召喚法は博打よねん。私なら、そんな手段は取らないわん」
「敵も相当に追い込まれていたんでしょ?♪」
私が目を伏せている間にも、話は進む。カームがいいことを言った気がしたが、その後に続いたカメイラの“アイマス式召喚法”のせいで、全て吹き飛ぶ。カームの言を思い返すのに、少しばかり時間を要した。
「…それについては、わしに心当たりがある」
目を開き、声の主を探れば、皆の視線が発言者を教えてくれた。クローディアだ。未だに目を伏せ、腕組みしていたが、組んでいた腕を解くと、徐にケイタイを取り出す。誰かと通話でもするのか?—と訝しんだが、そうではなかった。
「原因は、おそらくこれじゃよ」
そう言って、クローディアはテーブルの上へとケイタイを置く。最新モデルの魔力認識タイプだ。
(…え?どういうこと?)
《いや…流石に…わかりませんね…》
言わんとしていることの意味が分からなかった。何かの比喩かと思い皆の顔を見るも、誰もが怪訝な顔でケイタイを見つめている。クルスやファーレンにも分からないらしい。
「…ケイタイが原因…なので御座いますか?」
「えっと…ど、どういう…こと、でしょう…か?」
遠くの席から、ソティとクシケンスが尋ねてくる。クローディアは深く頷いてから、徐に語った。
「ケイタイにより、情報伝達の速度が飛躍的に向上した。それにより、追い詰められた—ということなのじゃろう」
「追い詰められた…」
クローディアの言葉を自分でも呟いてみるが、まだ分からない。何一つとして、これだ—と言える閃きは湧いてこない。どういうこと?—とラヴァに問うも、ラヴァも分かってはいなかった。
「まあ、有り体に言えば、日の当たらぬところで暮らしておるような連中には、都合の悪いことになった—ということじゃ」
「おい、勿体ぶらずに教えろよ。訳わかんねー」
私よりも先に音を上げたのは、ガリガリと頭をかくリーブリヒ。よほどクローディアの語り口が面白くなかったのか、背もたれに肘を預けて脚を組んでいた。クルスの視線がとても怖い。よくやるな—と、逆に感心する。
「うむ…状況から察するに、アトリアに巣食っていた病巣は、間違いなく不死系魔物じゃ。それも、かなり高位の存在であろうな」
そこで一旦話を区切ると、クローディアはリーブリヒへ視線を送る。これには、馬鹿にすんな—と、ばかりに応じるリーブリヒ。その態度が気に入らないのか、クルスの視線が一層鋭くなった。
「…あの瘴気の中で活動できんのは、不死系魔物くらい—ってことだろ?」
「うむ。そうじゃな。…さて、ここから先は完全に推測じゃが、わしとしては正解だと思うておる」
クローディアの言に、リーブリヒは組んでいた脚を解くと、黙って聞く姿勢を作る。それを認めたクルスは、ようやくリーブリヒから視線を離した。
「おそらく、そやつらは定期的に人を食っておったのじゃ。それも、行商人や旅人のような、居なくなっても、誰にも気付かれないような者共をな」
ここまで言われて、ようやく合点がいった。私のみならず、皆が理解できたらしく、至るところから声が聞こえてきた。そんな中、未だに空目を作っていたファーレンは、皆の視線を集めていることに気がつくと、耳まで真っ赤になりながら、追加の説明を求める。クローディアは苦笑し、クルスすらも口端を僅かに持ち上げていた。
「ふふふ、そこで問題になるのがケイタイじゃよ。行商人や旅人とて、今やケイタイを持つのが当たり前になり、旅先から親しい者共へ連絡を取るようになったじゃろ?あー、もうすぐアトリアじゃ。アトリアについて落ち着いたら、また連絡する—といった具合にな」
「あ!あー!あー!分かりました!分かりましたよ!そういったことが続けば、アトリアでの失踪者が相次ぎ、嫌疑を払拭できなくなる訳ですね!?」
この上ないくらいスッキリした表情を浮かべるファーレンが尋ねると、そうじゃな—と、クローディアも破顔した。
「なんなら、ここ最近の失踪者の足取りでも追ってみようかの?擬似転移の魔道具があれば、聞き込みも訳ない。行商人や旅人といった者達は、きっと身分証もなく、町の入門にあっては、入門者名簿に記帳されておるじゃろう。もっとも、アンラの件が片付いてからになるがな」
そう言ってクローディアは苦笑するが、私達の表情は一気に曇る。これまで忘れていたアンラの問題も思い出したからだ。アトリアにアンラ。この二つの問題を解決しなくては、私達の年は明けないことだろう。
「…アンラの件は、一旦置いておきましょう?それよりも、何故、アトリアは今動いたのよ?ケイタイのことで焦っていた—というのは分かるわ。でも、タイミング悪すぎよ。これは偶然なの?」
尋ねたのはカメイラだ。けれど、これには心当たりがあった。何か言わなくては—と、頭の中を整理していると、私よりも先にアイマスが口を開く。
「そのアトリアなんだがな、負の龍脈が集っている疑いがあったんだ。数年前、ここにいるアシュレイと、デンテ殿が指摘した。その時既に、バレるのは時間の問題だったんだろう」
「…そういえば、龍脈がどう—とか言ってたわね。なるほど、そうだったの。むしろ、アトリアは遅すぎたくらいなのね♪」
「そして、わしはむしろ、アトリアに合わせて、アンラが動いたと思うておる。アトリアの首謀者が誰かは知らんが、エクーニゲルと繋がっておるのは、間違いないと踏んでおる」
アイマスの発言に、ノアの鐘の皆は得心いった顔を見せるも、クローディアがまたしても爆弾を投下すると、全員が静まり返る。考えないようにしていたことだが、アトリアにも首謀者がいるはずなのだ。それについても、なんとかしなくてはならない。皆が声を失い、食堂は静寂に包まれた。
「にゃーんごろー」
「なーうー」
ふと猫の鳴き声が聞こえて、おや?—と、全員で顔を上げる。声は廊下の方から聞こえてきた。
「にゃーんごろー!ごろごろー!」
「なーうー!」
再び聞こえた鳴き声は、先ほどよりも近い。どうやら、こちらに近付いてきているらしい。
「おう。もうそんな刻か。あ奴らに飯をやらねばな」
「はっ、お任せくださいであります」
どうやら、この家の飼い猫であるらしい。クルスは徐に立ち上がると、戸棚を開き、中から小皿を二つ取り出す。次いで手のひらに魔力を集めたかと思えば、レーションと思わしきパックを作り出した。凛とした佇まいからは連想できない光景に、力が抜けた。
「にゃーんごろー!ごろー!」
「なー!なーうー!」
「あー、うるさいである!飯は今探すから、静かにするであるな!」
猫の鳴き声が随分と近くなったと思えば、その後には、男性のものと思われる野太い声も聞こえてきた。今度はなんだ?—と少しばかり緊張したが、クローディアはニヤリと笑う。
「お?ちょうどよい。戻ってきたようじゃぞ?アビス様が」
アビス—その名は何度か聞いている。私達と入れ違いで、アトリアへと向かった者の名だ。本当に問題なく戻ってきたらしい。ごくりと喉を鳴らして、ドアへ視線を向ける。やがて、ドアノブが周り、キイと音を立てて開かれた。
「ぬ?こっちも客であるか?」
姿を見せたのは、アイマスを優に超える巨躯を誇る、貴族然とした老紳士であった。




