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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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真、メットーラを訪問する その一

 メットーラという都市は、辺境にある寂れた田舎町だ—なんて話を、以前、誰かから聞いた記憶だけはあった。前後の記憶も何もないところを見るに、おそらくは酒場で耳にしたものだろう。けれど、私達が見ている光景は、一体どうしたことだろうか。どこが寂れた田舎町なのか教えてほしい。


「どうした?ほれ、行くぞ」


 前を歩くクローディア、クルス、ファーレンの3人にとっては、ごくごく当たり前の光景なのだろう。眼前に聳える馬鹿みたいに巨大な城壁には、メキラ王国のものと思われる国旗に加え、もう一つの旗が至る所で風に靡いている。描かれている家紋は、メットーラ辺境伯の紋章であろうか。城壁の周囲では、魔物の調教?をしている冒険者らしい者達の他、職業軍人としか思えない屈強な男達が汗を流してトレーニングを行なっていた。私達が歩いてきた街道は綺麗に整備されており、馬車がすれ違えるほどに広い。アンラなんて目じゃないほどに栄えているように感じられる。


「…クローディア様。私は輸送機を消してくるであります」

「ん?おお、そうじゃな。農園の側まで行くならば、ついでにアビス様も呼んできておくれ」

「僕はメットーラ伯を呼びに行ってきます」

「うむ。それが良いじゃろ。わしらは…一先ず、真オサカ邸に向かう」


 先頭を歩いていたクローディア達は、三方に分かれた。クルスの向かう先には、飛地のように城壁に囲まれた何かが見えている。3人の会話を聞いていた限りでは農地のようであるが、農地を別にした上で城壁により囲うなど、アンラでは考えられない力の入れようだ。


(凄いね…)

《この辺りは魔物が強い—という話です。致し方ないかと》


 ただただ感心して眺めていたが、ラヴァの読みには得心いった。きっと、そうに違いない。

 さて、ファーレンは私達から離れ、一足先に町の門へと駆けてゆく。領主を呼びに行くらしい。領主とは、一言で言えばお偉いさんである。一回の冒険者にしか過ぎない私達では、会いたいと思っても会えるような相手ではない。しかし、私達は訳ありだ。それなりの人数であり、アンラにあっては要職に服する者とている。話くらいは通しておかねばならないのだろう。金銭を求められたりはしないだろうか—と、空っぽの財布の中身を思い浮かべて青くなった。


(…ところでさ、ラヴァ)

《はいはい。何ですか真?》


 先ほど、ファーレンは領主の元を訪ねるではなく、呼びに行く—と口にした。それはつまり、この地の領主よりも、クローディア達の方が偉いということではなかろうか。


(…私、クローディア達に失礼なことしてないよね?)

《ははっ、手遅れです。南無三》


 ラヴァの言に血の気が引いた。アトリアではクルスに口答えしていたこともある。不敬罪として打首の上で獄門などもあり得るのだろうか。勘弁願いたいところだ。


《嘘ですよ》

(…許さんぞ、ラヴァ)


 どうやら、鷲流の小粋なジョークのつもりだったらしい。微塵も笑えなかったが。


「あっちは長ったらしい列ができておるからの…少し逸れたところに領民用の門がある。そちらに向かうぞ」


 そんなことを言いながら歩くクローディアに倣い、正門と思わしき場所から逸れる。最後尾に並ぶ馬車の御者が、怪訝な顔でこちらを見ていた。


(…輸送機だ…)


 クローディアはこのまま私達を先導してくれるようであるが、クルスが向かったであろう輸送機が見えると、さすがにそちらが気になった。雲がかかって塗り潰されたが、僅かに見えた限りでは、片翼が変色しているように見受けられたのだ。あれにはイチロー達や、修道士らが乗っていた。何かトラブルでもあったのだろうか。


「…雷にでも打たれたとか?」

「真、飛行機はね、普段から雷に打たれてるわよ?でも、雷くらいじゃどうにもならないわ。そういう対策が施してあるの。そうでもなきゃ、空なんて飛べないわよ」


 誰ともなしに呟いたのだが、由香里が拾ってくれた。振り向き見上げれば、由香里はなおも続ける。


「そもそも、あれがここにある時点で、皆は無事に到着したはずでしょ。本体には傷一つなさそうだし、気にする必要はないわ」


 ニコリと穏やかな笑みを浮かべて、由香里は締め括った。彼女もまた、私同様に皆の安否を気にしたに違いない。だからこそ、具に輸送機の状態を確認したのだろう。うん—と短く了解を返し、既に小さくなったクルスの背を見送った。


「あれ?クローディアさん。珍しいですね」

「ちょいと野暮用じゃ」


 城門が近付くと、門兵の一人がクローディアの姿を認めて破顔する。クローディアもそれに応じれば、門兵の視線は私達へと向いた。


「こちらの方達は?」


 私などは見るからに冒険者であり、メットーラの領民です—と言っても通じそうなものだが、修道士達はそうもいかない。門兵が怪訝に思うのも無理はなかった。特に、マギステルなどは旅装も一目で高僧と分かる特別仕様だ。クローディアにくっ付いてきたのが腑に落ちないのだろう。


「うむ、アンラからの客人じゃ。見ての通り高位の僧もおる。正門で並ばせるのが忍びなくてのぅ。ズルで申し訳ないが、この後にメットーラ伯へ引き合わせたいと考えておる故、通してもらえぬか?」


 クローディアの言に、やや判断に迷っていた門兵だったが、城壁の上から上官と思わしき者の許可が降ってくると、簡単な検査だけお願いします—と和かに応じてくれた。


「すまんの」

「その代わり、クローディアさんが付いていてくださいね?身分ある方には、こちらからも護衛を付ける決まりなのですから」

「分かっておる。迷惑はかけぬように心がけよう」


 クローディアから言質を取ると、門兵の男は徐に手のひらサイズの魔道具を取り出した。それを認めた途端、渋い顔を作ったのはノアの鐘の面々に加え、我らがアイマスだ。察した。


「あ、犯罪歴を調べるやつだね…アイマス、野宿頑張って」

「ごしゅ〜しょ〜さま〜」


 私とアシュレイがアイマスを揶揄えば、アイマスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。実のところ、アイマスには犯罪歴があったりする。私も知ったのは昨年のことだったが、冒険者としてデビューしてからほどなくした頃、貴族相手の傷害を起こしたらしい。賞罰は本人を証明するギルドカードに記録されており、この手の魔道具を用いる大都市では入門にえらい時間を喰う。もっとも、傷害と言えば物騒だが、やったことは正当防衛であったりする。それでも相手が貴族というだけで、平民の非とされるケースは少なくない—らしい。


「これから領主様に会うんだよね…こわっ」

「う〜ん。私達も会うのかしら?もっとも、クローディアさんがいてくれるだろうし、悪い扱いにはならないと思うけど…」


 それっきり由香里も私も口を閉ざす。問題のある人物と決まった訳でもない。知りもしない相手を悪様に言うべきではないだろう。そもそも、由香里の発言にもあった通り、私達は会う必要などないのだ。気にしなくてもいいだろう。


「…大怪我したのはこっちも一緒なんだぞ!?…全く、貴族って奴は…」

「いつも通り、アイマスが来るのを待っているで御座いますから、早く済ませて来てください」


 ソティに背中を叩かれて送り出されたアイマスは、渋々ギルドカードを門兵へと手渡す。傷害が一件ある—と自己申告するあたり、慣れが窺えた。


「ああ、はいはい。確かに。…ああ、貴族相手に…手酷くやられたみたいだね。ご愁傷様だ。通っていいよ」

「…え?いいのか?え?本当に?」


 ところが、これはどうしたことか。てっきり別室行きかと思っていたのに、門兵は魔道具を眺めていただけで、アイマスの起こした事件のあらましを把握したらしい。あっさりと通行許可が出た。


「…おやおや〜。今の何〜?」


 いつの間にやら、アシュレイは門兵の背へと回っており、堂々と魔道具を覗き込んでいたりする。背後に佇む性悪呪術師に気が付いた門兵は、慌てて魔道具を覆い隠す。そんな時でもチラリとアシュレイの胸元に視線が飛んだのは、男の性か。ちっ—と内心で舌打ちした。


「ちょ、ちょっと!困りますよ!」


 やや顔を赤らめながら、後退る門兵。そうだよね、アシュレイは美人だもんね—と来ない春を嘆きつつ、アシュレイが諦めるのを待つ。けれど、今回のアシュレイは、その程度では退かなかった。


「ふふ〜ん。メルアルドの宮廷魔術師長であるアシュレイ様に〜、そんな口聞いていいのかな〜?私は高位貴族様なるぞ〜?」

「きゅ、宮廷魔術師長!?中央貴族様っ!?」


 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら、身分で脅し始めるアシュレイ。最低であった。私達アエテルヌムが渋い顔を作るのに対して、ノアの鐘と修道士達は青くなる。クローディアは大きく嘆息し、デンテとモスクルは眉間を揉んでいた。


「あ、あいつ、貴族なのかっ!?」

「あらら、大変!失礼がなかったかしらん!?」

「いいわい。あれを貴族などと考えるでない」


 我々の反応などお構いなしに、アシュレイは冒険者ギルドカードではなく、メキラ王国宮廷魔術師長の証たろう印章を取り出す。それを見た門兵ときたら、可哀想なくらい怯えてしまった。先に門兵に助け舟を出した上官も、いつの間にか城壁から消えている。効果は絶大だ。


(可哀想に…)

《凄く怯えてますね…》


 これも何かの話で聞いたことがある程度だが、メキラ王国の貴族や魔術師は、横暴な振る舞いが祟り、市井から蛇蝎の如く嫌われているらしい。それはきっと、目の前の女のせいに違いない。日頃からあんなことをしているのだろう。


「アシュレイ、よさんか。そんなことをせんでも、後で教えてやるわい。同じ魔人族じゃから理解できなくもないが、さすがに目に余るぞ?」

「やり〜。言質取った〜」


 呆れ返るクローディアはそっちのけで、ひこひこと不思議な踊りを披露するアシュレイ。門兵は本当に怖かったと見えて、クローディアに何度も礼をしていた。そして、陰に隠れて拳を握り込むクシケンスよ。彼女もまた、態度にこそ出さなかっただけで、魔道具には大いに興味があったらしい。魔人族に対する私の評価は、ここ最近は暴落気味であったりする。


「はい」

「は、はい…どうも」


 アシュレイが十分に離れた後、私達もギルドカードを見せて通行許可を得る。時間がかかったのはノアの鐘で、門兵とのやり取りを聞く限り、行く先々でリーブリヒが喧嘩していたらしい。まあ、彼女の性格ならば仕方ないのかもしれない。トラブルはごめんですよ?—と念押しされて、ノアの鐘は解放された。


「はあ…少しばかり焦りました」


 門を通過した後で嘆息混じりに内心を吐露したのは、ノアの鐘の面々ではなくマギステルだった。彼女達修道士は、ギルドカードではなく、女神教の象徴たるアーリマンを象ったペンダントを提示していた。あれがギルドカードの代わりなんだ!?—と驚いたのはさておき、何かやましいことでもあるのかと訝しむ。もっとも、やましいことだらけなのだろうが。


「アンラにも、ありますよね?」


 マギステルへ尋ねてみれば、彼女は頷く。王都アンラにも、あの手の魔道具はある。もっとも、あるだけであり、ほとんど出番はない。理由として、アンラに設置させている物は、誓約陣を利用するタイプだからだ。使用するにあたり、誓約陣を起動させられるほどの魔力の持ち主が必要になる。よほど怪しい者がやってきた場合などに魔術師ギルドに応援が要請され、ようやく出番がくるような代物だった。


「はい。確かにありますが…アンラ国内では女神教徒は顔パスですから。初めてで、ドキドキしました」


 マギステルの言に、彼女の部下達もはにかみながら頷く。ドキドキした理由はそこじゃないだろ—と思わなくもなかったが、口には出さなかった。


「ほれ、さっさと行くぞ」


 門を通過すると、当然のことながら見たことない景色が広がっていた。行商達が犇き広い道のいっぱいに店を出しているのだ。立ち止まる客もまた同業者であったり、メットーラの領民と思わしき者達もおり、商品もさることながら、様々な装いを眺めるのも楽しかった。どうやらここは交易場であるらしい。街の奥へと続く道はなだらかな上り坂となっているのだが、坂の終わりまで、見える範囲は全て露店で埋め尽くされていた。


(んお?)


 その中に、一際目を引く者がいた。頭は丸めてあるのか、モスクル同様に天然なのか—本人は丸めていると言い張るが—は置いておくとして、その額から首の近くまで、見事な刺青が施されていたのだ。


(うへ、何あれ。こわっ)


 体裁を見るに僧兵だと思われるが、長旅の後なのか酷く汚れているばかりか、赤黒い染みが至るところに付着していた。考えるまでもなく血だろう。


「め、珍しい…物でも…ありま、したか?」

「え?…あ、いや…珍しい物が多くてさ。街並みもゴミゴミしてるけど、なんか全体的に真新しいというか、綺麗だし。思わず見入っちゃった」


 後ろを歩いていたクシケンスに尋ねられ、慌てて取り繕う。しかし、彼女の魔眼は人の心を読んでしまうというものだ。隠し事などできようはずもない。すぐにそこに気が付いて、しまったな—と眉を寄せる。一方で、そのクシケンスだが、一旦は私の言に納得した様子を見せつつも、小声で耳打ちしてきた。


「あの、刺青は…森羅に、おいて…罪人に…施される、罪の…証、です。あれだけ…大きな、ものを…彫られた、ということは…相当に、重い罪を…犯した、もの…でしょう。近付かない、方が…良い…かと」


 ギョッとした。他国に住う者にとっては、謎に包まれた森羅連合国。かつてはそこに暮らしていたクシケンスであっても、おいそれと内部事情などは語らない。ところが、よほど警告しておきたかったのだろう。神秘のベールが一枚、唐突に剥がされたのである。


「この辺りは…新市街というやつじゃ。新しくメットーラに越してきた者達が住んどる。心配せんでも、旧市街は寂れた田舎町然としておるぞ。噂通りな」


 私達の会話が聞こえていたらしく、クローディアが肩越しに教えてくれた。私は未だに立て直せておらず、適当な相槌を打つのみに止める。私の代わりに会話に乗っかってきたのは、アシュレイだった。


「ここ最近〜、羽振りいいよね〜、メットーラ〜。でも気をつけな〜。中央のクソ共は〜、どうやってメットーラの財を奪うか話し合ってばっかり〜。超クソ〜」


 アシュレイはひらひらと手を振りながら嘆息するが、彼女が語った内容は笑い話として流せるものではない。え?ヤバいじゃん?—と、罪人の件などよりも喫緊の問題に息を呑んだ。


「ふふふ。そうか。ようやくか。思ったよりも頑張ってくれたのぅ。おかげで、随分と町が大きくなったわい」


 けれど、クローディアは笑い飛ばした。その上、語るところも穏やかではない。まるで、内紛を起こすことが目的であるかのような物言いに、どういうこと?—と前を歩くモスクルに小声で尋ねるも、モスクルも知らないらしい。渋い顔で首を振る。


「おい、クローディア。…大丈夫なのか?」

「安心せい。元からそれが目的で、町を拡大させてきたのじゃ。問題ないわい—と、言いたいとこじゃが…メルアルドにも、エクーニゲルのような奴がいたとしたら、少し危ないかもしれんの」


 私の代わりにクローディアへと尋ねるモスクルだったが、クローディアは肩越しに苦笑を返し、少し慎重にならざるを得んのぅ—と、締め括った。


「さて、着いたぞ。ここが真オサカ邸じゃ」

「真オサカ邸…」

「変な名前で御座います」


 やがて、私達が案内されたのは、どう見ても高位貴族の屋敷としか思えないような、立派な門構えの邸宅だった。門の傍には門兵が控え、クローディアの姿を認めるや否や、深く一礼して門を開く。


「お帰りなさいませ、クローディア様」


 随分と教育が行き届いているな—と、文句の付けようがない所作に感心する。やっぱり、クローディアさんは偉いんだね—なんて言葉をソティと交わした。ところが、当のクローディアはそうではない。それまでは降ろしていたフードを目深にかぶると、ワナワナと震え出すではないか。どうしたことかと訝しんだ。


「や、やめい!わざとかお主!恥ずかしいじゃろうが!普段はボケッとして挨拶すらせんくせに!」


 クローディアの剣幕に、唖然として成り行きを見守る。本気で怒っているようにも見受けられたのだが、門兵は軽く流した。


「挨拶するな、落ち着かない—と言ったのは、他でもないクローディア様でしょう?客人があった時くらい、ちゃんとやらせてくださいよ」


 どうやら、クローディアは恥ずかしかったらしい。ほ〜ん、ふぅ〜ん—と、ニヤニヤしながらクローディアの顔を覗き込む性悪呪術師がためだろう。けれども、そんなクローディアの気を知る由もなく、更なる追い討ちがやってきた。門の中では、ズラリと執事、侍女が並び、屋敷の扉まで続く長い人垣を作っていたのだ。クローディアは真っ赤になって言葉にならぬ声を上げていたが、皆が一様に頭を垂れる様は実に圧巻だった。昔、父親が見ていた任侠映画の一幕を思い浮かべたほどだ。


「クローディア…様?…オサカ邸?…まさか、まさか…」


 ところで、由香里がおかしなことになっている。ぶつぶつと呟く声音は、いつもよりも2トーンくらい低くなっており、なんなら、目も魔物のそれに変わっていた。怖くて声がかけられない。何とかしてくれ—とアイマスの肘が訴えかけてくるが、無理だ。私に何を期待しているのか。なるべく由香里を見ないようにして、人垣をやり過ごした。


「お待ちしておりました、クローディア様」

「イチロー!?」


 実に高価そうな扉を開けば、玄関ホールで私達を出迎えたのは、イチローら再生者(レナトゥス)だった。クローディアが何か言うよりも先に、ノアの鐘はリーブリヒが声をあげ、イチローらに駆け寄ってゆく。イチローは困惑していたが、付き合ってやれ—と、クローディアが目配せすれば、頷いて承知を返した。


「無事だったのね?良かったわん♪」

「おかげさまで」


 ロドリゲスが差し出す手を、しっかりとイチローが握る。二人は互いに笑みを交わしたのみで、それ以上の言葉を必要としていないようだった。


「何が“おかげさま”なんだ?私達にできたことなど、何一つないだろうに」

「いやいや、サンダーバードの知識とか、大いに助かったっスよ」


 次いで苦笑するカームに応じたのはサブローだ。ノアの鐘は、再生者(レナトゥス)と行動を共にする中で、すっかりと友誼を結んだらしい。意外と人見知りでやきもち焼きな私には、ノアの鐘が取られたような気がしてしまい、少しだけ面白くなかった。


《貴女、嫉妬深いし、独占欲が強いですよね》

(…やめてよ。自覚してるんだから…)


 痛いところを突かれて、ジト目で肩の鷲を見つめる。ラヴァもまた、私にジト目を向けてきていた。


「イチローさん、修道士の皆は?」

「ええ。皆様は食堂にいらっしゃいます。こちらへ。よろしいですか?クローディア様」

「よいよい。好きにせえ」


 マギステルが尋ねると、イチローは朗らかに応じ、私達を案内すべく先頭を歩き出す。そのすぐ背後にはクローディアが続き、クローディアを護衛するかのように、再生者(レナトゥス)の4人が張り付く。私達はその後ろを歩いた。


(クローディアって…やっぱり偉い人なんだよね?…肩書きを知るのが怖い…)

《ま、そうでしょうね。口にしないだけで、貴族なのではないですか?何せ、この扱いですから》


 玄関ホールから二階へ上がり、長い廊下をひたすら歩く。床は赤を基調とした美しい絨毯が敷かれており、これだけの大人数で踏みしめても、足音一つ返してはこない。聞こえてくるのは、アイマスの鎧が奏でるガチャガチャという金属音のみだった。


「こちらになります」


 一際立派なドアの前で立ち止まると、マギステルら修道士達へ向けて向き直るイチロー。はい—と、マギステルが頷くのを見ると、イチローはクローディアへと視線を送る。クローディアが頷き、許可を得てから、イチローは徐にドアを開いた。


「マギステル司教!?」

「ああ、皆、よくぞ無事で」


 広い食堂には、これまた広いテーブルが置かれていたのだが、ズラリと並べられた椅子には、余すところなく修道士達が座っていた。皆一斉にこちらを振り向き、マギステルの姿を認めるや否や慌てて立ち上がる。マギステルは感涙に頰を濡らしていたが、修道士らの顔は青い。マギステルとは抱いている感情が別物のようだ。これは仕方ないだろう。悪い言い方をすれば、彼女らは私達を見捨てたも同然なのだ。叱責があるとでも思っているのかもしれない。申し訳なく思いながらも、苦笑しか出てこない光景だった。


「さて、マギステルよ。この後の動きだが…」

「はい。この身は皆様に救われたも同然です。如何様にもお使いください」


 クローディアがマギステルへ声をかければ、マギステルは流れ落ちる涙もそっちのけで傅く。そうではない—と、クローディアは慌ててマギステルを立ち上がらせた。


「やめい!そういうつもりではないわい!」


 困惑して目を瞬かせるマギステルに、咳払いしてからクローディアは続けた。


「お主らには呪印がある。アンラのことはわしらに任せて、少しここでゆっくりしておれ」

「そ、そんなっ!?そこまでお世話になる訳には!」


 クローディアの提案はとても有難いものだったが、マギステルは青くなる。マギステルだけではない、その他の修道士達もだ。大恩も大恩だ。命を張る以外—命を張ろうとしているのは、マギステルら武闘派のみであろうが—に、返せる当てがないのだろう。私も同じようなものであるため、気持ちは痛いほど分かった。


「その代わり、頼みたいことがある」

「頼みたいこと…ですか?」


 マギステルを一度落ち着かせると、クローディアは鷹揚に頷いた。


「この町は今、急速に発展しておる。外から見た分には…ほれ、お主らも随分とはしゃいでおったじゃろ?まあ、なかなかだと思う。じゃがな?その実、読み書きや計算をできる者が極端に少ない。それ故、そういった負荷は全てわしらの担当よ。これでは、身体がもたんわい」


 肩を竦めて苦笑するクローディアの言は、なるほど、もっともだった。アンラにおいても、読み書き、計算を生業とする者でもない限り、文字も読めない、簡単な引き算すらできない者は多い。契約書や帳簿などの作成には、そういった知識は不可欠だ。町の発展が急速に進んでいるらしい現状、その手の仕事は後を絶たないことだろう。


「お主ら勧学の徒なら、算学に文学もお手の物じゃろ?頼まれてくれぬか?」

「…は、はぁ…そういうことでしたら…」


 未だに困惑しているマギステルを前にして、言質は取った—とばかりに、黒い笑みを浮かべるクローディア。この子も魔人族なんだな—と、皆のやり取りには興味すら示さず、先の魔道具について語り合う、アシュレイとクシケンスを見て感じた。


「イチロー、各ギルド長へ今の話を伝えよ。時間はあまりない。明日から早速取り掛かってもらうのじゃ」

「承知しました」


 即座にクローディアから指示が飛び、イチローは己の仲間に目配せする。大柄なゴローとグラマラスなシローが頷きを返し、食堂から出て行った。


「…さて…それにしても、修道士がこんなにおるとはのぅ…椅子が足りんな…」

「あの、クローディア様。お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「…ん?なんじゃ?」


 私達もそれなりの大人数であったため、どうしようか?—と、クローディアは困り果ててしまったらしい。そんなクローディアに、イチローが申し訳なさそうに声をかけた。


「その…アビス様は?」

「アビス様?会っておらんぞ?」


 クローディアとイチローの二人は互いに見つめ合ったままで無言になる。アビスという人が誰なのかは知らないが、クローディアが様付けするあたり、彼女よりも更に偉い人なのだろう。ここにいるのが場違いであるように感じられて、胃が痛くなってきた—気がする。


「これはなんだろうね?上流階級の集い?」

「あ、ああ…多分。流石に萎縮してしまうな…」


 小声でアイマスに尋ねると、アイマスも緊張しているのか同意してくれた。ちなみに、私達はまだいいほうだ。モスクルやデンテに連れてこられたばかりの冒険者などは、ひたすら空気に徹していた。終始無言であった。可哀想に。

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