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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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アビス、アトリアの民を救う

 さて、ズ・シャ・クォンが消えた後、彼が薙ぎ払い、倒壊した家屋を見つめながら、この有様をどうするべきかと考え込んでいた。


(ま、気にしなくて良いであるかな)


 どのみち修繕したところで、ここに暮らす人々は既にない。ズ・シャ・クォンを呼び出すなど、並大抵の供物では不可能だ。竜形態の我をも超える巨躯。その全てが魔力なのだ。となれば、考えられる可能性など一つしかない。この町の住人全てを供物にしたのだ。ズ・シャ・クォンは、この町に生きていた人々の魔力—言い換えれば魂により、構成されていた存在だったのだろう。


(…実に不快である…)


 はるか上空を覆う結界に視線を向けながら、未だに治らないむかっ腹を沈めようとする。目を閉じて意識すれば、町の方々に瘴気だまりができているのが把握できた。その数、六箇所。配置的に見て、六芒星だ。ズ・シャ・クォンを呼び起こした召喚陣に違いない。


(…まあ、ついでだ。潰して歩くであるかな)


 くるりと踵を返し、北の瘴気だまりへと向かう。とてもではないが、平静ではない己の顔を、愛らしい後進達に見せる気にはなれなかった。


(はぁ〜…気が滅入るであるな)


 人類を守護する竜。それが、父上から譲り受けた己の在り方だ。ただ、人を甘やかすではなく、きちんと自立させ己らで生活基盤を設けさせる。平時は隣人として、そっと彼らの成長を見守り、助けを請われたならばともかく、決して己から助けてはならない。自らの力で奮起し、自らの足で歩んでいる限り、我らは手を出してはならないのだ—だったか。


(…本当にそうなのですか?父上?)


 むかっ腹が治らない。ズ・シャ・クォンへ向けていた怒りは今、姿も知らぬエクーニゲルという者へ向けられていた。あらゆる悪意を優に超えた悪意。だが、やはり召喚陣には、アンラの呪印同様に、神通力の類は見受けられない。これもまた、人の手によるものに他ならない。ズ・シャ・クォンそのものは、神の領域へと土足で踏み込んだ大罪人、旧支配者の眷属だ。それを滅ぼすことに制約はない。だが、この地に生きる人々となれば話は別だ。我らが介入して良いものではない。例え、どれほどの怒りを覚えていようとも、これが人類史のターニングポイントになるかもしれない以上、静観する他ない。


(エクーニゲル…神格を宿してさえいれば、直ちに四肢を捥いでやるものを)


 エクーニゲルの不敵な笑みは、やがて、オサカのそれに変わる。やり口の迂遠さが似ているように感じられたためだろう。何を馬鹿な—と、愚かしい考えを振り払った。


(…あれであるかな?)


 町の城壁に接するかのように、やたらと大きな石畳が目に付いた。近付きよくよく見てみれば、石畳の下には僅かな隙間がある。持ち上げてみると、石畳の下には階段があった。地下へと続いているらしい。


「…共同墓地(カタコンベ)であるかな?」


 乱暴に石畳—石の蓋をどければ、石の蓋は二つに割れた。あ—と青くなるものの、誰が見ている訳でもない。咳払い一つでなかったことにした。


—カツン、コツン—


 己の靴音を聞きながら階段を下りきれば、やはりそこは共同墓地(カタコンベ)であった。我としては、苦い思い出の蘇る場所である。


「ああ、ああ。嫌な空気であるな。それに、臭いである」


 暗がりの中を明かりも付けずに歩く。周囲を漂う魔素により、我の目は正確に周囲の様子を捉えていた。壁面を覆い尽くすのは無数の人骨。頭骨は前面を通路側に向けられ、その他の骨は頭骨の下に並べられるか、上に積み上げられている。高さを揃えて並べられた頭骨は、まるで壁画のように感じられた。


「…アルセイドの共同墓地(カタコンベ)は…実に質素であるな…」


 己のいた共同墓地(カタコンベ)こと、霊廟の迷宮を思い出す。あそこは一人につき一つ、棺桶が割り振られていたものだ。それを思えば、この共同墓地(カタコンベ)は酷く質素に感じられる。もっとも、あれほど広大な土地など確保できる訳もなく、ある意味、これが正しい共同墓地(カタコンベ)の姿なのだろうとも思った。


(そういえば、その棺桶を振り回して戦う罰当たりもいたであるな)


 いつだったか、ファーレンやクルスを引き連れて迷宮に入った時のことだ。立ち回りの特訓と称して、囲まれないような位置どりや、周囲にあるものを把握しておき、最大限にそれを活用する—などと講釈を垂れていた男がいた。興味があって付いていったのだが、そこで見せられた光景は、正に絶句。安らかな眠りを司る神像でスケルトンを粉砕したり、棺桶丸ごと振り回したり。我のみならず、ファーレンも開いた口が塞がらなくなっていた。死者を尊ぶといった気遣いは、オサカにはないらしい。


(ああ、いかんであるな。あれのことを思い出すと、怒りが吹き飛ぶである)


 ついつい笑いそうになり、表情筋を引き締める。もう少しだけ、エクーニゲルへの怒りを留めておきたかった。


「お、臭いの原因はこれであるな」


 辿り着いた場所は、共同墓地(カタコンベ)の最奥であった。それなりに広く作られており、先ほどまで歩いていた通路よりも天井は高い。そして、そんな広場を埋め尽くすかのように転がる死体。町の住人だった者達だろう。腰を屈めて近くの者を見れば、誰もが目を赤く染め、肌は嘘みたいに白くなっている。不死系魔物(アンデッド)化していた。


(んん?どういうことである?)


 立ち上がり奥の方へと視線を向けるも、やはり、どれもこれもが不死系魔物(アンデッド)だ。不死系魔物(アンデッド)の死体の山だ。何かおかしい。


「ああ、なるほど」


 しかし、すぐに得心いった。おそらくは、元から不死系魔物(アンデッド)化させられていたのだろう。人間では、そうそう簡単に闇の魔力を宿せない。それではダメなのだ。ズ・シャ・クォンは、闇の魔力の集合体なのだから。


「ええと…お、あれであるな」


 床に広がる魔法陣と思わしき血の跡を見つけ、周囲の死体を退かす。子供の死体はなるべく見ないようにした。


「…呪印と同じ癖が出ているであるな。となると…呪印もエクーニゲルの作であるか…」


 術理の構成には、術者の癖が強く出る。かつてベロートの肩に浮かび上がった呪印と、床に描かれた魔法陣の制御方法には、同種の癖が見て取れた。実際にエクーニゲルの作かどうかは判然としないが、本人を見つけ出して問い詰めれば分かることだ。関係者であることは、先の吸血鬼(ヴァンパイア)の遺言?により、判明しているのだから。


「…基本の構成は魔術陣と呪術陣であるか。それを錬金陣で増幅し、かつ法術陣で保護する…念入りなことであるな」


 四つの陣により構成された複雑怪奇な天極陣は、通常であれば人類や魔物には制御し得ない。魔石や精霊石でも用いない限りは。しかし、この魔法陣は素晴らしい。制御コードの組み合わせにより、上手いこと魔力の増幅効果を持たせることに成功していた。それにより、術全体にかかる魔力コストは驚くほどに低減し、術者は魔力のほぼ全てを制御に当てられることだろう。


(これならば、レベル100もあれば、間違いなく制御し得るであるな)


 術者として、これほど完成された魔法陣を組む者など、未だかつて見たことがなかった。間違いなく、クローディアやオサカよりも優れている。


(そういえば、消費魔力の低減は、クローディアの求めるところでもあったであるな。これを教えてやれば、大いに喜ぶであるか?)


 何かに書き写すか?—と周囲を見回すも、どこを見れどもあるのは死体の山ばかり。ふん—と鼻を鳴らしながら、考え直した。


(やめておくであるか)


 クルスらの命を奪った魔法陣など、クローディアは頑なに使おうとはしないであろう。更に研鑽を積み重ね、己のやり方で高みへと登り詰めるに違いない。では、登り詰めた末に出た結論が、消費魔力の低減へと至る道は、これしかなかった—というものだとしたらどうなるか。クローディアは果たして、この陣を用いようとするだろうか。いや、しないように思われる。ならば、この魔法陣のことは、己の胸一つにしまっておくが正解だ。


(少しばかり、勿体ない気がしなくもないであるがな)


 血文字の上から手を這わせ、片っ端から浄化する。元々が何であったのか判別がつかなくなるまで、ひたすらそれを繰り返す。終わった頃には、腰がパキパキと良い音を奏でてくれた。


「くう〜。きっついであるな…これが後5箇所であるか…」

「なら、手分けすればすぐに終わるわよ?」


 すぐ背後から聞こえた声に、肩越しにジト目を向ける。どうして、この娘達はジッとしていられないのだろう—と、半ば呆れた。集中し過ぎていたらしく、ハルワタートらの接近に気がつかなかったのは己の落ち度だが、己の表情は平静を保てているだろうか—と、少しばかり口元を揉んだ。

 さて、いつから見ていたのかは知らないが、ハルワタートもアムルタートも、嬉しそうに破顔している。何がそんなに上機嫌にさせるのか—と首を傾げていたが、それはすぐに知るところとなった。


「おっさんにしてはやるじゃん」

「アビス様。有難う御座います。この汚れた魔法陣を浄化していただけたことで、この者達の魂も、安らぎを取り戻しつつあります」

「…当然である」


 どうやら、死者を弔うべく、魔法陣を浄化していたと思われたらしい。彼女達の完全な勘違いなのだが、これは正さずにいた方が良かろう。

 

「ですが—」

「うん?」


 いつも、オロオロと姉に振り回されてばかりのアムルタートとは思えぬ、力強い目で見つめられた。何か言いたいことがあるらしく、我が目を細めても、視線を逸らしはしない。今は己の中で勇気を振り絞っている最中なのだろう。徐に立ち上がり、アムルタートの言葉を待った。


「この者達を、幽世に送るではなく、再び常世に蘇らせたいのです」

「…ならぬである」


 何を言うかと思えば、死者を復活させると言うではないか。アムルタートならば可能だ。この娘は不死系魔物(アンデッド)を生み出すプロだ。魂を魔石化させ、再び肉体へ結着しようとしているに違いない。結界で覆われたこの町では、魂は寸分も失われず、空気中を彷徨っているに違いなく、十分に現実的だ。やらせてみれば、間違いなく成功する。


(…ハルワタートもグルであるな?)


 その手助けをするのは、ハルワタートに違いない。彼女の権能である、完全・完成を死せる肉体に用いれば、立ち所に生者のような瑞々しさを携え、その後の劣化や腐敗すら免れることだろう。


「この者達は、あまりにも不幸に過ぎます」

「ならぬである」


 腕組みし、聞く姿勢にはないことをアピールする。アムルタートらの提案は、甘美だ。我も心を動かされたことは間違いない。けれども、竜の立場としては認められるものではなかった。この者達を生き返せば、それは生きとし生けるもの全てに適応せねばならなくなる。しかし、そんなことは不可能だ。いくら我らでも、全能ではない。できぬことがある以上、公平を期すためにも、中立でなければならない。依怙贔屓のような真似は認められない。それに、いくらアムルタートにハルワタートといえど、クルスらを蘇らせることは敵わない。彼女では、クルスらの膨大な魔力を魔石化するだけの力はないからだ。


「…おっさん…」

「ならぬである」


 可哀想だとは思う。一体、どれほどの無辜の魂が苦しめられたことだろう。愚かな者とていたには違いない。だが、ほとんどの者は、日々を必死に生きた善良な者だったのではなかろうか。何の穢れすら抱かぬ子供とて犠牲になったのだから。


「理由をお聞かせください」

「…それをすれば、著しく公平性を欠くである。我らはアトリアの民に固執し、その他を排斥する向きを得ることだろう」

「ならないわ」

「…かもしれんであるな。だが、守るものができれば、万が一の時、初動が遅れるである。邪神が世に現れた時、父上がそうであった。竜の里の民がために、大きく後手に回った。今、我らにそのような余裕があるであるか?」


 我の問いかけに、二人は何も答えない。ジッと我を見つめてくるのみだ。怒りを湛えたハルワタート。縋るような顔のアムルタート。平行線だ。彼女達は退くつもりはないのだろう。だが、我とてそれは同じ。我は人類の守護竜ではある。しかし、だからと言って、人類を贔屓して良い訳ではない。肉体を失った魂は、世界の環へと還るべきなのだ。


「…アビス様、ならばお教え願います。メットーラの農場は、どうして許可をお出しくださったのでしょうか?」

「…う…む…」


 そこを突かれると弱い。規模が違う—とも、言いきれん。町一つ救うのと、大陸中から飢えをなくしたのとでは、明らかに後者の方が大規模だからだ。


「それにアビス様はデメリットばかりを挙げられますが、メリットとてありますよ?」

「…言ってみるである」


 早くも押され気味だが、こればかりは認められない。魔力の環を狂わせれば、どのような凶事が起こるか分からないのだ。けれど、アムルタートの口にしたメリットというのは、少しばかり気になった。


「長い目で見れば、メットーラの農場を管理する手が足りないのです。あそこは僻地ですから、今は文明の最先端のような扱いを受けておりますが、10年、20年と時間が経つにつれ、人は疎になりましょう。その時、広大な農地は誰が維持するのですか?」

「…ぬ」


 意外にアムルタートは手強かった。言っていることは頷ける。確かにその通りだ。メットーラの方針として、異世界の知識により得られた技術などは、速やかに、そして安価で各地に伝播することが決定されている。ケイタイやら魔石やら、今はまだメットーラにしか作れる職人がおらず情報は伏せられているが、アンラの者達が秘密裏に職人の育成に力を入れていたりする。その職人らが十分に育ち、メットーラに頼る必要性がなくなれば、僻地にあるメットーラに足は向かなくなることだろう。


「だ、だが、この町の住人達は、生まれ育った地を離れたくはないはずである。それはどう考えるであるな?」

「…そうですね。けれど、今は離れざるを得ないのです」


 これならどうだ—と振り下ろした我が必殺の一撃は、柳に風とばかりに受け流される。その手応えのなさよりも、アムルタートの寂しげな表情が気になった。


「人は、時に残酷です。特に、異質なものは、簡単には認めようとはしません。アトリアの町は、メットーラとは違い、往来の大動脈に位置しております。そこの住人が不死系魔物(アンデッド)となれば、必ず口さがない者達が現れます」

「…そ、そうであるか」


 アムルタートは神であるが、見た目は不死系魔物(アンデッド)に他ならない。今の話、これは紛れもなく彼女の実体験だ。彼女が迫害されてきた歴史だ。凄く重い。ハルワタートも渋い顔で口を引き結んでいた。


「な、なるほど。つまり、最先端のメットーラに住まわせることで、周囲に認めさせる訳であるな?」

「流石はアビス様。その通りで御座います。既に、メットーラにはアーサーさんをはじめとして、ヒヨさんやエルといった従魔の他、従魔の良さに気が付き始めた者達が、魔物使いとして数々の魔物達を従えているではありませんか。受け入れられる下地は既にあるのです」


 パァ—と、アムルタートの表情が花やぐ。彼女にとって、メットーラは己を受け入れてくれた、第二の故郷なのだろう。


「あ、それと…クルスさん達はおろか、アンラの冒険者様とて死んでいないようです」

「…何?」

「クルスさん達の魂がどこにも見当たらないのです。黒髪黒目の者も」


 これには耳驚いて顔を上げた。ハルワタートを見るも、彼女も聞かされていなかったらしい。我同様に目を白黒させている。


「話を戻しますが、何処のどなたがこんな悪辣な真似をしたかは分かりかねますけれど、愉快じゃないですか?贄にしたはずの住民は全員がピンピンしているのです。それを知って、面食らった顔を想像してみてください」


 アムルタートの言に、うむむ—と、想像してみた。確かに愉快だ。そうなったら、この鬱憤は一気に吹き飛ぶことであろう。


「それに、先ほど自我と仰っておりましたが、それを言うのなら、私にも自我はあるのです。私だって、助けを求める声に手を差し伸べたいのです。お願いします、アビス様。彼らに、慈悲を」


 最後にアムルタートは深く頭を下げ、そのまま動きを止めた。我の裁可を待っているのだろう。ハルワタートなどは既に勝ちを確信しているのか、ニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべている。


(くそっ!悔しいであるが、今の我はアムルタートの願いを叶えてやりたいと考えているのである。これは一体、どうしたことであるか)


 腕組みして考え込めば、すぐに答えは出た。クルスらが死んだと思い込んだことで、意固地になっていたらしい。それに思い至ると、苦笑しか出なかった。


「…く、くはは。何とまあ、いい年して、ヘソを曲げていたであるか。我は?」

「ちょ、ちょっとおっさん?頭、大丈夫?」

「貴様は…少しは我を敬うである!」

「痛っ!?」


 あまりにも上機嫌になったせいか、思わずハルワタートを殴ってしまった。それも1割に満たない力で。一発損した心持ちになった。


「許可するである」

「っ!!」


 ガバリと顔を上げ、キラキラと期待を込めた瞳を真っ直ぐに向けてくるアムルタート。本当ですか?—と口にはしなくとも、顔に書いてあった。ちなみに、ジト目を向けてくるハルワタートの顔には、ふざけんなよおっさん—と、書いてある気がする。後でちゃんと殴ろう。


「あー、あー、2度は言わんであるぞ。とっととやるである。ただし、問答無用でアトリアからメットーラへ連れてゆくことは禁ずるである。この者達が、そうしたい—と自ら願い出た場合に限り、それを許すであるな」

「は、はいっ!」


 すぐに膝を落とし、作業に取り掛かるアムルタート。ハルワタートはしばらくこちらを睨みつけていたが、やがて周囲の死体を修復しにかかった。


「見事であるな」

「はんっ、私にかかればこのくらいは楽勝よ」


 すぐに形になるのは、ハルワタートの権能である、“全能の霊薬(エリクサー)”だ。完全を司る彼女は、神水を生み出し、それをちょいちょいと薄めるだけで全能の霊薬(エリクサー)を作り出す。確か、これは錬金術の頂—などと呼ばれているものらしいが、神の力を使えば、簡単に生み出せる。権能というものは、本当に反則だ。


(完全を司るくせに、本人はやたらと灰汁が強いであるがな)


 完全な女性—と聞けば、もっとこう、母性に溢れた女神を想像すると思うのだ。それが、蓋を開けてみれば、出てくるのはガサツな村娘。世の男達は、全員が膝をついて嘆くことだろう。


「…おっさん。今、何を考えているか当ててみせようか?」

「遠慮するである。というか貴様、最近、おっさん呼びが当たり前になりつつあるであるぞ。以前のように、きちんとアビス様と呼ぶである」

「はんっ、敬意よりも、親しみを込めて、おっさん—と、呼んでるんでしょ?」

「お姉様っ!」


 アムルタートの視線には微塵も拘うことなく、作り出した全能の霊薬(エリクサー)を死体へと振りまいてゆくハルワタート。彼女の権能に触れた死体は、それまでの腐敗臭が嘘のように消え、爛れた肌は生者の如く艶が戻り、脈すらも動き出す。我も大概な存在だが、この聖火神という連中は、権能だけならば、優に我の上を行く。はぁ—と、溜め息しか出ない光景だった。


「…貴様がもう少し戦えていれば…あの時の結果は違ったのではないであるか?」

「い、言わないでよ!気にしてるんだからさ!」


 気にしているらしい。まるで生娘のような初々しさを見せたハルワタートに、粟立つものを感じて視線を逸らす。そこには、周囲の魔素を魂ごとに分別し、魔石化するアムルタートがいた。彼女の方は流石に時間がかかる。完成した魔石も、どれがどの肉体に入るものなのか、我には区別がつかない。彼女に任せる他なかった。


「おっさん…流石に今のはちょっと、失礼すぎない?」

「失礼なのは貴様であるな。いいから黙っているである」


 ハルワタートと共に、アムルタートの仕事を黙って見守る。やがて、日が沈む頃になってようやく、この共同墓地(カタコンベ)に転がされていた人々は、全員が起き上がるに至った。


「し、信じられねぇ…」

「生きてる!生きてるんだ!」

「いや、死んでいるであるぞ?」


 彼らの肉体は確かに生きているが、彼らの本体は魔石だ。目は赤く染まり、遠目からでも不死系魔物(アンデッド)であることは一目瞭然である。それでも、この喜び様を見せられては、やってよかった—と、認めざるを得なかった。


「アビス様、ハルワタート様、アムルタート様。有難う御座います!何と礼を言って良いやら」


 蘇らせた者達の中でも、年嵩の男が膝をついて首を垂れれば、それに皆が習う。子供までもが我らを敬い、首を垂れた。言ったら悪いのだろうが、首が痒くなった。どうやら我には、この手の耐性がないらしい。


「感謝するのは後であるな。まだ5箇所、行かねばならぬである。今日はもう日が暮れた。明日以降になるであるが、許してくれるであるか?」

「ああ、本当に、皆を救ってくださるのですね。待ちます。待ちますとも。本当に、本当に何と感謝して良いやら」


 年嵩の男を前にして、ポリポリと首をかきながら適当に頷く。我の背後でハルワタートとアムルタートが肩を震わせているのを感じたが、何かを言う気にはなれなかった。


「さて、地上はめちゃくちゃであるな。今日のところは、我らの屋敷に招待するである」

「え?し、しかし…神域に人の身で踏み入れるなど…」


 男は困り果てているらしく、精一杯、引き攣る頰を押し留めようとしていた。我らが神の国から来たとでも思い込んでいるらしい。


「安心するである。我らは今、メキラ王国のメットーラに居を構えているである」

「メ、メットーラですか…確か、メキラ王国の南東にある都市でしたか。…ここからですと…その、夏になってしまいますが…」


 男の言い分はもっともだ。何も間違ったことは言っていない。実際に、男の背後に控える者共も困惑していた。もう説明が面倒で仕方ない。見てもらった方が早かろう。


「これを使えば、すぐである」


 魔石を取り出し、何か尋ねられる前に魔力を込める。目の前に亜空間が開らけば、対となる魔石が設置された場所へと繋がるのだ。すなわち、真・オサカ邸の食堂である。唖然とするアトリアの民達の顔が、少しばかり痛快に感じられた。


「ア…アビス様?」

「ぬ?イチロー?」


 途端に目の前には真・オサカ邸の食堂が広がったのだが、そこでは、再生者(レナトゥス)の面々と、修道士の娘達が、揃って夕食を食べていた。馬鹿みたいに長いテーブルは全席が埋まり、あぶれた者は、別にテーブルを出して座っているほどだ。この食堂がこれほど賑わったのは、初めてのことだろう。


「も、申し訳ありませんアビス様!本日はお帰りにならないかと思い、先にいただいておりました!」

「あー、あー、そういうのはもういいである。この者達にも、飯や寝床を与えてやってほしいであるな」


 慌てて我の前で頭を下げるイチローに、乱暴に応じつつ、アトリアの民達を押し付ける。赤い目の者達を前にして、修道士らは僅かに強張ったのが分かった。


「アムルタート、ハルワタート。貴様らの仕事である。説明は任せたであるぞ?」

「え?ちょっとおっさん!どこへ行くのよ!?」


 ハルワタートがギャーギャーと喚いているが、無視して食堂を後にする。今日は少し疲れた。こんな日は、さっさと寝るに限るのだ。


—ポロン—


 廊下に出てすぐ、ケイタイの着信を知らせる音が鳴った。何か?—と手に取って魔力を通わせてみると、直ちに手のひらに情報が表示されたが、昼過ぎにクローディアからの着信が入っているではないか。しかし、ケイタイが鳴ったのは、今日はこれが初だ。おかしいな—と首を傾げるも、結界の中にいたからだと理解すると、ケイタイはさっさとポケットにしまった。


(もう今日は遅い。また今度で良いであるな)


 我はあまりケイタイを好まない。なんとなく、縛られているような気がして、落ち着かないのだ。便利なのは間違いないのだが、どうにもいかん。これはきっと、イチローらの言うところの、古い人間—人間ではないが—というやつなのだろう。


(それにしても、また守るものが増えたであるな…)


 夜道を歩きながら、物思いに耽る。アトリアの民達を思い返すと、頭が痛くなることこの上ない。手を広げ過ぎれば身動きが取れなくなるのは、散々、父の背中を見て知っていたはずなのに。


(父上、やはりまだ、見守っていてほしいであるな)


 昼間は、任せて逝け—などと口にしたが、舌の根も乾かないうちにこれだ。情けないとは思うが、父は本当に凄かった。竜の里の長としての責務。我の父として、母上の夫としての顔。庇護する人間達への施し。我の父上は、いつ寝ていたのであろうか。


(それに比べて、我はどうだ?)


 己の成したことなど、一体何が挙げられる?いい年して意固地になってみたり、日頃は魔物の餌係だ。誇れることなど、邪神の王へ一矢報いたことくらいか。


(その上、父上は旧支配者共とも戦っていた訳であるしな)


 昼間見た、ズ・シャ・クォンを思い返す。大した相手ではなかったが、昔はあれが地を埋め尽くすほどにいたのだ。我ならば、途中で嫌になって投げ出したに違いない。よくもまあ、あんなものを地上から残さず追い出したものだと思う。


(父上、母上…)


 亡き両親の姿を夜空に描こうとして視線を上げれば、既にオサカ邸が目と鼻の先にあった。ふぅ—と、嘆息すれば、欠伸も一緒に口を割る。


(…我は少し、ぐーたらであるなぁ…)


 きまり悪さに顔をしかめながら、ポリポリと頭をかく。父の偉大さを、改めて思い知った気がした。

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